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平成18年1月31日判決言渡
平成14年(行ウ)第9号不正利得返還等請求事件
【事案の概要】
 玉野市の住民である原告が,被告医療法人の経営する病院が特別養護老人ホーム
の入所者らに係る歯科医療給付を不正に受給したとして,被告医療法人に対し玉野
市に代位して同給付の返還を求めるとともに,玉野市長に対しても被告医療法人に
対する不正利得返還請求権の行使を怠っているとして同不行使が違法であることの
確認を求めた事案において,被告医療法人の不正受給を認めて全額の返還を命じた
ほか,被告玉野市長が支払請求を怠ることが違法であることの確認を認容した事例
             主         文
  1 被告甲会は,玉野市に対し,金573万7530円及びこれに対する平成
14年4月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 被告玉野市長が被告甲会に対し前項の金員の支払請求を怠ることが違法で
あることを確認する。
  3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 この判決は1項に限り仮に執行することができる。
             事 実 及 び 理 由
第一 当事者の求めた裁判
 一 請求の趣旨
 主文同旨
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事案の概要
一 前提事実(当事者間に争いのない事実あるいは挙示する証拠又は弁論の全趣
旨により容易に認められる事実)
1 当事者及び関係者
 (一) 原告は,玉野市に居住する住民である。
 (二) 被告甲会は,平成3年8月12日に設立され,「科学的でかつ適正な
医療及び疾病,負傷等により寝たきりの状態にある老人に対し,看護,医学的管理
下の介護及び必要な医療等を普及すること」を目的とし,甲会乙医院及び甲会丙ク
リニックの各診療所を開設・経営するほか,訪問看護ステーション及びデイケアの
事業を行う医療法人である。
 丙クリニックは,内科及び歯科の診療施設であり,平成11年7月,健
康保険法上の保険医療機関に指定された。
(三) Aは内科医で,被告甲会の理事長であり,乙医院の院長である。
 Bは,Aの長男で,内科医であり,平成4年11月,健康保険法に基づ
く保険医の登録を受け,乙医院で勤務した後,平成11年7月,丙クリニック開設
とともにその院長となった。
 Cは,Aの二男で,歯科医であり,平成8年10月,健康保険法に基づ
く保険医の登録を受け,乙医院で勤務した後,平成11年7月から丙クリニックに
勤務していた。
(四) 次の者(以下「本件入所者ら」という)は,玉野市DE番地F所在の
特別養護老人ホーム「G園」に入所していた。
(1) H
(2) I
(3) J
(4) K
(5) L
(6) M
(7) N
(8) O
(以下,上記8名を「本件入所者Hら8名」という)
(9) P
(10) Q
(11) R
(12) S
(13) T
(14) U
(15) V
(以下,上記(9)ないし(15)の7名を「本件入所者Pら7名」という)
(五) Aは,平成2年ころから,G園の嘱託医であるとともに,G園及びW
等を経営しているX会の理事長を平成13年9月まで務めていた。
(六) G園の入所者は,病院に行くことが困難であるので,医師等がG園に
訪問して診療をしており,歯科訪問診療については,平成8年ころはY歯科医が担
当していたが,平成9年秋以降は被告甲会が担当するようになった。そして,平成
10年4月以降,Z歯科医師がG園の訪問診療に加わった。(乙ア1,証人Z)
2 本件入所者らについての診療報酬
 (一) 被告甲会は,平成11年1月から平成13年1月までの間,玉野市に
対し,本件入所者らに対して歯科診療をしたことを内容とする支払請求書等を提出
し,玉野市から老人保健法上の医療に関する費用として別紙1のとおり合計494
万4600円の支払いを受けた。(調査嘱託の結果)
(二) 他方で,被告甲会は,本件入所者らに対して,上記の歯科診療に係る
本人負担分の請求をしていなかった。
3 被告甲会に対する指導・処分等の経過
(一) 岡山県国民健康保険団体連合会は,平成13年1月18日,被告甲会
に対し,社会保険医療担当者の個別指導を実施し,同年2月20日,診療内容及び
報酬請求に関して適正を欠く事項を指摘して改善を促し,診療報酬算定の不適切な
件について自主返還を要求し,「再指導」を行う旨通知した。これに対し,被告甲
会は,すべての改善指示事項について改善が行われた旨の報告書を提出し,同年3
月23日,同連合会に返還同意書を提出した。(甲24,25,35,41)
(二) G園の園長は,同年8月30日,玉野市社会福祉事務所に対し,同園
入所者につき,歯科診療を受けていないのに玉野市から医療費に関する文書が送付
されている者が多数いると申し入れ,その後,不正請求の疑いのある対象者として
本件入所者らを含む38名が記載された名簿を提出した。玉野市社会福祉事務所
は,同年9月18日までに,上記名簿と診療報酬明細書の写しを岡山県の担当課に
提出した。
  岡山県の担当課は,玉野市社会福祉事務所に対し,患者の調査を行い,
確証を得た後,被告甲会の調査に入るまで6か月程度の期間を要する旨説明した。
(三) 岡山県国民健康保険団体連合会は,平成14年2月15日,被告甲会
に対し,2回目の個別指導を実施したが,改善が見られず,さらに新たな不正請求
