弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告らは、各自、原告Aに対し金二八万円、原告Bに対し金一四万円及び右各
金員に対する昭和五九年一月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員
を支払え。
二 被告Cは、原告Aに対し金一四万円、原告Bに対し金七万円及び右各金員に対
する昭和五九年一月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払
え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの、その余を原告らの各負担とす
る。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して、原告Aに対し、金一六六万円及び原告Bに対し、金八三
万円並びに右各金員に対する昭和五九年一月二九日以降支払済に至るまで年五分の
割合による金員を支払え。
2 被告らは、別紙目録(二)記載の新聞に、同目録記載の体裁にて、同目録
(一)記載の謝罪広告を各一回掲載せよ。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 1につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 故Dは、昭和三六年三月発行の立正史学第二五号に、「Eと石風呂」と題する
論文を発表し、昭和四三年発行の名城大学新聞第三四三号に、「温室考」と題する
論文を発表した、右両論文の著作者である(以下、右両論文を、「本件両論文」と
いうことがある。)。
2 被告C(以下、「被告C」という。)は、昭和五五年五月一五日、被告第一法
規出版株式会社(以下、「被告第一法規」という。)から、「豊後の石風呂」と題
する著書(以下、「豊後の石風呂」という。)を刊行したが、その第一九頁から第
三七頁の間に、本件両論文を、被告C著作にかかるものとして、原文のまま転載し
た。
3 被告Cは、昭和五六年九月一五日訴外株式会社日本自身社(以下、「日本自身
社」という。
)発行の季刊誌「日本自身」第五巻第三号(以下、「日本自身」という。)第七二
頁ないし第七四頁に、前記温室考を、被告C著作にかかるものとして転載せしめ
た。
4 被告第一法規は、豊後の石風呂を刊行するに際して、そのうちの一部が、前述
のとおり故D著作にかかるものを転載したものであることを知りえる立場にあつた
のに、過失により十分な配慮をせず、これを刊行した。
5(一) 原告Aは、故Dの妻であり、原告Bは、同故人の子であるところ、被告
らの前記行為により、原告Aは、夫の、原告Bは、父の著作にかかる論文を被告C
の著作物と表示されたことにより、それぞれその名誉を著しく毀損され、多大な精
神的苦痛を被つた。これを慰藉するに足りる金員は、原告両名を併せて、合計金二
〇〇万円を下らない。
(二) 原告らは、被告らの前記行為につき、原告が再三にわたり誠意ある対応を
求めたのに対し、非を認めず、不当に抗争しているので、原告らは、本訴の提起を
原告ら訴訟代理人に委任せざるをえなかつた。したがつて、これに要する弁護士費
用中金五〇万円は、被告らの不法行為により原告らの被つた損害となる。
6 また、被告らの2記載の故Dの著作者人格権(氏名表示権)の侵害により毀損
された同人の名誉もしくは声望を回復するためには、被告らに謝罪させ、これを広
告する必要がある。
7 よつて、被告らは、原告らに対し、不法行為による損害賠償として、右5
(一)及び(二)記載の合計金二五〇万円を支払うべき義務があるというべきとこ
ろ、たまたま本件両論文の著作権につき、原告Aは、その三分の二を、原告Bは、
その三分の一をそれぞれ相続しているので、一応その割合にしたがい、原告Aは、
金一六六万円(但し、一万円未満は切り捨てる。)、原告Bは金八三万円(右同)
及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月二九日以降各支払
