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平成16年(行ケ)第32号 審決取消請求事件
平成16年10月4日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 モトローラインコーポレイテッド
 訴訟代理人弁理士 伊東忠彦,大貫進介,湯原忠男
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 川真田秀男,中西一友,影山秀一,小曳満昭,大橋信彦,井出英一郎
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
     事実及び理由
 本判決においては,審決及び特許請求の範囲の記載や書証等を引用する場合を含
め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。例えば,「および」は
「及び」(発明の名称は除く),「予め」は「あらかじめ」,「亘る」は「わた
る」,「毎」は「ごと」,「うる」は「得る」などと表記した。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2000-19979号事件について平成15年9月8日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これ
を不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたた
め,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
 出願人:原告
 発明の名称:「半導体パッケージおよびそのための方法」
 出願番号:特願平9-249351号
 出願日:平成9年8月28日(優先権主張:平成8年9月4日アメリカ合衆国)
 (2) 本件手続
 拒絶査定日:平成12年9月12日
 審判請求日:平成12年12月18日(不服2000-19979号)
 手続補正:平成14年11月14日
 手続補正:平成15年7月7日(本件補正)
 審決日:平成15年9月8日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」(なお,本件補正は却下さ
れた。出訴期間90日附加。)
 審決謄本送達日:平成15年10月1日(原告に対し)
 2 本件出願に係る特許請求の範囲の記載
 (1) 平成14年11月14日付け補正後,本件補正前の特許請求の範囲請求項1
の記載(以下,「本願発明」という。なお,請求項2,3の記載は省略。)
【請求項1】半導体パッケージの形成方法であって:複数のパッケージ・サイト及
び該パッケージ・サイトに取り付けられた電子素子を有するプリント回路ボード基
板を形成する段階;前記複数のパッケージ・サイトを封入する封入段階であって,
前記複数のパッケージ・サイトを連続的に被覆しかつ上面の平坦性偏差が前記複数
のパッケージ・サイトにわたって0.13ミリメートル未満であるところの封入材料を
形成する,封入段階;及び各パッケージ・サイトを個別パッケージに単独化するよ
う前記封入材料及び前記基板を貫いて鋸切断する段階;から成ることを特徴とする
方法。
 (2) 本件補正(平成15年7月7日付け)に係る特許請求の範囲請求項1の記載
(以下,審決等を引用する場合も含め,「本件補正発明」という。下線部分が補正
部分である。なお,請求項2,3の記載は省略。)
【請求項1】半導体パッケージの形成方法であって:複数のパッケージ・サイト及
び該パッケージ・サイトに取り付けられた電子素子を有するプリント回路ボード基
板を形成する段階であって,各パッケージ・サイトが鋸により個別パッケージへと
切断され得るように隣接パッケージ・サイトから空間により分離される,ところの
段階;前記複数のパッケージ・サイトをオーバーモールドするオーバーモールド段
階であって,前記複数のパッケージ・サイトを連続的に被覆しかつ上面の平坦性偏
差が前記複数のパッケージ・サイトにわたって0.13ミリメートル未満であるところ
の封入材料を形成する,オーバーモールド段階;及び各パッケージ・サイトを個別
パッケージに単独化するよう前記封入材料及び前記基板を貫いて鋸切断する段階;
から成ることを特徴とする方法。
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決は,本件補正の適法性について検討し,概ね(2)ないし(8)のとおり説示
し,独立特許要件を欠くとして,これを却下した。
