弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
被告人を懲役2年2か月に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
訴訟費用中,証人Hに支給した分のうち2分の1を被告人の負担とする。
       理    由
(犯罪事実)
 被告人は,指定暴力団五代目A組B会C組若頭補佐であるが,以前C組組長Dが
神戸市a区b町c丁目d番e号(不動産登記簿上の所在,同市同区b町c丁目d番
地のe,23,25)所在のf階のパチンコ店『E』(有限会社F経営)の当時の
店長Gに対して暗にみかじめ料の要求をしたがこれを断られたことに報復しよう等
と企て,同組組員H,同人の弟分であるI及び分離前の相被告人C組若頭Jと共謀
のうえ,平成11年8月13日午前5時15分ころ,上記Iが普通貨物自動車を運
転し,上記パチンコ店『E』付近路上から同車を同店に向けて後退させて同車荷台
後部を同店南側シャッターに2回衝突させ,同シャッター及び同店ガラスドア等を
破壊し(損害額1415万円相当),もって,同店が入居している,K株式会社
(代表取締役L)所有の前記建造物を損壊した。
(証拠)
(括弧内の検で始まる番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を
示す。)
 省略
(補足説明)
 弁護人は,被告人は判示犯行(以下「本件犯行」ともいう。)の実行行為をして
いないことはもちろん,被告人には本件犯行につき判示H,同I及び分離前の相被
告人Jとの間に共謀もしていないとして無罪を主張し,被告人も,捜査段階から公
判段階当初まで本件犯行を争い,第3回公判期日において基本的に公訴事実を認め
る旨陳述したがその後第6回公判期日で再び否認するに至っている。そこで,当裁
判所が公訴事実同様の事実を認定した理由を簡略に示す〔括弧内の検で始まる番号
は,証拠等関係カードにおける検察官請求証拠をその番号で示したもの(検118
ないし121については採用部分)である。〕。
第1 前提事実
1 証拠によれば,以下の各事実が容易に認められるといえ,これらの事実につ
いては被告人も特に争っていない。
(一) 被告人は,平成8年8月ころ,神戸市a区f町g丁目h番i号に事務所
がある暴力団C組の構成員となり,本件犯行当時はその若頭補佐であった(被告人
の公判供述,検66ないし68)。
 C組は,本件犯行当時,組長をDとして約15名から構成され,前述のと
おり被告人がその若頭補佐であったほか,Jが若頭,Hがその若中(役職のない構
成員)であった。C組の上部団体は暴力団B会であり,被告人は平成11年7月は
じめころB会の直参扱い若中(準構成員の模様である。)となった。一方,被告人
は,C組の傘下組織として,鹿児島市内に自己が組長をする暴力団M会の事務所を
置いてもいる〔第13回公判調書と一体となる被告人の供述調書32ページ(以
下,「被告人第13回32ページ」と略称。以下証人を含む他の者についても同
様。),検32,66ないし68等〕。
 C組では,月1回定例会があるほか,事務所当番があり,鹿児島市内に住
居がある被告人も定例会に出席したりひと月に1回程度事務所当番をしたりはして
いた。なお,被告人は,これとは別に,M会の構成員1名を常時C組の当番員とし
て派遣していた(被告人第13回18ページ,第24回36,37ページ,J第7
回7ページ,検66等)。
 また,被告人は,本件犯行があった当時,鹿児島市内にクラブ等3軒の飲
食店を所有し,相当の利益をあげており,同業者間で被告人の店舗が最も稼ぐ存在
であった(被告人第24回26ページ,検65等)。
(二) 判示のパチンコ店『E』は,平成9年12月17日,判示場所において
営業を開始したパチンコ店である(検22,24,27,28等)。EはC組事務
所とは徒歩で1ないし3分の近距離にある(H第8回55ページ,N第12回9ペ
ージ,11ページ,検2)。
 Dは,Eからみかじめ料が得られると期待していたが,Eから連絡がない
として,平成10年1月初め,息子でC組若中(構成員)のOに連絡をとらせて判
示Gと会い,同人に対し暗にみかじめ料の要求をしたが,Gはこれを断り,以後E
側がC組ないしDにみかじめ料を支払うことはなかった(検23,24,28,2
9,32)。
(三) 被告人は,本件犯行当時も鹿児島市内に住んでいたが,C組の事務所当
番をするため,本件犯行の前日ないし前々日(検70)にC組事務所に来ており,
本件犯行の前日から当日の早朝にかけ,J及びH(以下「Jら2名」という。)等
の者と飲食をともにした(被告人第13回8ないし12ページ等。どこに行ったか
については争いがある。)。
(四) 被告人は,本件犯行当日の午後,Hに5万円を手渡した(被告人第13
回23ないし24ページ,H第3回30ページ,J第6回37ページ等)。
 また,被告人は,本件犯行の約1か月半後である平成11年9月27日,
Jの妻の郵便貯金口座に12万5000円を振り込み,Jは,当日,これを引き出
した。ついで,Jは,同日,前記妻の口座に15万円を入金し,これをHの前記口
座に送金した(被告人第13回27ページ,H第3回35ないし42ページ,J第
7回3ページ。検46,47,49。)。
 さらに,Hの前記口座には,同月30日,Oから10万円が振り込まれた
(H第3回42,43ページ,検46,47,49)。
(五) Hは,平成11年9月30日ころ,当時住んでいたマンションから転出
した(H第3回45ページ,検50)。
2 次に,関係証拠によれば,Eに判示普通貨物自動車(2トントラック,以下
「本件トラック」という。)を衝突させたのはHの子分ないし弟分格というべきI
であり,これは直接的には判示犯行現場(以下「本件現場」という。)でHに命じ
られてのものであることが認められる。この点,Iは本件犯行を否定しているが,
本件トラックからHとIの指掌紋が検出されていること(検14),Iが本件トラ
ックをレンタカー店で借りた事実及びそのとき及びその後レンタカー会社担当者か
ら連絡を受けた際のIの言動(検33,36),HとIの関係(H第2回8ないし
10ページ,25ないし35ページ,検63等),目撃者の供述内容(検16ない
し20,51)等に加え,Hの供述内容にも照らすと,Iが本件犯行についての実
行犯であることには疑う余地がない。
 なお,本件では,被告人はJら2名とともにいわゆる共謀共同正犯としての
責任を追及されているところ,IはHの弟分であって,被告人やJが直接本件犯行
をIと共謀した事実は認められず,また,Hは本件犯行当時Iとともに本件現場に
いたものの,Jは当時同現場には来ておらず,被告人についても,途中で同現場付
近に来たかについて大きな争いがあるものの,Hとともに同現場に赴いた等の事実
が認められるわけではない。しかし,Jら2名と被告人との間に本件犯行について
の共謀があり,その後HとIの間に同様の共謀が成立すれば,IとJ及び被告人の
間にはいわゆる順次共謀が認められることとなるから,Jや被告人がIと直接共謀
していなくても犯罪の成否には影響がない。
第2 そこで,以下,本件の中心的争点である,Jら2名と被告人との共謀を中心
に検討を進める。
1 はじめに
(一) Hは,被告人との共謀を裏付けるようなこととして,①本件犯行前日
(から当日早朝)にJと被告人との3名でいきつけの飲食店『P』等で飲酒した際
本件についての共謀をしたというべき事実があった旨,②HはIに命じて2度Eに
本件トラックを衝突させているところ,被告人が2度目の衝突(犯行)の前に本件
現場付近に来て本件トラックを再度Eに衝突させるような指示を手振りで行ったこ
と,③犯行後被告人が本件犯行の報酬をくれたこと,等の事実があった旨の供述を
している。
 これに対し,被告人は,前述のとおり,いったん本件犯行を基本的に自白
した時期もあるが,現在Jら2名との共謀を否定し,①については,本件犯行前日
Jら2名等の者と飲酒したことはあるが,自分は『P』には行っていないとし,②
については,HとIが本件犯行をした当時同所に行ったりそこでHが供述するよう