済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い並びに原告Aは、著
作権法第一一六条により、請求の趣旨2記載のとおりの謝罪広告をすることを求め
る。
二 請求の原因に対する被告らの認否
1 被告C
(一) 請求の原因1の事実は認める。
(二) 同2の事実中、被告Cが本件両論文を被告C著作にかかるものとして豊後
の石風呂に転載したことは否認し、その余は認める。
 豊後の石風呂の第一八頁には、本件両論文は、故D古稀記念著作集「神道・神
社・生活の歴史」の中から引用したものであることが明記してある。
(三) 同3の事実中、日本自身に、被告C著作にかかるものとして、温室考が転
載されたことは認めるが、その余は否認する。
 日本自身への温室考の転載は、日本自身社の手落ちによるものである。即ち、被
告Cは、日本自身社から、豊後の石風呂中の温室考を日本自身に収録したい旨の依
頼を受けた際、温室考は故D博士の古稀記念著作集の中から転記したものである旨
を明示した上で、これを応諾したのであつて、それにもかかわらず温室考を被告C
著作にかかるものとして日本自身に転載した責は、日本自身社のみにあり、被告C
にはない。
(四) 同5は否認する。
2 被告第一法規
(一) 請求の原因1の事実は不知。
(二) 同2の事実中、被告Cが昭和五五年五月一五日、被告第一法規から、豊後
の石風呂を刊行したこと、その第一九頁から第三七頁の間に、本件両論文が、原文
のまま転載されていたことは認める。
(三) 同4の事実は否認する。
 被告第一法規は、大分県文化財保護審議会委員であり、長年にわたつて大分県の
各地に散在する石風呂についての調査研究に従事し、昭和五三年度においては国の
重要有形民俗文化財の指定を受けていた大分県山鹿町金亀山泉福寺跡の石風呂の修
理を指導した被告Cから、昭和五五年四月ころ、泉福寺跡の石風呂の修理報告と同
県に所在する石風呂の調査研究の結果をまとめた書籍である豊後の石風呂一〇〇〇
部の発行の依頼を受け、これを承諾して、同年六月著者である被告Cに一括して納
入したものである。このような経緯であるため、右書籍の内容が他の著者の著作権
を侵害することなど全く予測もしていなかつたものである。
(四) 同5の事実は否認する。
三 被告らの抗弁
1 豊後の石風呂への本件両論文の転載は、次のとおり、著作権法第三二条の引用
に該当するので被告らの本件両論文の転載は、法律上正当な行為であつて、違法性
を欠くから、原告らの不法行為の主張は理由がない。
(一) 豊後の石風呂の第一八頁には、前述のとおり、本件両論文は、故D著作の
ものであることが明記されている。
(二) 豊後の石風呂は、故D博士が、生前、被告Cらと共著で刊行を予定してい
たものであり、その際には、巻頭の二編をD博士が執筆する約束であつた。しかる
に同博士が他界されてしまい、玉稿をいただくすべもなくなつたので、被告Cは、
同博士の古稀記念著作集中の「石風呂探求五編」の中から二編を選んで巻頭を飾ら
していただくことにした旨明示した上で、本件両論文を転載したもので、引用の目
的も正当である。
(三) また、被告Cが本件両論文を豊後の石風呂に引用したのは、大分県の石風
呂の調査研究及び国の重要有形民俗文化財の指定に多大の貢献のあつたD博士の功
績をたたえる意思でしたものである。
2 原告らは、遅くとも昭和五五年七月末日には、被告Cから豊後の石風呂の送付
を受けて、被告Cが被告第一法規から豊後の石風呂を刊行したこと及び同書籍中に
は本件両論文が転載されていることを知つたから、その時から三年を経過した昭和
五八年七月末日には、豊後の石風呂に関する著作権侵害に基づく損害賠償請求権
は、時効により消滅した。よつて、被告らは、右時効を湲用する。
四 抗弁に対する原告らの認否
1 抗弁1の事実中、豊後の石風呂第一八頁に、故Dの著作集の中から二編を選
び、巻頭を飾らしていただく旨の記載があることは認める。しかし、右記載をもつ
て、本件両論文の転載が著作権法第三二条の引用に該当するということはできな
い。もし、被告らの右行為が許されるならば、自らの出版物の巻頭において、出典