がなされた疑いが強いと判断し,同年3月18日,丙クリニックへの監査を実施し
た。(甲41)
(四) 岡山県国民健康保険団体連合会は,平成14年5月22日,被告甲会
に対し,本件入所者らを含む者について313万6740円の返還を求め,被告甲
会は同年5月27日,これを返還した(うち本件入所者に関する返還金は,次のと
おり,総計118万4910円である。)。(甲23)
(1) 本件入所者Hら8名について,合計52万4040円(詳細は別紙2
のとおりである。)
(内訳)
H 12万7490円
L 11万3320円
M 15万3370円
O 12万9860円
(2) 本件入所者Pら7名について,合計66万0870円
(内訳)
P 10万1440円(平成12年4月から12月までの診療報酬
についての返還金)
R 14万1560円(同上)
T 14万1060円(同上)
その他の内訳は不詳。
(五) 岡山社会保険事務局は,平成14年7月25日,8月29日,9月2
6日,10月28日及び11月28日の合計5回にわたって,被告甲会に対する聴
聞を実施した。(甲20,36)
(六)(1) 岡山社会保険事務局は,平成15年3月20日,次の処分(以下
「本件各行政処分」という)をした。
ア 同年3月24日をもって,丙クリニックに対する保険医療機関の指
定を取り消す。
イ 同年3月24日をもって,Bに対する保険医の登録を取り消す。
ウ 同年3月24日をもって,Cに対する保険医の登録を取り消す。
(2) 上記(1)ア及びウの処分の理由には,丙クリニック及びCが,①平成
12年9月ないし平成13年1月,Tに対して歯科訪問診療をしていないのに,歯
科訪問診療をしたとして,②平成12年7月,8月,11月,12月及び平成13
年1月,Kに対して歯科訪問診療をしていないのに,歯科訪問診療をしたとして,
③平成12年11月,Kが他の保険医療機関に入院中であるにもかかわらず,G園
において歯科訪問診療をしたとして,④平成12年10月3日,Hが日帰りバス旅
行中であったにもかかわらず,同時刻に歯科訪問診療をしたとして,それぞれ歯科
訪問診療料等を不正に請求していたことも含まれていた。(甲32)
(七) 被告甲会は,平成15年3月31日,本件各行政処分取消訴訟を提起
した(当庁平成15年(行ウ)第6号)。
4 監査請求及びその結果
 (一) 原告は,平成14年2月4日,玉野市監査委員に対し,「被告甲会
は,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者らに対して,実際に
は歯科医療行為をしていないのに,これをしたように装って,虚偽の記載をした支
払請求書等を玉野市に提出して,玉野市に国民健康保険の療養給付に関する費用の
支払いをさせた。玉野市は,被告甲会に対してこの不正利得返還請求権とこれに1
00分の40を乗じた付加金の支払請求権を有しているが,その行使を怠ってい
る。よって,玉野市が被った損害を填補するため必要な措置をすることを求め
る。」旨の監査請求をした。
(二) 玉野市監査委員は,平成14年3月25日,「内容が本市の長,職員
等の行為または事実に対するものではないこと,また財務会計上の問題ではないこ
と」を理由に,前記(一)の監査請求を却下する決定をし,同日ころ,当該決定の通
知書が原告に到達した。
(三) 原告は,平成14年4月22日,本件訴訟を提起した。
二 本件請求
  玉野市の住民である原告は,「被告甲会が老人保健法の医療に関する費用4
94万4600円を不正に受給しており,玉野市は老人保健法42条3項により,
被告甲会に対し同額の不正利得返還請求権及びその金額に100分の40を乗じた
額である197万7840円の加算金支払請求権があるが,118万4910円は
既に弁済されたから,残額573万7530円の支払請求権を有しているにもかか
わらず,その権利行使を怠っている。」と主張して,①平成14年法律第4号によ
る改正前の地方自治法(以下,単に「地方自治法」という)242条の2第1項4
号に基づき,被告甲会に対し,金573万7530円及びこれに対する訴状送達の
日の翌日である平成14年4月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合によ
る遅延損害金を玉野
市に支払うよう代位請求し,②同条1項3号に基づき,被告玉野市長に対し,被告
甲会に対する上記①の金員の支払請求を怠ることの違法確認を求めた。
 三 争点
1 被告甲会が,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者ら
に対してなした歯科診療行為の有無,程度
2 被告甲会が本件の医療費不正受給に伴い玉野市に支払うべき金額
3 本件につき,被告玉野市長に違法に怠る事実があるか
4 本件代位請求に係る訴えの可否
第三 争点についての当事者の主張
一 被告甲会が,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者らに
対してなした歯科診療行為の有無,程度
 1 原告の主張
 被告甲会は,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者ら
に対して,歯科診療をしていなかった。このことは,次の資料から明らかである。
(一) G園備置きのノートについて
 (1) G園には,同園の入所者らに対する歯科診療の時期及び内容を記載し
たノート(以下「本件ノート」という)が備え置かれていたが,本件ノートによれ
ば,平成10年4月以降は,同年4月24日を除き,被告甲会の歯科医師が訪問診
