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裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人安田好弘ほかの上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は
単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由
に当たらない。
なお,所論に鑑み記録を調査しても,刑訴法411条を適用すべきものとは認め
られない。
付言すると,本件は,犯行時18歳の少年であった被告人が,(1)山口県光市
内のアパートの一室において,当時23歳の主婦(以下「被害者」という。)を強
姦しようと企て,同女の背後から抱き付くなどの暴行を加えたが,激しく抵抗され
たため,同女を殺害した上で姦淫の目的を遂げようと決意し,その頸部を両手で強
く絞め付けて,同女を窒息死させて殺害した上,強いて同女を姦淫した殺人,強姦
致死,(2)同所において,当時生後11か月の被害者の長女(以下「被害児」と
いう。)が激しく泣き続けたため,(1)の犯行が発覚することを恐れ,同児の殺害
を決意し,同児を床にたたき付けるなどした上,同児の首に所携のひもを巻いて絞
め付け,同児を窒息死させて殺害した殺人,(3)さらに,同所において,現金等
が在中する被害者の財布1個を窃取した窃盗からなる事案である。
(1),(2)の各犯行は,被害者を殺害して姦淫し,その犯行の発覚を免れるために
被害児をも殺害したのであって,各犯行の罪質は甚だ悪質であり,動機及び経緯に
酌量すべき点は全く認められない。強姦及び殺人の強固な犯意の下で,何ら落ち度
のない被害者らの尊厳を踏みにじり,生命を奪い去った犯行は,冷酷,残虐にして
非人間的な所業であるといわざるを得ず,その結果も極めて重大である。被告人
は,被害者らを殺害した後,被害者らの死体を押し入れに隠すなどして犯行の発覚
を遅らせようとしたばかりか,被害者の財布を盗み取って(3)の犯行に及ぶなど,
殺人及び姦淫後の情状も芳しくない。遺族の被害感情はしゅん烈を極めている。被
告人は,原審公判においては,本件各犯行の故意や殺害態様等について不合理な弁
解を述べており,真摯な反省の情をうかがうことはできない。平穏で幸せな生活を
送っていた家庭の母子が,白昼,自宅で惨殺された事件として社会に大きな衝撃を
与えた点も軽視できない。
以上のような諸事情に照らすと,被告人が犯行時少年であったこと,被害者らの
殺害を当初から計画していたものではないこと,被告人には前科がなく,更生の可
能性もないとはいえないこと,遺族に対し謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付した
ことなどの被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人の刑事責任は余
りにも重大であり,原判決の死刑の科刑は,当裁判所も是認せざるを得ない。
よって,刑訴法414条,396条により,裁判官宮川光治の反対意見があるほ
か,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官金築誠志の補
足意見がある。
裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛成するものであるが,宮川裁判官の反対意見に鑑み,若干の
意見を付加しておくこととしたい。
反対意見の結論は,再度,量刑事情を検討して量刑判断を行う必要があるから,
その点の審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すことが相当というものであ
る。
そこで,原審における審理経過をみてみると,被告人が,第1次上告審に至り従
前の供述を翻して,犯行の態様,故意等につき新たな供述(以下「新供述」とい
う。)を始めたため,原審においては,12回にわたって公判が開かれ,多数の書
証,証人等が取り調べられたほか,詳細な被告人質問が実施された。弁護人の請求
にかかる証拠で却下されたものもあるが,重要な証拠であるにもかかわらず却下し
たのは不当であるとして異議が申し立てられたものはない。取り調べた証拠の立証
趣旨は,犯行態様,故意等のいわゆる罪体に関するものが多いが,そうした証拠の
中にも,同時に,反対意見が問題とする犯行時の被告人の精神的成熟度をみる上で
も重要な意味を持つものが少なくない。特に被告人の生育歴,生育環境と被告人の
