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平成24年10月11日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成22年第1555号損害賠償請求事件
口頭弁論の終結の日平成24年7月17日
判決
主文
1被告は,原告Aに対し,3410万5772円及びこれに対する平成19年
4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,3410万5772円及びこれに対する平成19年
4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,その17%を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
5この判決は,主文1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告Aに対し,4112万4515円及びこれに対する平成19年
4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,4112万4515円及びこれに対する平成19年
4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1請求の類型(訴訟物)
本件は,Cの相続人である原告らが,Cが死亡したのは承継前被告である株
式会社D(以下「承継前被告」という。)における業務の過重負荷に起因する
ものである旨主張し,不法行為に基づく損害賠償請求又は労働契約上の債務不
履行に基づく損害賠償請求として(なお,原告らは,上記各請求の順位につき,
平成24年4月19日の第10回弁論準備手続期日において,遅延損害金の起
算日の関係で不法行為に基づく損害賠償請求を第1次的請求とするものである
旨釈明した。),被告に対し,原告ら各自に対して,損害賠償金4112万4
515円及びこれに対するCの死亡日である平成19年4月9日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求めた事案である。
2前提事実(確定の根拠は各末尾に示す。なお,以下において,人名は,初出
のときに氏名を示し,その後は適宜名の記載を省略する。)
承継前被告について
承継前被告(株式会社D)は,情報処理システム及び電気通信に関する調
査,研究,開発,相談,運営業務等を目的とする,昭和53年10月12日
設立の株式会社である。
(甲1)
Cについて
Cは,昭和50年10月6日生まれの女性である。
Cは,平成10年4月1日に承継前被告に入社し,平成19年4月当時,
その福岡事業所において,システムエンジニア(以下「SE」という。)と
して勤務していた。
(争いがない事実,甲1)
Cの死亡
Cは,平成19年4月8日推定午前5時ころ,東京都a市(以下略)所在
のホテル(以下略)において,心臓性突然死により死亡した(死亡時の年齢
は31歳。この死亡を,以下「本件事故」という。)。
Cの死体検案は,同月9日,E大学法医学教室のF医師によって行われて
いるところ,F医師は,同年6月20日付け死体検案書(以下「本件死体検
案書」という。)において,Cの直接死因は致死性不整脈で,発症から短時
間で死亡した旨の診断をするとともに,解剖の結果,心臓房室間動脈に中等
度の狭窄(以下「本件狭窄」という。)が認められた旨の報告をした。
(争いがない事実,甲1)
相続
Cの相続人は,その父母である原告らであり,法定相続分は各2分の1で
ある。
(争いがない)
損益相殺
ア労災保険給付
原告らは,福岡中央労働基準監督署長がした平成21年9月9日付けの
支給決定により,本件事故に関して遺族補償一時金1116万5000円
及び葬祭料66万9900円の支給を受けた。
(甲2)
イ承継前被告からの支払
原告らは,承継前被告から,弔慰金として160万円の支払を受けた。
(争いがない)
ウ損益相殺額合計1343万4900円
合併による地位の承継
被告は,本件訴訟係属中の平成24年7月1日,吸収合併により承継前被
告の権利義務を承継した。
(弁論の全趣旨)
3争点
Cの死亡と承継前被告における業務との因果関係
承継前被告の責任原因
原告らの損害額(弁護士費用を除く。)
過失相殺
弁護士費用の額
第3争点に関する当事者の主張
1争点(Cの死亡と承継前被告における業務との因果関係)について
原告らの主張
Cの死亡と承継前被告における業務との間には相当因果関係が存在する。
その理由は,以下のとおりである。
ア第1に,Cの従事した業務は,以下のとおり,Cの基礎疾患を自然的経
過を超えて増悪させる要因となり得る程度の負荷(過重負荷)を伴うもの
であった。
平成19年2月以降の月100時間を超える常軌を逸した長時間労働
(量的過重性)並びに達成困難な納期圧力及び十分な準備もできないまま
顧客の面前で行われた機能確認試験の失敗という惨めな体験で味わった
極限的精神的ストレス(質的過重性)は,Cを自殺未遂に追い詰めるほど
大きな過重性を有するものであった。
Cは,自殺未遂の翌日である平成19年3月5日から自宅待機を余儀
なくされたが,承継前被告において休業の就業規則上の位置づけがあい
まいであったこと,休業の期間や復帰までの目処も不明確であったこと,
休業中に承継前被告が復帰に向けたフォローをしなかったことから,復
職の連絡を受けた同年4月2日までの29日間にわたって不安定な状態
に置かれ,その結果,Cの心理的負荷は回復するどころか一層拡大した。
復職当日(平成19年4月3日)の深夜残業及び同月4日からの東京
出張における拘束時間の長い業務も,Cの健康に対する配慮を欠いた不
相当かつ過重なものであった。
イ第2に,Cの基礎疾患は,以下のとおり,その自然的経過により致死性
不整脈を発症させる程度にまで進行していなかった。
Cは,小学校から大学までの健康診断において何ら異常を指摘されて
おらず,また,承継前被告入社半年後の平成10年10月6日の健康診
断においても異常所見が認められていないから,本件狭窄は,承継前被
告に入社した後に形成されたものと考えるのが自然であり,したがって,
本件狭窄自体も承継前被告の業務によって形成された可能性が高い。
G医師は,厚生労働事務官の平成21年4月23日付け面接照会顛末
書において,心臓房室間動脈の狭窄(血管の線維化)で,房室ブロック
を起こしそれが死亡に直結するのは考えにくい,との見解を示している。
Cは,承継前被告の定期健康診断において不整脈が認められているが,
その所見が認められたのは平成11年,平成15年,平成16年及び平
成18年の4回にとどまり,また,その不整脈は,本件狭窄に由来する
ものではなく,若年層に多くみられる呼吸性不整脈であった可能性が高
く,病的意義はない。仮に,Cの不整脈が本件狭窄に由来するものであ
ったとしても,平成17年の心電図検査において「正常範囲」と診断さ
れ,平成18年においては心電図検査さえ行われていないことに照らす
と,Cの不整脈の基礎疾患の進行度合いは,それほど進んでいたわけで
はなかったとみるのが相当である。
ウ第3に,Cには他に確たる発症因子が存在していなかった。
被告の主張
Cの死亡と承継前被告における業務との間には事実的因果関係が存在せず,
仮に事実的因果関係が存在するとしても,相当因果関係は存在しない。その
理由は,以下のとおりである。
ア第1に,Cの業務は,以下のとおり,一般的な労働者にとって死亡の結
果をもたらすような過重なものではなかった。
労働時間についてみると,Cの最長の時間外労働時間は,発症前2か
月平均の1か月当たり63時間40分にすぎず,それ以外の発症前1か
月又は3か月ないし6か月の1か月当たり平均時間外労働時間は,業務
と発症との関係が弱いとされる45時間未満であって,いずれも厚生労
働省の認定基準を満たさない。しかも,Cは,発症の直前に連続29日
間の連続休日が与えられているため,その労働時間は法定労働時間数に
も達していない。
労働時間以外の負荷要因についても,休業前にCが担当していた業務
は,その経験・能力に応じた内容で,特別なトラブルもなかった。また,
休業後においては,Cの作業内容は,1日数件の照会に対する回答とい
う極めて軽易なもので,労働密度も薄かった。したがって,Cには,労
働時間以外の特別の負荷も存在しなかった。
Cが自殺未遂をした点について,被告はその事実を知らないが,仮に
自殺未遂が存在したとしても,自殺未遂により致死性不整脈が引き起こ
されることはないから,本件事故とは無関係である。
仮に,Cの業務に何らかの負荷が存在したとしても,29日もの長期
連続休日により,その負荷は回復している。そのことは,C自身が承継
前被告に対して再三にわたり回復した旨の連絡及び復帰希望の申入れを
し,原告らもそれを勧めていたことからも明らかである。
イ第2に,Cには,業務外の死亡の原因が存在していた。すなわち,Cの
本件狭窄に関し,Cの死体を検案したF医師は,心臓房室間動脈の狭窄な
どにより血液供給量が低下した場合,不整脈の原因となる,との見解を示
している。他方,Cの不整脈は,入社直後の平成11年の健康診断時に確
認されているから,遅くともその時期にはCに本件狭窄が存在していた。
したがって,Cには,業務と無関係に生じた,死亡の原因となる疾患が存
在していた。
2争点(承継前被告の責任原因)について
原告らの主張
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理する
に際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心
身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして,雇用契約上
の安全配慮義務ないし不法行為上の注意義務の前提となる予見可能性の内容
は,具体的特定の疾患の発症を予見し得たことまでは必要でなく,過重労働
が問題となっている事案においては,使用者において労働者の労働実態が心
身の健康を損なう程度のものであることを認識し又は認識し得た場合には,
結果の予見可能性は当然に認められる。しかるに,承継前被告は,上記の安
全配慮義務等に違反し,その結果,Cは,前記1のとおり,承継前被告の
業務による過重負荷に起因して致死性不整脈を発症し死亡したものであるか
ら,承継前被告は,労働契約上の債務不履行責任又は不法行為責任として,
本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責めを負う。
承継前被告の安全配慮義務等の内容及びその違反の態様は,具体的には以
下のとおりである。
ア承継前被告は,Cの労働時間,休憩時間,休日,労働密度を適切に把握