療を行った旨の記載が全くない。被告甲会の歯科医師が平成10年4月ころから本
件ノートに記載しなくなった理由は,被告甲会の歯科医師がそのころから不正請求
を始めていたところ,訪問診療を行う度に本件ノートに記録を残せば,記録を残し
ていない日の診療報酬請求について容易に不正が発覚することを恐れたことにあ
る。
  本件ノートの表題が「Z歯科」に変更されたのは,被告甲会の歯科医
師の訪問診療がほとんど行われなくなったか,全く行われなくなったために,G園
の担当者が本件ノートをZ歯科医師の専用のものに変更したためである。
(2) 本件ノートによれば,平成9年10月14日から平成10年2月25
日までの間(134日間)の訪問診療の回数は34回であって,3.94日に1回
の割合であるのに対し,丙クリニックのカルテによれば,平成11年1月5日から
平成13年1月30日までの間(756日間)の訪問診療の回数は337回であっ
て,2.24日に1回の割合であり,頻度が約2倍にまで増えている。また,平成
9年10月14日から平成10年2月25日までの間の1回の訪問診療で診療をし
た患者の数は,1人が2回,2人が5回,3人が13回,4人以上が14回である
のに対し,丙クリニックのカルテによれば,平成11年1月5日から平成13年1
月30日までの間の1回の訪問診療で診療をした患者の数は,1人が255回と圧
倒的に多く,2人が7
4回,3人が8回,4人以上が0回となっている。さらに,訪問診療を行った曜日
は,平成9年10月14日から平成10年2月25日までの間には,土曜日又は日
曜日の訪問診療日が一度もないのに対し,丙クリニックのカルテによれば,平成1
1年1月5日から平成13年1月30日までの間には,土曜日が39回,通常では
考えられない日曜日が2回も存在し,しかも丙クリニックの土曜日の開業時間が午
前9時から正午までであるのに,上記の土曜日の訪問診療はすべて午後1時ないし
午後2時であって開業時間外の診療となっている。
 以上のとおり,Cが本件ノートに記載していた当時は,実際の訪問診
療の内容を記載していたので,実際に1回に診療する患者数も多く,訪問日も平日
となっていたが,診療行為をしたかのように装って不正請求をするようになってか
らは,実際には診療を行っていないため,いい加減な内容がカルテに記載されるよ
うになり,訪問回数も,一回の訪問患者数も,診療の曜日も,現実離れした不自然
な内容となってしまったのである。
(3) 本件ノートの平成11年4月8日欄には『H32」再セット』と記載
されている。この記載がCによるものであることは否定し難いが,Cは,同日,H
の診療をしたのに,カルテに記載していないし,診療報酬を請求していない。これ
は,Cが同日,G園に赴いてHの診療をしたところ,たまたまCをみかけた同園の
看護師から本件ノートに記載するように強く求められ,仕方なくHに関して本件ノ
ートに記載したのが真相であると思われる。他方で,カルテの記載によれば,同
日,Mも診療したことになっているが,本件ノートには記載されていないのであ
り,同日看護師から本件ノートに記載することを強く求められたのであれば,Mに
ついても本件ノートに記載しないはずはないのであって,本件ノートにMの記載が
ないということは,同日の
Mのカルテは,実際とは無関係に記載されたものと考えざるを得ない。
(二) 本人負担分の請求について
  診療報酬明細書を見ても,毎回の訪問診療について本人負担分の金額は
算出されていることからすると,被告甲会が本件入所者らに対する歯科診療の本人
負担分を全く請求していないのは不自然であり,被告甲会の担当事務員と事務手続
きの流れからしても,事務担当者が本人負担分の請求を失念することは考えられ
ず,被告甲会において容易に不正請求が発覚してしまうことを恐れ,意図的に本人
負担分を請求しなかったとしか考えられない。
(三) 証言について
  G園の園長aは,平成10年の後半以後は,同園内でCの姿を全く見て
いないと証言している。同園長は,普段から施設出入口の事務室で執務していたも
のであるから,同人の証言は十分に信用できる。
  Hは,Z歯科医師以外の者に歯科の治療をしてもらったことは一度もな
いと証言している。丙クリニックのカルテによれば,Hに対しては,平成11年6
月21日が初診で,その後,同年8月を除き,平成13年1月までの間,継続して
診療を受けたことになるが,これほど継続的に被告甲会の医師から歯科診療を受け
たのであれば,高齢による記憶の不正確さがあるとはいえ,Hの記憶に残っている
はずである。
(四) カルテの口腔内の記載について
  被告甲会は,Hのカルテの口腔内の記載は,現実に同女の口腔内を診な
ければ記載できないことを根拠に,訪問診療が実際に行われたと主張するが,一度
でも同女の口腔内を診ればカルテ記載は可能であり,長期間,同女の歯科診療を行
っていたことの根拠にはならない。
 Cは,平成11年4月8日,突然G園に赴いてHの口腔内を診ている。
Cは,当時,全くG園に赴いていなかったが,Hが同年4月1日に新規入所したと
の情報を得て,Cの担当する患者として扱う準備のため,同女の口腔内を確認する
必要が生じ,G園に赴いたと考えられる。
 H以外の本件入所者らについても,平成10年までに初診をして,口腔
内を確認しているので,その後は,実際に診療しなくてもカルテを作成することは
可能であった。
2 被告甲会の主張
 被告甲会は,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者ら
に対して,歯科診療をしていた。このことは,次の点から明らかである。
(一) 本件ノートについて
