弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主文
 1 被告は,原告に対し,次の各金員を支払え。
  (1) 金6362万2196円
  (2) 金6060万1825円に対する平成10年11月14日から完済まで年
36.5%の割合による金員
  (3) 金302万0371円に対する平成10年11月14日から完済まで年6
%の割合による金員
 2 被告の乙事件請求を棄却する。
3 訴訟費用は,甲・乙事件を通じて被告の負担とする。
 4 この判決の1項は,仮に執行することができる。
          事       実
第1甲事件
 1 当事者の求めた裁判
  (1) 原告(請求の趣旨)
   ア 被告は,原告に対し,次の各金員を支払え。
    (ア) 金6362万2196円
    (イ) 金6060万1825円に対する平成10年11月14日から完済
まで年36.5%の割合による金員
    (ウ) 金302万0371円に対する平成10年11月14日から完済ま
で年6%の割合による金員
   イ 訴訟費用は被告の負担とする。
   ウ この判決のアは仮に執行することができる。
  (2) 被告(請求の趣旨に対する答弁)
   ア 原告の請求を棄却する。
   イ 訴訟費用は原告の負担とする。
 2 当事者の主張
  (1) 原告(請求原因)
   ア 当事者
(ア) 原告は,土木工事,建築工事の企画,設計,施工並びに管理等を目
的とする株式会社である。被告との間で請負契約を締結したのはA株式会社である
が,同会社は平成10年10月1日原告と合併して解散しているので,A株式会社
も含めて原告という。
(イ) 被告は,原告との間で建築工事請負契約を締結した注文者である。
   イ 第1契約cの締結
原告は,平成9年12月25日,被告との間で,次の内容で,別紙物件
目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築する旨の請負契約(以下「第
1契約c」という。)を締結した(甲1)。
(ア) 契約当事者原告が請負人,被告が注文者
    (イ) 工事場所 神戸市a区b町c番地(以下「本件土地」という。)
    (ウ) 施工床面積 580.02㎡(3階建)
    (エ) 請負代金 1億3503万7350円
(オ) 代金支払方法
    契約時に271万円,建方完了時に6616万3675円,完成時に
6616万3675円
(カ) 遅延損害金 
被告が請負代金の支払を遅滞したときは,原告は,被告に対し,遅滞
日数一日につき,支払遅滞額の1000分の1に相当する違約金を請求することが
できる(甲1添付の工事請負契約約款10条)。
ウ 本件建物の完成等
原告は,平成10年11月初旬本件建物を完成し,同月13日手直し工
事を完了し,同日被告に対し現実の提供をした。
     しかし,被告が完成時に支払う6616万3675円から未施工代金の
減額分556万1850円を控除した残額6060万1825円を支払わなかった
ので,原告は本件建物の引渡しを留保した。
     ところが,被告は,平成11年3月2日,原告に無断で本件建物の鍵を
取り替えて本件建物を占有するとともに,本件建物に賃借人を入居させた。
   エ 未施工代金の減額
     第1契約cの締結後,仕様の変更等により,乙第19号証に記載の工事
(556万1850円相当)を施工する必要がなくなった。そこで,原告は,本件
建物請負代金から上記556万1850円を減額する。
オ 未払金
    (ア) 請負残金
原告は,被告から,平成9年12月25日(第1契約c締結時)に27
1万円を受領し,平成10年8月20日(建方完了時)に6616万3675円を
受領した。しかし,被告は,本件建物の完成時に支払うべき6616万3675円
から,未施工代金の減額分556万1850円を控除した残額6060万1825
円を支払わない。
(イ) 立替金
原告は,第1契約cの履行過程で,次の費用合計302万0371円を
立て替えている。被告は,第1契約cの締結に際して,本件建物完成と同時に,全て
の立替金を支払う旨を約した。
     a 水道市納金
      B株式会社へ支払    171万4375円
     b 給水引込工事費
       B株式会社へ支払    111万5100円
c 水道料金
       神戸市水道事業管理者に支払      3396円
     d 本件建物表示登記手続費用,土地地目変更登記手続費用
C土地家屋調査士に支払  18万7500円
カ 結論
よって,原告は,被告に対し,第1契約c等に基づき,次の各金員の支払
を求める。
    (ア) 請負残金及び立替金合計6362万2196円
    (イ) 請負残金6060万1825円に対する平成10年11月14日か
ら完済まで年36.5%の割合による約定遅延損害金
    (ウ) 立替金302万0371円に対する平成10年11月14日から完
済まで年6%の割合による金員
 (2) 被告(請求原因に対する認否)
 ア 請求原因ア(当事者)は認める。
イ 請求原因イ(第1契約cの締結)のうち,遅延損害金に関する約定は否認
し,その余は認める。
   ウ 請求原因ウ(本件建物の完成等)のうち,原告が平成10年11月13
日手直し工事を完了し,同日被告に対し現実の提供をしたことを否認し,その余は
認める。
エ 請求原因エ(未施工代金の減額)は認める。
オ 請求原因オ(未払金)のうち,請求原因オ(ア)(請負残金),同オ(イ)
d(登記費用の立替え)を認め,その余は否認する。
(3) 被告(抗弁)
ア 第1契約(ウ)の詐欺による取消し,錯誤による無効
(ア) 第1契約abcの締結
     a D(被告の亡夫)は,平成6年6月27日,原告との間で,次の内
容の建築請負契約(以下「第1契約a」という。)を締結した(乙1)。
      (a) 工事場所  本件土地
      (b) 施工床面積 381.00㎡(2階建)
      (c) 請負代金  5585万7000円
 b Dは,平成6年7月26日,原告との間で,第1契約aを次のとおり
変更する旨の建築請負契約(以下「第1契約b」という。)を締結した(乙3)。
      (a) 工事場所  本件土地(第1契約aと同じ)
      (b) 施工床面積 594.63㎡(3階建)
      (c) 請負代金  9900万円
c Dが平成6年11月2日死亡した。そこで,被告は,平成7年6月
