弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1被告C株式会社,同D及び同Eは,原告Aに対し,各自100万400
0円及びこれに対する被告C株式会社は平成17年10月12日から,同
Dは同年5月24日から,同Eは同月21日から,それぞれ支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
2被告C株式会社,同D,同E及び同Fは,原告Bに対し,各自1487
万3700円及びこれに対する平成16年12月25日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,甲事件につき被告C株式会社,同D及び同Eの負担とし,
乙事件につき被告C株式会社,同D,同E及び同Fの負担とする。
4この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1甲事件
主文第1項と同旨
2乙事件
主文第2項と同旨
第2事案の概要
本件は,東京証券取引所マザーズ(以下「東証マザーズ」という。)に株式
を上場していた被告C株式会社(以下「被告C社」という。)が,平成16年
10月,同社に粉飾決算の疑惑があることを公表し,それを契機として同社の
株価が下落したことについて,同社の個人株主であった原告A及び同Bが,被
告らは粉飾決算に基づき虚偽の業績を公表した上で,原告らに株式を取得させ,
その取得価額あるいは上記疑惑公表前の株式の取引価額と,最終売却価額との
差額分の損害を被らせたと主張して,原告Aは,被告D及び同Eに対して,民
法709条及び平成17年法律第87号による改正前の商法(以下,単に「商
法」という。)266条の3第1項,2項に基づき,被告C社に対して,商法
261条3項,78条2項,民法44条1項に基づき,その損害賠償金及び訴
状送達日の翌日からの遅延損害金の支払を求め(甲事件),原告Bは,被告D
に対して,民法709条,商法266条の3第2項,平成18年法律第65号
による改正前の証券取引法(以下「証取法」という。)24条の4,同条の5
第4項,22条に基づき,同E及び同Fに対して,商法266条の3第1項,
2項,証取法24条の4,同条の5第4項,22条に基づき,被告C社に対し
て,商法261条3項,78条2項,民法44条1項に基づき,その損害賠償
金及び訴状送達日の翌日からの遅延損害金の支払を求めている(乙事件)事案
である。
1前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認められる。
(1)当事者
ア被告C社(旧商号はc株式会社)は,平成6年9月30日に設立された,
コンピュータのソフトウェア設計,プログラム開発及び技術提供並びに保
守に関する業務等を行う株式会社であり,平成15年6月30日付けで東
証マザーズに上場していた(甲B7,乙A7)。
イ被告Dは,被告C社の設立当初から,同社の代表取締役社長の地位にあ
り,その経営全般を統轄していた者である(乙A7)。
ウ被告Eは,平成12年2月から被告C社の営業統轄取締役となり,平成
14年4月からは取締役副社長として,主として同社の営業活動を統轄し
ていた者である(乙B3)。
エ被告Fは,被告C社の株式上場前である平成15年3月,同社の財務部
門の強化のために財務部長として入社し,同年10月の定時株主総会にお
いて取締役に就任し,同社の経理,財務全般を掌理していた者である(甲
23,乙A7,乙C1)。
オ原告Aは,平成16年7月2日,被告C社の株式1株を167万円で取
得して同社の株主となり,同月27日の株式分割により持ち株数が5株と
なり,同日,そのうち1株を25万6000円で売却し,残りの4株を後
記(5)アの売却時まで保有していた(甲B2ないし4,8,乙A12)。
カ原告Bは,平成16年6月29日,被告C社の株式10株を1株157
万円で取得して同社の株主となり,同年7月2日,1株166万円で7株
を売却したが,同月5日,1株163万円で再度7株取得し,同月27日
の株式分割により持ち株数が50株となった状態で,後記(5)イの売却時
まで保有していた(甲14ないし16)。
(2)財務状況に関する情報開示
ア被告C社は,平成16年2月24日付けのプレスリリースにより,同年
7月期の業績予想を上方修正することを公表した。修正の内容は,売上高
9億6500万円(前回予想6億7800万円),経常利益1億1200
万円(前回予想1億0800万円),当期純利益6200万円(前回予想
6100万円)とするものであった(甲9)。
イ被告C社は,同年3月29日付けの中間決算短信において,同年1月中
間期の業績として,売上高9億6600万円(前年同期5億0300万
円),営業利益1億1100万円(前年同期8600万円),経常利益1
億1300万円(前年同期8100万円),中間純利益6400万円(前
年同期4600万円)であることを公表した(甲10)。
ウ被告C社は,同年6月14日付けで,同年7月期第3四半期の業績とし
て,売上高17億3900万円(前年同期8億6300万円),営業利益
1億6600万円(前年同期1億6200万円),経常利益1億7000
万円(前年同期1億5200万円),第3四半期純利益9500万円(前
年同期8700万円)であることを公表した。なお,この四半期業績状況
の公表には,四半期損益計算書及び四半期貸借対照表が添付されていた
(甲11)。
エ被告C社は,同年7月29日付けのプレスリリースにより,同年7月期
の業績予想を上方修正することを公表した。修正の内容は,売上高22億
4000万円(前回予想20億2500万円),経常利益2億6000万
円(前回予想2億6000万円),当期純利益1億4600万円(前回予
想1億4600万円)とするものであった(甲12)。
オ被告C社は,同年9月29日付けで,同年7月期の個別財務諸表の概要
を公表した。これによると,平成16年7月期の業績は,売上高22億5