 本件ノートは,当初,Cと丙クリニックでアルバイトとして稼働してい
たb歯科医師とによって作成されたものである。Cは,Z歯科医師がG園に訪問診
療するようになった平成10年4月からは,本件ノートに記載しなくなったが,こ
れは,本来本件ノートへの記載が法令等によって義務付けられているものではな
く,単にG園の内部資料に過ぎないこと,本件ノートの表題が「Z歯科」と変えら
れたことによる。Cは,本件ノートに記載しないようになってからも,同様に訪問
診療を続けていた。
 本件ノートの平成10年4月24日の欄には,「乙息子先生と二人でみ
て保険証コピーわたした人」との記載があり,これは,Cが訪問診療をしていたこ
とを裏付けている。また平成11年4月8日の欄には,例外的にCが『H32」再
セット』と記載したが,これは当日,Hに呼び止められて診療したが,Z歯科医師
が治療中の患者かも知れないと考えて,Z歯科医師に分かるように記載したもので
あり,同日,CはH以外の患者も診療したが,従前のとおり本件ノートには記載し
なかっただけである。
(二) Z歯科医師との分担について
 Z歯科医師が平成10年4月から訪問診療をするようになってから,C
が全患者をZ歯科医師に譲ったわけではなく,2人で全患者を分担していた。Z歯
科医師は,同人がG園の入所者を診療し始めたのは平成10年4月以降であり,C
との分担割合は,最初はZ歯科医師が4分の1であって新規入所者をZ歯科医師が
診ることとなり,平成13年1月ころの分担割合は,Z歯科医師が50%強くら
い,Cが少なくとも40%であったと証言している。
(三) 本人負担分の請求について
  Cは,本件入所者らに対する患者本人負担分の請求については,被告甲
会の理事長であるAが被告甲会として内科の分と合わせて請求をしているものと誤
解して,歯科単独での請求をしなかった。Cは,Z歯科医師が訪問診療に加わる以
前も,一度も本人負担分の請求をしたことがない。
(四) 診療報酬の返還の趣旨
  被告甲会は,平成13年1月18日実施の岡山県等による個別指導の結
果,玉野市に対し,合計313万6740円(うち本件入所者に関する部分は合計
118万4910円)を返還したが,これは,カルテの記載間違い等が原因で診療
報酬算定が不適切であった件に関するものであって,架空請求を認めた趣旨ではな
い。
(五) 証言について
 (1) Hは,相当程度の認知症が進行していて,年月日の観念が十分でな
く,人の識別もできておらず,長期間にわたって診療を受けたAについての記憶す
ら欠落しており,唯一の女性歯科医師による診療の事実も記憶から欠落しており,
Hの証言は到底信用できない。
 Hは,若いときから総入れ歯であると証言するが,事実と異なる。丙
クリニックのカルテでは,Hは右上2番から7番の歯がFCK(フル・キャスト・
クラウン)であって,入れ歯ではないことが分かる。このようなカルテの記載は,
現実に同人の口腔内を診なければ不可能である。同カルテによれば,CがHを平成
11年6月21日から平成13年1月19日まで診療していたことが分かる。同カ
ルテの平成12年9月4日の欄に「左変形股関節症 歩行困難なため特別養護老人
ホーム」との記載があるが,これは歯科訪問診療の診療報酬請求のために必要な記
載であって,これも現実に診ていなければ,記載できない事柄であり,H自身も同
記載内容が事実であることを認めている。
(2) G園の園長aの証言は,具体性に欠けており,いたずらに噂程度のこ
とを鵜呑みにして結論のみ証言しているものに過ぎず,信用できないし,cの証言
は,同人が非常勤であって,自ら体験した事実は少なく,aからの不正確な伝聞が
多く含まれているものであって,信用性が乏しい。
二 被告甲会が本件の医療費不正受給に伴い玉野市に支払うべき金額(原告の主
張)
 被告甲会は,本件入所者らについての平成11年1月から平成13年1月ま
での歯科診療報酬として玉野市から合計494万4600円を受領したところ,こ
れらの期間本件入所者らに対して歯科診療行為をしていないのであるから,玉野市
に対して,不正利得金494万4600円及びこれに対する40%に相当する加算
金197万7840円を支払う義務がある。これから,被告甲会が,玉野市に対し
て,既に弁済した118万4910円を差し引くと,被告甲会が玉野市に支払うべ
き残額は573万7530円となる。
三 本件につき,被告玉野市長に違法に怠る事実があるか
1 原告の主張
 老人保健法42条3項の規定は,市町村は,保険医療機関等が偽りその他
不正の行為により医療に関する費用等の支払を受けたときは,当該保険医療機関等
に対し,その支払った額を返還させるほか,その返還させる額に100分の40を
乗じて得た額を支払わせることができる旨規定している。
 同条項の規定によれば,不正利得額及び加算額の支払請求をする主体は,
当該支払いをなした市町村となる。したがって,市町村は,これらの不正の請求に
よる支払いがあったときは,自らの判断・責任において,当該支払金及び加算金の
支払請求をしなければならない。このことは,当該市町村が,医療費の支払事務を
国民健康保険団体連合会に委託している場合であっても,変わりがない。
 老人保健法42条3項の規定は,保険者の不正利得返還請求及び加算金支
払請求の根拠規定であるが,保険者に加算金の請求をするか否かの自由な裁量を与
える趣旨の規定ではなく,保険者は,当該要件が存する場合には,その要件の存在
に覊束されて,裁量の余地がなく,当該保険医療機関に対して不正利得金及び加算
金の返還請求をしなければならない趣旨の規定である。
 本件において,被告玉野市長は,平成13年9月18日ころに,岡山県に
