弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主     文
   1 1審被告明和地所らの控訴に基づき,原判決中,1審被告明和地所らの敗訴部
分を取り消す。
   2 1審原告らの請求をいずれも棄却する。
   3 1審原告らの控訴をいずれも棄却する。
   4 訴訟費用は,第1,2審とも1審原告らの負担とする。
            事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 1審原告ら
  (1) 原判決を次のとおり変更する。
  (2) 1審被告明和地所らは,1審原告らに対し,原判決別紙物件目録記載2の建物
(本件建物)のうち,高さ20メートルを超える部分を撤去せよ。
  (3) 1審被告明和地所ら及び1審被告三井住友建設株式会社は,訴状送達の日の
翌日から前項記載の建物部分の撤去に至るまで,連帯して,1審原告学校法人桐朋学
園(1審原告桐朋学園)に対し1か月101万円の割合,別紙1審原告目録記載第2,第3
の各1審原告らに対しそれぞれ1か月11万円の割合,同目録記載第4,第5の各1審原
告らに対しそれぞれ1か月1万円の割合による各金員を支払え。
  (4) 1審被告明和地所ら及び1審被告三井住友建設株式会社は,1審原告らに対
し,連帯して,1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5
パーセントの割合による金員を支払え。
  (5) 仮執行宣言
 2 1審被告明和地所ら
  (1) 原判決中,1審被告明和地所らの敗訴部分を取り消す。
  (2) 1審原告らの請求をいずれも棄却する。
  (3) 訴訟費用は,第1,2審とも1審原告らの負担とする。
第2 事案の概要
 1(1) 訴えの概要
    本件は,1審被告明和地所株式会社(1審被告明和地所)が,東京都国立市所在
の通称「大学通り」に面する原判決別紙物件目録記載1の土地(本件土地)を購入し(た
だし,購入後に9筆を合筆した。),1審被告三井住友建設株式会社(旧商号・三井建設
株式会社。以下「1審被告三井住友建設」という。)との間において,建築請負契約を締
結し,原判決別紙物件目録記載2の建物(本件建物)を完成させ,その一部を順次分譲
販売したところ,本件建物の近隣地域に学校を設置し,居住し,通学し,又は大学通り
の景観等に関心を有する1審原告ら50名が,本件建物は違法建築物であり,日照等及
び景観につき受忍すべき限度を超える被害を被っていると主張して,①1審被告明和地
所らに対し,本件建物のうち,高さ20メートルを超える部分の撤去を求めるとともに,②
1審被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償として,1審原告らに対する上記撤去に
至るまでの間の慰謝料(1審原告桐朋学園は1か月101万円の割合,別紙1審原告目
録記載第2,第3の各原告らは1か月11万円の割合,同目録記載第4,第5の各原告ら
は1か月1万円の割合であって,そのうちの各1万円が景観の破壊に対するものであ
り,その余が日照被害等に対するものである。)の連帯支払並びに弁護士費用1000万
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
    1審原告らは,本件訴えを,当初,1審被告明和地所及び1審被告三井住友建設
に対し,(ア)本件建物が,20メートルの高さ制限を定めた,改正後の「国立市地区計画
の区域内における建築物の制限に関する条例」(本件建築条例)に違反することの確
認,(イ)本件建物の高さ20メートルを超える部分の建築禁止,(ウ)本件建物の高さ20メ
ートルを超える建築中の部分の撤去を求めるとともに,(エ)不法行為に基づく上記撤去
に至るまでの間の慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を求めるものとして提起した。し
かし,その後,本件建物が完成し,その一部が113名に順次分譲販売されたため,上
記の(ア)の本件建築条例違反の確認の訴え,(イ)の建築工事禁止の訴え,(ウ)のうち,
1審被告三井住友建設に対する撤去の訴えをいずれも取り下げるとともに,1審被告明
和地所に対する撤去請求及び損害賠償請求につき買受人らに対する訴訟引受けの申
立てをしたところ,その旨の決定がされたものである。
    本件建物は,その後も順次分譲販売されたため,当審においても,1審原告らの
申立てに基づき,1審被告明和地所に対する請求につき買受人らに対する訴訟引受け
の決定をした。
  (2) 争点
    本件の争点は,1審原告ら主張に係る請求原因の存否であり,本件建物の建築
により,1審原告らに社会生活上受忍すべき限度を超えた被害が生じ,1審原告らに本
