弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人宮本誉志男の上告理由について。
 原審は、
 (1) 被控訴人(被上告人)はD鉄工所に対して、請負代金債務の支払のために
本件二通の約束手形(原判決に(イ)(ロ)と表示されたもの)を振出し、またE
に対して同様請負代金債務の支払のために本件一通の約束手形(原判決に(ハ)と
表示されたもの)を振出したこと。
 (2) 右(イ)(ロ)の各手形は右D鉄工所から直接控訴人(上告人)に、右(
ハ)の手形はEからFを経て順次控訴人に裏書譲渡されたこと。
 (3) 控訴人は、右D鉄工所およびFに対して、右各手形の額面に相当する金額
を支払つてこれを譲り受けたものであつて、同人らに対する原因関係においてはな
んらの権利ももはや有していないばかりでなく、振出人である被控訴人に対しても
なんらの原因債権を有していないこと。
 (4) そして、本訴提起当時には、すでに本件手形はいずれも満期後三年以上を
経過し、被控訴人の振出人としての右各手形債務は時効によつて消滅していたこと。
 (5) また、D鉄工所およびEの控訴人に対する償還義務も、満期後一年の時効
期間の経過によつて消滅したこと。
以上の事実を確定したうえ、
 D鉄工所およびEが前述のように本件各手形を裏書譲渡した段階では、同鉄工所
らは控訴人らに対し裏書人としての償還義務を負担しているのであるから、これに
より被控訴人に対する原因債権(請負代金債権)が消滅し、被控訴人においてその
支払を免れたものと解することはできないし、D鉄工所らは、償還義務者としての
責任を追及された場合には被控訴人に対して原因債権を行使することも考えられ、
その場合には、被控訴人として原因債権の履行を免れることはできないから、被控
訴人に利得が発生したとはいえない。また、D鉄工所およびEの控訴人に対する償
還義務が満期後一年の時効期間経過で消滅することにより、D鉄工所らが控訴人よ
り得た対価の取得は決定的なものとなり、その結果被控訴人に対する原因債権もま
た消滅し、被控訴人は原因債権の支払を免れるにいたつたものというべきであるが、
これによる利益の享受は、D鉄工所らの償還義務の時効消滅という被控訴人による
本件各手形の振出とは直接関係のない別個の法律上の原因に基づくものであるから
手形法八五条に定める利得にあたらない旨判示し、上告人の本訴請求を排斥してい
る。
 しかしながら、原審の確定した事実関係によれば、上告人の本件各手形上の権利
は、その振出人である被上告人に対してはもとより、その裏書人であるD鉄工所ら
に対しても、既に時効によつて消滅しており、しかも上告人は同人らに対してなん
らの原因債権をも有しないというのであるから、手形振出の基礎たる原因関係にお
いて被上告人に利得が生じているならば、上告人は被上告人に対し、同人の受けた
利益の限度においてその償還を求め得るものといわなければならない。ところで、
原審の確定した前記事実によれば、被上告人はD鉄工所およびEに対して、同人ら
に対する請負代金債務の支払のために本件各手形を振出し、右D鉄工所らはこれを
上告人に対しその額面に相当する金員を取得して裏書した後、上告人の本件手形上
の権利がすべて時効により消滅したというのであるから、上告人はもはや同人らに
対し償還請求権を行使することはできず、ひいて本件手形の受取人であるD鉄工所
らが被上告人に対して有していた原因債権もまた消滅に帰し、振出人たる被上告人
は本件手形振出の原因たる請負代金債務を免れることにより現実に利得をしたもの
ということができる。被上告人の右利得は、上告人の有する手形上の権利の時効消
滅により生じたものであつて、手形法八五条にいわゆる利得に当たるものと解しな
ければならない。
 しからば、右見解と異なり、被上告人に手形法八五条にいわゆる利得がないとし
た原判決は、同条の解釈を誤つたものというべく、この誤りは原判決に影響を及ぼ
すこと明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れ
ない。そして、本件は、さらにその利得の範囲について審理判断する必要があるか
ら、本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よつて、民訴法四〇七条一項にしがたい、裁判官全員一致の意見で、主文のとお
り判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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