弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を罰金五〇、〇〇〇円に処する。
     被告人において右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一
日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、盛岡地方検察庁検察官検事鹿道正和名義の控訴趣意書記載の
とおりであり、これに対する答弁は、弁護人山中邦紀名義の答弁書記載のとおりで
あるから、これらをいずれも引用する。
 控訴趣意について
 論旨は要するに、本件公訴事実は被告人が昭和四三年八月一二日午前一一時一五
分頃大型乗合自動車を運転してA駅前広場バス発着所から同駅前車庫に向け左方ヘ
ハンドルを切りつつ発進するに際し、同所付近はバスの乗降客等の通行が多いの
に、自車の前方および左右側方を、自らはもとより同乗中の車掌にも注視させて周
囲の安全を十分確認してから発進すべき業務上の注意義務を怠り、左前方の確認を
欠いたまま漫然発進して左方ヘハンドルを切つた過失により、同所にいたB(当五
七年)を発見できず、自車左前部を同女に衝突、転倒させたうえ左前輪で轢過し頭
蓋開放性粉砕骨折等により同女を即死させたというのであり、これに対して原判決
は、本件発進に際して被告人は通常行なつている程度の安全確認の方法すなわち車
掌の発車オーライの合図を聞いて運転席から右側と前とを窓越しに見たのち車体前
部左角につけてあるバツクミラーとアンダーミラーを見たが歩行者は視野に入らな
いように見えたので警笛を鳴らし発進したもので、被告人自身が発進時における左
前方の注視をおろそかにしたため被害者の姿を見落したと認めるべき証拠は十分で
ないのでこの点に被告人の過失を認めがたく、むしろ被害者は発進当時車体左角付
近の死角の範囲内にいて被告人の視野には入らなかつたと認めるべき蓋然性が高
く、同乗の車掌の定位置からはその死角の範囲内はほぼ見通しうるので車掌が被害
者の姿を見落して発車合図をした疑いが強いのであるが、運転手としては、道路が
雑踏している場合、障害物がある場合、幼児がバスの周囲で遊んでいる場合など特
に危険が予想される事情があるときは車掌に特に指示して進行の安全を確認させる
べき義務があるけれども、そういう事情のない通常の発進の場合には、車掌は自ら
の責任においてその分担範囲の安全確認の注意をつくすべきであり、車掌がドアを
閉め発車の合図をしたときは、これが信頼できないような特別な事情のない限り、
運転手としては、車掌の分担する範囲の安全確認は行なわれたものと信頼して、自
ら前方等の確認をなしたうえで次の動作に移ることが許されるものというべきであ
り、本件において車掌の発車合図を信頼すべきでなかつたと見るべきほどの事情が
あつたとは認められないので、死角内の安全を車掌に特に指示して確認させること
なく発進した点に被告人の過失があるとすることもできない旨判示して被告人に無
罪の言渡をした。しかし、バスの安全運転の責任は全般的に運転手自身が負うべき
もので、車掌をして周囲の安全確認を補助させるときも両者の安全確認義務は重畳
こそすれ排他的な関係にあるものではなく、唯運転手が安全確認をする限度および
その具体的方法は当該具体的状況に応じて決まり一概には論じえないだけのことで
あるというべきである。しかるに原判決が、車掌の同乗するバスの運行に際し、一
般的に、車掌の安全確認分担範囲を認め、運転手は車掌の発車合図によりその範囲
の安全確認がなされたものと信頼してよく、その合図が車掌の注意義務懈怠による
ものであるときは運転手には責任がない旨判示したのは、注意義務に関する法令の
解釈適用を誤つたものであり、また、特に証拠上明らかな本件事故現場の状況に照
らせば本件はまさに車掌の発車合図を信頼できない場合であつたと認めるべきであ
るから、原判決にはこの点で事実の誤認があり、これらの違法は判決に影響を及ぼ
すことが明らかで、原判決は破棄を免れないというのである。