 (2) 審決は,特開平6-61417号公報を刊行物1(これに記載された発明を
「刊行物発明」という。本訴甲4)とし,特開平6-132423号公報を刊行物
2(本訴甲5),特開平4-148553号公報を刊行物3(本訴甲6)とした。
 そして,刊行物1の記載事項を認定した(このうち,【図1】には,「相互に隣
接する導電パターン1Aの間には,スクライブライン1Cの両側に,個別パッケー
ジ化され得るように分離空間」が明示されていると認定した。)。
 そして,刊行物1の開示内容(刊行物発明)として,次のとおり認定した。
 「半導体パッケージの形成方法であって,複数の導電パターン及び該導電パター
ンに取り付けられた電子素子を有する電気絶縁性基板を形成する段階であって,各
導電パターンがスクライブラインにより個別パッケージへと分割され得るように隣
接導電パターンから空間により分離される,ところの段階;前記複数の導電パター
ンを枠状部材で囲って,枠内全面に封入材料としての液状封止樹脂を流し込んで注
型封入する封入段階であって,前記複数の導電パターンを連続的に被覆しかつ全面
にわたって上表面が滑らかで平坦な封入材料を形成する,封入段階;及び各導電パ
ターンを個別パッケージに単独化するよう前記封入材料及び前記基板を前記スクラ
イブラインに沿って分割する段階;から成ることを特徴とする方法」
 (3) 審決は,刊行物2の開示内容として,次のとおり認定した。
 「プリント基板上に複数の半導体素子搭載部を有し,該各半導体素子搭載部には
電子素子としての半導体素子が搭載され,つぎに前記プリント基板の端部四方に樹
脂枠を設け,さらに前記樹脂枠内に樹脂を注入して,該樹脂の硬化後,ダイシング
ラインに沿って多分割に切断するという技術事項」
 (4) 審決は,刊行物3の開示内容として,次のとおり認定した。
 「多数の電子素子を一括封止したものを,鋸で切断して複数の個別パッケージに
単独化するという周知事項」
 (5) 審決は,本件補正発明と刊行物発明との一致点を次のように認定した。
 「『半導体パッケージの形成方法であって,複数のパッケージ・サイト及び該パ
ッケージ・サイトに取り付けられた電子素子を有するプリント回路ボード基板を形
成する段階であって,各パッケージ・サイトが個別パッケージへと単独化され得る
ように隣接パッケージ・サイトから空間により分離される,ところの段階;前記複
数のパッケージ・サイトをオーバーモールドするオーバーモールド段階であって,
前記複数のパッケージ・サイトを連続的に被覆しかつ上面が全面にわたって滑らか
で平坦であるところの封入材料を形成する,オーバーモールド段階;及び各パッケ
ージ・サイトを個別パッケージに単独化するよう前記封入材料及び前記基板を分断
して個片化する段階;から成ることを特徴とする方法』であることで一致する。」
 (6) 審決は,本件補正発明と刊行物発明との相違点を次のように認定した。
 「本件補正発明では『封入材料及び基板を貫いて鋸により個別パッケージへと切
断する』のに対して,刊行物発明では『封入材料及び基板をスクライブラインによ
り個別パッケージへと分割する』点(相違点1)で相違し,また,本件補正発明では
『上面の平坦性偏差が全面にわたって0.13ミリメートル未満』であるとしているの
に対して,刊行物発明では『全面にわたって上表面が滑らかで平坦』であるとして
いる点(相違点2)とで,両者は相違する。」
 (7) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
 「相違点1の検討:刊行物2に開示されているように,『プリント基板上に複数
の半導体素子搭載部を有し,該各半導体素子搭載部には電子素子としての半導体素
子が搭載され,つぎに前記プリント基板の端部四方に樹脂枠を設け,さらに前記樹
脂枠内に樹脂を注入して,該樹脂の硬化後,ダイシングラインに沿って多分割に切
断する』という技術が既知であり,かつ当該技術は,『複数の個別パッケージ領域
を一括封止した後に,各パッケージへと分断して単独化する』ということにおい
て,本件補正発明及び刊行物発明とも軌を一にするものである。
 そして,刊行物2の『樹脂の硬化後,ダイシングラインに沿って多分割に切断す
る』ということは,上記刊行物3の開示事項に摘記した『多数の電子素子を一括封
止したものを,鋸で切断して複数の個別パッケージに単独化する』ということであ
るのは周知かつ自明である。
 したがって,相違点1は,刊行物2,3の記載内容から容易に想到できたものと
認められる。」
 「相違点2の検討:本件補正発明において,封入材料の『上面の平坦性偏差が全
