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裁判例


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       主   文
原告が被告会社の従業員たる地位を有することを確認する。
被告会社は原告に対し、一一〇万八、八〇〇円を支払え。
被告会社は原告に対し、昭和四四年一二月一日からこの裁判確定の日までおよびそ
の翌日から六か月間毎月一〇日限り一か月五万五、四四〇円の割合による金員を支
払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は全部被告会社の負担とする。
この判決は第二、三項に限り仮りに執行することができる。
       事   実
一、原告訴訟代理人は、「原告が被告会社の従業員たる地位を有することを確認す
る。被告会社は原告に対し一一〇万八、八〇〇円および昭和四四年一二月以降毎月
一〇日限り一か月五万五、四四〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告会
社の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告会社訴訟代理人
は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
を求めた。
二、原告訴訟代理人は請求原因として、つぎのとおり陳述した。
(一) 被告会社は土木工事の請負や石灰石の採掘等を営業内容とする株式会社で
あるが、原告は昭和三二年一二月一〇日被告会社に入社し、じ来同社の従業員とし
て勤務していたところ、被告会社は昭和四三年二月五日付で原告に対し、同社就業
規則第一七条第一項第四号、第一四条第五号(やむをえない事業上の都合による解
雇)に該当する事由ありとの理由で解雇する旨の意思表示をした。
(二) しかし、右原告に対する解雇はつぎの理由によつて無効である。
1 本件解雇は会社の就業規則に定める解雇事由に該当する事実がないのになされ
たものである。
 被告会社は原告が会社の労働組合の闘争資金を使い込んだことが原因で同労組が
二分されるような組合大会が開かれたり、部下に対して差別的な言辞を弄したりし
たため、会社内部が混乱し生産が落ちたとして、右事実が就業規則第一七条第一項
第四号、第一四条第五号に該当する旨主張するけれども、右のような事実は全くな
く、その他右規則の解雇条項に該当するいかなる事由も存在しない。
2 本件解雇は解雇権を濫用してなされた違法のものである。
 被告会社では原告が中心になつて昭和三四年五月三一日労働組合(以下たんに組
合という。)が結成され、原告はその初代組合長に就任し、その後も終始組合の要
職にあつて積極的に組合活動を行つていたところ、昭和四〇年七月六日被告会社か
ら管理職である採鉱係副係長になるよう要請された。しかし原告は非組合員となつ
て解雇されることをおそれ、右要請を固辞していたが会社がそのようなことは絶対
にしない旨確約したので、これを諒承することにし、同年一〇月一日付で右役職に
ついて非組合員となつた。
 ところが昭和四二年一一月末頃、社内の組合活動に消極的な訴外A、Bらが、
「原告が組合の闘争資金を使い込んでいる。」「部下に対するえこひいきが多
い。」として原告を解雇させるための署名運動をはじめた。右Aらは被告会社社長
と同郷で右署名運動も会社の支援を受けているのではないかとの疑いがあつたので
原告を解雇することに反対する人々も解雇反対の署名運動をはじめた。そしてその
結果解雇要求者の署名は採鉱係従業員の過半数に達しなかつた。
 しかして、従業員を二分するような事態をひきおこしたのは、原告について事実
無根の流言を流布して異常な署名運動をした右Aらの責任であるにもかかわらず被
告会社は同人らの責任は不問に付し、かえつて原告を解雇したものであつてその解
雇は著しく衡平を失し解雇権を乱用したものというべく、また、仮りに原告に管理