調査を依頼しているが,調査依頼を行ってから既に4年以上の期間が経過している
のであるから,上記の権利行使を懈怠していると評価せざるを得ない。
 よって,この権利行使の懈怠は,地方自治法242条の2第1項の違法な
怠る事実に該当する。
 なお,岡山県社会保険事務局長が行った本件各行政処分は,被告玉野市長
が行うべき不正利得金の返還請求及び加算金の支払請求とは別個の手続であるか
ら,当該処分の有無,その処分対象の範囲,その処分の取消訴訟の帰趨は,本件の
不正利得金の返還請求等に関する怠る事実の成否には影響しない。
2 被告玉野市長の主張
 被告玉野市長は,原告主張の医療に関する費用の支払いにつき,関係者か
ら不正請求の疑いがあるとの申出を受け,直ちに,その旨を岡山県知事に通知し,
調査を依頼するとともに関係資料の提出をするなど必要な措置を講じており,なす
べきことを違法に怠っているものではない。
 不正請求の疑いがあるとの申出がなされた場合には,まず,不正請求がな
されたか否か,なされたとする場合にはどの請求に係るものか等の調査により事実
関係を確認し,その結果,不正利得金や加算金の請求をなし得るに足りる具体的で
相当な根拠が得られた場合に権利行使をなすべきものである。
 したがって,岡山県知事に調査を依頼し,未だ事実関係の確認にまで至っ
ておらず,不正利得金や加算金の請求をなし得るに足りる具体的で相当な根拠が得
られていない現段階においては,被告玉野市長が不正利得金及び加算金の請求をし
ていないことが違法となるものではない。
3 被告甲会の主張
(一) 地方自治法242条の2第1項の違法な怠る事実というためには,単
に財産管理上の懈怠が存するというだけでなく,懈怠が裁量の範囲を超え,又はそ
の濫用と認められる場合であることが必要である。
(二) 老人保健法42条3項の規定は,保険者に裁量を認めた任意規定であ
り,これを義務規定とみることはできない。同条項は,不正請求に係る前提事実が
関係機関によって明らかにされ,不正利得の任意返還などの手続の状況をみた上
で,保険者が返還請求権を行使すべきか否かの行政判断をすることが予定されてい
る。
(三) 市町村は,老人保健法による医療の実施者であるが,医療費を保険医
療機関に支払う場合の審査及び支払いに関する事務を国民健康保険団体連合会に委
託することができ(老人保健法29条3項),現に玉野市は,委託している。した
がって,玉野市は,医療費等の不正請求に関する直接の資料等は有していない。
(四) 保険医療機関及び保険医は,厚生労働大臣又は都道府県知事の指導を
受けなければならない(老人保健法27条)。医療費の不正請求については,「指
導」でチェックされ,任意返還が促される。保険医療機関等からの返還の同意があ
れば,知事からの連絡により医療費の返還事務は国民健康保険団体連合会が行う。
保険医療機関等からの同意が得られないときは,知事,国民健康保険団体連合会を
介して,玉野市に資料とともに連絡があり,玉野市は老人保健法42条3項によ
り,不正利得の返還請求権の行使を検討することになる。
 本件では,2回にわたる個別指導及び監査が実施され,被告甲会は指導
を受けた部分に係る診療報酬については平成14年5月27日に返還した。その
後,Cらは,本件各行政処分を受けたが,同処分の原因事実には,原告主張の不正
請求の事実も含まれている。
 玉野市は,法律上予定されている不正医療費の返還に関するシステムを
作動させて,必要な措置を講じており,一定の結果が出され,なお継続中である。
このような現状に照らすと,被告玉野市長が不正利得の返還請求をしないことは,
怠る事実に当たらず,また,裁量権の逸脱・濫用にも当たらない。
四 本件代位請求に係る訴えの可否(被告甲会の主張)
1 住民訴訟に関する現行法制の下では,違法な当該行為又は怠る事実がなけ
れば,仮に地方公共団体に実質的に何らかの損害賠償請求権が発生していたとして
も,住民訴訟の手段によって,住民が代位請求することはできない。この歯止めが
ないと地方公共団体の有する実体法上の損害賠償請求権のすべてについて住民訴訟
が許されることになってしまう。本件でも,被告玉野市長に違法な怠る事実がなけ
れば,請求の趣旨1項の代位請求は認められない。
2 本件各行政処分の取消しを求める別件訴訟(平成15年(行ウ)第6号)に
おいて,本件入所者らの一部について架空請求であったか否かが判断されるから,
被告甲会の請求が棄却されれば,被告甲会は既に任意返還している報酬以外にさら
に返還を要するものについても任意返還することになるし,被告甲会の請求が認容
されれば,逆に既返還額を返還してもらうことになる。いずれにしても,玉野市か
ら老人保健法42条3項に基づく不正利得の返還請求訴訟にまで進展する余地はな
い。
 上記のような,いわば途中経過の段階で,かつ実質上,玉野市による不正
利得返還訴訟にまで進展する可能性のない本件について,請求の趣旨1項の代位請
求を認める必要性はない。このことは,別件訴訟での架空診療の具体的内容が本件
訴訟のそれと完全に一致していなくても同様である。
第四 争点についての当裁判所の判断
 一 被告甲会が,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者らに
  対してなした歯科診療行為の有無,程度
1 前提事実に,甲第3ないし第19号証の各1,2,第27号証(Kの入院
期間に関する部分),甲第39,第40号証の各2,甲第42号証,証人C(第
1,2回),証人H,証人Z,証人a,証人cの各証言並びに弁論の全趣旨を総合