30日,原告との間で,第1契約bの注文主をDから被告に変更することに合意し
た。
d 被告は,平成9年12月25日,原告との間で,第1契約bを合意解
除し(乙5),次の内容の第1契約cを締結した(甲1)。
      (a) 工事場所  本件土地(第1契約abと同じ)
      (b) 施工床面積 580.02㎡(3階建)
      (c) 請負代金  1億3503万7350円
(イ) 詐欺による取消し,錯誤による無効
a 被告が第1契約bを解除し,第1契約cを締結するに至ったのは,原
告(F・西宮支店建営1課長)より,「ボーリングの結果,軟弱地盤のため,基礎
の変更及び行政指導による擁壁の変更が必要であるため,請負金額の増額の必要が
ある。」という説明を受けたためである(乙6)。
  これを受けて,被告は,原告(F課長)に対し,「新規契約(第1
契約c)に関しては,行政指導による請負金額の増額は認めるが,他の条件は従来ど
おりお願いします。」という書面(乙7)を提出した。
b しかし,第1契約bの基礎・擁壁と第1契約cの基礎・擁壁とは全く
同一であり,基礎の変更がなされておらず,行政指導による擁壁の変更もなかった
ことが明らかである。
  原告(F課長)が第1契約bを解除させ第1契約cを締結させた真の
理由は,第1契約bの価格では原告の利益率が1割であるので,それを3割にしたい
というものであった。
       しかし,原告(F課長)は,その真の理由を述べれば,被告に拒絶
されるので,「軟弱地盤のため,基礎の変更及び行政指導による擁壁の変更が必要
である。」旨,虚偽の事実を述べたものである。
c したがって,原告(F課長)が,被告をして,第1契約bを合意解除
させ,第1契約cを締結させたのは,原告(F課長)の詐欺によるものであるので,
これを取り消す。
       また,仮にそうでないとしても,少なくとも,被告が第1契約cを締
結したことにつき動機の錯誤があり,かつ,この動機は明示されているので(乙
7),第1契約cは錯誤により無効である。
(ウ) 第1契約bの復活
     その結果,第1契約cが原告の詐欺により取り消され,ないしは錯誤に
より無効であるので,第1契約b(請負代金9900万円)が復活して,現在も効力
を有することになる。
イ 本件建物の瑕疵による損害
(ア) 建物の位置違い
a瑕疵の内容
       原告は,本件建物を被告の承諾を得ずに,第1契約cの図面より,東
に10㎝,北に40㎝移動させている(乙20)。その結果,本件建物の一部が擁
壁がはみ出し(乙16の2),かつ西側から東側への通り抜けができない状態とな
っている。
b 損害額
      本件建物の位置違いにより,本件建物の価値は,第1契約bの請負金
額9900万円の1割相当である990万円程減少しているので,同金額が被告の
損害額である。
(イ) 泥上げ場のモルタル未処理
a瑕疵の内容
       本件建物ブロック塀北側と本件土地北側水路との間の泥上げ場(別
紙図面1(1)の北側の黄緑色部分,本件土地の一部),及び本件建物ブロック塀東側
と神戸電鉄線路敷との間の泥上げ場(別紙図面1(1)の東側の緑色部分,本件土地の
一部)が,モルタル処理されていないので,泥上げ場の土砂が水路に落ち,水路が
詰まる原因となっている(乙17の1~3)。
b 損害額
       北側の泥上げ場は,被告が既に工事をしており,この代金として5
0万円を既に支払っている(乙21)。東側の泥上げ場のモルタル処理費用とし
て,45万円が必要である(乙22)。
(ウ) ブロック塀の欠陥
a 瑕疵の内容
本件建物の南西部分のブロック塀に鉄筋が入っておらず,逆にビニ
ールが詰められており(別紙図面1(1)のビの箇所),そのためブロック塀が倒れか
かっている(乙18)。
b 損害額
南西部分のブロック塀を一旦撤去し,新たにブロック塀を設置する
のに142万6500円を要する(乙22)。
    (エ) 防音サッシの不備
a 瑕疵の内容
原告は,本件建物東側(線路側)のサッシ(別紙図面1(1)(2)の橙
色)について,防音サッシにする旨を約束していたが,この約束を履行していな
い。
b 損害額
東側(線路側)のサッシを防音サッシにするのに,175万円を要
する(乙22)。
(オ) 小屋裏換気パイプ及び換気ガラリの未施工
     a 瑕疵の内容
 小屋裏換気パイプ,換気ガラリは建物の断熱のために必要であり,
単に未施工で減額しただけではすまされない瑕疵である。
  b 損害額
小屋裏換気パイプ,換気ガラリの設置に8万円,20万円を要す
る。ところが,原告は,小屋裏換気パイプ,換気ガラリの未施工を理由に,800
0円,5万1000を減額する(乙19)だけである。したがって,その差額金7
万2000円,14万9000円の合計22万1000円が,原告の損害である。
(カ) 検査済証の未交付
原告は被告に検査済証を交付しなかった。そのため,被告は,本件建
物を売却しようとしても,検査済証が不交付であるため,本来の価値から減価して
取引せざるを得ず,第1契約bの請負代金9900万円の5%である495万円の損
害を被った。
    (キ) 損害額合計
本件建物の瑕疵による被告の損害合計は,次のaないしeの合計19
19万1000円である。
     a 建物の位置違い 990万円(前記(ア)b)
b泥上げ場(北側)のモルタル未処理 50万円(前記(イ)b)
c 泥上げ場(東側)のモルタル未処理,ブロック塀の欠陥,防音サッ
シの不備
       泥上げ場(東側)のモルタル未処理45万円(前記(イ)b),ブロ
ック塀の欠陥142万6500円(前記(ウ)b),防音サッシの不備175万円
(前記(エ)b)の合計362万6500円から,6500円を値引きした362万
円(乙22)。
d小屋裏換気パイプ及び換気ガラリの未施工
                      22万1000円(前記(オ)b)
e 検査済証の未交付 495万円(前記(カ))
ウ 契約金返還請求
(ア) 第2契約分
a Dは,平成6年8月11日,原告との間で,次のような建築請負契
約(以下「第2契約」という。)を締結し,原告に対し,契約金84万円を支払っ
た(甲10,乙35)。
      (a) 工事場所  神戸市a区b町d番地の土地
      (b) 施工床面積 292.10㎡
      (c) 請負代金  4100万円
b しかし,Dと原告は,第2契約に基づく建築工事を行う意思がなか
ったので,第2契約は通謀虚偽表示により無効であり,契約金84万円は原告の不
当利得となっている。