さえ記しておけば、誰の著作物でも自由に複製できるということになり、このよう
な論理は到底採用しえない。
2 同2の事実中、昭和五五年七月末日ころ、原告Aが、被告Cから豊後の石風呂
の送付を受けたことは認めるが、その余は否認する。
 原告Bは、当時、原告Aとは別世帯を構え、別の住居に居住していたから、被告
Cの前記侵害行為を知りうる立場にはなかつた。
 また、原告Aは、昭和五五年五月初めから重病にて入院し、大手術を受けたた
め、被告Cから書籍が届いていることは、娘から知らされてはいたが、内容を読む
ことができる状態ではなかつた。そして、昭和五七年一月になり、被告Cから年賀
状がきて、その中に日本自身社の雑誌の件が述べられていたため不審に思つている
と、同月下旬に日本自身が送られてきて、故Dの著作権が侵害されていることを知
り、初めて豊後の石風呂にも目を通す気になり、これにも著作権侵害の事実がある
ことを知つた。そこで、Aは、右事実を子息である原告Bにも告げたものである。
 したがつて、原告らが被告らの著作権侵害の事実を知つたのは昭和五七年一月下
旬である。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 請求の原因1の事実は、原告らと被告Cとの間においては争いがなく、原告ら
と被告第一法規との間においては、原告B本人尋問の結果によりこれを認めること
ができる。
二 豊後の石風呂への本件両論文の転載について
1 被告Cが、昭和五五年五月一五日、被告第一法規から豊後の石風呂を刊行した
こと、その第一九頁から第三七頁の間に本件両論文が原文のまま転載されているこ
とは、当事者間に争いがない。
2 豊後の石風呂への本件両論文の転載の態様について、以下検討する。
(一) 成立に争いのない第一号証によれば、豊後の石風呂は、総頁一三二頁の書
籍であり、Fによる序文(第一頁及び第二頁)、Gによる序文(第三頁及び第四
頁)、はしがき(第五頁及び第六頁)のほかは、本編として、一はじめに(第一一
頁ないし第一八頁)、二温室考(第一九頁ないし第二四頁)、三Eと石風呂(第二
五頁ないし第三七頁)、四泉福寺施浴の石風呂(第三九頁ないし第七二頁)、五緒
方町の石風呂(第七三頁ないし第一一〇頁)、六臼杵市の石風呂(第一一一頁ない
し第一一六頁)、
七県内各地の石風呂(第一一七頁ないし第一二四頁)、八別府市鉄輪の蒸風呂(第
一二五頁及び第一二六頁)、九湯屋と風呂屋(第一二七頁ないし第一二九頁)、十
むすび(第一三一頁及び第一三二頁)の一〇編からなつており、序文の二編には執
筆者名が記載されているが、他には一切執筆者名は記載されておらず、その表紙に
は「C著」と記載され、また奥付けには、著者として被告Cの氏名及びその紹介が
記載されていて、序文を除きすべて被告Cが著作したかの如き体裁となつているこ
と、右本編中の一はじめにの末尾第一八頁には、「今となつては、故D博士から玉
稿をいただくすべもないので、博士の古稀記念著作集の石風呂探求五篇の中から、
二篇をえらび、巻頭を飾らしていただくことにした。ちなみに同書は、去る昭和五
一年八月一五日、D博士古稀記念著作集刊行会によつて、D博士古稀記念著作集神
道・神社・生活の歴史の書名で発行されたものである。」との記述はあるが、右二
編の題名の指摘もなく、本件両論文が右記述されているところの故D著作の二編で
あるとは、一読して容易に理解しうる体裁とはなつていないことが認められる。ま
た、成立に争いのない第四号証の一、二によると、日本自身社も、豊後の石風呂を
読んだ後、温室考が被告C著作にかかるものと考え、同被告に対し、右論文の日本
自身への転載の依頼を行つていることが認められる。
(二) これらの事情を勘案すると、豊後の石風呂中に転載された本件両論文は、
その転載の態様から、一般の読者をして、被告C著作にかかるものと解されてしま
うものというべきである。
3 ところで、被告らは、本件両論文の豊後の石風呂への転載は、著作権法第三二
条第一項の適法引用に該当し、被告らの行為に違法性はない旨主張する。しかしな
がら、同条の趣旨に照らせば、引用が同条に定める要件に合致するというために