すると,次のとおり認定することができる。
(一) 当初の訪問診療の状況
(1) 被告甲会の歯科医師は,平成9年10月14日以降,G園において訪
問診療をした際には,患者の氏名,診療の日及び内容を本件ノートに記入してい
た。本件ノートには,当初は「乙歯科」と表題が付されていた。 
(2) 本件ノートによると,被告甲会の歯科医師は,平成9年10月14日
から平成10年2月25日までの間に,34回訪問診療し(3.94日に1回の割
合),1回の訪問診療で診療をした患者の数は,1人が2回,2人が5回,3人が
13回,4人以上が14回であった。訪問診療を行った曜日は,すべて平日で,土
曜日又は日曜日に訪問診療したことはなかった。 
(二) 平成10年4月以降の状況
(1) 被告甲会の依頼により,平成10年4月3日以降,Z歯科医師がG園
の歯科訪問診療に加わり,被告甲会の歯科医師とZ歯科医師とで分担して訪問診療
を行うようになった。
(2) 両医師の平成10年4月ころの分担割合は,被告甲会が4分の3程
度,Z歯科医師が4分の1程度であり,新規入所者をZ歯科医師が担当するという
一応の取決めがあったが,徐々にZ歯科医師の分担割合が多くなっていった。そし
て,Z歯科医師は,平成13年1月ころには,自分がG園の歯科訪問診療において
6割程度の患者を診療していたと証言するが,その余の4割についてCら被告甲会
の歯科医が診療する事実を自ら見聞し,把握していたわけではなく,G園の歯科訪
問診療における自己の位置づけをそのように思っていたに過ぎない。
(3) 被告甲会の歯科医師は,Z歯科医師がG園の歯科訪問診療に加わるよ
うになった平成10年4月3日以降,本件ノートに記載しておらず,その後,平成
11年4月8日に単発的に,『H32」再セット』というHに対して歯科診療した
旨のCによる記載があるのみである。しかし,Cは,平成11年4月8日のHの診
療の事実をカルテに記載していないし,診療報酬も請求しておらず,他方で,カル
テ上は,同日,Mも診療したことになっているが,本件ノートには記載されていな
い。
  一方,Z歯科医師は,平成10年4月3日以降,G園において訪問診
療をした際には,患者の氏名,診療の日及び内容を本件ノートに記入しており,G
園の職員は,次第に本件ノートがZ歯科医師の専用のノートであると認識するよう
になり,本件ノートの表紙に「Z歯科」と記載された紙を貼り付けた。
  (4) Z歯科医師は,次のとおり,G園を訪れて検診を実施したが,治療を
要するとの判断をしていないことからすると,被告甲会の歯科医師は,当該日に
は,当該人に対して訪問診療をしていないはずである。ところが,丙クリニックの
カルテには,当該日に,当該人に対して丙クリニックにおいて訪問診療した旨の記
載がある。
年月日          患者名
 ① 平成11年9月22日   L
② 平成11年11月2日   J
③ 平成11年12月7日   N,O
④ 平成11年12月14日  K
⑤ 平成11年12月28日  I
⑥ 平成12年1月12日   K
⑦ 平成12年2月2日    O
⑧ 平成12年3月8日    N,O
   Cは,「当時は,Z歯科医師と診療が競合したという認識を有してお
らず,G園入所者は認知症など介護度の高い者であるので,Z歯科医師の診療を受
けたのに,それを忘れて同じ日にCの診療を受けるという患者もあった」旨証言す
る。
   しかし,G園入所者は介護度が高いとはいえ,必ずしも認知症の症状
を有するとは限らず,N,O及びIが認知症であったものとは窺えない上,Z歯科
医師が治療を要するとの判断をしなかった者に対して被告甲会の歯科医師が同じ日
に治療を施すこと自体が不自然である。
  また,丙クリニックのカルテ上,Iに対して診療したとされている平
成11年1月26日,同年10月13日及び同年12月8日,Jに対して診療した
とされる平成11年3月10日,Oに対して診療したとされる平成11年4月7日
及び同年5月12日の各前日には,Z歯科医師において,それぞれ検診を実施した
が,治療を要するとの判断がなされていないことからすると,上記各カルテの記載
も不合理である。
(5) Kは,平成12年8月22日から同年11月19日までd病院に入院
し,退院後は,Z歯科医師による診療を受けており,平成12年8月22日以降,
Cにおいて,Kに対する訪問診療を実施したことはない。ところが,丙クリニック
のカルテには,平成12年11月13日,同年12月5日,同月14日,同月28
日,「歯科訪問診療,訪問衛生士指導」を,平成13年1月30日「歯科訪問診
療,訪問衛生士指導,老調B等」をKに対しなした旨記載されている。 
  Hは平成12年10月3日に旅行に行っており,Cが,同日,Hに対
する訪問診療を実施したことはなかった。ところが,丙クリニックのカルテには,
同日,「歯科訪問診療,訪問衛生士指導」をHに対しなした旨記載されている。
(6) G園のある看護師は,丙クリニックから,G園入所者の個人資料につ
いて月毎にまとめて丙クリニックにファックス送信するように依頼され,依頼のと
おりファックス送信していた時期があったが,G園の園長は,平成12年秋ころ,
当該看護師に指導してこれをやめさせた。
(7) G園は,平成12年ころ,Uの息子から,Uが歯科診療行為を受けて
いないのに医療費に関する文書が届いた旨の苦情を受け,また,平成12年終わり
ころから平成13年初めころ,Vの娘から,Vが歯科診療行為を受けたはずがない
のに医療費に関する文書が届いた旨の苦情を受けた。
  そこでG園は,原因調査をした結果,被告甲会の歯科医師がG園で訪
