弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人早川登、同桑原太枝子の上告理由について。
 被上告人が訴外Dの上告人に対する債務につき連帯保証をすることを承諾した事
実は認められないとした原審の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することが
でき、右認定判断に所論の違法は認められない。この点に関する論旨は、原審の専
権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難するか、または、原審で主張判
断を経なかつた事項を理由として原判決の違法をいうものであつて、採用すること
ができない。
 ところで、原判決は、右Dが権限なく被上告人を代理して締結した連帯保証契約
につき、表見代理の規定により、被上告人が責を負うべきである旨の上告人の主張
に対して、被上告人はDに対し土地の所有権移転登記手続という公法上の行為をな
すことを委任したものであつて、同人に対し私法上の代理権を授与したことないし
は本件連帯保証につき代理権授与の表示をしたことは認められないと判示して、右
主張を排斥しているところ、論旨は、民法一一〇条の規定の適用の要件たる基本代
理権の存在を主張して、この点の判断の違法を主張する。
 思うに、原審の確定するところによれば、被上告人は、さきに自己所有の土地一
筆をDに贈与しており、Dの求めに応じて、右土地につき同人に対する所有権移転
登記手続をするため、実印、印鑑証明書および右土地の登記済証を同人に交付した
ところ、同人は被上告人の承諾を得ることなく右実印等を使用して上告人との間に
本件連帯保証契約を締結したというのであつて、被上告人がDに委任したという所
有権移転登記手続は、被上告人にとつては、Dに対する贈与契約上の義務の履行の
ための行為にほかならないものと解せられる。すなわち、登記申請行為が公法上の
行為であることは原判示のとおりであるが、その行為は右のように私法上の契約に
基づいてなされるものであり、その登記申請に基づいて登記がなされるときは契約
上の債務の履行という私法上の効果を生ずるものであるから、その行為は同時に私
法上の作用を有するものと認められる。そして、単なる公法上の行為についての代
理権は民法一一〇条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらな
いと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてな
されるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看
過することはできないのであつて、実体上登記義務を負う者がその登記申請行為を
他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に
対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の
代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。
したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他
人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が
本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、
その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法一一〇条を適用し、
表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。
 してみれば、被上告人が訴外Dに与えた権限が登記手続という公法上の行為をな
すことであつたことのみを理由に、たやすく上告人の表見代理の主張を排斥した原
判決は、民法一一〇条の解釈を誤つたものというべきであり、論旨は理由がある。
 よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこ
ととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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