 よつて記録を精査し原判決を検討するに、本件公訴事実に対し原判決がほぼ所論
指摘のような理由をもつて無罪を言渡したことが朋らかであるところ、原審取調べ
の証拠を総合して本件事故発生の状況を考査すると、ほぼ原判決が確定していると
おり、被告人はCバス株式会社D営業所勤務のバス運転手として、公訴事実記載の
当日、同会社の大型バス(岩○く○△×号)を車掌Eと組んで運転し、盛岡市内の
循環路線を走行して午前一一時一五分頃終点であるA駅前広場バス発着所に到着
し、乗客を全部降ろしたのであるが、車掌のEが乗客の降車を扱つている間、被告
人は車体右前部の運転席に座つたまま辺りを眺めながら休んでいる状態でおり、次
回の駅前発の運転時刻までにかなりの時間の余裕があるので客の降車が終り次第に
同駅前の車庫へ赴き(車庫入り)、給油をして来る予定で車掌の発車合図を待つて
いたところ、Eは、本件バスの左側面ほぼ中央の乗降口の後脇にある車掌の定位置
席に立つて降客から乗車券や現金を受け取り、十五、六名の客全部の降車が終つた
ので、格別顔を車外に出すこともなくそのままの姿勢でバスの左側面の前方を見た
が、附近に歩行者はいないように感じたので、それ以上よくも注意せず(Eは司法
警察員の取調に対し「よく注意すれば附近に歩行者がいたかどうかは分つたと思い
ます」と述べている。)、乗降口のドァを閉めて「オーライ」と叫び被告人に発車
の合図をし、そのあとすぐ下を向いて乗車券等の整理にかかつたこと、被告人は、
その合図を聞いて、運転席からまず右側と前を窓越しに見て、次に車体前部左角に
つけてあるバツクミラーとアンダーミラーで左側方と前下方を見たが、いずれも歩
行者は視野に入らなかつたので、駅前車庫へ向け警笛を鳴らしハンドルを左へ切り
つつ発進し斜め左前方へゆつくり前進を開始したところ、車輪がようやく二回転位
したかと思う時分に、左前車輪に何かを踏んだようなシヨツクを受けたので(な
お、被告人は司法警察員に対し「発進したばかりなので速度は全々出ていない」旨
述べている。)、バスをすぐ停止させ降りてみると、左前車輪のすぐ後に被害者B
が顔の方を下にして頭を轢かれてうつ伏せの状態で倒れ脳組織を流出して即死した
とみられる状況にあつたこと、以上の事実が明らかであるほか、事故の目撃者が得
られなかつたため明確に断定することはできないにしても、ことに司法警察員作成
の実況見分調書二通(事故現場および死体のそれぞれ状況に関するもの)などから
すると、被害者は駅舎の方を向いて立位の状態にあつたところをほぼ右後方からバ
スに衝突され、うつ伏せに転倒したところをバスの左前輪で頭部を轢過されたもの
で、右衡突地点はバスの初めの停車位置(車体左前角部)から左斜め前方に約二・
五五メートル進行した地点であるものと認められ、さらに、被害者は、原判決も推
認しているごとく、本件バスの乗客の一人で当日同市内の医院に右眼の治療に通つ
たあと列車で帰宅するため本件バスを利用しA駅前終点で最前下車したもので、同
駅舎の方へ赴くべくバスの左側面を前へ歩いて前記衝突地点に至つたものであると
推認するに十分である。
 なお、これらの事実は、当審における事実取調の結果ことに証人Fの供述等によ
り一層明瞭というべきである。
 ところで、本件バス(GH年式)の運転席から見た場合の車体左前角附近の視野
については、司法警察員作成の実況見分調書(昭和四三年八月一三日付)により死
角の存する事実がすでに明らかであるが、さらに原審検証調書によれば、車体左前
角附近に被害者の身長と同じ高さの棒を立てこれを次第に移動させてその棒の先端
が肉眼ならびに車体左前角のバツクミラーおよびアンダーミラーによる見通しで運
転席の被告人から見えなくなる範囲、および被害者とほぼ同身長の人物を立たせ移
動させてその顔が運転席の被告人から見えなくなる範囲をそれぞれ測定すると、同
検証調書の添付見取図に図示されたごときかなり広範囲の各死角圏が車体の左前側
方附近に認められること(すなわち、右人物がうつむいておれば顔の分だけ同人に