件建物の一部の撤去請求権及び損害賠償請求権が認められるかどうかである。
    本件につき判断の前提となる主要な具体的争点は,①本件建物が本件建築条例
に違反する建築基準法違反の建物であるかどうか,②本件建物による1審原告らの日
照被害等及び景観の破壊による被害の有無及び程度であり,特に景観権ないし景観利
益の侵害の有無が重要な争点として争われている。
  (3) 原審の判断
    原審は,建築基準法3条2項により本件建物には本件建築条例は適用されず,
本件建物は建築基準法に違反する建物ではないとし,本件建物による日照被害等につ
いても重大なものではないなどとして権利侵害を認めなかったが,大学通りの景観を評
価し,沿道奥行き20メートル以内の土地の地権者らは,大学通りの景観につき所有権
の付加価値として所有権から派生する景観維持を相互に求める利益(景観利益)を有す
るとして,1審原告らのうち,1審原告A,同B及び同Cの3名(1審原告Aら3名)につい
て,大学通り沿道奥行き20メートル以内の地権者であることが証拠上明らかであり,本
件建物の建築経過における1審被告明和地所の対応等からすると,本件建物の建築に
より景観利益につき受忍限度を超える侵害を受けており(不法行為),これは金銭賠償
では被害を救済することができないものであるとして,①1審被告明和地所らに対し,本
件建物のうち,大学通り側の原判決別紙図面のAないしZの各点を順次直線で結ぶ範
囲内の部分につき地盤面から高さ20メートルを超える部分を撤去することを命じ,②1
審被告明和地所に対し,1審原告Aら3名に対し,(ア)地権者としての景観利益の侵害に
よる不法行為に基づく損害賠償として,本件建物の検査済証が交付された平成13年1
2月20日から①の建物部分を撤去するまで,それぞれ1か月1万円の割合による慰謝
料の支払,(イ)弁護士費用900万円及びこれに対する1審被告明和地所に対する訴状
送達の日の翌日である平成13年4月12日から支払済みまで民法所定の年5パーセン
トの割合による遅延損害金の支払を命じ,1審原告らのその余の請求をいずれも棄却し
た。
    これに対し,1審原告ら及び1審被告明和地所らが控訴した。
 2 前提事実(争いのある事実について認定に供した証拠等は,括弧内に記載のとお
りである。)
  (1) 当事者
   ア 1審原告ら
    (ア) 1審原告桐朋学園は,国立市中a丁目b番cの土地を所有し,桐朋学園小学
校,桐朋中学校,桐朋高等学校(以下,併せて「桐朋学園男子部門」という。)を設置,運
営している学校法人であり,昭和16年に財団法人山水育英会によって,前身の山水中
学(後の男子部門),山水高等女学校(後の女子部門)の2つの学校が創設されて以
来,国立の地にある(甲6,16ないし19)。
    (イ) 別紙1審原告目録記載第2の1審原告ら10名は,いずれも桐朋学園男子部
門に通い,あるいは卒業までそこに通っていた児童・生徒であり,同目録記載第5の1審
原告ら7名は,いずれも1審原告桐朋学園の教職員,あるいは本訴係属中に定年退職
した者である(弁論の全趣旨)。
    (ウ) 1審原告Aら3名を含む同目録記載第3の1審原告ら10名は,いずれも本
件建物の敷地境界線から建物の高さの2倍の水平距離の範囲内に居住し,本件建物
の建築に反対する者の有志で組織された「2Hの会」の構成員である。
    (エ) 同目録記載第4の1の1審原告Dは,国立市内に土地を所有し,国立市の
環境を守ろうとする者の有志で組織された「東京海上跡地から大学通りの環境を考える
会」(考える会)の代表である。同目録記載第4の1審原告ら22名は,いずれも国立市
又はその近隣に居住し,考える会の構成員である(甲20,弁論の全趣旨)。このうち,1
審原告Eは,平成15年1月3日に死亡し(甲281),妻Fが相続し(弁論の全趣旨),訴
訟を承継した。
   イ 1審被告ら
    (ア) 1審被告明和地所は,住宅地・工業用地の開発,造成及び販売等を業とす
る株式会社であり,本件建物の建築主である。
    (イ) 別紙1審被告等目録記載第2の控訴人兼被控訴人らは,本件訴訟が提起さ
れた後に本件建物の区分所有権を買い受け(弁論の全趣旨),1審被告明和地所訴訟
承継人として,原審ないし当審において訴訟引受けの決定がされた者である。
    (ウ) 1審被告三井住友建設は,土木,建築,電気及び管工事の請負及び設計監
理等を業とする株式会社であり,本件建物の設計及び施工をしたものである。なお,平
成12年11月ころ以降の本件建物の建築工事は,三井・村本建設共同企業体として実
施され,その代表は1審被告三井住友建設である。
  (2) 国立市の大学通り付近の景観
   ア 大学通り周辺の状況
     国立駅の南口はロータリーになっており,このロータリーから南に向けて幅員の
広い公道(都道146号線)が直線状に延びている。そのうち江戸街道までの延長約1.
