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平成一一年(ワ)第一三八三五号実用新案権に基づく差止等請求事件
判決
原  告      ヤヨイ化学工業株式会社
右代表者代表取締役    【A】
右訴訟代理人弁護士    島 田 康 男
右補佐人弁理士【B】
被  告         極東産機株式会社
右代表者代表取締役    【C】
右訴訟代理人弁護士    青 柳 昤 子
同            美 勢 克 彦
右補佐人弁理士      【D】
 主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求 
一 被告は、別紙物件目録(「原告の主張」欄)記載の自動壁紙糊付機を製造、
販売してはならない。
 二 被告はその本店、工場、倉庫及び営業所に存するその所有する前項記載の物
件を廃棄せよ。
第二 事案の概要
一 基礎となる事実(いずれも争いがないか後掲の書証により認められる。)
1 原告の実用新案権
 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有してい
る。
(一) 考案の名称
   自動壁紙糊付機
(二) 出願日
   平成四年一月二八日(実願平四ー八四六二号)
(三) 登録日
   平成九年二月一三日
(四) 登録番号
   第二五三四七七〇号
(五) 訂正審判請求日
   平成九年五月二日(平成九年審判第七五一〇号)
(六) 訂正を許可する審決の確定日
   平成一〇年二月四日
(七) 実用新案登録請求の範囲
   本件実用新案権の実用新案登録訂正明細書(以下「本件明細書」とい
う。)の実用新案登録請求の範囲(請求項1)の記載は、本判決添付の実用新案登
録訂正公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(以下同実
用新案登録請求の範囲記載の考案を「本件考案」という。)。
2 本件考案の構成要件の分説
 本件考案の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
  (1) モータにより連動して回転駆動される複数のロールによりシート状壁装
材を所定の経路に沿って移動させつつ、糊桶内の糊を糊付けロールにより前記壁装
材の裏面に連続的に転写塗布する自動壁紙糊付機において、
(2) 前記モータを装荷して前記複数のロールの一端側に取り付けられる駆動
ユニットと、
(3) 前記複数のロールの一端に設置され、前記駆動ユニットを保持する保持
枠と、
(4)該保持枠側又は前記駆動ユニット側に設置された掛止ピンと、
  (5)前記駆動ユニット側又は保持枠側に設置された前記掛止ピンを保持する
掛止溝とを備え、
  (6) 前記駆動ユニットを前記保持枠に取り付ける際に、前記掛止ピンと前記
掛止溝とを互いに係合させた状態で、前記駆動ユニットをその自重で移動する方向
に移動させることにより互いに掛止させるものであり、前記掛止ピンと前記掛止溝
とが互いに掛止される状態で、前記駆動ユニットのモータに装着されたモータギア
と前記複数のロールに連動するロールギアとを噛合させる
  (7) ことを特徴とする自動壁紙糊付機
3 本件考案の訂正の経緯
 本件考案は、登録時の実用新案登録請求の範囲記載の考案が、平成一〇年
二月四日確定の審決により、「これらの訂正は、訂正前の請求項1に、『駆動ユニ
ットを保持枠内に掛止ピンと掛止溝とを掛止させて取り付ける』ための具体的手段
に関する構成要件を直列的に付加するものであるから、請求項の減縮を目的とする
ものである」と認められて、訂正されたものである(乙1。以下「本件訂正」とい
う。)。
 右登録時の実用新案登録請求の範囲(請求項1)記載の考案と本件考案と
を比較すると、別紙「訂正前後の実用新案登録請求の範囲の記載」のとおりである
(甲4、5)。
4 被告の行為
 被告は、別紙物件目録記載の図面に記載された、「Hiーβ VL Se