職としての適格性に欠ける点があるとしても、あえて解雇の手段に出る必要はな
く、降格処分にする方法もあるのであつて、被告会社が解雇という極刑に比すベき
処置をもつてのぞんだことは、その処分の種類選択をあやまつた違法があり、無効
のものというべきである。
3 本件解雇は憲法第一四条、労働基準法第三条に違反してなされたもので違法で
ある。
 原告は日本社会党の党員であるが前段のような経緯によつて解雇されたのは、被
告会社が原告が右党員であることを嫌悪したからにほかならず、本件解雇は前記各
法条に違反してなされたもので無効である。
(三) 以上のとおり、本件解雇は無効であるから原告は依然として被告会社の従
業員たる地位を有するところ、被告会社は原告を解雇したとしてその従業員たる地
位を認めない。そして原告は本件解雇の意思表示があつた昭和四三年二月五日まで
被告会社から一か月五万五、四四〇円の平均賃金を毎月一〇日に受取つていた。な
お原告は被告会社が解雇予告手当として供託していた五万五、四四〇円を昭和四三
年四月一一日に受領し、同年三月分の賃金に充当した。
 よつて、原告は被告会社に対し請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴
請求におよんだ。
三、被告訴訟代理人は請求原因に対する答弁および主張として、つぎのとおり陳述
した。
(一) 請求原因第一項の事実は認める。ただし原告が被告会社に入社したのは昭
和三二年一二月一一日である。
(二) 同第二項中、原告主張の日に被告会社労働組合が結成され原告がその組合
長に就任したこと、原告が採鉱副係長に昇格したことはいずれも認める。ただし原
告が右副係長に昇格したのは昭和四〇年九月一日である。原告が日本社会党員であ
ることは知らない。その余の事実は否認する。
(三) 同第三項中原告が昭和四三年二月五日まで一か月五万五、四四〇円の平均
賃金の支払を受けていたことは認めるが、その余は争う。
(四) 本件解雇は、原告につきつぎのような事実があり、それが被告会社就業規
則第一七条第一項第四号、第一四条第五号所定のやむをえない事業上の都合による
ときに該当するとの理由でなしたものであつて有効である。
1 被告会社は昭和三二年五月一三日石灰石の採掘などを主たる目的として資本金
五〇万円で設立された株式会社で、現在約一三〇名の従業員を擁し、その機構は工
務課と事務課に分かれ、工務課はさらに採鉱係、剥土係、抗内係、工事係に、事務
課は会計係と庶務係に分かれている。
2 ところで原告は昭和三二年一二月一一日被告会社工務課採鉱係所属の採石夫と
して入社し、その後昭和三六年一〇月一日採鉱班組長となり、さらに昭和四〇年九
月一日採鉱係副係長に昇格し、社内での身分も管理職として一級社員となつた。
3 ところが昭和四二年一一月二〇日頃、原告の指揮下で採石に従事している約一
〇名の従業員が被告会社代表者Cに面会を求め、原告が副係長として管理職の地位
にありながら、労働組合の積立金を使い込んでいること、特定の従業員に対して
「今度君を採鉱班の組長にしてやる。」とか、部下に対し、原告の妻が経営してい
る飲食店に「飲みに来なければ賃金をあげてやらんぞ。」とか「採石夫五〇人を扱
うのは女房を扱うよりやさしいんだ。」などと公言し、部下に対するえこひいきも
多いなどの苦情を述べて原告を非難し、同人を処置してほしい旨要求してきたが、
Cは「それらの事実が真実かどうかもわからないのに処罰することはできない。」
旨回答してこれを拒否した。しかしその後もCや関係会社である大分鉱業株式会社
などに宛て原告を非難し、その処罰を求める投書がくるようになつたため、被告会
社としてもそのまゝ事態を放置できなくなり、Cは同月二五日頃採鉱係長と剥土係
長を原告のもとへ使わせ、管理職として部下から非難されることのないように注意
した。
4 しかし同年一二月二二日再びAほか一一名がCに面会を求め、前同様原告に対
する非難を述べ、原告の配下四八名の採石夫中二四名が署名捺印した「要求書」と
題する書面を提出し、「原告のもとでは部下として仕事をすることはできない。原