2キロメートルの道路は,「大学通り」と称され(以下,この範囲の道路を通称に従い「大
学通り」という。),そのほぼ中央付近の両側に,一橋大学の敷地が接している。
     大学通りは,歩道を含めると幅員が約44メートルあり,道路の中心から左右両
端に向かってそれぞれ幅約7.3メートルの車道,約1.7メートルの自転車レーン,約9
メートルの緑地及び約3.6メートルの歩道が配置され,緑地部分には171本の桜,11
7本のイチョウ等が植樹され,これらの木々が連なる並木道となっている。
     大学通り沿いの地域のうち,一橋大学から南に位置する地域は,1審原告桐朋
学園及び東京都立国立高校(国立高校)の各敷地及び本件土地を除いて,大部分が都
市計画上の用途地域区分において第1種低層住居専用地域に指定されているため,建
築物につき高さ10メートルまでとする制限があり,低層住宅群を構成している。
     本件土地は,国立駅から約1160メートルの距離にあって,大学通りの南端に
位置し,江戸街道を隔てた南側約660メートルの位置には南武線谷保駅があり,谷保
駅から続く商店街が近く,本件土地の道路を挟んだ北側に1審原告桐朋学園男子部門
の校舎があり,道路を挟んだ南側は東京都心身障害者福祉センター多摩支所,東京都
多摩障害者スポーツセンター,日本電信電話株式会社国立社宅等の3,4階建て以下
の建物が存在し,大学通りを挟んだ東側には5階建ての国立高校の校舎がある。
(甲9,31,32,54,79,126,128,乙201の9の3,弁論の全趣旨)
   イ 大学通り周辺の歴史的経緯
     大学通り周辺の地区は,大正14年(1925年)に箱根土地株式会社が,当初か
ら東京商科大学(現一橋大学)の神田一ツ橋からの誘致を前提に,当時の谷保村北部
の武蔵野台地の山林を開いて学園都市の建設を計画したものである。大正15年に現
在のJR中央本線の国分寺駅と立川駅の中間に駅が開設され,国立駅と命名された。
同年国立駅から南に向けて延びる24間幅の広い直線道路の中央部分に東京商科大
学が神田一ツ橋から移転され,道路の左右に200坪を単位とする宅地を整然と区画す
るという計画の下に開発が進められ,教育施設を中心とした閑静な住宅地を目指して地
域の整備が行われた。昭和3年,居住者及び法人を含む関係者43軒で国立町会が結
成され,冠婚葬祭,親睦のための活動等が盛んに行われていたところ,昭和9年から翌
年にかけて,昭和8年の皇太子(現在の天皇)誕生を祝って,大学通りの両側の緑地帯
に青年団等と一緒に桜の木を植え,その後は桜と交互にイチョウを植えたとされてい
る。
     昭和25年6月,朝鮮戦争の勃発により,隣の立川市に米兵が進駐してきたこと
が契機となって,国立駅周辺の風紀が乱れ始めたことから,都市計画法に基づく用途地
域内の特別用途地区として,東京都文教地区建築条例に基づき,文教地区指定を推進
する運動が起こった。これに対し文教地区では風俗営業的な用途に供する建物の建築
が禁止されることになるため,町の繁栄という立場から慎重に対処すべきであるという
意見もあり,町を2分する論争がされた末,昭和27年1月,本件土地を除くその北側及
び東側が文教地区の指定を受けることになった。
     また,この地域においては,環境や景観の保護を目的とした市民運動も盛んで
あり,昭和44年には,大学通りの本件土地の東側付近に,大学通りを横断して通学す
る小・中学生の安全のための歩道橋が設置されることについて,美観やクルマ社会優
先に反対する立場から,設置に反対する住民運動が起こり,それが行政訴訟に発展し
たこともあった。歩道橋は,スロープを併置する形で昭和45年に完成したが,昭和53年
の小学校の学区変更によってあまり利用されなくなっている。
     昭和45年の建築基準法改正に伴う用途地域の全面改正の際,一橋大学以南
の距離750メートルの大学通りの両側奥行き20メートルの住宅地について,それまで
は住居地域として建物の高さは20メートルまでに制限されていたが,当時の国立市長
は,国立市議会の了承を得て,「絶対高さ制限」のない第2種住居専用地域とする試案
を東京都に提出した。しかし,昭和47年から翌年にかけて,この地域を建物の高さが1
0メートルまでに制限される第1種住居専用地域に指定することを求める市民運動(1種
住専運動)が展開され,これを受けて,昭和48年10月,一橋大学から国立高校に至る
大学通りの両側の奥行き20メートルのうち,本件土地を除く部分は,第1種住居専用地
域に指定された。
(甲23,33,184の1ないし4)
     大学通りの景観については,昭和57年,東京都選定の「新東京百景」に選出さ
れ,平成6年,読売新聞の「新・東京街路樹10景」,「新・日本街路樹100景」に選ばれ
るなど,優れた街路の景観として紹介されることがあった。
     平成6年11月,国立市都市景観形成条例制定のための直接請求がされ(815
4名の署名),平成7年9月,国立市都市景観形成審議会(景観審議会)が設置され,平
成8年3月30日に景観審議会がまとめた「中間報告書」において,国立市の保全すべき
優れた景観資源として国立駅から南へ延びる大学通りが掲げられるなどした後,平成1