tUP」という商品名の自動壁紙糊付機(以下「被告製品」という。)を製造、販
売している。
二 原告の請求
 本件は、原告が、被告に対し、被告製品は本件考案の技術的範囲に属するか
ら、それらの製造、販売は本件実用新案権を侵害するとして、その製造、販売の差
止め及び廃棄を請求した事案である。
三 争点
1 被告製品の構成
2 被告製品は本件考案の技術的範囲に属するか。
(一) 被告製品は本件考案の構成要件(3)を充足するか。
(二) 被告製品は本件考案の構成要件(4)を充足するか。
(三) 被告製品は本件考案の構成要件(5)を充足するか。
(四) 被告製品は本件考案の構成要件(6)を充足するか。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(被告製品の構成)について
【原告の主張】
 被告製品の構成は、別紙物件目録記載の「原告の主張」欄記載のとおりであ
る。
【被告の主張】
 被告製品の構成は、別紙物件目録記載の「被告の主張」欄記載のとおりであ
る。
二 争点2(一)(構成要件(3)の充足性)について
【原告の主張】
1 本件考案における「保持枠」とは、駆動ユニットを自動壁紙糊付機に取り
付けるための取付部のことをいうものであって、ロール側の一端側に設置されるも
のであり(別紙実施例図面A中の斜線部分ではなく、同B中の斜線部分がそれに当
たる。)、被告製品における「当接板を備えたフレーム」がこれに該当する。
2 「保持枠」の意義を右のとおり解すべき理由は、次のとおりである。
(一) 本件考案の目的である、駆動ユニットを糊付機本体から着脱可能にし
つつ、装着の際には確実に駆動源の駆動を糊付機本体の駆動系に伝えることを達成
するには、駆動ユニットのモーターに装着されたモータギアと糊付機本体の駆動系
のロールに連動するロールギアとを、安定的に、確実に噛み合わせることが必要で
あるが、そのための手段として、本件考案においては、駆動ユニット側と糊付機本
体側に掛止ピンとそれに対応する掛止溝を設け、この掛止ピンと掛止溝とを互いに
掛止させるという構成を採用したものである。そして、この構成による場合、掛止
ピンと、掛止溝と、噛合される駆動ユニットのモーターに装着されたモーターギア
と、糊付機本体の駆動系のロールに連動するロールギアとの位置関係を一定に保つ
ことが要請される。
(二) ところで、掛止ピンが糊付機本体側に設置される場合を例に採ると、
掛止ピンは、その強度を勘案して、糊付機本体の駆動系のロールを保持するアルミ
板製のフレーム(以下、本体保持フレームという。)に設置することが考えられる
が、ロールに連動するロールギアはロールを保持する本体保持フレームの外側に設
けられている上、ロールギア部分にもサイドフレームと呼ばれるプラスチック製の
カバーが設けられている。したがって、糊付機本体のフレームに設置される掛止ピ
ンは、ロールギアの設置されている空間を突き抜けるだけの長さが要求されるが、
この場合、掛止ピンは、本体保持フレームとの接合部分と、サイドフレームの貫通
部分との二か所で支持されることになる。しかしながら、前述のとおり、本体保持
フレームはアルミ板で構成されているが、サイドフレームはいわゆるカバーであ
り、重量を軽減するためプラスチックで構成されているから、サイドフレームの貫
通部分による掛止ピンの支持力は極めて脆弱であり、掛止ピンを一定の位置関係に
保つためには不十分である。
 この点を解決するために考案されたのが「保持枠」であり、元来は、サ
イドフレームに、アルミ製等の一定以上の強度のある素材の部材を取り付け、掛止
ピンがこの部材を貫通する構成とすれば、掛止ピンは、アルミ板で構成される本体
保持フレームとの接合部、及び、右アルミ製部材の貫通部分の二か所で支持され、
プラスチック製のサイドフレームの支持力の脆弱性を補完し、解消することがで
き、また、それによって、掛止ピンが複数の場合における、複数の掛止ピンの相互
関係(位置関係)を確保することができる。