告を処分してもらいたい。そうでなければ署名者全員は被告会社では働けない。」
との強硬な申し入れをした。
 これに対してCは、使い込みの問題は警察にまかせるべきものであること、従業
員らの要求に従つて会社が他の従業員を処分するとなると人事権が会社にあるとい
う前提がくずれること、原告にも名誉、人権があるのだからこれを尊重すべきであ
ること、処分などというより、もつと建設的な方向で事態を解決するように努力し
てほしいことなどを説き、これを慰憮した。
5 他方Cは事態の円満な解決を望み同月二六日には原告を呼んで右の経過を説明
し、右非難の対象になつている事実の真為についてこれをただしたところ、原告
は、「積立金の件は副係長になる以前のことであり、それも労金係のDに頼んで借
りたものである。借りたものは昭和四一年までに返している。」旨弁解し、その余
の点については曖昧な答弁であつたが、とにかく部下から非難されるような言動は
慎むよう注意を促した。そしてCは翌二七日に処分要求者らと会い、原告の弁解等
を説明して、再度円満に解決できるように努力してほしい旨要請した。
6 ところが、昭和四三年一月一三日右処分要求者らはなおもCに対し、同人らが
組合内部で独自に調査した結果として、原告は副係長就任後の昭和四一年五月中旬
頃から同年六月下旬頃までの間数回に亘つて組合の貯金から合計五万二、〇〇〇円
を勝手に引き出し使い込んでいることが明らかになつたとし、あわせて前同様の非
難を繰り返して原告の処分を迫つた。
7 そこで被告会社としてもその間の経緯を調査すべく使い込みの件については、
当初一組合員が組合の積立金が不足しているらしいということから調査したとこ
ろ、組合の事務員であるEが、「同人が一万円、原告が四万円使つている。」とそ
の使い込みの事実を認めたこと、そして使い込みの事実が発覚し、その返済を請求
された原告は昭和四二年四月一四日労金係に右金員を返済したこと、しかしその後
の調査でも、なお使途不明の金があり、それらは原告が組合長時代のものであるこ
とが明らかにされたこと、そして、それらの事実が処分要求者らの前記行動の原因
となつていることが判明した。
8 以上のような情況の中で、原告排斥の気運は日ましに強くなり、それととも
に、右紛争のため欠勤者が相つぎ、ついに会社業務に著しい支障がではじめるに至
つた。
 本件解雇前後すなわち昭和四三年一月下旬から同年二月上旬にかけての右欠勤者
数(原告配下の採石夫四七名中)の推移はつぎのとおりである。
<17669-001>
<17669-002>
9 被告会社としては、前述のとおり、終始一貫して双方の意見の調整に腐心し事
態が円満に解決するように努力するとともに、職場内部が混乱し会社の業務にも支
障が生ずるようになつたことを重視し、取締役会を招集して原告の配置転換、降格
等による事態の収拾策を検討したが、原告は入社以来採石関係の仕事に従事し他の
職種については全く経験がないうえに、他の部門の同僚や部下からも反感をもたれ
ているため、原告の配置転換を考える余地がないこと、管理職の地位にある者が組
合の積立金を使い込み、これを発見されて部下から排斥されるというのでは監督者
としての資格に欠けるばかりでなく、会社の権威を傷つけたものであつて、原告が
会社にとどまつていること自体が被告会社の円滑な業務執行を著しく阻害している
ことにほかならない、との結論に達した。
10 そこで右のような判断のもとに被告会社としては原告を退社させることと
し、まず原告に対しその上司である採鉱係長を通じて円満に退職することを勧告し
たが、原告がこれに応じなかつたため、被告会社はついにやむをえず、昭和四三年
二月五日原告に対し被告会社就業規則第一七条第一項第四号、第一四条第五号に基
づき「会社の都合によつて解雇する。」旨通告したものである。
四、原告訴訟代理人は被告会社の主張に対する認否およびその反論としてつぎのと
おり陳述した。
(一) 被告会社の主張事実(四)のうち第一、二項は認める。
(二) 同第三項はすべて争う。
(三) 同第四項中、被告会社代表者CとAらが原告の問題で会合したことは認め
