弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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  主  文
1 被告らは,各自,原告Aに対し金1049万0000円,原告B,原告C,原告D及び原告
Eに対し各金209万8000円,原告F及び原告Gに対し各金104万9000円並びに上記各
金員に対する平成9年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,各自,原告Hに対し金1876万5369円,原告I,原告J及び原告Kに対し
各金625万5123円並びに上記各金員に対する平成9年7月26日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,199号事件原告らに生じた費用を10分し,その4を同原告らの負担,そ
の余を被告らの負担とし,200号事件原告らに生じた費用を10分し,その2を同原告らの負
担,その余を被告らの負担とし,被告らに生じた費用を10分し,その3を原告らの負担,そ
の余を被告らの負担とする。
  事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,各自,原告Aに対し金1716万6193円,原告B,原告C,原告D及び原告E
に対し各金343万3239円,原告F及び原告Gに対し各金171万6619円並びに上記各金
員に対する平成9年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,各自,原告Hに対し金2409万2090円,原告I,原告J及び原告Kに対し各
金803万0696円並びに上記各金員に対する平成9年7月26日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,山口県西部を流れる二級河川木屋川に設置された農業用水取水用の堰であ
る吉田堰(山口県下関市大字吉田字堂の尾700番2所在,以下「本件堰」という。)の下流
域において,L及びMがシジミ漁を行っていたところ,本件堰の可動扉が急速に転倒された
ため,その貯留水が下流域に流出し,急激な増水,急流が発生したことにより,同人らが溺
死した死亡事故(以下「本件事故」という。)に関し,同人らの法定相続人である原告らが,
①被告Oに対しては,本件堰の可動扉の転倒を行うに際し,下流域の安全を十分に確認し
なかった過失があるとして民法709条に基づき,②被告下関市王喜土地改良区に対して
は,被告Oが被告下関市王喜土地改良区の監事であり,同被告から本件堰の主任操作員
と指定されていた者であることなどを理由として民法44条1項又は715条1項に基づき,③
被告Pに対しては,同被告が被告下関市王喜土地改良区の代表者理事長であり,被告O
を監督すべき地位にあったとして民法715条2項に基づき,④被告国に対しては,河川管
理者であり,かつ,本件堰の管理に関する合意等により本件堰を規制・管理すべき権限を
有し,同権限を行使すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったことにより本件
事故が発生したとして国家賠償法1条1項に基づき,又は,公の営造物である本件堰の管
理等の瑕疵にあるとして同法2条1項に基づき,⑤被告山口県に対しては,被告国が上記
の責任を負うことを前提に,同被告が管理担当職員の給与負担又は本件堰の設置等の費
用負担をしているとして同法3条1項に基づき,また,被告山口県は独自の行政事務として
本件堰に対する規制・管理権限を有し,これを行使すべき義務を負っていたにもかかわら
ず,これを怠ったことにより本件事故が発生したとして同法1条1項に基づき,又は,被告山
口県は本件堰を同被告独自の関係で公の営造物として管理すべきところ本件堰の管理等
に瑕疵があるとして同法2条1項に基づき,それぞれ本件事故による損害額及びこれに対
する不法行為の日(本件事故日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損
害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実等
(争いのない事実のほかは、各項に掲記の各証拠によって認める。)
(1) 当事者
ア 原告ら
(ア) 原告Aは,本件事故により死亡した亡Lの妻であり,原告B,原告C,原告D及び
原告EはいずれもLの子,原告F及び原告GはいずれもLの子であるN(昭和51年2月3日
死亡)の子である(甲イ1ないし20)。
(イ) 原告Hは,本件事故により死亡した亡Mの夫であり,原告I,原告J及び原告Kは
いずれもMの子である(甲ロ1ないし3)。
イ 被告国及び被告山口県
 河川法によれば,本件事故当時,二級河川の河川管理は都道府県知事が行うもの
とされ(河川法10条),平成11年改正前の地方自治法148条2項(別表3の1の101)により
国の機関委任事務とされていた。本件堰の設置されている木屋川も二級河川であり,山口
県知事が国の機関として河川管理を行っていた。
ウ その余の被告ら
 被告下関市王喜土地改良区(以下「被告土地改良区」という。)は,土地改良法に
基づき,昭和27年8月に山口県知事に認可,設立され,主として山口県下関市松屋及び
宇津井,同県厚狭郡山陽町埴生を改良区の地区とし,事業内容を地区内の農業用用排水
施設の維持管理等とする法人であり,本件事故当時,本件堰を被告土地改良区の施設とし
て管理していたものである。
 本件事故当時,被告Pは,被告土地改良区の代表者理事長の地位にあった者であ
り,被告Oは,被告土地改良区の監事であり,本件堰の主任操作員の指定を受けていた者
である。
(2) 本件事故の発生
ア 本件堰の構造等
(ア) 本件堰は農業用水取水目的の堰であり,平成3年以降,取水期間は毎年4月2
0日から9月20日までとなっている。したがって,当該期間,本件堰の水門の可動扉を起立
させて水を溜めておくが,その期間外は可動扉は転倒させたままの状態で起立させること
はない(証人P,証人O)。
(イ) 本件堰は,別紙全体図のとおり,3つの水門に鋼鉄製の長さ約25メートル,高さ
約2.35メートルの可動扉が設置された可動堰であり,東岸側には,油圧で可動扉を操作
する操作室(水門開閉所)が設けられている。本件堰は,自動転倒装置を備えており,堰き
止められた水位が一定水位を超えると,堰の破損と水害防止のため,可動扉が予め設定さ
れた安全な速度で自動転倒するようになっている。もっとも,手動での操作も可能となって
おり,操作室内のバルブの開閉によって,転倒される可動扉や転倒速度も調整できるように
なっている。他方,可動扉が転倒した場合,事後,自動では起立しない構造になっており,
転倒した可動扉は,手動操作で起立させる必要がある。本件堰には,設置時ころから警報
装置(サイレン)が付属して設置されており,可動扉が自動転倒するときに,同時に吹鳴する
ようになっていたが,いつごろからかは明確でないが,警報装置は故障したまま放置され,
本件事故時にも故障していた(甲イ23,乙6)。
イ 本件事故前の実際の操作状況
(ア) 本件堰の可動扉の転倒については,被告土地改良区が操作員3人を指定し,う
ち1人を主任操作員として操作をしてきた。本件事故当時の操作員は被告O,被告P,Qで
あり,主任操作員は被告Oであった(証人P,証人O)。
(イ) 本件堰の構造は,前記ア(イ)のとおりであるので,取水期間中,増水した場合で
あっても,手動で転倒させる必要はなく,前記自動転倒装置に任せておけば足りるものの,
いつごろからか,自動転倒にすると度々放水されることなどからそれを嫌い,手動で転倒さ
せる操作が常態化していた。そして,手動で操作するために,自動転倒速度制御弁部分は
全閉で固定され,自動転倒装置が作動しないようになっていた。他方,自動転倒装置は,
本件事故時にも適正に設定しておけば正常に作動したことが確認されている(甲イ23,証
人P,証人O)。
ウ 本件事故の概要
(ア) 平成9年7月25日,台風9号の接近に伴い,本件堰の上流に位置する湯の原ダ
ムでは,同日午後3時ころから,これに備えてその放水量を徐々に増加させていた。翌26
日には,木屋川の最上流部にあり,最も規模の大きい木屋川ダムでも,同日午後零時から
放流されることとなった。放流については関係機関に通報する旨定められていたことから,
同日午前9時40分ころ,下関市役所にその旨が通報され,更に同市役所から木屋川下流
の下関市吉田支所及び王喜支所に,同支所から被告土地改良区にそれぞれ放流情報が
伝達された(甲イ23)。
(イ) 同放流通報は,被告土地改良区の代表者理事長である被告Pのもとに連絡され
たが,当時,被告Pが外出中であったため,被告Oに連絡された。連絡を受けた被告Oは,
自宅から自動車を運転して単独で操作室に向かい,その途中,本件堰の下流約300から4
00メートルくらいの木屋川の堤防沿いの道路を走行して操作室に赴いた。操作室に到着
後,被告Oは,操作室の踊り場に上がり,同所から見える約500から600メートルぐらいまで
の木屋川下流域(これ以上の下流域は,木屋川が同踊り場から見て左に曲がっているた
め,見通すことはできない。)に人がいないことを確認し,同日午前10時15分ころから同20
分ころまでの間,操作バルブを操作して可動扉3門を次々に転倒させた(甲イ23,証人P,
証人O)。
(ウ) 被告Oが,本件堰の可動扉を転倒させたのと同時期に,本件堰から約1.2キロ
メートル下流の山口県下関市大字吉田2200番地所在の上木屋バス停東側付近の木屋川
内において,L及びMが,シジミ漁をしており,本件堰の可動扉の転倒により,同堰の貯留
水が下流域に流出して一帯に急激な増水・急流が発生したため,両名は溺水して死亡した
(甲イ23)。
(3) 本件事故に至るまでの事実経過
ア 明治時代
 明治時代において,宇津井地区(現在の山口県下関市王喜,吉田地域の一部)の
農業用水取水目的のため,本件堰の前身である固定堰(旧吉田堰)が築造された(甲イ4
0)。
イ 昭和30年代
 昭和36年2月17日,山口県知事が被告土地改良区に対し,昭和36年から昭和56
年までの間について,旧吉田堰に係る旧河川法18条に基づく流水占用,河川敷地占用及
び工作物設置の許可を行った(乙2)。
ウ 昭和40年代
(ア) 昭和30年代,山口県は度々水害に見舞われ,治水対策が緊急の課題となった
ため,昭和40年ころから各地で河川改修工事が行われるようになり,その一環として,木屋
川についても河川改修工事が行われることとなったが,旧来の固定堰をそのままにしておく
ことは同工事に支障がでることから,それを除去して新たな堰を設置することとなり,その
際,治水上の支障が少ない可動(自動転倒)堰を設置することとされた。そこで,昭和40年
からの木屋川中小河川改修工事に際し,被告山口県が旧吉田堰を除去してその約200メ
ートル下流に可動堰を設置し,昭和41年4月10日,本件堰が完成した(乙3,34,証人
R)。
(イ) 昭和41年6月9日,山口県知事と宇津井水利組合との間で,本件堰の引継ぎに
関し,引渡人を山口県知事,引継人を宇津井水利組合とする引継書(以下「引継書」とい
う。)が交わされた。引継書には
「第3条 堰の管理に要する費用は乙(宇津井水利組合)の負担とする。
第4条 天災地変その他不可抗力により堰が滅失又は損傷した場合における堰
の補修又は復旧に要する経費は第3条の規定にかかわらず甲(山口県知事)の負担とす
る。
第5条 甲(山口県知事)は河川法第3条第2項の規定に基づく手続きを経て,堰
を河川管理施設にすると共に,必要に応じて堰の点検を行い,整備を求めることができ
る。」
との記載がある(乙3)。
(ウ) 昭和41年6月9日,山口県下関土木事務所(本件事故時には,山口県下関土
木建築事務所に改称されている。以下,改称前もあわせて単に「下関土木建築事務所」と
いう。)長,下関市吉田支所長,下関市王喜支所長,宇津井水利組合及び吉田地区水利
組合の間で,吉田堰可動扉操作運営覚書(以下「操作運営覚書」といい,引継書と操作運
営覚書をあわせて「本件合意」という。)が交わされた。この操作運営覚書には
「第1条 この覚書は本件堰の操作運営について必要な事項を定めるものとする。
第2条 この覚書においての操作運営期間は5月10日から9月30日までの期間
をいう。
第3条 この覚書において,操作運営関係者とは,下関土木建築事務所,下関
市吉田支所,下関市王喜支所における各指定職員並びに宇津井水利組合及び吉田地区
水利組合の各関係者の代表をいう。
第4条 操作室に主任操作員1名,操作員を若干名をおく。主任操作員とは宇津
井水利組合代表者の推薦者をあて,操作員は操作運営関係者が協議のうえ決定するもの
とする。
第5条 操作運営関係者は,毎年5月10日操作室に立会し,下記事項を確認す
るものとする。
1操作室の電源の点検
2操作機械の試運転,注油その他整備
3油圧筒の給油,注油及び試運転
4制御方向(転倒側)の確認
5取水口前面の漂流物の除去及びピット掃除
6堤本体の点検
第6条 主任操作員は,操作運営期間中において可動扉を転倒した場合は水位
の低下を考慮して復元(起立)させなければならない。
第7条 主任操作員は,可動扉の復元に当たっては必ず操作運営関係者および
操作員1名を立会させ制動方向の確認をしなければならない。
 主任操作員は前項の復元を完了したときは,直ちに吉田支所を通じ,操作
運営関係者に連絡のうえ,各水利組合に周知させるものとする。
第8条 主任操作員又は操作員は,緊急やむを得ない操作をしようとするとき,若
しくは操作をしたときは直ちに操作運営関係者に連絡し,その指示を受けなければならな
い。」
との記載がある(乙1,丙8)
 しかし,操作運営覚書による立会検査,緊急操作時の連絡,指示は,いつごろか
らか明確ではないが,多年にわたって全く実施されなくなり,本件事故時である平成9年に
おいても実施されていないが,本件事故後に再開され,同立会検査は,毎年4月20日に行
われるようになっている(証人R)。