900万円(前年同期11億7900万円),営業利益2億6600万円
(前年同期2億2500万円),経常利益2億6900万円(前年同期1
億8800万円),当期純利益1億5100万円(前年同期1億0700
万円)とされており,その時点における貸借対照表及び損益計算書等が添
付されていた(甲13)。
(3)上場廃止に至る経緯
ア被告C社は,平成16年10月21日付けのプレスリリースにより,同
年7月期の決算に重大な疑義(利益の過大計上)があり調査中であること,
被告Dが当該粉飾決算に関与していたため代表取締役を辞任し,被告E及
び同Fも役付を辞任したこと,既に発表されていた連結損益計算書の当期
純利益が約1億7000万円程度減少する見込みであることなどを公表し
た(甲3)。
イ上記公表を受けて,東京証券取引所は,「監理ポスト及び整理ポストに
関する規則第7条第1号a(j)(マザーズの上場会社が株券上場廃止基
準第2条の2第1項第5号の規定により同基準第2条第1項第11号a前
段に該当すると認められる相当の事由があると当取引所が認める場合)該
当のため」との理由により,同日から被告C社の株式の取引を監理ポスト
に割り当てる措置を取った。なお,同基準第2条第1項第11号a前段は,
「上場会社が財務諸表等又は中間財務諸表等に虚偽記載を行い,かつ,そ
の影響が重大であると当取引所が認めた場合」をいう(甲B1)。
ウ上記公表前日の被告C社の株価は,終値12万4000円であったが,
公表後最初の取引となった同月28日の終値は3万6000円になった
(甲B8)。
エ被告C社は,同月29日付けのプレスリリースにより,東京証券取引所
が監理ポスト割り当ての措置を取ったこと,平成16年7月期の決算書の
作成作業に取り組んでいること,事実関係解明のために調査委員会を設置
したこと,経営体制を一新することなどを発表した(甲4)。
オさらに,被告C社は,同年11月11日付けのプレスリリースにより,
上場廃止の見込みであること,平成14年7月期以前には粉飾行為が行わ
れていないこと,法定開示書類のうち,平成15年7月期有価証券報告書,
平成16年1月期半期報告書,有価証券届出書及び有価証券届出書の訂正
届出書を,また,適時開示書類のうち,平成15年7月期中間決算短信
(連結)及びその添付書類,決算短信(連結),平成16年7月期中間決
算短信(連結)及びその添付書類,決算短信(連結)及びその添付書類を
訂正する予定であること,不祥事に関与した取締役全員が辞任する予定で
あることなどを発表した(甲5)。
カ東京証券取引所の上場廃止基準2条1項10号では,監査報告書を添付
した有価証券報告書が,決算期末から3か月の期間に加え,猶予期間1か
月が経過しても提出されない場合を上場廃止事由としているところ,被告
C社は,上記の粉飾決算の疑惑のため,同年10月28日に予定されてい
た定時株主総会を延期しており,同年7月期決算に関して監査報告書を添
付した有価証券報告書を,上記上場廃止基準の期限となる同年12月1日
までに提出することができなかった(甲B1)。
キそこで,東京証券取引所は,同年12月2日から同月30日まで,被告
C社の株式を整理ポストに割り当て,平成17年1月2日,上場廃止の措
置を取った(甲B1)。
(4)調査委員会が粉飾決算を認定した経緯(甲21,23,24)
ア被告C社では,平成16年10月に公表した粉飾決算の疑惑に関し,弁
護士1名及び公認会計士1名を調査委員とする調査委員会に対し,その事
実関係と法的問題点の調査を依頼した。
イ調査委員会では,同月29日から同年12月25日までの間に,平成1
3年7月期から平成16年7月期までの決算について,被告C社の取締役
会,株主総会等の各議事録,監査法人等の報告書のレビュー,帳簿類・伝
票類,関係者(被告C社の全役員及び関係従業員並びに取引先等)からの
ヒアリングなどの調査・確認を行った。
ウ調査委員会は,上記調査の結果,次のような取引及び会計処理に着目し
た。
(ア)平成14年8月26日,被告C社の口座に,取引先のG株式会社
(以下「G社」という。)から,合計6861万7000円が振り込ま
れた。
(イ)他方,同日中に,被告C社からH株式会社(以下「H社」とい
う。)に対して,6510万円が支払われた(以下,このH社に対する
支払を「8月26日の支払」といい,同日のG社からの振込入金と合わ
せて「8月26日の取引」という。)。
(ウ)8月26日の支払は,同月15日付けの納品書及び請求書によれば,
品名「コールセンター構築コンサルティング(実施期間:7月1日−8
月15日)」に対する支払とされていたが,その後,この納品書及び請
求書の品名が「コールセンター構築コンサルティングフェーズ1」の
5250万円と,「コールセンター構築コンサルティングフェーズ
2」の1260万円に分けられた。さらに,その後,上記5250万円
分が「コールセンターWEB開発コンサルティング」の4242万円と,
「コールセンター構築コンサルティングフェーズ1」の1008万円
に分けられた上,上記4242万円分については同月20日付けの別の
請求書が作成された(甲21)。
(エ)被告C社では,平成15年1月期の中間決算において,8月26日
の支払のうち,4242万円(「コールセンターWEB開発コンサルテ
ィング」の分)を前渡金として資産計上した(甲23)。
エそして,調査委員会は,8月26日の取引がいわゆるスルー取引(丸投
げ外注の取引)か架空取引かは確定できないが,スルー取引であれば,実
現した収益に対応する費用は同じ事業年度に計上しなければならないとい
う会計上の原則(費用収益対応の原則)に照らすと,被告C社がH社と協
議した上で納品書及び請求書を2度にわたり作り替えさせ,支払済みの外
注費を前渡金として資産計上したことは,費用の繰り延べによる利益の過
大計上(粉飾決算)に当たると判断した。また,調査委員会は,被告C社
が,8月26日の取引後も同様の方法で過大な利益を計上していたことを
認定した。
なお,被告C社が,こうした不適切な会計処理をするようになった目的