面にわたって0.13ミリメートル未満』と特定したのは,本件明細書段落【0015】に
記載したように,『各個別パッケージはほぼ平坦な表面を有することができ,自動
化引き上げ/配置機器の利用を容易にし,更に,各個別パッケージの明確な刻印も
容易に行うことができる」ようにするためであるから,それは刊行物発明について
も,『表面実装法においては,回路部品を減圧で吸引し搭載するので必然的に形状
は軽量で,かつ表面がフラットであることが好ましく,外装は品質保持のため,電
気絶縁性の優れたエポキシ樹脂」を用いることから,自動化吸着コレットによるピ
ックアップ及びプレースが可能であるとともに,表面がフラットな外装エポキシ樹
脂パッケージに刻印・マークは容易に施すことが可能であるので,この相違点2の
『上面の平坦性偏差が全面にわたって0.13ミリメートル未満』ということは当業者
が容易に想到し設定できたものと認められる。
 ちなみに,本件補正発明について,『0.13ミリメートル未満』という値自体が技
術的に臨界的な格別の値であるというようなことは,本件明細書中に記載されては
おらず,それはあくまでも本件明細書段落【0015】に記載した作用効果の達成され
得る目安値であるといえる。」
 (8) 審決は,本件補正について,次のとおり結論付けた。
 「本件補正発明は,刊行物発明と刊行物2,3に開示された事項とに基づいて,
当業者が容易に想到できたものと認められ,特許法29条2項の規定により,特許
出願の際独立して特許を受けることができないものである。よって,本件補正は,
却下されるべきものである。」
 (9) 審決は,本願発明について検討を進め,「本願発明は,刊行物発明と刊行物
2,3に開示された事項とに基づいて,当業者が容易に想到できたものと認めら
れ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」と説示した。
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決は,本件補正の適法性について,本件補正発明と刊行物発明との相違点を看
過し(取消事由1),相違点1の判断を誤り(取消事由2),相違点2の判断も誤
った(取消事由3)結果,誤って本件補正を却下したものであるから,取り消され
るべきである。
 1 取消事由1(相違点の看過)
 本件補正発明は,「各パッケージ・サイトが鋸により個別パッケージへと切断さ
れ得るように隣接パッケージ・サイトから空間により分離される」点において刊行
物発明と相違する。しかし,審決は,この相違点を看過した。
 刊行物1には,「各パッケージ・サイトが鋸により個別パッケージへと切断され
得るように隣接パッケージ・サイトから空間により分離される」点が開示されてい
ない。刊行物発明においては,鋸切断するわけではなく,スクライブラインに沿っ
て折って分割するのであって,鋸切断のための分離空間を必要としていない。むし
ろ,折るためには,分離空間はない方がよいであろう。スクライブラインのライ
ン(line)とは,英語で線を意味する用語である。線とは幅のない概念であるの
で,分離する空間は存在しないことは明らかである。審決は,刊行物1が分離空間
を明示している旨認定しているが誤りである。このような誤った認定に基づく審決
は,違法であって,取り消されるべきである。
 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
 この点については,(1)刊行物1,2及び3の組合せに困難性があるにもかかわら
ずこれらを組み合わせた誤り,及び(2)「鋸で切断して複数の個別パッケージに単独
化する」ことが周知であるとした誤りがある。
 (1) 刊行物発明は,複数の導電体パターン1Aにわたってその上に流し込んだ液
状封止樹脂5を硬化させた後に,スクライブライン1Cに沿って折ることにより個
別の半導体装置を得るものである。
 刊行物2に記載された発明は,複数の半導体素子搭載部12にわたることなく,
樹脂止め治具18により分離された各々の半導体素子搭載部12上に個別的に樹脂
19を注入し,硬化後,樹脂止め治具18を取り去り,ダイシングラインに沿って
切断することにより個別の半導体装置を得るものである。レンズ25の形成を開示
していることから分かるように,樹脂表面の平坦性を全く考慮していない。すなわ
ち,刊行物2においては,各半導体素子搭載部12が端部四方において円柱状突起
により包囲されていることから,樹脂の流れが妨害され,理想的な平坦性が得られ
ない。また,上記各円柱と各円柱との間において樹脂の表面張力に起因するメニス
カス(曲面状表面)が生じるため,平坦性を完全に損ねる。一方,本件補正発明に