るが、その余の事実は否認する。なお当時原告の配下で働いていた採石夫は全部で
四九名であつた。
(四) 同第五項中被告会社主張の日頃Cから原告に注意のあつたことは認めるが
その余の事実は否認する。
(五) 同第六項中、Cと原告の処分要求者らが会合したことは認めるが、その余
の事実は否認する。
(六) 同第七ないし第一〇項の事実はすべて否認し、その主張は争う。
(七) 原告は組合の労金係を担当していたDから金員を借り受けたことはある
が、それは原告とDの個人的な貸借である。そしてそれが結果的には本来個人に貸
し付けるべきでない組合の積立金から出ているとしても、非難さるべきはかかる性
質の金を貸し付けたDである。さらに組合においては従前から積立金を組合員個人
に貸し付ける慣行があり、右Dもその慣行に従つて全く他意なく公然と貸し付けた
ものであるから、右組合の慣行が改善されるべきであつてそれは純然たる組合内部
の問題である。
 しかも本件解雇問題が起つた当時原告は既に右借入金全額をDに返済しており、
その経過は明らかになつていたのであつて、原告が非難される筋合はない。
(八) 被告会社は、原告の行為が原因となつて多数の従業員が相ついで欠勤した
結果会社の業務に支障をきたした旨主張するけれども、これらの欠勤者はいずれも
無断で欠勤したものであるのに、被告会社はその欠勤の原因を追及せず、さらにそ
れを防止する何らの方策も構ずることなく、漫然とこれを許していたものであつ
て、かりに業務遂行に支障が生じたとしても、それはあげて被告会社の責任であ
る。
五、立証(省略)
       理   由
一、被告会社は昭和三二年五月一三日資本金五〇万円で設立され、従業員約一三〇
名をもつて石灰石の採掘、土木工事の請負事業を営んでいること、原告は昭和三二
年一二月被告会社に入社し、それ以後採石夫、採鉱班長を経て昭和四〇年九月一日
採鉱係副係長として勤務していたところ、昭和四三年二月五日被告会社から同社就
業規則第一七条第一項第四号、第一四条第五号所定の会社の都合によるという理由
によつて解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争がなく、右就業規則第一七条
は一般解雇の規定であつて、同条第一項第四号には解雇をなしうる場合として、
「已むを得ない事業上の都合に依るとき(事業の継続が不可能となり縮小廃止する
とき、又は従業員に過剰を生じたとき)」と規定されていることは成立に争のない
乙第一号証によつて明らかである。
 そうして右の事実に証人Fおよび被告会社代表者本人Cの各供述によつて真正に
成立したものと認められる乙第二、三号証に右各供述、証人G、同H、同I、同J
の各証言を総合すると、つぎの事実を認めるに足りる。
(一) 被告会社の代表者であるCは昭和四二年一一月一八日同会社の剥士係長J
からA、I、Hほか従業員の一部の者が原告の行状や態度に不満をもち、その解雇
を要求してきている旨の知らせを受け、同年同月二〇日、右従業員ら約一〇名を自
宅に呼び寄せてその事情をたゞしたところ、右従業員らは原告が組合の闘争積立金
のうちから約六万円を横領費消している事実があり、また同人は好悪の感情が激し
く、えこひいきの強いワンマン的な人柄であるとして、原告の統率下では働くこと
ができないから原告を解雇してもらいたい旨を申し立てた。これに対しCは極力両
者が和睦するように勧め、会社側としてもそのとりなしには努力するとの意向を伝
えた。
(二) その後さらに同年一二月二二日にいたりCは再び解雇要求派の従業員約七
名からの要望で同人らに面会したが、その際にも同人らは若し自分達の要求が容れ
られなければ自分たちが退職するとまで申し述べて強く原告の解雇を要求するとと
もに、A、Iらにおいて作成した、要望書と題し、その内容として原告には闘争積
立金の横領費消およびストライキ扇動などの不正不信の所為があるので、かゝる者
の配下としては勤務できないから適当な処分を求める旨を記載し、かつ組合員の半
数にあたる二四名の従業員の記名と押印のある文書を提出した。Cはこの際にも右
