弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原判決を取消す。
本件を東京地方裁判所に差戻す。
       事   実
(昭和四三年(行コ)第五二号事件)
 控訴人公共企業体等労働委員会の代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの各請
求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とす
る。」との判決を求め、控訴人全逓信労働組合宮崎県北部支部の代理人並びに被控
訴人国の代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。
(昭和四三年(行コ)第五三号事件)
 控訴人全逓信労働組合宮崎県北部支部の代理人は「原判決中控訴人勝訴部分を除
きこれを取消す。本件救済命令主文第二項中『申立人が被申立人に別記内容の文書
を提出することを条件として』とある部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被
控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人公共企業体等労働委員会の代理
人並びに被控訴人国の代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は次のとおり附加訂正するほか、原
判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。
(控訴人公共企業体等労働委員会の陳述)
一  労働関係について公労法の適用される、いわゆる三公社五現業のうち三公社
は公法上の法人とされており(国鉄法第二条、専売公社法第二条、電々公社法第二
条)、民間企業の場合に準じて考えられるのでこれらを別として、五現業関係につ
いては職員は国家公務員法上の一般職公務員であり、管理機構も官庁組織である関
係上労働法的な関係と行政法ないし公務員法的な関係とが交錯する場面として、理
論上の問題が生ずるのは当然である。そこでこれを取扱うのには、その実態に即し
た特殊の法技術が必要になる。
 いわゆる現業は、行政作用に基づく政府事業であり、労働関係については、これ
を他の一般の行政事務と区別して取り扱う必要から、公労法等により或程度の独立
性を認めながらも、公社のようにはっきりした法人格を認めるところまでには至っ
ていない。郵政事業も政府管掌の国家企業であるが、その経営上財政上政府や他の
国家事業と別個に取扱われるものである。ある事業や財団を法律上他のものから切
り離して考察する場合のテクニツクとしては、これを独立の法主体すなわち法人と
することが通例であるが、そこまでしなくともその管理機構を独立させる形でも或
程度同様な意図が達成できるのもである。例えば破産財団を破産者の自由財産と区
別するのに、これを法人視する理論を採用しないとしても破産手続上の管理機構と
しての破産管財人によって代表される独立の財産とするような場合である(破産法
第七条、第一六二条等参照)。この場合管財人は個人として権利義務を負うわけで
はなく、管財人としての資格なり、その職務権限が擬人化されるのである。いわゆ
る職務上の当事者とか機関人格という観念はこのような必要から法理上のテクニツ
クとしてあみ出されたものである。
 これと同様に郵政事業の独立性もその管理機構によって表現されるのであり、前
述のように、それが官庁組織であることから、その官庁名によって表示されるのが
当然である。すなわち郵政大臣が最高の管理者であるが、その下部の郵政局長や郵
便局長等も、その職務権限の範囲内でそれぞれ郵政事業を代表するのであり、これ
を名宛人とする行為もその範囲で郵政事業に向けられた行為と見られるのである。
原審判決のように素朴に郵政事業は国家企業であるから、事業主は国であり、労働
関係上の使用者も国であると考えるのは却つて政府や国の他の事業との区別を無視
するものである。控訴委員会の所管に属する事項としては、本件のような不当労働
行為の審査のほかに、公共企業体等の労使紛争の調整としてのあっせん、調停、仲
裁があるが、原審判決のような考え方をとる以上これらの処理のうえでも、労使の
当事者の名宛人は同様に考えられなければならないはずである。ところが控訴委員
会の仲裁裁定は当然その名宛人である当事者双方を拘束するが、政府としては予算
上資金上不可能な支出を内容とするものについては拘束されないことになっている
のである(公労法第三五条、第一六条)。そうなると当事者である国としては裁定
に拘束されるのに、政府や国会はその拘束を受けないという奇妙な結果を生むであ
ろう。したがって、この場合の使用者としての当事者は、国や政府と区別された郵
便事業体であり、その代名詞としての郵政大臣以下の機関を指すものとみなければ
ならない。本件のような不当労働行為の救済命令についても、国を当事者としてこ
れに組合に対する陳謝文の手交を命じたりすることは却って非常識であるし又その
