弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人笠松健一の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を
引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,
実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上
告理由に当たらない。
所論にかんがみ,本件詐欺の罪数関係及びその罪となるべき事実の特定方法につ
き職権で判断する。
1本件は,被告人が,難病の子供たちの支援活動を装って,街頭募金の名の下
に通行人から金をだまし取ろうと企て,平成16年10月21日ころから同年12
月22日ころまでの間,大阪市,堺市,京都市,神戸市,奈良市の各市内及びその
周辺部各所の路上において,真実は,募金の名の下に集めた金について経費や人件
費等を控除した残金の大半を自己の用途に費消する意思であるのに,これを隠し
て,虚偽広告等の手段によりアルバイトとして雇用した事情を知らない募金活動員
らを上記各場所に配置した上,おおむね午前10時ころから午後9時ころまでの
間,募金活動員らに,「幼い命を救おう!」「日本全国で約20万人の子供達が難
病と戦っています」「特定非営利団体NPO緊急支援グループ」などと大書した立
看板を立てさせた上,黄緑の蛍光色ジャンパーを着用させるとともに1箱ずつ募金
箱を持たせ,「難病の子供たちを救うために募金に協力をお願いします。」などと
連呼させるなどして,不特定多数の通行人に対し,NPOによる難病の子供たちへ
の支援を装った募金活動をさせ,寄付金が被告人らの個人的用途に費消されること
なく難病の子供たちへの支援金に充てられるものと誤信した多数の通行人に,それ
ぞれ1円から1万円までの現金を寄付させて,多数の通行人から総額約2480万
円の現金をだまし取ったという街頭募金詐欺の事案である。
2そこで検討すると,本件においては,個々の被害者,被害額は特定できない
ものの,現に募金に応じた者が多数存在し,それらの者との関係で詐欺罪が成立し
ていることは明らかである。弁護人は,募金に応じた者の動機は様々であり,錯誤
に陥っていない者もいる旨主張するが,正当な募金活動であることを前提として実
際にこれに応じるきっかけとなった事情をいうにすぎず,被告人の真意を知ってい
れば募金に応じることはなかったものと推認されるのであり,募金に応じた者が被
告人の欺もう行為により錯誤に陥って寄付をしたことに変わりはないというべきで
ある。
この犯行は,偽装の募金活動を主宰する被告人が,約2か月間にわたり,アルバ
イトとして雇用した事情を知らない多数の募金活動員を関西一円の通行人の多い場
所に配置し,募金の趣旨を立看板で掲示させるとともに,募金箱を持たせて寄付を
勧誘する発言を連呼させ,これに応じた通行人から現金をだまし取ったというもの
であって,個々の被害者ごとに区別して個別に欺もう行為を行うものではなく,不
特定多数の通行人一般に対し,一括して,適宜の日,場所において,連日のよう
に,同一内容の定型的な働き掛けを行って寄付を募るという態様のものであり,か
つ,被告人の1個の意思,企図に基づき継続して行われた活動であったと認められ
る。加えて,このような街頭募金においては,これに応じる被害者は,比較的少額
の現金を募金箱に投入すると,そのまま名前も告げずに立ち去ってしまうのが通例
であり,募金箱に投入された現金は直ちに他の被害者が投入したものと混和して特
定性を失うものであって,個々に区別して受領するものではない。以上のような本
件街頭募金詐欺の特徴にかんがみると,これを一体のものと評価して包括一罪と解
した原判断は是認できる。そして,その罪となるべき事実は,募金に応じた多数人
を被害者とした上,被告人の行った募金の方法,その方法により募金を行った期
間,場所及びこれにより得た総金額を摘示することをもってその特定に欠けるとこ
ろはないというべきである。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,
主文のとおり決定する。なお,裁判官須藤正彦,同千葉勝美の各補足意見がある。
裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛成するものであるが,さらに,被害者の錯誤の介在や被害金
額という視点から,以下の点を付言しておきたい。
詐欺罪は,欺もう行為による被害者の錯誤(瑕疵ある意思)に基づき,財物の交
付又は財産上の利益の移転がなされることによって成立する犯罪である。そうする
と,詐欺罪において,複数の被害者がある場合には,各別の瑕疵ある意思が介在す
るから,一般的にはこれを包括評価するのは困難であり,個々の特定した被害者ご
とに錯誤に基づき財物の交付又は財産上の利益の移転がなされたことが証明されな
ければならず,個々の特定した被害者ごとに被告人に反証の機会が与えられなけれ
ばならないのであるが,犯意・欺もう行為の単一性,継続性,組織的統合性,時や
場所の接着性,被害者の集団性,没個性性,匿名性などの著しい特徴が認められる
本件街頭募金詐欺においては,包括評価が可能であり,かつ,相当であると考えら
れる。しかし,被告人が領得した金員の額が詐欺による被害金額であるというため
には,その金員は欺もう行為による被害者の錯誤に基づき交付されたものでなけれ
ばならず,本件の場合も,原判決が認定した約2480万円が被害金額であるとい
うためには,その全額が,寄付者が被告人の欺もう行為によって錯誤に陥り,その
ことによって交付した金員でなければならない。そうすると,不特定多数であるに