は、少くとも引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用
されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること、右両
著作物の内容が前者が主、後者が従の関係にあると認められることを要すると解す
べきであり、他人の著作物を自己の著作物としてもしくは自己の著作物と誤解され
てしまう体裁で自らの著作物中に取り込むことは、適法な引用ということはできな
いところ、2における認定事実によると、本件両論文は、他の被告C著作にかかる
部分と明瞭に区別して認識できるとはいえず、また本件両論文がその余の部分に対
して従たる関係にあるものともいえないから、その余の点につき判断を加えるまで
もなく、被告らの適法引用の抗弁は採用しえない。
4 時効の抗弁について
(一) 原告Aが昭和五五年七月末日頃、被告Cから豊後の石風呂の送付を受けた
ことは、当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない甲第六号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二号
証の一、二、同号証の三の一、二、第五号証の一、二及び原告B本人尋問の結果に
よると、原告Bは、昭和五五年七月当時から現在に至るまで原告Aとは別世帯を構
え、別の住居に居住しており、被告Cから原告Bに豊後の石風呂が送付されてきた
ことはないこと、原告Aは、昭和五五年五月六日、重病で入院し、緊急手術を受
け、九死に一生をえたものの、同年一〇月中頃まで入院しており、退院後も、昭和
五七年三月頃までは入通院を繰り返しているような症状であつたこと、したがつ
て、被告Cから送付されてきた豊後の石風呂についても、送付されてきた当時は、
送付されてきたこと自体は娘から知らされてはいたものの、これに目を通してはい
なかつたこと、昭和五七年一月に被告Cから原告A宛年賀状がきて、その中に、日
本自身に、故Dの書いたものが被告C名で転載されていた旨の記述があり、そのこ
とが発端となつて原告Aは、豊後の石風呂を読む気になつたこと、したがつて、原
告Aが豊後の石風呂を初めて読んだのは、昭和五七年一月頃であつて、原告Bは、
原告Aから相談を受けたその頃初めて豊後の石風呂を読んだことが認められる。
 これに反するが如き乙第二号証及び第六号証の各一、二も存するが、成立に争い
のない甲第七号証及び乙第九号証の一、二並びに前掲甲第二号証の一、二、同号証
の三の一、二、第五号証の一、二及び原告B本人尋問の結果によると、原告Aは、
日本自身に温室考が被告C著作にかかるものとして転載されていることを昭和五七
年一月頃知ると、直ちに日本自身社及び被告Cに対して、弁護士を介するなどして
事案の究明に着手していることが認められ、これらの諸事情を斟酌すれば、前掲証
拠のみをもつて、前記認定を覆すに足りず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
(三) したがつて、本訴の提起が昭和五八年一二月二八日であることは記録上明
らかであるから、原告らの被告らに対する、豊後の石風呂発行に関する損害賠償請
求権は時効によつて消滅はしておらず、よつて、被告らの時効の抗弁は理由がな
い。
5 以上認定の事実によれば、被告Cは、豊後の石風呂を発行し、その中に本件両
論文を、被告C著作にかかるものと一般読者をして解されてしまう体裁で転載した
ことに関しては、少くとも過失があり、また、被告第一法規も、出版を業とする会
社として、出版物の内容が、その著者以外の著作物を自己の著作物として取り込
み、そのことによつて他人の名誉等を毀損することがないよう充分配慮すべきであ
るのにもかかわらず、これを看過して、豊後の石風呂を発行したことに関して、過
失があるものと認められるので、被告らは、豊後の石風呂の発行に関して、原告ら
が被つた損害を賠償すべき義務がある。
三 日本自身への温室考の転載について
1 日本自身の第七二頁ないし第七四頁に、温室考が、被告C著作にかかるものと
して転載されたことは、原告らと被告Cとの間において争いがない。
