弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 一 控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を
求めた。
 二 当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるか
ら、ここにこれを引用する。
 1 控訴人の主張
 (一) 原判決事実摘示の被控訴人の請求原因事実(原判決一枚目裏一行目末尾
の「原告は」以下同一一行目「被告に送達済である。」まで)はすべて認める。
 (二) 準占有者に対する弁済
 (1) 控訴人は昭和四三年七月六日訴外有限会社丸善鉄工所(以下「丸善鉄
工」という。)に対しA農業協同組合B支所鉄骨工事を代金一五八万円、同組合疏
菜選果場鉄骨工事を代金九二万円、合計金二五〇万円で下請けさせたところ、同年
八月上旬頃丸善鉄工は右工事未完成のまま倒産した。
 ところで、控訴人は丸善鉄工に対し、同年七月二一日から同年九月七日までの
間、その注文により鉄鋼資材を売渡し、同日現在における控訴人の丸善鉄工に対す
る売掛債権額は金一九七万四、九八四円に達していた。
 そこで控訴人は同年九月七日右売掛債権と丸善鉄工の控訴人に対する前記工事代
金債権とをその対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、同日現在におけ
る右工事残代金債権額は金五二万五、〇一六円となつた。
 (2) 訴外福島八幡株式会社(以下「福島八幡」という。)は丸善鉄工に対
し、その倒産当時約四〇〇万円の売掛債権を有していたところ、福島八幡の社員G
は同年九月七日控訴人に対し、丸善鉄工作成にかかる前記工事残代金債権受領に関
する委任状、債権譲渡証を持参し、右債権の受領代理権の存在を証したため、控訴
人は同日福島八幡に対し工事残代金五二万五、〇一六円を善意で弁済したから右債
権は消滅した。右債権者(丸善鉄工)の代理人に対する弁済は債権の準占有者に対
する弁済として有効である。
 (3) 被控訴人は丸善鉄工を債務者、控訴人を第三債務者として丸善鉄工の控
訴人に対する工事代金債権につき、債権仮差押命令を申請(福島地方裁判所郡山支
部昭和四三年(ヨ)第六五号)して仮差押命令を得、該命令正本は同年九月八日控
訴人に送達されたが、被仮差押債権は前記のとおりすでに存在しなかつたものであ
るから、右債権仮差押は無効であり、被控訴人の本訴請求は理由がない。
 (三) 被控訴人主張の後記(三)の事実は争う。
 2 被控訴人の主張
 (一) 控訴人主張の右(二)の(1)の事実中、控訴人が鉄骨工事を丸善鉄工
に下請けさせたことは認めるが、その余は不知。昭和四三年九月八日現在における
控訴人の丸善鉄工に対する資材の売掛残債権額はA農業協同組合蔬菜選果場の材料
費金六二万八、四〇四円、同組合B支所の材料費金九〇万円、合計金一五二万八、
四〇四円であるから、仮に丸善鉄工の控訴人に対する工事代金債権額金二五〇万円
と対当額で相殺されたとしても丸善鉄工の工事残代金債権額は金九七万一、五九六
円である。同(2)の事実は不知。同(3)の事実中、仮差押命令正本が控訴人に
送達された当時、被仮差押債権が存在しなかつたとの点は否認する。
 (二) 被控訴人は同月五日現在において丸善鉄工に対し合計金三八〇万円の債
権を有していたが、その弁済がなかつたので、控訴人及び丸善鉄工の双方について
控訴人の丸善鉄工に対する工事代金債務の存否及び残存債務額について調査したと
ころ、なお金七五万円残存することをつきとめた。そこで被控訴人は翌六日福島地
方裁判所郡山支部に被控訴人が丸善鉄工に対して有する約束手形金八〇万円(丸善
鉄工同年六月四日振出満期同年八月二〇日)の内金七〇万円の債権の執行を保全す
るため、丸善鉄工が控訴人に対して有する前記工事残代金債権の仮差押申請をし仮
差押命令を得たものである。
 右工事残代金債権が残存することは、次の諸点から明らかである。
 (1) 被控訴人が同年九月五日司法書士Cとともに控訴会社本店営業所に赴い
た際、控訴人方の支配人と認められる営業、会計係某は被控訴人に対し同日現在に
おいて、前記工事代金七五万円の残債務が存すること及び訴外D及び福島八幡が取
立委任を受け控訴人に請求にきたが、控訴人方では毎月一〇日が支払日であるため
同人らにいまだ支払つていない旨言明していたこと
 (2) 控訴人は前記債権仮差押決定及び本件差押並びに転付命令が送達された
のにかかわらず、これらに対し全く何らの異議、苦情も述べておらず、不服申立も