精神的発達度,犯行時の心理状態等については,弁護人の請求によりB作成の犯罪
心理鑑定報告書及びC作成の精神鑑定書が取り調べられ,各作成者の証人尋問も行
われている。また,第1審及び差戻し前の控訴審においては,当時は被告人が起訴
事実をほぼ全面的に認めていたため,主として量刑事情に焦点を当てた審理が行わ
れ,少年調査記録中の鑑別結果通知書及び少年調査票も取り調べられている。
もっとも,上記犯罪心理鑑定報告書が提示する「母胎回帰ストーリー」を,原判
決は排斥している。「母胎回帰ストーリー」は,被告人は母子一体の世界を希求す
る気持ちが大きかったところ,被害児を抱く被害者の中に母親類似の愛着的心情を
投影し,甘えを受け入れて欲しいという感情から抱き付いたのが犯行の発端であ
り,被害者を殺害後に姦淫したのも自分を母親の胎内に回帰させる母子一体化の実
現であるなどとするものであるが,この見解は,被告人の新供述を前提としてい
る。しかし,新供述が基本的な部分において信用できないものであることは,原判
決が詳細,適切に検討しているとおりであって,反対意見においても,被告人の弁
解は不合理であり,「母胎回帰ストーリー」は採用できないとされている。また,
C鑑定書も,犯行の動機,経緯について,被告人の新供述を前提として考察を加え
ている。したがって,母親の自殺,父親の暴力等が被告人の人格形成に大きな影響
を与えたことは,被告人のために酌むべき事情であるが,上記鑑定書等によって直
接これを犯行の動機等に結び付けることは,相当ではない。
原判決は,生育環境に上記のような同情すべきものがあったこと,知能水準は中
程度であって知的能力には問題がないが精神的成熟度は低いことを認定した上,独
り善がりな自己中心性が強いことや,衝動の統制力が低いことなど,被告人の人格
や精神の未熟が本件犯行の背景にあることは否定し難いとしつつ,本件犯行の罪
質,動機,態様,結果に鑑みると,これらの点は量刑上十分考慮すべき事情ではあ
るものの,被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことと合わせて十
分斟酌しても,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情であるとまでは
いえないと判断している。原審は,被告人の人格形成上の問題,精神的成熟度につ
いて,審理することを怠ってはいないし,判決においてこれを等閑視しているわけ
でもないのである。
反対意見は,精神的成熟度が少なくとも18歳を相当程度下回っていることが証
拠上認められるような場合は,第1次上告審判決(最高裁平成14年(あ)第73
0号同18年6月20日第三小法廷判決・裁判集刑事289号383頁)がいう
「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」が存在するとみることが相
当であるとし,原審はこの観点からの審理・検討が不十分であるとするものであ
る。しかし,精神的成熟度が18歳を相当程度下回っているかどうかを判断するた
めには,18歳程度の精神的成熟度とは,どのような精神的能力をどの程度備えて
いなければならないか,どのような要件を満たすものでなければならないかを明ら
かにした上で,それとの乖離の程度を判定しなければならないが,人の精神的能
力,作用は極めて多方面にわたり,それぞれの発達度は個人個人で偏りが避けられ
ないものであるのに,果たして,そのような判断を可能にする客観的基準や信頼し
得る調査の方法があるのであろうか。少年法51条1項が死刑適用の可否につき定
めるところは18歳未満か以上かという形式的基準であり,精神的成熟度及び可塑
性の要件を求めていないことは,反対意見にもあるとおりであり,少年法のその他
の規定で年齢が要件となっているものの中にも,実質的な精神的成熟度を問題にし
ている規定は存在しない。本件の第1次上告審判決はもちろん,いわゆる永山事件
の最高裁判決(最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷
判決・刑集37巻6号609頁)も,精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得
るかどうかを判別して,死刑適用の可否を判断すべきことを求めているものとは解
されない。
精神的成熟度は,いわゆる犯情と一般情状とを総合して量刑判断を行う際の,一
般情状に属する要素として位置付けられるべきものであり,そのような観点から量
刑に関する審理・判断を行った原審に,審理不尽の違法があるとすることはできな
いと考える。
裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。
1私も,多数意見と同じく,被告人の本件行為は,(1)被害者に対する殺
人,強姦致死,(2)被害児に対する殺人,そして,(3)窃盗にそれぞれ該当する
と考える。被告人の弁解は不合理であり,遺族がしゅん烈な被害感情を抱いている
ことは深く理解できる。被告人の刑事責任は誠に重い。私が多数意見と意見を異に
するのは,次の点である。被告人は犯行時18歳に達した少年であるが,その年齢
の少年に比して,精神的・道徳的成熟度が相当程度に低く,幼いというべき状態で
あったことをうかがわせる証拠が本件記録上少なからず存在する。精神的成熟度が
18歳に達した少年としては相当程度に低いという事実が認定できるのであれば,
そのことは,本件第1次上告審判決(最高裁平成14年(あ)第730号同18年
6月20日第三小法廷判決・裁判集刑事289号383頁)がいう「死刑の選択を
回避するに足りる特に酌量すべき事情」に該当し得るものと考える。また,精神的
成熟度が相当程度低いという事実が認定できるのであれば,強姦の計画性を含め本
件行為の犯情等の様相が変わる可能性がある。以下,詳述する。
2いわゆる永山事件の差戻し前控訴審は,被告人が劣悪な生育環境であったこ
とをとらえ,「犯行当時19歳であったとはいえ,精神的な成熟度においては実質
的に18歳未満の少年と同視し得る状況にあったとさえ認められるのである」とし
て,これを量刑判断の一事情として1審の死刑判決を破棄し,無期懲役を言い渡し
た(東京高裁昭和54年(う)第1933号同56年8月21日判決・東高時報3
2巻8号46頁)。これに対し,最高裁は,犯行時19歳3か月ないし19歳9か
月の年長少年であった「被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視しうるこ
となどの証拠上明らかではない事実を前提として本件に少年法51条の精神を及ぼ
すべきであるとする原判断は首肯し難い」として,破棄し差し戻した(最高裁昭和
56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号60
9頁)。この最高裁判決は,被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得
ることが証拠上明らかな場合に少年法51条の精神を及ぼすことができるかどうか
については,これを否定してはいない。本件第1次上告審判決は,被告人の生育環
境について,「実母が被告人の中学時代に自殺したり,その後実父が年若い外国人
女性と再婚して本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど,不遇ないし不安定な
面があったことは否定することができないが,高校教育も受けることができ,特に
劣悪であったとまでは認めることができない」とした上,「結局のところ,本件に
おいて,しん酌するに値する事情といえるのは,被告人が犯行当時18歳になって
間もない少年であり,その可塑性から,改善更生の可能性が否定されていないとい
うことに帰着する」が,そのことは,「相応の考慮を払うべき事情ではあるが,死
刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえ」ないとしている。第1次上告審
判決は,被告人の生育環境が特に劣悪であったとまでは認められないとし,被告人
が18歳になって間もないということでは死刑を回避する決定的事情とはなり得な
いといっているのであり,被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得る
状態であったことが証拠上認められる場合に,それが,「死刑の選択を回避するに
足りる特に酌量すべき事情」に該当するということを,否定してはいない。
3もっとも,原判決が指摘しているとおり,少年法51条1項は,死刑適用の
可否につき18歳未満か以上かという形式的基準を設けているのであり,精神的成
熟度及び可塑性の要件を求めていないのであるから,精神的成熟度が不十分である
からといって少年法51条1項を準用し死刑の選択を回避すべきであるということ
には直ちにならない。しかしながら,「少年司法運営に関する国連最低基準規則
(北京ルールズ)」(1985年)は,少年保護の基本理念に基づいて,「死刑
は,少年が行ったどのような犯罪に対しても,これを科してはならない」としてい
るのであり(17条2項。「少年」とは,各国の法制度の下で犯罪のゆえに成人と
は異なる仕方で扱われることのある児童もしくは青少年である。2条2項(a)),