な指示をしてもいないとし,③については,Hの本件犯行後同人に金銭を渡したり
したことはあるがこれは本件犯行の報酬ではないと供述している。
 Jは,被告人同様,公判段階初期まで本件犯行を否認した後,第3回公判
期日において基本的に本件を自白するに至り,さらに同人はその後も自白を維持し
たが,被告人との共謀についてはその後もある程度否定的供述をし,①『P』に被
告人が来たことはH供述のとおりであるがそこではHが言うような本件犯行の共謀
はなかったとし,②③についてはほぼ被告人と同様の供述をしている。
(二) 当裁判所は,このうち,②の本件現場での被告人の指示についてのHの
供述には十分な信用性が認められず,被告人が本件犯行当時本件現場に赴いたこと
の立証はないと考えた。しかし,それでも,①の『P』での共謀及び③の報酬支払
についてのHの供述には信用性があり,同人の供述等関係証拠からは,これらの点
についてはおおむねHの供述のような事実が認められ,これら認定事実等からは被
告人が本件犯行前に同犯行について資金面で協力する旨の了解をしていた事実が認
定され,この事実や資金協力の重要性に加え,被告人の地位等にかんがみ,被告人
については単なる幇助犯ではなく共謀共同正犯が成立すると判断した。
2 H供述の概要(一貫している供述を中心とする)
(1) Hは,平成11年7月ころ,D,J,Oと共に鹿児島市にいるM会幹部に
会いに行ったが,その帰りの車内でJから「Eのできが悪いんや。」などと聞いた
(H第2回48ないし54ページ)。
(2) Hは,同年8月はじめころ,Jと共に姫路方面に行ったが,その際,J
に,自分(H)が近く無免許運転で服役しなければならないかもしれない旨述べ
た。すると,Jは,「どうせ行くんやったら組のことでいかんかい。」「Eのでき
が悪いから,トラックで突っ込め」等と言った(H第2回57ページ,第6回5ペ
ージ。なお,Hは当時実際に無免許運転罪で服役する可能性が強かった。H第2回
59ページ,検102)。
(3) Hは,本件犯行の3日前の平成11年8月10日ころ,C組事務所で,J
から,「Eにヤカラ(嫌がらせ)を言うてこい。」などと言われたが,Eに行くふ
りをしたものの何もしなかった(H第2回65ないし67ページ)。
(4) その後,本件犯行までの間,HはJの家に行き,その際Jの母から家を改
造するので荷物を運んで欲しいと引っ越しの手伝いを依頼されたことがあった。ま
た,Hは,このころ,レンタカー会社から自動車(車種キューブ,以下「キュー
ブ」という。)を借りた。
(5) Hは,同月12日昼頃,Jからの電話で同人から「トラックを借りてく
れ。」と言われ,金がないと言ったところC組事務所に来いと言われた(H第2回
74ページ)。
 そこで,Hは同組事務所に行ったが,そこにはJと一緒に被告人もいた。
Hが「レンタカー代を下さい。」等と言うと,Jは被告人に「出しとってくれ。」
と言い,被告人はHに「なんぼいるの。」と尋ね,Hが3万円というと「高いの
う。」と言いながらも3万円をHに渡した(H第2回77ページ)。
 さらに,Hは,その際,被告人から,「今晩一緒に飲みに行く。『P』に
予約を入れている。7時か8時までにトラックを持って事務所に来い。」等と命じ
れられた(H第2回82ページ)。
 Hは,遅くともこのころまでに,Jが単に引っ越しのためでなくEに突っ
込ませるトラックを借りさせるのではないかと感じ取った(H第2回83ペー
ジ)。
(6) Hは,その後Iとレンタカーを見に行き,Iに本件トラックを借りさせた
(H第2回84ないし86ページ)。
(7) Hは,その夜,C組事務所近くに本件トラックを停めてC組事務所に行
き,本件トラックのキー(鍵)をJに渡した(H第2回91ないし94ページ)。
 その後,Hは,J及び被告人と『P』に行き,カウンターに,Jと被告人
に挟まれ真ん中に座るように腰掛けた。Jは,『P』で,Hに,「服役中も金を出
してやる。」「毎月15万で,自分(J)から5万,Q(被告人)から5万,事務
所から5万を出す。」旨話した。Hは,JがEにトラックで突っ込めばその後金を
払うという趣旨を述べていると感じ取った。なお,被告人は『P』では特段発言し
なかった。Hは,その後,Jや被告人と2,3軒のスナックに行き,この間,Oや
他の暴力団員とも会った。この間,Hは,Jに対し,自分が本件トラックでEに突
っ込む旨述べた(H第2回94ないし106ページ,検119)
(8) Hはその後Jや被告人とともにC組事務所近くまで戻ったが,Jに本件ト
ラックの鍵を渡すように言ったところJが「もうええ。」等と返事をしたので,真
意を試されていると思いJに「もういいですからキー貸してください。」等と言っ
てJから本件トラックの鍵を受け取り,被告人やJと別れた(H第2回113ない
し116ページ)。
(9) Hは,その後,本件トラックのところに行き,あらかじめ呼んでいたIと
合流した。Hは,その上で,本件犯行を決行することとし,Iと朝食をとった後C
組事務所に電話し,電話に出た相手方に「今から行きます。」と本件犯行を決行す
る旨伝え,これに対し相手方は「分かりました。」と答えた。この相手方は被告人
と思う(H第2回117ないし121ページ,第13回1ないし5ページ,なお検
119)。
 Hは,その後Iとともに判示日時ころ本件犯行に及んだが,その際,H
は,まず,Iに本件トラックを運転させた上,これをEの南側シャッター部分にバ
ックで1回衝突させ,本件トラックをそのままにして,Iとともに,別に用意して
来ていたキューブに乗車していったん逃走した。
 しかし,その後Hが本件現場の様子をみようとキューブに乗ってE南側付
近に戻ったところ,被告人がE南東角付近に立ってEの方を指さしもう一度本件ト
ラックを同シャッターに衝突させるよう指示するしぐさをした。Hはこれを見て自
分でも前記シャッターのへこみが少ないと感じたので,Iに指示してもう一度本件
トラックをバックで前記シャッターに衝突させ,Iと二人でキューブに乗って逃走
した。その際,自分もIも被告人と会話してはいない(なお,Iから被告人のこと
を尋ねられたこともなかった。H第3回16ないし22ページ,65ページ,第8
回1,2ページ,41ページ,57ないし59ページ)。
(10) その後,Hは,C組事務所に電話し,電話に出た者に「今行ってきまし
た。兄貴に連絡しといてくれ。」などと告げ,電話の相手から「頭が警察に連絡し
とけとのことです。」とJの指示を伝え聞いたので,兵庫県a警察署に自損事故を
起こした旨連絡した(H第3回47ないし49ページ)。
(11) Hは,その後本件犯行当日夕方,本件犯行の謝礼の一部をもらうためJ
と待ち合わせをしてC組事務所付近の喫茶店前に行ったところ,被告人が来て5万
円をくれた上「後のことは心配しないように。」などと言った(H第3回31ない
し33ページ)。
(12) Hは,同年9月18日ころ,Jの家で,Jに対し本件犯行の報酬を要求
しようと考えたが,直接報酬を要求することはできないので,家賃を滞納している
等と言って暗に報酬を要求した。すると,Jは,直ちに被告人に電話し,Hに金を
渡すように言ってくれた(H第3回38ないし42ページ)。
 その後,Hの貯金口座に,Jの妻名義で15万円の入金があった(H第3
回35ないし37ページ,42ページ。)。そこで,Hは被告人に礼の電話をした
(検119)。
(13) Hは平成11年11月ころ本件についての取り調べを受け,その際は事
故である旨話した。その後Hは前記無免許運転により服役したが,服役中である平
成12年4月初めころ本件での取り調べを受け,当初は事故と述べたがその後自白
した(H第8回4ないし7ページ)。
3 本件現場に被告人が来たかについて
 (一) H供述の概要等
 HはIに命じて2度Eに本件トラックを衝突させており,その間が約5分
であったことは目撃者の供述等から明らかであるところ,Hは,被告人が2度目の
衝突(犯行)の前に犯行現場付近に来て本件トラックを再度Eに衝突させるような
指示を手振りで行った(以下「被告人の指示」等ともいう。)と供述し,これは捜
