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平成25年2月21日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成24年(行ケ)第10176号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成25年2月7日
判決
原告ジェイコブスビークルシス
テムズインコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士浅村昌弘
同弁理士浅村皓
浅村肇
水本義光
被告特許庁長官
同指定代理人中村達之
柳田利夫
石川好文
守屋友宏
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのため
の付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2010-12441号事件について平成24年1月5日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記
2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は
成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のと
おり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)ディーゼルエンジンリターダーズインコーポレイテッドは,発明の
名称を「内燃エンジンにおけるエンジン・ブレーキの方法及びシステム」とする発
明について,平成14年5月22日に国際出願(特願2002-591645。パ
リ条約による優先権主張:平成13年(2001年)5月22日,同年9月24日
及び平成14年(2002年)3月21日,いずれもアメリカ合衆国)を行った
(請求項の数50。甲14)。
(2)原告は,同社から上記特許を受ける権利を譲り受け,平成20年3月28
日付けで特許庁長官にこれを届け出た。原告は,平成22年2月5日付けで拒絶査
定を受けたので,同年6月9日,これに対する不服の審判を請求した(甲10,弁
論の全趣旨)。
(3)特許庁は,上記請求を不服2010-12441号事件として審理し,原
告は,平成23年11月18日付けで,手続補正書を提出した(請求項の数25。
甲5)。
(4)特許庁は,平成24年1月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との本件審決をし,その謄本は同月17日,原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載
本件審決が対象とした上記補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のと
おりである(甲5)。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本
件出願に係る明細書(甲13)を「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,
原文の改行箇所を示す。
少なくとも1つの吸気及び排気バルブと,吸気及び排気マニホルドと,吸気及び
排気マニホルドに連結された可変ジオメトリー・ターボ過給機と,エンジン・シリ
ンダとを有するエンジンにおけるエンジン・ブレーキの水準を制御する方法であっ
て,/抽気ブレーキ事象を生成するために少なくとも1つの排気バルブを駆動する
ステップと,/吸気過給圧である第1エンジン・パラメータの水準を測定するステ
ップと,/第1エンジン・パラメータの水準に応答して,排気マニホルド内に排気
ガス背圧を生成するステップにして,前記第1エンジン・パラメータ水準に応答し
て,前記可変ジオメトリ・ターボ過給機を第1位置に閉じて,該可変ジオメトリー
・ターボ過給機を通過する排気ガスの流れを制御するステップを含む,排気ガス背
圧を生成するステップとを含み,/抽気ブレーキ事象時に,生成された排気ガス背
圧がエンジン・シリンダに連通して,エンジン・ブレーキの水準を制御する,方法
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本願発明は,後記アの引用例に記載された
発明並びに後記イ及びウの周知例に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許を受
けることができない,というものである。
ア引用例:特開2000-274264号公報(甲1)
イ周知例1:特開平5-33684号公報(甲2)
ウ周知例2:特開平9-79015号公報(甲3)
(2)本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明(以下「引
用発明」という。)並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を以下のとお
り認定した。
ア引用発明:吸気弁及び排気弁と,インテークマニホールド及びエキゾースト
マニホールドと,インテークマニホールド及びエキゾーストマニホールドに連結さ
れたバリアブルジオメトリーターボチャージャと,シリンダとを有するエンジンに
おけるエンジンブレーキの制動力を増加する方法において,圧縮圧開放型エンジン
ブレーキ事象を生成するために排気弁を駆動するステップと,エンジン回転数を測
定するステップと,エンジン回転数に応じて,バリアブルジオメトリーターボチャ
ージャのノズルベーンの開度を絞り,バリアブルジオメトリーターボチャージャを
通過する排気の流れを制御して排気背圧を生成するステップを含み,圧縮圧開放型
エンジンブレーキ事象時に,生成された排気背圧がシリンダに連通して,エンジン