せよ,個々の寄付者それぞれに錯誤による金員の交付の事実が合理的な疑いを差し
挟まない程度に証明された場合にのみ,その交付された金員の額が被害金額として
認定されるというべきである。本件のように包括一罪と認められる場合であって
も,被害金額については可能な限り特定した被害者ごとに,錯誤によって交付され
た金員の額が具体的に証明されるべきであって,それによって他の被害者の寄付も
錯誤によってなされたとの事実上の推定を行う合理性が確保されるというべきであ
る。したがって,例えば,一定程度の被害者を特定して捜査することがさして困難
を伴うことなく可能であるのに,全く供述を得ていないか,又はそれが不自然に少
ないという場合は,被告人が領得した金員が錯誤によって交付されたものであると
の事実の証明が不十分であるとして,被害金額として認定され得ないこともあり得
ると思われる。
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件犯罪行為を一体のものと評価し包
括一罪として扱うことについて,次の点を補足しておきたい。
一般に,包括一罪として扱うためには,犯意が単一で継続していること,被害法
益が一個ないし同一であること,犯行態様が類似していること,犯行日時・場所が
近接していること等が必要であるとされることが多い(犯意の単一性及び被害法益
の同一性を挙げるものとして,最高裁昭和29年(あ)第180号同31年8月3
日第二小法廷判決・刑集10巻8号1202頁)。このような見解が示されるの
は,特定の構成要件に該当する複数の行為を全体として一つの犯罪として評価する
のに相応しいものであるかどうかという観点からみると,上記の犯意の単一性・継
続性等々が認められれば,通常はそのような評価が可能になるからである。私も,
この見解は基本的には堅持されるべきものと考えている。そして,これを基に,多
数人に対し欺もう行為を行ったという詐欺罪について考えると,通常の犯行態様を
念頭に置く限り,複数の被害者ごとに法益侵害があり,被害法益が一個とはいえな
いので,これを包括一罪として扱うことはできないということになろう。
しかし,上記の被害法益が一個であること等は,包括一罪として扱うための「要
件」とまで考えるべきではなく,あくまでも,包括一罪としてとらえることができ
るか否かを判断するための重要な考慮要素と考えるべきであり,これらのどれか一
つでも欠ける場合は,それだけで包括一罪としての評価が不可能であるとまで言い
切る必要はない。本件のように,通常の詐欺罪とは異なる犯行態様で欺もう行為が
された場合は,原点に立ち返って,全体として一つの犯罪と評価して良いかどうか
を,具体的に見ていく必要があろう。
本件においては,犯意は一個であり,欺もう行為も全体として一連の行為と見る
ことができよう。問題は,被害法益をどうとらえるかである。詐欺罪の保護法益
は,個人の財産権であって,それは被害者ごとに存在するものであり,本件におい
てもその点は変わらない。集団的・包括的な財産権のような法益概念を想定し,そ
の法益侵害があったというとらえ方は,そのような特殊な被害法益を新たに創設す
るものであり,これは,立法論としてはあり得なくはないが(もっとも,そのよう
な法益概念は,その内容・外延が不明確であり,立法論としても慎重な検討が求め
られるところである。),現行刑法の詐欺罪における被害法益概念とは異なるもの
といわなければならない。法廷意見は,被害法益は被害者個々人ごとに存在するこ
とを前提としているものであり,その点では,現行刑法の詐欺罪の従来の概念を一
部変更するようなものではない。
ところで,これを前提に考えた場合,本件街頭募金詐欺の犯行態様,特に,その
被害者の被害法益に着目してみると,被害者は,自分が寄付した金額について,明
確な認識を有しなかったり(例えば,ポケットに在った小銭をそのまま金額を確認
せず募金箱に投入したケースなどが考えられる。),あるいは,認識を有していて
も,街頭で通りすがりの際の行為であるから,寄付の金額自体に重きを置いておら
ず,その金額を早期に忘却してしまうこと等があることが容易に推察されるところ
である。そして,募金箱に投入された寄付金は,瞬時に他と混和し,特定できなく
なるのである。このように,本件においては,被害者及び被害法益は特定性が希薄
であるという特殊性を有しているのであって,これらを無理に特定して別々なもの
として扱うべきではない。
欺もう行為が不特定多数の者に対して行われる詐欺は,本件のような街頭募金詐
欺以外にも存在するところであり,虚偽の情報を広く流して不特定多数から多額の
出資を募り,一定の金員を詐取するなどがその例である。しかしながら,このよう
な犯罪は,欺もう行為が不特定多数に対してされたとしても,被害者は,通常は,
その出資金額(多くの場合,多額に及ぶものであろう。)を認識しており,その点
で,被害者を一人一人特定してとらえ,一つ一つの犯罪の成立を認めて全体を併合
罪として処理することが可能であるし,そうすべきものである。
他方,本件は,前述したように,被害者ないし被害法益の特殊性があり,それを
被害者単位に犯罪が成立していると評価して併合罪として処理するのは適当でない
と思われる。そして,実際上も,被害者及び被害金額を特定することは,多くの場
合不可能であり,例外的に特定できたケースに限ってしか犯罪の成立を認めないと
いう考え方は,街頭募金詐欺の上記の特殊性を無視するものであり,採り得ないと
ころである。
(裁判長裁判官古田佑紀裁判官竹内行夫裁判官須藤正彦裁判官
千葉勝美)

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