について,調査委員会は,関係者からのヒアリングなどから,株式上場を
実現し,継続するためであったと推測している。
オさらに,調査委員会は,被告C社が九州財務局長に対し平成15年5月
29日に提出した同年1月期中間決算の有価証券届出書,同年10月30
日に提出した同年7月期決算の有価証券報告書,平成16年4月26日に
提出した同年1月期の半期報告書には,いずれも粉飾行為に基づく決算を
基礎として虚偽の記載がなされていること,同年7月期決算については,
最終的な決算承認はなされていないものの,決算書類が一旦作成され,同
年9月29日に決算短信として公表されていることを認めた。
(5)原告らの株式売却
ア原告Aは,保有していた被告C社の株式4株を,監理ポスト割当期間中
の同年11月27日,1株5000円で相対取引により売却した(甲B5,
6)。
イ原告Bは,保有していた被告C社の株式50株のうち1株を,同年10
月28日に3万6000円で売却し,残り49株を同年11月4日に1株
2万4700円で売却した(甲17,18)。
2争点及びこれに対する当事者の主張
(1)決算の粉飾性の有無
(原告Aの主張)
平成16年10月13日,被告C社の当時の代表取締役であった被告Dは,
会社の経理について粉飾決算をしていたことを明らかにした。そして,その
後の社内調査の結果,平成15年1月期の中間決算の時点から粉飾決算が始
まり,平成16年7月期の決算まで粉飾決算がなされたことが判明した。
(原告Bの主張)
被告C社では,平成15年7月期の決算において,売上高11億7900
万円,経常利益1億8800万円としていたが,実態は,売上高5億340
0万円,経常損失2300万円というものであり,平成16年7月期の決算
においても,売上高22億5900万円,経常利益2億6900万円,当期
純利益1億5100万円としていたが,実態は,売上高11億8200万円,
経常利益5100万円,当期純利益はマイナスで,1億8300万円の損失
を計上しており,これらはいずれも粉飾決算によるものであることが判明し
ている。
その手法は,外注費を前渡金として計上した上で,これに見合う取引を受
注するという手法で営業活動を展開し,売上と外注費の認識時期を切り離し
た上で,取引内容を意図的に分断し,また,売上げや外注費の認識時期を操
作することにより,利益の金額を意図的に操作したというものである。また,
売上げの計上についても,被告C社が取引先から受注し,それを外注先に回
す取引において,金の流れのみ存在し,取引実態が解明できない「スルー取
引」が多数存在していた。
(被告Dの主張)
本件で粉飾性が疑われている取引は,いずれもG社との取引である。その
発端となった8月26日の取引は,G社から受注した第3回世界水フォーラ
ムの代金の支払が,国の予算執行上の制約から遅滞していたところ,G社の
社内事情により別名目で支払があり,そこで支払われた金員を,G社からの
要請に応じて,外注事実のないH社に支払ったというものであるが,G社と
の間では,H社に対する当該支払額に応じた新たな発注の約束があったから,
被告C社がこれを前渡金として処理することは,取引実態を正確に反映した
経理処理である。その後のG社との取引に関して,前渡金として処理された
支払について,同社との協議等は,すべて被告Eに委任していたので,どの
ような経緯で出金されたのか,被告Dは把握していないが,前渡金としての
処理は,G社からの依頼により,外注事実のない会社に金員を支払うものと
考えていたので,同社からそれに見合う注文を受ければ解消できると考えて
いた。このように,問題とされている前渡金の処理は,G社との関係での取
引の実態を反映して行われた経理処理であって,利益を過大に見せかける目
的で行ったものではないから,粉飾決算ではない。
原告らは,G社とのスルー取引の売上げに対応する原価(外注費)を翌期
以降に繰り延べる(前渡金として計上する。)ことにより粉飾決算が行われ
ていたと主張するが,一般的に外注費の繰り延べによる粉飾をするのであれ
ば,前渡金として計上する必要まではないのに,前渡金として計上している
ことは不自然である。
(2)原告らが被った損害は直接損害といえるか
(原告Aの主張)
本件は,被告D及び同Eらが粉飾決算をしたため,それを前提とした株価
が形成され,粉飾決算をしているとは知らない原告Aが株式を取得し,その
後,粉飾決算が判明して株価が下落した事案である。
したがって,原告Aの損害は直接損害である。
(原告Bの主張)
本件は,被告C社の会社財産の減少によって損害がもたらされたわけでは
なく,粉飾決算が原因で株式の上場廃止という事態を招来し,株式市場にお
ける評価が決定的に下落したために,株式を取得していた原告Bが損害を被
ったのである。
したがって,その損害の性質は,間接損害ではなく,直接損害である。
(被告E及び同Dの主張)
商法266条の3は,株主の間接損害については適用されない。そして,
本件において原告らが損害として主張するのは,株式の価値の下落という間
接損害である。
(被告C社及び同Dの主張)
本件は,被告C社の元取締役らの任務懈怠によって,同社の計算上の財産
が減少するという損害が生じ,その結果,株価が変動したために,原告らの
ように株価が下落する前に株式を購入した株主に株価の下落という損害が生
じているものである。そして,取締役に対する責任追及の場面における直接
損害とは,取締役の悪意,重過失により,会社に損害がなく,直接第三者が
損害を被る場合をいうのであるから,株価の下落という損害はこれに該当し
ない。
このように,原告らの損害は,会社が損害を被ったことによって発生した
間接損害であるから,商法266条の3は適用されず,株主代表訴訟によっ
て損害が回復されるところ,商法1条により民法44条1項よりも株主代表
訴訟の規定が優先的に適用されるので,本件には民法44条1項は適用され
ない。
また,株主は会社の実質的所有者であるから,株主は民法44条1項の