 そして、右のような目的を達成するためには、サイドフレームと保持枠
とは必ずしも別個独立に存在している必要はなく、サイドフレームと保持枠とが一
体に構成され、全体として保持枠を構成することもできる。また同様に、保持枠
が、本体保持フレームに、安定的に、確実に定着していれば、掛止ピンは必ずしも
本体保持フレームに接合されている必要はない。つまり、「保持枠」のみに接合、
設置されている場合でもよい。
 (三) 他方、掛止ピンの設置場所を駆動ユニット側に移し、これと対応し係
合する掛止溝を保持枠側に設ける場合、駆動ユニットの掛止ピンに対応しこれと係
合する掛止溝は保持枠に設けられることになる。
 この場合、糊付機本体の駆動ユニット取付側に保持枠が必要となるの
は、糊付機の本体側に掛止ピンが設置される場合と同様である。前述のとおり、サ
イドフレームはいわゆるカバーであり、従来は重量を軽減するためプラスチックで
構成されていたから、サイドフレームに駆動ユニットの掛止ピンに対応しこれと係
合する掛止溝を設置しても、モーターを内蔵する駆動ユニットの重量を支えきれ
ず、駆動ユニットを安定的に確実に支持することは困難であった。そこで、サイド
フレームに、アルミ製等の部材(保持枠)を取り付けることによりこの点を解決す
ることになるのである。
(四) 以上からすれば、本件考案における「保持枠」とは、駆動ユニットを
自動壁紙糊付機に取り付けるための取付部のことをいうものと解すべきである。
3 被告代理人は、本件第二回口頭弁論期日において、別紙実施例図面A中の
斜線部分の「縁に当たる部分」が本件考案の「保持枠」であり、この「縁に当たる
部分」で重さ五キログラムから二〇キログラムの駆動ユニットを支えることになる
と主張した。しかし、縁に当たる部分で重さ五キログラムから二〇キログラムの駆
動ユニットを支えることはできないし、本件明細書には、縁に当たる部分で重さ五
キログラムから二〇キログラムもある駆動ユニットを支えることができるようにす
るような、縁に当たる部分についての特別な構成は記載されていないから、被告の
主張は失当である。本件考案においては、「保持枠」に設けられた掛止ピン(又は
掛止溝)と、駆動ユニットに設けられた掛止溝(又は掛止ピン)とを掛止し、その
状態で、駆動ユニットのモータに装着されたモータギアと、本体のロールに連動す
るロールギアとを噛合させることによって、重さ五キログラムから二〇キログラム
に及ぶ駆動ユニットを支えるのであって、縁に当たる部分で重さ五キログラムから
二〇キログラムの駆動ユニットを支えるのではない。
 被告主張の縁に当たる部分は、本件公報記載の実施例図3では「保持枠」
の平面部から突出している(別紙実施例図面A中の斜線部分参照)が、これは保持
枠から突出している掛止ピンを保護する保護フレーム(保護装置)の役割を果たす
もの、また、保持枠に駆動ユニットを取り付ける際のガイドの役割を果たすもので
あり、本件考案の構成要件ではない。
4被告製品の「当接板を備えたフレーム」は、その一部分が金属製の部材で
構成されており、金属製の部材には、駆動ユニット側に設置されたガイド(本件考
案における掛止ピンに該当する。)に対応する長穴(本件考案における掛止溝に該
当する。)が三か所穿設されており、駆動ユニットを糊付機本体に装着する際に
は、右ガイドと右長穴とを係合させるのであるから、「当接板を備えたフレーム」
は本件考案の「保持枠」に該当する。なお、原告が被告製品において本件考案の
「保持枠」に相当すると主張しているのは、別紙物件目録添付の被告製品図面4の
斜線部分である。
【被告の主張】
1 構成要件(3)は「前記複数のロールの一端に設置され、前記駆動ユニットを
保持する保持枠」を具備するというものであるが、「保持」とは「持ちつづける」
ことを意味する語であり、また「枠」とは「まわりをふちどって囲むもの」を意味
する語である(例えば岩波国語辞典等参照)。したがって、「保持枠」とは、まわ
りを縁どる枠によって囲まれた構造物であり、かかる枠体構造によって駆動ユニッ
