弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
被告人は無罪。
理       由
第1 本件公訴事実は,「被告人は,平成13年10月10日午後4時40分こ
ろ,山口県下関市ab丁目c番d号A自動車道上りBパーキングエリアのガスステ
ーションC株式会社前において,高速道路での通行方法をめぐるD(当時31歳)
の言動に立腹し,同人に対し,所携の携帯電話器でその胸部等を突くなど多数回に
わたる暴行を加え,同電話器のアンテナ部分で同人に心臓貫通杙創等の傷害を負わ
せ,よって,同日午後5時28分ころ,同市ef丁目g番h号E病院において,同
人を前記心臓貫通杙創に基づく心タンポナーデにより死亡させたものである。」と
いうものである。
第2 被告人の公判供述,第1回公判調書中の被告人の供述部分,被告人の検察官
調書(乙6ないし8),警察官調書(乙4,5),第2回公判調書中の証人Fの供
述部分,第3回公判調書中の証人Gの供述部分,Hの検察官調書(甲3),Iの警
察官調書(甲30),実況見分調書(甲2,17,25,26),写真撮影報告書
(甲16),嘱託鑑定書(甲39),鑑定嘱託書謄本(甲13),鑑定結果通知書
(甲14)及び押収してある携帯電話1台(平成13年押第29号の1,甲15)
(括弧内の甲乙の番号は,検察官請求証拠の番号を示し,以下証拠を適示する場合
は同様とする。)によれば,公訴事実記載の日時場所において,被告人が,Dに対
し,客観的事実として携帯電話器(平成13年押第29号の1。以下「本件携帯電
話」という。)を所持した状態でDの胸部等を突くなどの暴行を加え,公訴事実記
載の傷害を負わせて死亡するに至らしめたことは,ひとまず,これを認めることが
できる。
第3 これに対し,弁護人は,被告人の本件行為は正当防衛であり無罪である旨,
また,仮に,被告人の本件行為が防衛行為として過剰であり相当性を欠くとして
も,被告人は本件行為時,本件携帯電話を所持していたという認識を欠いており,
自己の行為が防衛行為として相当性を欠くとの認識を有していなかったのであるか
ら,いずれにしても無罪である旨主張し,一方,検察官は,被告人は所携の本件携
帯電話で意図的,積極的に被害者を殴打したもので,本件はいわゆる喧嘩闘争事案
というべきであり,侵害の急迫性を欠く上,防衛の意思もなく,防衛行為の相当性
も認められないとして,被告人の行為は正当防衛には該当しない旨主張するので,
以下検討する。
1 本件の経緯及びその後の状況等について
(1) 前掲各証拠並びに被告人の警察官調書(乙2,3),実況見分調書(甲
7,36),捜査報告書(甲35),写真撮影報告書(甲22,32ないし3
4),鑑定嘱託書謄本(甲23)及び鑑定結果通知書(甲24)によれば,ほぼ間
違いない事実関係として,以下のとおり認めることができる。
ア 被告人は,平成13年10月10日,普通乗用自動車(以下「被告人車
両」という。)を運転し,広島市内の勤務会社に戻るため,同日午後4時30分こ
ろJインターチェンジからA自動車道に入り,広島方面に向かって毎時約100キ
ロメートルの速度で走行車線を走行中,追越車線に車線変更しようとしたところ,
同車線を走行していたD運転の大型トラック(以下「D車両」という。)から割り
込み妨害を受けたため,ひとまずD車両を先行させ,自らも追越車線に車線変更
し,同車線上をD車両に追従して走行した。被告人は,その後,先行しているD車
両を走行車線から追い抜こうと考え,再び走行車線に戻って加速進行し,D車両を
追い抜こうとしたところ,D車両から再度,車体を幅寄せされるなどの走行妨害を
受けたため,これを避けるべく道路左路肩を走行し,急加速してD車両を追い抜い
た上,更にスピードを上げて,一旦D車両を振り切るとともに,折良くBパーキン
グエリアの案内表示板が目についたことから,これ以上の走行上のトラブルの拡大