し,Cが過重労働によって健康を破壊することのないよう,必要な人員配
置や労働環境を整備すべき義務を負っていたにもかかわらず,プロジェク
トの遂行に必要な人的・物的体制の整備を怠り,平成19年2月には月1
00時間を超える時間外労働をCに余儀なくさせ,また,納期達成が困難
な状況下で同年3月2日機能確認試験を強行し,顧客から突き放された言
動を浴びせられるという過酷な目に遭わせ,Cを自殺未遂に追い込んだ。
加えて,承継前被告の福岡事業所長であるHは,Cの自殺未遂という労働
者の健康に関する重大な事実を,本社に速やかに報告せず,必要な対応を
協議することもなかった。
イ平成19年3月5日のCの自殺未遂後において,承継前被告は,Cが安
心して静養できるよう,欠勤を許容する根拠や欠勤中の給与の扱いを明確
にした上で,復職までの期間の見通し及びその手順等を早い段階で説明し
て心理的不安を取り除き,休養中のCの健康状態を的確に把握して復職に
耐え得るかどうかを慎重に吟味すべき義務を負っていたにもかかわらず,
将来の見通しを何ら伝えぬまま自宅待機を命じ,また,Cの健康状態を把
握することなく,同年4月2日に突然翌日からの復帰を命じた。
ウ平成19年4月3日にCが復職した後において,承継前被告は,Cの勤
務が過重にならないよう,適切な配置を行った上で勤務軽減措置を行うべ
き義務を負っていたにもかかわらず,復帰初日に午前2時まで深夜残業に
従事させたばかりか,復帰5日目には同僚が皆反対したにもかかわらず東
京への滞在出張を命じるという極めて過重業務を強いた。
被告の主張
Cの業務は前記1アのとおり過重なものではなかったし,また,C本人
や事情を詳細に知っていた原告らも死亡の結果を予見し得ず,被告に対して
再三にわたり回復した旨の連絡と復帰希望の申入れをしていたものであるか
ら,承継前被告にはCの死亡に対する予見可能性はなく,したがって,それ
を前提とする承継前被告の安全配慮義務違反及び過失も存在しない。
3争点(原告らの損害額)について
原告らの主張
ア逸失利益5664万3166円
基礎収入額
a月例給与年額407万5225円
=労災認定の給付基礎日額1万1165円×365日
b特別給与年額81万5045円
=労災認定の算定基礎日額2233円×365日
c以上合計年額489万0270円
生活費控除率30%
中間利息控除係数16.5469
就労可能年数36年のライプニッツ係数
計算式489万0270円×(1-0.3)×16.5469
=5664万3166円
相続による原告ら各自の損害額2832万1583円
イ慰謝料3000万0000円
Cは,精神的・肉体的に追い詰められた結果,本件事故により31歳と
いう若さで命を奪われたものであるから,その慰謝料は2000万円を下
るものではない。原告らは,上記金額の2分の1にあたる1000万円を
それぞれ相続した。また,原告らは,最愛の娘の命を過重労働によって奪
われ,Cの花嫁姿や孫の顔を見ることさえ叶わなくなったのであるから,
各500万円を下らぬ固有の慰謝料請求権を有する。
仮に,原告らに遺族固有の慰謝料を認めない場合,Cの慰謝料は300
0万円が相当である。原告らは,その2分の1にあたる各1500万円を
相続した。
ウ葬儀費用156万0764円
Cの葬儀に要した費用は上記金額であり,原告らは各78万0382円
ずつこれを負担したものとみなす。
エ損害額合計8820万3930円
原告ら各自4410万1965円
被告の主張
争う。
4争点(過失相殺)について
被告の主張
仮に,被告の責任が認められるとしても,本件においては,以下のとおり
被害者側の過失があるから,損益相殺前の損害賠償額に対し少なくとも8割
以上の過失相殺がなされるべきである。
ア前記1イのとおり,Cの死亡原因となった致死性不整脈は,業務と無
関係に生じた本件狭窄によって生じたものである。
イ仮にCが自殺未遂をしたとの事実が存在したとしても,それはCの性
格・心因的要素が寄与するものである。
ウCや原告らは,承継前被告に対し,自殺未遂の事実やCの症状について
何ら連絡しなかった。
エCは,休養中の平成19年3月8日に心療内科医師の診察を受け,原告
Bもこれに立ち会っていたが,医師に自殺未遂の事実を伝えず,また,医
師から指示のあった再診も受けず,処方された薬も服用しなかった。
オCは,承継前被告がしばらく休養するよう何度も伝えたにもかかわらず,
承継前被告に対し,再三にわたり回復した旨の連絡と復帰の申入れをし,
事情を詳細に知っていた原告らも,Cの上記申入れ等を止めることなくむ
しろ勧めていた。
原告らの主張
ア承継前被告及び被告は,弁論準備手続及び証拠調べを経るまで過失相殺
の主張をあえてしてこなかったにもかかわらず,証拠調べ後に担当裁判官
が双方対席の場で本件につき因果関係及び責任原因につき肯定的に解する
心証を開示するや,突如過失相殺の主張を追加したものであるところ,か
かる主張の追加は訴訟上の信義則に反するものであり,被告の過失相殺の
主張は,時機に後れた攻撃防御方法として民訴法157条1項に基づき却
下されるべきである。
イ仮に被告の過失相殺の主張が却下されないとしても,以下のとおり,本
件においては過失相殺事由は存在しない。
被告の主張ア(基礎疾患)について
前記1イのとおり,Cの本件狭窄は,承継前被告の業務によって形
成されたものとみるべきであるから,過失相殺の評価根拠たるCの素因と
して位置付けること自体誤りであるし,仮に本件狭窄が承継前被告の業務
と無関係に生じた基礎疾患であるとしても,本件狭窄がCの死亡原因であ
る致死性不整脈の発生に寄与したとの医学的根拠は存在しない。
被告の主張イ(性格・心因的要素)について
ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働
者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合は,
業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者
の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行
の態様を心因的要因として斟酌することはできないところ,Cの性格傾向
が上記範囲を外れることを認めるに足りる証拠はない。
被告の主張ウ(承継前被告に対する自殺未遂等の未報告)について
Hは,遅くとも3月6日までにCの自殺未遂の事実を把握しているので
あるから,承継前被告に対して重ねて自殺未遂の報告を行う必要はない。
また,原告らは,Cと別居しb市に居住していたのであるから,Cの勤
務状況や健康状態を随時把握しこれに対応できる立場にはなかったし,承
継前被告に対して健康状態を報告したりする義務もなかった。
被告の主張エ(医師に対する不告知等)について
Cは,診察を受けた医師に対して自殺未遂の話をしている。また,C
は,医師から来院指示を受けたことはないし,労働者やその家族に医療
機関の受診義務はない。なお,Cが医師から処方された薬は,飲んでも
飲まなくてもよい,本当に苦しいときに飲めばよいとの説明を受けてい
たものであるから,Cが服用を懈怠していたわけではない。
被告の主張オ(多数回にわたる積極的な復職希望)について
HがCに対して連絡を待つよう指示したのは,Cを休養させるためと
いうより,自らが多忙で自殺未遂の本社総務への報告すらできておらず,
休業の位置付け,復帰の手順及び目処,受入体制,勤務軽減措置等につ
いてもCと一度会ってから検討しようと考えながら先延ばしにしていた
からにほかならないし,Cが繰り返し復帰の希望を述べたのも,休業の
位置づけや復帰の目処もつかないまま待たされ続け,会社から不要と思
われているのではないかとの不安を有していたことの裏返しである。
また,原告ら家族がCの復帰を止めなかったのは,原告らがCの休業
前の過酷な勤務状況及び平成19年3月ないし4月当時における承継前
被告の厳しい労働環境を知らなかったためである。
ウ損益相殺後の損害額合計7476万9030円
=8820万3930円(前記3エ)-1343万4900円(前記第
2の2ウ)
原告ら各自3738万4515円
5争点(弁護士費用の額)について
原告らの主張
ア原告らは,本件訴訟の提起・追行を弁護士に委任したから,その弁護士
費用のうち各374万円が承継前被告の不法行為と因果関係のある損害と
して認められるべきである。
イ弁護士費用を加えた原告ら各自の損害額4112万4515円
=3738万4515円(前記4ウ)+374万円(上記ア)
被告の主張
争う。
第4争点に関する当裁判所の判断
1判断の基礎となる事実
前記前提事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めるこ
とができる(確定の根拠は各末尾に適宜摘示する。)。
承継前被告の概要・業務態勢等
承継前被告は,情報処理システム及び電気通信に関する調査,研究,開発,
相談,運営業務等を目的とする株式会社であり,東京都c区に本社を置き,
d事業所(東京都d市),dシステムセンター事業所(東京都e市),f事
務所(f市),g事務所(g市)及び福岡事務所(福岡市)の各事業所を有
していた。
承継前被告の福岡事業所は,主に,I社のシステムを引き受けていた子会
社のJ社から,I社の大型汎用コンピュータの基幹業務システムで人事管理,
運賃管理,ダイヤ管理等のシステム開発を受注していた。
平成19年当時,承継前被告には,会社全体で約300名,福岡事業所で
約10名のSE(システムエンジニア)が勤務していた。
承継前被告の福岡事務所の組織は,部署が固定されておらず,受注したプ
ロジェクトごとに必要なチームを編成し業務を行う形を取っていた。
承継前被告の就業規則においては,1日の就業時間は,始業時刻が午前9
時,終業時刻が午後5時50分,休憩が午後0時から午後1時までの,実働
7時間50分とされ,また,休日は,日曜日,土曜日,国民の祝日,年末年
始及びその他承継前被告が特に定めた日と規定されていた。なお,承継前被
告における従業員の労働時間の管理は,パソコンへの入力やカードリーダー
への社員証の入力により始業時刻,休憩時間及び終業時刻を把握し,作業日
誌を作成するなどの方法により行われていた。
(前記第2の2の事実,甲1,28〔枝番号1〕,乙1,3,弁論の全趣
旨)
Cの生活歴・家族等
Cは,平成6年3月にb県立K高等学校を卒業して同年4月にL大学商学
部に入学し,平成10年3月に卒業して同年4月に承継前被告に入社した。
Cは,承継前被告の福岡営業所でSEとして勤務していたが,役職には就い
ていなかった。
Cの家族は,父母である原告ら及び姉のMであるが,原告らはb市に,M
は東京都h区にそれぞれ在住していたため,本件事故当時,Cは福岡市で一