0年3月,国立市都市景観形成条例(景観条例)が制定され,同年4月1日施行され,併
せて国立市都市景観形成条例施行規則も制定された。
     景観条例は,国立市の都市景観の形成に関する基本事項を定めることにより,
文教都市にふさわしく美しい都市景観を守り,育て,つくることを目的とする行政活動の
指針を定めるものである。国立市長は,景観条例25条の規定に基づき,大規模行為景
観形成基準(平成10年3月国立市長告示第1号)を定めているところ,国立市都市景観
形成条例施行規則11条及び大規模行為景観形成基準には,高さ10メートルを超える
建物の新築工事をしようとする建築主は,高さについて,まちなみとしての連続性,共通
性を持たせ,周囲の建築物等との調和を図ることを配慮すべきことが定められている。
     この間の平成8年,住民らが東京都と国立市を被告として,国立駅付近に高い
ビルが乱立したことについて,都市計画の違法を理由に損害賠償(慰謝料)を求める訴
え(景観訴訟)を提起し,平成11年4月,統一地方選挙で,景観保護を訴えたX現国立
市長が現職市長を破って当選した。
(甲24ないし27,29,50,弁論の全趣旨)
     その他の本件訴訟に関連する事実経過等の概要は,原判決別紙時系列2記載
のとおりである。
  (3) 本件土地及び本件建物
    本件土地は,もと塗料工場の敷地であったが,昭和40年7月,東京海上火災保
険株式会社(東京海上)が取得し,計算センターを建築した。当時,本件土地は住居地
域にあって,建物の高さについては20メートルまでとする制限があり,計算センターは
最も高い部分でも約16メートルであったが,昭和45年,建築基準法の改正により高さ
制限は撤廃され,その後も高さ制限のない第2種住居専用地域に指定された。しかし,
昭和51年の建築基準法の改正により用途規制が強化され,計算センターは,床面積と
用途の関係で既存不適格建築物となった。東京海上は,昭和62年,計算センターの拡
張のため用途地域の住居地域への変更を国立市に要請したが,受け容れられなかった
ため,その後計算センターを多摩市に移転し,本件土地は売りに出されることになった。
本件土地は,後述のとおり,平成8年5月,ごく一部を除き第2種中高層住居専用地域
に指定された。
   (甲36の1・2,38)
    1審被告明和地所は,平成11年5月21日から担当者が国立市役所と東京都多
摩西部建築指導事務所に赴いて,本件土地についての建築計画を説明するなどした
後,同年7月22日,東京海上から本件土地を代金90億2000万円で買い受けた。
    1審被告明和地所は,平成11年12月3日,東京都多摩西部建築指導事務所に
対して本件建物の建築確認申請をし,平成12年1月5日,東京都建築主事から建築確
認を得,同日建築工事に着工して東京都多摩西部建築指導事務所に着工届を提出し,
平成13年12月20日,東京都から検査済証の交付を受け,平成14年2月9日から分
譲を開始した。
    本件建物は,地上14階建て,地下1階,総戸数353戸(うち住居は343戸)の分
譲と賃貸を目的としたマンションであり,建築面積は6401.98平方メートル,高さは概
ね北側から南側に向かって階段状に高くなっており,最高で43.65メートルであり,原判
決別紙図面記載のとおり,外 観上はおおむね4つの棟に分かれている。なお,建築工
事中は,建物の構造上,東側の棟をE-1棟とE-2棟に,南側の棟をS-1棟とS-2
棟に分けてそれぞれ表示していたので,その表示の仕方で数えると,正確には6棟とな
る。
(甲128,129,乙104,176の1)
  (4) 法及び東京都の条例に基づく現在の本件土地上の建築物の高さ規制
    本件土地は,平成8年5月,ごく一部を除き第2種中高層住居専用地域に指定さ
れ,建ぺい率60パーセント,容積率200パーセントと定められた。第2種中高層住居専
用地域は,主として中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域で
あり(都市計画法9条4項),絶対高さ制限はないが,建ぺい率及び容積率の制限により
間接的に建物の高さが制限されることになる。また,建築基準法56条の2第5項,東京
都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例3条により,高さ10メートルを超
える建築物については日影による建築物の高さの制限があり,冬至日における真太陽
時の午前8時から午後4時までの間に,建築敷地の平均地盤面から4メートルの高さの
水平面に対して,敷地境界線から5メートルを超え10メートル以内の範囲では3時間以
上,10メートルを超える範囲では2時間以上の日影を生じさせてはならないとされてい
る。さらに,本件土地は第1種高度地区に指定されているが,これは,日照等の環境を
維持するために,建築物の各部分の高さを真北方向の隣地境界線上5メートルの高さ
から水平距離の0.6倍の高さとすること等によって間接的に建築物の高さの最高限度
を制限するものであり,第1種は3種の中では最も制限の厳しいものである。本件建物
