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平成14年(行ケ)第7号 特許取消決定取消請求事件(平成15年6月18日口
頭弁論終結)
          判         決
       原告(選定当事者)   株式会社オットー
訴訟代理人弁護士   田   辺   克   彦
同          藤   田   耕   三
同          田   辺   邦   子
同          田   辺   信   彦
同          眞   岡   加 奈 子
同          穴   田       功
同    弁理士   村   田   幸   雄
       選定者株式会社水工建
       被      告   特許庁長官 太 田 信一郎
       指定代理人   田   中   弘   満
同          鈴   木   公   子
同山   口   由   木
同          高   木       進
同          宮   川   久   成
同          伊   藤   三   男
          主         文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が平成11年異議第72044号事件について平成13年11月15
日にした決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   トーメンコンストラクション株式会社(以下「トーメン」という。)及び選
定者株式会社水工建(以下「水工建」という。)は,発明の名称を「防波堤の構築
方法及び防波堤の構造」とする特許第2830229号発明(平成元年12月12
日出願,平成10年9月25日設定登録。以下「本件発明」といい,その特許を
「本件特許」という。)の特許につき登録を受けた。その後,本件発明の請求項1
ないし4,9ないし14に係る特許につき特許異議の申立てがされ,この申立て
は,平成11年異議第72044号事件として特許庁に係属した。トーメンは,こ
の間に,原告に対し,本件特許の持分を譲渡し,平成12年10月27日,その移
転登録がされた。特許庁は,上記事件につき審理した結果,同月31日,「特許第
2830229号の請求項1ないし4,9ないし14に係る特許を取り消す。」と
の決定をし,その謄本は,同年11月18日,トーメン及び水工建に送達された。
トーメン及び水工建は,同年12月15日,上記決定に対する取消訴訟を提起し,
当庁平成12年(行ケ)第480号として係属したところ,平成13年3月27
日,上記決定を取り消す旨の判決が言い渡され,この判決は確定したので,
特許庁は,更に審理した上,同年11月15日,「特許第2830229号の請求
項1ないし4,9ないし14に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決
定」という。)をし,その謄本は,同年12月15日,原告及び水工建に送達され
た。
 2 本件発明の要旨(以下,【請求項1】~【請求項4】,【請求項9】~【請
求項14】に係る発明を,それぞれ「本件発明1」~「本件発明4」,「本件発明
9」~「本件発明14」という。)
【請求項1】防波堤を構築する際に,高比重の異形コンクリートブロックを用
い,かつ通常比重の異形コンクリートブロックを用いる場合に比して,より大きな
堤体法面の傾斜角度にして構築することを特徴とする防波堤の構築方法。
【請求項2】防波堤が,傾斜堤であることを特徴とする請求項1記載の防波堤
の構築方法。
【請求項3】防波堤が,混成堤であることを特徴とする請求項1記載の防波堤
の構築方法。
【請求項4】異形コンクリートブロックの比重が2.7~4.2であることを特徴と
する請求項1ないし3のいずれか1項に記載の防波堤の構築方法。
【請求項9】防波堤の構築方法が,地盤が急峻に海中へ落ち込んでいる箇所に
採用されることを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載の防波堤の構
築方法。
【請求項10】防波堤の構造において,堤体法面が,高比重の異形コンクリー
トブロックで被覆され,かっ通常比重の異形コンクリートブロックを用いる場合に
比して,より大きな傾斜角度で構築されることを特徴とする防波堤の構造。
【請求項11】防波堤が,傾斜堤であることを特徴とする請求項10記載の防
波堤の構造。
【請求項12】防波堤が,混成堤であることを特徴とする請求項10記載の防
波堤の構造。
【請求項13】異形コンクリートブロックの比重が2.7~4.2であることを特徴
とする請求項10ないし12のいずれか1項に記載の防波堤の構造。
【請求項14】防波堤が,地盤が急峻に海中へ落ち込んでいる箇所に構築され