(エ) 一方,昭和41年8月20日,山口県土木建築部長から各土木事務所長に対し,
「河川工事により設置又は改築された可動堰の引継ぎについて」と題する通達(以下「41年
通達」という。)が発出された。この41年通達では,河川工事により設置した可動堰は,すべ
て水利権者の同意を得て,治水及び利水との兼用工作物として河川管理施設にすることと
されている。その目的は,①洪水時に備えて堰の治水機能の点検整備を河川管理者が行
うこと,②災害時で治水機能に損傷を来したとき,その復旧をすみやかに,かつ,完全に河
川管理者が行うことであるとされ,また,河川堰を水利権利者に引き継がせる引継書におい
ても,41年通達において必要な書式を定め,そこで定める必要最低条件の内容として,「イ
通常の維持管理は,所有者が実施する。ロ洪水期前の施設機能の点検整備は,河川管理
者が行う。ハ災害復旧及び大規模な修繕は河川管理者が行う。ニ経費負担は通常の管理
費は水利権者が負担するのを原則とするが,治水上必要な管理費を限度として河川管理
者が負担する場合もある。特に治水上重大な影響があると考えられる堰については洪水期
間中の管理を河川管理者が行うこともあり得る。」ということを内容として定めるものとしてい
る(乙22)。そして,本件堰も,今後同様の取扱いを行う可動堰の一覧に入っていた(乙3
6)。
(オ) 昭和49年4月,被告土地改良区が松屋及び宇津井水利組合を統合した(乙11
の5)。
エ 昭和50年代
(ア) 昭和52年1月12日,山口県土木建築部長から各土木事務所所長宛「河川附帯
工事事務処理要綱」(以下「52年通達」という。)が発出された。内容は,附帯工事により設
置した施設のその後の維持管理費用については,災害復旧その他の原因による移築,改
修を含めて,施設の管理者が負担するというもので,内容としては41年通達の取扱いを改
訂することを宣言したものであった(乙25)。
(イ) 昭和56年7月31日,山口県知事が被告土地改良区に対し,昭和56年4月1日
から昭和66年3月31日までの間について,本件堰に係る河川法23条及び24条の許可を
更新した(乙4の1,5の1)。
オ 昭和60年代以降
(ア) 昭和63年9月28日 山口県知事と被告土地改良区理事長との間で,引継書の
前記第4条の費用負担条項を削除し,第5条については同内容の条項とする本件堰の引
継書が改めて交わされた(乙14)。
(イ) 平成3年2月8日,山口県知事が被告土地改良区に対し,平成3年4月1日から
平成12年3月31日までの間について,河川法23条及び24条の許可を更新した(乙4の
2,5の2)。
(ウ) 昭和41年6月9日以降,本件堰について,宇津井水利組合や被告土地改良区
が河川法3条2項の規定に基づく兼用工作物としての河川管理施設とすることに同意したと
いう記録はない。
2 請求原因
(1) 被告O,被告土地改良区及び被告Pの責任
ア 被告Oの責任
 被告Oは,本件堰の可動扉の転倒に当たり,当時下流の河川内にシジミ漁の目的
で立ち入っている人がいる可能性を知っていたのであるから,下流域の河川内に人がいな
いか確認し,仮に人が存在していれば河川内から退去させ,あるいは,本件堰に設けられ
た三門の可動扉を1つずつ時間をかけて転倒し,下流域の急激な増水,急流の発生を防
止するなど,本件堰の貯留水の放水に伴う事故を未然に防止すべき注意義務があるのに,
これを怠り,本件堰の可動扉を転倒させるに当たり,これらの安全確認,安全措置をとらず,
漫然次々に可動扉を手動操作によって転倒して本件事故を起こしたものであるから,民法7
09条に基づき,本件事故による損害を賠償する責任を負う。
イ 被告土地改良区の責任
 本件堰の可動扉の転倒は,被告土地改良区の業務の一環としてなされたものであ
り,被告Oは被告土地改良区の監事であるとともに,被告土地改良区から本件堰の主任操
作員として指定を受けて本件堰の転倒を行ったものであるから,被告土地改良区は民法44
条1項又は715条1項に基づき,本件事故による損害を賠償する責任がある。
ウ 被告Pの責任
 被告Pは,本件事故当時,被告土地改良区の代表者理事長であったとともに,本件
堰の操作員の1人として,可動扉の転倒操作に直接関わっていた者で,被告Oを監督すべ
き地位にあるところ,本件事故は被告Oの過失によって発生したものであるから,被告Pは,
民法715条2項に基づき,本件事故による損害を賠償する責任を負う。
(2) 被告国の責任
ア 国家賠償法1条1項に基づく責任
 被告国は,以下のとおり,国家賠償法1条1項に基づき,本件事故による損害を賠
償する責任を負う。
(ア) 本件堰に対する被告国の規制・管理権限の存在
 本件合意は,本件堰の操作等に関し,被告国の河川管理上の機関委任事務とし
て,河川管理者たる山口県知事らが本件堰の規制・管理を直接的に行うことを目的として合
意されたものであるから,被告国は,本件堰に対する直接の規制・管理権限(以下単に「管
理権限」という。)を有する。
a 引継書について
 引継書第5条には,甲(山口県知事)は「必要に応じ堰の点検を行い整備を求め
ることができる。」との規定がおかれているが,これは41年通達にある「①洪水時に備えて堰
の治水機能の点検,整備を河川管理者が行うこと」との目的をできるだけ早い時点で果たさ
せるため,同通達で引継書に定めるべき必要最低条件として明示している「ロ洪水期前の
施設,機能の点検,整備は河川管理者が行う」との条件に合致するように合意されたもの
で,本件堰が兼用工作物としての河川管理施設になる前の時点で効力を生ずる特別の意
義を有する規定である。
 すなわち,まず,締結時に効力を生ずるものであることは,その文言や41年通達
に照らせば当然であるし,論理的にみても,河川管理施設になれば,河川管理者は当然,
点検,整備を自らの義務として行うことになるから,河川管理施設になったときに点検を行
い,整備を求めることができるという規定をおく必要もない。また,河川管理者は,河川管理
の目的のために,許可工作物一般に対して間接的に管理権限(監督権限)があり,その観
点から,許可工作物の管理者に点検や整備を求められることは,何らの許可工作物管理者
との合意書や同意がなくても,河川法上当然のことであり,そのためであれば,あえて規定
をおく必要もない。したがって,文言も「山口県知事が点検を行い」となっており,それによ
り,山口県知事が必要と認めたときは,「整備を求める」となっているのであって,この引継書
第5条の後段は,41年通達の前記目的をできるだけ即時に達成するために,河川管理者
の許可工作物一般に対する指導や点検,整備を超えて,山口県知事が本件堰の施設や機
能についての直接的な点検,整備に関与することを目的とする規定と評価し得るのである。
 そして,この山口県知事による引継書の締結は,二級河川である木屋川内の本
件堰について,河川法上の河川管理施設と同様の管理を及ぼす趣旨で締結されたもので
あって,河川法10条に基づく国の機関委任事務として行ったものということができる。
b 操作運営覚書について
 操作運営覚書によれば,下関土木建築事務所の指定職員等,操作運営関係者
が毎年5月10日,操作室に立会し,本件堰の第5条規定の諸事項を確認すること等が定め
られ,可動扉を起立するときの要件(第6条)やその際に操作運営関係者を必要的に立会さ
せること(第7条),緊急操作時の指示・連絡(第8条)等を定めているが,これは許可工作物
である本件堰に対する「水門からの放水による下流域における堤防ないし護岸の決壊を防
ぐ」に足る施設かどうかを判断するとの目的を超えて,施設機能の安全性全般,操作の安全
性そのものの確保のための点検,整備や指示が定められているのであり,一般の許可工作
物とは別異に河川管理者の管理,支配が及ぶように特別に設けられた合意である。
 そして,下関土木建築事務所長らによるこの操作運営覚書の締結は,河川管理
者としての山口県知事からの事務委任,すなわち,河川管理者の補助者として行われてい
るものであるから,操作運営覚書の締結も,山口県知事が河川法10条に基づく国の機関
委任事務として行ったものということができる。
c 本件合意の解釈,評価上の問題点について
 もっとも,引継書の第5条後段の「点検を行い整備を求めることができる」との規定
や,操作運営覚書の規定については,河川法上の河川管理の趣旨に基づき,これらを許
可工作物である堰の管理者が水門を開扉して放水する場合に,当該水門からの放水によ
る下流域における堤防ないし護岸の決壊を防ぎ,洪水等による災害の発生を防止するに足
りる施設であるかどうかという視点においての安全性のための点検を行い,整備を求め得る
旨の規定にすぎないとの指摘もあり得る。
 しかし,41年通達によれば,引継書第5条の後段の規定や操作運営覚書は,そ
のような限定されたものではなく,堰の施設,機能の点検,整備を河川管理者が直接行うこ
とを目的としたものであることは明らかである。文言上もそのような限定はなく,むしろ,操作
運営覚書からすれば,それ以上に,施設,機能の安全性全般に直接下関土木建築事務所
が関与する(第5条)ほか,操作の安全性そのものにも,直接下関土木建築事務所職員が
立会したり(第7条),指示をしたり(第8条)して関与すべきことになっている。また,引継書
第5条前段にあるように,本件堰等の可動堰について,これを兼用工作物として,将来河川
管理施設にすることができるし,そうしたいと被告山口県では考えていたが,同時にそれと
あわせて引継書第5条後段やそれを受けた操作運営覚書を設けて,将来,兼用工作物とな
る前の段階でも堰の施設,機能の安全性全般や操作の安全性そのものについて山口県知
事や下関土木建築事務所等が直接関与して点検をし,整備を求め指示をすることができる
ようにすることを引継書第5条後段や操作運営覚書により合意し,実行したのである。そし
て,そのような実態を形成していくことを前提にして,不可抗力による堰の損壊の費用を被
告山口県が負担できるようにしようという考えがあったのであり,当時,それを違法,脱法的
なものと考えてはいなかった。
 そうすると,本件堰については,本件事故時に,河川法上許可工作物としての性
格があり,兼用工作物としての河川管理施設になっていなかったとしても,河川管理者の管
理支配が兼用工作物と同じ程度か,それに準ずるような程度に及ぶように引継書や操作運
営覚書で合意され,発効し,かつ,その効力が現在まで継続されているのである。
 なお,引継書第5条後段の考え方が,河川法から直接導かれる河川管理者とし
ての権限を超えるものであるとしても,少なくとも,有効に締結された引継書第5条後段や操
作運営覚書の合意については,根元的に解釈する必要はない。被告山口県は,この引継
書第5条後段や操作運営覚書の合意が効力を有することを前提にして,現在,実効性を担
保することを考えているのであり,これが河川管理の権限を超えるものだとしても,山口県知
事らは,治水・利水等の公共の福祉全体,すなわち,河川法の目的・趣旨を考慮し締結し
た有効な合意と考えるべきである(山口県知事らが本件堰の点検に直接関与し,整備を求
め,操作等について指示をすることは,むしろ,本件のような事故防止に資する一方で,水
利権者に多大な犠牲を強いるわけではなく,公共の福祉に合致することは明らかであり,こ
のような合意を行うことは,むしろ,国ないし地方自治体としてのあるべき姿だといえる。)。
(イ) 被告国の不作為の違法性
 被告国は,前記(ア)のとおり,本件堰に対する直接の管理権限を有しながら,本件
事故時において,河川管理者としての山口県知事やそれを補助する下関土木建築事務所
長を含む引継書以降の歴代の山口県知事や下関土木建築事務所長らは,同管理権限を
行使することがなかった(不作為)もので,この不作為は,過失ある違法な行為というべきで
ある。
a 本件堰は,自動転倒堰として許可されたものであり,本来,取水期間中,可動扉
が起立している間,転倒は自動転倒に任せるべき構造であり,手動で操作すること自体が
問題である。
 操作運営覚書でも,第6条,第7条とも専ら自動扉が転倒した場合の復元の操作
であり,第7条1項ではその際に運営関係者及び操作員を立会させて「制動方向の確認」を
しなければならないとしており,したがって,手動で転倒することのないことを当然の前提とし
て規定しているほどであり,第5条の定期点検でも4号で「制動方向(転倒側)の確認」を義
務づけているのである。他方,第8条では緊急操作時の操作運営関係者への連絡と指示を
受けることを規定している。これらは,下流域に立ち入っている人の安全性をも考慮したもの
である。
b 本件堰には,設置直後ころに自動転倒にあわせて吹鳴する警報装置を設置し,
自動転倒時の下流域に立ち入っている人の安全性の確保に万全を期していたのである
が,その後,長期間故障のまま放置され,本件事故当時にも故障していた(ただし,万全を
期するためのものであり,仮にこの装置がないからといって,自動転倒が適正に行われれば
安全上問題はない。)。
c したがって,河川管理者である山口県知事(本件事故当時を含む引継書以後の
歴代の知事),更にはその事務委任を受けて事務を遂行する下関土木建築事務所長(本
件事故当時を含む同様の歴代の所長)としては,下関土木建築事務所の職員をして,少な
くとも毎年1回,本件堰の定期点検に立会させ,自動転倒装置として適切に操作されている
かどうか,すなわち,自動転倒時の制動に問題がないかどうか等の確認といった自動転倒
装置が正常に作動するかという点にととどまらず,実際の転倒において,転倒を手動操作で
行っていないかどうかや,警報装置が正常に作動するかどうかの確認や点検を行い,施設
に故障があれば,少なくとも被告土地改良区に修理させ,あるいは,手動操作を前提とする
ならば,少なくとも,急流水を避けるための適切な転倒操作方法の指示や,下流域の河川
内に人がいるかいないかを確認し,人がいる場合には退去させる等,下流域の安全確保の
方法を常時指示すると共に,緊急手動操作時の連絡と指示を受けること(第8条)を徹底さ
せる等の指示を行うべき作為義務を負っているというべきで,本件で同作為義務を怠ったこ