・ブレーキの制動力を増加する方法
イ一致点:少なくとも1つの吸気及び排気バルブと,吸気及び排気マニホルド
と,吸気及び排気マニホルドに連結された可変ジオメトリー・ターボ過給機と,エ
ンジン・シリンダとを有するエンジンにおけるエンジン・ブレーキの水準を制御す
る方法であって,エンジンブレーキを発生するために少なくとも1つの排気バルブ
を駆動するステップと,第1エンジン・パラメータの水準を測定するステップと,
第1エンジン・パラメータの水準に応答して,排気マニホルド内に排気ガス背圧を
生成するステップにして,前記第1エンジン・パラメータの水準に応答して,該可
変ジオメトリー・ターボ過給器を通過する排気ガスの流れを制御するステップを含
む,排気ガス圧を生成するステップとを含み,エンジン・ブレーキ時に,生成され
た排気ガス背圧がエンジン・シリンダに連通して,エンジン・ブレーキの水準を制
御する方法(なお,本願発明の「可変ジオメトリー・ターボ過給機」と引用発明の
「バリアブルジオメトリーターボチャージャ」は同義であり,以下「VGT」とい
うことがある。)
ウ相違点1:本願発明においては,エンジンブレーキに抽気ブレーキを用いる
のに対し,引用発明においては,圧縮圧開放型エンジンブレーキを用いる点
エ相違点2:本願発明においては,第1エンジンパラメータとして「吸気過給
圧」を用い,吸気過給圧の水準を測定するステップと,吸気過給圧の水準に応答し
て,排気マニホルド内に排気ガス背圧を生成するステップにして,吸気過給圧の水
準に応答して,可変ジオメトリ・ターボ過給機を第1位置に閉じて,該可変ジオメ
トリー・ターボ過給機を通過する排気ガスの流れを制御するステップを含むのに対
し,引用発明においては,第1エンジンパラメータとして「エンジン回転数」を用
い,エンジン回転数を測定するステップと,エンジン回転数に応じて,バリアブル
ジオメトリーターボチャージャのノズルベーンの開度を絞り,バリアブルジオメト
リーターボチャージャを通過する排気の流れを制御して排気背圧を生成するステッ
プを含む点
4取消事由
本願発明の容易想到性に係る判断の誤り
(1)相違点1に係る判断の誤り
(2)相違点2に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1相違点1に係る判断の誤りについて
(1)引用発明について
引用発明は,エンジンブレーキ装置に関するものであるが,バリアブルジオメト
リーターボチャージャ(VGT)と圧縮圧開放型エンジンブレーキとの組合せから
なる減速装置を備えたエンジンブレーキ装置を開示するものであり,VGTの開度
を制御することにより,コンプレッサ吸入空気量を増加して,圧縮圧開放型エンジ
ンブレーキにおける,圧縮行程での抵抗を増加して制動することを特徴とするもの
である。
(2)本願発明について
本願発明は,抽気ブレーキ事象と可変ジオメトリー・ターボ過給機(VGT)と
を利用するものである。
抽気ブレーキの機序では,圧縮圧開放型エンジンブレーキと比べ,排気バルブを
開く際,シリンダ内が比較的低圧であるため,排気バルブの駆動が容易であること,
また,圧縮圧開放型エンジンブレーキにおいて問題となっている騒音の問題が解消
している。しかしながら,圧縮圧開放型と比べるとその制動力が劣るため,広く使
用されてきていないとの問題が生じていた。
本願発明は,「排気マニホルド内に排気ガス背圧を生成するステップ」を含む方
法であるが,かかる排気ガス背圧の生成により,①より高い排気マニホルド圧によ
って排気及び吸気行程時のポンプ仕事量が増加するのであり,さらに,②排気マニ
ホルド内のより高い圧力によって,シリンダを排気過給圧するためのEGR
(ExhaustGasRecirculation。排気ガス再循環)が増加し,より大きな圧縮解
放ブレーキ力が発生することにより,抽気ブレーキ性能が向上し,全てのエンジン
回転で最適なエンジンブレーキを実現することが可能である。
(3)本件審決の判断の誤り
本件審決は,圧縮圧開放型エンジンブレーキと抽気ブレーキとの制動機序の相違
を捨象し,単に,抽気ブレーキがエンジンブレーキとして周知であるとの抽象的な
一事をもって,引用発明において圧縮圧開放型ブレーキを抽気ブレーキとすること
は容易に想到することができたとするが,上記のようなメカニズムの相違を捨象す
ることはできない。
引用発明においては,圧縮圧開放型エンジンブレーキに対し,VGTの容量を少
なくし,コンプレッサによる吸入空気量を増加させることにより,圧縮行程時に得
られる制動力を増加させるとのメカニズムが記載されているにすぎない。
引用例には,同じくエンジンブレーキである抽気ブレーキについては一切言及さ
れていない。さらに,引用発明の効果が,専ら圧縮圧開放型エンジンブレーキの圧
縮行程における制動としてしか記載されていないことを併せ考えると,引用例には,
圧縮圧開放型エンジンブレーキを抽気ブレーキとすることについて,何ら具体的な
動機付けがない。
本願発明は,特に圧縮圧開放型ブレーキに比べて抽気ブレーキにおける制動力が
小さいため,実際には広く利用されて来なかったという事実に着目し,VGTを組
み合わせれば抽気ブレーキにおいて,大きな性能向上が可能であることを見いだし
たものである。
(4)相違点1の容易想到性について
周知例1は,単にエンジンブレーキとして,「圧縮上死点付近でバルブを開閉す
る方法」と「排気ブレーキ専用のバルブを設け,これを排気ブレーキ作動時に常時
開く方法」とがあるのに対し,排気バルブをシリンダ内圧の低い吸気行程末期で開
き,シリンダ内圧が排気マニホールド圧より高い時期で閉じるようにしたバルブタ
イミングを特徴としたことを記載するにすぎない。したがって,周知例1の記載を
考慮しても,引用発明との関係において,圧縮圧開放型エンジンブレーキと抽気ブ
レーキとの相違点を超えて,本願発明を想到する動機にはならない。周知例2につ