人暮らしをしていた。
(前記第2の2の事実,甲1,原告B本人,弁論の全趣旨)
C及び家族の既往歴等
ア承継前被告への入社後に行われたCの健康診断結果は,概要次のとおり
であった。
平成10年10月6日
血圧106/58
診察所見なし
総合判定異常なし
平成11年10月4日
血圧100/58
診察不整脈,要観察
総合判定(判読不能)
平成12年10月3日
血圧94/60
診察所見なし
総合判定異常なし
平成13年10月2日
血圧120/60
診察所見なし
総合判定異常なし
平成14年10月4日
自覚症状脈の乱れ
血圧96/46
診察所見なし
総合コメント異常なし
平成15年10月10日
自覚症状めまい・たちくらみ,脈の乱れ,腰痛
血圧116/60
診察不整脈,要観察(6か月後を目安に再検査要)
総合コメント聴診で不整脈がみられるため,脈の乱れや息切れな
どの自覚症状が続けば医療機関の受診要
平成16年10月22日
自覚症状脈の乱れ,腰痛
血圧100/56
診察不整脈,要観察(6か月後を目安に再検査要)
総合コメント聴診で不整脈と心雑音がみられるため,脈の乱れや
息切れなどの自覚症状が続けば医療機関の受診要
平成17年10月21日
自覚症状めまい・たちくらみ,脈の乱れ,腰痛
血圧112/78
診察所見なし
心電図検査正常範囲
総合コメント白血球減少につき3か月後の再検査要,肝機能検査
値に軽度の異常がみられるため,6か月後再検査要
平成18年11月9日
自覚症状体重減少,めまい・たちくらみ,脈の乱れ,腰痛
血圧110/76
診察不整脈,要観察(6か月後を目安に再検査要)
総合コメント聴診で不整脈がみられるため,脈の乱れや息切れな
どの自覚症状が続けば医療機関の受診要
なお,Cは,L大学在学中の平成9年4月23日に健康診断を受けてい
るが,そのときには疾患及び異常並びに既往症の指摘はなされていない。
(甲1,乙10ないし30)
イMは,生後まもなく,先天性心室中隔欠損症であることが判明したが,
心臓に雑音がみられる程度で,手術等治療の必要性はなく,日常生活にも
影響はなかった。
(甲1)
本件事故に至る経緯
ア承継前被告は,平成18年1月30日,I社システムソリューションズ
から,I社の人事・賃金制度改正に伴うシステム改修(以下「本件プロジ
ェクト」という。)を7500万円で請け負う旨の契約を締結した。本件
プロジェクトにおいては,約460本のプログラムを改修することになっ
ており,施工期間は契約締結日から平成19年3月20日までとされてい
た。
本件プロジェクトは,人事考課・目標管理と既存システム改修との各チ
ームに分かれていたところ,Cは,既存システム改修のチームに配置され,
①人材育成機能の設計及び製造,②人事管理帳票機能の設計からテス
トまで,③人事管理オンライン機能の統合試験,の各作業を担当してい
た。なお,既存システム改修のチームは,リーダーであるH(平成18年
4月からは福岡事業所の所長)の下に,実働メンバーとして,当初はサブ
リーダーである主任のNとCの2名のみが配置されていたが,同年3月に
協力会社の2名が,同年4月に同じく4名がそれぞれ増員された。
(甲1,21,28〔枝番号1,4〕,乙2,31,46,47,証人H,
弁論の全趣旨)
イI社においては,本件プロジェクトと並行して,コンピュータシステム
をO社製からP社製に切り替えることを内容とする「次期JAMPS」と
いうプロジェクトが進められていた。「次期JAMPS」のプロジェクト
はP社が請け負っていたが,本件プロジェクトのプログラム改修にも関連
していたため,承継前被告においては,Cが所属していたチームとは別に
チームを組み,「次期JAMPS」に対する必要な対応を行っていた。
(甲1,乙47,証人H,弁論の全趣旨)
ウ本件プロジェクトに関しては,I社の内部で賃金体系等に関する仕様が
なかなか確定されなかったため,承継前被告において,暫定仕様を定めて
可能な箇所から作業に着手し,当該箇所の仕様が確定し変更点があれば改
めて修正を行うという作業方式が採られ,その結果,本件プロジェクトは,
改修を要するプログラムが当初の見積量から約600本にまで増加し,作
業の進捗状況は当初から予定よりも2か月ほど遅れていた。
また,本件プロジェクトは,「次期JAMPS」への移行が平成18年
12月までの予定とされていたことに合わせて,同年10月末までにO社
製コンピュータシステム上で改修作業を行い,その後はP社製コンピュー
タへの移行作業を行う予定であったところ,同年12月,P社から,移行
作業が間に合わない旨の連絡を受け,その結果,「次期JAMPS」への
移行作業はO社製コンピュータ及びP社製コンピュータの双方で作業を行
うことを余儀なくされ,Cらのチームは,平成19年1月以降も,O社製
コンピュータのもとで新システムを稼働させるための作業を行わざるを得
なかった。
他方,Cらのチームは,同年9月中旬に協力会社の1名が増員となった
ものの,同月末から同年11月にかけて協力会社の3名がチームから外れ
ることとなった。Nは,同年11月ないし12月ころ,Hに対し,現在の
人員では業務量が過剰である旨訴えたが,これに対して承継前被告がチー
ムメンバーの増員をするなどの手当をすることはなかった。
(甲1,21,28〔枝番号1〕,乙47,証人H,弁論の全趣旨)
エ平成19年1月下旬ころから,J社は,承継前被告に対し,本件プロジ
ェクトの進捗状況や作業の見通しに関して詳細な報告を求めるなど,納期
厳守の要求を強めるようになり,さらには,同年2月に入ると,I社から
の仕様の追加・変更が相次いだ。そのため,Cらのチームの作業量は格段
に増加し,Cの時間外労働時間も,同年1月には34時間45分であった
のが,同年2月には127時間50分に急増した。
(甲1,12,21,22,28〔枝番号1〕,乙47,証人H,弁論の
全趣旨)
オ本件プロジェクトのプログラム改修作業は,本来のデータ環境の縮小版
の環境上で行われており,動作確認試験も,当初は上記環境上で行われる
予定であったが,承継前被告は,平成19年2月26日,J社から,移行
後の動作確認試験を本来の環境である0社のコンピュータシステム上で実
施するよう指示を受け,上記動作確認試験を同年3月2日に実施すること
にした。Cらは,同年2月27日から夜間を通して環境移行作業を進め,
同年3月2日の午後8時ころまでにその作業を完了した。
Cは,Nらが退社した後,同日の午後10時ころから,HやJ社の担当
者の面前で,新環境下での動作確認試験を行うべく,オンライン入力機能
を使用してデータ登録を行ったが,旧環境下では動いていたプログラムが
ことごとく作動しないという不具合が発生し,数時間にわたって原因を調
査したものの,これを解決することができなかった。
同月3日,Nの出社を待って原因を確認したところ,移行作業の手順に
間違いがあったことが判明したことから,移行作業をやり直し,その結果,
オンライン入力機能は正常に作動するようになった。その日のCは,表情
が暗く疲れた様子であった。
同年2月26日から同年3月3日までの間におけるCの労働時間は,以
下のとおりである。
26日(水)午前9時00分から翌27日午前0時30分まで
27日(木)午前9時00分から午後7時00分まで
28日(金)午前9時00分から午後8時00分まで
1日(木)午前9時00分から翌2日午前2時00分まで
2日(金)午前9時00分から翌3日午前5時00分まで
3日(土)午前9時00分から翌4日午後9時00分まで
(甲1,11,12,21,28〔枝番号1〕,乙34,47,証人H,
弁論の全趣旨。なお,2日及び3日の終業時刻については,甲1の20頁
及び461頁の記載により認めている。)
カ平成19年3月4日,Cは,午前9時ころ出社したが,午後3時ころに
所在不明となった。Hは,夕方ころ,Nらとともに事務所の付近を探した
がCの姿を見つけることはできず,Cの自宅を訪ねたが家内からの応答は
なかった。
同月5日の朝,Cは,原告Bに対し,電話をかけ,勤務先で重大なミス
をしそのまま逃げ出した旨を告げるとともに,そのころ,Hに対する電話
連絡の中で,職場から逃げ出したことや仕事で迷惑を掛けたことを詫びる
言葉を繰り返した。昼頃,Cの同僚であるQ及びRが,Cの自宅を訪れた
ところ,Cは,終始うつむき加減で視線を合わせようとせず,「会社を出
た後,川に飛び込もうか,ずっと考えながらさまよっていた。」などと述
べ,「すいません。」と何度も繰り返した。このとき,Rは,Cの頸にロ
ープで絞められたような赤黒いあざがあるのを認めている。QとRは,C
がなおも自らを責める発言を繰り返したことから,課長代理のSに対し,
電話で,Cを一人にしておける状態ではない旨を報告した。QとRがいっ
たんC宅を辞去した後,午後5時過ぎころ,SとQがC宅を訪れたが,こ
のときにも,Cは,「ミスをして責任を感じる。」,「生きてはいけない。」,
「今度は責任をもってきちんと対応します。」などと繰り返した。午後6
時過ぎ,原告Bが,C宅に到着したことから,午後7時ころ,SとQはC
宅を辞去した。Cは,原告Bに対し,同月4日の夜に左手首を切ったこと,
同月5日の朝方に洗濯干し用のビニールロープをカーテンレールに掛けて
首を吊ろうとしたが,カーテンレールが重みに耐えかね床に落ちた旨告げ
た。その夜,Hは,C宅に電話を掛け,C及び原告に対し,しばらく実家
に帰って休養するよう伝えた。
Hは,Sらから,Cが自殺未遂を図った件についての報告を受けてその
事実を認識したが,同月6日,承継前被告の本社に連絡する際,Cが一時
所在不明になり当面就業できる状況にない旨の連絡をするにとどまり,C
が自殺未遂を図ったことに関する報告はしなかった。そのため,承継前被
告の本社サイドは,同年4月下旬に労働組合との協議が行われるまで,C
の自殺未遂の件を全く把握していなかった。
(甲1,12,19,21,28〔枝番号1〕,乙34,47,証人H,
原告B,原告A,弁論の全趣旨)
キ平成19年3月5日から同月7日までの間,Cは,自宅で原告Bととも
に過ごした後,同月8日にb市の実家に帰省した。
同日,Cは,b市内にある心療内科のTクリニックを受診した。Tクリ
ニックの診療録には,Cが,承継前被告に入社して10年間,土日にも出
社して仕事をしている,オーバーワークのせいかミスをしてしまった,本
人は自分が悪いと自分を責めて日曜日(同月4日)に遁走した,その前日
(同月3日)は不安で眠れず大声を何回も出してしまった,という趣旨の
内容を訴えた旨の記載が存在する。TクリニックのU医師は,Cの不安感
が強く考えがまとまらない状態であったことから,神経症(神経衰弱状態)
と診断し,抗不安剤を処方した。なお,このとき,Cは,同医師から,1
週間後に来院するよう求められたが,その後Tクリニックを受診しなかっ
た。