がおおむね北側から南側に向かって階段状に高くなっているのは,上記の日影制限な
いし第1種高度地区の規制によるものと認められる。なお,本件土地は,上記のとおり,
文教地区の地区外である。
(甲31,乙50)
  (5) 本件地区計画と本件建築条例に基づく建築物の高さ規制
   ア 都市計画法(昭和43年法律第100号,ただし,平成11年法律第87号による
改正前のもの,以下同じ。)は,12条の4において,都市計画区域については,都市計
画に,必要な場合は地区計画(1項1号)等を定め,地区計画等の種類,名称,位置及
び区域その他政令で定める事項を都市計画に定めるものとし(2項),地区計画は,建
築物の建築形態,公共施設その他の施設の配置等からみて,一体としてそれぞれの区
域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し,開発し,及び保全
するための計画とし,用途地域等が定められている土地の区域についてこれを定めるこ
とができるものとされ,そのうち建築物に関する事項は,地区整備計画として定めるもの
とされている(12条の5)。
     地区計画は,都市計画として定められるものであり,市町村の決定した都市計
画は,市町村の告示があった日から効力を生ずるものとされている(20条1項,3項)。
   イ 建築基準法68条の2第1項は,市町村は,都市計画法12条の4第1項1号の
地区計画が定められ,かつ,地区整備計画が定められている区域について,当該区域
内の建築物の敷地,構造,建築設備又は用途に関する事項で当該地区計画等の内容
として定められたものを,条例で,これらに関する制限として定めることができるとしてい
る。
   ウ 国立市は,上記のとおり,1審被告明和地所が本件建物について建築確認を
得て着工した後である平成12年1月24日付けで,本件土地を含む東京都国立市中a
丁目地内(本件地区)について,国立都市計画中a丁目地区地区計画(本件地区計画)
を告示した(乙72)。
     本件地区計画は,都市基盤が整備された地区において,低中層住宅地区及び
学園地区の環境を維持保全し,大学通り沿道の都市景観に配慮したまちづくりを形成す
ることを目的としており,地区整備計画において,本件地区を低層住宅地区1,低層住
宅地区2,中層住宅地区及び学園地区に区分し,それぞれの地区における建築物の高
さを,低層住宅地区2について10メートル以下,中層住宅地区及び学園地区のうち第1
種低層住居専用地域を除く地区について20メートル以下としているので,本件土地は,
中層住宅地区として建築物の高さを20メートル以下とする地区となる(乙72)。
     なお,低層住宅地区1については,その全部がもともと第1種低層住居専用地
域に指定されており,建築基準法55条で10メートル又は12メートル以下に建築物の
高さが制限されている。
     国立市は,本件地区計画について,平成11年11月24日,原案を公告・縦覧し
たが,1審被告明和地所以外の本件地区の地権者に対しては,同年10月9日に説明し
ていた。
   エ 国立市は,建築基準法68条の2の規定に基づく国立市の条例として,国立市
地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例(平成11年国立市条例第30
号)を制定し,同条例は,平成11年12月24日公布され,平成12年1月1日施行された
(甲117,乙74)。そして,本件地区計画の告示から1週間後の同月31日,国立市議
会において,同条例による規制対象区域に本件地区の地区整備計画区域を加えること
に改正する条例(平成12年国立市条例第1号,本件改正条例,乙73)が可決され,同
年2月1日公布され,同日施行された。
     本件改正条例による改正後の国立市地区計画の区域内における建築物の制
限に関する条例(本件建築条例)によれば,本件土地に建築できる建築物の高さは,2
0メートル以下に制限されることになる(乙73)。
   オ 建築基準法3条2項は,建築基準法に基づく条例の規定の施行又は適用の際
現に存する建築物若しくはその敷地又は現に建築等の工事中の建築物,建築物の敷
地等が,これらの規定に適合せず,又はこれらの規定に適合しない部分を有する場合
においては,当該建築物,建築物の敷地又はその部分に対しては,当該規定は,適用
しないとしている。
 3 当事者の主張
   1審原告ら及び1審被告明和地所らの各主張の要旨は,当審における主張の要旨
(原審と重複すると解されるものは除く。)を別紙のとおり付加するほか,原判決別紙主
張要旨に摘示されたとおりであるから,これを引用する。
   原審は,論点を,①建築基準法3条2項の解釈について(論点1),②本件地区計
画及び本件建築条例・改正条例の適否(論点2),③本件土地に対する用途地域指定
の経緯等(論点3),④1審原告らの損害の有無(論点4),⑤受忍限度(論点5)として双
方の主張を整理している。
第3 当裁判所の判断
 1 建築基準法違反について
   当裁判所も,本件建物は,本件改正条例が施行された平成12年2月1日の時点に
おいて,建築基準法3条2項の現に建築の工事中の建築物に該当するから,本件建築