対する死角範囲は広まるわけである。)、しかし、それら各死角の範囲内も車掌の
定位置からは見通しうること、がいずれも明らかであつて、本件公訴事実に示され
た訴因が、「被告人において左方ヘハンドルを切りつつ発進するに際し自車の前方
および左右側方を、自らはもちろん車掌にも注視させて周囲の安全を十分に確認し
てから発進すべき業務上の注意義務を怠り、左前方の確認を欠いたまま漫然発進し
て左方ヘハンドルを切つた過失により、同所にいたBを発見できず、自車左前部を
同女に衝突させた」としているのは、発進に際しての被告人の過失に関し、発進時
に被害者が被告人の視野の範囲内にあつたものならばこれを発見しなかつた被告人
自身に安全確認義務違反の過失があり、またもしその際に被害者が死角圏内にあつ
たものならば被告人として車掌に指示し死角圏内を注視させてその安全を確認すべ
き注意義務を怠つた点に被告人の過失ありとすべきである旨、発進時における被害
者の位置動静に応じた被告人の過失の態様をいわば択一的に主張する趣旨と解され
るのである。なるほど、弁護人指摘のように原審第一回公判調書には検察官の釈明
として「被害者は最初から衝突地点に立つていたものである」との記載があり、こ
の釈明自体は、文字どおり解せば被告人の発進時に被害者はすでに衝突地点に立つ
ていたとの意味に解するほかなく、その位置(衝突地点、すなわちバスの左斜め前
方約二・五五メートルの地点)での立位の被害者は優に被告人の視野の範囲内であ
ること明瞭である(原審検証調書の添付見取図参照)ので、あたかも原審検察官
は、右釈明によつて本件訴因における過失態様を前記被告人自身の安全確認義務違
反の点のみに限定したかにもみられるおそれなしとせず、現に弁護人は、原審検察
官が右釈明をなしたことを根拠に、前記の車掌に死角内の安全確認をさせるべき注
意義務違反の点は本件訴因の範囲外であり従つて原判決のその点に関する判断はい
わば傍論にすぎないから検察官が本件控訴趣意において被告人自身の安全確認義務
違反の過失を否定した原判決の認定には何ら異を唱えず原判決の右傍論と目される
判断部分をのみ論難して原判決の破棄を求めているのは許されない旨主張するので
あるが(弁護人の答弁書)、しかし、前記検察官の釈明を直ちに弁護人所論のごと
くのみにとるのは早計であるばかりでなく、原審検察官は、右釈明のほかに、原審
第三回公判調書によつて明らかなとおり証拠調終了後の意見陳述においては、被害
者がバス左前側方の死角内を歩行して本件事故に遭遇したものと十分考えられる旨
陳述して前記車掌に安全確認をさせるべき注意義務違反の過失についても明確に論
及しているところであつて、前記のような両様の過失態様がいわば択一的なものと
して共に本件訴因の範囲内に含まれること(したがつて、車掌に安全を確認させる
義務違反の点に関する原判決の判断が弁護人所論のような単なる傍論ではないこ
と)は格別の疑いがないというべきである(被告人がこれらに関し防禦権を十分行
使したことも記録に徴し明らかである。)。しかして、前認定のような本件バス運
転席からの車体左前側方附近の死角の位置範囲ならびに本件事故発生の状況ことに
被害者が衝突地点に至つた経路および被告人が発進に際し前方ないし左方等を肉眼
ないしバツクミラー等により見た限りでは何ら被害者を発見しなかつたことなどの
事実関係よりすれば、被害者は、バス発進時には被告人の視野の範囲内におらず、
いまだ車体左前側方附近の前記死角圏内(二様の死角圏のうちいずれかの圏内の
意。以下においても同じ。)に位置し、その後バスの進行につれて(付き従う形
で)被害者も前へ歩き衝突地点に至つたものであると推認するのが相当であり、こ
の場合、すでに前記したごとく被告人自身の安全確認義務違反と被告人が車掌に安
全を確認させる義務違反とに区別される以上、原判決も否定したとおり本件訴因中
被告人自身の安全確認義務違反の点は証拠上認め難いといえるか、車掌をして安全
を確認させる義務違反があれば結局被告人の過失責任は免れえないものというべき
である。
