弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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        主    文
 原判決を破棄する。
       本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人石松竹雄,同竹村寛,同後藤貞人の上告趣意のうち,判例違反をいう点は
,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲
法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,適法な
上告理由に当たらない。
 しかし,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条
1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
 1 本件公訴事実の要旨は,「被告人Aは,B株式会社(以下「B」という。)
C支店に勤務し,Bが大阪府から請け負った「大阪府営a住宅(建て替え)新築く
い工事(第4工区)」(以下「本件工事」という。)の現場所長として,被告人D
は,BE店に勤務し,本件工事の主任技術者として,被告人両名とも,同府及び下
請け業者との間での工事の進行状況の打合せ及び工事関係書類の整理など本件工事
全般を掌理していたものであるが,本件工事に関し,大阪府から工事完成払金の支
払を受けるためには,同府の係員の完成検査を受け,同府が工事代金を支出するに
必要な検査調書を作成させなければならないところ,くい打ち工事の掘削現場から
排出された汚泥のうち,資格のある収集運搬業者及び中間処理・最終処分業者に正
規に処理させた汚泥の量が,真実は合計約45立方メートルにとどまり,さらに不
法投棄した汚泥もあったため,完成検査に合格せず,検査調書も作成してもらえな
いことから,あたかも,525立方メートルの汚泥を関係法令に基づき場外搬出処
分したかのように装って完成検査を受け,検査調書を作成させ,工事完成払金を騙
取しようと企て,本件工事の下請け業者であるF株式会社代表取締役G及びH協同
組合代表理事Iらと共謀の上,あらかじめ,525立方メートルの汚泥が正規に処
理された旨記載された内容虚偽の建設業汚泥排水処理券(以下「処理券」という。)
を作成した上,平成4年4月30日ころ,本件工事現場所在の大阪府監理事務所内
において,同府技術吏員で本件工事の完成検査検査員であったJに対し,これを真
正なもののように装って提出し,同人をして処理券は真正で,525立方メートル
の汚泥はすべて正規に処理された旨誤信させて,本件工事は適正に行われた旨の検
査調書を作成させ,さらに,同年5月6日ころ,BC支店K名義で,工事完成払金
として7288万円の支払を大阪府知事に対し請求し,同検査調書及び工事代金請
求書の送付を受けた同府建築部建築監理課課長代理Lをして,同様に誤信させて請
求金額どおりの工事代金の支払を決裁させ,よって,同年6月5日ころ,同府出納
室決算課支払係係員をして,M銀行N支店のBC支店名義の当座預金口座に,工事
代金として7288万円を振替送金させ,もって,これを騙取した。」というもの
である。
 2 第1審判決は,次のような事実認定及び法律判断をして,被告人両名に詐欺
罪の成立を認めた。
 (1) 検察官が本件において汚泥の不法投棄に当たると主張するのは,本件工事
に使用した安定液を再利用した後に最終的にタンク内に貯留したもののうち沈殿部
分を残土とともに投棄したことであるが,この沈殿部分が汚泥に当たるかどうかは
,当時の行政サイドの基準によっても必ずしも明確ではないから,それを残土とし
て処理することが汚泥の不法投棄であるとするには,合理的な疑いがある。
 (2) 検察官は,仮に架空の処理券を提出せず,そのまま45立方メートル分の
処理券を提出した場合,完成検査に合格しないだけでなく,代金額が減額されかね
ない旨主張するが,本件請負契約においては,請負代金額は総額が定められている
だけであって,汚泥の処理量や処理費については定めがないことなどから,汚泥の
処理量や処理費が予定より少なかったからといって,代金額が減額され得たとは認
められない。
 (3) 本件請負契約において,汚泥の処理量は完成検査の対象になっていないが