おいては,「複数のパッケージ・サイトを連続的に被覆」することによって,実質
的に妨害がない状態で樹脂が流れ,かつ,メニスカスの問題も最小限に抑えること
ができるという,刊行物2からは得られない著しい効果が得られるという違いがあ
る。
 刊行物3に記載された発明は,複数個の素子14の上に液状樹脂を注入するので
はなく,あらかじめ用意しておいた複数個の凹所を下面に設けた親蓋9をあらかじ
め用意して,複数素子14の上に被せ,接着剤を用いて親基板1に接着した後,個
々の電子部品16に分離するものである。
 このように,刊行物2記載の発明は,各々の半導体素子搭載部12上に個別的に
樹脂注入し,かつ,平坦性を考慮していない点において,刊行物発明と異なる発明
であって,これら両発明を組み合わせる契機がない。
 また,刊行物3記載の発明は,単に蓋を被せるものであって,刊行物発明とは全
く異なる技術を開示しており,これら両発明を組み合わせる契機もやはり存在しな
い。確かに,刊行物3には,ダイシングソーでカットすることが記載されている。
しかしながら,刊行物3に記載された発明は,あらかじめ形成された親蓋9を親基
板1に被せた後,接着剤等を用いて接着するものであり,表面の平坦性を全く問題
にしていない。課題を異にする刊行物3と刊行物1とを組み合わせることはできな
い。
 以上のように,刊行物発明,刊行物2及び3に記載された各発明に基づいて本件
補正発明の進歩性を否定した審決は,違法であり,取り消されるべきである。
 (2) 審決は,「多数の電子素子を一括封止したものを,鋸で切断して複数の個別
パッケージに単独化する」という技術は周知かつ自明である旨認定している。しか
しながら,このような技術が刊行物3に記載されていることをもって,周知である
と認定するのは,早計でありかつ誤りである。複数個の凹所を形成した封止用親蓋
を被せた後に各素子ごとに切り離して単独化する技術は,刊行物3の主題である。
この刊行物3記載の発明は,出願時の特許請求の範囲からほとんど補正を要するこ
となく,平成11年8月20日に被告により特許権の設定登録がされている(甲
7)。もし,審決が認定したように周知であるとすると,被告は周知技術に密接に
関連する技術について特許を付与したことになる。このように,周知であるとの認
定は誤りであって,その誤った認定に基づいてなした審決は,違法であり,取り消
されるべきである。
 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
 本件補正発明は,平坦性偏差の値として「前記複数のパッケージ・サイトにわた
って0.13ミリメートル未満である」との特徴を有している。このような特徴は,刊
行物1,2又は3のいずれにも開示されていない。各刊行物には,いずれも平坦性
の程度につき全く教示がなく,当業者が平坦性をどの程度にすれば良いのかが分か
らない。
 1個のパッケージ・サイトだけをオーバーモールドすると,寸法が小さいためメ
ニスカスによる非平坦性が大きくなり,本件補正発明の目的を達し得ない。そこ
で,本件補正発明では複数のパッケージ・サイトを連続的に被覆することにより平
坦性偏差を減少させている。この点に関して,各々の半導体素子搭載部12上に個
別的に樹脂19を注入する刊行物2は,本件補正発明とは関係がないものというこ
とができ,刊行物2は本件補正発明の進歩性を否定する根拠として用いることはで
きない。
 本件補正発明の発明者は,実験を繰り返すことにより,半導体パッケージ上への
刻印や良好な自動ピックアップのためには,平坦性偏差を0.13ミリメートル未満に
する必要があることを見出した。このような具体的な平坦性及び効果は,いずれの
刊行物にも開示されていない。したがって,本件補正発明は,特許するに足る発明
であって,進歩性を否定した審決は,違法であり,取り消されるべきである。
第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(相違点の看過)に対して
 刊行物1(甲4)の段落【0007】,【0008】の記載によれば,個別パッケージへ
と分割するための分割線である「スクライブライン」は,導電パターンと電極パタ
ーンにかからないように形成されている。つまり,隣接パッケージ領域間にマージ
ンすなわち空間を有するように形成されているといえる。
 また,半導体の実装技術分野において,スクライブラインやダイシングラインと
いえば,ライン(分割線)の両側には「隙間」すなわち「空間」があるということは
常識である(乙1)。
 刊行物1の図1に「分離空間」が明示されていると認定した点に誤りはないか