を回避するとともに,給油をするため,同パーキングエリアに入った。
イ 被告人は,同日午後4時40分ころ,山口県下関市ab丁目c番d号A
自動車道上りBパーキングエリアのガスステーションC株式会社(以下「本件ガソ
リンスタンド」という。)において,ガソリンの計量器を左側にした状態で被告人
車両を停車させ,従業員に給油を依頼し,先程来の走行中のトラブルにより車内に
散らばった物品の整理をしていたところ,間もなく,D車両も同パーキングエリア
内に入ってきて,被告人車両の停車位置から右斜め後方約20メートルの位置に停
車した。Dは,運転席を降り,給油中の被告人車両の運転席ドア付近に近づいてき
たが,その時点では,被告人はDに全く気付いていなかった。そして,Dは,「な
んやこら。」などと怒鳴りながら,被告人車両の運転席側に近づき,いきなり被告
人車両の運転席ドアを開けた。被告人は,突然怒鳴りながらやってきたDの剣幕に
驚くと共に,このままではDに運転席から引きずり降ろされかねないなどと考え,
自ら被告人車両から降り,被告人車両を背にして,Dと正対した。なお,被告人
は,自動二輪車等の販売,営業という仕事柄,降車の際などにはいつも本件携帯電
話を持ち歩くのを習慣としており,本件の際も,被告人車両の運転席ド
ア内側に置いてあった本件携帯電話を右手に所持したまま,前記のとおり降車し
た。
ウ Dは,被告人の運転方法について,「何だ今の運転は。」「なめとった
ら殺すぞ。」などと,かなり激しく興奮,憤慨して文句を言い,被告人は,自らに
落ち度はないと思ったものの,事を荒立てたくはなく,一応「すみませんでし
た。」などといって謝罪の態度を示した。しかしながら,Dは,激高した態度を全
く変えることなく,かえって被告人の襟元を掴んで被告人車両の車体に強く押しつ
けたり,被告人の顔面を2回ほど殴打したり,被告人の腹部を1回膝で蹴るなどの
暴行を加えた。これに対し,被告人は,Dの暴行を避けようとし,両手でDを押す
ようにして突き放したため,一旦,双方は約1.5メートル離れて正対するような
状態となったが,Dは,再度被告人に掴みかかり,被告人の顔面を殴打するなどの
暴行を加えた。
 そこで,被告人は,反撃もやむを得ないと考え,Dの顔面や上半身等に
対し,本件携帯電話を所持したまま右手を振り回して殴打するなどの暴行を加え,
Dも,被告人の顔面や上半身を殴打するなどの暴行を加えたが,その殴打等の回数
は双方ともに十数回程度に及び,更に,Dが,被告人の服を掴んで引きずり倒そう
とし,これに対抗して,被告人も,Dの服を掴んで踏ん張るなどしてもみ合いとな
った後,Dが「もうええわ。」などと言って攻撃を止めたため,被告人も,すぐに
反撃を中止した。被告人らが相互に殴打し,掴み合うなどしていた時間は,約1分
程度であった。
エ 被告人は,Dに対し,2回くらい「申し訳ありませんでした。」などと
謝った上,Dが鼻血を出していたので,被告人車両に積んでいたティッシュペーパ
ーを取り出してDに渡した。Dは,その際,特に変わった様子もなく,被告人に対
し,破れた服の弁償等を要求するなどしていたが,その後,D車両の運転席に近づ
き,運転席のドアを開けた途端,前向きに膝をつき,手をついて倒れ込んだため,
被告人は,本件ガソリンスタンドまで走って戻り,同従業員に救急車の手配を要請
した。
(2) 弁護人は,被告人は,Dに対し暴行を加える際,右手に本件携帯電話を所
持しているという認識を有していなかった旨主張し,被告人も,当公判廷におい
て,自分が本件携帯電話を所持していると初めて気付いたのは,相互に殴り合うよ
うな状態が終わり,Dが突然に倒れ込んだ際,救急車を手配しようと思い,本件携
帯電話を捜した時点である,その際,本件携帯電話を所持していたのが右手であっ
たかどうかは記憶にない旨供述する(なお,公判手続更新前における公判調書中の