とは明らかであり,これは国家賠償法上の違法な過失ある行為(不作為)に該当する。
(ウ) 因果関係
 河川管理者である山口県知事らが以上の作為義務を怠らなければ,本件事故時
において手動転倒で操作されることもなく,自動転倒に任されていたはずであり,警報が吹
鳴することと相まって本件事故が発生することもなく,また,少なくとも手動操作をした場合で
も,その場合における1門ずつを徐々に操作をする適切な操作方法,下流域の河川内に立
ち入っている旨の確認と退去等の安全確保の措置等がとられ得たはずであり,そうすれば,
本件事故が発生することはなかったといえるから,被告国の不作為と本件事故とは因果関
係がある。
イ 国家賠償法2条1項に基づく責任
 被告国は,以下のとおり,国家賠償法2条1項に基づき,本件事故により原告らが被
った損害を賠償する責任を負う。
(ア) 本件堰の公の営造物該当性
a 本件堰の公共性
 国家賠償法2条1項にいう公の営造物とは,そもそも公の用に供されている物で
あることが前提となるところ,引継書第5条における,水利権者の同意を得たという記録がな
い以上,本件事故時はもとよりそれ以降においても,本件堰は,河川法上,許可工作物とし
ての性格を有するものであり,兼用工作物としての河川管理施設となっていないことは否定
できない。しかし,被告山口県(当時の土木建築部長)は,本件堰を含む可動堰について
は,水利権者の同意を得て兼用工作物として河川管理施設にすることができると考えてい
た。すなわち,本件堰が河川管理施設の前提である公の用に供されている物に該当すると
考えていたことは,41年通達の内容からみて確定し得る事実であって,したがって,本件堰
は公の用に供されている物ということができる。
b 本件堰に対する管理上の支配力
 本件堰が公の営造物といえるためには現実に行政主体による管理上の支配力
が及び得ることが必要であるが,前記ア(ア)のとおり,本件堰には,被告国の管理上の支配
力が及んでいたと認めることができる。
(イ) 営造物の管理の瑕疵
 前記ア(イ)のとおり,河川管理者である山口県知事(本件事故当時を含む引継書
以後の歴代の知事),更にはその事務委任を受けて事務を遂行する下関土木建築事務所
長(本件事故当時を含む同様の歴代の所長)としては,下関土木建築事務所の職員をし
て,少なくとも毎年1回,本件堰の定期点検に立会させ,自動転倒装置として適切に操作さ
れているかどうか,すなわち,転倒を手動操作で行っていないかどうかや自動転倒時の制
動に問題がないかどうか等の確認や,警報装置が正常に作動するかどうかの確認や点検を
行い,施設に故障があれば,少なくとも被告土地改良区に修理させ,あるいは,手動操作を
前提とするならば,少なくとも,急流水を避けるための適切な転倒操作方法の指示や,下流
域の河川内に人がいるかいないかを確認し,人がいる場合には退去させる等,下流域の安
全確保の方法を常時指示すると共に,緊急手動操作時の連絡と指示を受けること(第8条)
を徹底させる等の注意義務を負っているというべきで,本件で当該注意義務を怠ったことは
明らかであり,これは公の営造物の管理の瑕疵に該当する。
(ウ) 因果関係
 前記ア(ウ)のとおり,河川管理者が,以上の注意義務を怠らなければ,本件事故
時において手動転倒で操作されることもなく,自動転倒に任されていたはずであり,警報が
吹鳴することと相まって本件事故が発生することもなく,また,少なくとも手動操作をした場
合でも,その場合における1門ずつを徐々に操作をする適切な操作方法,下流域の河川内
に立ち入っている旨の確認と退去等の安全確保の措置等がとられ得たはずであり,そうす
れば,本件事故が発生することはなかったといえるから,本件堰における管理の瑕疵と本件
事故とは因果関係がある。
ウ 国家賠償法1条1項に基づく責任(予備的主張)
 仮に,本件合意が,河川管理者としての山口県知事や下関土木建築事務所長の
行為としては評価できないものであり,それらの行為を前提にした機関委任事務の責任主
体である被告国の責任の問題は生じないとしても,以下のとおり,被告国はやはり河川管理
上の責任主体として,国家賠償法1条1項に基づき,本件事故により原告らが被った損害を
賠償する責任を負う。
(ア) 許可工作物である本件堰についての指導監督義務違反
a 河川法上,許可工作物一般に対する河川管理者の管理権限は間接的なもので
あり,許可工作物の管理者の管理に対する指導・監督等の権限にとどまるとしても,河川法
は,「河川について洪水等による災害の発生の防止や河川の適正な利用等」(1条)を目的
としており,河川管理者はそのために権限を持ち,責任を負っているのであるから,当然な
がら,その目的達成のために許可工作物についても一定の指導・監督等の管理権限を持
ち,更に一定の場合にはその権限不行使が,当該許可工作物が設置されている河川の管
理義務違反ともなり得るというべきである。
 そして,どの範囲で河川管理者は許可工作物について管理権限を有し,管理責
任を負うかであるが,許可工作物である堰の放水に関しては,放水による下流域における
堤防ないし護岸の決壊を防ぐに足る施設かどうかの観点での管理について管理責任を負
い,それで足りるとの管理責任の範囲の解釈は狭きにすぎるというべきである。
b(a) 旧建設省河川局長は「出水対策について」という指示文書(以下「出水対策指
示文書」という。)を,梅雨時期の直前である毎年6月上旬ころ,各都道府県知事宛に発出
している。その中で,許可工作物についても河川管理者として許可工作物の管理者に点
検・整備を十分行わせると共に,管理者に立会を求めて点検の結果を確認する等適切な指
導・監督を行うことを各都道府県知事に求めている。
(b) この管理者に行わせるべき点検・整備の事項は,堰については同文書で河川
管理施設について点検・整備を明示している,「(ア)ゲートの開閉状況,(イ)警報施設の作
動状況,(ウ)取付護岸(根固めを含む)の維持状況,(エ)下流域の河床洗掘の状況,(オ)高
水敷保護工の維持状況」のうち,(ア)(イ)(ウ)の項目が管理者に点検・整備を行わせるべき
主たる事項と考えられる。
(c) この文書は,許可工作物の管理者に点検・整備を行わせる範囲を放水する場
合に関していえば,放水により下流域における堤防や護岸の決壊を防ぎ,洪水等による災
害の発生を防止し得るに足りる施設かどうかの点検・整備と限定してはいないし,河川管理
者の管理権限の及ぶ範囲としては,それを超えても河川法の目的に反するわけではないか
ら,そのように狭く解釈する必要もない。
 したがって,この文書は,まず,河川管理者の権限として梅雨等の「取水期」の
「出水対策」として許可工作物の管理者に「(ア)ゲートの開閉状況,(イ)警報施設の作動状
況,(ウ)取付護岸(根固めを含む)の維持状況」等の点検や整備を行わせるよう指導監督が
できることを前提にして,その権限を行使させることにより,災害対策として遺漏のないように
した文書なのである。
(d) したがって,許可工作物である堰について河川管理者が有する管理権限とし
て,許可工作物である堰についてその管理者に対して,まず,「(ア)ゲートの開閉状況,(イ)
警報施設の作動状況」等の点検や整備を行わせ,管理者に立会を求めて点検の結果を確
認する等適切な指導・監督を行う権限があるものである。
c 次に,その権限の不行使がいかなる場合に管理義務違反になるかであるが,そ
の権限が間接的な指導・監督権限であることから,その監督権限の行使には裁量が認めら
れ,その不行使が著しく合理性を欠き,社会通念上相当でないものと認められる場合に限
り,同権限の不行使が国家賠償法上違法となるとしても,本件では,それに該当するという
べきである。
(a) 出水対策指示文書は,仮に,注意喚起文書であるとしても,それにより注意を
喚起され,山口県知事や下関土木建築事務所長等は適切な処置をとるべきであって,放
置してよいわけではないことは当然であり,許可工作物の堰の管理に関しても同じである。
(b) この許可工作物の堰に関して,一般的には,前述したように各土木建築事務
所では許可工作物の管理者に文書等で自主点検させて,問題があるという報告があれば,
河川管理者が現地に行って点検をする運用であるが,山口県においては本件事故前,そ
のような運用すら実施されていない。更に,山口土木建築事務所では,平成9年6月5日,
可動堰管理者に対して,堰の転倒操作をする場合は,下流の安全確認を十分することと共
に,事前に事務所への連絡を依頼する文書を発出しているが,下関土木建築事務所では
このような文書すら発していない。
(c) もし,山口県において各土木事務所長名で可動堰の管理者に文書等で「(ア)
ゲートの開閉状況,(イ)警報施設の作動状況」等の確認と点検・整備を求め,文章等でその
回答を求めていれば,本件堰が自動転倒堰でありながら,長年手動で操作されていること
や警報装置が故障していること等が判明し,手動操作によらず自動転倒によるべきことや,
仮に手動によるとしても,適切な操作方法や下流に立ち入っている者の安全確認方法等が
指導可能であったし,警報装置についても自動転倒時にあわせて吹鳴することとすれば,
下流域の河川内に立ち入っている者の安全確保を図ることがより可能であった。また,少な
くとも,下関土木建築事務所長が,前記の山口土木建築事務所長と同一内容の文書を本
件堰に関して被告土地改良区に発していれば,本件堰の転倒に際して,下流域の安全確
認や操作方法について安全かつ適切な措置がとられ,かつ,下関土木建築事務所におい
て操作時に十分な指導・監督がなされ得たはずである。
 以上の措置は,単に第一次的には文書等を被告土地改良区に発するだけで
足りる容易な措置であった。
(d) しかし,本件では,以上いずれの措置もとられておらず,結局,本件堰に関し
ては,河川管理者は長年にわたって,管理者である被告土地改良区に対して何らの点検・
整備を行わせることもなく,したがって,点検の結果を確認することもなく,放置されてきたの
である。
d 以上からすれば,本件で河川管理者である山口県知事,更にはその補助者であ
る下関土木建築事務所長は,本件堰の管理に関して,被告土地改良区に点検・整備をす
ることを求め,場合によっては立会を求めて点検の結果を確認し,指示をする等の指導監
督権限があったのに,これを怠ったことは著しく合理性を欠き,社会通念上相当でないと認
められるから,河川法上の管理義務違反として国家賠償法1条1項の河川管理の職務を行
うについての違法な過失行為を構成し,その結果,本件事故と因果関係があることは前述
のとおり明らかであるから,河川管理上の責任主体である被告国は国家賠償法1条1項に
基づく責任を負う。
(イ) 許可工作物である堰についての許可に関する義務違反
a 河川法1条所定の「災害」には,堰の操作の誤りにより河川流量が増大し,あるい
は,これについて事前の通知,警告等の懈怠によって,下流域で河川内に立ち入っていた
者を死亡させたような場合を含むと解すべきである。
b 他方,本件堰は,その構造や機能,貯水量等からすれば,河川管理施設として
河川法14条の「ダムや堰」に準ずる施設と解すべきであり,被告土地改良区にその管理を
完全に委ねることは,その管理能力の面からも問題がある。
c したがって,本来,河川管理者は,本件堰の新築等の河川法26条の許可や,そ
の後の河川法23,24条の許可に際して,河川法14条の操作規則に準じて,自動転倒堰
であるから,転倒については手動操作を原則として実施しないことや,例外的に手動操作
により転倒する場合には,下流域の安全確保のためのその操作方法や安全確認方法等を
具体的に規定した規則を作成,更新することを義務づけ,河川管理者においてこれが遵守
されているか否かを定期的に検査できることを条件に付すべき監督義務があったと解すべ
きである。
d 本件堰について,その新設から,河川法23,24条の許可に際して,以上の条件
は全く付されていない。本来,河川管理者はこの監督権限を有しているが,本件のような堰
の持つ,下流域河川内に立ち入っている者に対する危険性や被告土地改良区の管理能
力等からすれば,その権限不行使は著しく合理性を欠き,社会通念上相当でないと認めら
れるものである。
e したがって,河川管理権者である山口県知事及びその補助者である下関土木建
築事務所長の以上の行為(不作為)は国家賠償法1条1項の河川管理の職務を行うについ
ての違法な過失行為を構成し,その結果,本件事故と因果関係があることは前述のとおり
明らかであるから,河川管理上の責任主体である被告国は国家賠償法1条1項の責任を負
う。
(3) 被告山口県の責任
ア 国家賠償法3条1項に基づく責任
(ア) 被告国は,前記(2)ア又はウのとおり国家賠償法1条1項の責任を負うが,その過
失ある行為をした公務員である山口県知事,下関土木建築事務所長などは,被告山口県
の職員であり,その俸給,給与は被告山口県が負担しているから,被告山口県は,国家賠
償法3条1項に基づき,本件事故による損害を賠償する責任を負う。
(イ) 被告国は,前記(2)イのとおり,国が管理支配する公の営造物責任として,国家
賠償法2条1項の責任を負うが,この場合,本件堰の設置,管理等の費用は被告山口県が
負担しているから,被告山口県は,国家賠償法3条1項に基づき,本件事故による損害を賠
償する責任を負う。
イ 国家賠償法1条1項に基づく責任
 仮に,被告国が,国家賠償法1条1項に基づく責任を負わないとしても,被告山口
県,以下のとおり,国家賠償法1条1項に基づき,本件事故による損害を賠償する責任を負
う。
(ア) 本件堰に対する被告山口県の管理権限の存在
 山口県知事が締結した引継書及び下関土木建築事務所長が締結した操作運営
覚書は,直接,被告山口県が本件堰について,洪水時に備えて,治水上,堰の施設,機能
の安全性全般や操作の安全性そのものについて点検をし整備をし,更には指示をすること
が定めていること自体は間違いがないのであって,これが,機関委任事務として委任された
河川管理権者としての範囲内の権限に基づく業務でないとしても,旧地方自治法2条2項
の公共事務(固有事務)として,山口県知事や下関土木建築事務所長が引継書や操作運