条例は本件建物には適用されないものと判断する。その理由は,1審原告らの当審に
おける主張に対する判断を次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」第3の1(2
),(3)に説示のとおりであるから,これを引用する。
   なお,1審被告明和地所らは,本件建築確認処分は確定しているから,その公定
力により,本件訴訟においても違法建築物であることを前提とした判断をすることはでき
ないと主張するが,建築確認は,建築主事が,建築主の申請に基づき,建築基準法6条
1項所定の建築物の建築等の工事が着手される前に,当該建築物の計画が建築基準
関係規定に適合していることを公権的に判断する行政行為であつて,建築確認がされ
なければ,その工事をすることができないという法的効果が付与されているに過ぎず,
建築確認が確定していることによって本件建物が違法建築物ではないことまでが確定さ
れるものではないから,1審被告明和地所らの上記主張は採用することができない。
  (1審原告らの当審における主張に対する判断)
  (1) 建築基準法3条2項の「現に建築…の工事中の建築物」について
    1審原告らは,当審においても,建築基準法3条2項が,新規定適用排除の要件
として,「現に建築…の工事中の建築物」としている文理を強調し,「建築物」とされてい
る以上,少なくとも建築物の基礎工事が開始されていることが必要であって,根切り工
事は基礎工事とはいえず,新規定適用排除の要件として根切り工事の開始で足りると
すれば,その判断基準が不明確となるのであって,基礎工事開始時説が正当であり,こ
の見解を採用することによって実際上も不都合は生じないなどと主張する。
    しかしながら,建築基準法3条2項は,新規定による行政目的の達成と建築主の
期待及び経済的利益の保護の要請との間の合理的調整を図った規定であると解される
ところ,1審原告ら主張のように「建築物」の文理に拘泥することは,同項の立法趣旨に
適合しないことになるものというべきである。1審原告らは,上記のとおり基礎工事開始
時説で実際上も不都合はないと主張するが,根切り工事の開始で足りるとする見解を採
用することによって不都合が生じるとは認められず,かえって個別の建築工事に応じて
具体的妥当性を図ることが可能となるのであり,それが立法趣旨にかなうものというべ
きである。
  (2) 権利濫用について
    1審原告らは,仮に本件建物が本件改正条例施行当時,建築基準法3条2項の
現に建築工事中の建築物に該当するとしても,これを主張する建築主の利益は,新規
定の適用を排除するにふさわしい正当なものでなければならないところ,本件において
は1審被告明和地所に保護されるべき合理的な期待及び経済的利益はないから,1審
被告明和地所は,公権力に対し,権利濫用により本件建築条例の適用除外を主張する
ことができないと主張する。
    しかしながら,建築基準法は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低
の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進
に資することを目的とする法律であり(同法1条),建築基準関係規定の適合性の有無
は,当該建築物について建築基準関係規定に照らして客観的に判断すべき問題であっ
て,それとは別途に適合性の有無を判断する基準は存しない。また,1審被告明和地所
は,上記のとおり適法に本件建物の建築確認を取得しているのであって,1審被告明和
地所がそれを前提とした主張をすることが権利濫用になる余地はない。そもそも1審原
告らの主張は,1審被告明和地所がいかなる権利を濫用したとするのか自体明らかにさ
れてはおらず,権利濫用の根拠とする事由も,公権力との関係においてではなく1審原
告らとの関係に限って問題としているものに過ぎないから,権利濫用を論じる余地がな
いといわざるを得ない。
 2 日照被害について
   当裁判所も,1審原告桐朋学園,その児童・生徒ら(別紙1審原告目録記載第2の
1審原告ら10名)及び教職員ら(別紙1審原告目録記載第5の1審原告ら7名),別紙1
審原告目録記載第3の1審原告らのうち,G,A,B,C,H及びIの主張する日照被害
は,いずれも日影規制に抵触しないだけでなく,各日照被害の内容及び程度が重大な
ものとは認められないから,社会生活上受忍すべき限度を超えるものではないと判断す
る。その理由は,原判決「事実及び理由」第3の2(1)に説示のとおりであるから,これを
引用する。
 3 圧迫感被害等について
   1審原告桐朋学園,その児童・生徒ら(別紙1審原告目録記載第2の1審原告ら10
名)及び教職員ら(別紙1審原告目録記載第5の1審原告ら7名),別紙1審原告目録記
載第3の1審原告らのうち,G,J,K,C,H及びLは,本件建物により受忍限度を超える
圧迫感被害を被っていると主張し,これに沿う供述をする。
   しかしながら,甲18,19,59,69,70,138,139,141ないし143,152,15
5,158の1,159の1・2・4・5・7,161の1・2・4・5,原審1審原告桐朋学園代表者に
