弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
1 被告が原告に対し昭和四六年一二月八日なした「大型免許、普通免許および二
輪免許の各運転免許を取り消し、かつ、免許を受けることができない期間を一年と
指定する」旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、管轄公安委員会から大型免許、普通免許および二輪免許の各運転免許
を受けていたが、被告公安委員会は、昭和四六年一二月八日右各運転免許を取り消
し、かつ、免許を受けることができない期間を一年と指定する処分(以下たんに
「本件取消処分」という。)をなし、その旨原告に通知した。
2 これに対し、原告は、不服であるので、昭和四七年二月二日被告公安委員会に
異議申立てをしたが、被告公安委員会は、同年三月二二日右異議申立てを棄却する
旨の決定をなし、同月三〇日その旨通知した。
3 しかし、本件取消処分は、その処分に至る聴聞および審査判定の手続が公正に
なされず、かつ、処分の基礎となつた事実を誤認した違法があるので、取り消され
るべきである。
二 請求の原因に対する答弁
1 請求の原因1項の事実を認める。
2 同2項の事実を認める。
3 同3項は争う。
三 抗弁
1 被告公安委員会が本件取消処分をした理由は、次のとおりである。
イ 原告の累積点数は、昭和四四年一二月四日に犯した通行禁止違反による二点
と、昭和四五年一〇月一二日に犯した積載物重量制限超過(五割以上一〇割未満)
による二点の合計四点であつた。
ロ ところが、原告は、昭和四六年九月二四日午前五時五五分頃、大型貨物自動車
(一一トン車)を時速約四〇キロメートルで運転し、千葉県市川市<以下略>先道
路にさしかかつた際、左方を同方向に進行するA(六七才)運転の自動二輪車を認
めたが、同所は進行方向に向かい左側がきわめて狭隘となつているため、そのまま
運転を続けて同車を追い抜くときは、自車を同車に接触させる危険があるので、同
車の動静を注視し、十分な間隔を保つか、または、一時追い抜きを見合わせるな
ど、安全を確認して運転すべき注意義務があるのに、先行する普通貨物自動車(四
トン車)を追い越そうとし、その動静にのみ注意を奪われ、前記自動二輪車に対す
る注視を怠つた過失により、同車に自車左前部を接触衝突させ、路上に自動二輪車
もろとも同人を転倒させて自車左後輪で轢過し、よつて、同人に対し脳損傷の傷害
を負わせ、右傷害により同人を即死するに至らしめる事故(以下「本件事故」とい
う。)を起こした。
ハ この結果、前記累積点数四点に、本件事故は、もつぱら原告の不注意によつて
発生した場合以外の場合であると認められるので、その違反行為に付する基礎点数
二点と、交通事故を起こした場合に付する付加点数九点の合計一一点を加えると、
前歴がない場合の運転免許の取消点数一五点に達する。そして、この場合に、免許
を受けることができない期間として指定すべき年数は、一年である。
2 ところで、被告公安委員会は、以下述べる要領で公開による聴聞手続を実施し
たうえ、公安委員Bと同Cとが合議した結果にもとづき、本件取消処分をしたもの
であり、その手続に何ら違法はない。
イ 先ず、被告公安委員会は、昭和四六年一一月一五日付聴聞通知書をもつて、原
告に処分しようとする理由ならびに聴聞の期日および場所を通知し、同月二二日原
告から出頭する旨の回答を得たのち、同月二九日付で聴聞の期日および場所を被告
公安委員会の掲示板に掲示して公示した。
ロ しかるのち、昭和四六年一二月八日午後一時頃から浦和市<以下略>埼玉県自
治会館において実施された聴聞では、B公安委員がこれを主宰し、埼玉県警察本部
交通部交通処理課の警部Dと警部補Eの両名が補佐した。
ハ 冒頭B公安委員は、人定質問を行い、出頭した者が原告本人であることを確認
したのち、D警部に指示して、聴聞事実「原告は、(1)昭和四四年一二月四日通
行禁止制限違反二点、(2)昭和四五年一〇月一二日積載違反二点、(3)昭和四
六年九月二四日午前五時五五分頃、大型貨物自動車を運転し、約四〇キロメートル
毎時の速度で、千葉県市川市<以下略>先付近道路にさしかかつた際、先行する前
車(ダンプ)を追い越そうとその動静のみに気をとられ、自車の左前方を同方向に
進行中のA(六七才)運転の自動二輪車(二種原付)に気づかず、これに自車左前
部を衝突させ、路上に転倒させて左後輪で轢過し、同人を即死させたものである。
処分点数違反点二点、付加点九点、累積点四点、合計一五点。」を読み上げさせ、
原告に対し間違いがないかどうかただしたところ、原告より、本件事故について、
「そのとおり事故を起こしたと言われれば起こしたかも知れないが、自分では、車
で轢いたのではなく、触れたのだと思うだけで、実際には全くわからなかつた。し
たがつて、ひき逃げを認めることはできない。」旨の陳述があり、また、従前の違
反歴については、「前に立川市で一方通行違反、千葉市内で重量違反で反則金を納
めていることは事実である。」旨の陳述があつた。そのほか、示談、刑事処分につ
いて質疑応答がなされ、聴聞を終つた。
3 また、被告公安委員会は、千葉県公安委員会から送付されてきた資料にもとづ
き、前記聴聞結果をも勘案し、抗弁1項の各事実を認定したものであり、ことに、
本件事故については、業務上過失致死事件の捜査記録中の、司法警察員F外二名作
成の捜査報告書、司法警察員F、同G各作成の実況見分調書、医師H作成の死体検
案書、Iの司法巡査に対する供述調書、原告の司法警察員に対する弁解録取書、原
告の司法警察員に対する供述調書(二通)、技術吏員J作成の検査結果報告書によ
つて認められる、以下の各事実を総合して、原告が起こしたものと認定したもので
あり、その事実認定に何ら誤りはない。
イ 原告は、本件事故の発生した同じ時刻頃に、事故現場を大型貨物自動車を運転
し、時速約四〇キロメートルで通行したこと。
ロ 原告は、事故現場の数十メートル手前の地点で自車の前方を同一方向に進行し