査官から被告人が現場にいたことを目撃した者がいると言われたことをきっかけ
に,単に本件現場に被告人がいたことだけでなく再突入の指示があったことまで思
い出した旨述べている(H第8回9ページ以下)。
 (二) 検討
(1) 被告人の指示を窺わせる事情等(なお,この点は,後述する事前共謀へ
の参加,事後の報酬支払の点におけるHの供述の信用性判断にも関連するので,あ
る程度詳細に述べることとした。)
ア まず,Hにおいて,被告人が現場に来て指示したという内容の虚偽を
述べる積極的理由は,Hが自己あるいはJの刑事責任を軽減するか,被告人に対す
る恨みを晴らす等の理由程度しか考えられない。しかし,被告人に責任を転嫁する
つもりであれば,後述する『P』での共謀などについてもより被告人の関与を強調
する供述をなしうるはずであり,そもそもH自身も述べるように(H第8回9ペー
ジ,13ページ等),本件の経緯からみて(後記6も参照)Hが被告人に対して強
い恨みを持つとは考え難い。
 さらに,Jは,C組事務所2階にいたときにHから同人が本件犯行を
行った旨(明示的にか黙示的にかはともかく)連絡を受け,事務所1階にいた者に
『Hが事故したらしい』『ちょっと行って,見てきてくれ』等と言った旨(J第4
回55ページ,第6回33,34ページ)及びその際事務所1階に被告人がいた旨
(J第4回56ないし58ページ,第6回34,35ページ)供述するが,まず,
C組若頭であるJが一度見てこいと指示したとすれば同組の誰かが本件現場に行っ
た可能性が生じ,一方,Hにおいて,被告人以外の者が本件現場に来たのにこれが
被告人であると虚偽を述べる理由はさらにない(なお,『事故したらしいから見て
こい』というだけでEに行けという指示と分かるのは,HがEへの報復ないし示威
行動をすることがC組組員の中で知れ渡っていたか,Jにおいてこれを予想できる
人物に対し特に本件現場に行くことを指示したかのどちらかであろうが,後者とす
れば,後述のようにJからEに嫌がらせをするよう命じられたことがあり,本件犯
行前日Hらと行動を共にしていた被告人に対する指示という可能性はさらに高くな
る。そして,Jのこの供述はHのそれとさほど食い違っていない。)

イ 弁護人は,Hが捜査官の誤導により被告人が現場に来たかのような虚
偽の供述をした可能性が高いとするが,まず一般論の部分は採用し難い。
ⅰ 第1に,弁護人は,捜査側は被告人が資金面で関与していると思わ
れたのでHを執拗に追及し,同人の迎合を得て本件現場での指示をはじめとする被
告人の関与を肯定する供述を引き出したように主張する。
 しかし,Hや本件の捜査をした警察官Nの供述等によれば,Hが被
告人の関与を供述しだしたのは平成12年4月10日ころのことであり(H第8回
54ページ,N第10回11,12ページ),本件現場での被告人の指示を供述し
たのは同月21日ころのことである(N第11回30ないし34ページ))。とこ
ろが,証拠(検47添付の郵便局の捜査照会回答書は同年5月19日付けである
し,それをさらに報告書化した検47は同年6月7日付けである。)によれば,捜
査側が被告人からJないしHへの金銭の流れを捜査していたのはこれより後である
同年5,6月のことと認められる(なお,この段階で捜査側がC組内で被告人のみ
が多額の収入を得ている等,被告人が関与している以上被告人以外に資金協力をす
る者がないと考えたであろうことを裏付けるような事情もない。)。とすれば,捜
査側は,Hが被告人の関与を供述した後にこれを裏付ける資料として被告人からJ
らへの金銭の流れを発見でき,そのためHの前記平成12年4月10日ないし21
日ころ以降の供述が裏付けられたと考えるのが自然である。
 いずれにせよ,捜査側には弁護人の主張するHへの執拗な追及の前
提がなかったこととなる。
 なお,そうすると,Hの公判供述中,捜査官の追及を受けた結果被
告人の指示を思い出したという部分(例えばH第8回45ないし49ページ)も信
用できないこととなる。
ⅱ 次に,Hの立場を考えると,被告人という関与者を増やせばそれだ
け自己の責任が軽減されるような立場であるかのようにも考えられる。
 しかし,Hは,既に,自分の親分ないし兄貴分でC組若頭であるJ
から本件犯行をそそのかされたように供述しているのであり,これに加えて被告人
が関与していたことを供述してもその責任がさらに大きく軽減されるとは考えられ
ない立場にある。そうすると,Hには後に虚偽であると発覚するおそれのあること
を述べる動機は生じ難いと言うべきである。
 加えて,逆に,本件犯行への被告人の関与が明らかになれば,本件
犯行がC組全体の組織的犯行という色彩の強いものと思われやすくなり,そのよう
な組織的犯行の事案では関与者の責任は組織とは関係の乏しい犯行に比べ相当程度
重くなるといえる。とすれば,Hは被告人の関与を供述することによってかえって
自己に不利な結果を招きかねないのであるから,安易に捜査官に迎合するとは思わ
れない。なお,捜査官がHに対し具体的な利益誘導をしたことを窺わせる証拠もな
い。
ⅲ さらに,Nら捜査官の立場を考えると,Hが犯行前日にⅱでみたよ
うな立場のJとも飲酒していた疑いが生じた段階や犯行に使用した本件トラックに
関しJの不自然な関与が疑われた段階(平成11年11月5日ころ。N第10回3
ページ,第11回7ページ等)では,本件がHが供述するような事故ではなく,C
組上層部の者が関与した建造物損壊事案であるという疑いをもってこれを裏付ける
証拠がないか検討していたであろうし,犯行の全貌を明らかにする必要は当然あっ
たとしても,あえてJの格下である被告人の関与をことさら重要視するとまでは思
えない。とすれば,捜査官側が虚偽を述べてまでHに被告人の関与を供述させる必
要性は高くないと思われる。特に,犯行直後被告人がEのシャッターの下から内部
を覗いていたのを目撃した者がいる(H第3回79ページ)等と具体的に虚構を述
べて追及すれば,Hが被告人が来ていないと知っているならば,逆にHからその者
の名を教えろ等といわれたり,Hに弁護人が付された場合弁護人から捜査方法の問
題を追及される恐れも十分にある。このような危険な取り調べをすることに匹敵す
る利点(メリット)が捜査官にあったとも考えられない。
ⅳ 一方,捜査官はそのころ目撃者がいたことを察知していたから,自
己の関与を否定するHに目撃者がいることを前提とした追及をしていたことは容易
に予想される(N第10回8,9ページによれば,Nは平成11年12月ころには
目撃供述を得ており,また平成12年4月11日にHを取り調べ,事故を主張する
Hに対し他の証拠をつきつけて追及している。)。
ⅴ しかも,捜査官の追及があったとするHの公判供述もそれ自体あい
まいで不合理な点を多く含むものである。たとえば,Hは,被告人の写真を示され
てその関与を追及されたという(H第3回80ないし82ページ)が,これは被告
人の顔を知っているHに対する追及の仕方としていかにも不自然である。
 そして,Hの立場を考えると,同人は金銭面ではむしろ被告人に恩
義を感じる立場にあったというべきであるから,被告人の面前ではたとえ真実であ
っても被告人に不利なことを話しづらいことは明らかであり,被告人(やJ)より
先に被告人(やJ)の関与を供述してしまった理由として,自分(H)の本件犯行
についての捜査官からの追及方法を被告人の関与に関する追及等にすり替え,捜査
官に誘導されて思い出したと公判廷で虚偽の弁解をしてしまう動機は十分である。
ⅵ なお,弁護人は,この点,Hが別件の無免許運転罪で刑を受けた後
刑務所から出所するとき(平成12年6月12日。N第11回3ページ)に逮捕さ
れたため精神的に動揺しており,これがHの供述に影響していると主張する。しか
し,Hはその刑での受刑中,平成12年4月から本件について取り調べを受け,そ
の後本件を自白しJや被告人の関与を供述してもいたのであり(H第8回5,6ペ
ージ,38ページ等),本件犯行の重大性や関与者から考えれば,暴力団員である
Hが通常これについて出所後身柄を拘束されずに捜査を受けると予想するとは考え
難い。そうすると,出所時に逮捕されたことによるHの動揺はさほど大きくなかっ