2 成立に争いのない乙第五号証の一、二、前掲甲第七号証及び乙第四号証の一、
二によると、日本自身社は、昭和五六年七月二五日、日本自身の「日本人と洗う」
の特集中に、豊後の石風呂の中の温室考を収録させてもらいたいとの依頼書を、被
告Cに対して送付したこと、これに対し被告Cは、応諾したのであるが、その同年
八月七日付の承諾書中には、「豊後の石風呂は、故Dさんと共著で出版の約束をし
たのでしたが、果さないうちに故人となられましたので故人の古稀記念著作集の中
から若干転記しました。二一号が刊行されましたら御遺族にも一部差しあげたいと
思いますので宜敷くお願い致します。」との記述はあるものの、豊後の石風呂中
で、日本自身社が日本自身に収録したいと依頼してきた温室考が、全文故D著作に
かかるものである旨の記述は一切なされていないこと、被告Cは、日本自身を日本
自身社から受領して読んだ後、同年一〇月一一日、日本自身社から温室考の収録に
関する原稿料を、何ら異議をさしはさむことなく、受領していることが認められ
る。
3 以上認定の事実及び二において認定したとおり、豊後の石風呂への本件両論文
の転載の態様が被告C著作にかかるものと解されてしまうものであつたことに照ら
すと、日本自身社の過失の有無はさておくとしても、被告Cには、日本自身社の誤
解に基く、被告Cに対する収録依頼に対しては、適切な指示を与えて、右誤解をと
くべき義務があつたのに、あえて充分な指示をせず、被告C著作にかかるものとし
て、温室考を日本自身に転載させたことに過失があるものと認められ、よつて、こ
れによつて、原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。
四 損害
1 豊後の石風呂関係の損害
(一) 前示認定の事実及び前示乙第一号証によると、本件両論文のうち、「温室
考」は、原告らの先代である故Dの石風呂についての日ごろの研究の方法及び成果
の一端を発表したものであり、また、「Eと石風呂」もE上人に関する資料を通し
ての石風呂についての日ごろの研究の成果及びこれに対する意見を発表したもので
あつて、同故人の研究生活の所産であるということができる。
 一方、右認定の事実及び右認定の事実及び成立に争いのない甲第三号証、原告B
本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証及び同尋問の結果によると、故
Dは、生前、漁民経済、神社経済及び民俗学を専攻する学者であつて、本件両論文
の内容は、まさにその専攻分野に属すること、また、同故人は、京都の下鴨神社の
宮司の長男として出生し、大学教授、文化財保護委員会調査官となつた経歴を有す
ること、原告らは、その夫又は父である同故人のこのような学究としての経歴、人
格及びその研究の成果を誇りに思い、かつ、敬愛していたこと及び本件両論文の著
作権は、原告らによつて相続されていることが認められる。
 このような場合、原告らとしては、その誇りとする夫又は父の研究の成果として
の本件両論文がどのようにして公表されるかに重大な関心を抱くのは当然であつ
て、その公表の方法によつては、原告ら自身の名誉感情がいたく傷つけられること
は容易に推認できるところである。そして、前示認定のとおり、本件両論文が豊後
の石風呂において、あたかも被告Cの著作であるような編集方法の下に発表された
ことにより、原告らは、その名誉感情を傷つけられたものといわなければならな
い。さらに、原告らは、本件両論文の著作権を相続している点からみて、本件両論
文の発表は、原告らの考えにしたがつて、その名誉感情を満足させるような方法で
行われることが可能であつたのに、その意向に反してこれが発表されたことは、な
おさら、原告らの名誉感情を傷つけたものとみることができる。
 してみれば原告らは、豊後の石風呂中に、故D著作の本件両論文を、被告C著作
にかかるものと一般の読者に解される体裁にて転載されたことにより、精神的苦痛
を被つたものと認められる。
(二) 原本の存在及び成立につき争いのない丙第一号証及び証人Hの証言、被告
C本人尋問の結果によると、豊後の石風呂は、九二〇部ほど製作され、三〇〇部ほ