同月9日から同月10日にかけて,Cは,原告Bとともにiを旅行した
後,同月11日,単身で福岡市の自宅に戻った。
帰省中,Cは,原告Bに対して,一日も早く会社に戻りたい旨の気持ち
を表していた。
(甲1,原告B)
ク平成19年3月12日以降,Cは,Hに対し,再三にわたり電話やメー
ルで,早期の職場復帰を求めるとともに,「会社をくびになるのではない
か。」,「休み(年次有給休暇)が足りないのではないか。」などの懸念
を伝えていたが,Hは,本件プロジェクトが山場を迎えていたためその時
機ではないものと判断したことなどから,Cに対して,解雇は絶対にしな
い,年休については,確認の上,不足する場合には別途配慮するなどと回
答し,職場復帰をしばらく待つように求めたが,職場復帰の具体的な時期
や手順などについては特に説明しなかった。
(甲1,12,19,21,28〔枝番号1〕,乙47,証人H,弁論の
全趣旨)
ケ本件プロジェクトは,平成19年3月20日までの施工期間で,同年4
月1日からの稼働開始が予定されていたが,前記のとおり進捗が遅れ納期
を達成することが困難であったことから,同年3月下旬ころ,稼働開始時
期を同年5月1日に延期することが決定された。
同年4月2日,承継前会社の福岡事業所で開催された本件プロジェクト
の対策会議において,福岡事務所の業務を支援するためdシステムセンタ
ー事業所に支援チーム(d支援チーム)を設けることが決定された。その
際,d支援チームの担当者にとって不明な事項が生じた場合に,機能概要
等を説明できる者が必要であったため,本件プロジェクトの担当者であり
職場復帰の希望を表明していたCがその任に指名され,承継前被告からC
に対してその旨の電話連絡がなされた。
同月3日,Cは,午前9時ころ福岡事業所に出勤した後,d支援チーム
が担当する機能に関する準備作業としてソースプログラム類の抽出や関連
資料の用意を行うとともに,深夜に行われたd支援チームでの作業の進め方
に関する打合せに参加し,翌4日の午前2時30分に退社した(時間外労働
時間は8時間)。なお,Hは,Cが職場復帰した同月3日までの間,Cから,
休職中の過ごし方や現時点における健康状態につき確認したことはなく,ま
た,同日以降,dシステムセンター事業所に対して,Cの自殺未遂の件につ
き申し送りをしたことはなく,勤務軽減措置を講じるよう求めたこともなか
った。
同月4日以降,Cは,東京都a市所在のホテルに滞在しながら,dシス
テムセンター事業所に出勤しd支援チームの作業に従事した。d支援チー
ムは,開発第一部の部長であったVを責任者とし,その作業内容は,福岡
事業所でプログラムの障害が発生した場合には,データの送付を受け,V
から割当てを受けたチームの担当者が問題を解決し,その結果を福岡事業
所に送付するというものであった。Cは,Vのサポート役として,資料の
作成,福岡事務所への問合せ,作成されたプログラムのチェックなどの作
業に従事したが,休職明けであったCの心理的負担を軽減するため,dシ
ステムセンター事業所の担当者とのやりとりは,Cと直接に行うのではな
く,すべてVを介して行うこととされた。もっとも,Vは,Hからの申し
送りがなかったため,Cが休職前に自殺未遂を図っていたことを知らなか
った。
同月4日から同月7日までの間におけるCの労働時間は,以下のとおり
である。
4日(水)午前9時から(福岡から東京までの移動時間を含め)午
後5時50分まで(拘束時間8時間50分,時間外労働
時間なし)
5日(木)午前8時30分から午後9時50分まで(拘束時間13
時間20分,時間外労働時間4時間20分)
6日(金)午前8時00分から午後10時50分まで(拘束時間1
4時間50分,時間外労働時間5時間30分)
7日(土)午前8時30分から午後9時30分まで(拘束時間13
時間00分,時間外労働時間4時間00分)
Cは,同月6日の午前1時47分,Nに対し,「2時までに休憩する事
があれば電話下さい。移動2次発令画面の2Dレコードについて聞きたい
ので。無理ならいいです。」という内容のメールを送信した。また,Cは,
Mに対し,同月7日の午後10時51分,「お姉ちゃん明日は,やっぱ
り出勤になったよ。」という内容のメールを送信するとともに,また,そ
の日の夜にかけた電話において,「東京の方が時間的には楽だが,精神的
にはきつい。休んでいる間にプログラム等の仕組みが変わってしまったの
で,全然わからないから,全部福岡の人に聞かないといけない。」などと
話した。
(甲1,12,19,21,28〔枝番号1,2〕,乙34,47,48,
証人H,証人V,弁論の全趣旨)
本件事故の発生等
平成19年4月8日,Cが出社しなかったことから,Vは,Cの携帯電話
に連絡したりCが滞在していたホテルのフロント係に連絡したりしたが,応
答がなかった。東京消防庁a消防署員が,ホテルから連絡を受け,午後2時
24分ころCの宿泊していた部屋に入ったところ,ベッドの中でCが仰臥位
で死亡しているのが確認された。
F医師は,同月9日,Cの死体検案を行い,本件死体検案書において,C
の直接死因は致死性不整脈で,発症から短時間で死亡した旨の診断をすると
ともに,解剖による所見として,心臓房室間動脈に中等度の狭窄(本件狭窄)
が存するほか,諸臓器うっ血,諸臓器粘膜面に溢血点多数,心臓血暗赤色流
動性,凝血を含まないなど急性死の所見がみられる旨の指摘をしている。
(前記第2の2の事実,甲1,28〔枝番号2〕,乙48)
Cの労働時間数等
アCの発症前6か月間の労働時間数は,概要以下のとおりである。
発症前1か月目(平成19年4月7日~同年3月9日)
拘束時間数67時間30分
総労働時間数61時間00分
時間外労働時間数21時間00分
発症前2か月目(平成19年3月8日~同年2月7日)
拘束時間数312時間35分
総労働時間数277時間10分
時間外労働時間数106時間20分
発症前2か月における1か月当たりの平均時間外労働時間数
3時間40分
発症前3か月目(平成19年2月6日~同年1月8日)
拘束時間数186時間35分
総労働時間数167時間55分
時間外労働時間数6時間15分
発症前3か月における1か月当たりの平均時間外労働時間数
44時間31分
発症前4か月目(平成19年1月7日~平成18年12月9日)
拘束時間数145時間15分
総労働時間数129時間55分
時間外労働時間数0分
発症前4か月における1か月当たりの平均時間外労働時間数
33時間23分
発症前5か月目(平成18年12月7日~同年11月9日)
拘束時間数202時間20分
総労働時間数179時間10分
時間外労働時間数12時間00分
発症前5か月における1か月当たりの平均時間外労働時間数
29時間07分
発症前6か月目(平成18年11月8日~同年10月10日)
拘束時間数195時間20分
総労働時間数174時間10分
時間外労働時間数10時間50分
発症前6か月における1か月当たりの平均時間外労働時間数
26時間04分
(甲1)
イ承継前被告に入社してから本件事故までの間における1か月当たりのC
の超過勤務時間数及びその推移は,別紙記載のグラフのとおりである。
(乙45)
厚生労働省の脳・心臓疾患に関する認定基準
厚生労働省は,平成13年12月12日付け基発第1063号による都道
府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知「脳血管疾患及び虚血性心疾
患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」により,脳・心
臓疾患に関し,概要以下の内容の認定基準(以下「厚労省認定基準」という。)
を定めている。
ア対象疾病
脳血管疾患
脳内出血(脳出血),くも膜下出血,脳梗塞及び高血圧性脳症
虚血性心疾患等
心筋梗塞,狭心症,心停止(心臓性突然死を含む。)及び解離性大動
脈瘤
イ認定要件
次のないしの業務による明らかな過重負荷(医学経験則に照らして,
脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著し
く増悪させ得ることが客観的に認められる負荷)を受けたことにより発生
した脳・心臓疾患は,業務上の疾病(労働基準法施行規則別表第1の2第
9号に該当する疾病)として取り扱う。
発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に
明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと
発症に近接した時期(発症前おおむね1週間)において,特に過重な
業務に就労したこと
発症前の長期間(発症前おおむね6か月間)にわたって,著しい疲労
の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと
ウ長期間の過重業務(上記イ)に関する認定要件の運用
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,
疲労の蓄積が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増
悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがある。このことか
ら,発症との関連性において,業務の過重性を評価するに当たっては,
発症前の一定期間の就労実態等を考察し,発症時における疲労の蓄積が
どの程度であったかという観点から判断することとする。
「特に過重な業務」とは,日常業務(通常の所定労働時間内の所定業
務内容)に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観
的に認められる業務をいう。
「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」に就労したと認めら
れるか否かについては,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚
等にとっても,特に過重な精神的,身体的負荷と認められるか否かとい
う観点から,客観的かつ総合的に判断する。
業務の過重性の具体的な評価に当たっては,疲労の蓄積の観点から,
労働時間のほか,不規則な勤務,拘束時間の長い勤務,出張の多い業務,
交替制勤務・深夜勤務,作業環境(温度環境・騒音・時差),精神的緊
張を伴う業務等の他の負荷要因について十分検討する。
a労働時間は,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ,そ
の時間が長いほど業務の過重性が増すところであり,具体的には,発
症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,