てなることを特徴とする請求項10ないし13のいずれか1項に記載の防波堤の構
造。
 3 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1及び10は,特開
平1-201055号公報(本訴甲3,以下「引用例1」という。)に記載された
発明(以下「引用例発明1」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものであり,本件発明2~4,9及び11~14は,引用例発明1及び平
成元年2月1日社団法人日本港湾協会発行,運輸省港湾局監修「港湾の施設の技術
上の基準・同解説(下)改訂版」18~23頁(本訴甲4)に記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも特許法29条
2項の規定により特許を受けることができないものであって,本件発明1~4及び
9~14についての特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してさ
れたものと認められるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第11
6号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経
過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消され
るべきものとした。
第3 原告主張の決定取消事由
   本件決定は,本件発明1と引用例発明1との一致点の認定を誤り(取消事由
1),両発明の相違点の判断を誤り(取消事由2),本件発明1の顕著な効果を看
過した(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
   本件決定は,本件発明1と引用例発明1を対比し,両者は,「防波堤を構築
する際,通常比重の異形コンクリートブロックに代えて,高比重の異形コンクリー
トブロックを用いて構築することを特徴とする防波堤の構築方法」(決定謄本5頁
1(1)第3段落)で一致するとしたが,誤りである。
  (1) 引用例1は,高比重の消波ブロック及びその製造方法を記載したもので,
防波堤の構造又は構築方法については一切記載がない。また,消波ブロックは,防
波堤の構築のみに用いられるものではなく,防波堤構築に必ず消波ブロックが用い
られるわけでもないから,「引用例1には,骨材として鉄鉱石を用いた消波ブロッ
ク(異形コンクリートブロック)を用いて防波堤を構築する方法が実質的に記載さ
れている」(決定謄本5頁1(1)第1段落)ということはできない。
    したがって,本件発明1と引用例発明1について,「高比重の異形コンク
リートブロックを用いて構築することを特徴とする防波堤の構築方法」で一致する
とした本件決定の認定は誤りである。
  (2) 本件決定は,引用例1に消波のため海岸等に設置される消波ブロックが記
載されていること,本件特許出願前に防波堤を構築する際に消波ブロックを用いる
ことが周知であったことを理由に,引用例1には,消波ブロックを用いた防波堤が
実質的に記載されていると認定する(決定謄本5頁1(1)第1段落)。
    しかしながら,消波ブロックは,防波堤に限らず,その他の港湾施設や埋
立地,海岸にも用いられるものである。港湾施設には,防潮堤,水門,護岸,堤
防,突堤その他数多くの施設があり,消波ブロックから直ちに防波堤が連想される
ことはない。また,防波堤にも,傾斜提,直立堤,混成提等多様な種類があり,堤
体法面を有しない直立堤では,必ずしも消波ブロックの使用を前提としないし,そ
の他の防波堤でも,常に消波ブロックが使用されるわけではなく,これに代えて石
が使用される場合もある。したがって,消波ブロックを用いた防波堤のみが周知で
あったわけではなく,これを周知とする本件決定は誤りである。
  (3) 被告は,本件発明1の構築方法は手順に特徴がないとして,本件発明1と
の関係で見れば,引用例1に消波ブロックを用いた防波堤の構築方法が実質的に記
載されているということができると主張する。
    しかしながら,進歩性は,引用例に基づいて当業者が当該発明に容易に想
到し得たかどうかにより判断されるものである。被告の主張するように,本件発明
1の内容から逆に引用例1の記載内容を解釈し,その解釈に基づいて再び本件発明
1との対比を行うのは背理である。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)
   本件決定は,「本件発明1は,高比重の異形コンクリートブロックを用い,
かつ通常比重の異形コンクリートブロックを用いる場合に比して,より大きな堤体
の法面の傾斜角度としているのに対して,引用例1記載のものにおいては,提体の