実効性も疑わしいであろう。
 この故に控訴委員会としては、現業関係においては、常にこれを管理する官庁を
使用者として取り扱って来たのであり、又当事者もこの慣行について何等疑念を狭
まなかったのである。今更これを混乱させるような解釈をしなければならない必要
は少しもないのである。
二  なお、仮りに百歩を譲つて、公労法上の関係について現業官庁の当事者能力
を認めないとしても、一般的に官庁の職務権限内における行動は国を代表するもの
として、その法律上の効果は国に帰属するものであるから形式上官庁を名宛人とし
た行為も、実質上は国に対するものとして考察することを妨げない筈である。郵便
局長も一個の官庁として、その局務を管理し、局員を指揮監督する職権を有し、そ
の限度で国を代表するのであるから、これを名宛人とした控訴委員会の命令は国に
対して為されたものとして取り扱うことを妨げる理由はない。したがって原判決の
ように不当労働行為の申立に対する命令は、国を当事者としてすべきであるとの立
場においても、本件命令には何等違法はないのである。ちなみに地方公共団体の経
営する地方公営企業については、地方公共団体の長がその職員のうちから管理者を
指定した場合は、その事業については、管理者がその地方公共団体を代表すること
とされている(地方公営企業法第八条)。
三  不当労働行為事件の命令において、国の機関を被申立人とすることの適法性
は、すでに駐留軍間接雇傭労務者に関する不当労働行為事件すなわち国の機関とし
て国が雇傭主である駐留軍労務者の雇入れ、解雇等の機関委任事務を処理する知事
を被申立人とする命令の訴訟を通じ最高裁によってすでに確立している(駐留軍沢
の町事件―最高裁昭和三四年(オ)五九三号、昭和三七、五、二四判決、東京調達
支部事件ー最高裁昭和三六年(オ)五一九号、昭三七、九、―八判決)。これらの
事件の命令の名宛人は地方労働委員会から上告審の段階を通じて知事であり、命令
の名宛人の問題は当事者間で争われたこともなく、裁判所が職権調査のうえ否認し
たこともない。
 すなわち最高裁がこれらの事件における命令の名宛人の問題についてなんら判示
しなかったことは、権場調査のうえこれらの事件に関する不当労働行為救済命令に
おいては国を名宛人にすることなく、国の機関である知事を名宛人とすることが適
法であると判断したからにほかならない。この点からいって原判決は最高裁判例に
反するものといわなければならない。
四  しかも前掲一で主張したところによれば、却って本件で法務大臣によって代
表される国が原告として出訴した点もおかしいことになり、国の訴(原審昭和四〇
年(行ウ)第四一号)は却下さるべきである。
 この場合本来命令の名宛人である郵便局長が出訴すべきであり、そうでなければ
具体的な事項についてその権限を上移させた上級庁例えば郵政大臣が代って出訴す
ることならよいが国は命令の当事者ではなく、又直接命令の効力を受ける者ではな
い。原審判決はこの点においても誤りを犯しているというのほかはない。
(証拠)
       理   由
 按ずるに、原判決は、本件救済命令は使用者に該当しない国の末端行政機関であ
る郵便局長に当事者適格があると看過してなされた違法無効なものであるとしなが
ら、国(第一審原告組合の請求を超えている)の訴にもとづき、その実質的適否の
審理に立ち入ることなく、その第一項を除いてこれを取り消したのである。
 しかしながら、本件救済命令は国の行政機関であるにせよ、延岡郵便局長を相手
方とするものであつて、国を直接の相手方としてなされたものではない。第一審原
告組合が救済命令の発付を求めた相手方も右の郵便局長であつて、国ではない。そ
れ故に、郵便局長が国の行政機関であるため救済命令の効果が究局において国に及
ぶにせよ、郵便局長を相手とする救済命令の当事者はあくまでも当該郵便局長であ
つて国ではなく、したがつて、この命令に対して訴を起こしうる者も当該郵便局長
に限られ、国はその当事者適格を有しないものとするを理論上一応当然とする。も
しそれ、救済命令が究局において国に対しその効力が及ぶの故をもつて郵便局長に
対する救済命令に対し、国に訴の提起を許すべきものとするときは、その当然の帰
結として郵便局長に対して発せられた救済命令も結局において国に対して発せられ
たものとして、これを適法と解しなければならない理である。原判決が、一方にお
いて本件救済命令を相手方を誤つた違法のものと厳格に解しながら、他方において
当事者でない国の訴の提起を適法のものと寛かに解し、これにもとづきその一部を
取り消したのは、右の説示に照らし理論として一貫しないものがあると非難されて
もやむをえないであろう。もつとも、本件救済命令に対しては、その申立人である
第一審原告組合も訴を提起しており、その訴はもとより適法であるから原判決はこ
れにもとづき本件救済命令の一部を取り消したものともいえそうであるが、その取
消の範囲は第一審原告組合の申立範囲を超えているから、かく解することは困難で
あるだけでなく(救済命令の一部取消の申立事件において、救済命令自体が違法で
ある場合には、その申立の範囲に拘束されず、その全部を取り消しうるのではない