 そこで、論旨が主張する本件訴因中車掌に死角内の安全確認をさせるべき注意義
務違反の点につき検討するに、およそ自動車運転者は、発進に際し、周辺の人や物
に対する安全を確認しこれらに自動車を接触させないようにして発進をなすべき当
然の注意義務があるが、このことは車掌を同乗させて運転する場合においても、車
掌が補助者にすぎず運転者は車掌を指導監督して自ら安全運転の全般的な責任を負
うべき立場にある以上、格別の変りはないものというべきである。車掌の乗務する
バスの運転者について自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年運輸省令第四四号)
第三四条第二項第一号が「発車は車掌の合図によつて行なうこと」を定め、同車掌
について同第三五条第四号が「発車の合図は旅客の安全及び事業用自動車の左側
に、その進行に支障がないことを確認し、かつ乗降口のとびらを閉じた後に行なう
こと」と定めている(なお、同規則第二七条の規定に基づき定められたCバス株式
会社「運転士服務規程」同「車掌服務規程」にも右と同趣旨の各規定が見られ
る。)のは、旅客自動車の安全な発車進行を期するため、発車合図をするにつき車
掌にも右の範囲の安全確認義務を負担させるとともに問罪の義務を課し、他方運転
者に対しては車掌の発車合図がなければ発進してはならないものと命じている趣旨
なのであつて、これらの規定があるからといつて、発進に際してのバス車体左側方
の安全確認はもつぱら車掌の分担する責任領域であり運転者は車掌の発車合図さえ
あれば左側方の安全が車掌により十分に確認されたものと直ちに信頼しこれに従い
発進して差支えなく自らはその安全の確認つまり右発車合図の正確性の確認をなす
べき義務はない旨論ずることの不当であることはいうまでもない。すなわち、車掌
の発車合図に接した運転者は、その発進に際し、自らも可能な限り車体左側方の安
全確認に努めるべき義務を免れないのであつて、唯、右注意義務の履行の限度およ
び具体的方法については、当該具体的状況により一概には論じえず、相当性の見地
からの制約も当然受けるものと解するのが相当であり、通常の場合は肉眼ならびに
左側バツクミラー等によつて左側方を注視確認すれば足り、車体左前側方附近に運
転席からの死角範囲があつても一々車掌に指示して同部分の安全をいわば再確認さ
せるまでの必要はなく、車掌の事実上分担した確認行為に依拠してその発車合図を
信頼しても必ずしも不当とはいい難い場合もなしとしないが、これに反し、当該具
体的状況によりその死角内に関して危険の発生が客観的に予想される特別の事情の
存する場合については同部分が車掌の視野内に属するからとて、直ちに、車掌の発
車合図をそのまま信頼して妨げないと解するのは早計であり、運転者は車掌に特に
指示命令してその部分の安全を仔細に確認させ、その上での発車合図を待つて初め
て発進をなすべきものと解するのが相当である。ひつきよう自動車運転者は自己の
指揮下に運転の補助的業務に従事するにすぎない車掌については極めて限局された
限度内でのみ信頼が許されるにとどまるべきものである。原判決で、バス発進に際
し車掌の発車合図に従うほか運転者が車掌に特に指示して車体左前側方附近の死角
内の安全確認をさせるべき注意義務の有無について法律的見解を示しているところ
は、重点の置き方に若干の差異があり、にわかに同一見解をとり難いが、前記のご
とく車掌の確認行為を信頼しても必ずしも不当とはいい難い場合の存する意味にお
いてこの点の原判決に所論注意義務の解釈適用を誤つた違法があるとまでは必ずし
も認め難い。
 <要旨>しかし、さらに進んで所論事実誤認の主張につき考察すると、原審取調の
証拠によれば、本件事故現場であるA駅前広場の前記会社バス発着所は、同
広場のコンクリート舗装の平地に乗客の待合せ位置を指示する五本の白線を引き、
各白線の先端に行先案内の標識を置いて駅舎寄りから順次一番線ないし五番線の乗
り場としただけのもので、歩行者の安全地帯が発着所の周囲にはあるものの発着所