トをそれ自体で保持(持ちつづける)することができるものであり、かかる「保持
枠」を「複数のロールの一端に設置すること」をその構成内容とするものである。
 そしてかかる構成を具備することによって、本件考案は「モータを保持し
た重い駆動ユニットであっても保持枠が確実に保持することができる」との作用効
果を奏するものである。
2 「保持枠」の意義がこのようなものであることは、本件明細書における以
下の記載等からしても明らかなところである。
(1) 訂正前の明細書の請求項2においては、「前記請求項1に記載の自動壁
紙糊付機において、前記保持枠の上方が開放であり、該上方から前記駆動ユニット
を前記保持枠内に下方に移動させることにより、前記掛止ピンと掛止溝とを掛止さ
せることを特徴とする自動壁紙糊付機」と記載されていた。かかる記載からして
も、請求項1における「保持枠」とは、まわりを縁どる枠によって囲まれた構造物
を意味しており、特に上方は開放とした場合について請求項2としてクレームした
ものであることが明確に示されている。
(2) 訂正後の明細書においても本件考案の作用効果の記載として、「上方が
開放された保持枠に、上方から前記駆動ユニットを前記保持枠内に下方に移動させ
ることにより、前記掛止ピンと掛止溝とを掛止させるものであるため」との記載が
されており、ここでも「保持枠」とはまわりを縁どる枠によって囲まれた構造物を
意味しており、特に「上方が開放された」場合についての作用効果が述べられてい
ることが明らかである。
(3) 唯一の実施例における「保持枠40」は、まさに、上方のみが開放され
三方の周囲は枠体によって囲いこまれた「保持枠」が図示されている。
(4) 本件考案による駆動ユニットを保持枠内に取り付ける場合の唯一の説明
として、本件明細書には、「一方のフレーム側板37には更に上部が解放となった
保持枠40が取りつけられ、その内部には掛止ピン41が突設されている。一方、
保持枠40の内形に合致する嵌合面42を有したコントロールボックス43が本体
部21の一端部に取付けられる」との記載がされており(【0019】)、「コン
トロールボックス43の取付けは、図3の矢印Aに示す通り、嵌合面42を保持枠
40内に当設させる」と記載されている(【0020】)。右のいずれの記載も、
保持枠とは凹状をなしており、コントロールボックス(駆動ユニット)は保持枠内
の内形に合致する嵌合面を有する凸状をなしていることを示している。
 以上の明細書のいずれの記載の点からしても、構成要件(3)とは、まわりを
縁どる枠によって囲まれた構造物であって、駆動ユニットをそれ自体の枠体によっ
て保持することができる「保持枠」を具備することを必須要件とするものである。
3 被告製品は、まわりを縁どる枠によって囲まれた構造物であるところの
「保持枠」をそもそも具備していない。また枠体を有するところの保持枠を具備し
ていないところから、「駆動ユニットを保持する保持枠」との要件をも欠如する。
三 争点2(二)(構成要件(4)の充足性)について
【原告の主張】
 被告製品における「ガイド」は、本件考案の「掛止ピン」に当たる。
【被告の主張】
 構成要件(4)は「該保持枠側又は前記駆動ユニット側に設置された掛止ピン」
を具備することを必須要件とするものである。
 掛止ピンの構成については構成要件(4)には特段の限定は記載されていない。
しかしながら構成要件(6)において、駆動ユニットを自重によって上方から下方にス
ライドさせることにより掛止させ、この掛止される状態においてモータギアとロー
ルギアが噛合する構成とされている。したがって、かかる構成要件(6)を充足する掛
止ピンの構成となっていることが構成要件(4)における必須要件となるものである。
 被告製品は後述するとおり構成要件(6)を充足せず、したがって被告製品の段
差部を有するガイドは構成要件(4)をも充足しない。
四 争点2(三)(構成要件(5)の充足性)について
【原告の主張】
 被告製品の当接板に穿設された「長穴」は、本件考案における「掛止溝」に
