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平成15年(行ケ)第357号 審決取消請求事件
平成16年9月13日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 大福製紙株式会社
 原 告 株式会社箔一
 原告ら訴訟代理人弁護士 神戸正雄
 原告ら訴訟代理人弁理士 恩田博宣,小林徳夫,佐橋信哉,松田洋,正木美穂
子,木村達矢,恩田誠,桑垣衛,中嶋恭久
 被 告 高岡商事株式会社
 被 告 三木特種製紙株式会社
 被告ら訴訟代理人弁護士 大場常夫
 被告ら訴訟代理人弁理士 中澤健二
     主    文
 原告らの請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。
     事実及び理由
第1 原告らの求めた裁判
 「特許庁が無効2000-35284号事件について平成15年7月4日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,特許を無効とする審決の取消しを求める事件であり,原告らは無効とさ
れた特許の特許権者,被告らは上記特許に対する無効審判の請求人である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 原告らは,発明の名称を「高吸油化粧用脂取り紙及びその製造方法」とする
特許第3019249号(平成8年6月14日に出願,平成12年1月7日に設定
登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
 (2) 被告らは,平成12年5月29日,本件特許について無効審判の請求をした
(無効2000-35284号事件)。これに対し,原告らは,平成14年7月2
6日に明細書の訂正(以下「本件訂正」という。甲4)を請求し,同年11月21
日に上記訂正の請求書を補正し(甲9),さらに,平成15年2月10日に再度明
細書を補正した(甲3)。
 (3) 特許庁は,平成15年7月4日,「特許第3019249号の請求項1~6
についての特許を無効とする。」との審決をし,同月15日,その謄本を原告らに
送達した。
 2 本件発明の要旨
 (1) 本件訂正請求による訂正前の発明の要旨(甲2)
 【請求項1】植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙
時,線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に凹凸層
が設けられていることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項2】一層はフラットで他の層に凹凸層がある請求項1に記載の高吸油化
粧用脂取り紙。
 【請求項3】凹凸層に填料が混在する請求項1又は請求項2に記載の高吸油化粧
用脂取り紙。
 【請求項4】紙密度が0.7~1.2g/cm3
で請求項1乃至請求項3のうちい
ずれかに記載の高吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項5】紙の表面層に金粉を混在させた請求項1乃至請求項4のうちいずれ
かに記載の高吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項6】植物繊維を主成分とする原料を抄紙機にて2層を抄紙し,前記抄紙
機は線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網で片面又は両面に凹凸層を
形成することを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方法。
 (2) 本件訂正請求による訂正後の発明の要旨(下線を付した部分が訂正箇所。甲
4,9。平成14年11月21日付け補正によるもの。同補正は,本件訂正におい
て訂正,削除した請求項の項数を補正するもので,これによる発明の要旨の変更は
ない。)
 【請求項1】植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙時
に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面
に凹凸層が設けられ,紙密度が0.7~1.2g/であることを特徴とする高
吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項2】一層はフラットで他の層に凹凸層がある請求項1に記載の高吸油化
粧用脂取り紙。
 【請求項3】凹凸層に填料が混在する請求項1又は請求項2に記載の高吸油化粧
用脂取り紙。
 【請求項4】紙の表面層に金粉を混在させた請求項1乃至請求項3のうちいずれ
かに記載の高吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項5】植物繊維を主成分とする原料を抄紙機にて2層を抄紙する高吸油化
粧用脂取り紙の製造方法であって,前記抄紙機は線経0.1~1.0mmで5~4
0メッシュの抄網を用いて抄紙の片面又は両面に凹凸層を形成し,紙密度を0.7
~1.2g/とすることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方法。
 (3) 平成15年2月10日付け補正後の発明の要旨(下線を付した部分が補正箇
所。甲3)
 【請求項1】植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙時
に抄紙機にて,線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両
面に凹凸層が設けられ,かつ,紙密度が0.7~1.2g/cm3
であることを特徴
とする高吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項2】一層はフラットで他の層に凹凸層がある請求項1に記載の高吸油化
粧用脂取り紙。
 【請求項3】凹凸層に填料が混在する請求項1又は請求項2に記載の高吸油化粧
用脂取り紙。
 【請求項4】紙の表面層に金粉を混在させた請求項1乃至請求項3のうちいずれ
かに記載の高吸油化粧用脂取り紙。
 【請求項5】植物繊維を主成分とする原料を抄紙機にて2層を抄紙する高吸油化
粧用脂取り紙の製造方法であって,前記抄紙機は線経0.1~1.0mmで5~4
0メッシュの抄網を用いて抄紙の片面又は両面に凹凸層を形成し,かつ,紙密度を
0.7~1.2g/cm3
とすることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方
法。
 3 審決の理由の要点
 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,平成15年2月10日付補正