いても,抽気ブレーキの機構が開示されているにすぎない。
このように,引用例に先立つ周知例1及び2には,抽気ブレーキが既に開示され
ているにもかかわらず,引用例においては,圧縮圧開放型エンジンブレーキを使用
することを前提に,このようなブレーキとVGTとを組み合せることが記載されて
いるにすぎない。そして,前記のとおり,同発明では,圧縮圧開放型エンジンブレ
ーキに対し,VGTの容量を少なくし,コンプレッサによる吸入空気量を増加させ
ることにより,圧縮行程時に得られる制動力を増加させるとのメカニズムが記載さ
れているにすぎない。
また,前記のとおり,引用例には,同じくエンジンブレーキである抽気ブレーキ
については一切言及されていない。さらに,引用発明の効果が,専ら圧縮圧開放型
エンジンブレーキの圧縮行程における制動としてしか記載されていないことを併せ
考えると,引用例には,圧縮圧開放型エンジンブレーキを抽気ブレーキとすること
について,何ら具体的な動機付けがない。
2相違点2に係る判断の誤りについて
(1)引用発明は,通常走行時,エンジンブレーキによる減速時のいずれにおい
ても,エンジンの回転数を測定し,それをパラメータとしてVGTを調整するもの
である。
(2)本願発明は,吸気過給圧をエンジン・パラメータとして,それに応答して,
VGTを制御して排気ガス背圧を生成するものである。
引用例には,吸気過給圧を測定,又は検出するような構成及び吸気過給圧に応答
してVGTを制御する構成は記載されていない。
したがって,引用例には,エンジン回転数の測定に代えてあえて吸気過給圧をパ
ラメータとして採用し,VGTを制御することに対する動機付けは存在しない。
(3)吸気過給圧の決定及びそれに応答して排気マニホルド内に排気ガス背圧を
作成することは,従来のエンジンの回転数のみを測定する装置に対して,以下の特
有な効果を奏する。
ア第1に,高所においては大気圧及び空気密度が小さくなることは一般常識で
あるところ,通常のディーゼルエンジンが高所において作動する際には,当然なが
ら吸気マニホルドの圧力が急激に落ちる。本願発明は,抽気ブレーキ事象時に,生
成された排気ガス背圧がエンジン・シリンダに連通して,エンジンブレーキの水準
を制御することから,高所での大気圧及び空気密度の減少の影響をより精度よく補
償することができ,一定のエンジンスピードでのエンジンブレーキ力の低下を補償
することができるという,特有な効果を奏する。上記効果は,高所において,本願
発明のエンジンブレーキの制御方法を行った際に,本願発明の構成及び一般常識で
ある高所における大気圧及び空気密度の低下を考えれば,本願明細書等の記載から
当然導き出せる効果である。
イ第2に,本願発明は,吸気マニホルド内の圧力調節弁の動作は,従来の知ら
れたシステムをしのぐ幾つかの追加的な利点を有する。圧力調節弁が吸気マニホル
ド内に位置するので,それが曝される温度はより低く,したがって耐久性問題に対
する影響がより少ない。その上に,圧力調節弁は直接外界に排出するので,エンジ
ンブレーキシステムにはターボ過給機を迂回するための追加的なマニホルド配管の
必要がなく,したがって製造がより簡単でかつ製造コストがより低いとの作用効果
を奏する。
ウ以上の本願発明の奏する効果に鑑みても,本願発明が引用例及び周知技術に
対し進歩性を有することは明らかである。
〔被告の主張〕
1相違点1に係る判断の誤りについて
(1)本願発明について
本願発明は,抽気ブレーキ事象を利用することを発明特定事項としているところ,
抽気型エンジンブレーキは,圧縮圧開放型ブレーキの有する課題,すなわち,バル
ブの駆動に大きな力が必要なこと,急激な圧抜きのため騒音が発生することを解決
したものである。また,本願明細書(【0084】)には,実施例における理想的
なブレーキ・バルブ・リフト・プロファイルとして,吸気行程の終了近くで排気バ
ルブを起動し,膨張行程時にリセットする実施例が記載され,図19を参照すれば,
吸気行程の終了近くの開弁時期として530度程度,膨張行程時のリセットのタイ
ミングとして40度程度であることが分かる。
(2)引用発明について
引用発明において,減速装置は,VGTと圧縮圧開放型エンジンブレーキとの組
合せだけに限定されるものではなく,多様なエンジンブレーキの組合せを含むもの
である。引用例に記載された実施例は,VGTと圧縮圧開放型エンジンブレーキと
を組み合わせたものであって,減速時にVGTのタービンのノズルベーンの開度を
絞り,VGTの容量が減少するように制御することにより,吸入空気量を増加させ,
圧縮圧開放型エンジンブレーキの制動力を高めるものや,VGTと排気ブレーキと
を組み合せたものであって,減速時にVGTの容量を減少させて吸入空気量を増や
すことにより,排気管内の圧力を高め,排気ブレーキバルブを閉じた際に得られる
制動力を増加するものである。これらの実施例において,VGTとエンジンブレー
キとを組み合わせたときに,減速時にVGTの容量を減少させて吸入空気量を増や
すことにより,排気マニホルド圧を高め,エンジンブレーキの制動力を増強するも
のであることが分かる。
一方,ディーゼルエンジンのエンジンブレーキとして,抽気ブレーキ事象を用い
ることは,周知技術である。
したがって,引用発明において,多様なエンジンブレーキの組合せとして,VG
Tと抽気ブレーキの組合せを用いることに何ら阻害要因はない。
(3)周知例1について
周知例1には,内燃機関の排気ブレーキ用バルブの制御方法が記載されていると
ころ,圧縮圧開放型ブレーキと抽気ブレーキのそれぞれの問題点を開示するととも
に,それらの問題点を踏まえて,部分抽気ブレーキ制御を行うことが記載され,そ
の排気バルブの開閉時期は,本願明細書及び図面に記載された実施例に示された理
想的なブレーキ・バルブ・リフト・プロファイルにほぼ一致するものである。