発症前1か月ないし6か月にわたって,1か月当たりおおむね4
5時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との
関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働が長くなる
ほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価すること
発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし
6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間
外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価で
きること
を踏まえて判断する。
ここでいう時間外労働時間数は,1週間当たり40時間を超えて労
働した時間数である。また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務
と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保さ
れている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。
b精神的緊張を伴う業務については,日常的に精神的緊張を伴う業務
又は発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出
来事がある場合には,負荷の程度を評価する視点により検討し,評価
する。また,精神的緊張と脳・心臓疾患の発症との関連性については,
医学的に十分な解明がなされていないこと,精神的緊張は業務以外に
も多く存在すること等から,精神的緊張の程度が特に著しいと認めら
れるものについて評価する。
日常的に精神的緊張を伴う業務と負荷の程度を評価する視点の例
決められた時間(納期等)どおりに遂行しなければならないよう
な困難な業務
阻害要因の大きさ,達成の困難性,ペナルティの有無,納期等の
変更の可能性等/業務量(労働時間,労働密度),就労期間,経験,
適応能力,会社の支援等
発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出
来事の例
上司,顧客との大きなトラブルがあった
トラブル発生時の状況,程度等
(全体につき,乙4)
厚生労働省が定める厚労省認定基準の運用上の留意点等
厚生労働省は,平成13年12月12日付け基労補発第31号による都道
府県労働局労働基準部長あて厚生労働省労働基準局労災補償部補償課長通知
「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基
準の運用上の留意点等について」により,厚労省認定基準の具体的運用に当
たっては,以下の事項に留意するものとしている。
ア長期間の過重業務に関する運用上の留意点
評価期間
長期間の過重業務の評価期間を発症前おおむね6か月間としたのは,
疲労の蓄積を評価する期間として発症前6か月間とすることが医学的に
妥当とされていることによる。なお,発症前おおむね6か月間を評価す
るに当たっては,1か月間を30日として計算する。
発症前おおむね6か月より前の業務の取扱い
発症前おおむね6か月より前の業務については,発症から遡るほど業
務以外の諸々の要因が発症に関わり合うとされていることから,業務の
過重性を評価するに当たって付加的要因として考慮するものとした。
業務の過重性の総合評価
労働時間の長さは,業務量の大きさを示す指標であり,また,疲労の
蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられること及び厚労省認定基準で
労働時間の評価の目安が示されたことから,業務の過重性の評価に当た
っては,まず,労働時間(時間外労働時間)について検討した上で,労
働時間以外の負荷要因の評価と併せて判断する。
厚労省認定基準で示された労働時間の評価の目安は,長時間労働及び
それによる睡眠不足から生ずる疲労の蓄積と脳・心臓疾患の発症との関
連性に係る医学的知見に基づき,1週40時間(1日8時間)を一定時
間超える時間外労働が1か月間継続した場合を想定して算出されたもの
である。
イリスクファクターの評価
脳・心臓疾患は,主に加齢,食生活等の日常生活による諸要因等の負荷
により,長い年月の生活の営みの中で極めて徐々に血管病変等が形成,進
行及び増悪するといった自然経過をたどり発症するもので,その発症には,
高血圧,飲酒,喫煙,高脂血症,肥満,糖尿病等のリスクファクターの関
与が指摘されており,特に多数のリスクファクターを有する者は,発症の
リスクが極めて高いとされる。このため,業務起因性の判断に当たっては,
脳・心臓疾患を発症した労働者の健康状態を定期健康診断結果や既往歴等
によって把握し,リスクファクター及び基礎疾患の状態,程度を十分検討
する必要があるが,厚労省認定基準の要件に該当する事案については,明
らかに業務以外の原因により発症したと認められる場合等の特段の事情が
ない限り,業務起因性が認められる。
ウおって,厚労省認定基準のより正確な理解のため,後記の脳・心臓疾
患の認定基準に関する専門検討会報告書を活用するものとする。
(全体につき,甲9)
脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書の内容
脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会は,厚生労働省からの依頼に
より,平成13年11月16日付けの脳・心臓疾患の認定基準に関する専門
検討会報告書(以下「専門検討会報告書」という。)をとりまとめていると
ころ,専門検討会報告書には,概要以下の内容の記載がある。
ア心停止(心臓性突然死を含む。)の概要
心停止とは,心拍数が無となり循環が停止した状態を指す。何らの前兆
なしに突然心停止を来す場合,救急蘇生が速やかに行われないと突然死に至
る。ICD-10では,①蘇生に成功した心停止,②心臓に原因がある
心臓性突然死,③詳細不明の心停止,に分類している。蘇生に成功した心
停止においては,心電図が記録され,種々の検査によりその基礎心疾患が明
らかにされるが,後二者においては,その病態を解明することは困難なこと
が多い。その主な基礎心疾患は,虚血性心疾患であり,急性冠症候群の心臓
性突然死に当たる。
イ業務の過重性の評価
長時間労働は,脳血管疾患をはじめ虚血性心疾患,高血圧,血圧上昇
などの心血管系への影響が指摘されている。長時間労働が脳・心臓疾患
に影響を及ぼす理由は,①睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生ずること,
②生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること,
③長時間に及ぶ労働では,疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して
職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ,これ
が直接的なストレス負荷要因となること,④就労態様による負荷要因
に対するばく露時間が長くなることなどが考えられる。
その中でも,疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっ
ていると考えられる。一般に,睡眠不足の健康への影響は,循環器や交
感神経系の反応性を高め,脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考
えられている。
以上のことから,長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に
由来する疲労の蓄積が血圧の上昇などを生じさせ,その結果,血管病変
等をその自然的経過を超えて増悪させる可能性のあることが分かる。疲
労の蓄積には,長時間労働以外の種々の就労態様による負荷要因が関与
することから,業務の過重性の評価は,これら諸要因を総合的に評価す
ることによって行われるべきであるが,長時間労働に着目してみた場合,
1日4~6時間程度の睡眠が確保できない状態が,継続していたかどう
かという視点で検討することが妥当と考えられる。1日6時間程度の睡
眠が確保できない状態とは,労働者の場合,1日の労働時間8時間を超
え,4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,1か月当たりおお
むね80時間を超える時間外労働が想定される。1日5時間以下の睡眠
は,脳・心臓疾患の発症との関連において,すべての報告において有意
性があるとされているところ,1日5時間程度の睡眠が確保できない状
態とは,労働者の場合,1日の労働時間8時間を超え,5時間程度の時
間外労働を行った場合に相当し,1か月当たりおおむね100時間を超
える時間外労働が想定される。
他方,その日の疲労がその日の睡眠等で回復できる状態であったかど
うかは,1日7~8時間程度の睡眠ないしそれに相当する休息が確保で
きていたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられる。1日
7.5時間程度の睡眠時間が確保できる状態を検討すると,この状態は,
労働者の場合,1日の労働時間8時間を超え,2時間程度の時間外労働
を行った場合に相当し,1か月当たり45時間の時間外労働が想定され
る。1か月おおむね45時間を超える時間外労働に従事していない場合
には,疲労の蓄積は生じないものと考えられ,また,それ以前の長時間
労働によって生じた疲労の蓄積は,徐々に解消していくものと考えられ
る。
脳・心臓疾患の発症と職業・職種の関係は,バス運転者・タクシー運
転者その他の自動車運転者,管理職,医師,警備員などが多いとされて
いる。また,仕事の要求度が高く,裁量性が低く,周囲からの支援が少
ない場合には,精神的緊張を生じやすく,脳・心臓疾患の危険性が高く
なるとする報告がある。なお,どのようなストレスによって,どのよう
な疾患が生じやすいかといったことは現時点においても医学的に十分に
は解明されていないこと,ストレスは業務以外にも多く存在し,その受
け止め方は個々人により大きな差があることから,過重性の評価は慎重
になされるべきである。
ウ虚血性心疾患等のリスクファクター
業務以外の精神的緊張の持続等の精神的負荷が心疾患の原因となり得る
かについては,研究方法の困難さ(発作の引き金となる要因の正確なデー