は,訂正請求書の要旨を変更するものであると認められるから,特許法134条5
項で準用する特許法131条2項の規定により,採用することができず,また,本
件訂正請求による訂正は,実質上,特許請求の範囲を拡張するものであり,同法1
34条5項において準用する同法126条3項の規定に適合しないから,認められ
ないとした上,本件明細書は,凹凸層が設けられた高吸油化粧用脂取り紙に関し
て,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているとは
認められず,また,特許請求の範囲の記載に不備があり,本件特許は,特許法36
条4項,6項2号の規定を満足していない特許出願に対してなされたものであるか
ら,同法123条1項4号の規定によって,無効とすべきである,というものであ
る。
 (1) 訂正請求の適否について
 ア 平成15年2月10日付補正について
 該手続補正は,「かつ,」の加入により,補正前の訂正事項とは異なることにな
り,訂正請求書の要旨を変更するものであると認められるから,特許法134条5
項で準用する特許法131条2項の規定により,採用することができない。
 イ 平成14年7月26日付訂正請求について
  (ア) 訂正事項a(請求項1の記載の訂正)
 訂正事項aは,訂正前の請求項1「植物繊維を主成分とする原料からなる二層の
抄紙であって,抄紙時,線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片
面又は両面に凹凸層が設けられていることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙。」
を「植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙時に抄紙機に
て線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に凹凸層が
設けられ,紙密度が0.7~1.2g/cm3
であることを特徴とする高吸油化粧用
脂取り紙。」と訂正することにより,(1)抄紙時に抄紙機にて特定の抄網により凹凸
層が設けられること,及び,(2)紙密度が0.7~1.2g/cm3
であることを特
定するものである。
 しかし,訂正後の請求項1には,抄紙時に抄紙機にて特定の抄網により設けられ
た凹凸層と,紙密度0.7~1.2g/cm3
の関係は,明確には規定されていな
い。そのため,訂正後の請求項1に係る発明は,所定の紙密度(0.7~1.2g
/cm3
)に高密度化する処理により,抄紙時の(特定の抄網にて設けられた)「凹
凸層」の凹凸が変形を受け,該「凹凸層」が失われる場合,すなわち,高吸油化粧
用脂取り紙において,「抄紙時の(特定の抄網にて設けられた)凹凸層」が失われ
る場合を包含していると認められる。
 上記したように,訂正後の請求項1に係る発明の高吸油化粧用脂取り紙は,「抄
紙時に特定の抄網にて設けられた凹凸層」が失われる場合を包含すると解釈される
から,上記訂正事項aによる訂正は,実質上,特許請求の範囲を拡張するものであ
ると認められる。
 (イ) 訂正事項c(請求項5の記載の訂正)
 訂正事項cによる訂正は,請求項6を請求項5とし,「請求項5 植物繊維を主
成分とする原料を抄紙機にて2層に抄紙する高吸油化粧用脂取り紙の製造方法であ
って,前記抄紙機では線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網を用いて
抄紙の片面又は両面に凹凸層を形成し,紙密度を0.7~1.2g/cm3
とするこ
とを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方法。」とするものであるが,上記(ア)
で述べた理由と同様の理由により,高吸油化粧用脂取り紙は,凹凸層と紙密度の関
係上,「抄紙時の(特定の抄網にて設けられた)凹凸層」が失われる場合を包含す
ることになるから,訂正事項cによる訂正は,実質上,特許請求の範囲を拡張する
ものであると認められる。
 (ウ) 訂正事項a及びcによる訂正は,実質上,特許請求の範囲を拡張するもので
あり,本件訂正請求は,特許法134条5項において準用する同法126条3項の
規定に適合しないから,訂正は認められない。
 (2) 無効理由について
 ア 判断
 本件の高吸油化粧用脂取り紙は,皮脂の吸収量を増大させること及び使用後の透
明感が非常に高いという,発明の作用効果を同時に満足するためには,化粧用脂取
り紙として片面又は両面に凹凸層を有するとともに,所定の密度に高密度化されて
いる必要があるとされているところ(摘示記載a-1,a-4及びa-8参照),
抄紙時に特定の抄網(線径0.1~1.0mmで5~40メッシュ)を使用して抄
紙工程で形成した凹凸層を有する紙に対して,箔打ちやスーパーキャレンダーなど
により高密度化のための処理を施せば,該凹凸層の凹凸は,技術常識上,平滑化処
理を受けることになるから,抄紙され,箔打ちやスーパーキャレンダーなどにより
高密度化のための処理を施された,化粧用脂取り紙は,高密度化のための処理の前
後で,凹凸層の凹凸は変化することになる。
 化粧用脂取り紙の片面又は両面にある凹凸層の凹凸が,スーパーカレンダーや箔
打ちなどによる処理を受けて,平滑化されたと把握される場合のものと,箔打ちな
どによる処理を受けても「化粧用脂取り紙の片面又は両面に凹凸層がある」と把握
される場合のものを,明確に区別する基準(凹凸の定義)の記載がないから,本件
明細書は,凹凸層が設けられた高吸油化粧用脂取り紙に関して,当業者がその実施
をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているとはいえないと認められ
る。
 凹凸層に関して,被請求人の「抄紙時に比べて高密度化されたことにより適度な
凹凸層が形成されたと解釈すべき」,「抄紙段階において凹凸層を形成しており,
この状態でスーパーカレンダーによる処理を行っても,抄紙時の凹凸層が全くなく
なり凹凸層のない層(平滑層)が形成されることはあり得ない」,「滑らかな凹凸
状態の化粧用脂取り紙に対して箔打ち等を行った場合には,凹凸層全体がほぼ均一
に高密度化されることとなり,エンボス加工を行った場合のような極端な密度差は
生じない」等の主張は,明細書の記載に基づくものではない上に,凹凸層の凹凸に
ついてその内容を明確に示しているとはいえないので,採用することはできない。
 イ 当審が通知した無効理由について
 被請求人は,訂正請求により,無効理由通知に対応したが,該訂正請求が認めら
れないことは,上記(1)のイに示したとおりであるから,特許請求の範囲に特許を受
けようとする発明が明確であるとはいえないとした,明細書の記載不備(請求項1
の「凹凸層が設けられている高吸油化粧用脂取り紙」に関して,「凹凸層が設けら
れている高吸油化粧用脂取り紙」の凹凸を規定する記載はないから,凹凸層の「凹
凸」はどの程度のものか明確でなく,請求項6の「前記抄紙機は線経0.1~1.