営覚書を有効に締結することができないものではないし,現に,それらは有効に存続してい
ると被告山口県では解釈しているのであるから,被告山口県が機関委任事務としての河川
管理者の立場ではなく,独自に締結した有効な合意と評価し得るものである。
 そうだとすると,本件堰は河川法上は許可工作物であるとしても,被告山口県の管
理支配が及ぶように引継書や操作運営覚書が締結され,かつ,これらの合意は現在も効力
を有しているのであるから,被告山口県が本件堰に対し直接の管理権限を有すると解すべ
きである。
(イ) その他の要件
 本件堰に対する管理権限不行使(不作為)の違法性及び当該不作為と本件事故
との因果関係については,前記(2)ア(イ)及び(ウ)のとおりである(ただし,この場合の河川管
理者とは,機関委任事務としての河川管理者ではなく,独自の河川管理者としての山口県
知事や下関土木建築事務所長等の,被告山口県の職員を指すこととなる。)。
ウ 国家賠償法2条1項に基づく責任
 仮に,被告国が,国家賠償法2条1項に基づく責任を負わないとしても,被告山口
県は,以下のとおり,国家賠償法2条1項に基づき,本件事故による損害を賠償する責任を
負う。
(ア) 本件堰の被告山口県が管理する公の営造物該当性
a 本件堰の公共性
 前記(2)イ(ア)aのとおり,本件堰は公の用に供されている物ということができる。
b 本件堰に対する管理上の支配力
 前記イ(ア)のとおり,本件堰は河川法上は許可工作物であるとしても,被告山口
県の管理支配が及ぶように引継書や操作運営覚書が締結され,かつ,これらの合意は現
在も効力を有しているのであるから,本件堰は,国家賠償法上,被告山口県が管理支配す
る公の営造物である。
(イ) その他の要件
 本件堰の管理上の瑕疵や本件事故との因果関係については,前記(2)イ(イ)及び
(ウ)のとおりである(ただし,この場合の河川管理者とは,機関委任事務としての河川管理者
ではなく,独自の河川管理者としての山口県知事や下関土木建築事務所長等の,被告山
口県の職員を指すこととなる。)。
(4) 損害
ア L関係 合計金3433万2387円
(ア) 逸失利益 金593万2387円
 Lは死亡当時84歳であったが,健康で仕事をしていた。本件事故がなければ,後
3年は男子平均賃金程度の収入を得ることができた。その間の新ホフマン係数は2.731で
あり,賃金センサスによると,平成4年度の60歳以上男子の平均賃金は年間金362万040
0円である。
〔計算式 362万0400×2.731×(1-0.4)=593万2387〕
(イ) 死亡慰謝料 金2400万円
 L死亡による精神的苦痛を慰謝するには最低金2400万円は下らない。
(ウ) 葬儀費用 金150万円
 L死亡による葬儀費用として少なくとも金150万円以上を要した。
(エ) 弁護士費用 金290万円
 被告らが,任意の支払に応じないので,Lの法定相続人である原告Aほか6名は,
弁護士に本件訴訟の遂行を依頼したことにより弁護士費用としての金290万円の支払を約
した。
イ M関係 合計金4818万4180円
(ア) 逸失利益 金1868万4180円
 Mは死亡当時57歳であったが,有職(漁協の組合員)主婦として健康で仕事をし
ていた。本件事故がなければ,後10年は仕事を継続し収入を得ることができた。その間の
新ホフマン係数は7.9449であり,賃金センサスによると,平成8年度の57歳女子の平均
賃金は年間金335万9600円である。
〔計算式 335万9600×7.9449×(1-0.3)=1868万4180〕
(イ) 死亡慰謝料 金2400万円
 M死亡による精神的苦痛を慰謝するには最低金2400万円は下らない。
(ウ) 葬儀費用 金150万円
 M死亡による葬儀費用として少なくとも金150万円以上を要した。
(エ) 弁護士費用 金400万円
 被告らが,任意の支払に応じないので,Mの法定相続人である原告Hほか3名
は,弁護士に本件訴訟の遂行を依頼したことにより弁護士費用としての金400万円の支払
を約した。
3 請求原因に対する被告らの主張
(1) 被告O,被告土地改良区及び被告Pの責任
[被告O,被告土地改良区及び被告P]
ア 被告Oの責任
 被告Oの責任は特段争わない。
イ 被告土地改良区の責任
 被告土地改良区の責任は争う。
 被告Oは,本件事故当時,被告土地改良区の監事の立場にあった者であるが,被
告土地改良区は,たまたま監事の立場にあり本件堰付近に居住している被告Oに主任操
作員を委託したにすぎず,組織上も指揮命令系統上も,被告Oに対する指揮権を有しいな
い。被告Oは,誰に指示されることもなく操作員として自己の判断で必要に応じ転倒してき
たものである。また,操作員の業務は被告土地改良区の業務に入っていないのであって,
被告土地改良区と被告Oは使用者,被用者の関係にはない。よって,被告土地改良区は
民法44条1項又は715条1項に基づく責任は負わない。
ウ 被告Pの責任
 被告Pの責任は争う。
 被告Pは,本件事故当時,被告土地改良区の代表者理事長であった者であるが,
本件堰の操作について理事長としての指揮命令権がないことは明らかである。よって,被告
Pは民法715条2項に基づく責任は負わない。
(2) 被告国の責任
[被告国]
 被告国の責任は争う。
ア 国家賠償法1条1項に基づく責任
(ア) 本件堰に対する被告国の管理権限の存在
 本件合意は,河川管理者による本件堰の直接的な管理を目的としたものではな
く,かつ,機関委任事務としての性質からそのような解釈がなされるべきでもない。また,仮
に,直接的な管理を目的としたものと解釈する余地があるとしても,それは,機関委任事務
として委任された範囲内の合意といえず,そのような委任の範囲を超える権限を国家賠償
法上の責任を発生させる前提としての法的権限として評価することはおよそできない。
a 引継書について
 引継書の締結は,河川管理者である山口県知事が木屋川中小河川改修工事の
附帯工事として改修した本件堰を,水利を管理していた宇津井水利組合に引き渡すことに
意義があったのであり,原告らが主張するような山口県知事による直接的な関与を目的とし
たものではない。
(a) そもそも,41年通達の目的は,堰の管理の徹底にあるのではなく,堰の点検
整備等の費用負担を河川管理者が行うための手段にすぎない。この点は,田部川大野井
堰の引継ぎに関する豊田土木事務所長からの報告書の中に,補修等の経費を県が負担す
るという引継書を締結しなければならなかった背景が説明されており,それによると,土地改
良区から県に対し,負担条項を入れて欲しいとの要望があり,土地改良区は,この条項の
存在が引継ぎの前提であることを譲らなかったので,やむを得ず負担条項のある引継ぎを
行ったものであるとされていることからも明らかである。
(b) そして,取水堰の引継ぎに関する山口県下の地元水利権者らの一般的な態
度等からみれば,本件堰の引継ぎにおいても同様の経緯が存在したことは極めて強く窺わ
れるのであって,本件堰を河川管理施設とするという引継書5条の規定は,そのように規定
しなければ,改築後の本件堰の補修等の費用負担の問題との関係で,宇津井水利組合が
引継ぎを受けなかった事情があったため書き加えざるを得なかったにすぎず,改築後の本
件堰の補修費用等を河川管理者が負担するため,便宜的に形の上で河川管理施設と位
置づけ,河川改修費から支弁するという方策をとろうとしたことから設けられたものであって,
河川管理者である山口県知事としては,河川改修工事を行うという本来の目的を達成した
ことから,本件堰を宇津井水利組合に引き渡すべく引継書の締結を行ったのであって,原
告らの主張するように許可工作物にすぎない本件堰を河川管理施設にするという41年通
達の目的を達成しなければならない特段の事情はないのである。
(c) よって,引継書5条後段にいう「必要に応じ堰の点検を行い整備を求めること
ができる。」という文言も,41年通達の目的を達成するためではなく,「乙(宇津井水利組
合)は堰の操作基準を作成し治水目的を損なわないよう管理しなければならない。」(引継
書2条)とする引継ぎに当たって,河川管理者が河川管理の範囲内で点検を行い整備を求
めることができる旨を定めたにすぎないと解すべきである。
(d) なお,原告らは,昭和58年8月1日に改訂された松本川筋八幡原第二堰は,
引継書4条,5条とも削除されているのに,本件堰では,「わざわざ5条がそのまま残されて
いる。」ことに重要な意味があるかのような指摘をするが,河川法3条2項本文に規定する河
川管理施設としての要件を満たさず,同項ただし書きの手続きを経ていないものは,そもそ
も河川法上の河川管理施設としての取扱いができるものではなく,41年通達に基づく取扱
い自体,52年通達により廃止されている。この方針を踏まえ,本件堰の引継書についても,
昭和63年に油圧配管の全面取替工事を行った機会をとらえ,引継書4条を削除したもの
の,同5条の削除については,覚書全体の改正となることや被告土地改良区の同意が得ら
れないことも考えられたため,同4条のみを削除することにより当面の目標である費用負担
の正常化を行ったものである。
 よって,被告国らの費用負担の義務が引継書4条の削除により将来にわたって
なくなったのであるから,費用負担をするために設けられた同5条も当然に効力がなくなっ
たと考えるのが合理的な解釈である。
b 操作運営覚書の締結について
(a) そもそも,操作運営覚書は引継書2条に基づいているのであり,農業用水の
取水に当たって,治水上の支障が生じないように本件堰を管理することを目的として定めら
れたにすぎない。したがって,操作運営覚書に,操作室の電源の点検時等の立会などにつ
いて定められているとしても,それは河川管理の目的から,本件堰の管理や操作によって
木屋川の治水に支障が生じないよう,点検時の状況の確認や操作員に可動堰の復元等の
連絡を求めたにすぎないのであり,操作運営覚書の締結によって,河川管理者が治水目的
を超える権限を取得したり,義務を負担したわけではない。
(b) これに対し,原告らは,有効に締結された引継書5条後段や操作運営覚書の
合意について,被告山口県が治水・利水等の公共の福祉全体を考えて締結した独自の合
意であり,河川管理の目的の範囲内の限定的な解釈はする必要がないと主張する。
 しかしながら,河川管理者である山口県知事が被告国の機関委任事務として,
委任された範囲内においてのみ河川管理を行う権限を有する以上,許可工作物の管理者
との間で当該工作物の管理等について何らかの合意をしたとしても,当該合意は,河川法
に基づく委任の範囲内においてしかその効力が及ばないと解するのが相当である。その意
味において,河川管理者は,河川法1条の「河川について,洪水,高潮等による災害の発
生が防止され,河川が適正に利用され,流水の正常な機能が維持され,・・・これを総合的
に管理することにより,国土の保全と開発に寄与し,もって公共の安全を保持し,かつ公共
の福祉を増進する。」という法の目的の範囲内において河川管理をすれば足り,それ以上
のことについてまで責任を負うことはなく,許可工作物たる堰の水門の開扉についても,当
該水門からの放水による下流域における堤防等の決壊を防ぎ,洪水等による災害の発生を
防止するに足りる施設かどうかという治水上の観点等から必要な範囲内でしか管理権限を
有さず,かつ,その限度での管理をすれば足りるというべきであって,引継書5条後段や操
作運営覚書の合意内容如何によってこの点が左右されるものではない。
 したがって,河川管理者が,純粋な許可工作物に対する事細かな管理にまで
立ち入って指導し,監督する必要はない。
(c) 仮に,原告らの主張するように,引継書5条後段や操作運営覚書の合意につ
いて,河川管理者としての管理権限を超える権限を山口県知事に付与する趣旨を読み込
むとしても,それは,河川管理者である山口県知事が合意したということであって,この立場
を離れた独自の立場で被告山口県が合意したということはあり得ない。
 原告らは,このような合意は,被告国の機関委任事務である河川管理につい
て,河川法の委任の範囲を超える規制,指導ないし監督権限を私法上の合意によって被
告国の機関である山口県知事に付与しようとするものであるかのような主張を展開している
が,かかる合意は法律上の効果を生じさせるものではなく,実効性を有することもあり得ない
のであって,国家賠償法上の違法性を基礎づける権限とはおよそ認められない。
(イ) 被告国の不作為の違法性
 仮に,原告らが主張する被告国の管理権限が存在するとしても,同管理権限の不
行使は,およそ国家賠償法上,違法と評価されるものではない。
aそもそも,本件堰のような許可工作物については,被告国が河川を管理する立場
にあったとしても,そのことから直ちに被告国がその下流域に立ち入っている者に対する危
険防止,安全性確保の観点から当該河川の管理を行うべき義務があるということはできな
い。すなわち,本件堰のような許可工作物に対する指導監督権限は,河川法1条に規定さ
れた河川管理の目的の範囲内においてのみ行使されるべきものであって,仮に操作運営
覚書に基づく立会が実施されていたとしても,自動転倒操作をすることを行政指導するかど
うかは,河川管理者である山口県知事の専門的・技術的判断に基づく自由裁量に委ねられ
ているにすぎない。
 そして,この行政指導は,河川管理者の監督権限の範疇にあるものであるが,河
川管理者に同監督権限が付与された趣旨・目的に照らし,その不行使が著しく合理性を欠
き,社会通念上相当でないものと認められる場合に限り,同監督権限の不行使が国家賠償
法上違法となるものと解するのが相当であり,このような観点からすれば,当該行政庁の権
限不行使が違法とされるためには,少なくとも,国民の生命,身体に対する具体的危険が
切迫し,その危険を知っているか,容易に知り得る場合であり,かつ,権限を行使しなけれ
ば結果の発生を防止し得ないことが予測され,被害者たる国民として権限の行使を要請し,
期待し得る事情にある場合等の要件が必要と解すべきである。
 本件における権限の不行使について,上記要件の存否を当てはめた場合でも,