(4)相違点1の容易想到性について
引用例には,VGTとエンジンブレーキの組合せによって,減速時におけるエン
ジンブレーキの効果を増強することが記載され,ディーゼルエンジンのエンジンブ
レーキとして,抽気ブレーキ事象を用いることは,周知技術である。そして,前記
のとおり,周知例1には,圧縮圧開放型ブレーキと抽気ブレーキのそれぞれの問題
点を開示するとともに,それらの問題点を踏まえて,部分抽気ブレーキ制御を行う
ことが記載され,その排気バルブの開閉時期は,本願明細書及び図面に記載された
実施例に示された理想的なブレーキ・バルブ・リフト・プロファイルとほぼ符合す
るものである。
よって,引用発明において,圧縮圧開放型ブレーキの問題点を解消するために,
圧縮圧開放型エンジンブレーキに代えて抽気ブレーキを採用することは,周知例1
の記載から当業者が容易に想到し得たことである。
2相違点2に係る判断の誤りについて
(1)VGTを調整するためのパラメータについて
一般に,VGTは,エンジン回転数が低回転のときに,タービンの周りに配置さ
れた可変ベーンを絞ることによってタービンを駆動する排気ガスの流速を高め,そ
れによってタービン/コンプレッサーホイールの回転を高めることで,吸気過給圧
を高めるために設けられるものである。そして,エンジン回転数が低回転でVGT
を作動させるべき時は吸気過給圧が低いときであり,吸気過給圧が低いからこそ,
VGTを作動させてタービン/コンプレッサーホイールの回転を高めることによっ
て吸気過給圧を高めるのである。したがって,エンジン回転数に基づいてVGTを
制御することと,吸気過給圧に基づいてVGTを制御することに,実質的な違いは
ない。
なお,VGTなどの制御方法において,吸気過給圧を測定して,これをパラメー
タとして可変容量ターボチャージャを制御することは周知技術である。
(2)本願発明の実施例について
本願発明は,吸気過給圧をパラメータとしてVGTを制御することを発明特定事
項としている。しかし,本願明細書に示された実施例は,回転速度をパラメータと
して用いており,吸気過給圧をパラメータとしてVGTを制御する実施例は示され
ていない。
(3)特有の効果について
ア本願発明が,エンジン回転数ではなく,吸気過給圧に基づいてVGTを制御
することに特徴があり,それによって特有の効果を奏するのであれば,出願当初か
ら吸気過給圧に基づいてVGTを制御する実施例を記載するとともに,当該特有の
効果を記載するべきである。しかるに,原告は,審判段階に至っても,本願明細書
中に当該特有の効果を記載することもなく,意見書においてのみ主張するものであ
り,本願発明の作用効果として認めるべきものではない。
なお,VGTを備えたディーゼルエンジンにおいて,高所における大気圧及び空
気密度の低下の影響を補償するために,吸気過給圧をパラメータとしてVGTを制
御することは,周知技術である。
したがって,エンジン回転数に代えて吸気過給圧に基づいてVGTを制御するよ
うにしたことによる,高所での大気圧及び空気密度の低下の影響の補償という効果
は,上記周知技術が当然に奏する効果にすぎず,本願発明特有の効果ということは
できない。
イ圧力調整弁は,本願発明の発明特定事項ではないから,圧力調整弁の動作に
よる追加的な利点に関する主張は,本件審決の取消理由には当たらない。
ウ以上のように,吸気過給圧に基づいてVGTを制御することは従来より周知
であり,エンジン回転数に基づいてVGTを制御することと,吸気過給圧に基づい
てVGTを制御することとで,基本的な制御態様に実質的な違いはない。また,本
願発明において,吸気過給圧に基づいてVGTを制御するようにしたことにより,
格別な効果は奏しない。
したがって,引用発明において,エンジン回転数に代えて吸気過給圧をパラメー
タとしてVGTを制御するようにしたことは,当業者が容易に想到し得たことであ
る。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
(1)本願発明の概要
本願発明は,前記第2の2記載のとおりであり,本願明細書の記載によれば,本
願発明は,おおむね以下のとおりのものと認められる。
ア本願発明は,内燃エンジンにおけるエンジン・ブレーキの方法に関するもの
である(【0001】)。
イ従来,自動車のエンジン・ブレーキを提供するために,内燃エンジンを通過
する排気ガスの流量制御が利用されていた(【0002】)。
中でも,抽気ブレーキの動作も長く知られており,エンジン・ブレーキ時に,通
常の排気バルブ・リフトに加えて,残りのエンジン・サイクル全体を通じて(完全
サイクル型抽気ブレーキ)又はサイクルの一部の間に(部分サイクル型抽気ブレー
キ),1つ又は複数の排気バルブを絶えずわずかに開いた状態に保持することがで
き(【0006】),通常,抽気ブレーキ動作では1つ又は複数のブレーキ・バル
ブを圧縮TDCのかなり以前に開き始め(すなわち,早期バルブ駆動),次いで一
定の時間,リフトを一定に保持するので,抽気エンジン・ブレーキは,早期バルブ
駆動のために,1つ又は複数のバルブを駆動するのにはるかに小さい力で済み,ま
た圧縮圧開放型ブレーキの急激な圧抜きと異なり,絶えずガス抜きを行うために騒
音の発生が少ないし,しかも,抽気ブレーキはしばしば構成要素がより少なくて済
み,より低コストで製造可能であるので重要な利点を有するものであった(【00
07】)。
これらの利点にもかかわらず,抽気エンジンブレーキは,一般に,従来の固定ジ
オメトリーターボ過給機(FGT)を有する大型ディーゼル・エンジンでは,生成
されるブレーキ力が圧縮圧開放型ブレーキよりも小さく,このようなブレーキ力の
低下は,特に低中速のエンジン回転速度で生じるので,広く使用されてこなかった
という問題点があった(【0008】)。
ウ本願発明は,かかる問題点を解決するため,その構成のとおり,可変ジオメ