ている自動二輪車を認めていること。
ハ 当時原告の運転する車両に追従していた普通貨物自動車の運転手Iは、原告車
両が通過したのち、被害者が路上に倒れているのを発見し、その進行位置から原告
車両が本件事故を起こしたものと思い、登録番号確認のため追跡した際、原告が信
号無視、追越しなどの異常な運転をしたのを目撃していること。
ニ 原告は、先行する普通貨物自動車(四トン)を追い越す機会をうかがいなが
ら、大型貨物自動車を運転走行していたが、結局、先行車を追い越したのは、事故
現場を通過したのちであり、事故現場では、被害者および被害車両の転倒していた
道路左端から二・〇五メートル付近の地点を走行していること。
ホ 事故発生後前記Iの通報により検問中であつた千葉県柏警察署員が原告車両を
発見停止させ、見分したところ、同車両に肉片、脳漿、血痕のようなものが付着し
ているのが発見され、原告自身もこれを認めたこと。
ヘ 被害者の着衣の右肘関節後部と被害車両の後部荷掛中央後端、後部制動灯ソケ
ツト部に付着していた赤色塗膜片と原告車両の左側サイドバンパーに塗付されてい
た赤色塗料とが同じである。
ト 被害者の着用していたヘルメツトに残されていたタイヤ痕は、原告車両の二個
の外側後輪のタイヤと紋様が同一であり、サイズも酷似するタイヤによつて印され
たものである。
しかも、ヘルメツトのタイヤ痕は、原告車両のタイヤと同じブリジストンタイヤ株
式会社製の大型トラツク用タイヤによつて印されたものであるから、原告車両に先
行していた普通貨物自動車は本件事故と無関係であること。
チ 原告が本件事故につき起訴されていること。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1項の事実を認める。
2 同2項の事実のうち、公開による聴聞を実施したことを認め(ただし、イの事
実のうち、聴聞の期日および場所を公示した点は不知、その余を認め、ロの事実を
認め、ハの事実のうち、人定質問、聴聞事実の読み上げがなされ、示談、刑事処分
について質疑応答がなされたことを認め、その余を否認する。)、公安委員Bと同
Cとの合議にもとづき決定したとの点は否認し、本件取消処分をした手続に違法が
ないとの主張を争う。
(i) 本件取消処分には、その聴聞手続に以下述べる違法がある。
道路交通法が運転免許の取消しにあたり、公開による聴聞を経ることを要件とし、
かつ、その聴聞において当該処分にかかる者またはその代理人(以下たんに「被処
分者」という。)に意見を述べ、有利な証拠を提出する機会を保障した趣旨は、公
開による聴聞を行うことにより取消処分の基礎となる事実について、被処分者に十
分主張立証を尽させることによつて公安委員会の事実認定およびそれを前提とした
法律適用に恣意、独断の疑いが入らないようにし、もつて、取消処分の適正さを確
保するためである。したがつて、この見地からすると、次の点がとりわけ重要であ
る。すなわち、
イ 第一に、被処分者の主張立証を経なくては事実認定や法律適用の適切さを期し
難いとみられる事項について、公安委員会の主張と証拠とが個別的、具体的に提示
されることを要するものというべきであり、こうした主張と証拠の個別的、具体的
な提示なくして行われた聴聞は、被処分者に自己に不利な主張と証拠に反ばくする
機会を与えなかつたことに帰するから、実質的に公正になされたものとはいえな
い。
ところで、被告公安委員会は、本件聴聞において、聴聞事実の有無に関連する、手
持ち証拠を何一つ原告に個別的、具体的に提示しなかつた。
ロ 第二に、被処分者は、一般に聴聞その他行政手続に関する知識にとぼしく、自
己に認められた権利の行使に不慣れであるというだけでなく、聴聞という場におい
て自己の意とするところを十分に聴聞の主宰者に伝えることが往々にして困難であ
るから、少なくとも事実について争いがある事案では、被処分者のなした陳述が明
確さを欠くときは、聴聞の主宰者が適切な釈明をし、その意とするところを明確に
させ、公安委員会の手持ち証拠について被処分者に反ばく、立証することを促し、
その証明力を争う機会を与えるなどの後見的任務を果たすことが要請されていると
いわなければならず、したがつて、被処分者の言い分を十分明確にさせることな
く、あまつさえ、被処分者が自己に有利な事実を主張立証しようとしたのに、これ
らの主張立証を妨害し、聴聞手続を終了させることは、やはり実質的に公正とはい
えない。
ところが、本件聴聞において、原告が本件事故を起こしたことを否認する趣旨の陳
述をし、聴聞を主宰したB公安委員もまたその趣旨として理解しながら、適切な釈
明を行つて原告の意とするところを明確にさせることもなく、さらには、突つ込ん
た質疑応答を重ねるなどの措置に出なかつた。あまつさえ、原告が本件事故の際の
状況を詳しく説明し、事故を起こしたのが自分でないことを述べようとしたのに、
聴聞事務を補佐したD警部は、原告の右発言を阻止した。
ハ 第三に、聴聞手続において審問すべき事項は、公安委員会が処分をするために
認定を必要とする事項と範囲を同じくし、かつ、これらの審問を必要とする事項に
ついての審問は、事項ごとに行われなければならない。そして、そのうちのある事
項について審問を欠くときは、その事項について聴聞がなされなかつたことに帰
し、被処分者としては、主張と立証の機会を奪われたことになるから、その聴聞は
不公正である。
ところが、本件取消しの聴聞にあたつて審問すべき事項は、原告に安全運転義務違
反があつたかどうか、死亡事故が発生したかどうか、右安全運転義務違反と事故と
の間に困果関係があるかどうか、および従前の違反行為の四項目であるところ、読
み上げられた聴聞事実には、従前の違反行為の関係では、違反行為の日時、種類お
よび違反点数が掲げられているにとどまり、たとえば、積載物重量制限違反につい
てみると、その超過の程度によつて違反点数が異なるのにその記載を欠き、また、
本件事故の関係でも、事故の日時、場所、過失の態様および事故の発生、態様が掲