0mmで5~40メッシュの抄網で片面又は両面に凹凸層を形成すること」の記載
内容が明確でない)は,解消していない。
 また,被請求人は,意見書において,「請求項1に記載における化粧用脂取り紙
に形成される「凹凸層」の凹凸とは,抄網の金網等により場所毎に繊維の多寡が生
ずることによる厚みの違いを意味している,すなわち,紙面上において,抄紙時に
金網がない場所では繊維(繊維間の空隙も含む)が多く抄かれて凸部となり,金網
のある場所ではこの金網により繊維が少なく抄かれて凹部となり,この金網の有無
に基づく繊維の多寡により凹凸が生じ凹凸層として認識される。また,紙の密度を
0.7~1.2g/cm3
とするには紙の厚み方向から加圧を行う必要があり,この
場合,加圧により個々の繊維それ自体が圧縮されるのではなく,繊維間に存在する
空隙が押しつぶされて,化粧用脂取り紙全体としてみかけ上の密度が高まることに
なる。とすれば,抄紙後も加圧処理を施して凹凸が変化する場合であっても,抄網
のメッシュ数及び線径が特定されることにより抄紙時に形成される凹凸層の凹凸が
定義され,かつ目的とする紙密度が規定されれば,最終製品である化粧用脂取り紙
に設けられている凹凸層の凹凸は一義的に決まるから,本件発明の化粧用脂取り紙
に設けられている凹凸層の凹凸の内容は何ら不明確なものではない」旨主張する
が,明細書の記載に基づくものではないから採用することはできない。
 また,高吸油化粧用脂取り紙における「凹凸」に関して,凹凸は,繊維の多寡に
よることは,当業者が本件明細書の記載に基づいて導き出せる事項であり,明細書
に記載された事項に等しい事項である旨主張するが,仮に,被請求人の主張のよう
に,金網の有無に基づく繊維の多寡により凹凸が生じ,抄網の金網等により場所毎
に繊維の多寡が生ずることによる厚みの違いを意味しているとすると,金網の線径
とメッシュの範囲では本件請求項1とは異なるものの,同じように抄網の金網(線
径0.132mm,90メッシュ)を使用して片面に「凹凸のない層」を形成した
ことを明記している実施例1(摘示記載a-9参照)でも,抄網の金網等により場
所毎に繊維の多寡が生ずることによる厚みの違いが生じ,「凹凸」があることにな
るから,明細書の「凹凸のない層」を形成したとの記載と矛盾するから,被請求人
の主張は採用することはできない。
 したがって,請求項1,請求項1を引用して限定している請求項2~5,及び請
求項6に係る発明は,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず,本件特
許は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してな
されたものである。
 (3) 結論
 以上のとおり,本件特許は,特許請求の範囲の記載に不備があり,特許法36条
4項,6項2号の規定を満足していない特許出願に対してなされたものであるか
ら,その他の無効理由について検討するまでもなく,特許法123条1項4号の規
定によって,無効とすべきものである。
第3 当事者の主張
 1 原告ら主張の審決取消事由の要点
 (1) 取消事由1(本件訂正の適否についての判断の誤り)
 ア 審決は,訂正事項a(請求項1の記載の訂正)による訂正が,訂正前の請求
項1を訂正するものであるとして,訂正の適否を判断したが,誤りである。
 訂正が実質上特許請求の範囲を拡張するものであるか否かを判断するためには,
訂正前の発明の認定が必須であり,訂正前の明細書及び図面の記載を基準として判
断すべきである。訂正事項aによる訂正は,訂正前の請求項1の記載に訂正前の請
求項4の紙密度に関する記載を追加した内容であって,従属形式の請求項4を独立
形式に書き改めたものであるから,訂正の適否の判断において比較すべきは,訂正
前の請求項4と訂正後の請求項1である。しかるに,審決は,訂正前の請求項4に
係る発明の認定を行うことなく,訂正後の請求項1に係る発明のみを認定し,訂正
事項aによる訂正が実質上特許請求の範囲を拡張すると判断した。
 イ 審決は,「訂正後の請求項1には,抄紙時に抄紙機にて特定の抄網により設
けられた凹凸層と,紙密度0.7~1.2g/cm3
の関係は,明確には規定されて
いない」として,訂正後の請求項1に係る発明の高吸油化粧用脂取り紙は,「抄紙
時に特定の抄網にて設けられた凹凸層」が失われる場合を包含すると解釈されるか
ら,訂正事項a及びcによる訂正は実質上特許請求の範囲を拡張するものであると
判断したが,誤りである。