法面の傾斜角度について明記されていない点」(決定謄本5頁1(1)第4段落)で相
違すると認定した上,「ハドソン公式に接した当業者は・・・セメントコンクリー
トの空中単位体積重量(比重)γrを大きくすればのり面と水平面のなす角度αが大
きくなると理解するのはごく自然なことである」(同頁1(2)第2段落)として,
「当業者が本件発明1の上記相違点1に係る構成を想起することは容易にできたこ
とにすぎない」(同6頁第2段落)と判断するが,誤りである。
  (1) 本件決定は,ハドソン公式の各パラメータのうち,消波ブロックの必要重
量Wを一定にするとの条件を付した上,実質的に変動可能なパラメータはセメント
コンクリートの空中単位体積重量(比重)γr及び法面と水平面のなす角度αのみで
あるとし,当業者がハドソン公式からセメントコンクリートの空中単位体積重量
(比重)γrを大きくすれば,上記角度αが大きくなると理解するのはごく自然なこ
とである(決定謄本5頁1(2)第1,第2段落)と判断している。
    しかしながら,ハドソン公式の各パラメータの中には,上記二つのパラメ
ータの他にも変動可能なパラメータが存在しており,セメントコンクリートの空中
単位体積重量(比重)γr及び上記角度αのみが必然的な相関関係にあるものではな
い。したがって,セメントコンクリートの空中単位体積重量(比重)γrを大きくす
れば上記角度αが大きくなると理解することが,当業者にとってごく自然なことで
あるとする本件決定の認定は,その前提に誤りがある。
 (2) 本件決定は,本来,消波ブロックの必要重量Wを求めるための実験式であ
るハドソン公式において,上記のとおり消波ブロックの必要重量Wを一定とする条
件を付しているが,この条件を付し得る理由が明らかでない。また,安定係数Kdに
ついても,消波ブロックの形状その他の要素によって大きく変動する値であるにも
かかわらず,これをハドソン公式における変動可能なパラメータから除外してお
り,本件決定は,判断の前提を誤っている。
 (3) ハドソン公式は,上記のとおり実験式であって,絶対的な理論式ではない
し,安定係数Kdも,消波ブロックの形状のほか,波の周期等によっても影響を受け
る値なのであるから,ハドソン公式に接した当業者にとって,セメントコンクリー
トの空中単位体積重量(比重)γrを大きくすれば法面と水平面の角度αが大きくな
ると理解することは,ごく自然なものということはできない。このようなハドソン
公式の性質上,ハドソン公式による計算結果は,飽くまで一つの目安であって,実
際には,必ずしも公式による計算どおりの結果が得られるとは限らない。また,理
論式のように,移項や逆算を行うことによって,単純に,必要重量W以外のパラメ
ータを算出することもできない。現実に防波堤の施工に携わる当業者は,上記ハド
ソン公式の性質から,実際の施工に当たって,通常,計算結果をそのまま利用する
ことはなく,水理実験に基づき総合的に判断して計算結果の修正を行ったり,安全
確保のために十分なマージンをとるなどの手法を採用するのである。
  (4) 被告は,本件決定のハドソン公式の検討において,必要重量Wを一定にす
るという条件を設定していることについて,ある一つのパラメータの変化に応じ
て,他のパラメータがどのように変化するかを,その他のパラメータが変化しない
ものとして検討することは,ごく自然なことであると主張するが,上記ハドソン公
式の性質からすれば,通常の理論式のように,必要重量Wを一定にして式を変形,
分析することなどは,実施されていなかった。
  (5) 従来から消波ブロックの必要重量Wを求めるためにハドソン公式が利用さ
れていたが,通常,cotαに代入される値は3種類の値に固定されており,これを変
動可能なパラメータとしてとらえる発想は全くなかった。そして,このような状況
は,高比重コンクリートブロックが発明される前はもとより,その発明の後におい
ても変わることがなかった。高比重コンクリートブロック自体は本件特許出願時よ
り10年以上も前から存在していたにもかかわらず,本件発明1の実施例は,本件
特許出願までの間,1件も存在しない。この事実は,当業者にとって,法面と水平
面のなす角度αを大きくするという発想が予想もつかないものであったことを如実
に物語っており,本件発明1の上記相違点にかかる構成は,当業者が容易に想到し
得たものでないことは明らかである。
 3 取消事由3(顕著な効果の看過)
  (1) 本件決定には,本件発明1の顕著な効果を検討していない違法がある。こ
の点について,被告は,当該発明に特有の効果は,進歩性の存在を肯定的に推認さ
せる事実であり,これについて記載しなかったことが直ちに本件決定を取り消すべ
き違法となるものではないと主張する。
    しかしながら,当該発明が引用例のものと比較して有利な効果を奏してい
る場合には,これを参酌した上で,当業者が当該発明に容易に想到し得たというこ