従業員らに対しお互に手を結ぶよう勧告するとともに自分からも原告に事情をたゞ
し、もし原告に従業員らの不信を招くような行為のあつた事実があるならば反省を
求めるからと極力説得に努めた。
(三) ついでCは同年一二月二六日原告に対し前記のとおり従業員の一部から申
し立てられていた不満の原因について事実を問いたゞしたところ同人は闘争積立金
の横領費消の点については組合長当時に借り受けたことはあるが昭和四一年四月頃
には完済している旨弁解し、ストライキ扇動の点についてはそのようなことはない
とのことであり、また上司として部下の従業員の不満を醸し出した言動の点につい
ては、その事実を肯定も否定もしなかつたけれども今後反省してやりたいとの意向
を示していた。当時Cとしてはたとえ闘争積立金の横領費消の事実があつたとして
もこれは本来組合内部で解決されるべきことであつて、被告会社の容喙すべきこと
ではないしまた一部の従業員の要求に応じて原告を解雇処分にすることは被告会社
の人事権を左右される結果にもなることであり、原告自身も右のような態度を示し
ていたので原告に解雇をもつてのぞむことは全く考えておらず、ひたすら事態が円
満裡に落着することを期待していた。
(四) ところが解雇要求派の従業員らはその後も依然として強硬な態度をとり、
原告を支持する従業員らとの間に激しい抗争を生じるにいたり、昭和四三年一月二
五日から三日間にわたり開催された組合の臨時大会において闘争積立金の処理問題
が激しく論議され、さらにこの点に関して原告の責任を追求しようとする意見まで
も表明されたが、結局同大会においては統一的な結論をみるにいたらず右闘争積立
金問題についてはまず事実の調査をすべきことが決議されるにとどまつた。しかし
右大会において無記名投票による組合役員の改選が行われた結果原告を支持する派
の従業員のみが新役員に選任されたが、このことは従業員間の感情的な対立をさら
に激化させ紛争を深刻化させるにいたつた。
(五) その当時被告会社の採石関係の作業場には四八名の従業員が実働し採石の
共同作業に従事していたが、右組合の臨時大会が開催された頃から欠勤者が増加し
はじめ、そのため能率は低下し採石量も減少し親会社である大分鉱業株式会社から
も事態を早期に解決して営業成績を正常に戻すよう指示されることになつた。そこ
で被告会社では昭和四三年一月末頃役員会を開催して解決策を討議した結果その方
法としては原告を解雇するか、あるいは原告の処分を要求している従業員が退職す
る結果となるかのいずれかを採らざるをえないものと判断し、それならば原告を解
雇することもやむをえないとの結論に達した。そこで同年二月一日C社長は原告に
対し、同人の言動に基因して部下の大半から排斥運動を受け、被告会社に紛糾を招
いたことの責任をとつて辞職してもらいたい旨勧告したけれども、原告はこれを肯
んじなかつたので同月五日に会社の都合によるという理由によつて解雇の意思表示
をなした。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
二、そこで考えるに、およそ被告会社の前示就業規則第一七条第一項第四号に掲げ
る「已むを得ない事業上の都合に依るとき」とは、右条項に附記されている事業の
継続が不可能となり、縮少、廃止するとき又は従業員に過剰を生じたときなど会社
側における企業保持のため労働者の解雇を必要とする客観的な事由がある場合に限
らず、労働者に非難さるべき行為があつて、そのため職場の規律を乱し、作業能率
を低下させて事業の円滑な運営に支障を生ぜしめた結果、社会通念上該労働者が解
雇されてもやむをえないと認められ、かつ、これが他の解雇事由と対比しても不当
なものでない場合をも含むものと解するのが相当である。よつてまず右の観点にた
つて、以下原告に被告会社の主張するような解雇事由があるか否かについて検討す
る。
三、ところで、被告会社は原告が採鉱係副係長として管理職の地位にありながら被
告会社労働組合の闘争積立金を横領費消し、採鉱係に所属する部下に対して差別的
高圧的な言辞を弄したりするなどの行為があり、そのため部下である従業員から原