被告人供述部分も含む。以下特に断りのない限り,公判供述又は公判証言という場
合,公判調書中の供述又は証言部分も含むものとする。)。
 これに対し,当裁判所は,遅くとも殴り合いの途中において,被告人は右
手に本件携帯電話を所持していることを認識するに至ったものと判断するので,以
下,この点につき補足的に説明する。
ア 本件携帯電話の形状につき,実況見分調書(甲17),写真撮影報告書
(甲16),押収してある携帯電話1台(平成13年押第29号の1,甲15)に
よれば,本件携帯電話は,全長約12.2センチメートル,幅約4.2センチメー
トル,奥行約1.7センチメートル,重量約80グラムで,右上部には伸縮式のア
ンテナが装備されており,アンテナを収納した状態で,常時アンテナ先端部が約2
センチメートル出ており,アンテナを伸ばすと全長約11センチメートルとなるこ
と,外観はサテンシルバー色の金属様の材質の物で覆われており,アンテナの本体
部分は金属製であるが,その先端部には,先端が丸く形成されたプラスチック様の
キャップが被せられていること,左上部には全長約14.5センチメートル(ひも
部分を含む。),幅約1.5センチメートルの携帯ストラップが付属していること
の各事実が認められる。
イ また,Dの受傷状況につき,Hの検察官調書(甲3),実況見分調書
(甲2),嘱託鑑定書(甲39)によれば,以下の事実が認められる。
(ア) Dの身体には,①左耳介上方に深さ0.4センチメートルの十字状
の挫裂創(左側頭部挫裂創)及びそこを上端に斜めに走る5.5センチメートルの
線状表皮剥脱(同挫裂創が形成された後に擦過されたものと推定される左側頭部打
撲擦過傷),②頭頂部やや右側に深さ0.5センチメートルの十字状の挫裂創(頭
頂部挫裂創),③鼻根部右側に深さ0.5センチメートルで創底が鼻骨に達し出血
を認める十字状の挫裂創(鼻根部右側挫裂創),④左胸部内側に大胸筋と肋間・心
嚢・心臓左室前壁を貫通し左室内に達する創洞約2センチメートルの十字状の組織
欠損を伴う刺創(左胸部内側刺創)及びその右下方に6センチメートルの線状の微
細表皮剥脱群(同刺創形成後の擦過によるものと推定される胸部下部擦過傷)等が
存在し,このうち④左胸部内側刺創が致命傷であり,その創洞は概ね水平に心臓に
向かっている。
 これらのほか,Dの身体には,⑤頭頂部から後頭部にかけて長さ11
センチメートルの微細表皮剥脱(頭頂後頭部打撲擦過傷),⑥顔面の右眉外側上部
に表皮剥脱(右眉外側上部打撲擦過傷),⑦左頸部に長さ12.5センチメートル
の線状表皮剥脱(左頸部打撲擦過傷),⑧左肩部に長さ9.5センチメートルの線
状表皮剥脱(左肩部擦過傷),⑨左胸部に皮下出血を伴う長さ35.5センチメー
トルの線状表皮剥脱(左胸部線状打撲擦過傷),⑩左胸部外側下部に表皮剥脱(左
胸部外側下部打撲擦過傷),⑪右胸部上部外側に皮下出血を伴う打撲傷(右胸部上
部外側打撲傷),⑫左背部外側に長さ18センチメートルの微細皮下出血群(左背
部外側擦過傷),⑬左上腕上部外側に表皮剥脱(左上腕上部外側圧挫傷群)が存在
する。
(イ) Dの身体には,素手の攻撃や携帯電話のアンテナ部以外の部分が当
たって生じたと推定される顕著な損傷は存在しない。
ウ Dに生じた前記イ(ア)①ないし⑬の傷が本件携帯電話のアンテナ部によ
り生じたものであることは,その傷の形状等に照らして明らかであり,また,Dに
生じた傷のほとんどが左上半身に集中していることから,被告人は,殴り合いの当
時,右手に携帯電話を所持していたと認めることもできるのであって,以上の点
は,被告人も概ね自認するところである。
  そして,Dに生じた傷のうち,前記①の左側頭部挫裂創・打撲擦過傷
と,同⑦の左頸部打撲擦過傷については,1回の攻撃によって生じた可能性がある
が,その他は基本的に各1回毎の攻撃で各1個の損傷が生じたと推定されるところ