「他人」に該当しない。
(3)各取締役の責任の有無
ア被告Dについて
(原告Aの主張)
被告C社における粉飾決算は,被告Dの直接指示によってなされていた
ものである。
したがって,被告Dは,原告Aに対し,民法709条及び商法266条
の3第1項,2項に基づく責任を負う。
(原告Bの主張)
被告Dは,意図的な粉飾決算を行うことによって,被告C社の株式流通
市場における評価を不当に高め,一般投資家に対して,被告C社の株式へ
の投資を誘ったのである。このような被告Dの行為は,市場に流通する投
資対象たる商品の価値を偽る行為であって,明白な詐欺行為であり,これ
によって損害を被った原告らとの関係で不法行為を構成する。また,この
ような被告Dの行為につき,代表取締役としての注意義務違反があること
は明白である。
したがって,被告Dは,原告Bに対し,民法709条,商法266条の
3第2項,証取法24条の4,同条の5第4項,22条に基づく責任を負
う。
(被告Dの主張)
前記のとおり,原告らが指摘する会計処理は,取引の実態を正確に反映
したものであるから,粉飾決算には当たらず,有価証券報告書の虚偽記載
にも当たらない。したがって,被告Dは,粉飾決算や虚偽記載を行ったこ
とを前提とする損害賠償責任を負うことはない。
また,平成14年8月26日の取引で,G社からの支払を正確な名目と
は異なる名目で受けたことは,そうしなければ,被告C社の資金繰りが逼
迫する可能性があったのであるから,被告Dの判断は合理的であり,代表
取締役としての注意義務に反するものではない。そして,その後の前渡金
の計上は,被告Dが直接関与して行われたものではなく,被告Eと経理担
当者にすべて任せていたものであり,個々の取引や経理処理について,被
告Dが詳細な指示をすべき注意義務まではないから,仮にそれが不適切な
経理処理と判断されたとしても,被告Dに故意・重過失は存在しない。
イ被告Eについて
(原告Aの主張)
被告Eは,財務部長及び管理部長に対し,粉飾決算についての具体的指
示を行っていた。
したがって,被告Eは,原告Aに対し,民法709条及び商法266条
の3第1項,2項に基づく責任を負う。
(原告Bの主張)
被告Eは,粉飾決算当時,取締役として,代表取締役の被告Dを監督す
べき地位にあった。しかるに,被告Eは,その責務を怠り,被告Dによる
粉飾行為を放置又は幇助したのであるから,故意又は重大な過失がある。
また,被告Cが提出した平成15年7月期有価証券報告書及び平成16
年1月期半期報告書には虚偽記載がある。
したがって,被告Eは,原告Bに対し,商法266条の3第1項,2項,
証取法24条の4,同条の5第4項,22条に基づく責任を負う。
(被告Eの主張)
被告Eは,決算報告書の作成には関与していない。また,被告C社の決
算報告書は監査法人の監査を受けており,これを承認することに問題はな
いと判断していたものである。さらに,被告Eは,有価証券報告書の作成
にも関与しておらず,インターネットによる会社の業績等の公告にも関与
していない。
したがって,被告Eは,粉飾決算や有価証券報告書の虚偽記載に一切関
知していなかったのであり,証取法24条の4,同条の5第4項,22条
による責任は負わず,虚偽記載に関して注意義務を怠ったということもな
いから,民法709条及び商法266条の3による責任も負わない。
ウ被告Fについて
(原告Bの主張)
被告Fは,粉飾決算当時,取締役として,代表取締役の被告Dを監督す
べき地位にあった。しかるに,被告Fは,その責務を怠り,被告Dによる
粉飾行為を放置又は幇助したのであるから,故意又は重大な過失がある。
また,被告Cが提出した平成15年7月期有価証券報告書及び平成16
年1月期半期報告書には虚偽記載がある。
したがって,被告Fは,原告Bに対し,商法266条の3第1項,2項,
証取法24条の4,同条の5第4項,22条に基づく責任を負う。
(被告Fの主張)
被告Fは,平成15年10月の定時株主総会で取締役に就任したもので
あり,平成15年7月期の決算や有価証券報告書の作成・提出に取締役と
して関与していなかった。また,平成16年1月期半期報告書は,証取法
24条の4,同条の5第4項,22条にいう有価証券報告書には該当しな
い。したがって,被告Fは,証取法上の損害賠償責任を負わない。
また,被告Fは,取締役就任後,会計処理の正常化を図ることを被告D
及び同Eに対し求め,たびたび経費の繰り延べによる利益操作や粉飾決算
をやめるように進言していたのであり,取締役としての注意義務を尽くし
ているから,商法266条の3による賠償責任を負うこともない。
(4)損害との因果関係及び損害額の算定
(原告Aの主張)
被告C社における粉飾決算は,原告Aが株主となる前から継続してなされ
ており,それによって株価は概ね順調に上昇を続けていたものである。そし
て,原告Aは,株価が同社の正当な決算により株価が形成されたものと信じ
て株式を買い受けたのであるから,その損害と粉飾決算との間には因果関係
がある。
そして,原告Aは,粉飾決算発覚前の平成16年7月27日,1株を25
万6000円で売却し,その後粉飾決算発覚まで4株を保有していたのであ
るから,損害額を算定するには,上記売却価格を基準とすべきであり,4株
の合計額は102万4000円となる。ここから,原告Aが最終的に売却に
よって得た金額2万円を控除し,100万4000円が損害額となる。
(原告Bの主張)
原告Bは,直接的にはインターネットを通じて得た情報に基づいて被告C
社の株式取得を決意したのであるが,これらの情報は,被告C社が提出した
平成15年7月期有価証券報告書及び平成16年1月期半期報告書に依拠す
るものであり,これらの報告書に虚偽記載がなければ,インターネット上に
虚偽の情報が発信されることもなかった。そして,上場株式が上場廃止にな
るという事態は一般投資家にとって株式の価値を事実上無価値ならしめる事
態であるところ,被告C社の株式が上場廃止になったのは粉飾決算に基因す
るものである。