げられているものの、前述した事項ごとの区分がされていない。しかも、このよう
な聴聞事実の読み上げを行い、包括的に事実に間違いがないかどうか尋ね、原告が
これに詳細に応答しようとすると、ほとんど間隙をおかないでB公安委員ないしD
警部が刑事処分、示談に関する質問をなし、このため、原告は、本件事故について
意見を述べる暇がなく、それらの質疑応答が終つた段階でようやく切り出したもの
の、前述したように、D警部は、原告の発言を制止し、聴聞を打ち切つた。したが
つて、本件聴聞においては、審問を必要とする事項について事項ごとの審問が行わ
れず、かつ、審問を必要としない事項について審問がなされた結果、これを必要と
する事項については何ら審問がなされなかつたに等しい。
ニ 第四に、運転免許の取消処分においては、刑事裁判手続と同じような弾劾主義
的な構造をとつていないため、聴聞の主宰者が事前に資料を検討し、当該事案を把
握しているのでなければ、被処分者が何を陳述しても言い放しに終り、具体的資料
にもとづく質疑応答を期待すべくもない。したがつて、聴聞の主宰者において事案
を把握していることを要し、これを欠くまま実施された聴聞は、被処分者の主張と
立証を経て事実認定の適切を期そうとした法の趣旨にもとるものであり、不公正で
ある。もつとも、事件の多数および公安委員の員数が法定されていることからくる
絶対的不足等からしてすべての事案につき公安委員が事前に資料の検討を行うこと
が困難である場合も考えられるが、そのような場合には、これに代替する措置、た
とえば、聴聞事務を補佐する警察職員に事前にこれらの資料を検討させ、予想され
る問題点等につき調査報告書を作成させるなどの方法をとることによつて事案の把
握に努めるべきである。
ところが、本件聴聞にあたつて、これを主宰したB公安委員は、事前に何ら資料を
検討することなく、また、これに代替する措置をとることもなく、ただ聴聞事実に
目を通しただけで聴聞を実施した。
(ii) 次に、本件取消処分には、その審査判定手続に違法がある。
道路交通法は、運転免許の取消処分はもとより、その処分に先立つて行う聴聞に関
する事務まで公安委員会が自ら行うものとし、これを警視総監または道府県警察本
部長に委任することを許していない。すなわち、道路交通法は、独立して準司法的
機能を営む機関である公安委員会の公正と中立性とを信頼し、聴聞を含め取消処分
をその権限としたものであるから、少なくとも取消処分の基礎となる事実に争いが
あるときは、資料の検討と評価、そしてこれにもとづく事実認定をすることは、合
議体である公安委員会自身が直接合議することによつて行わなければならない。に
もかかわらず、公安委員会がその庶務を処理する警視庁または道府県警察本部の警
察職員の報告をうのみにして事実認定をするときは、法の前記趣旨を没却すること
とならざるをえず、その事実認定を前提とする取消処分は、公正になされたという
ことができない。
しかるに、被告公安委員会を構成する各公安委員は、聴聞の前後を通じ資料を直接
検討することをせず、たんに聴聞事務を補佐した警察職員からその主観的判断が前
面にたつた報告を口頭によつて受け、その判断をうのみにし、しかも警察職員の書
類のもちまわりの方法で合議することによつて事実認定をし、本件取消処分をし
た。
(iii) 以上要するに、本件取消処分の手続は、その処分に至る聴聞および審
査判定のいずれもがその実質において法の趣旨にもとる不公正なものであり、違法
である。そして、本件事故については、原告の過失により起こされたものでないと
疑うべき合理的理由が存在するものであつて、被告公安委員会において法の趣旨に
適合する公正な聴聞を実施し、その結果を勘案しながら、自ら直接事実認定したと
するならば、先にした判断と異なる判断に到達した可能性も十分存したといえるか
ら、本件取消処分は、取消しを免れない。
3 抗弁3項の事実のうち、被告公安委員会が抗弁1項ロの事実を認定したことに
誤りはないとの点を否認し(ただし、イ、ロの事実はいずれも認める。)、その余
は認める。
本件取消処分は、以下述べるように、本件事故が原告の過失により起こされたもの
でないのに、これを肯定した点に事実を誤認した違法がある。
(i) 先ず、原告と本件事故とを結びつける物的証拠である、原告車両に付着し
ていた肉片様のもの等、被害者ないし被害車両に付着していた赤色塗膜片、被害者
のヘルメツトに残されたタイヤ痕について、その証拠判断に誤りがある。すなわ
ち、
イ 第一に、原告車両には、肉片、脳漿、血痕らしきものが付着していたとされ、
これは、捜査機関において本件事故が原告車両によつてひき起こされたものではな
いかと疑うに至つた決定的資料であるだけでなく、被告公安委員会によつて事実認
定上の決め手とされているものである。ところが、これらの資料につき、千葉県警
察本部刑事部鑑識課の職員が行つた血痕予備試験であるルミノール発光試験とリユ
ーコマラカイト緑試験の結果は、いずれも陰性であり、これらの資料に血液の付着
していないことが明らかとなつた。したがつて、捜査機関において肉片、脳漿、血
痕と考えたものは、事実はそうでなかつたこととなり、原告と本件事故とを結びつ
ける重要な根拠を欠くに至つた。
ロ 第二に、被害者ないし被害車両より採取された赤色塗膜片と原告車両より採取
された赤色塗料とは、前記鑑識課の職員が行つた顕微鏡観察、紫外線照射、ジフエ
ニルアミン硫酸試薬による反応および発光分析の四種の検査の結果、同一性を有す
るものと判定された。しかし、原告車両より採取された塗料は、右車両のサイドバ
ンパー部分から採取されたものであるとしても、被害者ないし被害車両より採取さ
れた塗膜片については、それが具体的に被害者の着衣の右肘関節後部、被害車両の
後部荷掛中央部、後部制動灯ソケツト部分、方向指示器の破片のいずれの箇所に付
着していたものか不明であるだけでなく、対照用の資料が複数の箇所から発見採取
されている場合には、その一つ一つについて科学的検査によつて資料間の整合性を