よっても,同1審原告らが,本件建物によって社会生活上受忍すべき限度を超える圧迫
感被害を受けているとは認められない。風害についても同様である。
   その他1審原告らの主張する本件建物による景観被害以外の被害(交通事故の増
大,ビル風,地下水脈の切断,水質汚濁,電波障害等)についても,一般的,抽象的な
発生の危険性ないし漠然たる不安感等の程度にとどまるものであり,1審原告桐朋学園
の児童・生徒に対するプライバシー侵害の事実も認められないから,これらにつき1審
原告らに対する権利侵害があるものとは認められない。
 4 景観被害について
  (1) 当裁判所の判断の要旨
    良好な景観は,我が国の国土や地域の豊かな生活環境等を形成し,国民及び地
域住民全体に対して多大の恩恵を与える共通の資産であり,それが現在及び将来にわ
たって整備,保全されるべきことはいうまでもないところであって,この良好な景観は適
切な行政施策によって十分に保護されなければならない。しかし,翻って個々の国民又
は個々の地域住民が,独自に私法上の個別具体的な権利・利益としてこのような良好
な景観を享受するものと解することはできない。もっとも,特定の場所からの眺望が格別
に重要な価値を有し,その眺望利益の享受が社会通念上客観的に生活利益として承認
されるべきものと認められる場合には,法的保護の対象になり得るものというべきである
が,1審原告らが主張する大学通りについての景観権ないし景観利益は,このような特
定の場所から大学通りを眺望する利益をいうものではなく,1審原告らが大学通りの景
観について個別具体的な権利・利益を有する旨主張しているものと解されるところ,1審
原告らにこのような権利・利益があるものとは認められないから,本件建物による1審原
告らの景観被害を認めることはできない。
  (2) 景観の意義
    景観は,植物学者がドイツ語のラントシャフトLandschaftに与えた訳語であると
されており(平凡社世界大百科事典),植物学においては植物相からとらえられた,ある
いは,地理学においては地形等多様な観点からとらえられた,個々人の感覚を超えた
客観的な形象であるとされている。しかし,一般には,「風景外観。けしき。ながめ。ま
た,その美しさ。」という意味で用いられており(広辞苑),審美的要素を含む場合とこれ
を含まない場合とがあるが,ここでは審美的評価はひとまず捨象し,客観的な形象とし
ての対象という意味で「景観」という用語を用いることにする。
    景観は,環境の一部であることもあり,環境には良否があるが,環境権という主
張がされる場合は,良好な環境の享受に関する権利とされている。景観にも良否がある
が,景観権ないし景観利益という主張がされる場合も,良好な景観を享受する権利・利
益として主張されているものと解される。
    平成16年6月11日,我が国では景観についての初めての総合的な法律である
景観法が成立し,同月18日公布された。しかし,景観法には「景観」の定義規定はなく,
景観法の目的は,我が国の都市,農山漁村等における良好な景観の形成を促進する
ため,景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより,美しく風格のある国
土の形成,潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力のある地域社会の実
現を図り,もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与す
ることにあるとされているだけである(1条)。良好な景観の判断基準を定めた規定もな
いが,良好な景観は,地域の自然,歴史,文化等と人々の生活,経済活動等の調和に
より形成されるものであるとされている(2条2項)。また,景観法の制定前から,法的強
制力のあるものではないものの,全国の地方公共団体において,景観に関する自主条
例が制定されており,国立市において景観条例が制定されていたことは上述したとおり
であるが,景観条例にも「景観」の定義規定はない。
    以上のとおり,景観の意義には明確ではないところがあるが,それにもかかわら
ず,良好な景観が社会的に価値のあるものであることは法的にも既に承認されているこ
とである。
    しかしながら,現行法上,個人について良好な景観を享受する権利等を認めた法
令は見当たらず,この点は,景観法においても同様である。景観法は,良好な景観の形
成に関する基本理念及び国等の責務を定めるとともに,景観計画の策定,景観計画区
域,景観地区等における良好な景観の形成のための規制,景観整備機構による支援等
の措置を講じたものであるが,個人について良好な景観を享受する権利等に関しては
何ら規定するところがない。
  (3) 景観利益の多様性
    日照は特定の場所におけるものであり,眺望は特定の場所からのものであるか
ら,定量的ないし固定的な評価が可能であり,特定の場所との関連において日照や眺
望が社会通念上客観的に価値を有するものとして認めることができる場合がある。
    これに対して,景観は,対象としては客観的な存在であっても,これを観望する主