たと考えられる。
ウ さらに,弁護人は,Hの供述(特に捜査段階のそれ)にはいくつか不
合理な点があると主張するが,その主張の多くは採用できない。
ⅰ まず,弁護人は,Hが被告人の前記指示を取り調べ開始から1か月
後になってようやく思い出したことが不自然であるとする。しかし,Hが前記被告
人の指示を供述し始めたのは取り調べ開始後10日程度後の平成12年4月21日
ころのことであると認められる(H第8回54ページ,N第10回11ページ)
上,Hが単に被告人の指示を隠していたにすぎないとすると,取り調べ開始からあ
る程度の期間経過後に供述することにも不自然はない上,Hとしては,本件犯行に
つき被告人の関与が否定されれば,C組内部では自分とJのみが本件犯行に関与し
たこととなってかえってC組内での立場上都合がよいともいえる(Hが同組内での
手柄を狙っていたことは疑いがない。)し,関与を疑われたくないであろう被告人
にも黙っていたことにより恩を売れることとなる。
ⅱ 次に,弁護人は,Hが本件現場で被告人と会っていながら声をかけ
たり被告人を逃走用の自動車に乗せていないことが不合理であるとする。しかし,
被告人が本件現場に来ていれば通行人などを装うことが当然であり,Hが被告人と
不用意に接触行動をとれば,被告人が関係者であることが目撃者などに発覚してし
まうのであって,Hのこの供述には不合理はない。
ⅲ また,弁護人は,Hにおいて被告人が本件現場に来ていたと言いな
がらその被告人をよく見ていないとするのが不自然であるとする。しかし,Hのこ
の供述が不自然であると考えたとしても,これも,弁護人主張のように被告人が本
件現場に来ていたという点の信用性を減殺するともいえようが,逆にHが被告人を
よく見ていないと言う点が虚偽であるといえるのであって,弁護人の主張は一面的
である。そして,この点も,ⅱ同様,そもそも,通行人等を装うであろう被告人の
関与が発覚しないようにするためには,Hは被告人が本件現場に来たことを知って
もこれを注視することはないであろうから,結局弁護人の主張は採用できない。
ⅳ 弁護人は,Hが本件現場で被告人から指示を受けながらIとの間で
被告人のことを話さなかったことが不自然であるとし,また,被告人は,本件現場
にIの知らない自分(被告人)がいたらIは本件犯行に及ばないはずであるとする
(被告人第3回22ページ)。
 しかし,この点も,IがC組に行ったことがあり(H第2回29ぺ
ージ),したがってまたHがC組組員であることやその事務所がE付近にあること
も知っていたと認められるから,Hと被告人の様子を少しみれば,Iにもおおよそ
のことは分かるはずであって,さほど不自然な供述とはいえない。
 なお,Hの前記供述が信用できないとしても,これはHの供述中被
告人の指示があったという部分に信用性がないことのみに結びつくものではなく,
HがIに被告人のことを話していないという部分が虚偽であるという可能性も十分
ある。すなわち,Iは,本件犯行後行方知れずとなり,その後警察に出頭したもの
である(N第10回2ページ)が,その後のIの供述は,裏付けがあって免れ得な
いというべき,本件トラックをレンタカー業者から借りたこと以外では本件犯行へ
の関与を否定するもので,Hの当初の虚偽供述とほぼ同一である。このことからす
れば,HとIとの間に,Iが本件に関与していないとすることを含んだ口裏合わせ
がなされた可能性が高く,HにおいてIは何も知らないと言い続けることにも一定
の理由がある。
 そうすると,弁護人の主張や被告人の指摘も直ちに採用できない。
ⅴ さらに,弁護人は,本件犯行後HがC組事務所に寄りつかなくなっ
たことが不自然であるとする。しかし,暴力団関係者がその組織に関した犯行の実
行役を担った場合,その後しばらく身を隠して同一組織の者との直接的接触を断っ
たり暴力団事務所に(さほど)寄りつかなくなることは特に珍しいことではない。
本件の場合も同様であり,本件犯行は早晩Eの関係者にはC組関係者の報復ないし
示威行動であると感じられるであろう事件であり,そうすると捜査官がC組に注目
するであろうから,HがC組事務所にあまり来なくなったのは不自然ではない。さ
らに,この間Hが思っていた報酬が得られなかったことなどからさらにC組から離
れることにも不合理はない。
(2) それでも被告人が本件現場に来たことを認定しない理由
ア 被告人の平素の行動との矛盾
 しかし,被告人は,本件犯行前,JからEに嫌がらせをしてくるよう
言われ,自分は仕事をしているから目立つことはしたくない等と理由を言ってこれ
を直ちに断っている。そして,被告人は,現に金銭面でC組に貢献しており,実際
の行動をしなくてもよい存在であって,Jから被告人は金だけの者である旨批判さ
れるほどであるから(被告人第24回7,8ページ),実際にもC組内で外部から
分かる行動をとってはいなかったと認められる。このような被告人が,目撃される
危険をおかして本件現場に行くにはそれなりの理由が必要と考えられるが,前述
((1)ア)したJの命令以外にはその理由となるほどのものはない。
 特に,Hが供述するように被告人が金銭面でHやJの本件犯行に協力
するならさらに見届け人まですることはありえないという被告人の弁解(被告人第
13回43ページ)にも一定の合理性がある(ただし,このことからは被告人が資
金協力をしていたことを肯定しやすくなるともいえる。)。
イ 次に,本件犯行を目撃した者の中には,Hを見ていながら,本件トラ
ック付近には不審な者はいなかったと供述する者があり(検19),同人がどの範
囲で本件現場の周囲を見たのかは不明であるが,同人の供述を前提とする限り,H
とI以外本件現場に誰もいなかった可能性を考えないわけにはいかない。
ウ さらに,被告人が本件犯行の見届け役をしたとすると,Hが本件犯行
後C組事務所に電話して本件犯行の報告をしたことが不合理に思われる。
ⅰ この点,HはJの配下であるから,たとえ被告人が本件犯行を見届
けていたとしてもJには報告しなければならないようにも思われる(Jが供述する
ように,HがJを指定して電話をかけてきたとすればなおさらである。(1)ア参
照。)。しかし,単なる若中(構成員)が見届けに来たのではなく,C組若頭補佐
という被告人が来ているのに自分(H)もJに報告するというのは,暴力団の論理
に従えば被告人の対面(めんつ)を潰す行為とも考えられなくはない。とすると,
Hの前記電話の不合理は解消しないともいえる。
ⅱ なお,この点については,HがC組事務所に電話報告したのが第1
回目の衝突後第2回目の前であるとすればなんら不自然はない。Hの連絡後被告人
が本件現場に行った際には1回目の衝突でさほどEに被害が出ていない状態であっ
たところHが本件トラックで戻ってきたので被告人がHに再度衝突するよう指示し
たと言う事実経過を考えると極めて自然でもある。
 しかし,Hは2回目の衝突後にC組に電話をしたとしているので,
このような推論は証拠上とり難い。
エ そして,(1)イ,ウでみたように,Hの供述に対する弁護人の疑問のう
ち多くがさほど不合理なものではないとしても,Hの公判供述に変遷や質問者への
迎合を疑われるような点があることは完全には否定できず,これはHの質問者の問
いに対する理解不足に起因すると思われるものもあるが,公判廷でのHの供述に信
用できない点がある以上捜査段階のそれに対する信用性判断もまた慎重であるべき
である。
オ ポリグラフ検査について
 これらの点については,結局,本件現場での指示を否定する被告人の
弁解が虚偽であると断定できないということに帰する。そこで,本件現場での指示
について被告人が認識を有していた可能性があるとするポリグラフ鑑定書(検10
9)についてみる。
 まず,本件ポリグラフ鑑定書は,検査者であるRの供述内容(これに
使用された器具の性能や検査方法についての点を含む。)等に照らし,本件との関
連性も十分であり,刑事訴訟法321条4項により証拠能力を有するというべきで
ある。
 しかし,本件では,被告人が同鑑定書に記載のポリグラフ検査を受け
る前に,Hにおいて被告人がいたと供述している位置(E南東側の交差点角。以下