検討しなければその科学性に疑いを抱かれてもやむをえないというべきであるの
に、それもなされていないことからして、現場より採取されたとされている塗膜片
が真実現場より採取されたものであるか疑わしい。そして、現場より採取されたと
いう塗膜片も原告車両のサイドバンパーに塗付されている塗料も同じ赤色である
が、貨物自動車のサイドバンパーに塗布される塗料のほとんどが赤色であるうえ、
前記諸検査によつては、同一塗料メーカーの製造にかかる塗料であつた場合はもち
ろん、他の塗料メーカーの製造にかかる塗料であつた場合にも、その同一性を判定
できない場合が多いのであるから、この事実をもつて原告車両が加害車両であると
断定することはできない。さらに、塗膜片が付着していた前記部位の地上からの高
さがそれぞれ異なり、しかも原告車両には、サイドバンパー部分以外に接触箇所と
思われる痕跡が残つていないことからすると、被害者が自動二輪車を運転走行して
いる際に原告車両のサイドバンパーが接触した結果、塗料が付着したとは考えられ
ない。そればかりでなく、原告車両のサイドバンパーの塗料の削れ具合が長さ約
二・七センチメートル、幅約二・〇センチメートルとかなり大きく、もし、衝突に
よつてこれらの塗料が剥離されたとすれば、今少し大量の塗料片が現場に残されて
いてしかるべきであるのに(現場の保存状態は良好であつて。)、塗膜片は、いず
れも被害者ないし被害車両からきわめて少量が発見されたのみで、衝突地点と思わ
れる付近路上からは一片も発見されていない。こうした事実のほか、被害者が生前
自転車屋を経営し、主に修理をしていたと思われることも考えあわせると、被害者
ないし被害車両に付着していた赤色塗膜片は、本件事故とは別の機会に付着してい
たものであることも考えられる。
ハ 第三に、本件事故の際被害者が着用していた白色ヘルメツトにはタイヤ痕が残
され、前記鑑識課の職員による肉眼的観察と測定比較検査の結果によれば、右タイ
ヤ痕を印したタイヤと、原告車両の外側後輪の二個のタイヤの各側面部とは、紋様
が符合し、かつ、タイヤサイズが酷似し、しかも、いずれもブリジストンタイヤ株
式会社製の大型トラツク用タイヤであるとされている。しかし、検査の結果、両者
の損傷、消耗状態の一致していることが認められない限り、白色ヘルメツトに残さ
れたタイヤ痕が原告車両のタイヤによつて印されたものであると断定できないだけ
でなく、メーカー、型式が同一であるという点も、メーカー、型式ごとに側面部の
紋様が異なるのでなければいえないのに、その前提関係が不明であり、したがつ
て、白色ヘルメツトにタイヤ痕を印したタイヤがブリジストンタイヤ株式会社製大
型トラツク用タイヤであるといえない。しかも、ヘルメツトに印されたタイヤ痕と
同じタイヤ痕を印すことの可能な紋様とサイズを有するタイヤは、国内のトラツ
ク、バス用に使用されているタイヤの約九〇%に及んでいる。
(ii) 次に、本件事故の直後を目撃したIの供述についても、その証拠判断に
誤りがある。
すなわち、原告は、同人の通報によつて本件事故の数時間後に検問中の前記柏警察
署員によつて逮捕されるに至つたのであるが、しかし、同人は、原告車両の約五〇
メートル後方を追従しながら走行していたのに、被害者ないし被害車両が転倒し、
あるいは、バウンドしている状態を目撃していないだけでなく、現場の路面に残さ
れている擦過痕からしても、衝撃音は、相当大きな音であつたと思われ、屋内にい
た付近の住民も明瞭に知覚しているのに、同人がそれを聞いていないことからすれ
ば、本件事故が同人の僅か五〇メートル前方を走行していた原告車両によつて起こ
されたと考えるのは、あまりにも不自然である。また、Iが事故の発生を覚知した
際、原告車両は、被害者の転倒した地点から少な目にみても二メーール以上の距離
を置いた道路中央線付近の地点を走行していたと認められるから、その走行位置か
らも本件事故が原告車両によつて起こされたものとはいえない。さらに、Iが原告
を犯人ではないかと考えるに至つた、原告車両の追越し禁止違反、信号無視などの
異常な走行ぶりはなかつたのであるから、この点からも同人の供述をもつて原告車
両が加害車両であるということはできない。
(iii) 原告の供述について、その証拠判断に誤りがある。
すなわち、原告は、事故現場付近における走行位置と、事故現場手前数十メートル
の地点で見た自動二輪車の種類について供述に変化があるほかは、現場付近におい
て先行する貨物自動車を追い越そうとその機会をうかがいながらこれを追従してい
たこと、原告車両が加害車両であるとすれば、当然受けたはずの本件事故の際の衝
撃について知覚しておらず、また、屋内にいた付近の住民も聞いたその音も聞いて
おらず、本件事故に対する認識がないことなどにつき、身柄を拘束されていた捜査
段階から一貫して供述をしており、加えて、その内容が現場の客観的状況やIの目
撃した状況等と符合していることからして、供述の信憑性は高い。そして、原告の
右供述に照らせば、本件事故は、原告車両によつてひき起こされたものでないとい
える。
(iv) 以上要するに、本件事故は、原告の過失により起こされたものでないこ
とが明らかであるのに、被告公安委員会は、証拠判断を誤つた結果、事実を誤認し
たものであるから、これを基礎とする本件取消処分は、違法として取消しを免れな
い。
五 抗弁に対する答弁についての反論
1 抗弁2項に対する答弁(i)イについて
運転免許の取消処分の手続の一環として、取消処分の決定に先立ち行われる聴聞に
おいては、刑事裁判手続におけるような厳格な直接主義、口頭主義は要求されてい
ないのであるから、公安委員会としては、被処分者に公開の場において意見を述
べ、有利な証拠を提出する機会を与えれば足り、それ以上に証拠を個別的、具体的
に開示し、これに対し反論を促すまでの必要はない。
2 抗弁2項に対する答弁(i)ロについて
本件聴聞において原告が本件事故を起こしたのが自分でないことを述べようとした