 訂正後の請求項1の「凹凸層が設けられる」と「紙密度が・・・である」とは,
「形状」と「密度」という全く異質な要件であって,直列的に記載されているか
ら,凹凸層が設けられている高吸油化粧用脂取り紙であって,紙密度が0.7~
1.2g/cm3
である高吸油化粧用脂取り紙というように,両要件は互いに両立し
合う対等なものとして解釈されるべきであり,これらの関係は何ら不明確なもので
はない。そして,訂正事項aによる訂正は,先に述べたように,訂正前の請求項1
の記載に訂正前の請求項4の紙密度に関する記載を追加した内容であって,従属形
式の請求項4を独立形式に書き改めたものであるから,訂正後の請求項1は訂正前
の請求項4そのものであり,訂正事項aによる訂正は,実質上特許請求の範囲を拡
張するものではない。また,同じ理由で,訂正事項cによる訂正も,実質上特許請
求の範囲を拡張するものではない。
 (2) 取消事由2(特許法36条についての判断の誤り)
 ア 特許法36条4項について
 本件発明の高吸油化粧用脂取り紙について,明細書の発明の詳細な説明に,紙の
坪量,抄紙時における抄網の線径及びメッシュ数を明確に開示し,かつ,その後の
紙密度の範囲も,高密度化の方法を例示しながら明確に記載しているから,当業者
であれば明細書の記載を参照して本件発明の高吸油化粧用脂取り紙を製造すること
ができる。そして,本件発明を実施して得られた「高吸油化粧用脂取り紙」(検甲
13)には,凹凸層が形成されていることが確認できるのである。
 イ 特許法36条6項2号について
 本件発明の高吸油化粧用脂取り紙について,明細書の特許請求の範囲に,抄紙時
における抄網の線径及びメッシュ数を明確に特定し,かつ,その後の紙密度の範囲
もまた,明確に特定しているから,この構成を通じて得られる高吸油化粧用脂取り
紙に形成された凹凸層の凹凸は何ら不明確なものでない。いいかえれば,本件発明
の高吸油化粧用脂取り紙の凹凸層の凹凸は,形成手段である抄網のサイズを5~4
0メッシュで線径0.1~1.0mmと規定することにより,間接的に定義されて
いる。
 2 被告らの反論の要点
 (1) 取消事由1(訂正の適否についての誤り)に対して
 ア 審決は,訂正前の請求項4と訂正後の請求項1とを比較して,訂正前の請求
項4に係る発明が不明確であると判断しているから,審決に誤りはない。
 イ 抄紙工程により形成された凹凸層が高密度化工程により圧縮を受けてその凹
凸の高さが変化することは当業者に自明のことである。抄紙工程で形成された凹凸
層を有する紙を高密度化工程によって凹凸層の凹凸に与える影響をどの程度まで許
容し得るのかについては明細書に何の記載もなく,高密度化工程に付す前の紙の密
度も限定されていないことからみても,訂正後の高吸油化粧用脂取り紙は,高密度
化工程により抄紙工程で形成された凹凸層の凹凸がなくなる場合を包含するから,
訂正事項a及びcによる訂正は実質的に特許請求の範囲を拡張するものである。
 また,訂正前の請求項4は請求項1の従属形式で記載されているが,抄紙工程で
形成された凹凸層の凹凸と紙密度との関係,つまり,抄紙工程で形成された凹凸層
の凹凸が高密度化工程後にそのまま保持されるか否かについては,明細書の記載に
徴しても明確でなく,訂正事項aは,このような不明確な記載を,明細書の記載を
根拠とすることなく明確化しようとするものであるから,これによる訂正は実質的
に特許請求の範囲を拡張あるいは変更するものである。
 (2) 取消事由2(特許法36条についての判断誤り)に対して
 ア 特許法36条4項について
 抄紙後の箔打ちやスーパーカレンダーなどにより高密度化のための処理を行え
ば,凹凸層の凹凸は,技術常識上,平滑化処理を受けることになるから,抄紙され
高密度化のための処理を施された化粧用脂取り紙は,高密度化のための処理の前後
で凹凸層の凹凸が変化する。しかし,明細書の発明の詳細な説明には,抄紙時にお
ける抄網の線径及びメッシュ数及びその後の紙密度が,本件発明の高吸油化粧用脂
取り紙の凹凸層の凹凸を区別する基準となるかについて,何の記載もなく,明らか
でないから,当業者が明細書の記載を参照して本件発明の高吸油化粧用脂取り紙を
製造することはできない。
 イ 特許法36条6項2号について
 明細書の全記載を参酌しても,箔打ち機やスーパーカレンダー等により高密度化
のための処理による,凹凸層の凹凸への影響が不明確である。抄紙時に形成された
凹凸層の凹凸が,高密度化のための処理の後にどの程度残存していれば,明細書の
段落【0040】記載の発明の効果を奏するものなのかも不明であり,また,0.