     c Dが平成6年11月2日死亡した。被告は,平成7年7月12日付
け遺産分割協議により,原告に対する84万円の不当利得返還請求権を相続した
(乙38)。
(イ) 第3契約分
a 被告は,平成10年1月22日,原告との間で,次のような建築請
負契約(以下「第3契約」という。)を締結し,同月28日,原告に対し,契約金
928万9265円を支払った(乙36,37)。
      (a) 工事場所  神戸市a区b町e番の土地
      (b) 施工床面積 914.82㎡
      (c) 請負代金  1億8100万9000円
b しかし,その後,第1契約cについて,前記ア(イ)のとおり原告の詐
欺が明らかになり,更には,前記イ(ア)ないし(カ)のとおり,本件建物の瑕疵が発
見されたため,被告は第3契約を進めることができなくなった。
       そこで,被告は,第3契約(乙36)の工事請負契約約款11条(2)
eに基づき,乙事件の訴状により,第3契約解除の意思表示をした。
c よって,被告は,原告に対し,第3契約解除に伴う原状回復請求権
に基づき,契約金928万9265円の返還請求権を有する。
    (ウ) 合 計
      被告は,原告に対し,以上の(ア)(イ)の合計1012万9265円の
契約金返還請求権を有する。
エ 相殺の意思表示
(ア) 被告の請求権
被告は,原告に対し,次のとおり合計2932万0265円の請求権
を有する。
     a 損害賠償請求権1919万1000円(前記イ(キ))
b 契約金返還請求権1012万9265円(前記ウ(ウ))
(イ) 原告の請求権
原告は,被告に対し,次のa(d),bの合計2475万1975円の
請求権を有する。
     a 請負残金
(a) 第1契約②の請負代金
        第1契約③は,原告の詐欺により取り消され,ないしは被告の錯
誤により無効であり,現在第1契約②が効力を有している。その請負代金は990
0万円である(前記ア(イ)(ウ))
(b) 被告の既払金
被告は,原告に対し,次のⅰⅱの合計6887万3675円を支
払った。
       ⅰ 平成9年12月25日(第1契約c締結時)に271万円
       ⅱ 平成10年8月20日(建方完了時)に6616万3675円
(c) 請負代金の減額
原告は,未施工部分の請負代金556万1850円を減額してい
る(乙19)。
(d) 請負残金
請負残金は,前記(a)の9900万円から前記(b)の6887万
3675円及び(c)の556万1850円を控除した2456万4475円であ
る。
b 立替金
原告は,被告に対し,本件建物表示登記手続費用,土地地目変更登
記手続費用の立替金18万7500円の返還請求権を有する。
(ウ) 相殺の意思表示
被告は,平成14年4月11日付け準備書面で,前記(ア)の被告の請
求権2932万0265円を自働債権とし,前記(イ)の原告の請求権2475万1
975円を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(4) 原告(抗弁に対する認否,反論)
ア 抗弁ア(第1契約cの詐欺取消し,錯誤無効)について
(ア) 認 否
      抗弁アのうち,同(ア)(第1契約abcの締結)は認めるが,同(イ)(詐
欺,錯誤),同(ウ)(第1契約②の復活)は否認ないし争う。
(イ) 反 論
      第1契約bと第1契約cとの間には次のような変更点が生じており,第
1契約cの締結過程に主観と客観の不一致はなく,詐欺,錯誤といった意思表示の瑕
疵は存在しない。
a 本件建物の基礎を従前の独立基礎より杭基礎に変更し,基礎に4m
の杭を打ち,固い地盤である3m以下の層にまで根入れした。
     b 神戸市からの行政指導に基づき,(ア)全ての擁壁を従前の「神戸市
K-2」から「神戸市K-3」に変更した,(イ)北側擁壁の根入れを従前の145
0㎜から1900㎜に変更した,(ウ)水路橋の鉄筋を強化した。
c 本件建物北側の擁壁につき,従前の独立構造のものを建物の基礎か
らの持出構造のものに変更した。
     d 本件土地外の駐車場の設置工事の工事費を計上した。
     e 阪神・淡路大震災後の人件費その他の費用の相場から見て,工事費
を適切な金額に変更した。
イ 抗弁イ(本件建物の瑕疵による損害)について
(ア) 抗弁イ(ア)(建物の位置違い)は否認する。
本件建物は,第1契約cの図面(甲14)よりも北側に7㎝,東側に1
0㎝寄っているだけであり,その相違は僅かなものである。
      本件建物を図面より北側に寄せたのは,南側の駐車場から道路への通
り道が本件建物によって狭められるのを避け,自動車の出入りを容易にするためで
ある。東側に寄せたのは,本件建物の建築確認申請時に,建築主事から道路車線の
関係から本件建物を東側に後退させるように行政指導を受けたからである。
      本件建物が現在の位置に建っていることにつき,被告には何の損害も
生じていない。
(イ) 抗弁イ(イ)(泥上げ場のモルタル未処理)は否認する。
泥上げ場の舗装工事は,第1契約cの内容になっていなかった(甲14
-19頁目の図面参照)。
(ウ) 抗弁イ(ウ)(ブロック塀の欠陥)は否認する。
原告としては,ブロック塀に被告が主張するような異常があったこと
を確認していない。
(エ) 抗弁イ(エ)(防音サッシの不備)は否認する。
      防音サッシの取付が第1契約cの内容にはなっていなかった。それに,
原告は,本件建物東側に遮音性のある「エアタイトサッシ」を取り付けており(甲
7の1・2),本件建物東側のサッシに瑕疵などない。
(オ) 抗弁イ(オ)(小屋裏換気パイプ及び換気ガラリの未施工)について
      抗弁イ(オ)のうち,小屋裏換気パイプ及び換気ガラリの未施工である
ことは認めるが,その余は否認する。
(カ) 抗弁イ(カ)(検査済証の未交付)は否認する。
a 原告は,本件建物の完了検査の際,神戸市建築主事から,(ア)プロ
パン庫の仕様がコンクリートブロックからスチール製に変更になったこと,(イ)1
階駐車場のシャッターの取付を中止したことを,報告書として提出せよと要求され
た。
       そこで,原告担当者が報告書を作成して被告の印鑑をもらいに行っ
たが,被告から印鑑をもらえなかった。そのため,原告は,神戸市当局から,検査
済証の交付を受けることができなかった。
b 検査済証が交付される以前に建物を使用してはならないとされてお
り,本件建物には検査済証が交付されていないのに,被告が本件建物の使用を開始