トリーターボ過給機(VGT)を導入して,抽気ブレーキを選択し,吸気及び排気
マニホルド圧を従来よりも高圧にすることにより,特に低中速のエンジン回転速度
における抽気ブレーキの大幅な性能向上に対応し(【0009】),抽気ブレーキ
固有の利点を確保しながらその性能を向上させることができるというものである
(【0010】)。
(2)本願発明におけるパラメータについて
本願明細書には,パラメータについて,図面とともに,以下の記載がある。
ア図12は,固定エンジン回転速度に関するVGTジオメトリーの関数として
の排気マニホルド圧を示す(【0063】)。
イエンジン・ブレーキが望ましければ,制御ブロックにおいて,ECMは,タ
ーボ過給機のジオメトリーを制御して,所与のエンジン回転速度で最大のエンジン
・ブレーキのための最適の排気マニホルド圧を供給する。図9に示すように,エン
ジン回転速度に伴うブレーキ力の変動は,完全サイクル型抽気ブレーキ・システム
に関して冷えた過給圧よりも排気マニホルド圧により相関する。しかし,本願発明
のブレーキ力は,排気マニホルド圧及び/又は過給圧の任意の組合せを制御するこ
とによって制御可能であることが企図されている(【0069】)。
ウ排気マニホルド内の圧力は,所与のエンジン・ブレーキ・システム及び圧力
調節弁の一定の開度に関して,ターボ過給機のジオメトリーとエンジンの回転速度
の関数である。図10は,エンジン回転速度(ERPM)とVGTジオメトリーの
関数としての排気マニホルド圧(Pexh)を表す制御図を示す(【0070】)。
エ図14は,エンジン回転速度の関数としてのVGTジオメトリーの設定を示
す制御図である。図14の線1は,様々なエンジン回転数における最大排気マニホ
ルド圧に関するVGTジオメトリーの設定を示す。図14の線2は,高いエンジン
回転速度における,過剰な排気マニホルド圧(及び幾つかのエンジン・パラメータ
に関する限度の超過)を伴わない最大ブレーキに関するVGTジオメトリーの設定
を示す。図14の線3は,様々なエンジン回転速度におけるより低いブレーキ水準
(例えば,50%のブレーキ)に関するVGTジオメトリーの設定を示す(【00
77】)。
オ別の実施例では,本願発明はエンジン・ブレーキ・システムを制御する方法
である。本方法は,エンジン回転速度及び圧力(排気又は吸気,好ましくは排気)
の関数としての,ターボ過給機のジオメトリーの制御を含むことができる(【00
77】)。
カ図14には,横軸をエンジン回転速度,縦軸をVGTジオメトリーにとり,
所要のエンジンブレーキの水準(線1ないし線3)を得るために,エンジン回転速
度に対してVGTジオメトリーの制御量が示されている様子がうかがえ,主に,エ
ンジン回転速度(エンジン回転数)をパラメータとしてVGTのジオメトリーの制
御をすることによって,所要の排気マニホルド圧を得ることが示されている。
2引用発明について
(1)引用例の記載
引用例に記載された発明(引用発明)は,前記第2の3(2)アのとおりであると
ころ,引用例の記載によれば,引用発明は,おおむね以下のとおりものと解される。
ア引用発明は,エンジンブレーキ装置に関するものである(【0001】)。
イトラックやバス等の大型車輌では,常用ブレーキ装置にかかる負担が大きく
(【0002】),下り坂などでブレーキをかける頻度が高い時には,一般的にエ
ンジンブレーキを併用することが行われているが,積載荷重が大きい場合や坂道が
急勾配であるような場合には,十分なエンジンブレーキの効果が得られないことが
あるため(【0003】),エンジンの圧縮上死点付近で排気弁を強制的に開作動
して圧縮圧力を開放することにより次の膨張行程におけるピストンを押し下げる力
の発生を少なくして圧縮行程で得た制動力を有効に作用させるようにした圧縮圧開
放型エンジンブレーキを補助的に装備したり,エンジンの排気行程で排気管内に配
設した排気ブレーキバルブを閉じて排気を圧縮させることにより制動力が得られる
ようにした排気ブレーキを補助的に装備したりすることが行われていたが(【00
04】),減速時を判断するためにセンサによりアクセルペダルのオフを検出して
いたので,オフにした時のアクセルペダルの角度とセンサの検出位置とが合うよう
に面倒な組付け調整を行わなければならないことなどの問題があった(【000
5】)。
ウ引用発明は,そのような問題に鑑み,減速時を検出するセンサの面倒な組付
け調整を不要とし,かつエンジンブレーキ解除後にアフタファイヤを起こすおそれ
を確実に回避し得るようにすることを目的としたものである(【0006】)。
(2)引用発明におけるエンジンブレーキ
上記のような目的を有する引用発明におけるエンジンブレーキの構成は,以下の
とおりである。
アディーゼル機関であるエンジンが,ターボチャージャとしてのバリアブルジ
オメトリーターボチャージャ(VGT)を備え,吸入空気を,吸気管を介してVG
Tのコンプレッサへ送り,コンプレッサで加圧された吸入空気をインテークマニホ
ルドへ導いてエンジンの各シリンダに導入し(【0011】),エンジンの各シリ
ンダから排出された排気ガスをエキゾーストマニホルドを介しVGTのタービンへ
送り,タービンを駆動した排気ガスを排気管を介し車外へ排出する構成を備えてい
る(【0012】)。そのVGTの制御に関しては,エンジンに,そのエンジン回
転数を検出する回転センサが装備され,回転センサからの回転数信号が制御装置に
入力され(【0013】),制御装置においては,VGTのタービン側に備えたア
クチュエータに対し開度指令を出力してVGTの容量を適宜に変更する制御を行い
得るようにしている(【0016】)。
イ例えば,一定の排気ガス量に対しノズルベーンの開度を大きく開くと,VG
Tのタービンにおける排気ガスの旋速が下がり,これによりタービンの回転数が下
がってコンプレッサ側における吸入空気量が減少するので,結果的にVGTの容量