7~1.2g/cm3
という紙密度と高密度化処理による凹凸層の凹凸の変化との関
係も不明である。
 原告らは,本件発明の高吸油化粧用脂取り紙の凹凸層の凹凸は,抄網のサイズを
規定することにより,間接的に定義されていると主張するが,何故に間接的に定義
されることになるのか不明であるし,何故間接的に定義されれば明確であるといえ
るのか理解できない。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(訂正の適否についての誤り)について,判断する。
 (1) 訂正事項a(請求項1の記載の訂正)について
 ア 本件訂正における訂正事項aは,請求項1の記載を次のように訂正しようと
いうものである(甲4,9)。
「【請求項1】植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙時
に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面
に凹凸層が設けられ,紙密度が0.7~1.2g/cm3
であることを特徴とする高
吸油化粧用脂取り紙。」
 イ 他方,訂正前の請求項1及び4の記載は,次のとおりである(甲2)。
「【請求項1】植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙
時,線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に凹凸層
が設けられていることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙。」
「【請求項4】紙密度が0.7~1.2g/cm3
で請求項1乃至請求項3のうちい
ずれかに記載の高吸油化粧用脂取り紙。」
 ウ 訂正前の請求項4は,請求項1を引用して記載されているから,請求項1に
記載された「植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,抄紙時,
線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に凹凸層が設
けられていること」に加えて,「紙密度が0.7~1.2g/cm3
で(あるこ
と)」との両方の要件を有することを特徴とする「高吸油化粧用脂取り紙」であ
る。
 そうすると,訂正後の請求項1は,発明を特定するための事項が,「線径」,
「抄紙機にて」の記載を除き,訂正前の請求項4と一致する。そして,「線径」の
記載は,誤記であることが明らかな「線経」を訂正するものであり,また,「抄紙
機にて」の記載は,訂正前の請求項4において,凹凸層を設ける手段を限定したも
のであるから,訂正事項aは,誤記を訂正するとともに,訂正前の請求項4を減縮
して,請求項1とするものであると解するのが相当である。したがって,訂正事項
aによる訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張するものであるということはできな
い。
 (2) 訂正事項c(請求項5の記載の訂正)について
 ア 訂正事項cは,請求項5の記載を次のように訂正しようというものである
(甲4,9)。
「【請求項5】植物繊維を主成分とする原料を抄紙機にて2層に抄紙する高吸油化
粧用脂取り紙の製造方法であって,前記抄紙機では線径0.1~1.0mmで5~
40メッシュの抄網を用いて抄紙の片面又は両面に凹凸層を形成し,紙密度を0.
7~1.2g/cm3
とすることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方法。」
 イ 他方,上記請求項5に対応することが明らかな訂正前(登録時)の請求項6
の記載は,次のとおりである(甲2)。
「【請求項6】植物繊維を主成分とする原料を抄紙機にて2層を抄紙し,前記抄紙
機は線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網で片面又は両面に凹凸層を
形成することを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方法。」
 ウ 訂正事項cの訂正箇所のうち,「線径」の記載は,誤記であることが明らか
な「線経」を訂正するにとどまり,また,「する高吸油化粧用脂取り紙の製造方法
であって」,「を用いて抄紙の」の記載は,訂正前の記載を明りょうにしたにとど
まるものであり,さらに,「紙密度を0.7~1.2g/cm3
とする」の記載は,
発明を特定する事項を直列的に付加したものと認められるから,訂正事項cは,誤
記を訂正し,明りょうでない記載を釈明し,さらに訂正前の請求項6を減縮して,
請求項5とするものであると解するのが相当である。したがって,訂正事項cによ
る訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張するものであるということはできない。
 (3) 被告らは,訂正後の高吸油化粧用脂取り紙は,高密度化工程により抄紙工程
で形成された凹凸層の凹凸がなくなる場合を包含するから,訂正事項a及びcによ
る訂正は実質的に特許請求の範囲を拡張すると主張する。しかし,訂正後の請求項
1は,上記判示のとおり,発明を特定するための事項が,「線径」,「抄紙機に
て」の記載を除き,訂正前の請求項4と一致するから,訂正後の請求項1に係る高
吸油化粧用脂取り紙が,高密度化工程により抄紙工程で形成された凹凸層がなくな
る場合を包含するというのであれば,訂正前の請求項4に係る高吸油化粧用脂取り
紙も,同様に高密度化工程により抄紙工程で形成された凹凸層の凹凸がなくなる場
合を包含しているはずである。また,訂正前の請求項6には,「紙密度が0.7~
1.2g/cm3
」であるものも含まれているから,訂正後の請求項5に係る高吸油
化粧用脂取り紙が,高密度化工程により抄紙工程で形成された凹凸層がなくなる場