であり,その一部に皮下出血を伴うことや,形状,長さ等に照らし,これらの擦過
傷は相当程度の力が加わって生じたものであり,暴行の回数も刺創,挫裂創と合計
で,少なくとも12回に及ぶと認めることができる。
エ 以上の事実をもとに,弁護人の前記主張について判断する。
 確かに,本件反撃行為に至る経緯をみるに,被告人は,Dから不意に怒
鳴られ,いまにも暴行を受けるような状況下で降車したのであり,かなりの動揺が
あったことは想像に難くない上,その直前まで,車内に散乱していた物品を整理し
ていたのであり,その他,被告人が,車両から離れる際には,常に携帯電話を持ち
歩く習慣を有していたことなどを考えると,無意識のうちに本件携帯電話を持ち出
したとする被告人の供述も,あながち不自然とはいえない。
 しかし,前記認定のとおり,被告人は,本件携帯電話を所持したまま,
相当の力で複数回,Dを殴打したり,Dともみ合った際,何度も右手を使って同人
を押したり掴んだりしているところ,本件携帯電話は握って手からはみ出るくらい
の大きさで,しかも長方形の形状をしており,前記殴打の際,被告人が本件携帯電
話の所持に気付かないというのは甚だ不自然といわざるを得ないこと,当該傷は携
帯電話のアンテナ部により生じており,アンテナ部がDに当たった衝撃で手に何か
持っているという感覚があってしかるべきであるにもかかわらず,被告人が何らの
違和感も覚えないというのも不合理であること,被告人は,当公判廷における供述
並びに警察官及び検察官に対する供述において,Dが被告人車両運転席に来てか
ら,殴り合いになるまで,そして,殴り合いの状態になった時の状況も比較的詳細
に供述しているにもかかわらず,本件携帯電話の点については曖昧で,供述状況自
体にも不自然さがあることなどに照らすと,被告人は,遅くとも,実際にDに反撃
を加え,殴打していた途中において,右手に本件携帯電話を所持しているという認
識を持つに至ったものと認めるのが相当である。
(3) ところで,検察官は,被告人が,本件携帯電話のアンテナ部を利用し
て,積極的,意図的に攻撃を加えた旨主張する。
  なるほど,Dの身体には,本件携帯電話のアンテナ部が刺さって生じたもの
と認められる傷(前記イ(ア)①ないし④の傷)が少なくとも4か所存在する上,そ
の余の傷もアンテナ部が当たって生じたものと認められるのであり,しかも,こう
した創傷は,前記のとおり合計12回もの攻撃により生じていると認められるので
あって,こうした客観的な創傷の状態に着目すると,一連の反撃過程において,被
告人が殊更アンテナ部を意識せず,闇雲に本件携帯電話を振り回していたにすぎな
いとするのは,いささか不合理の嫌いがないではない。
 しかしながら,本件携帯電話を凶器とする最も危険性の高い行為は,アンテ
ナ部を利用した刺突行為であるところ,Dに生じている傷には,こうした刺突行為
以外の方法によって生じたと推察される傷(前記イ(ア)⑤ないし⑬の傷)も多数存
在すること,致命傷となった胸部の刺創にせよ,約20から30キログラム程度の
力が加われば,皮膚を破り表皮剥脱の損傷が生じるとの指摘もあり(甲3),創傷
の状況のみをもって,必ずしも強度の力が加えられたと推認することはできないこ
と,前記(1)ア及びイに認定のとおり,被告人は,Dから突然に怒鳴りつけられ,当
初は一方的に暴行を加えられるのみであったのであり,当時,かなり動揺し,いわ
ゆる無我夢中な状態で防戦しようとしていたのであって,あえて冷静に,顔面や心
臓部といった身体の枢要部を狙って,本件携帯電話のアンテナ部により積極的,意
図的な攻撃を加えたとするには,およそ飛躍があること等の疑問点がある一方,検
察官の前記主張を支えるべき積極的な証拠に乏しい本件においては,その形成過程
を詳細に認定することはできないが,両者が殴り合いもみ合ううちに,被告人の積
極的な意図なく,Dに対する一連の創傷が生じた可能性を完全に排斥