,汚泥を適正に処理することは契約の内容となっており,検査員が処理券の内容が
虚偽であることに気付いた場合には,その原因を調査するため,その間工事完成払
金支払の前提となる検査調書は作成されず,平成4年4月30日に行われた完成検
査において,少なくとも合格が留保されたことが認められる。したがって,被告人
両名の行為は,工事が適正に行われた旨の検査調書の作成及びその後の工事完成払
金の支払の決裁と因果関係があり,工事完成払金の支払時期を不当に早めたものと
いうべきである。
 3 これに対し,被告人両名が控訴を申し立てたところ,原判決は,次のように
判示して,第1審判決を破棄した上,おおむね公訴事実どおりの犯罪事実を認めて
,被告人両名を有罪とした。
 (1) 第1審判決の「罪となるべき事実」と「事実認定の補足説明」との間には
理由の食違いがある。また,第1審判決が,汚泥処理量について実際量を申告した
場合と本件のような虚偽の申告をした場合とでは支払時期に差異が生じる点で詐欺
罪が成立するとしながら,その差異が期間としておよそどの程度かについて何ら判
示していないのは,理由の不備に当たる。
 (2) 本件工事をめぐる事実関係は,以下のとおりである。
 ア 本件工事は,アースドリル工法による場所打ちのくい打ち工事であり,平成
3年12月ころ,大阪府とBとの間で,本件工事の定額・一括請負契約が締結され
た。
 イ 本件工事においては,掘削された穴の側壁の崩壊を防ぐため,ベントナイト
安定液を穴に入れた後,貯留タンクに戻して上水部分を再利用する方法が予定され
ており,この作業によって劣化した安定液やタンクの底に堆積する土砂,セメント
等が混合した汚泥を産業廃棄物として場外処理する必要があった。大阪府は,本件
工事における汚泥の処理量を約522立方メートルと予想し,その処理代金を56
3万7600円と見積もった。Bは,工事を進めるに当たり,汚泥を残土に混ぜて
不法投棄した結果,正規の方法で処理した汚泥の実際量は約45立方メートルで,
その処理費用は48万6000円にとどまった。
 ウ 被告人両名は,大阪府の委託監督員のOから同府の汚泥処理の見積量を聞き
出し,これと実際の処理量との間に大きな食違いがあることを知り,実際の処理量
を申告した場合には,工事が設計書類に従っておらず,あるいは汚泥を不法投棄し
たなどと疑いを持たれ,完成検査の合格を留保された上,その状況について調査を
受けるおそれがあり,その結果,工事代金の支払手続に移行しないばかりか,予想
量に満たない汚泥処理代金について減額されるおそれを感じた。このため,被告人
両名は,内容虚偽の処理券を提出し,完成検査の合格を得て代金の支払を受けよう
と企て,下請業者等を介してIと意思を通じた上,Iが上記予想量とほぼ符合する
525立方メートルの汚泥が適法に処理されたとする内容虚偽の処理券を作成した。
 エ 被告人両名は,完成検査において上記処理券を提出し,これを確認した大阪
府の検査員らは,予想量とほぼ同程度の量の汚泥が適法に処理されたものと誤信し
て検査を合格させ,合格を確認した同府の職員らは,工事代金支払の決裁をして,
日特建設に7288万円を支払った。
 (3) 本件請負契約には,その内容の重要な要素として,ベントナイト安定液に
よる汚泥の処理が含まれており,定額・一括請負契約であったとはいえ,汚泥の不
法投棄によりその汚泥処理費用の実際額が大阪府の見積額を大幅に下回った場合に
は,契約の解釈上,不完全履行としてそれ相応の請負代金が減額されるべきであっ
た。
 (4) 本件工事におけるベントナイト安定液の繰り返し使用に際してタンク底に
生じる残留物は,産業廃棄物である汚泥に当たるものであり,本件請負契約の当事
者や工事関係者の間には,その認識があったと認められる。
 (5) Bは,産業廃棄物であるベントナイト廃液の汚泥の一部を不法投棄したほ
か,その処理した汚泥の実際量と大阪府の予想量との間に顕著な差があったから,
これらの事実が判明した場合には,それ相応の工事代金の減額がされるべきであっ
たにもかかわらず,被告人両名は,実費を大幅に上回る汚泥処理費用を含めた工事
代金を請求して,大阪府を欺罔したものである。
 4 そこで,原判決の当否について検討する。
 記録によれば,本件請負契約は,競争入札による定額・一括請負契約であって,
請負代金の総額が定められているだけで,汚泥処理費用等その内訳については一切
定めがないと認められるから,汚泥処理費用の実際の額が発注者の見積額を大幅に