当たる。
 なお、被告は本件考案の掛止溝は「上下方向に」穿設されたものでなければ
ならないと主張し、「長穴」がそれに該当しないと主張するが、被告製品の「長
穴」は「上下方向に」穿設されたものと認められるし、そもそも、本件考案には、
「掛止溝は上下方向に穿設する」との記載はないのであるから、被告の被告製品に
おける「長穴」は本件考案の掛止溝に該当しないとの主張は誤りである。
【被告の主張】
 構成要件(5)は「前記駆動ユニット側又は保持枠側に設置された前記掛止ピン
を保持する掛止溝」を具備することを必須要件とするものである。
 枠体で囲まれた保持枠側に設置される掛止溝自体の構成については構成要
件(5)には特段の限定は記載されていない。しかしながら、構成要件(6)が訂正によ
り減縮されて、駆動ユニットを自重によって上方から下方にスライドさせることに
より掛止させるものであり、この掛止される状態においてモータギアとロールギア
とが噛合する構成に限定されたことは、構成要件(6)について後述するとおりであ
る。したがって、かかる構成要件(6)を充足する掛止溝である以上は、構成要件(5)
における掛止溝は、少なくとも、上下方向に穿設された構成であることが必須要件
となるものである。
 被告製品の長孔は、斜め方向に穿設されたものであるから、構成要件(5)を充
足しない。
五 争点2(四)(構成要件(6)の充足性)について
【原告の主張】
 被告製品において、「駆動ユニットを斜め下方向に摺接部に沿ってスライド
させ」る構成は、本件考案の構成要件(6)の「駆動ユニットをその自重で移動する方
向に移動させる」に当たる。移動の方向が「斜め方向」であるからといって、「自
重で移動する方向」ではないとはいえないはずである。また、「その自重で移動す
る方向」を垂直方向であると限定的に解釈することは理由がない。
 また、本件訂正の経緯に照らしても、「自重で移動する方向」が垂直方向に
限定されるものではないことは明らかである。
【被告の主張】
1 構成要件(6)は、「前記駆動ユニットを前記保持枠に取り付ける際に、前記
掛止ピンと前記掛止溝とを互いに係合させた状態で、前記駆動ユニットをその自重
で移動する方向に移動させることにより互いに掛止させるものであり、前記掛止ピ
ンと前記掛止溝とが互いに掛止される状態で、前記駆動ユニットのモータに装着さ
れたモータギアと前記複数のロールに連動するロールギアとを噛合させる」ことを
必須要件とするものである。
 訂正前の構成要件(6)は、「前記駆動ユニットを前記保持枠内に掛止ピンと
掛止溝とを掛止させて取り付ける際に」と記載されており、嵌合面を有する凸状の
駆動ユニットを、枠体で囲まれた凹状の保持枠内に取り付ける構成を必須とするも
のであることが文言上からして明確である。原告は実用新案登録請求の範囲の減縮
を目的とする請求項1の訂正に際して、この「内」の文字を削除したが、減縮を目
的とする訂正である以上、訂正前より技術的範囲が拡張することはあり得ない。し
たがって訂正後の構成要件(6)についても、訂正前と同様に「前記駆動ユニットを前
記保持枠内」すなわち枠体で囲われた保持枠内に取り付けることを必須要件とする
ものと解釈されるべきは当然のことである。
 また構成要件(6)における「前記掛止ピンと前記掛止溝とを互いに係合させ
た状態で、前記駆動ユニットをその自重で移動する方向に移動させることにより互
いに掛止させるものであり」との文言は訂正審判請求により追加されたものである
が、かかる文言の追加は、
① 訂正前の明細書に「上方から前記駆動ユニットを前記保持枠内に下
方に移動させることにより、前記掛止ピンと掛止溝とを掛止させるものであるた
め、モータを保持した重い駆動ユニット(5~10㎏)であっても、下方に移動させ
る掛止操作が駆動ユニットの自重で行うこととなり」と記載されていること
② 訂正前の明細書に「コントロールボックス43の取付けは、図3の
矢印Aに示す通り、嵌合面42を保持枠40内に当設させる。この場合、掛止ピン