「角部分」という。)を捜査官が被告人に示して追及を行った可能性があり(被告
人第13回10ないし13ページ,25,26ページ),これは前記ポリグラフ検
査の前提とされてはいなかったことである。そうすると同検査の結果から被告人が
本件現場に来ていないという被告人の弁解を虚偽であると排斥できない。この点,
捜査官Sは,被告人に対し,Eの『前付近』にいて,そこから指示したのではない
かと被告人を追及はしたが,角部分にいたのではないかという取り調べをしてはい
ないとする(S8ページ等)。しかし,Sは,被告人とHの供述の矛盾点のうち,
本件現場での被告人の位置ないし指示地点以外の点についてはHの供述を被告人に
直接話した上で被告人を追及したとしながら,指示の場所のみについてはこれをし
なかったというのであるが(同29,30ページ),その理由について結局明確な
返答を避けている(同)。しかも,Sは,『前』というのは自分の口癖であるから
そのとおりの取り調べをしたという。しかし,それではもし被告人が
Hに犯行を指示した場所がまさにEの『前』というべき場所であった場合に取り調
べに窮してしまうのであり,そもそも被疑者がいた位置という,時として重要な点
になるべき点について口癖で取り調べを行うというのが極めていい加減で到底信用
できない。そして,Sは,被告人がポリグラフ検査を受けることを前提とした取り
調べはしていない(同31ページ)というのである。そうすると,結局,Sの供述
によっては,被告人が本件現場のどこに来て指示したかという点についてポリグラ
フ検査前にHの供述内容を知っていた可能性が否定できない(この点,前記Rは,
被告人は本件指示をした場所についての情報を与えられていると訴えてはいないと
する(R58ページ)が,仮にそうだとしても,被告人においてポリグラフ検査を
軽視していれば検査者には取り調べ状況のすべてを訴えないことがあり得るから,
前記可能性が否定できないという結論に影響はない。なお,弁護人は,ポリグラフ
検査を犯罪事実認定の直接証拠として用いてはならないとするが,この点の当否は
ともかく,本件では被告人の弁解の信用性の判断にこれを用いたのであって,仮に
ポリグラフ検査の結果被告人の弁解が虚偽であるとされてしまった結
果,他の証拠から犯罪事実が認定されたとしても,これはポリグラフによって犯罪
事実を直接認定したとはいえないと考えるが,本件では弁護人のこの主張はこれ以
上検討の要がない。)。
(3) (2)の諸点を考えると,(1)で検討したことを前提としても,なお,被
告人が本件犯行当時本件現場に赴いてHの供述するような指示をしたと断定するに
は疑問が残り,Hの供述の信用性もその範囲で認めがたいと考えた。
4 『P』等での共謀
 (一) Jら2名の共謀とその内容
(1) 『P』に至るまでのJとHの共謀
ア まず,Jが供述する,Eのできが悪いということがC組内で話題にな
っていたこと(J第6回8,9ページ)は,前記H供述(2(1))とも符合し,他に
証拠上特に疑問を差し挟むべき事情もないので事実と認められる。
 次に,Hは,平成11年8月初めに,JからトラックでEに突っ込め
等と言われ,さらに本件犯行3日前である同月10日ころにはEに嫌がらせ(ヤカ
ラ)をしてくるよう言われたと供述している(2(2)(3))。この点Jはこれらを否
定し(J第6回4ページ,10,11ページ),さらに,これらの点についてはH
だけが極めて積極的で自分はHがそのようなことをしたいのであればすればいいと
いう態度であったように供述する(J第6回4ページ)。しかし,Jのその際の供
述は,Hが無免許運転罪で服役することが分かっていたので,どうせ服役するので
あれば本件犯行のようなことをするのがいいんじゃないかという話になっていた旨
(J第6回3ページ),トラックで突っ込もうかなという話はあり,そのトラック
はHが準備することとなっていた旨(同15ないし17パージ)などというもので
あって,本件犯行のような重大な犯罪についての会話として極めてあいまいであ
る。さらに,Hが本件犯行のようなことをすればその直属の親分ないし兄貴分であ
るJも重い責任を問われかねないから,Hがしたいのであればすればいいなどとい
うJの供述は不自然である。そして,被告人もその前後ころJから同様
のことを言われており(被告人第13回4ページ,第24回64ページ,H第8回
32ページ),Jら2名の関係からすればJが被告人にEに対する嫌がらせを指示
していながらHにこれを命じないとは考えられないこと,前述(3(1))のように,
Hの供述には弁護人の指摘するほどの問題はなく,Jからの嫌がらせなどの指示の
点については基本的に一貫しており,この点についてHが虚偽を述べる理由は,公
判廷の供述にJの面前では話しにくいと考えられる点以外ないというべきこと等に
照らすと,JがHにトラックで突っ込めとか嫌がらせをしてこいと言ったこともま
た認められる。
イ そして,前記Hの供述(2(4)ないし(7))とJの供述(J第4回37
ページ等)をはじめとする関係証拠によれば,Jが,アでみたような状況下で,本
件犯行前日である平成11年8月12日昼ころHに電話をかけてトラックを借りる
よう指示し,Hがこれに応じてレンタカー業者から本件トラックを借り,その後J
の指示に従ってこれをC組近くに搬送したことが認められる〔なお,Jは,本件ト
ラックはHが独自に用意してきたように供述を変遷させている(J第6回17ペー
ジ,19ページ,22ページ)が,あいまいであって信用できない〕。
 Hは,本件トラックを借りる時点ではいまだこれをEに突っ込ませる
とは確定的には考えておらず,それ以前から話題になっていたJの家の引っ越しに
本件トラックを使うと考えていたとか,だからレンタカーについても当初4トント
ラックを借りようと思ったがこれではJ方近くの路地に入らないので当時レンタカ
ー業者から出払っていた2トントラックが帰ってくるのを待って本件トラックを借
りたが,その後本件トラックをC組事務所に持ってくるよう指示されたため本件ト
ラックでEに突っ込むのではないかと考えるようになったと供述している(H第2
回74ないし83ページ)。
 しかし,この点,イで認定したところに加え,Jが本件犯行日である
平成11年8月13日前の同月10日ころから子供が入院したため妻と共にこれに
付き添うなどしていた(同46ページ,J第7回6,7ページ,検91)こと,J
やその妻が,この日本件トラックを借りたというHとの間で引っ越しの具体的手順
などを話した形跡が全くないこと(検48参照)等からすると,Jが本件犯行前日
に本件トラックを引っ越しのため使用しようと考えてHにトラックを借りるよう指
示したというのは疑わしい。一方,レンタカー業者従業員の供述によれば,確かに
Hは当初4トントラックを借りようとしているが,その後より小さいトラックでよ
い等という話になった際本件トラックは同業者車庫にあった(検33)もので,ト
ラックの帰りを待っていたというHの供述は信用できない。さらに,Hはその際前
記従業員に引っ越しの内容を告げた上すぐに本件トラックを返すような話もしてい
るが(同),Hがこの発言通り直ちに引っ越しがなされると考えるべき事情がない
上,もしHがすぐ引っ越しがなされるとしか思っていなかったとすれば,Hも,J
やその妻に引っ越しの要領を聞くなどしているはずであるが,前述の
とおりそのような形跡もない。そして,JがHに引っ越しの予定がないのにこれが
あるように偽ってトラックを借りさせる動機もない。
 なお,Jら2名は,自分たちの間で,本件トラックを突っ込むような
犯行をするべき相手がE以外にあったということを窺わせるような供述を全くして
おらず,そのような証拠もない。
 これらのこととHの捜査段階の供述(検118等)を併せ考慮する
と,Jは,Hにトラックを借りるよう電話で指示した時点で本件犯行を企図してい
たもので,HもJの電話を受けた際にはその企図を察していた(Jら2名が本件ト
ラックをJ方の引っ越しのため借りたとしているのは後日事故である等の弁解をす
るためである)と考えるのがむしろ相当であるが,少なくとも,これら関係証拠に