してしまったために,本件建物については,検査済証の交付を受けることができな
くなってしまった。
したがって,この点について,原告は何らの責任も負うものではな
い。
ウ 抗弁ウ(契約金返還請求)について
(ア) 抗弁ウ(ア)(第2契約分)について
a 抗弁ウ(ア)のうち,Dが平成6年8月11日被告との間で第2契約
を締結したこと,Dが平成6年11月2日死亡したことは認めるが,その余は否認
する。Dが原告に支払った契約金は82万円である(甲10,乙35)。
b 被告の主張は,第2契約(甲10)の工事請負契約約款14条(1)に
基づく第2契約解除の意思表示といわざるを得ず,同約款14条(1)により,原告
は,被告に対し,契約金82万円を返還する義務を負わない。
(イ) 抗弁ウ(イ)(第3契約分)について
a 抗弁ウ(イ)のうち,被告が平成10年1月22日原告との間で第3
契約を締結したことは認めるが,その余は否認する。被告が原告に支払った契約金
は921万円である(乙36,37)。
b 被告の主張は,第3契約(乙36)の工事請負契約約款11条(1)に
基づく第3契約解除の意思表示といわざるを得ず,同約款11条(1)により,原告
は,被告に対し,契約金921万円を返還する義務を負わない。
エ 抗弁エ(相殺の意思表示)について
(ア) 抗弁エ(ア)(被告の請求権)は否認する。
(イ) 抗弁エ(イ)(原告の請求権)のうち,同a(b)(被告の既払金),
同a(c)(請負代金の減額),同b(立替金)は認めるが,その余は否認する。
第2 乙事件
 1 当事者の求めた裁判
  (1) 被告(請求の趣旨)
   ア 原告は,被告に対し,1012万9265円及びこれに対する平成12
年9月23日から完済まで年6%の割合による金員を支払え。
   イ 訴訟費用は原告の負担とする。
   ウ この判決は仮に執行することができる。
  (2) 原告(請求の趣旨に対する答弁)
   ア 被告の請求を棄却する。
   イ 訴訟費用は被告の負担とする。
2 当事者の主張
 (1) 被告(請求原因)
   ア 当事者
(ア) 原告は,土木工事,建築工事の企画,設計,施工並びに管理等を目
的とする株式会社である。被告との間で請負契約を締結したのはA株式会社である
が,同会社は平成10年10月1日原告と合併して解散しているので,A株式会社
も含めて原告という。
(イ) 被告は,原告との間で建築工事請負契約を締結した注文者である。
イ 第2契約金返還請求
(ア) Dは,平成6年8月11日,原告との間で,次のような建築請負契
約(第2契約)を締結し,原告に対し,契約金84万円を支払った(甲10,乙3
5)。
     a 工事場所  神戸市a区b町d番の土地
     b 施工床面積 292.10㎡
     c 請負代金  4100万円
(イ) Dと原告は,第2契約に基づく建築工事を行う意思がなかったの
で,第2契約は通謀虚偽表示により無効であり,契約金84万円は原告の不当利得
となっている。
    (ウ) Dが平成6年11月2日死亡した。被告は,平成7年7月12日付
け遺産分割協議により,原告に対する84万円の不当利得返還請求権を相続した
(乙38)。
ウ 第3契約金返還請求
(ア) 被告は,平成10年1月22日,原告との間で,次のような建築請
負契約(第3契約)を締結し,同月28日,原告に対し,契約金928万9265
円を支払った(乙36,37)。
     a 工事場所  神戸市a区b町e番の土地
     b 施工床面積 914.82㎡
     c 請負代金  1億8100万9000円
(イ) しかし,その後,第1契約cについて,前記第1の2(3)ア(イ)のと
おり原告の詐欺が明らかになり,更には,前記第1の2(3)イ(ア)ないし(カ)のとお
り,本件建物の瑕疵が発見されたため,被告は,第3契約を進めることができなく
なった。
      そこで,被告は,第3契約(乙36)の工事請負契約約款11条(2)e
に基づき,乙事件の訴状により,契約解除の意思表示をした。
(ウ) よって,被告は,原告に対し,第3契約解除に伴う原状回復請求権
に基づき,契約金928万9265円の返還請求権を有する。
エ 結論
     よって,被告は,原告に対し,前記イ,ウの不当利得金合計1012万
9265円,及びこれに対する平成12年9月23日(訴状送達の日の翌日)から
完済まで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 原告(請求原因に対する認否,反論)
ア 請求原因ア(当事者)は認める。
   イ 請求原因イ(第2契約金返還請求権)について
    (ア) 請求原因イのうち,Dが平成6年8月11日原告との間で第2契約
を締結したことは認めるが,その余は否認する。Dが原告に支払った契約金は82
万円である(甲10,乙35)。
(イ) 被告の主張は,第2契約(甲10)の工事請負契約約款14条(1)に
基づく第2契約解除の意思表示といわざるを得ず,同約款14条(1)により,原告
は,被告に対し,契約金82万円を返還する義務を負わない。
   ウ 請求原因ウ(第3契約金返還請求権)について
(ア) 請求原因ウのうち,被告が平成10年1月22日原告との間で第3
契約を締結したことは認めるが,その余は否認する。被告が原告に支払った契約金
は921万円である(乙36,37)。
(イ) 被告の主張は,第3契約(乙36)の工事請負契約約款11条(1)に
基づく第3契約解除の意思表示といわざるを得ず,同約款11条(1)により,原告
は,被告に対し,契約金921万円を返還する義務を負わない。
          理  由
第1 甲事件
 1 請求原因について
  (1) 争いのない事実
    次の事実は,当事者間に争いがない。
   ア 請求原因ア(当事者)
 イ 請求原因イ(第1契約cの締結)(ただし,遅延損害金に関する約定を除
く)
   ウ 請求原因ウ(本件建物の完成等)(ただし,原告が平成10年11月1
3日手直し工事を完了し,同日被告に対し現実の提供をしたことを除く)
 エ 請求原因エ(未施工代金の減額)
 オ 請求原因オ(ア)(請負残金),同オ(イ)d(登記費用の立替え)
  (2) 認定事実
   ア 甲1添付の工事請負契約約款10条によると,請求原因イ(カ)(第1契
約cの遅延損害金に関する約定)が認められる。
   イ 証拠(乙42,証人E)及び弁論の全趣旨によると,原告が平成10年
11月13日本件建物の手直し工事を完了し,同日被告に対し本件建物引渡しの現
実の提供をしたことが認められる。