41が掛止溝44の下方に係合させるように調節し、上方から下方にスライドさせ
て掛止ピンを掛止溝44の上部に掛止させる」と記載されていること
との二つの点を根拠として、「願書に添付した明細書及び図面に記載された
事項の範囲内」における限定であると訂正審決により認定されたものである。
 したがって構成要件(6)における「自重で移動する方向」とは右当初の願書
の記載の範囲を出るものではなく、すなわち、上方から下方への垂直下方向の移動
を意味するものである。
 また構成要件(6)は、前記駆動ユニットを下方に移動させることにより掛止
ピンと掛止溝とが互いに掛止される状態において、モータギアとロールギアとが噛
合される構成となっていることをも必須の要件とするものである。すなわち、この
要件は、駆動ユニットが自重で下方に移動した状態においてモータギアとロールギ
アとが噛合する構成を、必須要件とするものであることを意味している。
2 被告製品では、そもそも「保持枠」を欠いているから駆動ユニットを保持
枠内に設けることもなく、また被告製品は駆動ユニットを押し込みながら手で斜め
下方向に押し下げ、最下部の長穴の裏に設置された板バネ材に抗して斜め下方向最
下端まで手で押し下げた状態で、板バネ材によってロックされて、安定したロール
ギアとの噛合状態となるのである。
 したがって、被告製品は構成要件(6)を充足しない。
第四 争点に対する当裁判所の判断
一 争点2(一)(構成要件(3)の充足性)について
1 本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載を見ると、構成要件(3)の「保持
枠」は、「複数のロールの一端側に設置され」るもので「駆動ユニットを保持す
る」ものとされているほか、掛止ピン又は掛止溝が「保持枠」側に設けられること
(構成要件(4)(5))、駆動ユニットを保持枠に取り付ける際には「前記掛止ピンと
前記掛止溝とを互いに係合させた状態で、前記駆動ユニットをその自重で移動する
方向に移動させることにより互いに掛止させるものであり」とされているが、実用
新案登録請求の範囲の記載だけでは、保持枠が具体的にどのような構成によって駆
動ユニットを保持するのか明確でなく、本件考案の「保持枠」の意義が明らかとは
いえない。
2 そこで、本件明細書の実用新案登録請求の範囲以外の記載を斟酌して検討
する。
(一) 甲5によれば、本件明細書には、保持枠について、次の記載があるこ
とが認められる。
(1) 考案が解決しようとする課題
 本考案は、制御系及び駆動源を自動糊付機本体から着脱可能であり、
特に簡単な操作で着脱可能であり、装着の際には確実に駆動源の駆動を駆動系に伝
えることのできる自動壁紙糊付機を得ることを目的とする。(【0005】)
(2) 作用
ア モータを保持した重い駆動ユニットであっても保持枠が確実に保持
することができる。(【0009】)
イ 加えて、上方が開放された保持枠に、上方から前記駆動ユニットを
前記保持枠内に下方に移動させることにより、前記掛止ピンと掛止溝とを掛止させ
るものであるため、モータを保持した重い駆動ユニット(5~10kg)であって
も、下方に移動させる掛止操作が駆動ユニットの自重で行うこととなり、簡単な操
作で着脱可能となる。(【0010】)
(3) 実施例
ア 図3に示す通り、本体部21およびその本体上部カバー35はそれ
ぞれ内部に左右の軸受板としての一対ずつのエンジニアリングプラスチック製のフ
レーム側板37を有している。一方のフレーム側板37には更に上部が解放(注:
「開放」の誤記と認める。以下同じ。)となった保持枠40が取りつけられ、その
内部には掛止ピン41が突設されている。一方、保持枠40の内形に合致する嵌合
面42を有したコントロールボックス43が本体部21の一端部に取り付けられ
る。保持枠40の掛止ピン41と係合する掛止溝44が上下方向に穿設されてい
る。(【0019】)
イ コントロールボックス43の取付けは、図3の矢印Aに示す通り、