することはできないというべきである。
 よって,検察官が主張するように,被告人が,本件携帯電話のアンテナ部を
利用して,積極的,意図的に攻撃を加えたとまでは認めることができないというべ
きである。
2 正当防衛の成否について
(1) 急迫不正の侵害について
 前記1(1)において認定したとおり,被告人は,高速道路においてD車両と
の間で走行上のトラブルが生じたのに対し,これをやり過ごすためパーキングエリ
アに進入,停車し給油をしたものであるが,被告人が給油を開始した際,Dは同パ
ーキングエリアにD車両を停車させ,給油中の被告人車両運転席に向かい,「なん
やこら。」などと怒鳴りながらそのドアを開け,被告人と正対し,被告人が謝罪の
態度を示したにもかかわらず,被告人の身体を被告人車両に押しつけたり,被告人
の顔面を2回ほど殴打したり,被告人の腹部を足で1回蹴るなどの暴行を加え,そ
の後,一旦は,被告人から突き放されたにもかかわらず,更に,被告人の顔面を殴
打するなどの暴行を加えたものであって,それまでの間に,被告人は,Dに対し,
暴行には及んでいない。
 確かに,Dが,あえて,パーキングエリアに停車中の被告人車両を追いか
けて文句等を言いにきたことなどから考えて,被告人の当初における追越車線への
車線変更が,かなり無理な割り込みだった可能性など,走行上のトラブルの発生に
つき被告人に全く非がないとは必ずしもいい難いが,トラブルをやり過ごそうとし
てパーキングエリアに進入,停止した車両をあえて追いかけ,しかも,運転者に近
づき暴行を加えるというのは,それ自体尋常ではなく,一般的にみて,その暴行が
予想できるといえるものではないし,実際にも,被告人は,Dが怒鳴りながら被告
人車両の運転席付近に現れるまで,Dがパーキングエリア内にいることに気づいて
おらず,Dから暴行を受けることを予想していなかったものである。しかも,D
は,被告人から,一旦,突き放された後も暴行を加えており,それまで被告人はD
に対し何ら暴行を加えていないのであるから,Dが被告人車両の運転席に近づき,
被告人に対し暴行を加えてから,被告人から突き放された後も暴行を加えるまでの
一連の行為は,被告人にとって急迫不正の侵害にほかならないというべきである。
そして,その経緯に照らせば,その後の相互に殴り合う状態をもって,
本件を,検察官が主張するところの,いわゆる喧嘩闘争事案と認めることはできな
い。
(2) 防衛行為の必要性,相当性について
ア 本件の現場は,時間が午後4時40分ころ,高速道路のパーキングエリ
ア内にある従業員が3名いるガソリンスタンドで,被告人は,Dから怒鳴られ暴行
を受けた際,暴行を回避するため,本件ガソリンスタンド従業員や同パーキングエ
リア内にいた者に助けを求めることが可能ではなかったが問題となり得る。
 確かに,被告人は,そのような方法を採っていないが,同パーキングエ
リアの売店等は,本件ガソリンスタンドからかなり離れたところにあること(甲3
6),本件全証拠をもってしても,当時,本件ガソリンスタンドにおいて被告人以
外の客がいたかは明らかでないことによれば,被告人にとって,本件ガソリンスタ
ンド従業員以外の者に助けを求めることは,不可能だったと認められるところ,ガ
ソリンスタンドの従業員はいずれも50代半ば過ぎの年齢であって,体力的な問題
から,当時31歳で,身長180センチメートル,体重80.2キログラム(甲3
9)と比較的体格も大きいDの暴行を止めに入らせることを期待するのは難しく,
実際にも,本件ガソリンスタンド従業員である証人Fは,当公判廷において,被告
人とDが揉めているのを認識しながら,自分自身が割って入るのは,とばっちりを
受けてはたまらないから躊躇した旨,同Gも,同様にその事実を認識しながら関わ
り合いになりたくなかったという気持ちはあった旨,各証言するところであり,同