したがって,被告C社の粉飾決算と原告Bの損害との間には因果関係を認
めることができる。
そして,原告Bが被った損害は,株式取得のための投下資金合計1612
万円から,最終的な売却によって得た金額124万6300円を控除した金
額であり,1487万3700円となる。
(被告Dの主張)
原告らが被告C社の株式を購入した当時は,いわゆるITバブルのただ中
で株価は軒並み高騰しており,企業の中身ではなく需給要因で株価が上昇し,
分割比率の高い株式ほど買われていた。被告C社においても,平成16年6
月14日付けプレスリリースにて株式を5分割するとの公表をした直後から
株価は高騰しており,原告らもそのような時期に株式を取得している。した
がって,被告会社が粉飾決算をしていなければ,原告らが株式を購入しなか
ったといえるのかは甚だ疑問である。
また,株価の形成には極めて多様な要因が関わるものであるから,粉飾決
算が明らかになったことと取得価格と処分価格との差額が生じたこととの間
には相当因果関係がない。
したがって,原告らが購入した時の株価と売却処分した時にたまたま形成
されていた株価との差額を損害額と認めることには合理性がない。
(被告Eの主張)
市場における株価は,様々な要素により上下動を繰り返すものであって,
株価の上昇要因,下落要因を特定することは困難である。また,市場におけ
る株価は,投資家の思惑により現実の株式の価値以上に高騰,下落を繰り返
す場合があり,必ずしも株式の本来的価値を反映しているものではない。し
たがって,株式の取得価額と売却価額の差額を損害額とすることには合理性
がない。また,株式の取得価額と売却価額との差額が損害額であるとするな
らば,株式売却に至るまでの株価の変動を全く無視して,投資家は常に初期
投資金額を回収できることになり,この点においても原告らの主張には理由
がない。
(被告C社の主張)
企業の不祥事があった場合,株価は当然下落するが,この価格下落局面で
株式を売却した者について,取得価格と売却価格の差額を損害として認定し
た場合,株主となる投資家は,少なくとも取得時点の価格が保証される結果
をもたらすことになる。
また,市場における株価は,様々な要因により上下動を繰り返すものであ
って,投資家の売買の手法によっても変動するものであるから,市場価格は
必ずしも株式の本来的価値を反映しているものではない。したがって,株式
の取得価格と売却価格の差額を損害額とすることは合理性がない。
第3当裁判所の判断
1決算の粉飾性の有無(争点(1))について
(1)認定事実
前提事実及び証拠(甲11,13,21,23,乙A1ないし9(枝番号
も含む。),乙B1ないし3,乙C1,被告D,同E及び同F)並びに弁論
の全趣旨によれば,8月26日の取引の経緯とその後の会計処理に関して,
次の事実が認められる。
アG社は,CRM(顧客情報管理システム)のコンサルティング等を行う
会社であり,平成14年ころは被告C社の売上高の7割前後を占める大口
取引先であった。
イ被告C社は,平成12年ころから,平成15年3月に開催予定の「第3
回世界水フォーラム」(以下「WWF3」という。)のシステム開発業務
をG社から受注し,システム開発を進めていた。なお,WWF3の取引に
関するG社の担当者は,当時同社の副社長であったI(以下「I副社長」
という。)であり,被告C社の担当者は,東京事務所の責任者であったJ
であった(Jは,平成14年9月30日付けで被告C社を退職してい
る。)。
ウ平成13年ころ,被告Dは,I副社長から,WWF3のシステム開発の
発注元である国土交通省からの入金が滞っており,被告C社に対しても,
WWF3関連費用として支払を続けることは社内的に処理できず難しいが,
支払名目をWWF3関連費用ではなく,別案件に関するものにすれば支払
は可能であるとの説明を受けた。
エ被告Dは,I副社長の上記申し出を了承し,それ以降,G社から支払わ
れるWWF3関連費用は,別案件名でなされることとなった。こうした処
理がなされることを受けて,Jは,被告C社が行ったWWF3関連の業務
内容及び売上額と,G社からの支払名目及び支払額を対応させて管理する
ために,精算金一覧表を作成し,G社から別案件名での入金がある都度,
WWF3関連の業務の売上げに充当し,余剰が生じた場合には,G社に対
する運用費やホームページ更新費の売上げに充当するという扱いをしてい
た。
オ平成14年春ころ,G社から,WWF3関連費用として合計6535万
円(税込6861万7000円)が「クイックキャンペーンパッケージカ
スタマイズ一式」,「LG介護情報管理システム開発」等の名目で支払わ
れることとなり,Jは,同年7月4日付けで,そのための精算金一覧表を
作成した。
このころ(同年6月から),被告Eが東京事務所に赴任し,同年9月に
退職したJが担当していた顧客を引き継ぐことになったため,G社との取
引も担当することとなった。
カ同年8月に入ると,被告Dは,I副社長から,上記6535万円(税
抜)の支払と同時に,H社に対して6200万円(税抜)を支払ってほし
いとの依頼を受けた。なお,当時,被告C社とH社との間には何らの取引
もなかった。
キそして,同年8月23日,I副社長から,被告Dと同Eに対して,次の
ような架空取引に基づく6200万円(税抜)のH社に対する支払依頼の
メールが送付された。
「今般お願いしています件は,B.I.社のK社長と確認して次のような内
容でご処理頂けることになりましたので宜しくお願いいたします。
(1)7月1日∼8月15日の期間でAT社からの受託でB.I.社は
コールセンター構築のコンサルテーションを提供しました。価格
は6200万円(税抜)です。対象顧客はAT社がWebシステ
ム関連で長年取引がある東京の会社ですが,今回コールセンタの
構築ということでB.I.社にコンサルを委託したものです。
(2)6月20日付の見積書,8月15日付の納品書と請求書をB.I.
社からAT社に発行します。
(3)6月24日付の注文書,8月16日付の受領書をAT社からB.