が増加したことになり(同じ駆動回転数を得るのに多量の排気ガスが必要とな
る。),これとは反対に,一定の排気ガス量に対しノズルベーンの開度を絞ると,
VGTのタービンにおける排気ガスの旋速が上がり,これによりタービンの回転数
が上がってコンプレッサ側における吸入空気量が増加するので,結果的にVGTの
容量が減少したことになる(同じ駆動回転数を得るのに少量の排気ガスで済む。)
という構成とされている(【0017】)。その際,例えば,VGTの容量を
[1]から[4]の4段階で変更するものとし,ブレーキスイッチをオフにして通
常走行時の制御モードを選択した際に,VGTの容量が低速で[2],中速で
[3],高速で[4]となるように変更する通常制御が制御装置で行われ,他方,
ブレーキスイッチを一段階目のオンにして第1の減速時専用モードを選択した際に,
VGTの容量が低速で[1],中速で[2],高速で[3]となるように前記通常
制御の場合より容量を少な目に抑えた専用制御が制御装置で行われ,さらには,ブ
レーキスイッチを二段階目のオンにして第2の減速時専用モードを選択した際に,
VGTの容量が低速,中速,高速のいずれにおいても[1]となるように容量を下
限値に抑制する専用制御が制御装置で行われるようにされている(【0018】)。
ウまた,圧縮圧開放型エンジンブレーキが併用されており(【0022】),
各シリンダのそれぞれが異なるタイミングで圧力上死点付近となった際に,圧縮上
死点付近にあるシリンダのスレーブピストンが従動されて一方の排気弁が開作動さ
れるので,燃焼室内から圧縮空気を排気ポートへと逃がして次の膨張行程における
ピストンを押し下げる力の発生を少なくし,圧縮行程で得たブレーキ力を有効に活
用することが可能となり(【0026】),かかる圧縮圧開放エンジンブレーキを
併用して減速を行うと,回転センサからの回転数信号に応じた開度指令によりVG
Tのタービンのノズルベーンの開度が絞られ,VGTの容量が減少するように制御
されるので,減速時に通常走行時より少ない排気ガス量しか得られなくても,VG
Tのタービンの回転数を減速時に十分に上げてコンプレッサによる吸入空気量を増
加することが可能となり,圧縮圧開放型エンジンブレーキでの圧縮行程時に得られ
る制動力を大幅に増加して,減速時におけるエンジンブレーキの効果を増強するこ
とが可能となる(【0028】)。
エ以上のほか,引用例には,排気ブレーキを組み合わせたものであってもよい
ことが記載されているほか(【0029】),様々なエンジンブレーキを組み合わ
せて用いることが可能であることも記載されている(【0034】)。
3相違点1に係る判断について
(1)相違点1の容易想到性
ア相違点1は,本願発明においては,エンジンブレーキに抽気ブレーキを用い
るのに対し,引用発明においては,圧縮圧開放型エンジンブレーキを用いる点であ
る。
イ引用発明におけるエンジンブレーキ
前記2(1)のとおり,引用例には,VGTと圧縮圧開放型ブレーキとを組み合わ
せたものであって,減速時にVGTのタービンのノズルベーンの開度を絞り,VG
Tの容量が減少するように制御することにより,吸入空気量を増加させ,圧縮圧開
放型ブレーキの制動力を高めるものが記載されており,さらに,排気ブレーキを組
み合わせたものであってもよいことが記載されているほか,様々なエンジンブレー
キを組み合わせて用いることが可能であることも記載されている。
そうすると,引用発明においては,エンジンブレーキの種類及びその組合せにつ
いては,VGTと圧縮圧開放型ブレーキ以外の方式のエンジンブレーキを採用する
ことを排除していないものと理解される。
ウエンジンブレーキとしての抽気ブレーキ
(ア)周知例1(甲2)には,従来技術として,排気バルブを排気ブレーキ(エ
ンジンブレーキ)作動時に常時開く方法が示されている(【0002】)。また,
周知例2(甲3)には,従来技術として,エンジンブレーキ使用時に,排気行程以
外において排気弁をリフトさせて,シリンダ内の圧縮圧を開放させることにより,
エンジンブレーキ力を増大させる装置が提案されていることが示されている(【0
002】)。
エンジンブレーキ時に,通常の排気バルブ・リフトに加えて,残りのエンジン・
サイクル全体を通じて又はサイクルの一部の間に,1つ又は複数の排気バルブを絶
えずわずかに開いた状態に保持することを「抽気ブレーキ」というところ,周知例
1及び2の上記記載のほか,本願明細書においても,抽気ブレーキの動作が長く知
られていることが記載されている(【0006】)。
よって,かかる抽気ブレーキは,周知技術であると認められる。
(イ)そして,抽気ブレーキの利点は,本願明細書によれば,バルブを駆動する
のにはるかに小さい力で済み,また圧縮圧開放型ブレーキの急激な圧抜きと異なり,
騒音の発生が少ないし,しかも,しばしば構成要素がより少なくて済み,より低コ
ストで製造可能であることである(【0007】)。また,周知例1においても,
圧縮圧開放型ブレーキと対比してシリンダ内圧の高い時期にバルブを開くことによ
って生じる信頼性の低下をカバーするという利点があるとされている(【000
4】)。
このように,抽気ブレーキは,従来から,圧縮圧開放型ブレーキの諸点を改良し
たエンジンブレーキであると認識されているものである。
(ウ)さらに,エンジンブレーキの技術分野においては,「圧縮圧開放時におい
ては,そのガス(ほとんどが空気)が大気放出の際に大きな音が生じないように膨
張を適度に抑えて,騒音の発生を防止している」(乙1【0021】),「弁径を
小さくすることは圧縮空気の急激な開放による騒音発生に対しても,…有利とな
る」(乙2)といった記載があり,この技術分野においては,エンジンブレーキ作
動時の圧縮空気の急激な開放による騒音発生の問題解決の必要性が普通に知られて
いるということができる。
エ容易想到性
したがって,引用発明において,圧縮圧開放型ブレーキに代えて,騒音等の防止