本件事故の発生以前に,山口県下の他の手動操作可動堰において,異常な操作方法に
起因する事故が発生したという事情はなく,また,本件事故が発生するまでは手動操作であ
っても長年治水上特段の問題もなく本件堰の管理が行われていたのであるから,河川管理
者たる山口県知事が,本件事故発生の具体的蓋然性を認識していたことあるいは容易にこ
れを認識しうべきことを認めることはできないものというべきである。
b また,河川管理者は,堰の管理者による点検の結果,問題があるとの報告を受け
た場合など,必要があると認められる場合に点検,整備等に立会などすればよいのであり,
本件堰の管理者が行う定期点検に立会する義務がないことから,定期的な立会が行われて
いないものであり,また,本件堰は本来自動転倒堰として許可工作物とされている施設であ
るところ,仮に,起立している可動扉の転倒操作を手動でする場合であっても,許可工作物
の所有者ないしその操作員において可動扉の転倒を徐々に行い,下流域内に立ち入って
いる人々に対する危険を防止する措置を講じるであろうことは,社会通念上,予期し期待し
得るところであり,現に主任操作員であった被告Oは,平成8年4月に就任して以来,夏間
の川は子供やシジミ取りが川に入っているので,特に気をつけなければならない旨を認識し
ていたにもかかわらず,本件事故発生に至るまで,たまたま1人で操作するときに限って,3
つの可動扉をわずか5,6分の短時間で倒すという極めて異常な独善的操作をしたのであ
り,このような操作をしたのは,被告Oをおいて他にはいなかったのである。
 更に,毎年1回の立会(当初の操作運営覚書では5月10日,現在は4月20日と
なっている。)は,農業用水の取水のために本件堰の可動扉を転倒した状態から手動で起
立させる際のものであり,仮にこの立会が確実に行われていたとしても,立会の目的からし
て,河川管理者が被告Oによる上記のような異常かつ独善的な可動扉の転倒操作を予見
する可能性はなく,予見できる特段の事情も存在しなかったのである。したがって,本件事
故は,操作運営覚書による立会によっても予見することができないような被告Oの個人的・
独善的操作によって生じたものであるという意味において,河川管理者にとって通常予測
することができない事故であって事故発生の予見可能性も回避可能性もないというべきであ
る。
 なお,原告らは,本件堰の転倒操作が手動で行われていたことを問題としている
が,堰の転倒操作は手動であっても可動扉を1門ずつ徐々に転倒すれば安全性は確保で
きるものであり,手動で転倒操作をしていたこと自体を問題にすべきでない。
c また,仮に,本件事故以前に,河川管理者が操作運営覚書による立会の際,行
政指導として自動転倒操作にすることを指導したとしても,行政指導の効果は専ら相手方で
ある被告土地改良区の任意の同意又は協力によって生ずるものであり,事実上相手方に
強制を加えることはできないものである。自動転倒操作によると吉田地区の一部に大雨のた
め浸水が起こることがあるという言い伝えや,自動転倒した都度,転倒を確認し,手動で起
立させる作業の煩わしさなどの事情があったことからすると,被告土地改良区が本件事故以
前にこの指導に従ったかどうかは不明であるといわざるを得ず,この点において,管理権限
を行使していたとしても結果が回避できたともいえない。
(ウ) 因果関係
 前記(イ)cのとおり,被告土地改良区が本件事故以前に被告国の指導に従ったか
どうかは不明であるといわざるを得ず,この点において,管理権限の不行使と本件事故発
生との間には,因果関係が存在しない。
 また,本件事故は,被告土地改良区の操作員による通常予測し得ない個人的・独
善的な堰の可動扉の操作が原因であることは明らかであるから,この意味においても,管理
権限の不行使と本件事故発生との間には,相当因果関係は存在しない。
イ 国家賠償法2条1項に基づく責任
(ア) 本件堰の公の営造物該当性
 本件堰は,被告国との関係において,国家賠償法2条1項にいう公の営造物に該
当する余地はない。
a 本件堰の公共性
 国家賠償法2条1項にいう公の営造物とは,そもそも公の用に供されている物で
あることが前提となるが,本件堰はこれに該当しない。
 すなわち,本件堰は,河川管理者である山口県知事が被告国の機関委任事務
として,昭和40年度以降木屋川中小河川改修工事を施行するに際し,旧吉田堰が支障と
なったため,河川法19条に基づく附帯工事として,構造を固定堰から可動堰に変更の上,
旧吉田堰から約200メートル下流に移築したにすぎないもので,そもそも,旧吉田堰は,農
業用の取水堰として設置され,以後,改築,補修を繰り返しながら,現在に至るまでその役
割を果たしているものである。そして,河川管理施設とは,「ダム,堰,水門,堤防,護岸,床
止め,樹林帯その他河川の流水によって生ずる公利を増進し,又は公害を除却し,若しく
は軽減する効用を有する施設をいう。」(河川法3条2項本文)ところ,本件堰は,被告土地
改良区だけが使用する農業用の取水という特定目的のための利水施設にすぎず,前記効
用を有しないのであるから,河川管理施設の要件を満たしていないのであって,本件堰は,
そもそも公の用に供されている物ということはできない。
 なお,原告らは本件堰が公の用に供されている物であることの根拠として,引継
書に将来的に本件堰を河川管理施設とすることを予定した規定があることを挙げるが,前記
ア(ア)aのとおり,当該規定は本件堰の補修等に要する費用を被告山口県が負担できるよう
にするためおかれた規定にすぎず,本件堰の公共性とは全く関連しない。
b 本件堰に対する管理上の支配力
 本件堰が,仮に,公の用に供する性質を有する物だとしても,前記ア(ア)のとお
り,本件堰に対し,被告国の管理上の支配力が及んでいるとはいえない。
(イ) 営造物の管理の瑕疵
 仮に,本件堰が,被告国との関係において,国家賠償法2条1項にいう公の営造
物に該当するとしても,本件堰につき管理上の瑕疵はない。
a 国家賠償法2条1項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは,公
の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,安全性を欠くか否かの判断は,
当該営造物の構造,本来の用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮し
て具体的,個別的に判断すべきであるとされ,公の営造物の設置管理者は,本来の用法に
従って安全であるべきことについて責任を負うのは当然として,その責任は原則としてこれ
をもって限度とすべく,本来の用法に従えば安全である営造物について,これを設置管理
者の通常予測し得ない異常な方法で使用しないという注意義務は,利用者である一般市民
の側が負うのが当然であり,このような場合にまで,国家賠償法2条1項所定の責任を負うい
われはないとされる。
b これを本件についてみると,前記ア(イ)のとおり,本件事故は,操作運営覚書によ
る立会によっても予見することができないような被告Oの個人的・独善的操作によって生じた
ものであるという意味において,河川管理者にとって通常予測することができない事故であ
って事故発生の予見可能性も回避可能性もないというべきであるから,管理に瑕疵があると
は認められず,これを理由に河川管理者が国家賠償法2条1項に基づく賠償責任を負う余
地は存在しない。
 なお,原告らは,本件堰の転倒操作が手動で行われていたことを問題としている
が,堰の転倒操作は手動であっても可動扉を1門ずつ徐々に転倒すれば安全性は確保で
きるものであり,手動で転倒操作をしていたこと自体をもって管理の瑕疵と解する余地はな
い。
(ウ) 因果関係
 前記ア(ウ)のとおり,本件堰の管理の瑕疵と本件事故との間には,因果関係がな
い。
ウ 国家賠償法1条に基づく責任(予備的主張)
(ア) 許可工作物である本件堰についての指導監督義務違反
a前記ア(イ)aのとおり,本件堰のような許可工作物に対する指導監督権限は,河川
法1条に規定された河川管理の目的の範囲内においてのみ行使されるべきものであって,
自動転倒操作をすることを行政指導するかどうかは,河川管理者である山口県知事の専門
的・技術的判断に基づく自由裁量に委ねられているにすぎず,行政庁の権限不行使が違
法とされるためには,少なくとも,国民の生命,身体に対する具体的危険が切迫し,その危
険を知っているか,容易に知り得る場合であり,かつ,権限を行使しなければ結果の発生を
防止し得ないことが予測され,被害者たる国民として権限の行使を要請し,期待し得る事情
にある場合等の要件が必要と解すべきである。
 本件行政指導の不行使については,上記要件の存否を当てはめた場合でも,
本件事故の発生以前に,山口県下の他の手動操作可動堰において,異常な操作方法に
起因する事故が発生したという事情はなく,また,本件事故が発生するまでは手動操作であ
っても長年治水上特段の問題もなく本件堰の管理が行われていたのであるから,河川管理
者たる山口県知事が,本件事故発生の具体的蓋然性を認識していたことあるいは容易にこ
れを認識しうべきことを認めることはできないものというべきである。
b これに対し,原告らは,被告国が本件堰の管理権限を有することの根拠として旧
建設省河川局長からの「出水対策について」の通達を挙げ,本件事故前には,通達どおり
に実施されていなかった旨主張する。
 しかしながら,この通達が求めているのは,許可工作物については,まず許可工
作物の管理者自らに点検整備を十分に行わせるとともに,その点検の結果,異常がある場
合には河川管理者に報告させ,河川管理者はその点検結果の報告を受けて,許可工作物
の管理者を立ち会わせて,適切な指導監督を行うこととされているのであり,それ以上のこと
を河川管理者に負わせているものではない。したがって,仮に被告土地改良区が点検を実
施していたとしても,事故当時,本件堰の自動転倒装置は正常に作動していたのであるか
ら,被告土地改良区から,点検の結果,異常があったという報告がなされなかったであろうこ
とは明らかであり,河川管理者にとって,被告土地改良区の立会を求めて点検の結果を確
認するという機会が生じることはなかったのである。
(イ) 許可工作物である堰についての許可に関する義務違反
a そもそも,河川法1条所定の「災害」には,本件事故のように純粋な人為的,独善
的操作過誤による事象は,含まれないと解すべきである。
b 河川法14条に規定されるダムや堰は,いずれも操作を伴う河川管理施設をいう
のであって,操作の必要のない農業用水取水目的の堰である本件堰はこれには含まれな
い。また,本件堰は,被告土地改良区の所有するものであるから,被告土地改良区が自ら
管理すべきことは当然であり,被告土地改良区に管理能力がないことを根拠に,被告国に
管理責任を問うことは主客転倒というべきである。
c 本件堰は,自動転倒機能のある可動堰であるから,転倒については,手動操作
を行わないことや手動操作の場合の下流域の安全確保の方法等を許可条件とする必要は
ないし,安全な構造であるから,わざわざ定期的な検査をすべきことを許可条件とする必要
もないのである。
 したがって,河川管理者は,本件堰の設置許可に際し,河川法90条に基づき操
作規則を定めるべきことを許可の条件とすべき職務上の注意義務に懈怠があったとはいえ
ないのであり,河川管理者としての権限の不行使が合理性を欠いたり,社会通念上相当で
ないと非難されるいわれはないのであるから,河川管理上の責任主体である被告国が国家
賠償法1条1項の責任を負うこともない。
(3) 被告山口県の責任
[被告山口県]
 被告山口県の責任は争う。
ア 国家賠償法3条1項に基づく責任
(ア) 前記(2)ア又はウのとおり,被告国は国家賠償法1条1項に基づく責任を負うこと
はないので,被告山口県が国家賠償法3条1項により責任を負う余地はない。
(イ) 前記(2)イのとおり,被告国は国家賠償法2条1項に基づく責任を負うことはない
ので,被告山口県が国家賠償法3条1項により責任を負う余地はない。
イ 国家賠償法1条1項に基づく責任
 被告山口県が,本件事故に関し,被告国とは異なる独自の責任として,国家賠償法
1条1項の責任を負う余地はない。
(ア) 本件堰に対する被告山口県の管理権限の存在
 本件合意が,山口県知事らの直接的な管理を目的としたものでないことは,前
記(2)ア(ア)のとおりである。
 また,本件合意の締結は,被告山口県独自の事務であり得ないのであって,被告
山口県が国家賠償法1条1項の責任を負う余地はない。
a そもそも,本件合意は,木屋川の河川管理者である被告国の機関としての山口
県知事が被告国の事務として行っている機関委任事務であり,被告山口県の固有の事務と
して行っているものではない。このことは,昭和63年9月28日付け引継書の締結者が,「河
川管理者山口県知事」となっていることからも明らかである。
 また,操作運営覚書の締結者である下関土木建築事務所長の権限は,原告らも
認めるとおり,山口県知事の権限のうち河川法の施行に関する事務が土木建築事務所長
に委任されたことに基づくものであり,このことからして,下関土木建築事務所長が河川法
の範囲を超えて権限を行使することはあり得ないのである。
b 普通河川の法律上の管理権と地方自治法2条の規定との関係については,地方
公共団体が普通河川の管理に関する条例を定めている場合は別として,地方自治法の各
規定(旧地方自治法2条2項,同条3項2号,同条6項)から直ちに地方公共団体がその区
域内の普通河川の法律上の管理権を有するものと解することはできず,地方公共団体が,
条例を定めている場合は,国の管理権と地方公共団体の管理権が併存するか,地方公共
団体のそれが優先するとされる。このように,河川法の適用のない法定外公共物たる普通
河川についてさえ,旧地方自治法2条2項等の規定から直ちに地方公共団体の普通河川
についての法律上の管理権を導き出すことはできないのであり,ましてや河川法5条の二級
河川たる木屋川について,河川法上の河川管理者としての山口県知事の管理権とは別個