嵌合面42を保持枠40内に当設(注:当接の誤記と認める。以下同じ。)させ
る。この場合、掛止ピン41が掛止溝44の下方に係合させるように調節し、上方
から下方にスライドさせて掛止ピンを掛止溝44の上部に掛止させる。(【002
0】)
(4) 効果
 (2)に同じ。(【0024】【0025】)
(二) 本件考案は、駆動ユニットを糊付機本体に着脱可能とした自動壁紙糊
付機の考案であり、考案の目的は、前記(一)(1)のとおりと認められるところ、乙3
によれば、モーターを組み込んだ操作盤(本件考案の駆動ユニット、実施例のコン
トロールボックスに相当する。)を糊付機本体から分離可能とした自動壁紙糊付機
の構成が本件考案の出願前に公知であったことが認められる。右事実によれば、本
件考案は、駆動ユニットと本体部とが「簡単な操作で」着脱可能であり、装着の際
には駆動源の駆動を駆動系に「確実に」伝えることができるようにした自動壁紙糊
付機を提供したことに特徴があるというべきであり、「保持枠」が本件考案に特有
の作用効果を奏するための枢要な構成の一つであることは、前記(一)(2)、(4)に示
した本件明細書の記載から明らかである。
 そこで、本件明細書の右記載及び図面に基づいて、本件考案の「保持
枠」の意義を具体的に検討すると、本件考案においては、駆動ユニットを自動糊付
機本体に取り付けるための構成として、掛止ピンと掛止溝が係合する構成が採用さ
れていることは右の本件明細書の記載から認められる。しかし、掛止ピンと掛止溝
の係合による駆動ユニットの取付けは、あくまで右の両部材による取付けであっ
て、駆動ユニットを「保持枠が確実に保持する」(前記(一)(2)ア)ものではない。
確かに掛止ピンが駆動ユニット側に設けられ、掛止溝が保持枠側に設けられた場合
には、両者の係合によって、保持枠が駆動ユニットを保持していると解する余地も
あるが、掛止ピンが保持枠側に設けられ、掛止溝が駆動ユニット側に設けられた実
施例のような場合には、両者の係合をもって、保持枠が駆動ユニットを保持してい
ると解することはできない。したがって、本件考案における保持枠による駆動ユニ
ットの保持は、掛止ピンと掛止溝の係合によるものとは別の構成によって実現され
ているものと解すべきである。
 しかるところ、本件明細書において、係合ピンと係合溝との係合とは別
に、保持枠が駆動ユニットを保持する具体的構成について記載されていると考えら
れるのは、実施例における、「(上部が開放となった)保持枠40の内形に合致す
る嵌合面42を有したコントロールボックス43が本体部21の一端部に取り付け
られる」(前記(一)(3)ア)との記載と、図3において、保持枠40にコントロール
ボックス43(これが駆動ユニットに相当する。)の本体側部が前後及び底面の三
面中に内嵌するような凸状の縁が設けられていることが示されている記載のみであ
る。そうすると、構成要件(3)における「保持枠」は、このように、駆動ユニットの
本体側部が前後及び底面の三面中に内嵌するような凸状の縁が設けられている構造
によって、駆動ユニットを保持するものであると解するのが相当である(なお、こ
のような解釈は、本件明細書の実施例における「保持枠」が、別紙実施例図面A及
びBのいずれの斜線部の部材であるかにかかわらず妥当するものである。)。
3 次に、本件訂正の経緯に基づいて検討すると、本件訂正の経緯は前記基礎
となる事実に記載のとおりであり、右訂正は、「請求項の減縮を目的とするもので
ある」と認められて、訂正が許されたものである。
 ところで、別紙「訂正前後の実用新案登録請求の範囲の記載」によれば、
構成要件(6)の記載のうち、駆動ユニットを取り付ける場所について、訂正前の記載
では「保持枠内に…取り付ける」とされていたものが、訂正後は「保持枠に取り付
ける」とされたことが認められる。そして、この訂正前後の記載の相違を文字通り
に解すれば、訂正前には、少なくとも駆動ユニットの一部が保持枠の内部に入り込
んで取り付けられることが必要であったものが、訂正後には、そのような必要がな