下回った場合においても,この点について特段の約定がない限り,発注者は請負代
金の減額請求をすることができない。また,本件請負契約の施工方法の細目を定め
た現場説明事項11項には,「くい工事にて発生する汚泥は,すべて関係法令に基
づき,場外搬出処分とする」旨定められているところ,汚泥が工事現場に残存して
いる状態では,くい打ち工事が完成したということはできないから,汚泥を場外搬
出することは,請負契約上の義務に当たるが,場外搬出した汚泥の処分を関係法令
に従って行ったか否かということは,業者としての公法上の義務に係るものであっ
て,請負代金の支払請求権とは対価関係に立つものでなく,これを理由に,発注者
に請負代金の減額請求権が発生するとはいえない。したがって,原判決が,汚泥の
不法投棄によって汚泥処理費用の実際の額が発注者の見積額を大幅に下回った場合
に発注者が請負代金の減額を請求できることを前提として,被告人両名が内容虚偽
の処理券を提出して完成検査に不正に合格し,工事完成払金を騙取したと判断する
点は,到底是認することができない。
 5 ところで,第1審判決は,内容虚偽の処理券を提出した被告人両名の行為が
工事完成払金の支払時期を不当に早めたものとして,詐欺罪の成立を認めていると
ころ,この判断が是認できるものであれば,主文において第1審判決と同じ刑を言
い渡した原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないと考える余
地もあるので,第1審判決の当否について検討する。
 被告人両名が正規に処理された汚泥の量約45立方メートル分についてのみ処理
券を提出したとすれば,大阪府の汚泥処理の予想量を大幅に下回っているため,汚
泥の不法投棄を行ったのではないかという疑惑が生じ,これに関する調査が行われ
る結果,本件工事の完成検査が実際より遅れ,そのため,工事完成払金の支払時期
が遅れた可能性は否定できないところである。しかし,記録によれば,本件請負契
約の目的物であるくい打ち工事は,瑕疵なく完成したものと認められるところ,同
契約によれば,発注者である大阪府は,請負人であるBから工事完成の通知を受け
た日から14日以内に工事完成検査を完了しなければならず,工事完成検査に合格
後,大阪府は,書面による代金請求がされた日から40日以内に請負代金を支払わ
なければならないとされている。
 【要旨】請負人が本来受領する権利を有する請負代金を欺罔手段を用いて不当に
早く受領した場合には,その代金全額について刑法246条1項の詐欺罪が成立す
ることがあるが,本来受領する権利を有する請負代金を不当に早く受領したことを
もって詐欺罪が成立するというためには,欺罔手段を用いなかった場合に得られた
であろう請負代金の支払とは社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間
支払時期を早めたものであることを要すると解するのが相当である。これを本件に
ついてみると,第1審判決は,被告人両名が内容虚偽の処理券を提出したことによ
り,これを提出しなかった場合と比較して,工事完成払金の支払時期をどの程度早
めたかを認定していないから,詐欺罪の成立を認める場合の判示として不十分であ
るといわざるを得ない。また,被告人両名の行為が工事完成払金の支払時期をどれ
だけ早めたかは,記録上,必ずしも明らかでない。
 したがって,被告人両名に詐欺罪の成立を認めた第1審判決の判断も,是認し難
いものである。
 6 以上のとおり,被告人両名に詐欺罪の成立を認めた原判決には,判決に影響
を及ぼすべき法令解釈の誤り及び重大な事実の誤認があるといわざるを得ず,原判
決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条1号,3号,413条本文により,原判決を破棄した上
,本件における詐欺罪の成否について更に審理を尽くさせるため,本件を原審であ
る大阪高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判
決する。
 検察官渡邉一弘 公判出席
(裁判長裁判官 町田 顯 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 深澤
武久)

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