タを多数集めることの困難さ,ストレス評価方法の未確立,ストレスと発
作の因果関係評価の困難さ)から,すべての例で関連性を判断するのは容
易ではない。
過労は,身体ストレスのみならず精神的ストレス状態であり,突然死の
大きな修飾因子となる。過労時には,内分泌系や自律神経系の反応が生じ,
特に交感神経の強い反応によってカテコールアミンが分泌され,その結果,
致死性不整脈は生じやすくなる。また,飲酒,喫煙,コーヒーなどの嗜好
品,睡眠不足や変則勤務など生体リズムの乱れは不整脈発生の誘発ないし
増悪因子となる。
(全体につき,甲10)
F医師による医学的知見
本件死体検案書を作成したF医師は,平成20年8月2日付け回答書及び
平成21年1月17日付け意見書において,Cの死因等に関して以下の医学
的知見を示している。
ア致死性不整脈とは,一般に,不整脈のうち心臓のポンプ機能を失い又は
その可能性の高いものを指し,突然の心肺機能停止を生じ,突然死の原因
となることがある。
剖検等では,後記の本件狭窄を除いて死因となり得る異常を認めなかっ
た。心臓房室間動脈は心臓の刺激伝導系に血液供給を行う血管と考えられ
ており,狭窄などにより血液供給量が低下した場合,不整脈の原因になる
と思われることから,死因を致死性不整脈とした。ただし,不整脈の診断
を行うには,本来は生前に心電図等を用いて詳細な検索を行う必要があっ
て,心停止後の検索では確定的な診断を行うことは困難であり,Cの直接
死因が致死性不整脈であるとの診断は,除外診断的なもので,ある程度の
推定的内容を含むものである。
致死性不整脈を発症する誘因となるものは,内因的なもの外因的なもの
を含めて様々なものが考えられ,更にこれが複合していることも多く,そ
の原因を単一の誘因によるものと断定することは困難なことが多い。しか
しながら,本件狭窄が致死性不整脈を発症する原因の一つとなった可能性
は当然考えられる。その他に致死性不整脈を発症する誘因となり得る身体
的・精神的ストレス等があったかどうか及びその程度は,剖検所見からは
判断できない。
イCの心臓房室間動脈には中等度の狭窄(本件狭窄)が認められているが,
血栓に認められる騒擾構造や粥状硬化症に認められるアテローム斑を認め
ず,繊維成分主体であることから,血栓性,粥状動脈硬化症による動脈硬
化とは異なり,筋線維性の狭窄と思われる。
本件狭窄は,新しい血栓によるものではないため,死亡の直前に形成さ
れたものとは考えにくく,また,生活習慣病に該当する動脈硬化症ではな
い。したがって,本件狭窄は,生下時からあったものか又は生活習慣病と
は異なる何らかの要因によって徐々に形成されたもののいずれかであると
思われるが,そのいずれかであるのかは判然としない。しかしながら,本
件狭窄が生下時から現在と同程度のものであった場合には,幼少時から何
らかの症状があったり何らかの検査で指摘される可能性が考えられるため,
そのような症状ないし異常所見がないとすれば,ある時期から徐々に形成
されたものと考えるのが合理的である。このような筋線維性肥厚がなぜ認
められどのように進行するのかは明らかになっていない。
Cの不整脈は少なくとも平成11年の時点で診察所見として認められて
いるところ,健康診断記録からは不整脈の種類を特定することはできない
が,不整脈の発生時期と上記推定との間に特に矛盾する点はないことから
すると,本件狭窄は,上記不整脈の原因となった可能性を否定することは
できず,同様の理由により,Cの直接死因である致死性不整脈の原因とな
った可能性がある。ただし,剖検では検査が不可能な不整脈の原因が多数
あるため,その他の原因を完全に否定することはできない。
(全体につき,前記第2の2の事実,甲1)
G医師による医学的知見
地方労災医員のG医師は,以下の文書において,Cの死因等に関し,以下
の医学的知見を示している。
ア平成21年4月23日付け面接照会顛末書(厚生労働事務官作成)
本件死体検案書においては,Cの直接死因につき致死性不整脈と診断
されているが,本件狭窄(血管の線維化)で房室ブロックを起こしそれ
が死亡に直結するのは考えにくい。解剖所見から判断すると,原因不明
の突発性の心臓性突然死であると思われる。
Cの場合,性格的に真面目で責任を感じやすいA形行動パターンのタ
イプで,不整脈があったのに仕事による失敗(自殺未遂前の失敗)のス
トレスがかかって突然死を発症した可能性があると思う。
イ平成21年7月25日付け意見書
本件死体検案書においては,Cの直接死因につき致死性不整脈と診断
されているが,Cに致死性不整脈の記録はなく,発症後24時間以内の
死亡であるため,臨床分類上の傷病名は心臓性突然死とすることになっ
ている。
Cの発症前2か月目の時間外労働時間数が業務上の大がかりな計画変
更のために106時間50分と過剰だった上に,Cが納期内の業務達成
が困難と思い込んで自殺未遂を企てたほどの精神的緊張が加わった結果,
突然死したと推測される。したがって,心臓性突然死の発症原因と業務
との間に有意の医学的因果関係があったと判断される。
Cの本件狭窄は,おそらく先天性素因に基づくものであり,生後,徐々
に筋繊維性病変が進行していたと推測される。検診時の不整脈や低血圧
は,そのような病変と関連づけられるかもしれない。
(全体につき,甲1)
W医師による医学的知見
XセンターW医師は,平成20年12月16日付け意見書において,平成
17年10月21日の心電図検査に関して以下の医学的知見を示している。
ア心電図は正常範囲である。
イ不整脈の自覚症状があり,その前後の平成16年及び平成18年に聴診
で不整脈が認められているにもかかわらず,心電図検査で不整脈が認めら
れていないのは,診療時の不整脈が20歳代の若い人に比較的認められる
呼吸性不整脈である場合,または,不整脈が診察時には認められるが心電
図では消失する場合や診察時のみ一過性に不整脈がある場合が考えられる。
(全体につき,甲1)
労災認定
原告Aは,平成20年11月14日,福岡中央労働基準監督署長に対して
遺族補償一時金等の支給を請求したところ,福岡中央労働基準監督署長は,
平成21年9月9日付けで,Cの疾患が心臓性突然死を含む心停止に該当し,
また,本件事故が業務上の疾病(労働基準法施行規則別表第1の2第9号に
該当する疾病)に基づくものであると判断して,遺族補償一時金・遺族特別
支給金・遺族特別一時金・葬祭料を支給する旨の決定をした。
上記決定においては,Cの業務の過重性に関し,概要以下のとおりの判断
がなされている。
ア労働時間
1か月の平均時間外労働時間数が最大となるのは,発症前2か月間の平
均63時間40分であるが,発症前1か月目が労働日数が5日のみで残り
は自殺未遂後の年休であることや,発症前2か月目の時間外労働時間数が
106時間20分あり,100時間を超えていることを考慮すれば,発症
前2か月間の労働密度が特に低いものとはいえず,業務と発症との関連性
が強いものと考えられる。
イ労働時間以外の負荷要因
当初予定では,平成18年12月までに改修システムの新ホストコンピ
ュータへの移行が行われる予定であったところ,新ホストの開発が遅れた
ために平成19年1月から計画変更を余儀なくされた。他方,納期である
同年4月1日運用開始は変更がないものとされたため,業務量(労働時間・
労働密度)が増加するも,納期の達成は困難な状態であった。そのような
状態の中で,同年3月2日に行われたシステムへ移行作業後の試験で,シ
ステムが動かないというトラブルが発生し,Cは,復旧作業に従事するも
動かないため,クライアントの一人から突き放された言動を受けたと感じ,
同月4日の就労中に突然いなくなり,自分はミスをしたので会社に必要な
い人間だと考えて自殺未遂を図った。以上のとおり,Cの業務は,納期達
成の困難性及び顧客とのトラブルという精神的緊張を伴うものであったと
認められる。
ウ結論
平成19年1月の計画変更により同年2月の時間外労働時間の増加,納
期達成の困難性,同年3月の顧客とのトラブル後の自殺未遂という精神的
緊張を伴う一連の業務を総合的に評価すると,Cは著しい疲労の蓄積をも
たらす特に過重な業務に就労したと認められる。
(全体につき,甲1,2,弁論の全趣旨)
2争点(Cの死亡と承継前被告における業務との因果関係)について
Cの死因について
本件死体検案書を作成したF医師は,Cの死亡の原因(直接死因)に関し
て,「致死性不整脈」と診断している(前記第2の2)ところ,①専門
検討会報告書においては,心停止とは,心拍数が無となり循環が停止した状
態を指し,何らの前兆なしに突然心停止を来す場合,救急蘇生が速やかに行
われないと突然死に至るものとされていること(前記1ア),②F医師
は,致死性不整脈に関し,一般に,不整脈のうち心臓のポンプ機能を失い又
はその可能性の高いものを指し,突然の心肺機能停止を生じ,突然死の原因
となることがある旨の医学的知見を示していること(前記1ア),③G
医師は,Cの死因につき,解剖所見や発症後24時間以内の死亡であること
から判断すると,原因不明の突発性の心臓性突然死であると思われる旨の医
学的知見を示していること(前記1ア,イ),以上の事情に照らすと,
Cの死因は,厚労省認定基準が定める心臓性突然死を含む心停止(前記1
ア)であったと考えられる。
Cの死因と承継前被告における業務との因果関係について
ア労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどし
て,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう
危険のあることは,周知のところである(最高裁平成10年第217号,
第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁
〔以下「平成12年判決」という。〕参照)。そして,厚労省認定基準やそ
の運用上の留意点においては,業務の過重性の具体的な評価に当たっては,
疲労の蓄積の観点から,労働時間(時間外労働時間)を中心として,不規則
な勤務,拘束時間の長い勤務,出張の多い業務,交替制勤務・深夜勤務,作
業環境(温度環境・騒音・時差),精神的緊張を伴う業務等の他の負荷要因
について十分検討するものとされ(前記1ウ,ア),専門検討会報
告書においても,長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来す
る疲労の蓄積が血圧の上昇などを生じさせ,その結果,血管病変等をその自
然的経過を超えて増悪させる可能性のあること,また,過労が身体的ストレ
スのみならず精神的ストレス状態であり,突然死の大きな修飾因子となるこ
と,などが指摘されている(前記1イ,ウ)。
イCは,情報処理システム等に関する開発等を目的とする株式会社である