内には安全地帯も乗降客の通行のため専用区劃も設けられておらず、深夜を除いて
一日に多くのバスが発着するので、かねて乗降客の往来が絶えない場所であつて、
この場所的特殊性は特に注意すべき点であること、被告人が同発着所に到着して本
件バスを停車させた位置は、発着所内のほぼ中央で三番線の白線の手前であり、被
告人は終点のため十五、六名の乗客全員を降ろして、そのあと車庫入りのため、車
掌の発車合図で発進しようとしたのであるが、その間駅舎の方へ向かう降客らは、
駅舎バスの右手に位置したことに駅舎中央の乗車口はバスの右前方の方角にあたる
関係で、停車中の本件バスの前や後ことに前方を廻つてそちらへ向かうのが通常の
状況であり、折から降車終了後間のない時点でもあるのに、その際被告人の考えた
進行経路は、発着所内での通常のバス進路である前記白線沿いにそのまま直進して
車庫入りするというのでなく、たまたま左前方の白線附近にバス待ち客の列も見当
らないところから、従来そのような車庫入りに際し危険のないことが確認されたと
きは往々やつていたごとく、発進と同時に左前方へ進路を転じつつ斜めに発着所内
をやや横断して車庫に向かうという経路をとるつもりであつたものであつて、この
左前方への進路転向の点も特に重要な点であること(現に被告人は発進と同時に左
前方へ転進し、三番線と四番線の各標識の周辺を通り抜けるべく斜めに運転進行し
たのである。)がそれぞれ明らかであり、これらは当審における事実取調の結果に
よつても一層明瞭であつて、このような事実関係に照らし考察すれば、本件被害者
が前認定のような行動をとつたことすなわち本件バスから降りた同人が駅舎の方へ
向かうべく被告人の発進時には未だバス左前側方附近の死角圏内に位置し、その後
バスの進行につれて(付き従う形)前へ若干歩行し前記衝突地点にまで至つたとい
うのも、バスがその際直進してさえおれば同人との衝突は生じえなかつたと認めう
る状況であつたことよりすれば、同人の右行動は駅舎の方へ向う降客の一人として
通常とる行動とみられるのであつて特段に責められるべき不注意、不適切な点はな
く、してみると、このような左前側方附近の死角圏内に位置する降客の存在および
同人のその後の歩行経路は、発進にあたり被告人の当然に予見しうるところという
べく、しかも被告人は発進と同時に特に左前方へ進路を転じつつ斜めに進行しよう
と企図していたのであるから、まさに被告人にとつては、本件発進にあたり、左前
側方の死角内に関して危険の発生が客観的に予想される特別の事情があつたものと
認めるに十分である。なるほど原判決認定のごとく当時バス発着所附近の人通りは
バス待ちの人が若干いたほか歩行者は多くはなく、閑散な方であつたとは証拠上認
められるものの、そのような事実が直ちに右結論を左右するものと到底考えられな
い。
 してみれば、先に説示したところにより、車掌の発車合図に接した被告人がハン
ドルを特に左方へ切りつつ本件発進をなすに際しては、左前側方の安全確認に関し
自ら肉眼やバツクミラー等で注視するほか車掌の右合図に直ちに信頼依拠してよい
とすることは到底できない筋合であり、被告人にはさらに車掌に指示して左前側方
の死角内の安全を十分に確認させるべき業務上の注意義務があつたというべきであ
る。そして被告人が右業務を履行していれば本件事故の発生はこれを回避すること
ができたものと証拠上認めるに難くないというべきであるから、本件にっき被告人
が右注意義務の懈怠による過失の刑責を負うべきことは明らかである。
 しかるに原判決は、自動車運転者が発進に際し車掌に特に指示して安全確認をさ
せるべき義務を負担する要件たる「特に危険が予想される事情があるとき」とは道
路が雑踏している場合、障害物がある場合、幼児がバスの周囲で遊んでいる場合な
どであつて、本件はこれらのいずれにも該当せず、通常の発進の場合であると考え
られ、車掌の発車合図を信頼すべきでなかつたと見るべきほどの事情があつたとは
認められないと判示し、被告人が死角内の安全を車掌に特に指示して確認させるこ