よれば,JがHに対しC組事務所近くに本件トラックを運ぶよう指示し,Hがこれ
に応じた段階では,JとHとの間に本件トラックを使ってEに突っ込むという本件
犯行の概略についての共謀が成立したと認められる。この点,Hは,公判廷でこれ
を否定するかのような供述もしているが,Hのこの公判供述は一貫しないあいまい
なものであってさほど信用できないといえ,本項で検討したところに照らすと,前
記のとおり認めるのが相当であり,Hの公判供述はこの認定を左右しない。
(2) 『P』等での共謀とその内容
 Hは,『P』で,Jから,服役してもC組から金を出してやる旨言わ
れ,その金額として,Jから5万円,被告人から5万円,C組から5万円の合計1
5万円を出すと言われ,Hはこれを聞いてEに本件トラックに突っ込めばHの服役
後月額15万円を支払ってやるという趣旨と考え,『P』ないしその後に行った店
で,やります等と言って本件犯行を実行する旨発言をした旨供述している(H第2
回99ないし107ページ,検119)。これはほぼ一貫した供述であり,また,
HがC組とは無関係の事件で服役するのに同組やさらに被告人までがHの生活費を
拠出するというのは不自然である(後記5(2)アⅲ参照)から,Jの発言はHが同組
のために何らかの行動をすることが前提となる発言であって,これまで述べてきた
当時の状況下では,その行動とは本件犯行のようなものを意味すると考えるほかな
い。
 これに対し,Jは,『P』では具体的な言葉は出していない旨供述して
いる(J第6回52ページ)。しかし,Hの前記供述は,本件現場での指示に関す
る部分についてと異なり,前記のとおりHが自白当初から一貫して述べていること
がらであり,特に不合理な点もない。また,3(二)(1)イ,ウで検討したとおり,H
の供述にはもともと弁護人が指摘するほど信用できない不合理な点が多いというこ
ともなく,確かに,結論として本件現場での被告人の指示についての認定ができな
かった以上その限度でHの供述には信用性がないこととなるが,これはHの他の供
述部分の信用性をさほど減殺しない。一方,Jは,同時に,本件犯行以外の点で金
の話をした(同第4回40ページ)とした上でHが本件犯行をするので組で面倒を
見るという意識はあった(同41ページ),さらには「それはわしらで考えてす
る」とは言った,その「ら」とは被告人である(J第6回12,13ページ)など
と,あいまいで,実際にはHの供述を裏付けるような供述をしている(J第4回2
3ページ,39,40ページ。第6回3ページ等も参照)。
 そして,Hに本件トラックをC組事務所近くまで持ってこさせた上同人
を同事務所に来させ,その後Hを『P』等に誘って報酬の話をしながら本件犯行を
指示したという,Hの供述するJの行動は極めて合理的なものとなる。したがっ
て,JとHが本件前日に『P』等で飲酒したこと,その際のJの発言内容はHの供
述通りであったと認められ,この間両名が本件についての最終的な共謀をしている
と認められる。
(二) 被告人が『P』にいたか
 Jら2名の供述等関係証拠によれば,その際C組関係者では被告人のみが
『P』でJとHに同席していたことが認められる。
 この点,被告人は本件前日Jらと飲酒したことは認めるものの『P』に行
ったことを否定するが,被告人の関与を否定し,後記((三)(4))のとおり被告人を
かばう供述もしていると認められるJ自身が被告人の『P』での同席を認めている
こと(J第4回39ページ,第6回22ページ,52ページ)や飲酒をしていた時
間,『P』等へ行く方法としてJら2名と被告人の述べるところの対比などからみ
ても,被告人の前記供述は信用できない。
 また,この点に関し,Hは『P』での3名の席順が,Jと被告人でHを挟
むようなものであったと供述している(H第2回98ページ等)が,弁護人はこれ
が不合理であるとするところ,Jも供述する(J第6回50ページ)とおり,これ
は3名のC組での地位から考えると通常では不合理と思われる。しかし,JとHが
本件犯行について共謀する場面であればこのような席順も不合理ではなく,また,
これが壮行会であったとさほど強調していないHがこの点についてあえて虚偽の供
述をするほどの動機も見当たらない。さらに,Jは,この日は懇親のためあえてH
と被告人を『P』に連れて行った等と(J第7回12ページ,検97),平素の場
合と異なる状況があったことを認める供述をしている上,一般論でしかHの供述を
否定していない。
 そうすると,弁護人の主張は採用できず,被告人が『P』でJとHに同席
し,その際Hが供述するような席順であったことが優に認められる。
(三) 被告人の共謀
(1) まず,被告人が平成11年6,7月ころJからEに嫌がらせをしてこい
と言われたことは被告人自身認めるところである(前掲被告人第13回4ページ,
第24回64ページ)上,Eのできが悪いということはC組内で話題になってお
り,C組には常時被告人の配下の者がいたのであるから(前記第1の1(一),検6
6),被告人において本件犯行前Eへの対応がC組内で問題になっているのを知っ
ていたことが認められる。
(2) 『P』での共謀についての被告人の関与については,H自身が被告人は
『P』では積極的発言をしていないと供述している。しかし,被告人はJら2名と
3名で『P』に行って(二)で認定したような配置で並んで座っていたのであり,J
ら2名の会話を聞いていないはずがない。
 なお,被告人は,その後に行ったと認められるスナック等で他の者がし
ていた会話について,自分は鹿児島市内で経営していたスナック等の内装との比較
などが気になって他の者の会話は聞いていないとするが,これはそれ自体会話の全
部を聞いていない理由として不十分である上,『P』はスナックやクラブではない
から被告人がその内装等に気を取られることもない。そして,Jは被告人の兄貴
分,またHはJの子分であるから,同人にJが犯行を促す説得をしているのに被告
人が口出しをするとも考え難いから,『P』で被告人がさほど話していないとして
も全く不自然ではない。
(3) そして,被告人はC組の者でこの日ただ一人Jら2名に同行して『P』
に行き,その後も同人らと行動を共にしているのであり,その直後と言ってよい時
に本件犯行が行われたことに照らすと,被告人がJら2名の間で前記のようなH供
述のごとき会話がなされた『P』に行き,その後行動を共にしていた事実は,被告
人とJら2名の間に本件共謀があったことを推認させる重要な間接事実である。
 なお,被告人は,『P』等でことさら発言をしていない模様であるが,
Jの発言を知りつつ特に異論を差し挟まなかったことは,被告人がJの発言内容を
理解し,これに同意していることをHに示すこととなるから,被告人が共謀成立の
過程でHに対し特に発言をしていないとしても,共謀認定の妨げにはならない。
(4) ところで,この点に関し,弁護人は,Jは被告人をかばってはいないか
らその公判供述が信用できる旨主張する。しかし,例えば,Jは,被告人自身がJ
からEに嫌がらせ(ヤカラ)をいってこいと言われた旨述べているのに,被告人に
Eのことを言ったことはないとしたり(J第6回9ページ),Eのできが悪いらし
いぞ等と言ったことはあるがそのような会話が自分と被告人ないしC組事務所内で
あった時には被告人は自分は(商売関係があるので)そういう話には寄りたくない
旨言っていたということは明言する(同14ページ,J第4回6ページ,48ペー
ジ)など,被告人をかばうあいまいな供述態度が見られる。また,JはHに対して
もEへいやがらせをするようには言っていないと供述したり,前述のように自分自
信の本件犯行への関与をはじめ本件犯行全体についても極めてあいまいな供述をし
ており,その中で関係者をかばう態度も明らかである。
 なお,そのように弁護人が主張するJが,被告人がJら2名の共謀をう
すうす分かっていたと思うと供述している点(J第4回67ページ)も被告人の共
謀を裏付ける事情である。
5 金銭の支払と被告人のこれへの関与
(一)(1) レンタカー代
 検察官は,被告人が簡単にこれを支払っている点からみて被告人の共謀