にもかかわらず、D警部がその発言を阻止したことはない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
第一 本件取消処分の存在と不服申立てについて
請求の原因1項の事実は、当事者間に争いがなく、また、同2項の事実も、同様で
ある。
第二 本件取消処分の適法性について
一 本件取消処分の理由
抗弁1項の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件取消処分の手続
1 抗弁2項の事実のうち、被告公安委員会が本件取消処分に先立ち、公開による
聴聞を実施したことは、当事者間に争いがない。
そこで、聴聞手続の適法性から検討する。
(i) その実施状況は、次のとおりである。
イ 聴聞の実施に先立ち被告公安委員会が昭和四六年一一月一五日付聴聞通知書を
もつて原告に処分しようとする理由ならびに聴聞の期日および場所を通知し、同月
二二日原告から出頭する旨の回答を得たことは、当事者間に争いがない。
また、成立に争いのない乙第五号証および証人Dの証言によると、その後同月二九
日付で聴聞の期日および場所を被告公安委員会の掲示板に掲示して公示したことが
認められ、他に右認定に反する証拠はない。
ロ しかるのち、同年一二月八日午後一時頃から浦和市<以下略>埼玉県自治会館
において実施された聴聞では、B公安委員がこれを主宰し、埼玉県警察本部交通部
交通処理課のD警部と赤岩警部補の両名が補佐したことも、当事者間に争いがな
い。
ハ 冒頭B公安委員が人定質問を行つて出頭者が原告本人であることを確認したの
ち、同公安委員の指示により、D警部において被告主張の内容の聴聞事実を読み上
げたことは、当事者間に争いがなく、証人Dの証言によつて成立を認める乙第六号
証、同証言および証人Bの証言ならびに原告本人尋問の結果(ただし、後記認定に
反する部分を除く。)によれば、B公安委員ないしD警部と原告との間で要旨被告
主張の内容の質疑応答がなされたこと、その間原告に対し、業務上過失致死事件の
捜査記録のうち、本件事故を認定するために供した資料を個別的、具体的に開示す
るといつたことはなされなかつたこと、右聴聞に要した時間は、およそ五分程度で
あつたことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、その供述内
容に徴してたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠は
ない。
原告は、聴聞事実が読み上げられ、事実に間違いがないかどうか尋ねられ、これに
詳細に応答しようとすると、ほとんど間隙をおかないでB公安委員ないしD警部か
ら刑事処分、示談に関する質問がなされたため、本件事故について意見を述べる暇
がなく、それらの質疑応答が終つた段階でようやく本件事故の際の状況を詳しく説
明し、事故を起こしたのが自分でないことを述べようとしたものの、そのとたんD
警部に発言を阻止されたと主張するが、原告本人尋問の結果中右主張にそう部分
は、たやすく措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ニ また、前掲各証拠によれば、B公安委員は、聴聞にあたつて事前に本件取消処
分の事実認定の資料に供せられた業務上過失致死事件の捜査記録を自ら検討したこ
とはなく、また、捜査記録を検討したD警部からも事案の内容、問題点について何
ら説明を受けていなかつたこと、そして、たんに前述した聴聞事実に目を通したの
みで聴聞に臨んだが、聴聞の最中に原告から本件事故について「そのとおり事故を
起こしたといわれれば起こしたかも知れない。しかし、自分では、車で轢いたので
はなく、触れたと思うだけで、実際には全くわからなかつた。」旨の弁明がなされ
たことから、D警部に捜査記録を見せるように指示し、このため、同警部が捜査記
録中の実況見分調書を示して被害者ないし被害車両に付着していた塗膜片と原告車
両より採取した塗料とが一致し、原告車両の後輪には、肉片、脳漿とか血痕とかが
付着していた程度の簡単な説明をしたことが認められ、他に右認定を左右するに足
りる証拠はない。
(ii) ところで、運転免許の取消処分をするにあたつて、道路交通法が公開に
よる聴聞を経ることを要件とし、かつ、その聴聞において被処分者に意見を述べ、
有利な証拠を提出する機会を保障したのは、公開による聴聞を行うことにより取消
処分の基礎となる事実やこれを前提とした法律適用について、被処分者に十分意見
を述べさせ、立証を尽させることによつて、公安委員会の事実認定およびそれを前
提とした法律適用に恣意、独断の疑いが入らないようにし、もつて、取消処分の適
正さを確保するためであることは、原告の主張するとおりである。
ところが、運転免許の取消処分をするにあたつて行う聴聞においては、その手続構
造上、処分を求める者と処分をする者とが分離されていないため、聴聞の実施方法
いかんによつては、公安委員会がいかなる証拠にもとづいて事実を認定しようとし
ているのか、また、その事実認定を前提としてどのような法律適用をするのか、被
処分者にとつて必ずしも明らかでなく、その結果、被処分者が意見を述べ、有利な
証拠を提出しようとしても、実質的にみてこれを有効適切になしえない事態が起こ
りうるのを避けがたい。しかし、このような事態が起りうることは、先に述べた法
が公開による聴聞を経ることを要件とし、かつ、その聴聞において被処分者に意見
を述べ、有利な証拠を提出する機会を保障した趣旨に照らして、決して望ましいこ
とでなく、とりわけ、当該取消処分の結果に影響を与える可能性のある事項のなか
に、事実認定上微妙なものが含まれているため、あるいは、法律適用上見解の対立
の予想されるものがあるため、被処分者に十分な主張、立証を尽させることが事実
認定やそれを前提とする法律適用に適正さを期するうえで重要であると認められる
場合に、被処分者において当該取消処分を争う意思を有しているにもかかわらず、