を図るために,周知の抽気ブレーキの選択を指向することは当業者にとって自然な
発想である。よって,引用発明には,VGTと組み合せるエンジンブレーキとして,
圧縮圧開放型ブレーキに代えて抽気ブレーキを選択する動機付けが存在するという
ことができる。
しかも,引用発明において,圧縮圧開放型ブレーキに代えて抽気ブレーキを選択
しても,圧縮圧開放型ブレーキを用いた場合と同様に,減速時にVGTのタービン
のノズルベーンの開度を絞り,VGTの容量が減少するように制御することにより,
吸入空気量が増加し,抽気ブレーキの制動力を高めることができ,そのことにより,
引用発明の目的が達成されることは明らかであるから,そこに阻害要因もない。
以上のとおりであるから,引用発明において,圧縮圧開放型ブレーキに代えて抽
気ブレーキを用いることは,当業者が容易に想到し得るものである。
(2)原告の主張について
ア原告は,各エンジンブレーキの機序を捨象して,抽気ブレーキがエンジンブ
レーキとして周知であることの一事をもって,引用発明に基づいて本願発明が容易
に想到できると結論づけた本件審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,本件審決は,ディーゼルエンジンのエンジンブレーキに,抽気ブレーキ
を用いることが周知であると認定した上で,その「ほか,圧縮圧開放型エンジンブ
レーキ事象に代えて抽気ブレーキ事象を用いることが可能であることは,明らかで
ある」との判断を示しているから,各エンジンブレーキの機序の差異を踏まえた上
でエンジンブレーキ方式の置換えの容易想到性について判断したものである。
したがって,原告の主張は前提において失当である。
イ原告は,引用例に先立つ周知例1及び2に抽気ブレーキが既に開示されてい
るにもかかわらず,引用例には,圧縮圧開放型ブレーキを使用することを前提にV
GTと組み合わせることが記載されているにすぎないことなどを根拠にして,引用
発明には抽気ブレーキを採用する具体的な動機付けがないと主張する。
しかし,引用例と周知例1及び2は,それぞれ独立して頒布された刊行物であっ
て直接の関係がないものであるから,それらの頒布時期の先後が,直接,引用例の
記載内容の認定に影響を及ぼすというものではない。そして,引用発明が,エンジ
ンブレーキの種類及びその組合せについて,VGTと圧縮圧開放型ブレーキ以外の
方式のエンジンブレーキを採用することを排除していないものであることは,前記
認定のとおりである。
よって,原告の上記主張は,理由がない。
ウ原告は,本願発明の抽気ブレーキと引用発明の圧縮圧開放型エンジンブレー
キは,制動機序が異なる旨主張する。
しかし,まず,排気ガス背圧の生成については,引用発明においても,VGTの
タービンのノズルベーンの開度を絞ると,タービンに至る排気ガスの流れがせき止
められるので,吸入空気量の増加に伴う排気空気量の増加も相俟って排気ガス背圧
が上昇することは,技術常識に照らして明らかである(乙3【0034】,乙5
【0074】)。また,圧縮室から排出されるガスの圧力と排気ガス背圧の差圧が
変化すれば直接的にエンジンブレーキの制動力に影響を与えることも,エンジンブ
レーキの機序に照らして明らかである。
よって,本願発明と引用発明とは,「排気マニホルド内に排気ガス背圧を生成す
るステップ」を含み,排気ガス圧(排気マニホルド(排気管)内のより高い圧力)
の生成によってポンプ仕事量を増加させ,エンジンブレーキの制動力を増加させる
点で,実質的に差異はない。
以上のとおり,原告の主張する制動機序の違いとは,結局,引用発明におけるエ
ンジンブレーキとして,圧縮圧開放型ブレーキと抽気ブレーキのいずれを選択する
かに尽きるものである。そして,前記のとおり,引用発明においては抽気ブレーキ
を採用することの動機付けがあるから,原告の主張するような制動機序の違いはな
い。
したがって,原告の上記主張も,理由がない。
エ原告は,排気マニホルド内のより高い圧力によって,シリンダをバック・チ
ャージ(排気過給圧)するためのEGRが増加し,より大きな圧縮開放ブレーキ力
が発生することにより,抽気ブレーキ性能が向上すると主張する。
しかし,特許請求の範囲にEGRを用いることについての明示的な記載はなく,
また,本願明細書の記載(【0015】【0024】【0046】)によれば,E
GRを採用することは任意の手段と理解される。よって,原告の上記主張は,特許
請求の範囲の記載に基づくものではない。
なお,この点について,本願明細書(【0004】【0050】~【005
3】)の記載に照らすと,排気バルブを介して排気ガスをエンジン・シリンダ内に
戻していれば,それが内部型EGRに相当すると解釈する余地がないわけではない。
しかし,そのように解釈したとしても,本願明細書(【0004】)の記載及び抽
気ブレーキを開示する周知例2(【0014】)の記載を併せて参酌すれば,内部
型EGRは抽気ブレーキの機序そのものの一部であるから,内部型EGRを採用す
ることは,抽気ブレーキを採用することと実質的に差異がない。
したがって,原告の上記主張も,理由がない。
(3)小括
よって,相違点1に係る本件審決の判断に誤りはない。
4相違点2に係る判断の誤りについて
(1)相違点2の容易想到性
ア相違点2は,本願発明においては,第1エンジンパラメータとして「吸気過
給圧」を用い,吸気過給圧の水準を測定するステップと,吸気過給圧の水準に応答
して,排気マニホルド内に排気ガス背圧を生成するステップにして,吸気過給圧の
水準に応答して,可変ジオメトリ・ターボ過給機を第1位置に閉じて,該可変ジオ
メトリー・ターボ過給機を通過する排気ガスの流れを制御するステップを含むのに
対し,引用発明においては,第1エンジンパラメータとして「エンジン回転数」を
用い,エンジン回転数を測定するステップと,エンジン回転数に応じて,バリアブ