従業員らが,本件に関し積極的に対応していないことからすると,仮に,被告人が
同従業員らに助けを求めても,同従業員らがこれに応じ,Dの暴行を
回避できたかは疑問といわざるを得ない。
 また,被告人が,Dを一旦突き放した時に,暴行を回避するため,逃げ
ることも可能ではなかったが問題となり得るが,被告人は,被告人車両やガソリン
の計量器を背後にしてDと正対している以上,基本的には,Dからみて左右方向に
逃走するほかなく,突き放した後に離れたとはいえその距離はせいぜい1.5メー
トル程度であること,Dがかなり興奮,憤激して暴行を加えてきており逃走すれば
更に興奮状態を助長する恐れもあったこと,突き放された後に,Dが向かってき
て,被告人の顔面を殴打してきたという状況に照らすと,被告人が,その状況で,
Dから逃げるということも困難といわざるを得ない。
 被告人が,Dによる急迫不正の侵害を受けていたことは前記のとおりで
あるから,以上に照らすと,被告人が,助けを求めたり,逃げることもなく,Dに
対し殴打したという被告人の一連の行為が,正当防衛として許される必要最小限の
範囲を超えているとはいえないというべきである。
イ さらに,防衛行為の相当性につき検討するに,Dの暴行態様は,素手に
よる殴打と足蹴りであり,双方が殴り合いの状態に至るまでに,Dは,被告人に対
し,少なくとも3回殴打し,1回は腹部を足で蹴っている。そして,双方が殴り合
う状態になった後は,Dは被告人に十数回程度の殴打を加えており,殴打を加えた
場所は,被告人の上半身及び顔面で,被告人の顔面に少なくとも数回は当たってい
る(甲33)。しかし,何か手に物を持って殴打を加えてきてはいないので,Dの
暴行により,被告人が被った危険は,身体に対する侵害の危険であって生命に対す
る侵害の危険まで認められない。
 他方,客観的にみれば,被告人は,右手に携帯電話を持った状態で,D
の顔面及び上半身に少なくとも12回程度の殴打を加え,そのうちの本件携帯電話
のアンテナ部が心臓にまで到達する暴行により,Dは,死亡しており,双方の法益
の均衡という意味では,被告人の行為により生じた結果自体は,守られるべき法益
と比して過剰で重大といわざるを得ない。
 もっとも,当該行為が防衛上やむを得ない行為であるか否かは,加害行
為及びこれに対する反撃行為の各態様その他行為時の具体的状況を総合して考察
し,防衛手段として相当な範囲内の行為であったか否かにより決すべきであり,防
衛行為から生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても,その
ことから,直ちに相当性を欠くものと解するのは正当ではないというべきである。
 Dの暴行は前記のとおり,素手による殴打及び足蹴りであり,その攻撃
の場所は被告人の顔面及び上半身で,回数は合計で十数回程度に及ぶもので,他
方,被告人は,Dの顔面及び上半身を中心に,右手に本件携帯電話を所持し振り回
すような形で,本件携帯電話を使用して殴打を加えたものである。
 確かに,Dの加害行為はあくまで素手によるものであったこと,本件携
帯電話を放し素手で殴打するなど,危険性の少ない他の手段が皆無であったとはい
い難いことに照らせば,Dに対し,本件携帯電話を所持して殴打すること自体が,
そもそも防衛行為として不相当であり過剰だといえる可能性はある。しかし,本件
携帯電話は,その大きさ,重量から考えて,棒などのように振り下ろすなどして使
用し相手に攻撃を加え得るものではなく,また,その形状が鋭利であるわけでもな
いから,素手と比較して,多少は相手に損傷を与え得るとしても,本件携帯電話自
体が凶器として危険な物とまではいえないこと,被告人はDを攻撃するためにあえ
て本件携帯電話を手にしたものではないこと,前記のようにDが被告人に対し執拗
に暴行を加えていたことなどの被告人が反撃行為をするに至るまでの経緯,他の者