合を包含するというのであれば,訂正前の請求項6に係る高吸油化粧用脂取り紙
も,同様に高密度化工程により抄紙工程で形成された凹凸層がなくなる場合を包含
しているはずである。そうであれば,訂正後の高吸油化粧用脂取り紙が,高密度化
工程により抄紙工程で形成された凹凸層がなくなる場合を包含するとしても,訂正
事項a及びcによる訂正が実質的に特許請求の範囲を拡張するものということはで
きないから,被告らの上記主張は,採用することができない。
 また,被告らは,抄紙工程で形成された凹凸層が高密度化工程後にそのまま保持
されるか否かについては,明細書の記載に徴しても明確でなく,訂正事項aは,こ
のような不明確な記載を,明細書の記載を根拠とすることなく明確化しようとする
ものであるから,これによる訂正は実質的に特許請求の範囲を拡張あるいは変更す
ると主張する。しかし,訂正後の請求項1は,上記判示のとおり,発明を特定する
ための事項が,「線径」,「抄紙機にて」の記載を除き,訂正前の請求項4と一致
するのであるから,訂正事項aは,抄紙工程で形成された凹凸層の凹凸が高密度化
工程後にそのまま保持されるか否かについて,これを格別変更するものではない。
被告らの上記主張は,採用することができない。
 (4) したがって,訂正事項a及びcによる訂正が実質上特許請求の範囲を拡張す
るものであることを理由に本件訂正を認めないとした審決の判断は,誤りであると
いわなければならない。
 2 そうすると,審決は,本件訂正を認めた上,訂正後の本件発明について,無
効理由があるか否かを判断すべきであったものである。
 (1) ところで,本件において,審決は,被告らが主張する無効理由について,本
件発明の要旨が,前記第2の2の(1)のとおりであると認定し,さらに,明細書に,
a-1.「【発明が解決しようとする課題】従来の技術で使用されている,化粧用
脂取り紙は手漉きのため量産するには限界があり,最近では靭皮繊維に特殊な無機
填料,例えば,クレー,タルク,カオリン,炭酸カルシウム,酸化チタン等を混合
させた後,特殊な定着剤を投入した後,抄紙し更に化粧紙として使用後の透明性を
上げるため,名塩紙のような高密度になるようにキャレンダー等により処理を行
い,量産使用されている。しかし現行の化粧用脂取り紙では,使用後の透明性が高
く油脂分が取れた様に見えるが,2回,3回と繰り返しても完全に顔面の油脂分が
取れない問題点がある。この発明は1回の使用で真の皮脂の高吸収性があり更に使
用後の透明性が高い特性が得られる高吸油化粧用脂取り紙及びその製造方法を提供
することにある。」(【0004】~【0006】),a-4.「請求項4の発明
は,請求項1乃至請求項3のうちいずれかにおいて,紙密度が0.7~1.2g/
cm3
であることをその要旨としている。0.7~1.2g/cm3
の範囲である
と,高吸油し,更に使用後非常に透明性が上がる。紙密度が0.7g/cm3
未満の
場合は,使用後の透明性が悪くなり,1.2g/cm3
を越えると,生産が困難とな
るため好ましくない。」(【0014】),a-8.「使用後の透明性を上げるに
は密度を0.7~1.2g/cm3
と高密度化する必要があり,所定の寸法に裁断し
た後,箔打ち工程で数百回~数千回の処理を行う。なお,箔打ち工程の代りにスー
パーキャレンダー及び高圧プレス等により紙の密度を向上する方法もある。」
(【0022】)などの記載がされているとした上,「本件の高吸油化粧用脂取り
紙は,皮脂の吸収量を増大させること及び使用後の透明感が非常に高いという,発
明の作用効果を同時に満足するためには,化粧用脂取り紙として片面又は両面に凹
凸層を有するとともに,所定の密度に高密度化されている必要があるとされている
ところ(摘示記載a-1,a-4及びa-8参照),抄紙時に特定の抄網(線径
0.1~1.0mmで5~40メッシュ)を使用して抄紙工程で形成した凹凸層を
有する紙に対して,箔打ちやスーパーキャレンダーなどにより高密度化のための処
理を施せば,該凹凸層の凹凸は,技術常識上,平滑化処理を受けることになるか
ら,抄紙され,箔打ちやスーパーキャレンダーなどにより高密度化のための処理を
施された,化粧用脂取り紙は,高密度化のための処理の前後で,凹凸層の凹凸は変
化することになる。」ことを理由の一つに掲げて,「本件明細書は,凹凸層が設け
られた高吸油化粧用脂取り紙に関して,当業者がその実施をすることができる程度
に明確かつ十分に記載しているとはいえない」として,本件発明が特許法36条4
項の規定を満足していないと判断している。
 (2) そうすると,審決は,訂正前の請求項4に係る発明を中心にして,これをを
包含する訂正前の請求項1及び訂正前のその他の請求項に係る各発明の実施可能要
件について判断しているものである。ところで,訂正後の請求項1は,上記判示の
とおり,発明を特定するための事項が,「線径」,「抄紙機にて」の記載を除き,
訂正前の請求項4と一致するところ(なお,「線径」の記載は,誤記であることが
明らかな「線経」を訂正するものであるにすぎない。),審決は,「抄紙機」の記
載のない訂正前の請求項1ないし5の実施可能要件についても,「抄紙機」の記載
のある訂正前の請求項6の実施可能要件についても,何ら区別することなくまとめ
て判断しているから,結局,審決の上記判断は,「抄紙機」の記載が加わった訂正
後の請求項1,これを引用する訂正後の請求項2ないし4及び訂正後の請求項5に
係る各発明についても,そのまま妥当するものと解される。そうであれば,訂正後
の請求項1ないし5に係る各発明の実施可能要件について,特許庁の判断が既に示
されているということができる。なお,原告らも,「抄紙機」の記載のない訂正前
の請求項1~5の実施可能要件についても,「抄紙機」の記載のある訂正前の請求
項6の実施可能要件についても,区別することなくまとめて主張し,被告らも,同