告に対する排斥的気運がたかまり、それを契機として職場内部の対立が激化し、著
しく会社の作業能率を低下せしめるに至つたと主張するのである。しかしながら、
(一) まず組合の闘争積立金の横領費消の点についてみるに、本件全立証によつ
てもいまだ原告が組合の闘争積立金を横領費消したとの事実を認めるに足りる証拠
はない。
 もつとも成立に争のない甲第一号証(闘争積立金問題調査報告書)、証人G、同
E、同D、同K、同L、同I、同Hの各証言、および原告本人尋問の結果(たゞし
証人I、Hの証言および原告本人の供述については後に措信しない部分を除く)な
らびに弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実を認めることができる。
1 原告は昭和四〇年九月一日付で採鉱係副係長に昇格し管理職となつた(このこ
とは当事者間に争がない。)が、その頃組合の大分県労働金庫関係の事務を担当し
ていたDに金を貸してほしい旨申し込んだところ、Dは右金庫からの通常の貸付金
の枠内で融資する余裕がなかつたため組合の闘争積立金の中から貸すことにし、原
告の求めに応じて前後数回に亘つて合計五万二、〇〇〇円をその都度組合事務員E
に命じて右積立貯金から引き出させて原告に貸し付け、原告はこれを借り受けた。
2 そしてDの指示に従つてその事務を行つたEは事後にその金員が原告に貸し付
けられたものであることを知り、右貯金通帳の該当欄に原告の名の一字をとり
「友」という符号を付して、その旨を明らかにしていた。
3 右闘争積立金とは従来被告会社従業員が組織していた大分組労働組合において
その組合員から一定額の金員を徴収し、これを一括して大分県労働金庫に預金して
労働争議など不時の場合の資金として準備しているものであるから本来同積立金は
組合員等の私的な用途に貸し付けるべきものではないのであるが、同組合では昭和
三九年九月訴外Hが労金係を担当していた当時組合員一〇名位が単車を購入するた
めに右金庫から融資を受けたが、その支払を怠るものが出てきたために、同金庫か
ら一般貸付けを受けることが困難になつたという事情があつて、組合員に融資の必
要が生じたときには、やむなく右闘争積立金をこれにあてるという取扱いが行われ
はじめ、つゞいて昭和四〇年九月から右Hの後任としてDが労金係になつたのちに
も、右の事態が引きつがれて、闘争積立金からの貸付けがなかば慣行的になり、D
においてはHに一〇万円、Mに一万二、〇〇〇円、Nに八万円、前記事務員Eに一
万円などを右積立金の中から貸し付けていた。
4 ところで原告は昭和三四年五月頃前記組合の結成に参画し、その初代組合長に
就任し、それ以後前記管理職に昇格して組合を脱退するまで同組合内にあつて常に
指導的役割をはたしていたのであるが、原告がDから前記金員を借り受けたのは原
告が管理職になつて一年を経ない間のことであつて、原告においては従来の組合に
対する気安さからDに融資の申し込みをし、またDにおいても前記積立金貸し付け
の慣行に照らしさしたる疑念ももたずにこれに応じ、自らの判断のもとに前認定の
とおり原告に貸付けをした。
5 しかし、原告はおそくとも昭和四二年八月頃までには右借入金をDに返済し、
同人はこれを積立金に組み入れて収支決済をすませていた。
6 ところが、それより先昭和四二年二月頃にいたり当時右Dの後任として労金係
の事務を担当していたKが従前の闘争積立金帳簿(組合員の積立明細書)と貯金高
とを照合していた際貯金高が不足していることに気付き、調査をした結果右積立金
の一部が原告を含む数名に貸与されていたことが明らかになつた。
7 その後昭和四二年五、六月頃から七、八月頃にかけて闘争積立金の不足が組合
役員や一般組合員に知られるようになり、従前から原告に対して好意を持つていな
かつたA、I、Bらは、原告の右借受金について、原告が組合専従事務員Eと共謀
して無断で右金員を使い込んだとして原告を排斥する運動をはじめ、従業員内部の
感情対立の発端となつた。
 以上の事実を認めることができ、証人H、同Iの証言および原告本人尋問の結果