   ウ 証拠(甲27~31〔枝番を含む〕,33)によると,請求原因オ(イ)
(立替金)のa(水道市納金),同b(給水引込工事費),同c(水道料金)が認
められる。
2 抗弁について
(1) 争いのない事実
次の事実は,当事者間に争いがない。
 ア 抗弁ア(ア)(第1契約abcの締結)
 イ 抗弁ウ(ア)a(第2契約の契約金返還請求)(ただし,被告が支払った
契約金額を除く)
 ウ 抗弁ウ(イ)a(第3契約の契約金返還請求)(ただし,被告が支払った
契約金額を除く)
  (2) 抗弁ア(第1契約cの詐欺取消し,錯誤無効)の検討
   ア 事実の認定
     証拠(甲1,甲3,甲14~17〔枝番を含む〕,甲24,乙3,証人
H,証人G〔一部〕)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
    (ア) 基礎の変更
第1契約bでは,本件建物の基礎は,通常の独立基礎(柱毎に小さな基
礎を設け,それぞれの基礎が1本の柱を支える構造のもの)が予定されていた(甲
15)。
      ところで,第1契約bにおいては,本件土地の地盤調査が契約内容に含
まれていたため(乙3-3枚目E),原告は,平成9年6月末ころ,株式会社浪速
試錐工業所に依頼して,本件土地の地盤調査を実施した。その結果,地下3mまで
の層の地盤が非常に緩いため,3m以下の地盤にまで基礎が達しないと,建物を支
えることができないことが判明した(甲3)。
ところが,第1契約bで予定していた独立基礎は,深さが2m弱しかな
く,緩い地層である深度3mまでの部分にとどまっていた。そこで,原告は,第1
契約cにおいては,本件建物の基礎を従前の独立基礎から杭基礎に変更し,基礎に4
mの杭を打ち,固い地盤である3m以下の層にまで根入れをすることによって,十
分な支持力を確保することにした。
甲16の1・2(第1契約bの基礎図面)と,甲24添付資料3(第1
契約c図面)を比較すると,甲24添付資料3には杭の記載がなされているのに対
し,甲16の1・2にはそれがなく,第1契約bと第1契約cとの間には,基礎につ
いての設計変更がなされていることが明らかである。
(イ) 行政指導に基づく構造の変更
a 神戸市の行政指導
 原告は,平成8年7月25日ころ,本件土地につき宅地造成許可申
請を行ったが,その際,神戸市(建築主事)から,次の(a)(b)(c)の行政指導を
受けた。そこで,原告は,第1契約cでは,神戸市(建築主事)からの行政指導どお
りに変更した。
      (a) 全ての擁壁を,第1契約bで予定していた「神戸市K-2」から
「神戸市K-3」に変更する。
      (b) 北側擁壁の根入れ(土の下に入れる部分)を,第1契約bで予定
していた「1450㎜」から「1900㎜」に変更する。
(c) 水路橋の強度を高める。
b 擁壁の「神戸市K-3」への変更
 「神戸市K-3」は,「神戸市K-2」よりも擁壁の基礎部分の幅
が大きく,全体の重量も重く,底の部分にヘソのような突起があるため,摩擦係数
が高く,滑りにくい構造となっている。
       甲第15号証3頁(第1契約bの図面)には,「Ll-H2.0-K
2」と記載されており,「神戸市K-2」を擁壁として用いる予定であったが,甲
第14号証(第1契約cの図面)の13~16頁では,その右下に「K3」と記載さ
れており,第1契約cでは,擁壁の仕様が「神戸市K-3」に変更されている。
c 北側擁壁の根入れの深さの変更
原告は,北側擁壁(別紙2の赤部分)の根入れを,「1450㎜」
から「1900㎜」に変更した。甲第15号証3頁(第1契約bの図面)には,根入
れが1450㎜の擁壁の断面図が記載されているが,甲第14号証(第1契約cの図
面)の13頁には,根入れが1900㎜以上に変更された断面図が記載されてお
り,第1契約cでは,北側擁壁の根入れの深さについての設計変更がされている。
 d 水路橋の強度の変更
       水路橋は,本件建物西側の水路にコンクリートで覆いをしたもので
あり,別紙2の青色部分がこれに当たる。神戸市(建築主事)は,水路橋に自動車
が乗り入れる可能性を指摘し,水路橋の強度を増加するように指導した。そこで,
原告は,その指導に従い,水路橋の鉄筋の量を増やすことにした。
       すなわち,甲第15号証3頁(第1契約bの図面)には,「D-13
a200」の記載があり,13㎜の鉄筋を200㎜の間隔で水路橋に埋め込むこと
を意味する。これに対し,甲第17号証(第1契約cの図面)には,「D-16a1
50」の記載があり,第1契約cでは,16㎜の鉄筋を150㎜の間隔で水路橋に埋
め込むことに設計変更がされた。
(ウ) 北側擁壁の構造変更
第1契約bでは,本件建物の北側にもL字型の擁壁を建設することにな
っていたが,建物と独立して擁壁を建設すると,擁壁が建物の基礎部分にぶつかっ
てしまうおそれがあった。そこで,原告は,第1契約cでは,本件建物北側の擁壁に
ついて,建物から独立した擁壁を建築するのではなく,建物の基礎から擁壁を持ち
出すこととし,擁壁の構造を変更した。
      証人G(被告申請)も,上記事実を認めている(同証人調書14
頁)。
(エ) 駐車場の工事費の増大
      第1契約cでは,建物1階に屋内型の駐車場を設けるほか,本件建物の
道路を隔てた3角地帯にも駐車場を設けることになった。ところが,第1契約bには
敷地外の駐車場の設置工事が含まれていなかったので,第1契約cでは,敷地外の駐
車場の設置工事費が増加した。
(オ) 阪神・淡路大震災後の工事費の高騰
第1契約bが平成6年7月26日締結されたが,その後の平成7年1月
17日に阪神・淡路大震災が発生した。そのため,平成9年12月25日に締結さ
れた第1契約cでは,第1契約bに比べて,人件費や材料費その他の工事費が高騰
し,請負代金額が高額なものになることは避けられなくなってしまった。
イ 検 討
    (ア) 前記アの認定によると,第1契約bと第1契約cとの間には次のよう
な変更点が生じており,原告担当者(F課長)が被告を欺罔した事実が認められ
ず,被告が原告との間で第1契約cの契約を締結する過程で,被告主張の詐欺,錯誤
といった意思表示の瑕疵があったものとは認められない。
 a 建物の基礎を従前の独立基礎より杭基礎に変更し,基礎に4mの杭
を打ち,固い地盤である3m以下の層にまで根入れした。
b 神戸市(建築主事)からの行政指導に基づき,(ア)全ての擁壁を従
前の「神戸市K-2」から「神戸市K-3」に変更した,(イ)北側擁壁の根入れを