に,旧地方自治法2条に基づく被告山口県独自の管理権を導き出すことができないのは理
の当然であり,本件堰についても,原告らが主張するように,河川管理者の河川法上の権
限とは別個独自の管理権が,旧地方自治法2条によって被告山口県に生ずると解すること
は到底できないというべきである。
(イ) その他の要件
 また,仮に,本件合意が,被告山口県が機関委任事務としての河川管理者の立場
ではなく,独自に締結したものと評価されたとしても,このような合意に基づく管理権限を国
家賠償法上の責任の前提となる権限とすることはおよそ認められないのであって,結局,操
作運営覚書に基づく立会等の際に,自動転倒操作にすることを指導するかどうかは,被告
山口県の専門的・技術的判断に基づく自由裁量に委ねられているにすぎない。
 したがって,被告山口県のこのような行政指導の不行使についても,前記(2)ア(イ)
及び(ウ)のとおり,管理権限の不行使に関する国家賠償法上の違法性の要件を満たしてお
らず,また,管理権限不行使と本件事故との間に因果関係はないというべきであるから,被
告山口県が国家賠償法1条1項の責任を負うことはない。
ウ 国家賠償法2条1項に基づく責任
(ア) 本件堰の被告山口県が管理する公の営造物該当性
 本件堰は,被告山口県との関係においても,国家賠償法2条1項にいう公の営造
物とされる余地はない。
a 本件堰の公共性
 前記(2)イ(ア)aのとおり,そもそも,本件堰は,公の用に供されている物ということ
ができない。
b 本件堰に対する管理上の支配力
 本件堰は被告土地改良区の所有であり,かつ,被告山口県においては,許可工
作物である本件堰について法令上の管理権限を有しないことはもとより,前記イ(ア)のとお
り,本件合意は,被告山口県独自の事務ということはあり得ず,事実上も管理をしていなか
ったものであるから,本件堰に対し,被告山口県の管理上の支配力は及んでいないという
べきである。
(イ) その他の要件
 本件堰において,管理上の瑕疵が存在しないこと及び管理上の瑕疵と本件事故と
には因果関係が存在しないことについては,前記(2)イ(イ)及び(ウ)のとおりである。
(4) 損害
[被告ら]
 争う。
4 抗弁(過失相殺)
〔被告国及び被告山口県〕
 以下の事実関係等を前提とすると,本件事故当時の現場の状況から考えて,通常人で
あっても容易にその危険性を認識し,回避行動がとり得たものであり,まして,シジミ漁を行う
者であれば,より一層容易にその危険性を認識することができ,これを回避する行動をとる
べきであったのに,L及びMらはシジミ漁を継続するため,あえて回避行動をとらなかったと
いうことができる。
 したがって,本件事故に関し,L及びMらには重大な過失があったといわざるを得ず,
本件事故による損害額の算定に当たり,大幅な過失相殺をするのが相当である。
(1) 木屋川の水量及び気象状況について
 本件事故当時,台風9号の接近に備えて木屋川上流の「湯の原ダム」は,本件事故
前日午後3時ころから本件事故当日午前9時23分ころまで,通常は毎秒1トン程度である放
水量を毎秒10トン以上に増やしており,本件事故発生前後,木屋川の吉田付近の流量は
毎秒15.94トンであり,川の水量は通常よりも多くなっていた。また,本件事故当日の干潮
時刻が午前7時43分,満潮時刻が午後1時46分であることから,本件事故前には満ち潮に
よって徐々に水位が上昇しつつあった。なお,ほぼ本件事故発生当時と同一の状況を再現
した放水再現検証結果によると,湯の原ダムの放流と満ち潮による増水の結果,堰の転倒
開始時にM(第7ポイント)の地点の水深は約51センチメートル,L(第8ポイント)の地点の
水深は約65センチメートルであった。
 また,本件事故当日の気象状況は雨で,風速は4メートル前後,午前6時40分に発
令された強風・波浪注意報は,午前11時に大雨・洪水・雷・暴風・波浪注意報に切り替わっ
た。
(2) 堰の転倒による川の水位の上昇について
 被告Oが本件堰の可動扉を全倒したときの水量,水流状況を検証した調書によると,
本件堰の可動扉の転倒開始後,M地点で増水し始めたのは可動扉の転倒開始後3分経
過後であり,8分30秒経過後の水位の急上昇までに9センチメートル程度の上昇があった。
また,L地点で増水し始めたのは可動扉の転倒開始後2分経過後であり,8分経過後の水
位の急上昇までに7センチメートル程度の上昇があった。
 したがって,可動扉の転倒開始から水位が急上昇するまでの時間帯(可動扉転倒開
始から8分ないし8分30秒までの間)における本件事故現場の水位は,満ち潮による水位
の上昇と可動扉転倒による水位の上昇との相乗効果によって,L及びMらが川に入ったとき
の水位よりかなり高くなっていた。
(3) L及びMらが胸まである胴長を着用していたことについて
 L及びMらは,本件事故当日,シジミ漁に当たって胸まである胴長を着用していた。
胴長を着用した状態については,増水により胴長の中に水が入れば,身体の自由がきかな
くなり事故につながるおそれが十分あり得るのであり,このことは,本件事故現場でシジミ漁
を長年経験していた者にとっては,周知の事実であったと認められる。
 また,水深90センチメートル(腰までの水深),流速が毎秒1メートルの場合,体重60
キログラムの人間で,約36キログラムの力が加わり,歩行困難となり,流されないように起立
していることが精一杯となり,水流内の人間に加わる力は,水深に比例し,流速の2乗にも
比例することから,水深や流速の値が大きくなれば,水流に対抗できなくなることからも,L
及びMらが,胴長の着用によって身体の自由がきかなくなり本件事故につながったことが容
易に推認される。
(4) L及びMらの年齢・身長等について
 本件事故当日のLの年齢は84歳,Mが57歳であり,また,身長については,Lが165
センチメートルであり,Mは148センチメートルであった。なお,Lは腰が曲がっているため,
実際の上背はかなり低くなると思われる。
(5) L及びMらが最後まで川の中に残っていたことについて
 本件事故当日午前6時30分ころ,シジミ漁を行っていた者は27人いたが,他の者は
漁を止めて岸に上がっており,最後まで川の中に残ってシジミ漁をしていたのは,L及びM
らを含むグループのうちの更に一部の者だけであった。
(6) 違法な共同漁業権行使について
 本件事故においては,L及びMらが,その所属する吉田川漁業協同組合内共第14
号第1種共同漁業権行使規則(以下「行使規則」という。)5条所定のシジミ採捕の限度量を
超え,自己の有する漁業法8条所定の漁業を営む権利(組合員としての共同漁業権の行使
権)の範囲を逸脱するシジミの採捕を行っていたこと,そのような権利外の採捕が長時間に
及んだ結果,被告Oの転倒操作による木屋川の水位の急激な上昇に巻き込まれ死亡する
に至ったことが強く疑われる。
 そして,上記のような行使規則所定の採捕限度量を超えるシジミの採捕それ自体は
行使規則という吉田川漁業協同組合の内部規則に違反し,組合理事による停止措置の対
象になる(行使規則9条)にすぎないが,同時に組合及び他の組合員に対し,漁獲高の減
少という経済的な不利益を及ぼすおそれがあるという点において,社会通念上違法な行為
ということができる。
〔被告O,被告土地改良区及び被告P〕
 本件事故当時は,台風9号が接近しており,風も強く,雨も降っており,河川の水は増
水し,しかも,流れの速いものであった。L及びMは,このような気象状況の下でシジミ漁を
行っていたもので,増水や急流など水の流れの変化を予見すべき状況にあったにもかかわ
らず,木屋川内に入りシジミ漁を継続したものであるから,両名にはこの点で過失がある。
 したがって,本件損害額の算定に当たり,相当程度の過失相殺をするのが相当であ
る。
5 抗弁(過失相殺)に対する主張
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 被告O,被告土地改良区及び被告Pの責任について
ア 被告Oの責任について
 前記第2の1(2)の事実によれば,被告Oが本件堰の可動扉を手動で転倒させる際
に,下流域の安全を十分に確認すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったこと
により本件事故が発生したことは明らかであるから,被告Oは,民法709条に基づき,本件
事故によって生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 被告土地改良区の責任について
 本件堰は,前記第2の1(3)のとおり,昭和40年ころ,被告山口県が行った木屋川中
小河川改修工事に伴い,従前の固定堰であった旧吉田堰が,約200メートル下流に自動
転倒装置を備えた可動堰として移築されたもので,昭和36年2月17日,山口県知事が被
告土地改良区に対し,昭和36年から昭和56年までの間について,旧吉田堰に係る旧河川
法18条に基づく流水占用,河川敷地占用及び工作物設置の許可を行ったこと,本件堰完
成後,山口県知事と宇津井水利組合との間で引継書が交わされていること,被告土地改良
区は,昭和49年に宇津井水利組合を統合したことによれば,遅くとも同年以降,本件堰の
所有権,管理権とも被告土地改良区にあるというべきところ,本件堰は,被告土地改良区が
事業地区とする農業用水の取水を目的とするものであり,可動扉の転倒操作等を含め,本
件堰の管理は,被告土地改良区の事業内容(地区内の農業用用排水施設の維持管理)そ
のものであって,しかも,被告Oは,本件堰の主任操作員の指定を受け,操作費として年間
約5万円を受領し(甲イ23,丙4ないし12,証人O),本件事故に際しても,主任操作員の資
格において可動扉の操作を行ったのであるから,本件事故について,被告土地改良区は,
民法715条1項に基づき,被告Oがその事業の執行につきLらに与えた損害を賠償する責
任を負う。
ウ 被告Pの責任について
 前記第2の1の事実,証拠(甲イ23,乙33,丙1ないし12,証人P,証人O)及び弁論
の全趣旨によれば,被告Pは,平成9年4月1日から被告土地改良区の代表者理事長に就
任したこと,本件事故当時,本件堰の操作員の1人となっていたこと,従前から,本件堰の
操作については,被告O,Qとともに立ち会うことが多かったこと,被告土地改良区から,役
員報酬年額7万円のほか,本件堰の操作費として年間約5万円を受領していたこと,木屋川
上流のダムが放流される場合には,理事長である被告P宅に連絡が入るようになっており,
当該連絡を受けた被告Pは,被告Oらに対し,本件堰の可動扉の転倒を指示するなどして
いたことの各事実が認められ,本件事故当時,被告Pは,単に被告土地改良区の代表者で
あったというだけでなく,本件堰の操作に直接関与し,被告Oらの操作を現実に監督する立
場にあったことが認められる。
 したがって,本件事故において,被告Oが責任を負う以上,被告Pも,民法715条2項
に基づき,本件事故に関して被告OがLらに与えた損害を賠償する責任を負う。
2 被告国の責任について
(1) 国家賠償法1条1項に基づく責任について
 原告らの主張は,被告国が本件堰に対する管理権限を有し,かつ,これを適切に行
使すべき義務を負うことを前提とするから,まず,この点について判断する。
 なお,本件事故の態様からすれば,ここにいう権限と義務とは,洪水,高潮等による
災害の発生を防止し,公共の安全を保持する(河川法1条参照)ためのそれではなく,本件
堰を操作することによって流水の状況に著しい変化を生ずると認められる場合において,こ
れによって生ずる危害を防止する(同法48条参照)ための権限と義務であることが明らかで
ある。以下,この災害防止と危害防止との対比を念頭におきつつ,判断を加えることとする。
ア 違法性判断の前提となる被告国の本件堰に対する管理権限の存在
(ア) 前提となる一般論等
a 本件堰の所有権は,被告土地改良区にあるというべきところ,引継書において
は,河川法3条2項(河川管理者以外の者が設置した施設においては,当該施設を権原を
もって管理している者の同意を得た場合に限り河川管理施設とすることができる。)の手続き
を経て河川管理施設とすることができるとされているものの,本件全証拠によっても,そのよ
うな同意が得られた事実は認められない。また,本件堰は,宇津井地区という特定地域の水
利権者のための農業用水取水目的の堰であり,河川法上の河川管理施設の要件を満たす
に足りる公共性を有するとは必ずしも言い難い(証拠上も認められない。したがって,本件
堰が公の営造物であるというを得ない。)ことを考慮すると,本件堰は,河川法上の河川管
理施設ではなく,許可工作物にすぎないというべきである。
b ところで,河川法1条によれば,河川管理の目的は,河川について,洪水,高潮
等による災害の発生を防止し,河川を適正に利用し,及び流水の正常な機能を維持するた
め,これを総合的に管理することにより,国土の保全の開発に寄与し,もって公共の安全を
保持し,かつ公共の福祉を増進することにあることとされ,許可工作物に関する規定である
同法24条の許可は,河川区域内の土地の占用によって河川の機能を減殺するおそれがな
く,これが特に社会経済上の必要性を有する場合に与えられるものであり,同法26条の許
可は,河川区域内の土地における工作物の新築改築などが河川における一般の使用を妨
げ,河川の機能を減殺するような支障がない場合に与えられるものであり,同法30条1項の
検査は,許可工作物がその位置,形状,構造及び工事の施工方法等のいかんによっては
河川の機能を減殺する可能性があることから,これを最小限にとどめるために実施されるも
のであるとされることによれば,一般論として,河川法上直接導き出される許可工作物に対
する河川管理者の管理権限は,河川の機能に与える影響との観点から当該工作物が安全
性を有するか否かという点にとどまるといえる。これを本件堰に則していえば,放水による下
流域の堤防ないし護岸の決壊を防ぎ,洪水等による災害を防止し,また,木屋川の流水に
支障が生じない機能を有しているかの観点からの管理権限,具体的には,本件堰は自動
