弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人古田渉の上告趣意のうち,憲法31条,39条違反をいう点については,
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海
道条例第34号)2条の2第1項4号の「卑わいな言動」とは,社会通念上,性的
道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいうと解され,同条1項柱書きの
「公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅ
う恥させ,又は不安を覚えさせるような」と相まって,日常用語としてこれを合理
的に解釈することが可能であり,所論のように不明確であるということはできない
から,前提を欠き,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本
人の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法40
5条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ,職権で検討するに,原判決の認定及び記録によれば,本件の事
実関係は,次のとおりである。
すなわち,被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時こ
ろ,旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,
女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたっ
て付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ
機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の
臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影した。
以上のような事実関係によれば,被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付
いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとして
も,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかで
あり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせ
るものといえるから,上記条例10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべ
きである。これと同旨の原判断は相当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官田原睦夫の反対意見
があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
私は,本件における被告人の行為は,本件条例2条の2(以下「本条」とい
う。)1項4号の構成要件には該当せず,したがって,被告人は無罪であると思料
する。
1本条は以下のとおり規定している。第2条の2「何人も,公共の場所又は公
共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安
を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。(1)衣服等の上から,又
は直接身体に触れること。(2)衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見
し,又は撮影すること。(3)写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法によ
り,衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見,又は撮影すること。(4)前
3号に掲げるもののほか,卑わいな言動をすること。2何人も,公衆浴場,公衆
便所,公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を
着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を,正当な理由がないのに,
撮影してはならない。」
2本件条例の規定内容から明らかなように,本条1項4号(以下「本号」とい
う。)に定める「卑わいな言動」とは,同項1号から3号に定める行為に匹敵する
内容の「卑わい」性が認められなければならないというべきである。そして,その
「卑わい」性は,行為者の主観の如何にかかわらず,客観的に「卑わい」性が認め
られなければならない。かかる観点から本件における被告人の行為を評価した場
合,以下に述べるとおり,「卑わい」な行為と評価すること自体に疑問が存するの
みならず,被告人の行為が同条柱書きに定める「著しくしゅう恥させ,又は不安を
覚えさせるような行為」には当たるとは認められない。
以下,分説する。
3「臀部」を「視る」行為とその「卑わい」性について
本件では,被告人が被害者とされる女性のズボンをはいている臀部をカメラで撮
影した行為の本号の構成要件該当性の有無が問われているところから,まず,「臀
部」を被写体としてカメラで撮影することの「卑わい」性の有無の検討に先立ち,
その先行概念たる「臀部」を「視る」行為について検討する。
(1)本件では,被害者たる女性のズボンをはいた「臀部」は,同人が通行して
いる周辺の何人もが「視る」ことができる状態にあり,その点で,本条1項2号が
規制する「衣服等で覆われている部分をのぞき見」する行為とは全く質的に異なる
性質の行為である。
(2)また,「卑わい」という言葉は,国語辞典等によれば,「いやらしくてみ
だらなこと。下品でけがらわしいこと」(広辞苑(第6版))と定義され,性や排
泄に関する露骨で品のない様をいうものと解されているところ,衣服をまとった状
態を前提にすれば,「臀部」それ自体は,股間や女性の乳房に比すれば性的な意味
合いははるかに低く,また,排泄に直接結びつくものでもない。
(3)次に,「視る」という行為の側面からみた場合,主観的には様々な動機が
あり得る。「臀部」を視る場合も専ら性的興味から視る場合もあれば,ラインの美
しさを愛でて視る場合,あるいはスポーツ選手の逞しく鍛えられた筋肉たる臀部に