かとも疑われるが)、本件救済命令が相手方を誤つた違法のものとする以上、国の
訴も当事者適格のない者の訴としてこれを却下すべきであつたものといわなければ
ならない。
 のみならず、当裁判所は国の行政機関たるにすぎない郵便局長に対する救済命令
も適法と解する。その理由はほぼ第一審被告委員会の主張するとおりであつて、特
に、法も当然にこれを予定しているのではないかと考える。このことは、郵政事業
等のいわゆる五現業は国の企業であつても、少なくとも労働関係の面では独立の法
人格を付与されたいわゆる三公社に準じて独立の企業体として扱われていることに
徴し疑を容れないところである。すなわち、公共企業体等労働関係法は使用者を公
共企業体等と指称して国の表現を避け、五現業の企業自体を労働関係の主体かのご
とくに扱つている。団体交渉は当該企業の指名する交渉委員が企業を代表してこれ
に当たるものとされ(公労法九条、一〇条)、その交渉委員の数、任期等も団体交
渉で定められる(同法一一条)。特に、公共企業体等労働委員会(公労委)に地方
における調停に関する事務を分掌させるため地方調停委員会をおくこととせられて
いることは、労使間の紛争を各労働関係の現存する地方において調停せしめようと
するにあることに疑はないが、他方においてこの場合の使用者を当該労働関係を管
理する現場の企業の代表者とする趣旨であることを示すものである。そうでない
と、企業の主体たる国(主務大臣)において全国各地に散在する現業の労使紛争に
つき常に直接関与を強いられ(地方調停委員から通知を受け、代理人の選任手続を
するなど)、煩瑣に堪えない結果となるだけでなく、地方調停委員会を設けた趣旨
を没却することとなるであろう。地方調停委員会は東京都にもおかれているが、労
使紛争の調停につき国が一方の当事者となるものとするときは、公労委調停委員会
のほか別に東京都地方調停委員会を設ける意義も失われる理である。このように、
労使間の紛争の処理につき、公労委に現場(現業)主義をとることを許容し、現業
の代表者を相手に接渉することを認めながら、救済命令においてのみ突如として国
を当事者としなければならないとすることは、決して法の趣意ではないであろう。
それ故に、法に特に明文はないが、労働関係に関する限り郵政事業のごとき国の企
業においては、当該企業が使用者とされ、労務を管理すべき企業の代表者が当事者
たるものと解するを至当と考える(企業に人格はないから)。救済命令の当事者を
企業の代表者とすべきものとする以上、これに対する訴の当事者も原則として当該
代表者たるべきものと解すべきは、多く、いわずして明らかであろう。
 そもそも、労働関係は特殊の法域に属し、一般私法の概念は修正して適用さるべ
きものである。特に、国が使用者である企業の場合には、民法上は国が労働契約上
の主体であると認めるのほかないにせよ、その現実の労働関係は労働者を任免しま
たは労務を管理すべき企業の代表者との間に発生するものであるから、その調節の
関係も労働者ないし労働組合と右の代表者との間において配慮さるべきものと解す
るを妥当とする。そうでないと、全国に散在する労働関係を迅速適切に調節するこ
とが不可能だからである。郵政事業が全国を基盤とし、地方郵政局が所属職員の任
免、労務の管理等に関する事務を分掌し(郵政省組織規程一六条一項、郵政省設置
法六条一項一〇号)、郵便局が地方郵政局長の監督下において、現業事務を行なう
(同規程一六条二項)のであつて、郵便局における所属職員の労務管理も現業事務
に含まれることは疑がないから、その労働関係の調整ひいて救済命令も郵便局長を
当事者としてなさるべく、国を当事者としてこれをなすべきではないと解すべきこ
とは、以上の理から明らかであると信ずる。全逓信労働組合の支部が全国各地に散
在するゆえんも組合との局地的交渉ひいて公労委の労働関係に関する調整関係の処
置は、すべて当該地区における労務管理者を相手方とすることを当然のこととした
ためであり、いま、これを覆して相手方を常に国とすべきものとすることは、従来
の慣行を無視して形式に堕し、いわれなく平地に波瀾を捲き起こすのみであること
を知るべきである。
 なお、付言するに、郵便局長を相手方とする救済命令に対し当該郵便局長が訴を
提起しうることは当然としても、訴は権利主体間の権利関係を明確にすることを理
想とし、郵便局長に対する救済命令も結局は権利主体たる郵便局長によつて代表さ
れる国に対するものにほかならないから、右の命令に対しては国自らも訴を提起し
うるものと解すべきではないかと考える。
 以上の理由により、本件救済命令を違法とした原判決を取り消し、なお審理をつ
くさしめるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。
 よつて民事訴訟法第三八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷部茂吉 鈴木信次郎 麻上正信)

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