ルジオメトリーターボチャージャのノズルベーンの開度を絞り,バリアブルジオメ
トリーターボチャージャを通過する排気の流れを制御して排気背圧を生成するステ
ップを含む点である。
イ引用発明において吸気過給圧をパラメータとすることの動機付けについて
前記2(2)のとおり,引用発明において,ディーゼル機関であるエンジンは,タ
ーボチャージャとしてVGTを備え,吸入空気を,吸気管を介し前記VGTのコン
プレッサへ送り,当該コンプレッサで加圧された吸入空気をインテークマニホルド
へ導いてエンジンの各シリンダに導入し,エンジンの各シリンダから排出された排
気ガスをエキゾーストマニホルドを介し前記VGTのタービンへ送り,当該タービ
ンを駆動した排気ガスを排気管を介し車外へ排出するようにし,それにより,減速
時に通常走行時より少ない排気ガス量しか得られなくても,VGTのタービンの回
転数を減速時に十分に上げてコンプレッサによる吸入空気量を増加することが可能
となり,圧縮圧開放型エンジンブレーキでの圧縮行程時に得られる制動力を大幅に
増加して,減速時におけるエンジンブレーキの効果を増強することが可能になると
いうものである。
したがって,エンジンブレーキ時のVGTの制御は,エンジンの排気ガス量を測
定できれば足り,そのためには,排気ガス量を直接測定しなくても,エンジンの機
序に照らし,排気ガス流量と相関関係が生じるエンジン回転数,VGT回転数,吸
入空気量,吸入空気圧などを測定することによっても,引用発明の目的が達成でき
ると解することは,当業者にとって自然な発想である。
そうすると,引用発明において,エンジンの運転回転数に基づいてVGTを制御
することに代えて又はそのことに追加して,運転回転数と同様に排気ガス量と相関
関係にあるパラメータを選択することの示唆があるということができる。
そして,このように運転回転数と相関関係にある上記吸入空気圧は,VGTによ
り過給されるものであるから,「吸気過給圧」ということもできる。
ウ吸気過給圧をパラメータとすることの周知性について
また,VGTの制御において吸気過給圧をパラメータとすることは,周知の技術
である(乙3~6)。
エ本願発明におけるパラメータの意義について
本願明細書には,パラメータについて,前記1(2)のとおりの記載があるところ,
それによれば,本願発明において,吸気過給圧を含む,任意のパラメータに基づい
てVGTの制御をすることを想定しているものと解される。しかも,本願明細書に
は,特に吸気過給圧を選択したことの優位性について説明されているわけでもない。
この点について,吸気過給圧に基づくVGTの制御について記載がないとする被
告の主張は失当であるが,一方で,これらのパラメータは任意に選択することがで
きることからすれば,本願発明においてパラメータとして吸気過給圧を選択するこ
とは,当業者が適宜なし得る事項である。
オ以上のとおり,引用発明には,本願発明のように吸気過給圧をパラメータと
してVGTを制御する示唆があり,しかも,当業者が予測できない効果を奏するも
のでもないから,相違点2に係る本願発明の構成は,引用発明及び周知技術に基づ
いて当業者が容易に想到し得たものである。
(2)原告の主張について
ア原告は,引用例には,単に,エンジンブレーキの際にも,通常走行の際に測
定していたのと同様に,VGTの制御を行うことが記載されているのみである旨主
張する。
しかし,前記2(2)のとおり,引用発明において,エンジンブレーキの際には,
通常走行の際と異なる制御が行われていることは明らかである。この際,これらの
制御を行うためのパラメータとして吸気過給圧を用いることができることも,前記
のとおりである。また,本願発明の構成は,通常走行の際のパラメータとエンジン
ブレーキの際のパラメータとの異同その他の関連構成を特定するものではないから,
この点からみても,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,
失当である。
イ原告は,本願発明は,大気圧等の低下によるエンジンブレーキ力の低下を補
償するという特有の効果を有すると主張する。
しかし,吸気過給圧を調整してエンジンを運転する場合,空気の圧力(密度)が
その運転状態に影響を及ぼすことは,明らかである。すなわち,エンジンに吸入さ
れて燃料を燃焼させるために必要な空気中の酸素の量も,エンジンブレーキ時に空
気圧縮機として使用する場合の制動力も,原理的に吸気の圧力,容積(流量)等に
よって影響を受けるものである。また,一般に高地で大気圧等が低下していること
は顕著な事実である。
そうすると,VGT制御のためのパラメータとして吸気過給圧を選択した場合に,
そのような大気圧等の低下による制動力の変化が補償されるようになることは,自
明の効果である。しかも,そのような大気圧等の低下がエンジン性能に影響を与え
ることは,従来から知られている技術常識でもある(乙5,6)。
加えて,本願明細書においても,そのことにより,格別の効果を奏する根拠とな
る記載もない。
したがって,本願発明が奏する効果は,当業者が予測できない効果であるとはい
えないから,原告の上記主張は理由がない。
ウ原告は,本願発明の圧力調節弁の動作は,従来の知られたシステムをしのぐ
幾つかの追加的な利点を有すると主張する。
しかし,圧力調節弁は,本願発明の構成に含まれるものではなく,原告の主張は,
特許請求の範囲の記載に基づくものではないから,採用することができない。
(3)小括
よって,相違点2に係る本件審決の判断に誤りはない。
5結論
以上の次第であるから,原告が主張する取消事由は理由がなく,原告の請求は棄
却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官土肥章大
裁判官髙部眞規子
裁判官齋藤巌

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