ら,相違点の看過はない。
 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)に対して
 (1) 刊行物2の段落【0006】~【0010】の記載からすれば,スルーホール15内
に樹脂19が浸入しないように,円柱状の突起を有する樹脂止め治具18が挿着さ
れ,その後,プリント基板11の端部四方に設けた樹脂枠17内に樹脂19が注入
され,そして,切断された各パッケージは,スルーホール15を二分割した形の端
子電極(23)形成用の凹部を有することになる。そうすると,刊行物2記載のものに
おいては,樹脂19を注入する際に,樹脂止め治具18によって樹脂19の流れが
制限される訳ではなく,複数(例えば3個)のパッケージ領域にわたって樹脂の注入
が行われることは明らかである。
 「複数の半導体素子搭載部12にわたることなく,樹脂止め治具18により分離
された各々の半導体素子搭載部12上に個別的に樹脂19を注入し」という原告の
主張は,刊行物2の誤った理解に基づくものであって,失当である。
 刊行物2の段落【0003】ないし【0005】,【0014】及び【図5】aなどによれ
ば,刊行物2記載の発明では,樹脂枠を個々に設ける必要がないのであるから,刊
行物2に記載された樹脂止め治具18が,樹脂の注入領域を区画制限するものでな
いことは明らかである。したがって,この点からも,上記原告の主張は失当であ
る。
 なお,審決において刊行物3は,「多数の電子素子を一括封止したものを,鋸で
切断して複数の個別パッケージに単独化する」という点が周知事項であることを明
らかにするために,引用されたものである。
 原告は,刊行物発明,刊行物2,刊行物3記載の各発明を組み合わせる契機がな
い旨主張するが,上記各発明は,共に,「複数のパッケージ領域を一括封止した後
に,各個別パッケージへと分断して個々の完成パッケージに単独化する」というご
く限られた技術に属するものであり,当業者においては同一の分野で,かつ,軌を
一にする技術である。相違点1は,刊行物2,3の開示内容から容易に想到できた
ものであるという審決の判断に誤りはない。
 (2) 原告の主張は,「複数個の凹所を形成した封止用親蓋を被せた後に各素子ご
とに切り離して単独化する技術」が刊行物3の主題であるところ,審決がかかる主
題技術それ自体を周知と認定したものであるとの誤った解釈に基づく主張であっ
て,失当である。つまり,刊行物3(甲6,公開公報)の特許公報(甲7)におけ
る特許請求の範囲に記載された特許発明は,審決において周知事項として認定した
内容とは全く異なるものであるから,甲7をもって「周知技術に密接に関連する技
術について特許を付与した」とはいえない。
 審決における周知事項の認定に誤りはない。
 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)に対して
 複数のパッケージ領域を連続的に樹脂封止した後,各個別パッケージへと分割し
て個々の完成パッケージとする技術を開示している刊行物1(甲4)の段
落【0004】,【0007】,【00015】の記載によれば,刊行物発明においても,封止樹
脂表面に平坦性が望まれる,あるいは要求されることは明らかである。
 そして,本件補正発明において封入材料の「上面の平坦性偏差が全面にわたって
0.13ミリメートル未満」と特定した趣旨と,上記段落【0004】の記載に照らせば,
刊行物発明においては,自動化吸着コレットによるピックアップ及びプレースが可
能である程度,すなわち,本件補正発明と同程度の表面平坦性が望まれていること
は明らかである。
 したがって,本件補正発明の「上面の平坦性偏差が全面にわたって0.13ミリメー
トル未満」ということは当業者が容易に想到し設定できたものと認められる。
 本件補正発明の「0.13ミリメートル未満」という値自体,臨界的な格別の値では
なく,単に所定の作用効果の達成され得る目安値である。また,刊行物発明では,
エポキシ樹脂などで封止されるのであるから,その表面には本件補正発明同様,明
確な刻印を容易に行うことができるのであって,作用効果の点についても特段顕著
なものがあるわけではない。
 審決において認定した相違点2に関する封止樹脂の上表面の平坦性については,
刊行物1に十分に示唆されている。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点の看過)について
 (1) 原告の主張は,刊行物発明においては,「各パッケージ・サイトが(鋸によ