中右認定に反する供述部分は措信しない。
(二) つぎに部下に対する差別的、高圧的な言辞の点についてみるに、被告は原
告が採鉱係に所属する部下に対して「妻が経営している飲食店に飲みに来なければ
賃金を上げてやらんぞ。」とか「採石夫五〇名を扱うのは女房を扱うよりやさしい
んだ。」とか、特定の従業員に対して「今度君を採鉱班長にしてやる。」などと公
言し、その他差別的、高圧的な言辞を弄した事実があつて、従業員間の不信をか
い、対立を生じさせる原因をつくつた旨主張するけれども、本件全立証を仔細に検
討してもいまだ原告が右のような発言をし、態度をとつたと認めるに足りる証拠は
ない。
 もつとも、前顕証人H、同Iの証言中には、同僚のO、P、Q、Rらから原告が
「酒を持つて来な歩を上げてやらん」とか「うちに飲みに来い、来な歩を上げてや
らん」などと言つたと聞き及んでいる旨、さらに組合の争議行為中にストライキを
あおり、激励するような発言をし不信感をつのらせた旨の各供述部分があるけれど
も、その大部分が伝聞に亘るものであり、しかもいずれもその措辞自体曖味であつ
て、前顕L証人の証言、および原告本人尋問の結果と対比してにわかに措信しがた
い。
(三) そうして以上認定した事実に基づいて考えるに、右(一)の原告の行為は
およそ管理職の地位にあるものとしては、労使双方の側から誤解を受けやすく、慎
しむべき行為というべきであつて軽率のそしりを免れないけれども前認定の事実に
かんがみればその行為自体をもつてはいまだ前示就業規則第一七条第一項各号に列
挙されている他の解雇事由と対比して解雇処分をもつて処遇せねばならぬほどしか
く重大な責任を追及さるべき行為とは評価しえないものというべきであつて、この
ことは前段認定のとおりC社長自身が当初原告の右行為をもつて解雇の事由たりう
るものと考えていなかつた事実によつても首肯しうるのである。しかして右原告の
所為が一部の従業員において問擬された結果遂には従業員間の抗争にまで発展した
経過はさきに認定したとおりであるけれども、かゝる紛糾をまねくにいたつた原因
は原告の右の軽率な所為によるというよりもむしろ組合においてその性質上他の目
的に使用すべきでない闘争積立金を貸し付けるという好ましからぬ慣行があつたこ
とを黙過し、本来組合内部で自主的に改善して行くべき性質の問題であるにもかか
わらず、正確な事実調査をしないうちに原告が闘争積立金を使用しているという事
実のみをことさら取り上げて、軽々に原告が横領費消したとして、同人を排斥する
運動をはじめたA、Iら一部の従業員の行動によるところが多いのであつて、職場
秩序が混乱した原因を追及するならばむしろ右問題の適正な処理を誤つた同人らの
行為の責任がよりきびしく問擬さるべきものといわなければならない。
 さらに原告の部下に対する差別的高圧的言辞が従業員内部の対立をひきおこす原
因となつた事実を認めるに足りる証拠のないことは(二)に認定したとおりである
が、証人I、同J、同Fの各証言、原告および被告会社代表者各本人尋問の結果な
らびに弁論の全趣旨を総合すると、原告はかなり個性が強くいわゆる敵をつくりや
すい性格であること、元来酒を好むところから過去において部下を刺激するような
発言をすることも多少はあつたと推測されるので、この事実からすると本件におけ
る従業員間の紛糾につき原告に全く責任がないものとはなしがたいのであるが、一
方前顕L証人の証言、被告会社代表者本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原
告は有能な採石夫として手腕を発揮し、これが会社の認めるところとなつて管理職
に抜てきされたこと、過去において、原告の言動が問題となつて同僚や部下から会
社に苦情が持ち込まれたことはなかつたこと、原告が会社に対し経営の補助者とし
て敵対的、非協力的な言動や態度をとつたことはないこと、などが認められるので
あつて、多少穏当を欠く言辞があつたとしても、そのことの故をもつて原告を解雇
することは社会通念上正当なものということはできない。