有効適切に意見を述べ、有利な証拠を提出することができないとするならば、法が
これを保障した趣旨は、甚だしく損われるといわなければならない。法が聴聞の実
施に先立つてその期日および場所とともに、処分しようとする理由を通知すること
を要する旨規定しているのも、被処分者に可能な限り右に述べた権利を有効適切に
行使させるためであるにほかならない。
それゆえ、運転免許の取消しの場合の聴聞につき規定する道路交通法、同施行令お
よび一般の聴聞の手続につき規定する「聴聞および弁明の機会の供与に関する規
則」(埼玉県公安委員会規則昭和四二年第八号)のいずれにも明文の規定はない
が、当該取消処分の結果に影響を与える可能性のある事項のなかに、前述した事実
認定上微妙なものが含まれているとき、あるいは、法律適用上見解の対立の予想さ
れるものがあるときは、被処分者において争う意思を有している以上、被処分者に
対し当該事案全体につき包括的に答弁を求め、主張立証の有無を確認するといつた
聴聞にとどまるのでは足りず、進んでその事項を具体的に摘示し、被処分者に主張
立証を促す方法をとることによつて聴聞を実施することまで要し、かつ、事実認定
上微妙なものを含んでいるがゆえに被処分者に当該事項を摘示すべきであると認め
られる場合にあつては、証拠を開示することによつて第三者の名誉が害され、ある
いは、刑事事件の捜査裁判に支障を来たすといつた事情が認められない限り、あわ
せて当該事項に関連する主要な証拠を具体的に開示したうえ、被処分者にこれに対
する反論立証の機会を与えることを要するものと解するのが相当である。そして、
このような見地からすると、公安委員会が、被処分者に前述した問題事項を具体的
に摘示することを要する場合であるのに、これを行わないまま漫然と聴聞を実施
し、その結果、被処分者において十分主張立証を尽すことができなかつたと認めら
れる事情が存するときは、そのようにして実施された聴聞は、法の要求する聴聞と
しての実質を欠くものと評しうるから、これを前提としてなされた取消処分も、違
法であるといわなければならない。
そこで、いま本件取消処分の基礎となつた事実について検討すると、本件事故につ
いては、原告に被告の主張する過失があるといえるかどうかという点もさることな
がら、その前提として、被害者が原告車両によつて轢過されたものであるか否かの
点において、事実認定上微妙なものが含まれていることが明らかである。すなわ
ち、本件事故にあつては、成立に争いのない甲第一号証の四、五、第二号証の二、
三、第五号証の一、二、原本の存在および成立に争いのない同第八、九号証の各
一、二、成立に争いのない同第一〇号証の一、二、原本の存在および成立に争いの
ない同第一七号証の一、二、成立に争いのない乙第七ないし第九号証、第一一号証
の一、原本の存在および成立に争いのない同号証の二、成立に争いのない同第一三
号証の一、第一四号証、原本の存在および成立に争いのない同第一五号証および証
人K、同Jの各証言を総合すると、
イ 原告が本件事故の発生した時刻と同じ頃、事故現場を大型貨物自動車を運転
し、時速約四〇キロメートルで通行していること(この事実は、当事者間に争いが
ない。)、
ロ また、原告が事故現場の数十メートル手前で自車の前方を同一方向に進行して
いる自動二輪車(被害車両と同一であるかどうか不明である。)を認めていること
(この事実も当事者間に争いがない。)、
ハ 当時原告車両に数十メートル遅れて追従していた普通貨物自動車の運転手Iが
原告車両の通過したのちの道路左端から一・九〇メートルまでの間の路上に、被害
者が被害車両とともに転倒しているのを発見していること、
ニ 科学検査の結果、被害者ないし被害車両に付着していた赤色塗膜片と原告車両
の左側サイドバンパーに塗布されている赤色塗料との間に、同一性があると断定す
ることができないまでも相矛盾する要素が見い出せないこと、また、同サイドバン
パー下段前端で前輪の真後ろにあたる箇所に長さ約二・七センチメートル幅約二・
〇センチメートルの新しい傷痕があること、ホ 鑑識の結果によると、被害者が着
用していた白色ヘルメツトに残されたタイヤ痕は、原告車両の二個の左側外側後輪
のタイヤと紋様が同一で、かつ、サイズも似たタイヤによつて印されたものである
ことが認められ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)これらの事実に即
して検討する限りにおいては、被害者が原告車両によつて轢過されたと認める相当
な理由があるといわなければならないが、反面、成立に争いのない甲第一号証の一
ないし三、前掲同号証の四、五、成立に争いのない同第二号証の四ないし八、第三
号証、原本の存在および成立に争いのない同第四号証、前掲同第八号証の二、第九
号証の一、原本の存在および成立に争いのない同第一四号証、第一六号証、前掲同
第一七号証の一、二、乙第七ないし第九号証、成立に争いのない同第一〇号証、前
掲同第一一号証の一、二、成立に争いのない同第一二号証、前掲同第一三号証の
一、成立に争いのない同号証の二、前掲同第一五号証および証人Kの証言ならびに
原告本人尋問の結果を総合すると、
ヘ 原告逮捕のきつかけとなり、原告も本件事故を起こしたことを自認する動機と
なつたものと思われる、原告車両の左後輪およびその真上の車体部分に付着してい
た肉片、脳漿、血痕らしきものについて、その後の科学検査の結果、陰性であり、
血液反応のないことが明らかとなつたこと、
ト 衝突部位であるとされている原告車両の左前部には前述した左側サイドバンパ
ーの傷痕以外に衝突痕と思われるものがなく、右の傷痕も、その位置および地上か
らの高さからして原告車両と被害者ないし被害車両との最初の衝突の際に生じたも
のであるとするには不自然であり、結局、原告車両には最初の衝突の際の痕跡が認
められないこと、
チ 事故現場付近の住民が屋内で聞いた本件事故の際の衝突音と思われる音を事故
直後の目撃者であるはずの前記Iが聞いていないこと、