り個別パッケージへと切断され得るように)隣接パッケージ・サイトから空間によ
り分離される点」が開示されていないというものと解される(鋸による切断の点
は,別途,相違点1として認定されている。)。
 (2) そこで,検討するに,刊行物1(甲4)には,次のような記載がある。
 「所定の導電パターンを一方の主面に複数有し,かつ前記所定の導電パターンに
かからないように少なくとも一方の主面に複数のスクライブラインの形成された大
面積の電気絶縁性基板を備え,前記所定の導電パターンのそれぞれに半導体素子を
固着した後,前記大面積の電気絶縁性基板の前記導電パターンの形成された部分の
全面にわたって表面が平坦になるよう封止樹脂で封止し,必要に応じてその封止樹
脂の前記スクライブラインに対応する箇所に沿って所定の深さの溝を形成してい
る。…外力を与えて前記電気絶縁性基板と封止樹脂とを前記スクライブラインに沿
って分割して個別の半導体装置,電子回路装置を得ている」(段落【0007】)
 「一方の主面には所定の導電パターン1Aがマトリクス状に規則正しく形成され
ている。…そして導電パターン1Aと電極パターン1Bにかかることがないよう
に,電極パターン1Bの形成された面又は他方の面,或いは双方の面に格子状にス
クライブライン1Cが形成されている。このスクライブライン1Cは,後で大面積
成形物を割り易くするためのものであり」(段落【0008】)
 (3) 上記記載によれば,刊行物1においても各パッケージ・サイトと隣接パッケ
ージ・サイトとの間に,折って分割するためのスクライブラインがあることが明ら
かであるから,それが隣接パッケージ・サイトとのマージン,すなわち空間になっ
ているのであって,その空間は,分離のための空間として,本件補正発明の鋸切断
のための空間と変わるところはないものというべきである。審決には,原告主張の
ような相違点の看過はなく,原告の主張は,採用することができない。
 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
 (1) 原告が取消事由2(1)として主張する点について
 刊行物2(甲5)の段落【0008】には,次のような記載がある。
 「図1は本発明の一実施例を示す半導体装置の製造工程を示す図である。図1(a)
に示すように,プリント基板11上に複数の半導体素子搭載部12,12…を有
し,該各半導体素子搭載部12にはICチップ13及びPDチップ14が搭載さ
れ,さらに前記ICチップ13及びPDチップ14を挟んだ各半導体素子搭載部1
2の端部に端子電極用のスルーホール15を形成する。次に,図1(b)に示すよう
に,前記各ICチップ13及びPDチップ14は金線16によりワイヤーボンドす
る。次に,図1(c)に示すように,前記プリント基板11の端部四方には樹脂枠1
7が設けられ,前記スルーホール15に樹脂が流れ込まないように,離型剤を塗布
した樹脂止め治具18を挿入する。次に,図1(d)に示すように,前記樹脂枠17内
に可視光カット樹脂19を注入する。次に,図1(e)に示すように,前記可視光カッ
ト樹脂19が硬化後,前記樹脂止め治具(図示せず)を取り去り,ダイシングライ
ン20に沿って多分割に切断する。次に,図1(f)に示すように,シールドケース2
1をケーシングして完成品とする。」
 上記記載と図面(特に,図1(c)(d)及びこれを分割した図2(c))とを合わせてみ
れば,刊行物2記載の発明は,スルーホールが複数の半導体素子搭載部(パッケー
ジ領域)の間に存在しているが,スルーホールにより各パッケージ領域が分割され
ているものとは認められず,複数のパッケージ領域にわたって封止樹脂の注入が行
われていることは明らかである。
 上記のように認められる刊行物2記載の発明と,証拠(甲4)によって認められ
る刊行物発明とを比べると,両者は,いずれも複数のパッケージ領域を一括封止し
た後,各パッケージ領域ごとに分割するという点で同一技術の範疇に入るものであ
るといえる。また,証拠(甲6)によれば,刊行物3記載の発明は,原告主張のよ
うに複数個の素子の上に液状樹脂を注入するものではないとしても,多数の電子素
子を一括封止した後に個別のパッケージ領域ごと分割するものであることが認めら
れ,その点において,上記刊行物1,2に記載された各発明と同一技術のものであ
ると解することができる。
 したがって,仮に,刊行物1ないし3に記載された各発明が,封止領域の平坦性
を考慮する点について共通した技術といえないとしても,そのことが各刊行物記載
の発明を組み合わせることを阻害するものとは認められない。
 原告の主張は,採用することができない。
 (2) 原告が取消事由2(2)として主張する点について