となく発進した点に過失はないとして無罪を言渡したのであつて、右は判決に影響
を及ぼすことの明らかな事実の誤認ひいては法令の解釈適用の誤りを冒したものと
いうべく、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は結局理由がある。
 よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により原判決を
破棄し、同法第四〇〇条但書に則りさらにつぎのとおり判決する。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、かねてよりバス運転手として自動車運転の業務に従事していたもので
あるが、昭和四三年八月一二日午前二時一五分頃、勤務先Cバス株式会社の大型乗
用自動車(GH年式バス)(岩○く○△×号)を運転し、盛岡市ab番c号先国鉄
A駅前広場のバス発着所から発進するに際し、車掌Eの発車合図はすでになされた
ものの、最前十五、六名の乗客全員を終点のため降ろし終つたばかりで、右手駅舎
の方へ向かう降客らにおいて附近に専用区劃もないこととて自車前方へ回つてそち
らの方へ向かうのが通常の状況にあり、しかも被告人は車庫入りのためその際特に
左方ヘハンドルを切りつつ発進しようと考えていたのであるから、このような場
合、自動車運転者としては、これら具体的な諸状況に思いを致し、そのまま発進す
るにおいては折から自車左前側方附近の死角内にいることの予想される降客と左前
方において衝突するに至るべきことを予見し、そのような事態の発生を回避するた
め、車掌に特に指示して同死角内の安全を十分に確認させるべき業務上の注意義務
があるにかかわらず、被告人はこれを怠り、前方および左右側方を自ら肉眼ならび
にバツミラー等で見たのみで危険はないものと軽信し、警笛を鳴らして、そのまま
ハンドルを左方へ切りつつ漫然発進した過失により、左前方約二・五五メートルの
地点において、折から発進時には同死角圏内に位置しバスの進行につれて右地点に
至つたものとみられるB(当五七年)に気づかないまま自車左前部をこれに衝突さ
せ、同女をその場に転倒させたうえ左前輪で轢過し、よつて同女をして頭蓋開放性
粉砕骨折等により即死させたものである。
 (証拠の標目)省略
 (法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条に該当すると
ころ、本件被害結果はまことに重大であり、被害者は当時右眼を煩つてはいたもの
の本件事故の発生につき同女の特段の落度があつたとはにわかに認められず、また
車掌Eについても事故発生の態様に徴しさほどの過失を同人に帰しがたい面があ
り、これに対して被告人の過失の程度は必ずしも軽くはなく、被告人には交通事犯
による罰金三回、科料一回の前科もあるのであるが、他面、事故当時は現場附近の
人通りは多くなく閑散な方であり、被告人はそのような状況に気を許し、また従来
は本件における程度の注意で格別の事故も起さずに済んできたという過去の事蹟に
よる安心感にわざわいされて、慎重さを欠き、図らずも今回は重大な事故を惹起す
るに至つたもので、その経緯には酌量すべき情状もあると認められること、その他
被害者の遺族との示談成立の状況等諸般の情状を検討考慮のうえ所定刑中罰金刑を
選択しその金額の範囲内で被告人を罰金五〇、〇〇〇円に処し、被告人において右
罰金を完納することができないときは刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算
した期間被告人を労役場に留置することとし、当審における訴訟費用は刑事訴訟法
第一八一条第一項本文によりこれを被告人に負担させるものとする。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 深谷真也 裁判官 桜井敏雄)

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