していないこと
 (3) 丸善鉄工の債権者で被控訴人と債権保全に努めていた訴外Eは、前記D
及び福島八幡が同月二〇日控訴人から債権を減額させられ金五五万円の支払をうけ
たが、その領収日付をさかのぼらせて同月七日付の領収証を渡してきた旨右佐藤か
ら聞知し、その旨被控訴人に伝えていること
 (4) 被控訴人とCが同年一〇月一〇日控訴人方に赴いた際、控訴人方の女事
務員は帳簿を見たうえ、控訴人が福島八幡に金五二万五、〇一六円を支払つた日時
は同年九月二〇日であることを言明したこと
 そうすると控訴人が仮に右金員を福島八幡に支払つたとしても、その支払日時は
前記仮差押決定が控訴人に送達された以後であり、領収証(乙第一号証)の作成日
付は真実に符合していないものであつて右仮差押は有効であるといわねばならな
い。
 (三) 仮に控訴人が金五二万五、〇一六円の小切手を同年九月七日福島八幡に
振出したとしても、その時点においてはもちろん、少くとも同月二〇日までは、債
務の本旨に従つた弁済の提供とならないから、その額に相当する債権も消滅せず、
同月八日には有効に残存していた。したがつて控訴人がその後右金額を小切手によ
り支払つたとしても、これをもつて被控訴人に対抗できない。
 三 証拠関係(省略)
         理    由
 一 被控訴人がその主張の日主張の内容の債権差押並びに転付命令を得たこと、
該命令正本が被控訴人主張の日丸善鉄工及び控訴人に送達されたこと、被控訴人が
丸善鉄工を債務者、控訴人を第三債務者として丸善鉄工の控訴人に対する工事代金
債権につき仮差押命令を得、該命令正本が昭和四三年九月八日控訴人に送達された
ことはいずれも当事者間に争いがない。
 二 そこでまず控訴人主張の弁済の抗弁について考察するに、成立に争いのない
甲第一号証、当審における控訴人代表者F本人尋問の結果、これにより成立を認め
うる乙第一ないし六号証によると、
 1 控訴人は昭和四三年七月六日丸善鉄工との間にA農業協同組合B支所鉄骨工
事及び同組合疏菜選果場鉄骨工事の下請負契約を締結し(控訴人が鉄骨工事を丸善
鉄工に下請けさせたことは当事者間に争いがない。)、これに要する鉄鋼資材等は
丸善鉄工の注文によりその都度売渡すものとし、工事代金を右B支所については金
一五八万円、右疏菜選果場については金九二万円、合計金二五〇万円とし、その代
金は工事完了後右鉄鋼資材等の売却代金と差引いたうえ支払う約定であつたとこ
ろ、丸善鉄工は同年八月末頃右工事未完成のまま倒産した。
 2 控訴人は同年七月一二日から同年九月七日までの間に丸善鉄工に売渡した鉄
鋼資材代金が丸善鉄工倒産後控訴人において工事を引継いだために要した工事費を
含め、同日現在で金一九七万四、九八四円に達したため、同年九月七日丸善鉄工と
の間に右金額と工事代金二五〇万円を相殺し精算した結果、控訴人の丸善鉄工に対
して負担する工事残代金債務額は金五二万五、〇一六円となつた。
 3 福島八幡の代表者Gは前同日控訴人に対し、丸善鉄工作成にかかる前記工事
代金残債権受領に関する委任状を持参して右債権の受領代理権の存在を証明したた
め、控訴人は右Gが真正の受領権者であると信じ、同日福島八幡に対し株式会社東
邦銀行H支店交付の当座預金小切手用紙を用い、同銀行あての金額五二万五、〇一
六円の小切手を振出し弁済したが、これについて過失を認めるべき事情はなかつ
た。
 以上の事実を認めることができる。
 被控訴人は右弁済は仮差押命令が控訴人に送達された同月八日以後の同月二〇日
になされたものであり、領収証(乙第二号証)は日付をさかのぼらせて作成された
ものである旨主張し、当審における証人Eの証言及び被控訴人本人の供述中にはこ
れに副う部分があるけれども、右はいずれも前掲各証拠、とりわけ乙第六号証(前
記東邦銀行H支店交付の当座小切手帳控)は、小切手番号が通し番号で印刷され、
振出日についても年月日順に順序正しく記載されており、日付をさかのぼらせるこ
とはできないと考えられることに照らし到底措信できないし、また、成立に争いの
ない甲第三号証、乙第八号証、当審における証人Cの証言及び被控訴人本人尋問の
結果によると、被控訴人が同年九月五日司法書士Cとともに控訴会社に赴いた際控
訴会社の社員某から同日現在において控訴人の丸善鉄工に対する工事残代金債務が
なお金七〇万円残存しており、控訴会社では毎月一〇日が支払日であると聞きただ
したこと、控訴人が前記仮差押命令及び本件差押並びに転付命令の送達を受けて以
後これらに対し異議、苦情も述べず、不服申立もしていないこと、被控訴人及び右