I.社に発行します。
(4)8月28日付でAT社からB.I.社に6510万円(税込)が
振り込まれます。
B.I.社は貴社H社です。
AT社はC株式会社です。
つきましては,H社のL様宛,E様よりコンタクトして当件の書類の
確認をして頂きたくお願いいたします。」
クさらに,H社のL取締役経営企画室室長から,被告D及び同Eに対して,
同月24日,次のようなメールが送付された。
「今回の件ですが,事は急を要しますので,取り急ぎ弊社が準備すべき
書類を一式送ります。内容をご確認の上,問題なければその旨,問題
あるようでしたらそれらの点を返信メールにてご回答ください。ご回
答いただき次第,最終版を準備し,押印後,まずはFAXで,同時に
最速の方法でオリジナルの書類をお届けしますので,FAX番号及び
送付先住所と電話番号もあわせてお知らせください。」
ケこうしたやり取りを経て,I副社長から,同日,被告Dに対して,次の
ようなメールが送付された。
「先般お話いたしました買掛金6,535万円(税込68,617,500円)は
26日(月)にお振込みさせて頂きますのでご確認ください。よろし
くお願いします。」
コ被告Dは,同月26日,被告Eに対して,H社からの請求書を管理部に
渡し,同社に対する支払を指示するようメールで指示した。
これに対して,被告Eから,同日,被告Dに対して,「了解しました。
I副社長とは新規受注として処理と調整しました。」との回答がなされた。
サ8月26日の取引後,Jは,平成14年7月4日付けの精算金一覧表
(前記オ)に,手書きで,8月26日にG社から6535万円(税抜)が
支払われ,そのうち6200万円(税抜)をH社に入金したこと,残額3
35万円は運用費に充填することを記載した。
シまた,被告Dは,同Eからの上記コ記載のメールによって,8月26日
にH社に支払った金額(税抜6510万円)については,後にG社から
それに相当する新規発注がなされるものと認識し,同年9月10日,被
告Eに対して,メールで「G社の6500万の売上げの処理(受注管理
など)お願いします。」と指示していた。これに対し,被告Eからは,
同日,メールで「I副社長とつめます。社内の見積もり原稿の処理は今
日行います。」との回答があり,さらに,同年10月3日,次のような
メールが送付された。
「G社I副社長より前回6500万で仮受注しているCTIコン
サルですが8月5000万で受注9月1ヶ月作業で売り上げ
9月3000万∼4000万で受注10月1ヶ月作業で売り
上げでお願いしたいとの話になってきています。」
ス被告Dは,8月26日の支払を経理上どのように処理するかについて,
被告C社の管理部長であったM(以下「M管理部長」という。)に委ね
ていたところ,その後,同部長から,当初は仮払扱いしていたが最終的
に前渡金として処理し,この前渡金については新規受注案件の費用とし
て振り替えていくとの説明を受けた。
セそして,G社から,同年9月に5050万円の新規案件が,同年10
月に3870万円の新規案件がそれぞれ発注された(したがって,上記
ス記載のM管理部長の説明によれば,8月26日の支払の前渡金は,こ
れらの新規案件の費用として振り替えられる予定であった。)。
ソところが,M管理部長は,平成15年1月20日,被告Eに対し,次
のように,損益計算書を修正するためにH社との間の平成14年8月2
6日の架空取引に関する納品書及び請求書を分割する必要がある旨のメ
ールを送付した。
「PL修正のための必要な作業を記します。お手数ですが,宜しくお
願します。
①BIからの納品書および請求書の訂正が必要です。
平成14年8月15日付請求書番号1500-07-02を
現状コールセンター構築コンサルティングフェーズ150,000K¥
コールセンター構築コンサルティングフェーズ112,000K¥を
修正コールセンター構築コンサルティングフェーズ116,100K¥※
コールセンター構築コンサルティングフェーズ112,000K¥
コールセンターWEB開発フェーズ1(0302)12,600K¥※
コールセンターWEB開発フェーズ2(0303)11,800K¥※
コールセンターWEB開発フェーズ2(0304)9,500K¥※
※の合計が50,000K¥です。
に訂正していただき,それぞれ開発フェーズの売上を0302∼0304で
立てる。」
タM管理部長の上記依頼に基づき,被告C社とH社との間で,8月26日
の支払に関する請求書及び納品書が,前提事実(4)ウ(ウ)のとおりに作り替
えられ(なお,実際に作り替えられた請求書等は,上記メールの内容とは,
項目及び金額の点で多少の違いがある。),被告C社では,平成15年1
月期中間決算の決算書類を作成するに当たり,係る請求書等を利用して,
8月26日の支払の前渡金全額を外注費に振り替えるのではなく,そのう
ち2160万円(税込2268万円)だけを新規案件の外注費として振り
替え(平成14年9月の5050万円の新規案件に対応するものとして9
60万円(税込1008万円)を,同年10月の3870万円の新規案件
に対応するものとして1200万円(税込1260万円)を外注費として
振り替えた。),残額の4040万円(税込4242万円)については前
渡金のまま資産計上するという処理を行った。
なお,同前渡金4040万円(税込4242万円)は,平成15年5月
に,平成14年9月の5050万円の新規案件に対応するものとして外注
費に振り替えられることにより償却処理された。
チところで,被告C社では,8月26日の取引をきっかけとして,その後
もG社から,架空取引に基づく他社への支払を依頼されるようになり,M
管理部長は,こうした支払について,前渡金管理表を作成して管理し,被
告Dや同Eに報告していた。
そして,被告Fが被告C社に入社して会計処理を担当するようになった
後は,被告FがM管理部長から前渡金管理表を引き継ぎ,被告Eから交付
される書類(個別の取引について売上げと原価が対応する形で記載された
もの)に基づいて会計処理をしていたが,こうした処理とは別に,月末に
なると,被告Eから他社への支払を指示されることがあり,被告Fは,係
る支払額をいったん前渡金管理表に記載し,その後,被告Eから指示があ
ればそれを外注費に振り替えるという処理を行っていた。
ツところが,経費に振り替えられず前渡金のまま計上される金額は次第に
増加し,平成15年7月期には1億7314万円に上っていた。
テ被告Fは,会計処理を行う中で,経費に振り替えられず前渡金のまま計
上される金額が増額していくことにより,経理上のスルー取引における売
上げと原価の対応関係に不自然さが生じており,同スルー取引における被
告C社の利益率が異常に高くなることや,前渡金の額の大きさなどに疑念
を持ち,M管理部長や被告Eにそのことを質問したことがあったが,明確
な回答は得られなかった。
トまた,被告F,同E及びM管理部長は,株式公開後の平成15年9月こ
ろ,被告Dに対し,前渡金の増加が問題であることに加え,利益目標を達
成するにはさらに前渡金が増加することになると訴えたが,同被告は,次
回決算までは前渡金の計上を続けるが,その後は受注の拡大により前渡金
を処理できる見込みがあると説明し,被告Fらの申し出を退け,被告Fら