従前の1450㎜から1900㎜に変更した,(ウ)水路橋の鉄筋の量を増やし強化
した。
 c 建物北側の擁壁につき,従前の独立構造のものを建物の基礎からの
持出構造のものに変更した。
     d 敷地外の駐車場の設置工事の工事費を計上した。
     e 阪神・淡路大震災後に人件費,材料費の他の費用が高騰したため,
第1契約cでは,第1契約bに比べて,請負代金額が高額なものになることは避けら
れなくなった。
    (イ) 被告は,第1契約cを締結するに当たり,原告に対し,「新規契約に
関しては,行政指導による請負金額の増額は認めるが,他の条件は従来どおりでお
願いします。」との記載がある書面(乙7)を差し入れていることを根拠に,原告
担当者による詐欺,それによる被告の錯誤があったと主張する。
      しかし,乙第7号証については,これが原告に差し入れられ,原告に
おいて保存されていることはないし,これを基礎に原告本社に対する報告書が作成
されたり,第1契約cの締結の是非が検討されたこともない(甲37。被告申請証人
Gも,乙第7号証を見たことがないと証言している)。
      しかも,乙第7号証の文末は「お願いします。」という文面になって
いるが,これに対し,原告側から「被告からの申出を承諾する。」旨の書面が差し
入れられたこともない(証人E30,31頁)。
したがって,乙第7号証に記載された内容が,原・被告間の第1契約
cの前提もしくは内容となったことはないのであるから,乙第7号証を根拠に,被告
主張の詐欺ないしは錯誤を認めることはできない。
    (ウ) 以上の次第で,抗弁ア(イ)(詐欺による取消し,錯誤による無効)
が認められないので,抗弁ア(ウ)(第1契約bの復活)も認めることができない。
  (3) 抗弁イ(本件建物の瑕疵による損害)の検討
ア 抗弁イ(ア)(建物の位置違い)について
証拠(甲14,甲18,甲24,乙3,乙9,乙15,乙20,乙2
9,証人H)及び弁論の全趣旨によると,次の(ア)ないし(ウ)のとおり認定判断す
ることができる。この認定判断によると,抗弁イ(ア)(建物の位置違い)は理由が
ない。
(ア) 本件建物は,第1契約cの図面(甲14)とは僅かに異なった位置に
建っているが,図面よりも北側に7㎝(原告の平成14年9月24日付け準備書面
参照),東側に10㎝寄っているだけで,その相違は僅かなものである。
      本件建物を図面より北側に7㎝寄せられたのは,南側の駐車場から道
路への通り道が本件建物によって狭められるのを避け,自動車の出入りを容易にす
るためである。また,東側に10㎝寄せられたのは,平成10年4月ころの本件建
物の建築確認申請時に,神戸市(建築主事)より,道路車線の関係から,建物を東
側に後退させるように行政指導を受けたためである。
      このように,いずれも正当な理由に基づくものである。
(イ) 被告は,乙第20号証を根拠に,「本件建物は北側に40㎝移動し
ている。」と主張する。
      しかし,乙第20号証の「建物配置 原契約 北から900 現況北
から1300」の記載は,「原契約(第1契約b)の図面において,本件建物は,北
側の境界線から900㎜南側に寄った場所に建設されることになっていたが,現況
は北側の境界線から1300㎜南側に寄ったところに建っている」ことを意味する
ものであって,本件建物が北側に40㎝移動していることを意味するものではな
い。
      すなわち,第1契約b(乙3,平成6年7月締結)においては,擁壁の
北側を本件土地と北側隣地との境界として予定していたが,その後,両地の境界が
水路中央と決定され(乙29,平成8年12月境界確認),従来よりも境界線が北
側に移動したため,結果的に本件建物と境界線との間隔が広くなってしまった。乙
第20号証の作成者は,そのことを表現しようとして上記のような記載をしたもの
である。
(ウ) 以上の次第で,本件建物が現在の位置に建っていることが,本件建
物の瑕疵(原告に損害賠償責任のある欠陥)であるとは認められない。
イ 抗弁イ(イ)(泥上げ場のモルタル未処理)について
証拠(甲1,甲14,甲15,甲24,乙3,乙28,乙29,証人
H,証人G)及び弁論の全趣旨によると,次の(ア)(イ)のとおり認定判断すること
ができる。この認定判断によると,抗弁イ(イ)(泥上げ場のモルタル未処理)も理
由がない。
(ア) 第1契約b(乙3,平成6年7月締結)においては,本件土地の北側
(藤田猛氏所有地側)については擁壁の北側が,東側(神戸電鉄所有地側)につい
ても擁壁の東側がそれぞれ境界として想定されており,その外側である泥上げ場の
舗装は工事内容として予定されていなかった。
      このことは,甲第15号証2頁の「配置図」(第1契約bの図面)につ
いて,泥上げ場とされる部分にコンクリート舗装を示す斜めの二重線が引かれてい
ないことからも明らかである。
    (イ) その後,本件土地については,平成8年12月に北側の境界が確定
し(乙29),平成9年6月に東側の境界が確定して(乙28),泥上げ場とされ
る部分(別紙1(1)の黄緑部分)が本件土地の敷地内になった。
      しかし,第1契約c(甲1,平成9年12月締結)においても,泥上げ
場の舗装工事は工事内容に追加されなかったので,原告としては,泥上げ場の舗装
工事を行わなかった。
      このことは,甲第14号証19頁の「配置図」(第1契約cの図面)に
おいても,泥上げ場とされる部分にコンクリート舗装を示す斜めの二重線が引かれ
ていないことからも明らかである。
証人Eや証人G(被告申請証人)も,泥上げ場の舗装工事が第1契約
cの内容になっていなかったことを認める証言をしている。
ウ 抗弁イ(ウ)(ブロック塀の欠陥)について
(ア) 証人Eは次のとおり証言し,証人Gも同趣旨の証言をしている。
     a 平成12年1月23日ころ,本件建物南側ブロック塀に自動車が衝
突し,同ブロック塀が一部損壊して傾いた。その際,衝突の衝撃により,同ブロッ
ク塀に詰められていたビニールの袋がブロック塀の目地の間から飛び出した(別紙
図面1(1)のビの箇所)。その時に撮った写真が乙第18号証である。
     b 原告の工事関係者が,使用するコンクリートの量を減らすために,
ブロック塀の中にビニールの袋を詰めたものと思う。
(イ) しかし,自動車がブロック塀に衝突することにより,ビニール袋が
ブロック塀の目地の間から飛び出すことなど,まず考えられないことである。
      それに,本件建物のブロック塀は,ブロックを2段積み上げ,その横