問診療をしていないのに,不正に診療報酬請求をしている疑いがあると判断した。
(8) 丙クリニックのカルテ上,平成11年1月5日から平成13年1月3
0日までの間(756日間)の訪問診療の回数は337回であって,2.24日に
1回の割合であり,1回の訪問診療で診療をした患者の数は,1人が255回と圧
倒的に多く,2人が74回,3人が8回,4人以上が0回となっており,土曜日が
39回,日曜日が2回あり,丙クリニックの土曜日の開業時間が午前9時から正午
までであるところ,上記の土曜日の訪問診療はすべて午後1時ないし午後2時であ
って開業時間外の診療となっている。これは,平成9年10月14日から平成10
年2月25日までの間の前示訪問診療と比較して,訪問回数も,一回の訪問患者数
も,診療の曜日も,様変わりした様相を呈している。
 (9) 丙クリニックのカルテは,診療内容の記載が少なく,次回の診療の日
程や内容の予定などの記載がなく,診療報酬請求をするための必要最低限度の記載
しかない上,被告甲会の歯科医師が診療した際に記載したものではなく,e歯科医
師の元に赴いて,同医師の指導の下,診療報酬請求に対応するために事後的に作成
されたものであって,平成12年7月分については,診療内容すら記載されていな
いカルテが相当数ある。
   したがって,同カルテは,歯科診療の業務の通常の過程において作 
 成されたものとは言い難く,診療報酬請求に対応するという意図をも  って事
後的に作成されたものと推認される。
   丙クリニックのカルテには,患者の口腔内の詳細な図が記載されてお
り,これによれば,被告甲会の歯科医師は,少なくとも1回は当該患者を診療した
ことが認められるが,口腔内の詳細な図は初診時に記載したと思われる1個の図し
かなく,その後の診療によって口腔内の図が追加・更新されたものはないのであ
り,その後に診療を継続しなくとも,カルテに診療報酬請求をするための必要最低
限度の記載をすることは可能である。
(三) 聴聞時の発言等
 Cは,平成15年3月18日に実施された聴聞の際,次のとおり応答し
た。
(1) Cは,Tに対する訪問診療のうち,最後の1日に関しては,訪問診療
していないことを認めた。
(2) Cは,Kが平成12年11月ころd病院に入院しており,退院後はZ
歯科医師による診療を受けていた旨の指摘を受けて,このころのKに対する診療報
酬請求が間違っていたことを認めた。Cは,平成12年10月3日にHがチボリ公
園に行って写真を撮って来ており,その日付けが写真に記載されているので,この
日は歯科診療をしていないとの指摘を受けた際,特に異存を述べなかった。
(3) Cは,f(本件の対象外)に関する平成12年11月20日の訪問診
療請求について,処置をしていなかったことを認め,g(本件の対象外)に関する
平成12年11月以降の診療報酬請求について,歯科診療行為をしていなかったこ
とを認め,h(本件の対象外)などに関する診療報酬請求について,歯科診療行為
をしていなかった時期があったことなどを認めた。
(四) H・aの証言について
 (1) Hの証言
  Cは少なくとも平成11年4月8日にはHを診療していることからす
れば,G園において,Z歯科医師以外の歯科医師による診療を受けたことがない旨
のHの証言は,正確性を欠くが,Cによる診療はHの印象に残らない程度のもので
あったものと考え得るところであり,それ以外にはG園においてZ歯科医師以外の
歯科医師による診療を受けたことがない旨のHの証言の信憑性をすべて否定するこ
とは困難である。
 (2) aの証言
  aは,G園の事務長や園長の職にあった際は,同園玄関を入って左側
の事務所にて執務しており,同園の訪問者は,玄関に入って受付窓口に声をかけ
て,職員がリモコン操作によりドアを開けてから入園するシステムになっていたか
ら,aは,同園の訪問者を把握し得る立場にあったところ,平成9年以降,訪問診
療のためにCがG園に訪れた事実を10回くらいしか見たことがなく,平成10年
後半以降は,Cが訪問診療をするのを見たことがないと証言する。Cは平成11年
4月8日にG園で訪問診療をしているのであるから,aがCのすべての訪問状況を
把握していたとは認められないが,aが,Cの訪問診療をするのを見たことがない
旨の証言の信憑性を否定すべき根拠は見出せない。
(五) 本人負担分の請求について
  診療報酬明細書を見ても,毎回の訪問診療について本人負担分の金額は
算出されているにもかかわらず,被告甲会は本件入所者らに対する歯科診療の本人
負担分を全く請求していない。
  Cは,本件入所者に対する患者本人負担分の請求については,被告甲会
の理事長であるAが被告甲会として内科の分と合わせて請求をしているものと誤解
して,歯科単独での請求をしなかった旨証言するが,上記事実に照らして,不自然
であるものというほかなく,被告甲会において容易に不正請求が発覚してしまうこ
とを恐れ,意図的に本人負担分を請求しなかったと疑われてもやむを得ない面があ
る。
2 以上認定したところによれば,被告甲会作成の丙クリニックにおけるカル
テの記載は,G園における訪問診療の実態を反映したものとは到底いえず,被告甲
会において,診療報酬請求をするために作出したものと推認せざるを得ないとこ
ろ,被告甲会において,平成11年1月から平成13年1月までの間,本件入所者
らに対して,歯科訪問診療をなしたことを窺いうる資料はなく,その形跡を認める
ことも困難である。
 そうすると,被告甲会は,平成11年1月から平成13年1月までの間,
本件入所者らに対して,歯科訪問診療をなしていないものと推認するほかない。
二 被告甲会が玉野市に支払うべき金額