とができて,初めて進歩性が否定されるから,本件において,本件発明1の有利な
効果を参酌していないことは,本件決定を取り消すべき重大な誤りである。
  (2) 本件発明1の効果は,施工工期の短縮,船舶就航の阻害のきん少化,海底
地盤勾配の急峻な箇所での施工可能性,小規模で汎用性のある機械を用いた施工可
能性といったものであるが,これらの効果は,傾斜角を大きくするという本件発明
1独自の構成によって初めて得られる効果であり,単に防波堤の構築に高比重ブロ
ックを用いるだけで得ることはできないものであるから,引用例発明1と比較して
有利な効果を奏していることは明白である。
  (3) 被告は,高比重の異形コンクリートブロックを用いることで堤体法面勾配
を大きくし得ることは,ハドソン公式から当業者が容易に想起し得る事項であるこ
とを理由として,本件発明1の効果は格別顕著なものではないと主張するが,高比
重ブロックを用いて堤体法面勾配を大きくすることが当業者にとって容易に想起し
得る事項でないことは,上記のとおりである。
第4 被告の主張
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
  (1) 引用例1に記載された消波ブロックは,消波のために海岸等に設置される
ものであり,本件特許出願前,防波堤をテトラポット等の消波ブロック(異形ブロ
ック)を用いて構築することは,当業者にとって周知の技術事項であったことを考
慮すると,引用例1には,骨材を鉄鉱石とする消波ブロック(異形コンクリートブ
ロック)を用いた防波堤が実質的に記載されているということができる。
  (2) また,本件発明1との関係でみれば,本件発明1の構築方法は,防波堤を
どのような手順により構築するかという点に特徴はないことから,引用例1には,
骨材を鉄鉱石とする消波ブロック(異形コンクリートブロック)を用いた防波堤の
構築方法が実質的に記載されているということができる。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
  (1) ハドソン公式は,本件特許出願前に広く知られた公式であって,消波ブロ
ックの必要重量Wを求めるための公式であるが,そのためにだけ用いられるもので
はない。当業者であれば,この公式の一つのパラメータの変化に応じて他のパラメ
ータがどのように変化するかを,その他のパラメータが変化しないものとして検討
することは,ごく自然なことである。そのような検討の結果,ハドソン公式におい
て,他のパラメータを一定とし,法面と水平面のなす角度αとセメントコンクリー
トの空中単位体積重量(比重)γrとの関係をみれば,γrを大きくすればαが大き
くなることは,容易に理解される。
 (2) 原告は,ハドソン公式が理論式でなく実験式であることを主張するが,こ
のことから直ちに,公式を変形,分析することができないとする理由はない。
  (3) 原告は,また,安定係数Kdは大きく変動可能なパラメータであるにもかか
わらず,本件決定は安定係数Kdを既定値としてパラメータから除外した上で,ハド
ソン公式における他のパラメータのみを検討しており,誤りである旨主張するが,
本件決定は,上記のような検討の一つとして,法面と水平面とのなす角度αと,セ
メントコンクリートの空中単位体積重量(比重)γrとの関係について検討するに当
たり,その他のパラメータを一定として考えた場合に上記の関係を有するとしたも
のであり,その判断に誤りはない。
  (4) 原告は,従来の防波堤構築において,ハドソン公式にいうcotαは3種類
の値に固定されていた旨主張するが,本件特許出願の願書に添付した明細書におい
ても,法面と水平面とのなす角度αは,必要により種々の角度が用いられている。
 3 取消事由3(顕著な効果の看過)について
  (1) 発明の奏する効果は,進歩性の存在を肯定的に推認させる事実であり,こ
れについて記載しなかったことが直ちに本件決定を取り消すべき違法となるもので
はない。
  (2) 原告が主張する本件発明1の効果は,いずれも,高比重の異形コンクリー
トブロックを用いたことによって,堤体法面勾配を従来の異形コンクリートブロッ
クを用いたものよりも大きくし得ることによる効果であるところ,高比重の異形コ
ンクリートブロックを用いることにより堤体法面勾配を大きくし得ることは,ハド
ソン公式から当業者が容易に想到し得る事項であるから,本件発明1の効果は,当
業者において想到し得ないような格別顕著なものではない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
  (1) 引用例1(甲3)は,消波ブロック及びその製造方法に関するものであっ
て,消波ブロックを製造する際に,砂やバラスの一部を鉄鉱石に置換して従来より
高い比重の消波ブロックを製造する方法を開示している(1頁左欄「2.特許請求の