留保的表現がなく,およそ,少年について死刑の選択は許さないという考えが明瞭
である。18歳以上の少年に死刑を認める少年法51条1項は,この趣旨に合わな
い。もっとも,上記北京ルールズは,国連総会で採択された決議にすぎず,法的拘
束力はない。北京ルールズ自らも「この規則の実施は,各加盟国の経済的,社会的
・文化的条件に応じて進められなければならない」(1条5項)としている。我が
国は,指導理念としてこれを尊重し,実現に向けて努力すべきものであり,少なく
とも,少年法51条1項は死刑をできる限り回避する方向で適用されなければなら
ないと思われる。また,刑法41条は14歳未満の者の行為は罰しないとしてお
り,16歳未満の者は故意の犯罪行為により被害者を死亡させた場合であっても家
庭裁判所から検察官へ原則送致はされない(少年法20条2項)。これらの背景に
は,行為規範の内在化が特に進んでいない年少少年の行為については,刑法的に非
難することは相当でなく,刑罰による改善効果も威嚇効果(犯罪防止効果)も期待
できないという考えがあると思われる。
以上を総合して考えると,精神的成熟度が少なくとも18歳を相当程度下回って
いることが証拠上認められるような場合は,死刑判断を回避するに足りる特に酌量
すべき事情が存在するとみることが相当である。
4少年刑事事件の審理においては,「少年,保護者又は関係人の行状,経歴,
素質,環境等について,医学,心理学,教育学,社会学その他の専門的智識特に少
年鑑別所の鑑別の結果を活用」するよう努めることが要請されている(少年法50
条,9条,刑訴規則277条)。この専門科学的解明の要請は,本件のように死刑
を適用するかどうかが争点となっている事件では,特に強く働くものといわなけれ
ばならない。本件では,少年調査記録のうち鑑別結果通知書(1審甲218号証)
と少年調査票(1審甲219号証)が取り調べられている。鑑別結果通知書の総合
所見は,被告人の「内面の未熟さが顕著である」とし,自殺した「母親と父親から
の見捨てられ感は強烈」であるとしている。少年調査票の家庭裁判所調査官3名の
意見は,小学校入学前後から激しくなった両親の諍い,父親の暴力,被告人の被虐
意識,中学1年時の母親の自殺等が被告人の精神形成に影響を与えたことを示して
いる。父親の暴力は,1審,第1次控訴審,第1次上告審では取り上げられていな
いが,12歳時における母親の自殺とともにこの事実が被告人の幼少年期において
与えた影響をどう評価するかは,本件の重要なポイントでもあると思われる。以上
について,原判決は,同情すべきものがあり,人格形成や健全な精神の発達に影響
を与えた面があることも否定できないが,「経済的に何ら問題のない家庭に育ち,
高校教育も受けることができたのであるから,生育環境が特に劣悪であったとはい
えない」とするにとどめている。しかしながら,家庭裁判所調査官は,「3歳以前
の生活史に起因すると思われる深刻な心的外傷体験や剥奪,あるいは内因性精神病
の前駆等により人格の基底に深刻な欠損が生じている可能性も疑える」と記述して
いるのであり,鑑別結果通知書中においても,顕著な内面の未熟さのほか,幼児的
万能感の破綻,幼児的な自我状態が指摘されている。そして,家庭裁判所調査官は
心理テスト(TAT:絵画統覚検査)結果の解釈として,「いわゆる罪悪感は浅薄
で未熟であり,発達レベルは4,5歳と評価できる」と記述し,バウムテスト(ツ
リーテスト)でも「幼稚で自己愛が強く」と記述している。これについて,原判決
は,「TATの結果のみから精神的成熟度を判断するのは相当でない上,前後の文
脈に照らすと,この記載は,主として被告人の罪悪感に関する発達レベルを評価し
たものと解される」と述べているが,それ以上の付言はない。罪悪感に関する発達
レベルとは,行為規範の内在化がどの程度進んでいるかということであり,行為の
是非を弁別する能力の発達レベルそのものであろう。それは,精神的成熟度の重要
な指標と考えるべきものでもあろう。「4,5歳」であるとの評価には疑問もある
が,家庭裁判所調査官の認識は被告人においては行為規範の内在化はかなり遅れて
おり,人格的成長は幼いというものであったと思われる。原審においては,これら
少年調査記録の内容を基に,被告人の人格形成や精神の発達に何がどのように影響
を与えたのか,犯行時の精神的成熟度のレベルはどのようなものであったかを分析
し,測るという作業が必要であった。
5本件においては,被告人側から,B教授の「犯罪心理鑑定報告書」(原審弁
9号証)とC教授の「精神鑑定書」(原審弁10号証)が証拠として提出されてお