承継前被告において,SEとして勤務し(前記第2の2,),平成1
8年以降,承継前被告がI社システムソリューションズから請け負った本
件プロジェクト(I社の人事・賃金制度改正に伴うシステム改修)の遂行
に携わっていた(前記1ア)。本件プロジェクトは,平成19年3月2
0日までの施工期間で,同年4月1日からの稼働開始が予定されていた(前
記ア,ケ)が,その進捗状況は開始当初から予定より遅れ気味であり,
本件プロジェクトと併行して行われていた「次期JAMPS」への移行作
業が同年12月末までの期限に間に合わなかったことなどの事情も相まっ
て,平成19年1月ころにはI社システムソリューションズから承継前被
告に対して納期厳守の圧力が強まるほど本件プロジェクトの進行は遅滞す
るようになり,これに加えて,同年2月ころにはI社からの仕様の追加・
変更が相次いだため,Cらのチームの作業量は格段に増加し,これに伴い,
同年2月におけるCの時間外労働時間は127時間50分に上っていた
(前記1イないしエ)。そして,Cらのチームは,同月26日以降,移
行後の動作確認試験を行うべく夜間を通して環境移行作業を進め,指定さ
れた期日である同年3月2日までにこれを完了させたものの,Cが同日に
実施した動作確認試験においては,プログラムが作動しないという不具合
が生じ,その解決に相当の時間や労力を要することとなった(前記オ)。
以上のとおり,①平成19年2月におけるCの時間外労働時間は,専
門検討会報告書において脳・心臓疾患の発症と有意的関連性を有するもの
と指摘されている1か月当たりおおむね100時間(前記1イ)を大
きく上回るものであったこと,②また,Cは,遅滞していた本件プロジ
ェクトを納期どおりに完成させるべく業務に携わっていたもので,その業
務は日常的に精神的緊張を伴うものであったと認められること,③さら
に,自らが実施した動作確認試験においてプログラムが作動しないという
不具合が発生したことは,Cに相当な精神的緊張をもたらす出来事であっ
たと認められること,以上の点を考慮すると,特に同年1月以降における
Cの業務は,脳・心臓疾患の発症をもたらす過重なものであったと認める
ことができ,Cが同年3月4日から同月5日にかけて自殺を試み(前記1
カ),同月8日にTクリニックの医師から神経症(神経衰弱状態)と診
断された(前記1キ)のは,その顕れであると考えられる。
ウCは,自殺未遂発覚後の平成19年3月5日から職場復帰した同年4月
3日までの約1か月間,承継前被告に出社せず業務に従事していなかった
が,承継前被告は,Cの職場復帰に当たり,休職中の過ごし方や現時点に
おける健康状態につき確認したことはなく(前記1カないしケ),上記
イの過重負荷に伴うCの身体的・精神的ストレスが完全に払拭されたもの
と認めるに足りる事情は存在しない。
エそして,Cは,平成19年4月3日に職場復帰し,本件プロジェクトプ
ログラムの障害が発生した場合において問題解決をサポートするd支援チ
ームの一員として,資料の作成,福岡事務所への問合せ,作成されたプロ
グラムのチェックなどの作業に従事していたところ,その労働密度は,前
記イの業務に比べると必ずしも大きなものではないが,同月5日から同月
7日までの3日間における労働時間は,拘束時間が13時間ないし14時
間50分,時間外労働時間が4時間ないし5時間30分に上っており(前
記1ケ),その間の業務も,Cに相当の身体的又は精神的ストレスをも
たらすものであったといえる。
オ以上の事情を総合考慮すると,本件事故当時におけるCの業務は,その
量・内容等からして,医学経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎と
なる血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観
的に認められる負荷に該当し,その結果,Cについて心臓性突然死を含む
心停止を発症させたものであり,したがって,Cの死亡と承継前被告の業
務との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
被告は,Cの業務は労働時間及びそれ以外の負荷要因においても一般的
な労働者にとって死亡の結果をもたらすような過重なものではなく,仮に
Cの業務に何らかの負荷が存在したとしても,自殺未遂後の約1か月にわ
たる長期連続休日により回復している,などと主張する(前記第3の2
ア)が,上記に述べた認定判断に照らし,その主張を採用することはでき
ない。
業務外の死亡の原因の有無について
被告は,Cが死亡した原因は入社前から存在していた本件狭窄(心臓房室
間動脈における中等度の狭窄)によるものであるとして,Cの死亡は承継前
被告の業務と無関係である旨主張している(前記第3の2イ)。
この点,Cには,死体解剖により本件狭窄の存在が認められている(前記
第2の2)ところ,F医師は,心臓房室間動脈の狭窄などにより血液供給
量が低下した場合,不整脈の原因となると思われるため,本件狭窄が致死性
不整脈を発症する原因の一つとなった可能性は当然考えられる,本件狭窄は
筋線維性のものであるため,死亡の直前に形成されたものとは考えにくい旨
の医学的知見を示し(前記1イ),また,G医師は,本件狭窄が,おそら
く先天性素因に基づくものであり,生後,徐々に筋繊維性病変が進行してい
たと推測される旨の医学的知見を示している(前記1イ)。他方,Cに
は,平成11年10月,平成15年10月,平成16年10月及び平成18
年11月に行われた各健康診断において,いずれも不整脈が認められている
ほか,平成14年10月及び平成17年10月の各健康診断の際には,診察
上は不整脈と認められなかったものの,自覚症状として脈の乱れを訴えてい
る(前記1ア)。
しかしながら,Cには,大学在学中の平成9年4月に受診した健康診断や
承継前被告への入社後最初に行われた平成10年10月の健康診断の際には,
特段の異常は認められておらず(前記1ア),本件狭窄が承継前被告に入
社する前から存在していたことを的確に認め得る客観的証拠は存在しない
(なお,Cの姉であるMは,先天性心室中隔欠損症の疾患を有していた〔前
記1,イ〕が,Cに認められた本件狭窄は,心臓房室間動脈における筋
線維性の狭窄というものであり〔前記1イ〕,それらの発生機序は同質性
を有しないと考えられることから,Mが先天性心室中隔欠損症の疾患を有し
ていたことのみをもって本件狭窄が先天性・遺伝性のものであると断定する
ことはできない。)。また,F医師は,致死性不整脈の発症には様々な誘因
が考えられ,生前において心電図等を用いて詳細な検索を行わない限り,確
定的な診断を行うことは困難である旨の医学的知見を示しており(前記1
ア),また,承継前被告入社後におけるCの時間外労働が別紙記載のグラフ
のとおり恒常的なものであったこと(前記1イ)に照らせば,Cの不整脈
ないし本件狭窄は,承継前被告における業務の負荷に起因して生じたもので
ある可能性も否定できない。
以上によれば,本件狭窄が承継前被告への入社前から存在していたものと
認めることはできず,したがって,Cの死亡が業務外の原因に基づくものと
いうことはできないから,被告の上記主張は採用することができない。
以上によれば,争点に関する原告らの主張は,理由がある。
3争点(承継前被告の責任原因)について
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理する
に際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心
身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(平成12年判決参照)。
本件事故当時におけるCの業務は,前記2にみたとおり,その量・内容等
からして,医学経験則に照らして,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病
変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められ
る負荷に該当するものであったところ,承継前被告は,Cの使用者として,
Cの業務内容を熟知し,かつ,作業日誌等によりその業務量を容易に把握し
得る立場にあった(前記1)。しかるに,承継前被告は,Cが,遅滞して
いた本件プロジェクトを納期どおりに完成させるべく業務に従事し平成19
年2月には127時間50分に上る時間外労働をしていること(前記2)を
把握していながら,新たな人員を配置してチームの人員を増やしたり,Cに
休暇等を取らせたりしてその疲労の蓄積を解消させる措置を執るなど,業務
の量・内容等が過重にならないようなものとする措置を具体的に講じていた
様子は,本件全証拠によるも特にうかがわれない。また,Cは,同年3月4
日から同月5日にかけて自殺を試みており,これに上記の状況を考え併せる
と,承継前被告は,Cが業務の過重負荷により相当な身体的・精神的ストレ
スをかかえるほど疲労や心理的負荷等が蓄積していたであろうことを容易に
認識し得る立場にあったにもかかわらず,Cを約1か月休職させたことはあ
ったものの,職場復帰後において,Cに対し,休職中の過ごし方や現時点に
おける健康状態につき確認したこともなかったし,復帰先のdシステムセン
ター事業所に対し,Cの自殺未遂の件につき申し送りをしたことはなく,勤
務軽減措置を講じるよう求めたこともなかった(前記1カないしケ)。
以上によれば,承継前被告は,使用者として要求される上記の注意義務を
怠ったものというべきである。
被告は,Cの業務は過重なものではなく,Cの死亡に対する予見可能性は
なかった旨主張する(前記第3の2)が,前記2に述べたとおり,労働者
が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や
心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のある
ことは,周知のところであり,かつ,本件事故当時におけるCの業務の量・
内容が過重負荷なものであり,承継前被告はそのことを認識し又は認識し得
べき立場にあったのであるから,承継前被告にはCの死亡に対する予見可能
性があったものというべきであり,被告の上記主張を採用することはできな
い。
以上によれば,承継前被告は,使用者として要求される上記の注意義務を
怠ったことにより,労働契約上の債務不履行責任又は不法行為に基づく責任
として,本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責めを負うというべ
きであり,承継前被告の承継人である被告(前記第2の1)もまた,その
責めを免れることはできない。
よって,争点に関する原告らの主張は,理由がある。