に助けを求めることができなかったなどの周囲の客観的状況等に照らせば,本件携
帯電話を所持しての殴打自体が,防衛行為として不相当で過剰であったとまではい
えない。
 もっとも,本件携帯電話自体での殴打は過剰ではないとしても,本件携
帯電話のアンテナ部による殴打は不相当で過剰であると評価される可能性もないで
はない。
 確かに,本件携帯電話のアンテナ部は,その利用の方法次第では,少な
くとも,素手による殴打によって生じる損傷と比して大きな損傷を与える可能性が
あるものということはできる。しかし,その突起は僅か約2センチメートルにすぎ
ず,アンテナの本体は金属製といっても,その先端は丸く形成されたプラスチック
様のキャップが被されており,一見して身体に鋭く突き刺さるような形状ではない
のであって,一般的な認識として,アンテナ部による殴打により,死亡あるいはそ
れに匹敵するような重大な損傷を与える結果を生じることは通常予想されるところ
ではなく,それを裏付けるように,鑑定書(甲39)においても,携帯電話のアン
テナ部が心臓まで到達し死亡に至るというのは,まれな事例であると指摘されてい
るところである。しかも,前記のとおり,最初に暴行を加えたのは,Dであり,そ
の暴行の態様も執拗で,暴行の回数としても,総合的にみれば,被告人の方が少な
い。加えて,被告人が防衛行為に至るまでの経緯,周囲の客観的状況等を考慮すれ
ば,本件携帯電話を利用して暴行を加えたとしても,アンテナ部で,身体の重要部
分を積極的,意図的に殴打しようとしたものであればともかく,携帯
電話を所持し,結果的にアンテナ部が身体に当たるような状態で殴打を加えたとし
ても,本件においては,それ自体で防衛行為として不相当であり過剰とまではいえ
ないというべきである。
 そして,被告人が,アンテナ部をことさら利用して,積極的,意図的に
殴打したと認められないことは前述のとおりである。
ウ よって,以上の点を,総合的に評価すれば,被告人の本件行為は,Dに
よる急迫不正の侵害に対し,自己の身体を守るために行った,必要かつ相当な範囲
内の行為であり,防衛上やむを得ない行為ということができる。
(3) 防衛の意思について
 正当防衛が成立するためには,いわゆる防衛の意思が必要とされるところ
である。確かに,被告人が,当公判廷において,また検察官及び警察官に対して供
述するように,Dからの一方的な暴行に対し,多少憤激していたことは否めないと
しても,本件携帯電話のアンテナ部を利用して,積極的,意図的に攻撃を加えよう
としたものでないことは前述のとおりであり,また,当初から被告人は謝罪の態度
を示していること,殴り合いの状態が終了した後にもDに対し謝罪し,鼻血を拭く
ためのティッシュペーパーを持っていっていること,Dが倒れ込んだ際には即時に
本件ガソリンスタンド従業員に救急車の手配を要請していることなどに照らせば,
被告人の本件行為は,自己の身体に対する侵害の危険を防衛する意思をもって行わ
れたもの,すなわち防衛の意思をもって行われたものであることは明らかである。
第4 以上の次第であるから,被告人の本件行為は,正当防衛として罪にならない
ものであるから,刑事訴訟法336条前段により,被告人に対し無罪の言渡しをす
べきである。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役3年6月)
 平成14年9月4日
山口地方裁判所下関支部第2部
裁判長裁判官   並木正男
   裁判官   高島義行
   裁判官   松井 洋

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すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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採用担当宛