どは山香町教育委員会に、大分県山鹿町金亀山泉福寺跡の石風呂の修理等の報告の
ために送付され、二〇〇部ほどは被告Cの叙勲記念式典の列席者に引出物として配
つたほかは、大部分がいまだに印刷所等に保管されており、一般の読者に書店等を
通じて販売されたものはほとんどないことが認められる。
(三) 前認定の各事情に照らすと、被告らの行為によつて原告Aの被つた精神的
苦痛を慰藉するに足りる金員は、金二四万円をもつて相当とし、同原告Bのそれ
は、金一二万円をもつて相当とする。
(四) 原告B本人尋問の結果によると、原告らは本訴の提起及び遂行を原告ら訴
訟代理人に委任したことが認められるところ、このうち豊後の石風呂に関する損害
賠償請求訴訟に関して要する費用中、原告Aについては金四万円、原告Bについて
は金二万円は、いずれも被告らの不法行為と相当因果関係ある原告らの被つた損害
と認めることができる。
2 日本自身関係の損害
(一) 右1(一)において認定したのと同一の事実により原告らは、日本自身
に、故D著作の温室考を、被告C著作にかかるものとして転載されたことにより、
原告らは、精神的苦痛を被つたものと認められる。
(二) 前認定の各事情に照らすと、被告Cの行為によつて原告Aの被つた精神的
苦痛を慰藉するに足りる金員は、金一二万円をもつて相当とし、同原告Bのそれ
は、金六万円をもつて相当とする。
(三) 前認定のとおり要した弁護士費用中、日本自身に関する損害賠償請求訴訟
に関して要するもののうち、原告Aについては金二万円、原告Bについては金一万
円は、いずれも被告Cの不法行為と相当因果関係ある原告らの被つた損害と認める
ことができる。
3 よつて、被告らは、各自原告Aに対し、1記載の合計金二八万円、原告Bに対
し同じく合計金一四万円及び右各金員に対する不法行為後である昭和五九年一月二
九日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告Cは、
原告Aに対し、2記載の合計金一四万円、原告Bに対し同じく合計金七万円及び右
各金員に対する不法行為後である昭和五九年一月二九日以降支払済に至るまで民法
所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
五 四1(二)で認定したとおり、豊後の石風呂の発行部数は九二〇部ほどである
こと、そのうち書店等を通じて一般の読者に販売されたものはほとんどなく、これ
を入手した者は、被告C関係者のごく限られた者のみであることなどに照らすと、
故Dの著作者人格権(氏名表示権)侵害により毀損された名誉及び声望を回復する
ために、あえて一般人を対象にした新聞に、広く謝罪広告を掲載させることの必要
性までもあるものとは認められず、よつて、この点の原告らの請求は理由がない。
六 結論
 以上の次第で、原告らの被告らに対する請求は、四3記載の限度で理由があるの
で、これを認容し、その余は失当であるので、これを棄却し、訴訟費用の負担につ
き民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六
条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 元木伸 飯村敏明 高林龍)
 別紙目録(一)
昭和 年 月 日
 C
 第一法規出版株式会社
A殿
B殿
 謝罪広告
 私どもは貴殿らが著作権を有する故文学博士D氏の著作「温室考」及び「Eと石
風呂」と題する論文について、貴殿らの承諾を得ることなく、且つ、何の権限にも
基かず、第一法規出版株式会社刊行のCの著作「豊後の石風呂」中に転載して、著
作者D氏の名誉を傷つけ、また、貴殿らの著作権を侵害しましたことをここに深く
お詫びいたします。
 別紙目録(二)
(掲載条件)
一 掲載紙
 日刊新聞「朝日新聞」、「毎日新聞」および「読売新聞」全国版
二 活字の大きさ
 記名、宛名は二倍活字
 見出しは三倍活字
 本文は一倍活字
三 掲載の回数
 一回

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