1 被告甲会が,平成11年1月から平成13年1月までの間,玉野市に対
し,本件入所者らに対して歯科診療をしたことを内容とする支払請求書等を提出
し,玉野市から老人保健法上の医療に関する費用として別紙1のとおり合計494
万4600円の支払いを受けたことは前提事実に認定のとおりであるところ,被告
甲会は,当該歯科訪問診療をなしておらず,「偽りその他不正の行為により」受給
した「医療に関する費用」であることが明らかであるので,玉野市に対し,被告甲
会は,老人保健法42条3項に基づき,同額の返還義務を負うほか,その金額に1
00分の40を乗じた額である197万7840円の加算金の支払義務を負うこと
になる。
2 被告甲会は,前示のとおり,玉野市に対して,本件入所者らに関する診療
報酬のうち,合計118万4910円を返還したので,この弁済額を控除した残額
は,573万7530円となる。
 三 被告玉野市長に違法に怠る事実があるか。
1 前示のとおり,玉野市は,被告甲会に対して,573万7530円の支払
請求権を有している。この支払請求権は,客観的には,平成13年1月末ころには
発生していたものである。
2 老人保健法42条3項は,市町村は,保険医療機関等が偽りその他不正の
行為により医療に関する費用の支払いを受けたときは,当該保険医療機関等に対
し,その支払った額につき返還させるほか,その返還させる額に100分の40を
乗じた額を支払わせることができると規定しており,これは,市町村に不正利得の
返還請求及び加算金の支払請求をする権限を与える規定である。
 そして,地方公共団体の有する債権の管理について定める地方自治法24
0条,同法施行令171条から171条の7までの規定によれば,客観的に存在す
る債権を理由もなく放置したり,免除することは許されず,原則として,地方公共
団体の長にその行使又は不行使についての裁量はないものと解される。
3 玉野市の被告甲会に対する前示の支払請求権は,平成13年1月末ころに
は客観的に発生していたものであり,被告玉野市長は,G園の園長からの平成13
年8月の申入れ,岡山県国民健康保険団体連合会による平成14年3月18日の監
査,岡山県社会福祉事務局による平成14年11月28日までの聴聞等によって上
記支払請求権が存在することの根拠資料を了知していたというべく,遅くとも本件
各行政処分がなされた平成15年3月20日までには上記支払請求権の行使が現実
的に可能な程度の根拠資料が存在していたというべきである。
  よって,被告玉野市長は,客観的に債権が発生した平成13年1月末から
約4年9か月間,権利行使が現実的に可能となった平成15年3月20日から約2
年7か月間,上記権利の行使をしていなかったことになり,相当の期間を経過して
も権利行使を行わなかったというべきである。
 そして,被告甲会がその事業を休止しているとの事情がなく,上記支払請
求権が少額であって取立てに要する費用に満たないと認められるような事情もな
く,その他,地方自治法施行令171条の5に定める徴収停止の事由ないしこれと
同視し得る事情が存在しないのであるから,被告玉野市長が上記権利の行使を怠っ
ていることには正当な理由が存しない。
4 したがって,被告玉野市長が上記権利の行使を怠っていることは,違法に
財産の管理を怠る事実に該当する。
四 代位請求に係る訴えの可否
1 本件では,被告玉野市長に上記権利の行使を違法に怠る事実が認められる
ので,被告甲会の前記第三の四1の主張は,その前提を欠き失当である。
2 また,被告甲会は,本件各行政処分の取消しを求める別件訴訟において架
空請求であると認定され被告甲会の請求が棄却されれば,代位請求に係る金額を任
意に返還することになり,別件訴訟が途中経過の段階で,原告の代位請求を認める
必要性はない旨主張するが,地方自治法242条の2第1項4号は,訴訟要件とし
て監査請求の前置を定めるのみであって,代位請求訴訟と一部関連する別件の行政
訴訟事件の判決が言い渡されるまで代位請求訴訟を提起できないとする根拠はな
く,被告甲会の上記主張は採用できない。
五 結論
  してみれば,玉野市は老人保健法42条3項に基づき,被告甲会に対し57
3万7530円の支払請求権があるところ,その権利行使を怠っているものという
ほかないから,①地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告甲会に対し,
金573万7530円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年4月
28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を玉野市に支払う
よう代位請求し,②同条1項3号に基づき,被告玉野市長に対し,被告甲会に対す
る上記①の金員の支払請求を怠ることの違法確認を求め
 る原告の請求はいずれも理由がある。
第五 結語
 よって,原告の被告甲会に対する本件代位請求及び被告玉野市に対する本件
違法確認請求は,いずれも理由があるから認容すべく,訴訟費用の負担につき,行
訴法7条,民訴法65条1項本文,61条を,仮執行宣言につき,民訴法259条
1項を各適用して,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第1民事部
       裁判長裁判官    金馬健二
          裁判官    徳岡 治
   裁判官    辻  井  由  雅

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