リ 被害者は、頭部を轢過され、脳損傷により即死したものであり、事故現場に残
された擦過痕等からしても、その際相当な衝撃感と音とがあつたはずであるのに、
原告は、業務上過失致死事件の被疑者として逮浦され、身柄を拘束されたうえ取調
べを受けていた当時から現在まで一貫して、被害者を轢過した衝撃を感じたこと
も、その音を聞いたこともなく、逮捕されてはじめて本件事故に気がついた旨供述
していること、ヌ さらに、原告は、事故現場付近の走行状況について、先行する
普通貨物自動車を追い越そうとしてその機会をうかがいながら走行していた旨述
べ、Iの供述からも、原告車両のそのような走行状況がうかがえなくもないこと、
そうだとすると、事故現場が二車線からなる道路であるから、原告車両は、被害者
ないし被害車両が衝突転倒したと認められる左側車線でなく、隣の右側車線を走行
していた可能性があること、
が認められ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)これらの事実によれ
ば、逆に被害者を轢過したのは、原告車両以外の車両ではないかと疑われるのであ
る。そして、前掲甲第八号証の二、第一六号証、乙第九号証、第一二号証、第一三
号証の一、二および証人Kの証言によれば、原告は、捜査段階では本件事故を起こ
したことを認めているが、前述したように、原告車両に肉片、脳漿、血痕らしきも
のが付着していたことから自認するに至つたと思われる点があり、しかも、本件事
故について認識がないとして事故の際の具体的状況について供述するところがない
ため、右の事実を重要視することも困難である。これを要するに、積極、消極相矛
盾するかにみえる事実が存し、これらの有する意味について、原告が本訴において
主張するその余の点も考慮に入れたうえ、慎重に検討したうえでなければ、前記の
点についていずれともにわかに断定し難い事案であることが明らかである。ちなみ
に、弁論の全趣旨によれば、千葉地方裁判所に係属中の原告に対する業務上過失致
死被告事件の審理は、起訴後三年近くを経過した現在も終結されるに至つていない
ことがうかがわれるのである。
そして、原告が本件聴聞において被害者を轢過したことをむしろ否認する趣旨の陳
述をしたことは、既に認定したとおりである。
そうだとすると、被害者が原告車両によつて轢過されたものであるか否かが本件取
消処分の結果を左右する事項であることはいうまでもないから、被告公安委員会と
しては、このような事案の性質内容上、原告が右の事項について意見を述べ、有利
な証拠を提出しようとしたか否かを問わず、進んで原告に具体的に摘示したうえ、
主張立証を促すことを要し、しかも、既にみた事実関係の下では、証拠の開示を妨
げる事情もうかがえないから、あわせて、関連する個々の証拠を開示したうえ、原
告に反論立証する機会を与えることをも要するといわなければならない。
ところが、先に認定した事実によると、聴聞を主宰したB公安委員は、読み上げら
れた聴聞事実(聴聞事実の内容は、過失の内容に関しては、十分に具体的にして明
確であるとはいいがたい。)につき原告に漫然と包括的に間違いがないかどうか確
認したにとどまり、これを補佐したD警部も、原告が事故に対する認識をもつてい
たかどうかの点から、被害者が原告車両によつて轢過されたものであるか否か確認
しようとしたものの、それ以上に十分明確な方法で原告にこれに対する反論立証を
促していないだけでなく、関連する証拠を何一つ開示しないまま、僅か五分程度で
聴聞を終えているのである(なお、成立に争いのない乙第三号証によると、被告公
安委員会が聴聞に先立つて原告に通知した、「処分しようとする理由」は、たんに
本件事故の日時、場所を掲記したに過ぎないものであつた。)。
そして、本件事案の性質内容に照らせば、B公安委員において前記事項に対する反
論立証を促し、かつ、関連する証拠を具体的に開示していたならば、当然に原告よ
り事故の際の状況の説明がなされるなどの主張立証がなされた、ものと推認される
のであり、原告は、十分な主張立証を妨げられたといつてよい。
してみると、本件聴聞手続は、この点において違法である。
(iii) 加うるに、運転免許の取消処分にあたつて行う聴聞においては、前述
した手続構造上、聴聞を主宰する者が事案を十分把握したうえでこれに臨むのでな
ければ、聴聞において、被処分者の行う主張立証の内容を理解することが困難であ
ることはもとより、被処分者に前述した問題事項を摘示し、関連する個々の証拠を
開示することも困難であることは、いうまでもない。したがつて、公安委員は、事
前に事案を把握していることを要し、そのためには、公安委員自ら資料を直接検討
しておくことが理想である。しかし、運転免許の取消処分の大量性と公安委員の員
数の制度的制約による不足に加え、かかる処分に対する迅速な処理の要請を考慮す
るならば、これにかえて、聴聞事務を補佐する警察職員(その者は、法律その他に
つき専門的知識経験を有し、かつ、公正な判断をすることができる者であることを
要する。ちなみに、東京都の「聴聞及び弁明の機会の供与に関する規則」(東京都
公安委員会規則昭和四三年第八号)三条によれば、公安委員会またはその委任を受
けた警視総監が警視総監の指名する警察職員をして聴聞を行わせる場合には、警視
以上の階級にある警察官または参事もしくは副参事である一般職員を指名しなけれ
ばならないとされている。)に資料を検討させ、その結果を事案の概要と問題点と
いつた形式で報告させることによつて事案を把握することも許されるといわなけれ
ばならないが、いずれにしても、聴聞を主宰した公安委員において事案に対する十
分な理解を欠くまま聴聞が実施されるときは、その聴聞は、法の期待する聴聞たる
実質を有しないといつてよいから、違法であることを免れない。
これを本件聴聞についてみるに、聴聞を主宰したB公安委員は、事前に本件取消処
分の事実認定に供された業務上過失致死事件の捜査記録を検討しておらず、また、