 してみれば、被告会社の職場の秩序を乱し作業能率を低下させ事業の円滑な運営
に支障を生ぜしめた原因は原告の非難さるべき行為にあるものとは認められないの
であり、たとえ原告の行為、言動に前叙のとおり軽率、不穏当な点がないではない
としてもそのゆえに右混乱の原因をことごとく原告の責任に帰することはいちゞる
しく衡平を失し正当性を欠くものというべく、したがつて前記就業規則第一七条第
一項第四号の事由に該当するとして原告を解雇することは許されないというべきで
ある。
 したがつて本件解雇は右就業規則に違反してなされた無効のものといわなければ
ならない。
四、(一) そうすると原告は現在なお被告会社の従業員たる地位を保有している
ものというべきところ、被告会社は昭和四三年二月五日付でなされた解雇の意思表
示に基づき、解雇されたものとして同日以降原告をその従業員として取扱わず、就
業を拒否していることは原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨に徴して明らかで
ある。
 そして、原告が昭和四三年二月五日まで被告会社から一か月五万五、四四〇円の
平均賃金を受け取っていたことは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば毎月
一〇日毎に当月分の給料の全額の支払を受けていたことが認められ、また被告会社
が解雇予告手当として供託した五万五、四四〇円を昭和四三年四月一一日に同年三
月分の賃金として受領したことは原告の自陳するところである。
 そうすると、被告会社は原告に対し、本件口頭弁論終結の日である昭和四四年一
一月一二日までに履行期の到来している昭和四三年四月分以降昭和四四年一一月分
まで前記割合による賃金合計一一〇万八、八〇〇円を支払う義務があるといわねば
ならない。
(二) つぎに昭和四四年一一月一三日以降の将来の賃金請求について検討する
に、将来の給付の訴はあらかじめその必要がある場合に限つて許されるものである
ところ、使用者が労働者を解雇し、労働者がその効力を争つて訴を提起し、裁判所
がその解雇を無効と判断して労働者の該会社の従業員たる地位が確認され、紛争が
公権的に解決されたときは、使用者においてもただちにこれを尊重して該労働者を
従業員として取り扱うべきものであるが、紛争の経過、使用者および労働者の態度
などによつて従前の正常な労使関係が回復するまでなお相当の期間が必要とされる
場合があり、このような場合には相当の期間を限つて将来の給付の訴を許容するの
が相当であると解する。
 そこで本件についてこれをみるに、本件紛争の経緯、被告会社の経営の規模、従
業員の構成は前認定のとおりであり、前顕I証人の証言、原告本人尋問の結果によ
れば、原告の解雇を要求していた者のうち、その中心的役割をはたしていた一人で
あるAをはじめ、M、Pら八名が既に被告会社を退職していること、原告において
も、従前のいきさつにこだわらず反省すべき点は反省し、他従業員と協調して就業
することを誓つていることが認められ、これらの事情を総合勘案すると、本件の場
合少なくともこの判決が確定したのち六か月以内には原告と被告会社間の労使関係
が従前どおり正常に復帰することが期待できるものと認められる。
 したがつて、原告の将来の賃金を請求する部分は右説示にてらし昭和四四年一二
月分からこの裁判確定の日までおよびその翌日から六か月間に限つて理由があると
いうべきである。
五、よつて原告の本訴請求は以上判断した限度において正当であるからこれを認容
し、その余の賃金請求の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用
の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一
九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 土井俊文 林輝 田中観一郎)

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