様にこれを区別することなくまとめて反論している。
 (3) 以上の事情にかんがみると,訂正の適否の判断が誤っていたことをもって,
直ちに審決を取り消すべきではなく,訂正後の本件発明について,無効理由がある
か否かを判断することができると解するのが相当である。
 3 そこで,取消事由2(特許法36条についての判断誤り)について,判断す
る。
 (1) 訂正後の請求項1の内容について
 ア 訂正後の請求項1を分節すると,次のとおりである。
A 植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,
B 抄紙時に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片
面又は両面に凹凸層が設けられ,
C 紙密度が0.7~1.2g/cm3
である
D ことを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙。
 Bの要件は,物の発明である「高吸油化粧用脂取り紙」をその製造方法により特
徴づけるものであるが,この要件は「高吸油化粧用脂取り紙」が,「抄紙時に抄紙
機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に設け
られた凹凸層を有する」ものであることを意味すると解すべきである。そうする
と,訂正後の請求項1は,Aにより原料が植物繊維を主成分とすること及び二層で
あることが,Bにより特定の凹凸層を有することが,Cにより特定の紙密度である
ことが,それぞれ明示されているところ,AないしCは,「高吸油化粧用脂取り
紙」を特徴づける,互いに異なる独立した要件であることが明らかであるから,訂
正後の請求項1に係る発明は,A,B,Cの要件を同時に満足する「高吸油化粧用
脂取り紙」であると解するのが相当である。
 イ 訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
 「この発明は1回の使用で真の皮脂の高吸収性があり更に使用後の透明性が高い
特性が得られる高吸油化粧用脂取り紙及びその製造方法を提供することにある。」
(【0006】)
 「凹凸層がない脂取り紙の場合,紙の厚さ方向のみで吸油するため,紙の厚さに
より吸油量が制限される。・・・紙の片面又は両面に凹凸層がある場合には,その
凹部に皮脂が吸収され,凹凸層面の表層部並びに紙の厚さ方向にて吸油され高い吸
油量が得られるため,特に顔面等の皮脂の多い場合一枚のみの使用でも十分な効果
が得られる。」(【0009】)
 「線径0.1mmから1.0mmの範囲で,かつ5メッシュ~40メッシュの範
囲の抄網を使用すると,凹凸層による吸油量及び紙層形成の点で好ましい。0.1
mm未満の線径では,吸油量が増加しないため好ましくなく,1.0mmを越す
と,紙層形成及び強度の点でよくない。又,5メッシュ未満では,吸油量の点で好
ましくなく,40メッシュを越えると,凹凸層が形成できず好ましくない。また,
0.7~1.2g/cm3
の範囲であると,高吸油し,更に使用後非常に透明性が上
がる。紙密度が0.7g/cm3
未満の場合は,使用後の透明性が悪くなり,1.2
g/cm3
を越えると,生産が困難となるため好ましくない。」(【0011】)
 以上の記載によれば,訂正後の請求項1に係る発明の目的は,「皮脂の高吸収
性」及び「使用後の透明性の高い特性」が得られる高吸油化粧用脂取り紙を提供す
ることにあるところ,「皮脂の高吸油性」は,特定の線径及びメッシュ範囲の抄網
にて設けられた凹凸層があることによって達成され,「使用後の透明性の高い特
性」は,特定の紙密度であることによって達成されること,すなわち,訂正後の請
求項1に係る発明の上記2つの目的は,B及びCの要件によって,それぞれ独立に
達成されるものであることが認められる。
 (2) 訂正後の明細書(甲4)の発明の詳細な説明が,上記のように解される訂正
後の請求項1に係る発明について,当業者が実施することができる程度に明確かつ
十分に記載されているといえるか否かについて検討する。
 ア 訂正の明細書(甲4)の発明の詳細な説明には,高密度化する方法として,
「使用後の透明性を上げるには密度を0.7~1.2g/cm3
と高密度化する必要
があり,所定の寸法に裁断した後,箔打ち工程で数百回~数千回の処理を行う。な
お,箔打ち工程の代りにスーパーキャレンダー及び高圧プレス等により紙の密度を
向上する方法もある。」(【0022】)と記載され,また,高吸油化粧用脂取り
紙の製造方法に関しては,実施例1に,線径0.2mmで16メッシュの抄網を使
用し,片面側に凹凸層を設けた後,スーパーキャレンダーにて密度1.0g/cm3
の化粧用脂取り紙とすることが記載され(【0023】ないし【0025】),実
施例2に,線径0.3mmで20メッシュの金網を使用して凹凸層を形成した後,
熱キャレンダーを用いて処理し,抗菌化粧紙を得ることが記載され(【0032】
ないし【0036】),実施例3に,線径0.2mmで20メッシュの金網を使用
して抄き合わせにて両面凹凸層がある紙を抄紙した後,熱キャレンダーを用いて密
度1.0g/cm3
の化粧用脂取り紙とすることが記載されている(【0037】~
【0038】)ように,実施例においては,いずれも,特定の線径及びメッシュ範
囲の抄網を用いて凹凸層を設けた後に,スーパーキャレンダーや熱キャレンダーを
用いて高密度化する方法が記載されている。
 イ ところで,乙1の審判請求書に甲第9号証として添付された文献(昭和45
年9月18日発行の紙パルプ技術協会編「仕上・化繊紙・合成紙・塗工」7頁)に
は,「スーパーカレンダー(SuperCalender)は光沢機と翻訳されているが,紙面
に強い光沢を与えると同時に平滑性を与える目的に使用される場合と,紙面に適度
の平滑性を与えるために使用する場合と,もう一つ,シートの厚さを決める場合の