が裏付けられるとする。確かに,JがHに本件トラックの手配を指示する電話をす
る際に,被告人に対しても本件犯行について話している等とすればこの点は理解し
やすい。しかし,これが共謀の裏付けとなるというには証拠が足りない。
(2) 本件犯行当日の5万円
ア 報酬性
ⅰ Hが本件犯行後その日の夕方にJに対して金銭の交付を求め,Jが
これに応じてこれを被告人から出させ,被告人がJの指示にしたがってC組事務所
外でHに会い,5万円を手渡していることはこの3名が一致して供述するところで
ある(J第6回36ページ等)。
ⅱ これが報酬であるかについて,まず,弁護人は,報酬であればもっ
と高額であるはずであるとし,被告人もこれに沿う供述をする。しかし,まず,J
がHに対して約束した報酬は,Hが服役を開始した後月額15万円を支払う等とい
う,同人が服役中妻子の生活保障を得るための条件であり,Hはこの条件で本件犯
行を請け負っている。そうすると,金額の面から前記5万円を報酬でないとするこ
とはできない。また,弁護人や被告人の主張を前提としても,Hが本件犯行を行っ
たことは事実であるから,これに対する報酬が支払われなければならないはずであ
る。
ⅲ また,弁護人は,Hが報酬として前記5万円を請求せず,家賃が足
りないと言ってJに金銭的援助を求めた結果払われたものであるから,報酬ではな
いとし,Jは,「組事で行こうが,個人ごとで行こうが,フォローするのが当たり
前」であると,弁護人の主張を裏付けるような供述をしている(J第6回11ない
し12ページ)。
 しかし,家賃であれば本来Jや被告人が支払う必要はない。また,
Jは,自分自身は本件で逮捕された後C組から差し入れもない等前記供述と矛盾す
る供述をしている(J第6回40ぺージ)。
 さらに,報酬をどのように使うかは本来これを受け取る者の自由で
あり(Jもこれを認める供述をしている。J第4回43ページ。),どのように使
用する金銭を報酬というかは一義的,普遍的に定まるものではない。そして,前述
のとおり,本件犯行に対する報酬は本来Hの服役中に支払われるものであるが,H
の生活保障をするという趣旨で払われるのであるから,Hとしては,この時期に家
賃が足りないとJに言えば,『P』での約束の延長のように,本件犯行を実行した
者に対する報酬としてその支払いが受けられると考えても不自然でなく,Jも,H
のそのような意図を了解したからこそ,5万円を支払うことを承知し,被告人にそ
の負担を求め,さらには他にC組構成員がいるはずであるのにあえて被告人にHへ
の交付を指示したと推認される。
ⅳ このほか,前記5万円が報酬ではないというJや被告人の供述(後
記イⅰ掲記の部分など)は,あいまいであったり,不合理なものであり,採用でき
ない(ただし,ポリグラフ検査の結果については,質問に弁護人主張のとおりの問
題があって採用できない。)。
 そうすると,前記5万円は報酬の趣旨でHに渡された金銭であると
認められる。
イ 被告人の認識
ⅰ 被告人は,前記5万円をHに払う時点までに本件犯行を知っていた
と認められる。この点,被告人は否定的な供述もしている(被告人第24回51な
いし52ページ等)が,これはあいまいなものである上(被告人第3回27ペー
ジ),被告人が本件犯行当時ないしその前後にC組事務所にいたこと,Hが本件犯
行後C組に犯行を報告する電話をしていることやJの供述内容等に照らしこれは明
らかである。また,被告人はJに言われて前記5万円をC組事務所外でHに渡して
いるが,HがC組事務所の外で,J以外の者から前記5万円を受け取る理由は,前
述のとおり,Hが本件犯行を実行したためC組事務所に近寄ったり直ちに共謀が疑
われる(直属の親分格の)Jと接触しない方がよいという判断があった以外には考
えられず,この点被告人が直接Hに手渡した理由についてJや被告人が供述すると
ころ(J第6回37ページ,被告人第13回23ページ等)は,被告人とHの仲が
相当悪いというJの供述(Jの第6回公判調書53ページ)と矛盾する等,不自
然,不合理である上,被告人がこの5万円の授受時期や趣旨について虚偽の供述を
していたこと(被告人第13回16ページ,20ないし24ページ,検7
0)に照らし容易に信用できない。
ⅱ さらに,被告人の供述(被告人第13回23ページ等)どおり,J
が被告人に対し,Hに対する5万円の趣旨につきHが支払うべき家賃の不足分であ
ると説明していたとしても,アⅲでみたとおり,JはHの無心の趣旨を報酬の性質
を有する金銭の要求であると理解し,その負担を被告人に求めたと認められ,これ
まで検討したところによれば,被告人もJと同様の理解をしたからこそ前記5万円
を支払うことを了解し,これをJが求めるままC組事務所の外に出てHに交付した
と推認できる。
 この点,確かに,被告人は,それまでもJにある程度金銭の融通を
している。しかし,被告人の供述によっても,個人的な融通は少額であり,(C)
組のための支出が中心であったという(被告人第13回28ページ)のであるか
ら,被告人がJに融通したことがあった点も前記推認を左右しない。
ⅲ そうすると,被告人は前記5万円が本件犯行の報酬であることを知
っていたと認めるのが相当である。
(3) 平成11年9月27日の12万5000円の送金
 この点についてのHの供述も一貫していて合理性があり,信用でき,H
が前述のようにJから送金を受けた後被告人に礼の電話をしていることも認定でき
る。そうすると,これについても,(2)の5万円と同様,報酬性があると認められ
(なお,ポリグラフ検査の結果については,(2)同様質問に弁護人主張のとおりの問
題があって採用できない。),同様の理由で,被告人はこれを認識して送金をした
と認められる。
 なお,この点に関し,Hは,被告人に礼の電話をした際被告人が30万
円送金したと話した旨供述するところ,これは客観的事実と齟齬している。これが
Hや被告人の記憶違いなどではないとすると,Hの虚構である可能性はある(捜査
側にはそのような客観的に検証できる事実をねつ造するメリットがない)。しか
し,Hがこの点につき虚偽を述べていたとしても,これはJに不利な情状を加える
ものであるとは考えられるものの,被告人を陥れようとすると構築すべき動機が生
じる虚偽とはいえず,被告人の認識に関する前記認定を左右しない(なお,Hがこ
の点につき虚偽を述べているとすると,一般論とすれば他の点でも虚偽を述べてい
る可能性を疑うべきこととなるが,この点は他と独立している上,この点の虚偽は
これを踏まえても他の点での検討結果を左右する程度ではないと判断する。)。
(二) そうすると,(一)(2)でみた5万円の交付と同(3)でみた12万5000
円の送金は本件犯行に対する報酬の趣旨で被告人からHないしJに交付,送金され
たことが認められ,一方,本件犯行後初めて被告人がその報酬をHに渡す理由が生
じたことを窺わせる証拠はない。そうすると,これらの金銭交付等は被告人とJら
2名との間に本件犯行の共謀があったことを推認させる重要な事実である。
6 被告人の動機について
 弁護人は,被告人には本件に関与する動機がないとするので検討する。
(一) 被告人は,C組内ではJの弟分にあたるが,飲食店を経営するなど実際
に資金的余裕があり,C組に対する資金面での貢献も大きい状況であったところ,
Jは,本件の前に,みかじめ料の請求に応じないEに対するいやがらせを被告人に
命じたが,その際資金的協力しかしないことを非難するような発言をし(被告人第
13回36ページ),被告人は商売をしているからとの理由でこれを拒絶した(J
第4回5ページ,被告人第13回1,2ページ等)。
 一方,JとHは,前述のとおり,平成11年7月ころから,Hが本件のよ
うな犯行(自動車でE店舗を損壊すること)をする旨の話をしているが,それには
Hが本件当時別件の無免許運転事件のため服役することになっていたことが一因と
なっており,Hには服役中の家族の生活費やH自身の引っ越し等のため金銭が必要
であって,それは服役期間が増えればそれだけ高額になるべきものであった。そし
て,HはJの直接の子分であるのに,J自身は当時さほど金銭的な余裕がなかっ