いことになるが、このように解する場合には、本件訂正が請求項の減縮を目的とす
るものであるとの前提に反することになる。
 また、前記2(一)(2)イ及び(4)の各記載では、訂正後の明細書において
も、「駆動ユニットを前記保持枠内に下方に移動させる」と記載されている。
 そうとすれば、本件考案における「保持枠」は、本件訂正による前記のよ
うな文言の相違にかかわらず、少なくとも駆動ユニットの一部を収容する内部空間
を有する構成を有するものであることが必要であると解するのが相当である。
 しかるところ、右のような構成について、本件明細書中で開示されている
のは、前記2(一)(3)イの「コントロールボックス43の取付けは、図3の矢印Aに
示す通り、嵌合面42を保持枠40内に当接させる」との記載、及び図3におい
て、保持枠40にコントロールボックス43(これが駆動ユニットに相当する。)
の本体側部が前後及び底面の三面中に内嵌するような凸状の縁が設けられているこ
とが記載されているのみである。
 したがって、右の観点からも、構成要件(3)における「保持枠」は、駆動ユ
ニットの本体側部が前後及び底面の三面中に内嵌するような凸状の縁が設けられて
いる必要があると解するのが相当である。
 「保持枠」の意義を右のように解することは、被告が主張するように、一
般に「まわりをふちどって囲むもの」との語義もある「枠」という語を含む「保持
枠」という用語から理解される一般的な意味にも合致するものである。
4 これに対し原告は、①本件考案で駆動ユニットを支えているのは、係合ピ
ンと係合溝との係合及びモータギアとロールギアとの噛合によるものであり、保持
枠は掛止ピンや掛止溝の支持力を強化するためのものであり、②右のような凸状の
縁では駆動ユニットを支えることはできず、③右凸条の縁は掛止ピンを保護する保
護フレームにすぎないと主張する。
 しかし、右①のような保持枠の機能や③のような凸条の縁の機能は本件明
細書には記載されておらず、かえって、実用新案登録請求の範囲では、保持枠は
「駆動ユニットを保持する」とされ、また、作用及び効果の記載では、「重い駆動
ユニットであっても保持枠が確実に保持することができる。」とされて、保持枠が
直接駆動ユニットを保持するものとされているのであるから、原告の右主張①③は
採用できない。
 また、原告の右主張②については、保持枠による保持は、掛止ピンと掛止
溝の係合と共に行われるものであるから、それのみで駆動ユニットを保持する必要
はないと解される上、保持枠が直接に駆動ユニットを保持する構成として本件明細
書中で開示されているのが前記凸状の縁以外に存しない以上、本件発明における
「保持枠」は、右の凸状の縁を具備することを要すると解する以外にないというべ
きである。
5 しかるところ、被告製品の構成については、争点1のとおり争いがある
が、被告製品における「当接板を備えたフレーム」(別紙物件目録中の被告製品図
面4の斜線部分)に駆動ユニットの本体側部が前後及び底面の三面中に内嵌するよ
うな凸状の縁が設けられていないことは争いがない。
 したがって、被告製品は、本件発明の構成要件(3)の「保持枠」を充足しな
い。
二 以上によれば、被告製品は本件考案の技術的範囲に属しないものというべき
であるから、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、
主文のとおり判決する。
 (平成一二年六月九日口頭弁論終結)
    大阪地方裁判所第二一民事部
  
      裁判長裁判官    小   松   一   雄
   裁判官    高   松   宏   之
   裁判官    安   永   武   央
(別紙)物件目録 
  被告製品図面1  被告製品図面2  被告製品図面3  被告製品図面4
(別紙)訂正前後の実用新案登録請求の範囲の記載 
実施例図案A  実施例図案B

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