 証拠(甲6,7)によれば,刊行物3(甲6)は,特願平2-274359号の
公開公報であり,この特願平2-274359号に係るものが後に特許査定(第2
967215号)されたものが特許公報(甲7)に記載のものであることが認めら
れる。そして,特許された技術内容は,特許公報(甲7)において特許請求の範囲
【請求項1】として記載されたものであることはいうまでもない。そこで,特許公
報(甲7)をみると,次のように記載されている。
 「【請求項1】複数個分の基板を含む親基板の上面に複数個分の上面電極を形成
すると共に下面に各上面電極と導通した複数個分の下面電極を形成し,親基板の上
面に複数個の素子を搭載して各素子と前記各上面電極とを電気的に接続させ,下面
に複数個の凹所を形成された封止用親蓋を前記親基板の上に固着させて各素子を各
凹所内に封入させ,この後,親基板及び封止用親蓋を各素子ごとに切り離すことを
特徴とするチップ型電子部品の製造方法。」
 そうすると,特許が付与されたのは,上記のものであって,「多数の電子素子を
一括封止したものを,鋸で切断して複数の個別パッケージに単独化する」という技
術でないことは明らかである。したがって,原告の主張は,前提において失当であ
り,採用し得ない。
 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
 (1) 原告は,平坦性偏差の値として「前記複数のパッケージ・サイトにわたって
0.13ミリメートル未満である」というのが本件補正発明の特徴であるとし,このよ
うな特徴は,刊行物1,2又は3のいずれにも開示されていないなどと主張する。
 (2) 検討するに,刊行物1(甲4)には,次のような記載がある。
 (A)「表面実装法においては,回路部品を減圧で吸引し搭載するので必然的に形状
は軽量で,かつ表面がフラットであることが好ましく,外装は品質保持のため,電
気絶縁性の優れたエポキシ樹脂などを用い」(段落【0004】)
 (B)「所定の導電パターンを一方の主面に複数有し,かつ前記所定の導電パターン
にかからないように少なくとも一方の主面に複数のスクライブラインの形成された
大面積の電気絶縁性基板を備え,前記所定の導電パターンのそれぞれに半導体素子
を固着した後,前記大面積の電気絶縁性基板の前記導電パターンの形成された部分
の全面にわたって表面が平坦になるよう封止樹脂で封止し,…外力を与えて前記電
気絶縁性基板と封止樹脂とを前記スクライブラインに沿って分割して個別の半導体
装置,電子回路装置を得ている」(段落【0007】)
 (C)「この大面積成形物は封止樹脂を電気絶縁性基板1のほぼ全面に流し込んで形
成されたものなので,その上面は滑らかであり,当然に分割された半導体装置の上
面も滑らかである」(段落【00015】)
 (3) 刊行物1の上記記載によれば,刊行物発明においても,封止樹脂表面に平坦
性が要求されることは明らかである。
 本件補正発明において,封入材料の上面の平坦性偏差が全面にわたって0.13ミリ
メートル未満と特定したのは,各個別パッケージがほぼ平坦な表面を有することが
でき,自動化引上げ/配置機器の利用を容易にし,さらに,各個別パッケージの明
確な刻印も容易に行うことができるようにするためであると解される(甲2段
落【0015】)。一方,上記刊行物1の(A)の記載によれば,刊行物発明においては,
自動化吸着コレットによるピックアップ及びプレースが可能である程度,すなわ
ち,本件補正発明と同程度の表面平坦性が望まれていることは明らかである。
 そして,本件明細書の記載をみても,「0.13mm」という値に臨界的な意義があ
るものとも認められず,それは,自動化引上げ/配置機器の利用を容易にし,個別
パッケージの明確な刻印を容易に行うことができるようにするためという,格別設
定が困難とは認められない課題を達成するために当然要求されるパッケージ上面の
平坦性に関する単なる目安程度のものと考えられ,当業者が適宜設定できる程度の
ものと認められる。
 以上によれば,相違点2についての審決の判断に誤りはないというべきであっ
て,原告の主張は,採用することができない。
 4 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
        裁判長裁判官     塚  原  朋  一
           裁判官     田  中  昌  利
           裁判官     佐  藤  達  文

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