積みブロックの中央の穴に鉄筋を1本入れ,そこの目地をモルタルで詰める構造の
ものである(証人H)。したがって,鉄筋を入れていない穴については空洞となっ
ていたのであるから,その空洞部分にビニール袋を入れても,何らコンクリートの
節約になるわけではない。
      上記Eらの証言は,不自然,不合理な内容であり,にわかに信用する
ことができない。
    (ウ) そもそも,原告は,南側ブロック塀に被告が主張するような異常が
あったことを確認していない(弁論の全趣旨)。ブロックからはみ出したビニール
袋についても保存されていないし,問題のブロック塀も取り壊されて残存していな
い(証人E)。
      抗弁イ(ウ)(ブロック塀の欠陥)関係で提出された証拠は,乙第18
号証の写真のみである。そして,この写真だけでは,原告の工事関係者が,コンク
リートの節約のために,南側ブロック塀にビニール袋を詰めていたと認めるには,
あまりにも不自然,不合理なことが多く,にわかに認めることは躊躇せざるを得な
い。
(エ) さらに,被告は,本件建物南側のブロック塀には鉄筋が入っていな
かったとも主張するが,本件建物南側のブロック塀には鉄筋が入っていなかったこ
とを窺わせる証拠は全く存在しない。
      被告自身,平成12年4月13日付け準備書面3頁では,ブロック塀
の一部にビニール袋を詰めていたことのみを主張していたのに,平成12年6月8
日付け準備書面11頁で,ブロック塀に鉄筋が入っておらず,逆にビニール袋が詰
められていたと主張するに至ったのである。この被告主張の変遷に照らしても,本
件建物南側のブロック塀に鉄筋が入っていなかったものとは認められない。
    (オ) 被告は,現在も,事故によって破損した部分を除き,南側ブロック
塀を取り壊すことなく従前のまま使用しており,現在に至るまで,当該ブロック塀
につき,倒壊等の問題が生じたことはない(証人E,弁論の全趣旨)。この事実
は,当該ブロック塀に何らの瑕疵がないことを裏付けるものである。
以上の諸事情を総合すると,被告主張の抗弁イ(ウ)(ブロック塀の欠
陥)も認めることができない。
エ 抗弁イ(エ)(防音サッシの不備)について
(ア) 被告は,原告が,本件建物東側(線路側)のサッシ(別紙図面
1(1)(2)の橙色部分)について,被告に対し,防音サッシを取り付けることを約束
したと主張する。
      しかし,どの程度の防音効果のあるサッシを取り付けることを,い
つ,どこで,原告の誰と約束したのか,その具体的な内容は不明であり,そのよう
な具体的な約束がなされた事実を裏付ける的確な証拠もない。
    (イ) そもそも,第1契約cにおいては,本件建物東側には,同契約の図面
である甲第14号証の36,37枚目記載の「AW1」という形式のサッシを取り
付ける予定であったが,同サッシは特に防音効果のあるサッシではない(弁論の全
趣旨)。それゆえ,第1契約cでは,本件建物東側に防音サッシを取り付けることが
契約内容にはなっていなかった。
    (ウ) それに,原告は,本件建物東側に,遮音性のある「エアタイトサッ
シ」を取り付けており(甲7の1・2,弁論の全趣旨),本件建物入居者から特に
クレームがあったとの主張もないから,本件建物東側のサッシに瑕疵があったもの
とは認められない。
それゆえ,被告主張の抗弁イ(エ)(防音サッシの不備)も理由がな
い。
オ 抗弁イ(オ)(小屋裏換気パイプ及び換気ガラリの未施工)について
(ア) 小屋裏換気パイプ及び換気ガラリが未施工であることは,当事者間
に争いがない。そして,小屋裏換気パイプ及び換気ガラリは,建物の断熱のために
必要であることが認められる(証人G)。
    (イ) 原告は,小屋裏換気パイプ,換気ガラリの未施工を理由に,その施
工に要する工事費8000円,5万1000円を,請負代金額から減額している。
      これに対し,被告は,小屋裏換気パイプ,換気ガラリの設置に8万
円,20万円を要すると主張するが,それを裏付ける証拠を全く提出していない。
    (ウ) 以上によると,原告が小屋裏換気パイプ,換気ガラリを施工しなか
ったのは本件建物の瑕疵であるが,その瑕疵により原告が請負代金額から減額した
金額以上の損害を被告が被っていることについて,その立証がないといわざるを得
ない。
      よって,被告主張の抗弁イ(オ)(小屋裏換気パイプ及び換気ガラリの
未施工)も理由がない。
カ 抗弁イ(カ)(検査済証の未交付)について
証拠(甲23の1・2,甲24,証人H,証人E〔一部〕)及び弁論の
全趣旨によると,次の(ア)ないし(オ)のとおり認定判断することができる。この認
定判断によると,抗弁イ(カ)(検査済証の未交付)も理由がない。
(ア) 本件建物の建築確認申請においては,次のような工事が予定されて
いた(甲23の1添付の6枚目の図面〔1階平面図〕)。
a 本件建物の南側に,縦置き式のプロパンガスボンベを設置するため
のコンクリート製の倉庫を設置する。
b 1階駐車場については,北面と南面を壁にし,東面と西面にシャッ
ターを取り付ける。
    (イ) しかし,上記(ア)a(倉庫)については,縦置き式のプロパンガス
ボンベの代わりに,スチール製のタンク式貯蔵庫を設置することになった。また,
上記(ア)b(駐車場)についても,その後の建築主事との打ち合わせにより,東
面・西面にシャッターを取り付けなくともよくなった。そのため,以上の点につい
て,建築確認申請との間に相違(変更)が生じた。
  そこで,平成10年10月27日の神戸市建築審査課による完了検査
の際,建築主事から,次のa,bの変更点について,建築基準法12条3項所定の
「報告書」の提出を指導された。
     a コンクリート製の倉庫からスチール製のタンク式貯蔵庫にプロパン
庫の仕様が変更された。
     b 1階駐車場の東面・西面のシャッターの取付が中止された。
    (ウ) そこで,原告の設計担当であったIが報告書を作成し,営業担当者
であったF課長に対し,被告の押印をもらうよう依頼した。ところが,F課長によ
ると,「今は印鑑をもらえる状況にはない」ということで,報告書に被告の押印を
もらうことができなかった。
      そのため,Iは,神戸市建築審査課に報告書を提出することができ
ず,そのまま書類を保管していた。
(エ) ところが,被告は,請負残金及び立替金(6362万円余)の支払
を拒否しながら,平成11年3月2日ころ,原告に無断で本件建物の鍵を付け替
え,実力で本件建物の占有を奪取し,賃貸部分に入居者を入れるなどして,本件建