た。さらに,本件のような犯行を行うにはそれなりの報酬が支払われてしかるべき
であることは,共謀を最も強く否定する被告人においても自認するところである
(被告人第13回42ページ)。
(二) そして,被告人はJから金銭の出捐だけで地位を得たと言われているの
であり,M会の者も被告人の指示等なくしては動かないというのである(被告人第
13回21ページ)から,自分が金銭の出資をも断ればさらにJからなにがしかの
文句を言われかねない立場であった。
 このような客観的というべき状況を前提とすれば,Jが他人に対しHに本
件犯行を行わせるについて資金面での協力を要請する必要があったこと及びその他
人としては被告人以外なかったこと,また被告人もJらC組のための金銭的協力に
ついては(金額にもよるであろうが)基本的にはこれを拒む意志がなく,また犯罪
(的)行為を直接行うこと以外はこれを拒む理由が(特にJとの関係では)見いだ
せない立場にあったことが合理的に推認される。
(三) なお,弁護人は,本件犯行についてのJら2名の動機を考えると,これ
は両名が被告人を排除して行ったものであると主張する。
 しかし,そうだとすれば,Jら2名が平素鹿児島市内に居住する被告人が
事務所当番で来ていた時期に本件犯行に出るのは偶然というには不自然であり,ま
た,Jら2名が被告人の同席する場所で本件犯行に関する会話をするはずもないと
考えられる。なお,Jら2名が本件トラックのキー(鍵)を取り合うようになった
際被告人がこれに関与しなかった等という点についても,被告人は本件犯行の実行
に直接関与せず,Jらが実行するのであれば資金面で協力するというのみであり,
実行犯はHであって,同人はJの子分であるということを前提とすると,Jら2名
が本件犯行実行計画を二人の計画として話をする面があるのはさほど不自然ではな
く,また,Jら2名はある程度酔っていたのであるからなおさらである。むしろ,
Jら2名が,原因が被告人に理解できない状況下で被告人の供述するようなけんか
をしはじめたのであれば,被告人としてもこれを放っておくのは不自然であり,被
告人は,Jら2名のこのときの争いが本件犯行に関するものと分かったからこそし
ばらく静観していたと考えるのが自然である。
(四) そうすると,被告人には,Jから頼まれれば,資金協力の面では本件犯
行のような行動に参加すべき動機ないし理由が生じると認められる。なお,弁護人
は,この点に関連し,被告人が本件後逮捕されてその営業打撃を受けた点を指摘す
るが,これは事後のことであり,本件犯行当時被告人がJの要請に応じるかの判断
をする際の材料にはならない。
7 結論
(1) 4でみた事前共謀を裏付ける事実に加え,5でみた事後の報酬支払いに関
する被告人の関与,6で検討したように被告人に動機があることに照らすと,被告
人の関与内容に関するHの供述は本件現場での被告人の指示の点を除き検察官主張
のとおり基本的な部分では合理性があり,したがって信用性も高いというべきであ
る(Hの供述で信用できない点のうち,被告人の指示以外の部分は,基本的に被告
人やJの面前で行われた公判供述で(1)イⅴでみたような弁解と考えられるか,本件
トラックの準備の点等本件犯行が計画的でなかったことを捜査側に印象づけようと
した弁解と考えられ,さらに被告人の指示に関する捜査段階での供述も,これまで
検討したところに照らすと,被告人の関与を実際より強調してしまったと考えるの
が自然であり,4ないし6でみた点とは独立しており,前記の点についてHの供述
に信用できない部分があることによって被告人の本件犯行への関与そのものを認定
するのが不十分となることはない。)。
(2) また,被告人やJがHと『P』等で行動を共にした後別れるまでにHが準
備していたのが本件トラックだけであること,その段階では本件犯行等の実行役は
Hのみであると認識,了解されていたことになること,当時E以外にHが報復行動
等をする対象は考えられず,一方本件以前に考えられていたEに対する報復行動等
は嫌がらせ程度であったこと,本件犯行のような行動が暴力団の行う報復行動等と
して特に珍しいものではないこと,JがHにした報酬約束の内容,程度等からすれ
ば,これら状況下でHが本件トラックを使って行う行動としては,Eに対する本件
犯行のようなものが典型的と考えられるから,被告人は,Hが本件犯行のような態
様の行動をするであろうことを認識しつつ,Jら2名の共謀に加わったものと認め
られ,一方本件現場での被告人の指示が認められないことからすれば,本件証拠か
らはこれ以上の認定はできないものの,この程度の共謀であっても,これを本件犯
行についての共謀と認定する妨げにはならないというべきである。
(3) したがって,被告人とJら2名間には,遅くとも,本件犯行前に『P』等
で飲酒した後C組事務所付近でHが被告人及びJと別れるまでには本件犯行につい
ての共謀が成立し,本件犯行はこの共謀のもと敢行された(本件犯行時にはこのよ
うな共謀が存在していた)と認めるのが相当である。これまで検討してきた以外の
弁護人主張の点は,いずれもさほど大きい問題点ではないか,反対の解釈が十分可
能であって,これまでの認定に影響しない。
 なお,本件犯行の共犯者3名共通の動機についてみると,前提事実によれ
ば,Jら2名の本件犯行動機が金銭をせしめることができなかったことに対する報
復(みせしめ)ないし示威行動であったことは優に認められ,被告人もこれを承知
で本件に加担したことも疑う余地がない。
第3 以上のように考え,Hの供述を始めとする前掲各証拠から本件犯罪事実を認
定した。
(累犯前科)
1 事実
 (一) 平成10年3月4日福岡高等裁判所I支部宣告
 暴行,傷害,暴力行為等処罰に関する法律違反罪により懲役1年4月
(二) 平成10年11月20日刑執行終了
2 前科調書により認定
(法令の適用)
1 罰条           刑法60条,260条前段
2 再犯加重         刑法56条1項,57条
3 未決勾留日数の算入    刑法21条
4 訴訟費用の負担      刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
1 不利な事情
(一) 暴力団特有の反社会的動機に基づいた犯行である。動機には全く酌量の余
地がない。
(二) 犯行態様も暴力団特有の,粗暴かつ危険なものであった。地域社会に与え
た影響も大きく,暴力団に対する恐怖感や不安を増大した点も特に非難されるべき
である。
(三) 被害総額は1415万円と高額であり,直接的な金銭的被害を受けたパチ
ンコ店への被害弁償はなされていない。同店関係者の被害感情は当然ながら厳し
い。
(四) 被告人は,本件でも,後述する点を考慮しても,共犯者(J)が実行を担
当させようとした者(H)に本件犯行の決意をさせてこれを犯行に駆り立てた際資
金協力という重要な応援行為(共同正犯にあたることは前述のとおり)を果たして
いる。なお,JはHに対して「もうええ」等と犯行を中止するように発言している
が,これは,その前後の言動からして犯行を思いとどまらせるための真摯な発言で
はなかったと認められる。
(五) 本件犯行への関与を否定しその責任を共犯者に押しつける供述に終始して
いたといわざるを得ず,犯行を反省する態度がない。
(六) 長年暴力団員として活動してきた挙げ句の犯行であること自体も悪い情状
と言うほかない。
2 有利にしん酌すべき事情
(一) 本件犯行の主犯は共犯者(J)であり,被告人の資金協力も自ら申し出た
積極的なものであったとは認められず,また他の共犯者(H)が犯行に供した自動
車を選択していることなどにも照らすと,犯行を実行するについては,同人自身の
犯行欲求が相当あったことも窺われる。
(二) 暴力団を離脱する意志があるようである。
(三) 正業も行っている。
(四) 養うべき妻子がある。
(求刑,懲役3年6月)
  平成15年4月17日
    神戸地方裁判所第11刑事係乙
           裁判官  橋本 一

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