範囲」,2頁右上欄~左下欄[課題を解決するための手段])。そして,そのよう
にして得られた高比重の消波ブロックを「押し寄せる波浪を消去して沈静化すべく
海岸等に設置される,例えばテトラポット」に使用することが開示されている(1
頁右下欄[産業上の利用分野])。
    確かに,原告が主張するように,引用例1には,本件発明1に係る「防波
堤の構築方法」(請求項1)について具体的な記載はない。しかしながら,本件発
明1の構成は,防波堤を構築する際の経時的な構築過程に係るものではなく,第1
に,高比重の異形コンクリートブロックを用いること,第2に,通常比重の異形コ
ンクリートブロックを用いる場合に比べ,より大きな提体法面の傾斜角度にして構
築することという,2点の技術的事項を特徴とするものである。また,引用例の開
示内容は,これに接する当業者の技術常識を踏まえて判断されるべきところ,テト
ラポット等の異形消波ブロックは,防波堤を含む種々の港湾施設に使用されている
から,異形コンクリートブロックが防波堤の消波構造体として使用されるという技
術常識に基づいて引用例1に接した当業者にとって,これが異形コンクリート消波
ブロック及びその製造方法を開示するものであっても,異形コンクリートブロック
を用いて構築する防波堤の構築方法という限りにおいて,本件発明1の上記技術的
事項が引用例1に記載されているということができる。加えて,引用例1には,ハ
ドソン公式によって消波ブロックの重量を計算すること(6頁左上欄
末行~右上欄),高比重の消波ブロックが消波性能を向上させるために有利である
こと(1頁右下欄[従来の技術],6頁左下欄~右下欄[発明の効果])が開示さ
れていることにかんがみると,本件決定が,「防波堤を構築する際,通常比重の異
形コンクリートブロックに代えて,高比重の異形コンクリートブロックを用いて構
築することを特徴とする防波堤の構築方法」(決定謄本5頁1(1)第3段落)が実質
的に記載されているとした認定に誤りはない。
  (2) また,原告は,消波ブロックが,防波堤に限らず他の多くの施設に用いら
れることを主張するが,消波ブロックを防波堤に用いることが当業者にとって技術
常識である以上,消波ブロックに他の用途があり,かつ,そのことが当業者にとっ
て技術常識であるからといって,引用例1(甲3)に接した当業者が消波ブロック
を用いた防波堤に想到することは,何ら阻害されるものではない。
  (3) さらに,原告は,本件発明1の内容から逆に引用例1(甲3)の記載内容
を解釈し,その解釈に基づいて再び本件発明1との比較を行うのは背理であると主
張するところ,一般論として,引用例の開示事項がそれ自体により客観的に判断さ
れるべきであるという点は,原告の主張するとおりであるが,上記(1)に判示のとお
り,本件決定が原告主張のような手法によって本件発明1と引用例発明1の一致点
を認定したものとは解されないから,原告の上記主張は,失当である。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
  (1) 本件決定は,引用例1(甲3)に記載されたハドソン公式の変動可能なパ
ラメータとしては,セメントコンクリートの空中単位体積重量(比重)γr,セメン
トコンクリートの海水に対する比重Sr及び法面と水平面のなす角度αであるとした
上,ハドソン公式に接した当業者にとって,消波ブロックの必要重量を一定とする
条件において,セメントコンクリートの空中単位体積重量(比重)γrを大きくすれ
ば,法面と水平面のなす角度αが大きくなると理解するのはごく自然なことである
と判断するところ,原告は,ハドソン公式は実験式であって,種々のパラメータの
変動可能性が高く,安定係数Kdについても,消波ブロックの形状その他の要素によ
って大きく変動する値であるにもかかわらず,これを変動可能なパラメータから除
外しており,セメントコンクリートの空中単位体積重量(比重)γr及び上記角度α
のみが必然的な相関関係にあるものではないから,それほど信頼性の高い公式では
ない旨主張する。
    確かに,原告の主張するように,実験式であるハドソン公式にはある程度
の不確実性があって,安定係数Kdの取り得る値に幅があり,防波堤の法面の傾斜角
をハドソン公式を解くことのみにより単純に決定し得ないこと自体は,否定するこ
とができないとしても,荒波の直撃を受ける防波堤の設計において,安定した消波
特性を期待するためには,相当の重量の消波ブロックが必要であること,その際,
重量が重く,体積の小さいブロック(比重の重い材質で作られたブロック)が有利
であることは,当業者にとって容易に想到し得るものである。また,防波堤の法線
の傾斜角を緩くした方が波の衝撃を緩和しやすいことも,当業者にとって,定性的
に認識可能なものということができる。ハドソン公式を見ると,ブロック重量は波
高の3乗に比例すること,法面の角度がブロックの必要重量に関係すること等,上
