弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人石橋重太郎の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四
〇五条の上告理由にあたらない。
 しかし、職権で調査すると、原判決は、以下に述べるとおり、同法四一一条一号
により破棄を免れない。
 記録によれば、被告人は、殺人の犯罪事実があるとして起訴されたのであるが、
第一審裁判所は、殺意の存在を認めず、被告人に対し傷害致死の犯罪事実を認定し、
刑法二〇五条一項を適用して被告人を懲役三年執行猶予三年に処したところ、検察
官からの控訴に基づき、原審は、第一審判決が殺意を認めず、傷害致死の事実を認
定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認であるとしてこれを破棄
したうえ、なんらみずから右殺意の点に関する事実の取調をしないまま、刑訴法四
〇〇条但書による自判として、実質上、第一審で取り調べた証拠のみに基づき、「
被告人は、……憤慨のあまり、同人が死ぬかも知れないこと(を)予見しながら、
あえて右短刀をもつて同人の左胸部を目掛けて続けざまに、力をこめて二回突き刺
し……殺害したものである。」との未必の殺意による殺害の事実を認定し、被告人
の所為を殺人罪として刑法一九九条を適用し、結局、被告人を懲役二年六月に処し
たことが明らかである。なお、原判決の右自判部分中証拠の標目欄には、「原判決
の証拠の標目欄に列挙せる各証拠(但し押収してある刺身包丁一本とあるは押収し
てある短刀一振と訂正する)をここに引用するほか、当審検証調書」との記載があ
るが、右兇器につき、原審で特段の事実の取調がなされた形跡は記録上認められず、
右検証も、単に犯行現場の状況に関するものであつて、本件の事実関係に照らし、
殺意に関する事実の取調とはなしがたい。また、原判決は、その(五)において、
「以上の認定を総合すれば、……未必的な殺意を是認し得べく、これと相容れない
被告人の……当審における供述部分は措信しがたく、云々」と判示しているが、記
録によれば、被告人の原審における供述中に、右判示に照応すると認められるもの
は存しない。その他、原審の行なつた事実の取調には、殺意の点に関すると認めら
れるものは全く見当たらないのである。
 このように、殺人の公訴事実について、第一審が殺意の存在を認めず、傷害致死
の犯罪事実を認定したのに対し、控訴審が、みずから殺意の点に関する事実の取調
をすることなく、実質上、第一審で取り調べた証拠のみに基づいて未必の殺意を認
定し、殺人罪として処断することは、刑訴法四〇〇条但書の解釈上許されないとこ
ろである(昭和二六年(あ)第二四三六号同三一年七月一八日大法廷判決、刑集一
〇巻七号一一四七頁。昭和四一年(あ)第一一七二号同年一二月二二日第一小法廷
判、刑集二〇巻一〇号一二三三頁。昭和三一年(あ)第四四七八号同三四年五月二
二日第二小法廷判決、刑集一三巻五号七七三頁。)から、この点において原判決は
違法であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 よつて 刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり判決する。
 検察官臼井滋夫 公判出席
  昭和四五年一二月二二日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    関   根   小   郷

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