物の使用を始めてしまった。
ところで,建築基準法7条の6第1項によれば,検査済証が交付され
る前に建築物を使用してはならないものとされており,本件建物について検査済証
が交付されていないにもかかわらず,被告が本件建物の使用を開始してしまったこ
とから,原告は,神戸市(建築主事)から,本件建物の検査済証の交付を受けるこ
とができなくなってしまったのである。
 (オ) 以上の次第で,本件建物について検査済証の交付を受けることがで
きなかったのは,専ら被告の責任によるものであり,原告には何ら責められるべき
ところはない。よって,被告主張の抗弁イ(カ)(検査済証の未交付)も理由がな
い。
(4) 抗弁ウ(契約金返還請求)の検討
ア 抗弁ウ(ア)(第2契約分)について
    (ア) 事実の認定
 証拠(甲10,乙4,乙33~35,乙38)及び弁論の全趣旨によ
ると,次の事実が認められる。
 a Dは,平成6年8月11日,原告との間で,次のような建築請負契
約(第2契約)を締結し,原告に対し,契約金82万円,請負契約書に貼付する印
紙代2万円を支払った(甲10,乙35)。
      (a) 工事場所  神戸市a区b町d番の土地
      (b) 施工床面積 292.10㎡
      (c) 請負代金  4100万円
 b Dが平成6年11月2日死亡した。そこで,被告は,平成7年6月
30日,原告との間で,第2契約の注文者たる地位を被告が承継する旨の建築工事
請負契約変更契約を締結した(乙4)。
 c その後,原告は,被告から,「第2契約の工事着手は,第1契約の
工事が完成した後にしてほしい。」との申し入れを受けたことから,第2契約の工
事着工を保留していた。
 d ところが,原告が本件建物を完成させたにもかかわらず,被告が請
負残代金等を支払わなかったため,原告は,被告の信用に不安を感じ,第2契約の
工事に着手することができなかった。
(イ) 検 討
     a 被告は,「第2契約は,Dと原告との通謀虚偽表示によるものであ
り,無効である。」と主張する。
     b しかし,Dが,原告との間で通謀虚偽表示による無効な契約を締結
しながら,原告に対し,その契約金として82万円も支払うなどということは,考
えられないことである。
       また,被告が,平成7年6月30日,原告との間で,通謀虚偽表示
により無効な第2契約について,第2契約の注文者たる地位を被告が承継する旨の
建築工事請負契約変更契約を締結するなどということも,不自然,不合理なことで
ある。
       それゆえ,第2契約が通謀虚偽表示により無効な契約であるとは認
められず,Dや第2契約を承継した被告には,第2契約に基づき建物を建築する意
思があったことが認められる。
c したがって,被告の主張は,第2契約(甲10)の工事請負契約約
款14条(1)に基づく第2契約解除の意思表示といわざるを得ず,同約款14条(1)
により,原告は,被告に対し,契約金82万円を返還する義務を負わないと認めざ
るを得ない。
イ 抗弁ウ(イ)(第3契約分)について
(ア) 事実の認定
      証拠(乙36~38)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認めら
れる。
a 被告は,平成10年1月22日,原告との間で,次のような建築請
負契約(第3契約)を締結し,同月28日,原告に対し,契約金921万円を支払
った(乙36,37)。被告は,第3契約に関して,それ以外に,請負契約書に貼
付する印紙代8万円を負担している(乙37)。
      (a) 工事場所  神戸市a区b町e番の土地
      (b) 施工床面積 914.82㎡
      (c) 請負代金  1億8100万9000円
b 原告は,第3契約の工事着工に向けて準備を進めていたが,原告が
本件建物を完成させたにもかかわらず,被告が請負残代金等を支払わなかったた
め,原告は,被告の信用に不安を感じ,第3契約の工事にも着手することができな
かった。
(イ) 検 討
a 被告は,次のとおり主張する。
 (a) 第1契約cについて,原告の詐欺が明らかになり,更には,本件
建物の瑕疵が発見されたため,被告は第3契約を進めることができなくなった。
      (b) そこで,被告は,第3契約(乙36)の工事請負契約約款11
条(2)eに基づき,乙事件の訴状により,契約解除の意思表示をした。
b しかし,第1契約cについて,原告が被告を欺罔した事実はなく,本
件建物には,原告が被告に損害賠償金を支払わなければならないような瑕疵はない
ことは,前記(2)(抗弁ア〔第1契約cの詐欺取消し,錯誤無効〕の検討),前記(3)
(抗弁イ〔本件建物の瑕疵による損害〕の検討)で認定判断したとおりである。
したがって,被告の上記契約解除の意思表示は効力がない。
     c そうだとすると,被告の主張は,第3契約(乙36)の工事請負契
約約款11条(1)に基づく第3契約解除の意思表示といわざるを得ず,同約款11
条(1)により,原告は,被告に対し,契約金921万円及び印紙代8万円を返還する
義務を負わないと認めざるを得ない。
3 総 括
   以上の認定判断によると,原告主張の請求原因アないしオが認められ,被告
主張の抗弁ア,イ,ウ,エが認められないので,原告の請負代金等請求事件(甲事
件)は全て理由がある。
第2 乙事件
1 請求原因ア(当事者)は,当事者間に争いがない。
2 第2契約金返還請求,第3契約金返還請求が認められないことは,前記第1
の2(4)ア(第2契約分の契約金返還請求について),同イ(第3契約分の契約金返
還請求について)で認定判断したとおりである。
3 そうすると,請求原因イ,ウが認められないので,原告の不当利得金返還等
請求は理由がない。
第3 結 論
   以上の次第で,原告の甲事件請求は理由があるので認容し,被告の乙事件請
求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
    神戸地方裁判所第2民事部
        裁判官紙 浦  健 二
(別紙)
     物件目録
  神戸市a区b町c番地
  家屋番号    b
        種類・構造    鉄骨造陸屋根3階建共同住宅
        床面積    1 階 101.25平方メートル
                 2 階 149.85平方メートル
3 階 149.85平方メートル

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