はこれに従った。
ナさらに,被告Fが,監査の状況を報告するために,平成16年9月7日
に被告Dに送付したメールには,前渡金に関して次のような記載があり,
これに対して,被告Dは「状況把握できました。課題については,今後ひ
とつひとつ解決していきましょう。」と返信していた(甲21添付B)。
「○前渡金・仕掛処理について
どうにかつじつまを合わせていますが限界が近いようです。
計上時にはどの案件の原価に付くのか先の受注も確定しなければなら
ない為,無理が生じている。
今後必然的に金額が益々大きくなるので,つじつまを合わせるのが困
難な状況になってきている。」
(2)当裁判所の判断
ア前提事実(4)エ記載のとおり,調査委員会は,8月26日の取引を,架
空取引でなければスルー取引であると認定した上,スルー取引では費用収
益対応の原則が適用されることを前提として,その売上げ(G社からの入
金)に対応する原価(H社に対する支払)の一部を前渡金として資産計上
し,その分利益を過大に計上したことが粉飾決算に当たると判断している。
しかしながら,前記認定のとおり,平成14年8月26日のG社からの
入金は,被告Dの主張どおり,実質的にはWWF3関連の売上金に対する
支払であり,他方,H社に対する支払は,G社のI副社長がH社と協議し
て取り決めた実体のない架空取引に関するものであるから,H社に対する
支払は,G社からの入金とは取引上何ら関係のないものといわざるを得な
い。
そうすると,8月26日の取引を1つのスルー取引と認定することはで
きず,同日の入金と支払に対して費用収益対応の原則を適用することもで
きないから,これらを同一事業年度に計上しなかったことが,直ちに利益
の過大計上として粉飾決算に当たるとは評価できない。
したがって,この限りにおいては,被告Dの主張には理由がある。
イもっとも,前記認定事実によれば,被告C社は,8月26日の支払の見
返りにG社から新規発注を受けることになったところ,その後,実際に,
G社から,9月に5050万円,10月に3870万円の新規発注がなさ
れている。
そうすると,被告C社における会計処理としては,8月26日の取引後
の新規案件の中で,H社に対する支払分全額を外注費に振り替えることに
より,当該事業年度内で前渡金を償却することができたはずであり,実現
した収益(9月の5050万円と10月の3870万円)に対応する費用
(8月26日の支払)を同じ事業年度に計上しなければならないという会
計上の原則(費用収益対応の原則)の趣旨に鑑みても,そのような処理を
しなければならなかったというべきである。
ところが,前記認定事実によれば,平成15年1月期の中間決算におい
て外注費として振り替えたのは,6200万円(税込6510万円)のう
ち2160万円(税込2268万円)のみであり,残額4040万円(税
込4242万円)は前渡金として計上し,その振り替えを翌期に繰り延べ
ている。
そうすると,被告C社では,8月26日の支払(前渡金)を外注費に振
り替えなければならない新規受注案件において,本来同一時期に行うべき
外注費への振り替えを,一部翌期に繰り延べていたことになるが,繰り延
べた前渡金は経費処理を先送りした金額にすぎないから全く資産性のない
ものであり,外注費への振り替えを翌期に繰り延べることにより,その分
当期の利益を過大に計上していたことになる。
また,経費に振り替えられず前渡金のまま計上される金額が次第に増加
していき,平成15年7月期には1億7000万円を超える巨大な額にな
ったこと,そして,被告Fが,経理上のスルー取引における被告C社の利
益率が異常に高くなると感じていたこと,利益目標を達成するには前渡金
がさらに増加することになると考えており,被告Dに対するメールで,つ
じつまを合わせるのが困難な状況になってきていると報告していたことに
照らすと,8月26日の取引後になされたG社との間の同様の取引(すな
わち,同社から架空取引に基づく他社への支払を依頼され,その後に支払
分に充当するため新規発注の形態が取られるという取引)においても,被
告C社では,他社への支払後にG社から発注される新規案件において前渡
金を外注費に振り替える際,本来であれば,いったん前渡金扱いとした他
社への支払分全額を同一時期に外注費に振り替えなければならないのに,
これを分割して,一部を先送りすることで,当該案件における利益を過大
に計上し,他方で資産性のない前渡金も増加させていったものと推認する
ことができる。
ウすなわち,被告C社で行われていた不適切な会計処理の実態は,架空取
引に基づく他社への支払に端を発し,前渡金扱いとした当該支払を外注費
に振り替えなければならない新規案件において,適切な金額の振り替えが
なされないことにより,利益が過大に計上されるとともに,資産性のない
前渡金が積み残されていったというものであり,こうした会計処理は客観
的には粉飾決算に当たるというべきである。そして,前記認定事実の経過
に照らすと,粉飾決算がなされた時期は,平成15年1月期中間決算以降
であり,これが平成16年10月21日の公表まで続いたと認められるか
ら,平成15年1月期中間決算における決算書類及び有価証券届出書,同
年7月期決算における決算書類及び有価証券報告書,平成16年1月期中
間決算における決算書類及び半期報告書並びに前提事実(2)記載の財務状
況に関する開示には虚偽の記載があったものと認められる。
なお,各期における粉飾額(過大に計上された利益の額)については,
正確に算定する資料がないが,上記の粉飾の態様に照らすと,少なくとも
前渡金として資産計上された金額のうちのかなりの部分は粉飾されたもの
であると考えられる。
したがって,被告C社では粉飾決算がなされていないという被告Dの主
張は採用できない。
2原告らが被った損害は直接損害といえるか(争点(2))について
被告らは,原告らが損害とする株価の下落は,会社に損害が生じたことによ
って発生したいわゆる間接損害であり,商法266条の3は株主の間接損害に
は適用されないから,被告E及び同Dは同条に基づく責任を負わず,被告C社
も商法261条3項,78条2項,民法44条1項に基づく責任を負うことは
ない旨主張する。
しかしながら,本件は,原告らが株主であった時期に取締役の行為によって
会社に損害が生じた結果株主である原告らに損害が生じたものではなく,被告
C社の粉飾決算を知らない第三者の原告らが被告C社の株式を購入したために
損害を被ったという事案であるから,その損害は第三者に発生した直接損害と
いうべきであり,被告らの主張は採用できない。
3被告Dの責任(争点(3)ア)及び被告C社の責任について
まず,被告Dの不法行為(民法709条)の成否について検討するに,前記
認定事実によれば,被告C社は,原告Bが株式を購入した平成16年6月29
日や原告Aが株式を購入した同年7月2日以前の平成15年1月期の中間決算
から粉飾決算を行い始め,それに基づく財務情報の情報開示を行っていたとこ
ろ,M管理部長は前渡金管理表を作成してこれを被告Dに報告していたし,被
告Fは被告Eの指示に基づき前渡金を外注費に振り替えていたものの,平成1
5年には,被告Fらから前渡金の増加が問題であること及び利益目標を達成す