記のような定性的な認識が実験式として定量化されていることが看取される。さら
に,証拠(甲3,6,8)及び弁論の全趣旨によれば,ハドソン公式が,波高,ブ
ロックの比重,傾斜角度等のパラメータを様々に変えた上で多くの実験を積み重ね
た結果得られた実験式ないし経験式として,当業者から相当程度の信
頼を得ているものと認められるから,ハドソン公式が絶対的な理論式でないこと
は,ハドソン公式に接した当業者にとって,消波ブロックの必要重量を一定とする
条件において,セメントコンクリートの空中単位体積重量(比重)γrを大きくすれ
ば,法面と水平面のなす角度αが大きくなると理解することを阻害するものではな
い。
  (2) 原告は,実際の防波堤の設計において,種々のパラメータの設定に関する
配慮が必要であって,単にハドソン公式を数式として扱うことはできない旨主張す
る。しかしながら,安定係数Kd等の決定等に関して種々のノウハウや経験が必要で
あるとしても,本件発明1は,「高比重の異形コンクリートブロックを用い,かつ
通常比重の異形コンクリートブロックを用いる場合に比して,より大きな提体法面
の傾斜角度にして構築する」という,極めて定性的かつ簡潔な構成であるから,ハ
ドソン公式において,セメントコンクリートの空中重量(比重)γr及び法面と水平
面のなす角度α以外のパラメータを一定値と仮定して,上記二つのパラメータの関
係を見ることは,当業者にとって,容易に想到し得ることである。
    また,原告は,ハドソン公式が本来,消波ブロックの必要重量Wを求める公
式であることを主張するが,ある公式がいったん公式として当業者に認知された
後,本来目的とする特定の数値以外のものを計算するために用いられることは,各
種技術分野において枚挙にいとまがないから,ハドソン公式も同様に,本来目的と
する必要重量W以外の数値である,セメントコンクリートの空中重量(比重)γrと
上記角度αの関係を知るために用いられることは,何ら阻害されるものではない。
  (3) 実際の防波堤の設計において,必ずしもハドソン公式の計算どおりに施工
されるものではないことは,原告の主張するとおりであるとしても,ある技術事項
を実施するに際して,技術上の誤差などにより必ずしも公式が厳密に妥当しないた
め,これを修正しつつ適用することは,むしろ通常のことである。防波堤が必ずし
もハドソン公式の計算どおりに施工されない実情があるからといって,当該公式が
不正確なものとして,適用することに阻害事由があるものということはできない。
  (4) 原告の提出した鑑定書(甲8)は,原告の上記主張に沿うものであって,
本件発明1の構成が簡潔であること,当業者がハドソン公式を適用することに阻害
事由がないこと等,原告の主張について検討したのと同様の理由により,上記鑑定
書中当裁判所の上記判断に反する部分は,採用することができない。なお,上記鑑
定書は,本件発明1は法面の傾斜角度を変えることに進歩性があると述べ,その根
拠として,従来の防波堤設計において斜面勾配については既往例を用いるのが慣習
であり,本件発明1はそのような技術慣習を超えた発想によるものであるとしてい
る。しかしながら,上記のとおり,ハドソン公式の成立過程で提体法面の傾斜角度
を種々に変化させて実験及び考察が行われたことが認められるから,コンクリート
ブロックの比重との関係で法面の傾斜角度が変化することは,従来から当業者が当
然に考慮してきた事項であって,この点でも,上記鑑定書を採用することはできな
い。
 3 取消事由3(顕著な効果の看過)について
   本件発明1は,「高比重の異形コンクリートブロックを用いることで防波堤
をより大きな堤体法面の傾斜角度にして構築する」ことを要件とし,より具体的な
構成は具備しないところ,防波堤の施工工期が短縮され,船舶の就航が阻害されな
いことなど,原告の主張する本件発明1の効果は,防波堤の法面の傾斜角度を急に
するという本件発明1の構成を採用することにより当業者が予測し得る範囲内のも
のであって,本件発明1が当業者の予測し得ない顕著な効果を奏するということは
できない。
 4 以上のとおりであるから,原告主張の本件決定取消事由はいずれも理由がな
く,その理由があることを前提とする原告の本件発明2~4及び9~14に関する
取消事由の主張も前提において失当であり,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見
当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官   篠   原   勝   美
            裁判官   岡   本       岳
            裁判官   長   沢   幸   男

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