3つの用途に使用される場合がある。」と記載されているから,抄紙後にスーパー
カレンダー処理をすると,「抄紙時に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~4
0メッシュの抄網にて片面又は両面に設けられた凹凸層」は,平滑化されてそのま
まの形状に保持されなくなるものと認められる。
 また,箔打ち,高圧プレス,熱キャレンダーも,紙の厚さ方向に圧力をかける処
理である以上,抄紙時に設けられた上記特定の凹凸層がそのままの形状に保持され
ないことは明らかである。
 ウ そして,上記(1)のイに判示した訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な
説明の記載によれば,訂正後の請求項1に係る発明の「皮脂の高吸収性」という目
的が達成されるには,単に凹凸層が形成されていればよいというのではなく,訂正
後の請求項1において特定されている線径及びメッシュ範囲により設けられた特定
形状の凹凸層を有していなければならないものと解すべきである。
 ところが,訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な説明に記載された方法で
は,凹凸層形成後にスーパーキャレンダーや熱キャレンダー等を用いて高密度化処
理するため,抄紙時に設けられた凹凸層の凹凸がそのままの形状に保持されず,
「線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に設けられ
た凹凸層」を有しないことになるから,B及びCの要件を同時に満足する高吸油化
粧用脂取り紙を得ることはできない。そして,B及びCの要件を同時に満足する高
吸油化粧用脂取り紙の製法が,明細書の発明の詳細な説明に記載するまでもなく,
当業者に自明であると認めることもできない。
 エ そうすると,「皮脂の高吸収性」及び「使用後の透明性の高い特性」という
2つの目的を同時に達成するために特定されたB及びCの要件を同時に満足する
「高吸油化粧用脂取り紙」を作る方法は,訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳
細な説明に明確かつ十分に記載されているということはできない。
 そして,訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2ないし4に係る発明は,
AないしCの要件を発明を特定するための事項としている点で,訂正後の請求項1
と同じであるから,これらの請求項に係る「高吸油化粧用脂取り紙」を作る方法
も,発明の詳細な説明に明確かつ十分に記載されているということはできない。
 さらに,訂正後の請求項5に係る「高吸油化粧用脂取り紙の製造方法」の発明
も,「皮脂の高吸収性」及び「使用後の透明性の高い特性」が得られる高吸油化粧
用脂取り紙の製造方法の提供を目的とするもので(訂正後の明細書【000
6】),訂正後の請求項1に係る発明のB及びCの要件と実質的に同じ要件を発明
を特定するための事項としたものと認められるから,訂正後の請求項5に係る発明
についても,同様に,訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な説明に明確かつ
十分に記載されているということはできない。
 オ 原告らは,明細書の発明の詳細な説明に,紙の坪量,抄紙時における抄網の
線径及びメッシュ数を明確に開示し,かつ,その後の紙密度の範囲も,高密度化の
方法を例示しながら明確に記載しているから,当業者であれば明細書の記載を参照
して本件発明の高吸油化粧用脂取り紙を製造することができると主張する。しか
し,上記のとおり,訂正後の明細書(甲4,9)に記載された方法では,B及びC
の要件を同時に満足する化粧用脂取り紙を得ることができないから,原告らの主張
は,採用することができない。
 また,原告らは,本件発明を実施して得られた「高吸油化粧用脂取り紙」(検甲
13)には,凹凸層が形成されていることが確認できると主張する。しかし,訂正
後の請求項1に係る発明は,単に凹凸があればよいというものではなく,「抄紙時
に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面
に設けられた凹凸層を有する」ものでなければならないところ,高密度化処理後も
このような特定の凹凸層が保持されているとは認めることができない。したがっ
て,原告らの上記主張は,採用することができない。
 (3) 以上によれば,訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な説明の記載は,
特許法36条4項に規定する要件を満足していないものである。そして,特許法3
6条4項の規定を満足していないとの審決の判断は,訂正後の請求項1ないし5に
係る各発明についても妥当するから,結局のところ,審決の判断には結論に影響す
る誤りはないといわなければならない。なお,審決の結論は,請求項1ないし6に
係る発明についての特許を無効とするものであるが,その趣旨は,請求項すべての
発明についての本件特許を無効とするというにあり,訂正後における請求項すべて
の発明についての特許を無効とすべきものである以上,上記趣旨の結論を維持すべ
きである。
 4 結論
 したがって,審決は,結論において正当であり,原告らの請求は,理由がないか
ら,これを棄却すべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
        裁判長裁判官      塚  原  朋  一
           裁判官      塩  月  秀  平
           裁判官      髙  野  輝  久

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