るにはさらに前渡金が増加することになると訴えられたことに対し,被告Dが,
次回決算までは前渡金の計上を続けるが,その後は前渡金を処理できる見込み
があると説明して,これを退けており,平成16年9月7日の被告F・被告D
間のメールのやりとりの内容に照らせば,被告Dは,被告Eが供述しているよ
うに,当初から前記認定の粉飾決算を行うことを被告Eを介して指示していた
か,少なくとも同粉飾決算が行われていることを知りながらこれを容認する姿
勢を示していたことが認められる。
そうすると,粉飾決算が行われた場合には,後にそれが発覚し,本件のよう
な経過を辿って株価が下落し,監理ポスト割り当ての措置を取られ,さらには
上場廃止となることにより,それを知らずに株式を購入した者に対して損害を
与える可能性があることは十分予見し得るというべきであるから,これを止め
ずに,かえって粉飾決算を行うことを指示していたか,あるいはこれを容認し
ていた被告Dには,少なくとも過失があると認められる。
したがって,被告Dは,粉飾決算がなされていることを知らずに被告C社の
株式を購入したことにより発生した原告らの損害を賠償すべき不法行為責任を
負うというべきである。
また,上記認定事実によれば,被告Dはその職務を行うについて上記不法行
為を行ったものであるから,被告C社も,商法261条3項,78条2項,民
法44条1項に基づき,原告らに対し不法行為責任を負うことになる。
4被告Eの責任(争点(3)イ)について
まず,商法266条の3第1項に基づく損害賠償責任の成否について検討す
るに,株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位にあるから,
取締役会を構成する取締役は,会社に対し,取締役会に上程された事柄につい
てだけ監視するにとどまらず,代表取締役の業務執行一般につき,これを監視
し,必要があれば,取締役会を自ら招集し,あるいは招集することを求め,取
締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職務を有するものと解す
べきである(最高裁昭和48年5月22日第三小法廷判決・民集27巻5号6
55頁参照)。
そうすると,前記認定事実によれば,被告Eは,最初に前渡金を資産計上す
ることになった8月26日の取引に関する請求書及び納品書の作り替えを依頼
するM管理部長からのメールを受け取っており,また,被告Fに対し,前渡金
として処理する支払及び前渡金を外注費に振り替える指示を行っていたし,被
告Fから前渡金の問題について疑問を投げかけられていたこともあり,被告F
やM管理部長とともに,被告Dに対して,前渡金の増加が問題であり,利益目
標達成のためには前渡金がさらに増加することになると訴えていたのであるか
ら,前渡金の増加が粉飾決算になるとの認識を持っていたか,少なくともその
おそれがあるとの認識を持っていたと認められる。
そうすると,被告Eが供述するように,それが被告Dの指示によるものであ
ったとしても,被告Eは取締役としての代表取締役の業務執行を監視・監督す
る職務を懈怠して,前渡金増加に伴う決算上の問題点を取締役会に諮り,それ
を是正するなどの措置を取ることなく,被告Dの指示に従い,故意に,そうで
なくとも上記認定事実によれば重大な過失に基づき,被告Fに対し,前渡金増
加(粉飾決算)となる外注費振り替え時期の指示を行っていたのであるから,
原告らに対して,商法266条の3第1項に基づく損害賠償責任を負うといわ
ざるを得ない。
5被告Fの責任(争点(3)ウ)について
被告Fが取締役に就任したのは平成15年10月であるから,平成16年1
月期中間決算における決算書類及び半期報告書並びに前提事実(2)記載の財務
状況に関する情報開示について,被告Fが商法266条の3第1項に基づく損
害賠償責任を負うか否かについて検討するに,前記認定事実によれば,被告F
は,経費に振り替えられず前渡金のまま計上される金額が増額していくことに
より,経理上のスルー取引における売上げと原価の対応関係について不自然な
状態が生じており,同スルー取引における被告C社の利益率が異常に高くなる
ことや前渡金の額の大きさなどに疑念を持ち,M管理部長や被告Eに対し,そ
のことについて説明を求めていたし,被告Dに対し,前渡金の増加が問題であ
って,利益目標達成のためにはさらに前渡金が増加することになると訴えてい
たのであり,平成16年9月7日の被告F・被告D間のメールのやりとりの内
容に照らせば,被告Fは,前渡金の増加が粉飾決算になるとの認識を持ってい
たと認められる。
そうすると,被告Fは,粉飾決算をやめるよう進言していたものの,取締役
としての代表取締役の業務執行を監視・監督する職務を懈怠して,粉飾決算を
止めるために,取締役会に諮りそれを是正するなどの措置を取ることなく,被
告D及び同Eの指示に従って,故意に粉飾決算の会計処理を行っていたのであ
るから,原告Bに対して,商法266条の3第1項に基づく損害賠償責任を負
うといわざるを得ない。
6損害との因果関係及び損害額の算定(争点(4))について
前記認定事実によれば,それが後に発覚すれば株価が下落して監理ポスト割
り当ての措置を取られ,ときには上場廃止となって,それを知らずに株式を購
入した者が損害を被ることとなる粉飾決算に関わる前記認定の被告らの行為が
存在したために,被告C社に前記認定の粉飾決算がなされ,それを知らない原
告らが被告C社の株式を購入したところ,後に粉飾決算が発覚して,株価が下
落し,監理ポスト割り当ての措置を取られたため,原告らが前記認定のとおり
上記株式を売却せざるを得なくなって,株式取得価格と売却によって得た金額
との差額相当の損害を被ったものであるし,前記認定事実によれば,原告らの
上記購入及び売却の経過は通常の経過を辿っているといえるので,原告らに発
生した損害は,被告らの粉飾決算に関わる前記認定の各行為によって通常発生
する損害であり,その間に相当因果関係があるといえる。
したがって,原告らの損害額は,各自の株式取得価額から最終的な売却処分
によって得た金額を控除する方法により算定するのが相当であるから,原告ら
の損害額は,その主張するとおり,原告Aについて100万4000円,原告
Bについて1487万3700円と認められる(なお,原告Aは,取得時の株
価ではなく,一部売却時の株価を基礎として損害額を算定しているが,後者の
方が低額となるため,主張どおりの金額を損害額として認定する。)。
7結論
以上のとおり,原告らの請求はいずれも理由があるからこれらを全部認容す
ることとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,65条1項本文を,仮執行
宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
大分地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官一志泰滋
裁判官神野泰一
裁判官矢崎豊

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