転倒装置を備えた可動堰であり,同装置が正常に作動する限り,下流域の堤防ないし護岸
に欠陥等は生じない構造になっているのであるから,自動転倒装置の作動状態に関する災
害防止の観点からの管理権限はあっても,本件堰からの放水によってその下流域に立ち入
る者に生じ得べき危害防止の観点からその安全性を確保する管理権限までは,河川法上
直接的には導き出されないというほかはない。
c したがって,本件における最大の争点は,本件合意により,河川管理者たる山口
県理事の権限と義務がどのようなもの(災害防止にとどまるか,危害防止を含むか。)として
確定され,また,それがどのような法律上の効力を有するのか,その解釈の問題にあることと
なる。なお,被告国は,本件合意の有効性について明確な主張をしないが,本件合意が,
山口県知事及びその補助者らにより,河川法上の機関委任事務の一環として合意されたも
のであることについては,明らかに争わない。
(イ) 本件合意の内容及び解釈
a まず,仮に,本件合意が,放水による下流域の堤防ないし護岸の決壊を防ぎ,洪
水等による災害の防止,木屋川の流水に支障が生じない機能を有しているかの災害防止
の観点,すなわち,本件堰の自動転倒装置が正常に作動するかの観点から,山口県知事
らが本件堰の検査,点検等を行い得る管理権限を定めたにとどまると解釈されるとすれば,
本件堰の自動転倒装置は,本件事故当時,適正に設定されていれば正常に作動していた
ことが確認されているのであるから,そもそも同権限の不行使と本件事故とは何の関係も有
しないこととなる。それゆえ,本件合意が,同権限の範囲内にとどまると解釈されるのか,同
権限を越える危害防止の内容をも含むと解釈されるのかが問題となる。
b ところで,本件合意は,前記のとおり,引継書と操作運営覚書とによって構成され
ており,引継書が基本的合意,同覚書がその細則との性格を有していると認められるから,
引継書第5条の「山口県知事は,必要に応じ点検を行い,整備を求めることができる。」との
文言についても,同覚書の具体的記載に基づいて解釈される必要がある。
 よって検討するに,操作運営覚書は,第3条において,下関土木建築事務所,
下関市吉田支所及び下関市王喜支所における各指定職員を本件堰の操作運営関係者と
する旨を定め,第8条においては,実際に操作を行う操作員(宇津井水利組合等の関係
者,現在は被告土地改良区の関係者)が緊急やむを得ない操作をしようとするとき,若しく
はその操作をしたときは直ちに操作運営関係者に連絡し,その指示を受けなければならな
い旨を定めている。しかして,本件堰は,自動転倒装置を備えた可動堰であるから,前記の
河川法上直接導き出される管理権限の点から考えれば,下関土木建築事務所の関係職員
としては,同装置が正常に作動するか否かの点検,確認を行えば足りるはずである。しか
し,緊急操作とは,まさしく,自動転倒ではなく,手動で転倒操作をしなければならない場合
を指すと解されるのであって,少なくとも,可動扉の緊急手動転倒操作を行うについては,
下関土木建築事務所の関係職員にこれを連絡し,その指示(手動操作を行うべき緊急性が
ないのであれば手動操作を行わせないことや,緊急性がある場合でも,下流域の安全を十
分に行うよう指示し,場合によっては,その人員確保のための措置等についても指示するこ
とが許されよう。)をすることとなっている。すなわち,本件堰の可動扉の緊急手動転倒操作
に関しては,山口県知事の補助者たる下関土木建築事務所の関係職員が直接関与するよ
うな定めになっているのであって,その限度で,操作運営覚書,ひいて本件合意は,前記
管理権限を越えて,緊急手動転倒操作による急激な貯留水の流出によって生じ得べき下
流域住民の危害防止の観点から,可動扉の操作自体に関する管理権限を山口県知事らが
有することを定めたものと解釈するのが相当である。
 もっとも,本件合意は,被告国が指摘するように,これが交わされた背景に,本件
堰の修繕費用等を被告山口県が負担できるようにする面があったことは否定できないし,そ
のためか,前記引継書第5条の文言も甚だ抽象的ではある。しかし,当時,本件堰を将来
的には河川管理施設とし,山口県知事が直接管理を行うことを前提としていたことが認めら
れること(証人R)や,操作運営覚書が前記のとおりに解釈されることに照らすと,「点検,整
備を求めることができる。」との文言が,被告国の主張するように,費用負担を導き出すため
の例文にすぎず,河川管理者が河川管理の範囲内で点検整備を求めることができるとの当
然の内容を定めたにとどまるということはできない。
 また,被告国は,昭和63年に引継書第4条の費用負担条項が削除されたことに
より,第5条も当然に効力がなくなったとも主張するが,その論法によっても,被告土地改良
区の同意が得られないとしてこれが残された事実がある以上,その事実を斟酌して同条の
解釈をすべきであるから,上記主張も採用することはできない。
(ウ) 本件合意の効力
 以上によれば,本件合意は,許可工作物に対して河川法上直接導き出される河
川管理者の管理権限を越えた権限を定めたと解釈されるから,以下,河川法の諸規定を参
照しつつ,本件合意の効力を法律上どのように考えるかについて検討する。
a 河川法の目的
 河川法は,前記のとおり,1条において,「河川について,洪水,高潮等による災
害の発生が防止され,河川が適正に利用され,及び流水の正常な機能が維持されるように
これを総合的に管理することにより,国土の保全と開発に寄与し,もって公共の安全を保持
し,かつ,公共の福祉を増進することを目的とする。」と定め,2条1項において,「河川は,
公共用物であって,その保全,利用その他の管理は,前条(1条)の目的が達成されるよう
に適正に行われなければならない。」と定めている。
b ダムに関する特則(流水による危害)
 また,河川法は,44ないし51条において,ダムに関する特則(河川の流水を貯
留し,又は取水するため河川管理者以外の者が,河川法の許可又は承認を得て設置する
ダムで,基礎地盤から堤頂までの高さが15メートル以上のものについて適用される。)を定
めている。
 この特則は,河川法の許可又は承認を受けて河川管理者以外の者が行うダムの
設置又は操作に起因する人工的な災害の発生を防止するための規定であり,ここにいう人
工的な災害とは,ダムの操作により貯留水を下流の河道に放流する場合に下流の水位を
短時間に上昇させ,そのため,人身に危害を与えるような場合をいうとされる(同法48条参
照)。また,このようなダムの操作による危害を防止するため,操作規程をあらかじめ定め,
河川管理者の承認を得なければならないともされる(47条)。そして,同法48条にいう,ダム
を操作することによって流水の状況に著しい変化を生ずると認められる場合とは,一般に,
30分間に30ないし50センチメートル程度の水位の上昇がみられるのを基準とするとされて
いる(弁論の全趣旨)。
c よって前記河川法の各条項に照らして考えるに,確かに,本件堰は,その構造か
らみて,ダムに関する特則の適用はない。しかし,河川法が同特則を定めた趣旨は,放流
による下流域の急激な水位の上昇等によって発生する人身への危害を未然に防止するこ
とにあり,これを定めることが同法1条の目的にも適うとの判断のもとに立法されたものと思わ
れるのであるが,その趣旨ないし立法理由に鑑みると,河川法は,ダムに準じて,放水によ
り同様の危害の発生するおそれのある許可工作物に関し,危害防止の観点から,契約的手
法により,河川管理者が許可工作物管理者と合意を交わす形式で,当該許可工作物の操
作等について規制,管理することを当然に許容しているというべきであり,そのような合意に
効力を認めたとしても,前記河川法の目的に反するとはいえないのであるから,このような合
意の効力を否定すべき理由は何もない。
 これを本件についてみるに,本件事故の際の流水の状況は,本件堰から約1.2
キロメートル下流の本件事故現場付近において,放水開始約8分後から水位が急増し,最
大時80センチメートル以上も水位が上昇していることが認められる(甲イ23,32)こと,その
他証拠上認められる本件堰の構造,位置,貯水量等からすると,本件堰については,急激
な放水により下流域に立ち入った人身に対し,ダムに準じる危害を及ぼす具体的危険性が
存在することは明らかというべきである。そうだとすると,このような本件堰に関し,河川管理
の一環として,山口県知事が被告土地改良区との合意により,本件堰及びその可動扉の緊
急手動転倒に関して規制・管理することは,むしろ,河川法の目的とも合致するというべきで
あるから,本件合意は,機関委任事務としての河川管理の一環として行われた適法かつ有
効な合意ということができる。
 もっとも,合意によって公権力そのものが創出されることはないから,本件合意に
基づき,山口県知事が被告土地改良区に対し,強制力を行使することができないことは,あ
らためていうまでもない。その意味で,本件合意は,被告土地改良区の任意の履行をまつも
のではあるけれども,本件堰からの放水が上記のとおりの具体的危険性を有することに鑑
みれば,山口県知事としては,その旨を下流域住民,あるいは,広く一般公衆に告げてい
わば世論の力をもって被告土地改良区の履行を促すことも可能なのであるから,任意の履
行をまつ合意だからといって,これが法律上の効力がないということはできない。
(エ) 本件合意に基づく権限の不行使と国家賠償法上の違法
 ところで,本件合意を交わすか否かは,河川管理者たる山口県知事の裁量に係る
から,全く本件合意のようなものが存在しない状況の下では,本件合意に基づく立会検査,
緊急手動転倒時の連絡,指示のような規制・管理を行っていないことをもって,直ちに国家
賠償法上も違法な行為であると評価することはできない。
 しかし,本件堰については,前記(イ)において述べた点及び前記第2の1(2)のとお
り,設置当初から警報装置が備えられ,自動転倒による放水時にもこれが吹鳴するよう設計
されていた事実に照らして考えるならば,本件合意は,まさに,本件堰からの放水がもたら
す前記危害に着目し,これによる事故を未然に防止すべく合意されたことが明らかであっ
て,山口県知事は,河川管理者としての専門的技術的判断に基づき,上記検査や連絡,
指示が河川管理の一環として必要であるとの認識のもとに本件合意を交わした上,河川法
に基づく規制・管理以上の権限を及ぼしているのであるから,当該権限は,国家賠償法上
の違法性を判断する上でも,当然前提とできる権限であり,その行使をしないこと(不作為)
を違法と評価することもできるというべきである。
 もっとも,当該権限は,先にも述べたとおり,強制力を行使できる性質のものではな
いことから,国家賠償法1条1項にいう公権力の行使の前提となる権限に当たるのか疑義が
ないではない。しかし,同条項にいう公権力の行使とは,一般に,概ね国の私経済作用及
び国家賠償法2条の対象となるものを除くすべての活動をいい,学校の教育活動や行政指
導などもこれに含まれるといわれるところであるから,本件合意に基づく権限を同条項の公
権力の行使となる権限から除外すべき理由はないというべきである。
イ 本件における違法性(作為義務違反)
(ア) 権限不行使の事実
 前記第2の1(3)のとおり,本件合意に基づく立会検査,緊急手動転倒時における連
絡,指示は,いつごろからか明確ではないが,多年にわたって全く実施されないようになり,
現に,本件事故当時においても,これが実施されていなかった。したがって,山口県知事及
びその補助者らは,本件合意に基づく河川管理者としての権限を長期間全く行使していな
かったことは明らかである。
 他方,本件事故の直接の発生原因は,あくまで,前記1アのとおり,被告Oが可動扉
を手動で転倒操作するに当たり,下流域の安全を十分に確認しなかったことにあるのであ
って,本件合意に基づく権限の不行使が直接本件事故の発生を招いたものではない。ま
た,権限が存在するからといって,その不行使が当然に違法となるものではなく,具体的な
状況の下,当該権限を行使すべき義務(作為義務)が存在すると認められるにもかかわら
ず,権限行使を怠った場合に初めて違法と評価されうるのであるから,当該権限不行使の
事実のみをもって,即時に,国家賠償法上違法な行為(不作為)と認めることができないこと
もまた当然である。
(イ) 違法性の判断
 国家賠償法上,行政庁の権限の不行使が違法とされるのは,当該監督権限が付与
された趣旨・目的に照らし,その不行使が著しく合理性を欠き,社会通念上相当でないと認
められる場合とされる。そして,権限不行使の違法性の判断要件を具体的にいえば,権限
行使に裁量性があることを前提に,<イ>国民の生命,身体,健康に対し具体的危険が切迫
していること(危険の切迫性),<ロ>行政庁が,具体的危険の切迫を知り,又は容易に予見
し得る状況にあること(予見可能性),<ハ>行政庁が権限を行使すれば容易に結果の発生
を回避することができること(回避可能性),<ニ>行政庁が権限を行使しなければ結果の発
生を回避することができないこと(補充性),<ホ>国民が権限行使を要請し期待している場
合,又はそれが容認される場合であること(国民の期待)などが,一般的にいわれるところで
あり,この点は,被告国が主張するところでもある。
 しかし,本件においては,このような要件を直ちに当てはめることは相当とはいえな
い。すなわち,本件は,本件合意に基づく権限が問題となる事案であって,前記のとおり,
山口県知事は,河川管理者としての専門的技術的判断に基づき,その必要性を認めて本
件合意を交わし,本件堰からの放水による事故を未然に防止しようとしたのであり,本件合
意の趣旨・目的はまさしくこの点にある。そして,本件合意に基づく権限というのも,引継書
第5条,操作運営覚書第5条,第7条,第8条にそれぞれ記載されたとおりの明確かつ具体
的な,その意味で裁量性のない内容である。したがって,違法性の判断においても,行政
庁に広範な裁量性があることを前提とする一般的な要件をそのまま本件に当てはめることは
相当でないというべきである。
 もっとも,違法性の判断に当たって考慮すべき要素としては重要であり,尊重すべき