みとれる場合等,主観的な動機は様々である。しかし,その主観的動機の如何が,
外形的な徴憑から窺い得るものでない限り,その主観的動機は客観的には認定でき
ないものである。
もっとも,「臀部を視る」という行為であっても,臀部に顔を近接させて「視
る」場合等には,「卑わい」性が認められ得るが,それは,「顔を近接させる」と
いう点に「卑わい」性があるのであって,「視る」という行為の評価とは別の次元
の行為である。
(4)「臀部を視る」という行為それ自体につき「卑わい」性が認められない場
合,それが,時間的にある程度継続しても,そのことの故をもって「視る」行為の
性質が変じて「卑わい」性を帯びると解することはできない。もっとも,「視る」
対象者を追尾したような場合に,それが度を越して,軽犯罪法1条28号後段の
「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者」として問擬
され得ることは,別の問題である。
(5)小括
以上検討したとおり,「臀部を視る」行為自体には,本条1項1号から3号に該
当する行為と同視できるような「卑わい」性は,到底認められないものというべき
である。
4「写真を撮る」行為と「視る」行為との関係について
人が対象物を「視る」場合,その対象物の残像は記憶として刻まれ,記憶の中で
復元することができる。他方,写真に撮影した場合には,その画像を繰り返し見る
ことができる。しかし,対象物を「視る」行為それ自体に「卑わい」性が認められ
ないときに,それを「写真に撮影」する行為が「卑わい」性を帯びるとは考えられ
ない。その行為の「卑わい」性の有無という視点からは,その間に質的な差は認め
られないものというべきである。
本条1項2号は,上記のとおり「のぞき見」する行為と撮影することを同列に評
価して規定するのであって,本件条例の規定振りからも,本条1項は「視る」行為
と「撮影」する行為の間に質的な差異を認めていないことが窺えるのである。な
お,本条1項3号は,本来目視することができないものを特殊な撮影方法をもって
撮影することを規制するものであって,本件行為の評価において参照すべきもので
はない。もっとも,写真の撮影行為であっても,一眼レフカメラでもって,「臀
部」に近接して撮影するような場合には,「卑わい」性が肯定されることもあり得
るといえるが,それは,撮影行為それ自体が「卑わい」なのではなく,撮影行為の
態様が「卑わい」性を帯びると評価されるにすぎない。
5「卑わい」な行為が被害者をして「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさ
せるような」行為である点について
被告人の行ったカメラ機能付き携帯電話による被害者の臀部の撮影行為が,仮に
「卑わい」な行為に該当するとしても,それが本号の構成要件に該当するというた
めには,それが本条1項柱書きに定める,被害者をして「著しくしゅう恥させ,又
は不安を覚えさせるような行為」でなければならない。なお,その行為によって,
被害者が現に「著しくしゅう恥し,又は不安を覚える」ことは必要ではないが,被
害者の主観の如何にかかわらず,客観的に「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚え
させるような行為」と認められるものでなければならない。
ところで,本条1項の対象とする保護法益は,「生活の平穏」であるところ(本
件条例1条),それと同様の保護法益を保持することを目的とする法律として,軽
犯罪法があり,本件の規制対象行為に類するものとしては,「正当な理由がなくて
人の住居,浴場,更衣場,便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所を
ひそかにのぞき見た者」(1条23号)や,前記の「不安若しくは迷惑を覚えさせ
るような仕方で他人につきまとった者」(1条28号後段)が該当するところ,法
定刑は,軽犯罪法違反は拘留又は科料に止まるのに対し,本条違反は6月以下の懲
役又は50万円以下の罰金が科されるのであって,その法定刑の著しい差からすれ
ば,本条1項柱書きに定める「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる行為」
とは,軽犯罪法が規制する上記の各行為に比して,真に「著しく」「しゅう恥,又
は不安」を覚えさせる行為をいうものと解すべきものである。
6本件における被告人の行為
原判決が認定するところによれば,被告人は被害者の背後を約5分間,約40m
余り追尾して,その間カメラ機能付きの携帯電話のカメラを右手で所持して自己の
腰部付近まで下げて,レンズの方向を感覚で被写体に向け,約3mの距離から約1
1回にわたって被害者の臀部等を撮影したというものである。
そこで,その被告人の行為について検討するに,その撮影行為は,カメラを構え
て眼で照準を合わせて撮影するという,外見からして撮影していることが一見して
明らかな行為とは異なり,外形的には撮影行為自体が直ちに認知できる状態ではな
く,撮影行為の態様それ自体には,「卑わい」性が認められないというべきであ
る。
また,その撮影行為は,用いたカメラ,撮影方法,被写体との距離からして,被
写体たる被害者をして,不快の念を抱かしめることがあり得るとしても,それは客
観的に「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」とは評価し得な
いものというべきである。
加えるに,4で検討したとおり,「臀部」を撮影する行為それ自体の「卑わい」
性に疑義が存するところ,原判決に添付されている被告人が撮影した写真はいずれ
も被害者の臀部が撮影されてはいるが,腰の中央部から下半身,背部から臀部等を
撮影しているものであって,「専ら」臀部のみを撮影したものとは認められず,そ
の画像からは,一見して「卑わい」との印象を抱くことのできないものにすぎな
い。
7結論
以上,検討したところからすれば,被告人の本件撮影行為それ自体を本号にいう
「卑わい」な行為と評価することはできず,また,仮に何がしかの「卑わい」性が
認め得るとしても本条1項柱書きにいう「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさ
せる」行為ということはできないのであって,被告人は無罪である。
(裁判長裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官那須弘平裁判官
田原睦夫裁判官近藤崇晴)

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