Cが同年一〇月上旬頃控訴会社に赴いた際、控訴会社の女事務員が帳簿をみたう
え、福島八幡に金五二万五、〇一六円を支払つた日時は同年九月二〇日であると説
明したこと、現に控訴会社の総勘定元帳(甲第三号証)及び当座預金手控帳(乙第
八号証)にもその旨記載されていることがいずれも認められるけれども、控訴人代
表者F本人尋問の結果により右各帳簿はいずれも現実に小切手金が支払われた日を
記帳したことがうかがわれ、被控訴人主張の時点において、控訴人が工事残代金債
権が残存することを認めていた証左とはならないから、叙上認定の妨げとならない
し、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。
 <要旨>三 次に小切手による弁済について考察するに、金銭支払債務の履行のた
めに小切手を振出した場合には、銀行の自己宛小切手や銀行の支払保証のあ
る小切手のような支払の確実性の保証のあるものは格別、債務の本旨に従つた弁済
の提供とはならず、また弁済方法として小切手を交付したときは、代物弁済又は更
改契約を締結する趣旨である等当事者の意思が明白な場合のほかは、既存債務と小
切手金債務を併存させる意思で、支払のためにしたものと推定すべきであることは
いうまでもない。しかしながら、弁済の提供は弁済の完了のため債権者の受領その
他の協力が必要である債務において、その弁済の完了までの過程における債権者の
協力の仕方と相関的に債務者の側で弁済のためになすべき行為の程度方法を定め、
弁済は完了していなくとも債務者に不履行責任を免れしめることを主旨とする制度
であつて、債権の消滅とは直接関係のないものであるところ、本件においては福島
八幡が小切手を異議なく受領しているのであるから、債務の本旨に従つた弁済の提
供であるかどうかは問題とならないし、控訴人は昭和四三年九月七日には未だ仮差
押命令正本の送達を受けていなかつたのであるから、何らの制限なく小切手を振出
すことができ、その後福島八幡において右小切手を呈示して小切手金を受領した同
月二〇日の時点において仮差押命令による支払の差止を受けた第三債務者であると
しても、工事残代金債権の仮差押の効力は小切手金債権に及ばないものであり、小
切手の呈示、小切手金の受領は控訴人の行為をまたずになされるものであるから、
これらの行為はもとより仮差押の趣旨に抵触するものではない。もつとも控訴人が
仮差押命令の送達を受けた後ただちに支払人に対し支払委託の撤回をすることはで
きないが、支払委託の撤回をしなければならない義務が仮差押命令により生ずるわ
けではない。
 控訴人は被仮差押債権は仮差押命令の送達前に消滅した旨主張し、前記乙第一号
証には昭和四三年九月七日福島八幡が前記工事代金全額を領収した旨の記載がある
が、これは小切手が経済社会において現金と同視され、小切手の授受をもつて現金
の授受と同様の取扱をしているところから、かかる取引の慣例に従い記載したもの
であることは、控訴人代表者F本人尋問の結果からもうかがわれるところであり、
右の記載をもつて同日全額弁済のあつたとみることができないことはもとより、工
事代金の支払にかえて小切手が振出され、又は更改契約が締結されたものと認めう
る証拠はなく、前示小切手の振出により直ちに工事残代金債務が消滅したとみるこ
とはできるがしたがつて被仮差押債権である前示工事残代金債権は、仮差押命令が
第三債務者である控訴人に送達された昭和四三年九月八日の時点では未だ消滅して
いないから、右仮差押は一応その効力を生じたものといわざるを得ない。
 しかしながらすでに認定したとおり控訴人は工事残代金債権の支払方法として小
切手を振出し、該小切手金は同月二〇日支払われるに至つたのであるから、これに
より工事残代金債権は消滅し、控訴人は民法四八一条にいわゆる支払の差止を受け
た後に弁済した第三債務者に該当しないものである。したがつて、右仮差押命令は
効力を失い同年一二月二一日に控訴人に対し送達された本件債権差押並びに転付命
令もその効力を生ずるに由なきものというべきである。
 四 以上の次第で、本件差押並びに転付命令の有効を前提とする被控訴人の本訴
請求は失当であるから、これと結論を異にする原判決を取消すこととし、民訴法三
八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 羽染徳次 裁判官 田坂友男 裁判官 丹野益男)

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