これを検討したD警部からも何ら説明を受けることなく、たんに被告主張の内容の
聴聞事実に目を通したのみで聴聞に臨んだことは、先に認定したとおりであり、B
公安委員が聴聞の途中でD警部から受けた説明の内容も、被害者ないし被害車両に
付着していた塗膜片と原告車両より採取した塗料とが一致し、原告車両の後輪に
は、肉片、脳漿とか血痕とかが付着していたといつた程度のものであり、先にみ
た、被害者が原告車両によつて轢過されたものであると認定するにあたつて留意す
べき点のすべてにわたるものではなく、本件事案の性質内容からすると 事案を把
握するためには、あまりにも不完全、不十分であるというべきであり、あまつさ
え、原告車両の後輪に肉片、脳漿とか血痕とかが付着していたとの説明は、著しく
正確性に欠け、同公安委員をして事案に対する誤つた理解をさせるおそれがあるも
のであることが明らかである。
したがつて、本件聴聞手続は、この点においても違法であるといわなければならな
い。
2 次に、本件取消処分の審査判定手続について検討する。
(i) 前掲乙第六号証、証人D、同Bの各証言および原告本人尋問の結果による
と、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
イ 本件聴聞が終了すると、B公安委員は、原告を退室させるとともに、交通処理
課の警察職員を介して、聴聞の結果の要旨を記載した聴聞調書と処分の認定資料と
なる捜査記録とを別室で聴聞を主宰していた公安委員Cのもとにまわしたこと。
ロ C公安委員は、右書類を持参した警察職員から説明を受け、簡単にこれに目を
通してB公安委員の運転免許の取消処分が相当であるとの意見を知り、これに同意
したこと。
ハ その結果、本件取消処分が決定され、控室で待機していた原告に通知された
が、その間の所要時間は、五分程度であつたこと。
(ii) ところで、道路交通法は、運転免許の取消処分については、公安委員会
が自らこれを行うことを要するものとし、これを警察職員に委任することを許して
いないのであるから、公安委員会を構成する各公安委員が直接資料を検討するか、
少なくともこれに代わる方法をとることによつて、事案を把握したうえ、会議を開
き、その議決によつて取消処分を決定することを要するのは、聴聞の場合と同様で
ある。
しかるに、本件取消処分にあたり、B公安委員だけでなく、C公安委員についても
認定資料に供された捜査記録を検討し、または、これにかえてD警部らの聴聞事務
を補佐する者から捜査記録を検討した結果について説明を受けることにより事案を
十分把握したうえで本件取消処分を決定したと認めるに足りる証拠はないばかりで
なく、かえつて、B公安委員においては、前述したところからすれば、不完全不十
分な説明を受けただけでなく、一部著しく正確性を欠く説明すら受けたまま、本件
取消処分を決定したことがうかがえるのであり、本件取消処分の審査判定手続は、
違法であることを免れない。
そして、被告公安委員会の会議の方法についても、「埼玉県公安委員会運営規則」
(埼玉県公安委員会規則昭和二九年第一号)には、「委員会の運営は、会議の議決
によりこれを行う。」(二条)、「会議は、委員(委員長を含む。)の二名が出席
しなければこれを開くことができない。」(六条)、「委員長は、会議の議長とな
る。会議の議事は、出席委員(委員長を含む。)の過半数でこれを決する。」(七
条)、「災害その他緊急な事態の発生した場合において、会議を招集することがで
きず、又は招集してもこれを開くことができないときは、第二条の規定にかかわら
ず、委員の中の一人が公安委員会の職権を行うことができる。前項の場合による処
置について、当該公安委員は次の会議にこれを報告し、その承認を求めなければな
らない。」(九条)の各規定がおかれており、これらの規定の内容からすると、被
告公安委員会が職権を行使するには、各公安委員が直接一堂に会して会議を開き、
その議決によることを要するのであつて、これと異なり持ちまわりの方法によつて
会議を開き、その議決によつて職権を行使することは、本来予定するところでない
と解される。ことに、本件事案のように、当該取消処分の結果に影響を与える可能
性のある事項のなかに事実認定上微妙なものが含まれ、被処分者においてこれを争
う意思を有しているような場合には、各公安委員が直接一堂に会して慎重に合議す
ることがとりわけ重要であるといわなければならない。
ところが、B公安委員とC公安委員とが直接一堂に会して会議を開き、議決するこ
となく、持ちまわりの方法によつて会議を開き、本件取消処分を決定したことは、
前記認定のとおりであり、既に検討した本件事案の性質内容からすると、このよう
な会議の方法は、合議機関である公安委員会に運転免許の取消処分の権限を与えた
道路交通法の精神にもとるものであるといつてよく、本件取消処分の審査判定手続
は、この点においても違法である。
3 以上要するに、被告公安委員会は、本件取消処分にあたり、形式的には、原告
に対する聴聞を実施したというものの、それには、前述した違法事由が存し、法の
要求する聴聞たる実質をそなえていないといえるばかりでなく、また、審査判定に
おいても、同様に違法事由が存し、法が公安委員会に運転免許の取消処分の権限を
与えた精神にもとるものがあるといえるのであつて、本件取消処分の手続を全体と
してながめるならば、その違法性は、一層明白であるというべきであるから、本件
取消処分は、取消しを免れない。
第三 結語
よつて、原告の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく、正当として
認容すべきものであるので、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用し、
主文のとおり判決する。
(裁判官 野本三千雄 松澤二郎 渡辺 温)

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