り,2人の証人尋問が行われている。前者は,それぞれ2時間前後をかけた8回の
被告人面接調査を行い,幾つかのテストを実施したほか,父親に4回,母親の妹,
義母,高校時代の指導教員,同級生2名にそれぞれ1回の面接調査を行い,各判決
書,公判記録,捜査段階の調書,書簡等の資料,前記少年調査記録を参照した上で
の,犯罪非行臨床心理学の専門家としての知見に基づく鑑定報告である。後者は,
被告人とそれぞれ2時間をかけて3回の面接調査を行い,父親,友人1名,被告人
の祖母及び母親の妹に面接調査を行い,その他捜査段階の調書を除く前記資料を参
照した上での,精神医学,とりわけ青少年の精神病理に関する研究者・医師として
の専門的知見に基づく鑑定報告である。B鑑定における「母胎回帰ストーリー」と
いう動機が存在するという鑑定意見は採用できない。しかし,被告人が母親の自殺
による急激な自己愛剥奪の影響を強く受けていること,父親との関係での被虐待経
験の後遺症があること,身体的性の成熟に対してそれを統制できる精神的成熟が著
しく遅れていること,人格の統合性,連続性が乏しく,社会的自我の形成がなされ
ていなかったこと等の意見は,無視できない説得力を有していると思われる。ま
た,C鑑定意見のうち,被告人の人格発達は極めて幼いこと,その原因は,被告人
が父親の暴力に母親とともにさらされ,その恐怖体験が持続的な精神的外傷となっ
ており,またそうした暴力を振るう父親に恐怖しながら,強い父親に受け入れても
らいたいという矛盾する感情に引き裂かれてもいること,こうした生育歴の中で被
告人は同年齢の者よりも幼い状態であったが,12歳の頃,母親が苦しみ抜いて自
殺したことを目撃するという強烈で決定的な精神的外傷体験があり,この結果とし
て,被告人の精神的発達はこの時点の精神レベルに停留しているところがあるとい
う意見は,説得力があると思われる。二つの鑑定意見は,被告人が述べることのみ
によらず総合的に判断しているとみることができるが,相互に関連し合い,前記少
年調査記録とも相応している。
6原判決は,被告人がそれまでの供述を原審において翻し虚偽の弁解を弄して
いるとしてこれを厳しく批判し,このこと自体,被告人の反社会性が増進したこと
を物語り,改善更生の可能性を大きく減殺する事情といわなければならないと指摘
している。私も,被告人の原審における供述態度を誠に残念に思う。しかし,人は
関係の中でしか成長しないのであって,人間的成熟が12歳かそれを幾ばくか超え
たところで停滞しているのであれば,その状態で教育的処遇を受けることなく,拘
置の歳月を8年,9年と過ごしたとして,反省・悔悟する力は生まれない。不合理
で破綻しているとしかみることができない弁解に固執していることは事実である
が,これを原判決のように「反社会性が増進した」と厳しく批判するのは酷であろ
う。被告人は,適切な処遇を得れば,時間を必要とするが,自己を変革し犯した罪
と正しく向き合うよう成長する可能性があるとみることもできるのであり,前記鑑
別結果通知書も,被告人について,公判段階を通じ,被害者の苦悩についての厳し
い現実等に直面させる中で,真に贖罪の気持を喚起させることが必要であるが,そ
の作業は,事件の重さに応じた相応の期間を要し,また,精神的なサポートを受
け,ある程度安定した状態にないと困難であるため,定期的なカウンセリングが望
まれるとしている。記録によると,被告人は精神安定剤を多量に服用するという日
々が続いていたことがうかがわれるが,平成16年2月,自ら進んで教誨師による
教誨を受け始める等,年月を経て,現在は,次第に事実と向き合い,贖罪の気持ち
を高めつつあることをうかがうことができる。
7被告人の精神的成熟度が相当程度低いということが認定できるのであれば,
本件犯行の犯情(計画性,故意の成立時期等)及び犯行後の行動に関わる情状につ
いての理解も変わってくる可能性がある。本件は,被告人の人格形成や精神の発達
に何がどのように影響を与えたのか,犯行時の精神的成熟度のレベルはどのような
ものであったかについて,少年調査記録,B鑑定及びC鑑定を的確に評価し,さら
には必要に応じて専門的智識を得る等の審理を尽くし,再度,量刑事情を検討して
量刑判断を行う必要がある。したがって,原判決は破棄しなければ著しく正義に反
するものと認められ,本件を原裁判所に差し戻すことを相当とする。
検察官慶徳榮喜公判出席
(裁判長裁判官金築誠志裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
白木勇)

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