4争点(原告らの損害額)について
原告らの請求は,不法行為に基づく損害賠償請求を第1次的請求とするもの
である(前記第2の1)ことから,以下においては,不法行為に基づく損害賠
償請求に関するものとして検討を進める。
逸失利益4888万5681円
ア基礎収入額
Cの死亡前1年間(平成18年5月分から平成19年4月分まで)にお
ける給与及び賞与の総支給額は,以下のとおりであった(甲1〔資料№30〕
により認める。)。
平成18年5月分給与21万8569円
同年6月分給与22万6364円
同年6月分昇給差額6022円
同年6月20日賞与43万4000円
同年7月分給与22万9546円
同年8月分給与25万8184円
同年9月分給与23万8670円
同年10月分給与26万1366円
同年11月分給与24万0683円
同年12月分給与26万2957円
同年12月8日賞与52万2900円
平成19年1月分給与24万5456円
同年2月分給与27万6325円
同年3月分給与42万2798円
同年4月分給与28万9690円
同年4月6日賞与8万7000円
以上を合計すると,422万0530円となる。
イ生活費控除率
Cが独身女性であること(前記第2の2,第4の1)などに照らし,
30%を相当と認める。
ウ中間利息控除係数
原告は昭和50年10月6日生まれで,本件事故当時31歳であった(前
記第2の2)ところ,その死亡により,本件事故時から就労可能期間の
終期である67歳までの36年間にわたって,その労働能力の全部を喪失
したものと認められる。
36年に対応するライプニッツ係数が16.5469であることは,当
裁判所に顕著な事実である。
エ計算式
422万0530円×(1-0.3)×16.5469
=4888万5681円(小数点以下切捨て)
慰謝料2500万0000円
前記1にみた事情を考慮すると,本件事故によりCが死亡したことに伴い,
C本人,原告A及び原告Bがそれぞれ被った精神的苦痛を慰謝するための金
額は,それぞれにつき,
C2200万0000円
原告A150万0000円
原告B150万0000円
以上のとおりとするのが相当である。
葬儀費用156万0764円
証拠(甲4)により認める。
以上合計7544万6445円
5争点(過失相殺)について
被告は,争点整理手続を経て人証がなされた後の平成24年6月11日付
け準備書面によって,前記第3の4のとおり,初めて過失相殺の主張をす
るに至ったところ,原告らからは,上記主張は時機に後れた攻撃防御方法で
あるから民訴法157条1項に基づき却下すべきである旨の主張がなされた
(前記第3の4)が,当裁判所は,「訴訟の完結を遅延させることとなる」
場合には該当しないものと認め,上記主張を却下しなかった。
しかしながら,当裁判所は,被告による過失相殺の主張はいずれも理由が
ないものと判断した。その理由は,以下のとおりである。
ア基礎疾患について
被告は,Cの死亡原因となった致死性不整脈が業務と無関係に生じた本
件狭窄によって生じたものである旨主張する(前記第3の4ア)が,本件
狭窄が承継前被告への入社前から存在していたものと認めることはできな
いことは,前記2に判示したとおりであり,その主張を採用することはで
きない。
イ性格・心因的要素について
被告は,Cの自殺未遂には同人の性格・心因的要素が寄与している旨主
張する(前記第3の4イ)。
しかしながら,そもそも,Cの自殺未遂は,Cの業務が脳・心臓疾患の
発症をもたらす過重なものであったことの顕れとして理解すべきものであ
って(前記2イ),それ自体が致死性不整脈(前記第2の2)ないし
心臓性突然死を含む心停止(前記2)というCの死亡原因に直接的に結
びつくものではないから,被告の主張する点が過失相殺事由を構成するの
かどうか疑問がある。また,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同
種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外
れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因
とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,
その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因として斟酌す
ることはできないというべきである(平成12年判決参照)ところ,本件
全証拠によるも,Cの性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が上記の範
囲を外れることを的確に認め得るものは見当たらない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
ウ承継前被告に対する自殺未遂等の未報告について
被告は,Cや原告らが,承継前被告に対し,自殺未遂の事実やCの症状
について何ら連絡しなかった,として,これが過失相殺事由に該当する旨主
張する(前記第3の4ウ)が,承継前被告は,C宅を訪問したSらからの
報告等によりCが自殺未遂を図った件を認識していた(前記1カ)のであ
るから,その主張を採用することはできない。
エ医師に対する不告知等について
Cは,平成19年3月8日にTクリニックを受診している(前記1キ)
ところ,被告は,Cや付添いをしていた原告が,医師に自殺未遂の事実を
伝えず,また,医師から指示のあった再診も受けず,処方された薬も服用
しなかった,として,これが過失相殺事由に該当する旨主張する(前記第
3の4エ)。
しかしながら,Cの自殺未遂は,前記イのとおり,Cの業務が脳・心臓
疾患の発症をもたらす過重なものであったことの顕れとして理解すべきも
のであるところ,Cは,Tクリニックに対し,承継前被告に入社して10
年間,土日にも出社して仕事をしており,オーバーワークの状態にある旨
申告しているのである(前記1キ)から,Cが医師に対して自殺未遂の
事実を伝えていたかどうかは本質的な問題ではない。また,Tクリニック
は心療内科であり,処方された薬も神経症(神経衰弱状態)との診断に対
する抗不安剤にすぎない(前記1キ)から,Cが,Tクリニックを再受
診し,また,医師から処方された薬を服用したとしても,そのことによっ
て疲労の蓄積から解放され血管病変等をその自然的経過を超えて増悪させ
る可能性が減少したといえるかどうかには疑問があるといわざるを得ない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
オ多数回にわたる積極的な復職希望について
被告は,Cが承継前被告に対して再三にわたり回復した旨の連絡と復帰
の申入れをし,原告らもCの上記申入れ等を止めることなくむしろ勧めてい
た旨主張する(前記1キ)。
この点,労働者は,一般の社会人として,自己の健康の維持に配慮すべ
きことが期待されているのは当然であるけれども,Cによる復職の申入れ
が自身の健康を増悪させることを認識・認容してなされたものとは考えが
たく,そのような事実を認め得る証拠は見当たらないし,そもそも,前記
3のとおり,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めて
これを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄
積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負って
いるのであるから,承継前被告としては,Cが復職をするに当たり,休職
前におけるCの稼働状況に鑑み,新たな人員を配置してチームの人員を増
やしたり,Cに休暇等を取らせたりしてその疲労の蓄積を解消させる措置
を執るなど,業務の量・内容等が過重にならないようなものとする措置を
具体的に講じなければならないのであり,Cが再三にわたり復職の申入れ
をしたとの一事をもって過失相殺事由が存在するということはできない。
また,原告らがCの復職を止めることなく勧めていたとの点についても,
原告らにおいてCの稼働状況を具体的に認識しつつ同人の健康を増悪させ
ることを認識・認容してなされたことを認め得る証拠は見当たらない。
よって,被告の上記主張を採用することはできない。
カ小括
以上によれば,本件において被告の原告らに対する損害賠償額を定める
に当たり,過失相殺をするのは相当でない。
原告らの損害額(弁護士費用を除く。)は,逸失利益4888万5681
円,慰謝料2500万円及び葬儀費用156万0764円の合計7544万
6445円であり(前記4),他方,原告らは,労災保険給付として遺族補
償一時金1116万5000円及び葬祭料66万9900円の支給を受け,
また,承継前被告から弔慰金として160万円の支払を受けている(前記第
2の2)から,損益相殺後における原告らの損害額は,6201万154
5円となる(なお,労働者災害補償保険法に基づく葬祭料は原告らの積極損
害たる葬儀費用と,同じく遺族補償一時金は原告らの消極損害たる逸失利益
と,それぞれ同性質のものであり,受給権者に対する第三者の損害賠償義務
と政府の保険給付義務とが相互補完の関係にあるから,葬祭料の額は原告ら
の損害のうち葬儀費用の額から,遺族補償一時金の額は同じく逸失利益の額
からそれぞれ控除するのが相当である。)。
以上によれば,原告ら各自の損害額は,Cの損害につき相続した額及び原
告ら各自の固有の損害額を合わせて,それぞれ3100万5772円(小数
点以下切り捨て)となる。
6争点(弁護士費用の額)について
原告らがその権利実現のため訴訟の提起及び追行を弁護士に委任したこと
は,当裁判所に顕著な事実であるところ,本件事案の内容,審理経過,立証
活動の難易,認容額その他弁論に表れた諸般の事情を考慮すると,原告らが
本件訴訟の追行に要した弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係のある損
害は,各自310万円が相当と認める。
前記5の損益相殺後の原告らの損害額に,上記の弁護士費用を加える
と,被告が賠償すべき原告らの損害額は,原告ら各自につき3410万57
72円となる。
第5結論
以上によれば,原告らの請求は,各自3410万5772円及びこれに対す
るCの死亡日である平成19年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は
理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第5民事部
裁判官府内覚

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