はもちろんであるから,以下,上記要素に従って検討を加えることとする。
a <イ>具体的危険の存在及びその切迫性について
 本件堰においては,自動転倒装置が停止され,手動で操作を行うことが常態化し
ていた。そして,手動の転倒操作により,放水が急激になされ,下流域の河川使用者の身
体に危険を及ぼす可能性が高いことは,本件事故の結果からみても明らかであり,現に,本
件事故の5,6年前にも本件事故と同様のことがあり,吉田川漁業協同組合において,被告
土地改良区に注意を申し入れたことがあった(甲イ23,44,45)。
 したがって,幸にも本件事故発生前においては,本件堰の可動扉の転倒操作に
起因する重大な事故が発生していなかったとはいえ,木屋川下流域に立ち入る者,特に,
シジミ漁を行う者に対しては,その生命,身体に対する具体的危険が切迫して存在したとい
うべきである。
b <ロ>予見可能性について
 本件堰の放水による前記危害に着目していたからこそ,山口県知事及びその補助
者らが本件合意を交わしたことは先に述べたとおりであり,少なくとも,本件合意に基づく検
査の立会,緊急手動転倒操作に関する連絡,指示等を実施していれば,山口県知事は,
本件堰において,自動転倒装置が停止され,専ら手動転倒が行われていたことを知り得た
のであるから,容易に具体的危険が存在することを予見し得たといえる。
 これに対し,被告国は,本件事故の発生原因は,被告Oによる独善的な可動扉の
転倒操作によるもので,このような独善的操作による事故の発生を予見することは不可能で
あったと主張する。しかし,ここで問題となるのは,手動転倒操作が常態化されていたことな
のであり,上記立会や連絡,指示を厳格に行うことにより,本件堰の自動転倒装置が停止さ
れ,専ら手動で操作されていたことを容易に知り得たとともに,その時点で,手動転倒を自
動転倒に切り替えるよう指示すること(その指示に被告土地改良区が従った可能性が高い
ことは後に述べるとおりである。)も十分に可能だったのであるから,被告国の主張は採用で
きない。
 なお,被告国は,手動転倒操作であっても,十分な確認のもとで行われれば放水
による下流域の安全は確保されるとして,手動転倒がなされていたこと自体は問題ではない
とするが,本件堰が自動転倒装置を備え,これにより安全性が確保される構造になっていた
こと及び自動転倒装置を備えた可動堰として河川法上の許可工作物としての許可がなされ
ていることは先に述べたとおりであるから,そもそも,自動転倒より危険性を伴うことが明らか
な手動転倒を行うべき合理的理由もない本件において,手動転倒を行っていたこと自体が
問題とされるのは当然である。
c <ハ>回避可能性について
 本件合意に基づく検査の立会及び緊急手動転倒操作時の連絡,指示の実施は
容易であり,その際,被告土地改良区がその指示に従い,本件堰の可動扉の操作につき,
手動操作から自動転倒に切り替えておれば,本件事故は発生しなかったはずであるから,
本件事故を容易に回避できたということができる。
 もっとも,本件合意に基づく権限は,法律上の強制力を有するものではないため,
本件事故前において,被告土地改良区が自動転倒を行うべき旨の指示に従わなかった可
能性がないではない。しかし,本件合意による立会検査等は,本件事故後再度実施される
ようになり,被告土地改良区はこれに従っていること,また,本件事故後,被告山口県の指
導により,取水期間中の可動扉の転倒はすべて自動転倒によることとして運用されているこ
と(証人P,証人O),本件合意は双方の合意によって定められたものであり,これにより定め
られた山口県知事の権限の行使を被告土地改良区が拒むべき積極的理由もないことによ
れば,当該権限行使の中で,被告土地改良区が本件堰の手動転倒操作を自動転倒操作
に切り替えた可能性は極めて高いというべきである。
 したがって,山口県知事が本件合意に基づく権限を行使しておれば,容易に本件
事故の発生を回避することができたといえる。
d <ニ>補充性について
 前記のとおり,山口県知事が河川管理者としての専門的技術的判断に基づいて
その必要性を認め,本件合意を交わして事故を未然に防止しようとした本件においては,
山口県知事の本件合意に基づく権限は,むしろ積極的に活用すべきことが要求されている
というべきであって,本件合意のもとでは,補充性の要件は問題とならない。
e <ホ>国民の期待について
 前記のとおり,本件事故前にも同様なことがあったことからすると,国民(具体的に
は,木屋川下流域においてシジミ漁に従事する者)は,被告土地改良区による緊急手動転
倒操作を是正するための権限行使を期待していたというべきであるから,その権限行使は,
社会的に要請,容認されるということができる。
 以上を総合すれば,山口県知事とその補助者らは,本件堰からの放水により,その
下流域に立ち入った者に前記危害が及ぶことを予見し,その安全を直接に配慮して本件
合意を交わしたこと,本件合意によれば,同県知事らは,前記検査の立会,可動扉の緊急
手動転倒時の連絡,指示の権限を有しており,これを厳格に実施すれば,本件堰が手動転
倒により操作されている常態にあることが判明し,これを自動転倒操作に切り替えるよう指導
することは容易であったこと,ところが,上記権限の行使は,多年にわたって実施されず,そ
のため,本件事故前にも同様の事態が発生し,本件堰の緊急手動転倒操作に係る危険
は,特にシジミ漁のため木屋川下流域に立ち入る者に対し,具体的に切迫していたことが
それぞれ指摘できるのであるから,これらの諸事情によれば,遅くとも上記事態が発生した
ころ以降,上記権限を行使し,手動転倒操作の常態を改めるよう指導すべき作為義務が生
じたということができる。それにもかかわらず,同県知事らが,本件合意に基づく権限,すな
わち,上記検査立会や緊急手動転倒操作時の連絡,指示等を実施しなかったのであるか
ら,この不作為は,国家賠償法上違法と評価されるというべきである。
 また,山口県知事及びその補助者である下関土木建築事務所の関係職員らは,自
ら,本件合意を締結しながら,本件合意に基づく検査の立会等を実施していなかったもの
で,具体的危険の存在を予見し得たことは先に述べたとおりであるから,河川管理者たる公
務員である山口県知事及びその補助者らにおいて,その権限不行使につき過失があること
は明らかである。
ウ 因果関係
 前記のとおり,本件合意による立会検査等は,本件事故後再度実施されるようにな
り,被告土地改良区もこれに従っていることからすれば,山口県知事らの指導により,被告
土地改良区が本件堰の手動転倒操作を自動転倒操作に切り替えた可能性は極めて高い
と認められるから,同知事らの権限の不行使と本件事故との発生との間には因果関係があ
るというべきである。
(2) まとめ
 以上によれば,二級河川木屋川の河川管理者たる山口県知事ないしその補助者で
ある下関土木建築事務所の関係職員らの前記不作為は,過失ある違法な行為であり,当
該不作為と本件事故発生との間に因果関係もあるというべきであって,かつ,同県知事らの
管理権限は,被告国の機関委任事務たる木屋川の河川管理としてのそれであるから,被告
国は,国家賠償法1条1項に基づき,本件事故によって生じた後記損害を賠償すべき責任
を負う。
3 被告山口県の責任について
 木屋川の河川管理を行う山口県知事及びその補助者である下関土木建築事務所の
関係職員らに対し,俸給,給与を支給しているのは被告山口県であるから,本件は,国家
賠償法3条1項にいう,公務員の選任若しくは監督に当たる者と公務員の俸給,給与その
他の費用を負担する者とが異なるときに該当する。そして,山口県知事,下関土木建築事
務所関係職員の不作為により,被告国が国家賠償法1条1項に基づく責任を負うことは前
記2のとおりであるから,被告山口県は,その余の点につき判断するまでもなく,同法3条1
項に基づき,本件事故によって生じた後記損害を賠償すべき責任を負う。
4 損害及び過失相殺について
ア 損害について
(ア) Lについて
a 逸失利益
 Lは,本件事故当時,吉田川漁業協同組合の組合員としてシジミ漁を行っていた
ことが認められるものの,当該シジミ漁の期間は毎年7及び8月の2か月間で,かつ,採取の
時間も干潮時間を中心に前後2時間程度にすぎないこと(甲イ23),Lが,シジミ漁以外に
収入を得ていたことを認めるに足りる証拠はなく,実質的には無職と認められること,Lは,
大正元年11月14日生まれで,死亡当時84歳と高齢であることなどを考慮すると,Lについ
て,逸失利益と認めるべきものはないといわざるを得ない。
b 慰謝料
 本件に現れた諸事情を考慮すると,本件事故により死亡したLの精神的肉体的苦
痛を慰謝するには,金2000万円を要すると認めるのが相当である。
c 葬儀費用
 本件に現れた諸事情を考慮すると,Lの葬儀費用として,金120万円を認めるの
が相当である。
(イ) Mについて
a 逸失利益
 Mについても,Lと同様の理由により,実質的には無職であり,いわゆる専業主婦
と認めることができる。
 したがって,平成9年賃金センサス第1巻第1表産業計,企業規模計,女子労働
者,学歴計,全年齢平均によると年間金340万2100円の収入であるとされること,Mは死
亡時57歳(昭和15年5月19日生)であるから,就労可能年数が10年(67歳まで)と考えら
れ,対応するライプニッツ係数は7.722であること,生活費控除の割合は30パーセントとす
るのが相当であることによれば,Mの逸失利益として,金1838万9711円を認めるのが相
当である。
[計算式 340万2100×7.722×(1-0.3)=1838万9711]
b 慰謝料
 本件に現れた諸事情を考慮すると,本件事故により死亡したMの精神的肉体的苦
痛を慰謝するには,金2000万円を要すると認めるのが相当である。
c 葬儀費用
 本件に現れた諸事情を考慮すると,Mの葬儀費用として,金120万円を認めるの
が相当である。
イ 過失相殺について
(ア) 証拠(甲イ23,乙44,45,46)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認め
られる。
a 本件事故当時,台風9号の接近に備えて上流の湯の原ダムでは,本件事故前日
の平成9年7月25日午後3時ころから本件事故当日の同月26日午前9時23分ころまで,通
常毎秒1トン程度である放水量を毎秒10トン以上に増やしており,本件事故発生の前後,
木屋川下流の下関市吉田付近の流量は毎秒15.94トンであり,川の水量は通常よりも多く
なっていた。当日の干潮時刻が午前7時43分,満潮時刻が午後1時46分であったことか
ら,本件事故前には満ち潮によって徐々に水位が上昇しつつあった。
b 本件事故当日の気象状況は雨模様であり,風速は毎秒4メートル前後,午前6時4
0分に発令された強風・波浪注意報は,午前11時に大雨・洪水・雷・暴風・波浪注意報に切
り替わるような状況であった。
(イ) 以上の気象状況に加えて,台風接近下にあってはダム等が放流することがあるこ
とは一般に周知の事実であることやL及びMがいずれも前記吉田漁業協同組合の組合員
であることなどを併せ考えるならば,同人らは,少なくとも,台風が接近する悪天候の下,上
流のダムの放流等によって,木屋川の水位が急激に変わり得ることは十分に予見できたと
いえる。したがって,L及びMは,早急にシジミ漁を切り上げて岸に上がるのが相当であった
にもかかわらず,シジミ漁を継続したという点で,本件事故の発生につき,何らの落ち度もな
いということはできない。
 しかし,当時の木屋川の水量は,シジミ漁を行うことが不可能だったとはいえず,実
際にも,L及びMら以外にもシジミ漁を行っていた者が存在したこと(甲イ23,44,45),本
件事故の直接の原因は,本件堰の可動扉の急激な転倒にあり(甲イ23には,急に前触れ
もなく,水位が上がり,流れも急になったため,上流を見ると,赤い壁のような流れがうねりを
上げて襲って来て,30センチメートル位の水深が1メートル位になったとの目撃談があ
る。),悪天候であることそのものが直接本件事故の発生につながったものではないこと,本
件事故発生現場の水量が急激に増加したのは,本件堰の可動扉の転倒から約8分後であ
り(甲イ23),転倒の事実を知らされていないL及びMにとっては,急激な水量の変化自体
を予見,回避する手段も時間的余裕も乏しかったことが認められることによれば,前記(ア)の
状況の下,シジミ漁を行っていたL及びMの落ち度をあまりに過大に評価することはできな
い。
(ウ) よって,本件事故により発生した損害については,1割の過失相殺を認めるのが
相当である。
ウ まとめ
(ア) 原告A,同B,同C,同D,同E,同F,同Gらは,Lの前記ア(ア)の損害のうち9割
に当たる総額金1908万円の損害賠償請求権を各法定相続分に応じて相続した。
 そして,以上によれば,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は,総額金190
万円(各人においては各法定相続分に応じた金額)を認めるのが相当である。
(イ) 原告H,同I,同J,同Kらは,Mの前記ア(イ)の損害のうち9割に当たる総額金356
3万0739円の損害賠償請求権を各法定相続分に応じて相続した。
 そして,以上によれば,本件事故と相当因果関係の弁護士費用は,総額金190万
円(各人においては各法定相続分に応じた金額)を認めるのが相当である。
5 結論
 よって,原告らの,被告らに対する請求は,以上の限度で理由があるから認容し,その
余は理由がないから棄却し,原告らの申立てに係る仮執行宣言については相当でないの
でこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
山口地方裁判所下関支部第1部
裁判官  松  井     洋
 裁判長裁判官近下秀明はてん補のため,裁判官井上正範は退官のため,署名押
印できない
裁判官  松  井     洋

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