体は限定されておらず,その視点も固定的なものではなく,広がりのあるものである。こ
れを大学通りについていえば,大学通りは公道であり,徒歩や車椅子で通行する人,ベ
ンチで休む人,ジョギングする人,自転車で通行する人,自動車で走り抜ける人等,そ
の視点には様々な状況が考えられるし,視点の位置も多様である。通行する目的も,通
勤,通学,通院,配達,買物,散歩等,日常の生活の一部であることもあれば,仕事で
訪れる人もあり,純粋に散策の目的で訪れる人もあると思われ,通行する範囲,時間,
頻度も様々であると考えられる。見る状況が様々であるばかりでなく,見る人自身も移
動するに伴ってその視点も移動し,それによってとらえられる景観の風景要素も刻々と
変化する。沿道の樹木が並木として知覚されるのは,ある程度の距離を置いて見た場
合である。
    また,景観の対象のとらえ方にも広狭があり得るのであって,大学通りの景観と
一口にいっても,その全体は約1.2キロメートルに及び,北側は国立駅のロータリーで
あるが,南側は更に谷保駅に向かう道路が続いている。国立駅から一橋大学までと,一
橋大学から本件土地のある南端までとでは,沿道の用途地域も異なり(甲31),人通り
にも相当な違いがあり,景観としての評価にも差異があるとも考えられる。大学通りの景
観の美しさを紹介したものは,国立駅を中心としたものが多く(甲26,27,30),本件土
地付近に焦点を当てたものは見当たらない。また,大学通りの景観の外延も明確なもの
ではなく,景観訴訟において問題とされた建築物は,大学通りに面したものばかりでは
なく,国立駅を挾んで北側のものもあった(甲265)。さらに,都市景観は,国立市の景
観,東京都の景観というように,より広がりのあるものとして把握することもできる。
    対象としての景観には時間的,歴史的に変化する要素もあり,大学通りの景観
も,落葉樹が多いことから季節によってその様相は異なり,南端の西側にある本件建物
が大学通りの景観と重なって視野に入る区域,視点は,特に街路樹の緑が生い茂った
季節にはかなり限定されると考えられる(甲96,100,128)。他方,並木の状況も,も
とより昔から一定不変であったわけではなく,年月の経過とともに成長を遂げてきたこと
が認められ(甲24,乙200の1ないし11の各1・2,201の1ないし9の各1),桜並木に
ついては,70年以上前に植えられたものであるとすれば,逆にこれからの樹勢の衰え
も心配され,将来の予測をすることは難しい面がある。
    1審原告らの大学通りの景観との関わりも様々であり,付近に土地を所有し,居
住する人もいれば,地域的な関わりは国立市民というだけの人もおり,1審原告桐朋学
園と,その児童・生徒及び教職員らもいるが,いずれにしても全体で50名であって,日
常大学通りの景観と関わっている人々のごく一部に過ぎないのである。
  (4) 大学通りの景観の形成
    大学通りの景観は,上述したとおり,大正14年の箱根土地株式会社の開発構想
を基本として,昭和9年ころからの国立町会等による街路樹の植栽等の住民の活動,公
道の舗装,歩道の整備及び都市計画法に基づく用途地域の指定による沿道の建築物
の高さ制限等によって形成されてきたものである。大学通りの沿道の地権者らがその形
成,維持に協力したことはあったとしても,専ら地権者らによって自主的に形成,維持さ
れてきたものとは認められない。
    また,この地域においては,かねてから,本件土地を除くその北側及び東側につ
いての文教地区の指定,本件土地の東側付近に歩道橋を設置することに対する反対運
動,一橋大学以南の距離750メートルの大学通りの両側奥行20メートルのうち,本件
土地を除く部分についての1種住専運動,国立駅付近の景観訴訟等,環境及び景観保
護を目的とした運動が盛んに展開され,一橋大学以南の沿道の用途地域の指定につい
ては,1種住専運動が効を奏したものと認められることは上述したとおりであるが,それ
ぞれの運動の主体となる住民の同一性,継続性は明らかではなく,その成果が専ら1審
原告らに帰属すると解すべき根拠も明らかではない。
    これに対し,1審原告らは,都市景観は一定地域の地権者らが相互に自己の土
地所有権に制限を加えて形成していく特質があるとし,大学通りの景観は,大学通りの
沿道の地権者らが,自己犠牲を伴う75年以上にわたる長期間の継続的な努力によっ
て形成,維持,保全されてきたものであり,①広幅かつ直線の道路と,②直線道路の沿
道の並木,③直線道路の両側少なくとも20メートルの範囲に存在する建築物が20メー
トルの高さの並木を超えないという3つを要素とし,社会通念上も良好な景観として承認
され,その所有する土地に付加価値を生み出したものと認められると主張する。
    しかしながら,都市景観といってもそれ自体多義的なものであることは上述したと
おりであり,その形成要因も,地域によって多様なものがあると考えられ,一定地域の地
権者らが相互に自己の土地所有権に制限を加えて形成していくことが一般的な特質で
あるとはいえない。大学通りの景観が良好な景観であるとしても,1審原告らが大学通り
の景観の要素であると主張する①の広幅かつ直線の道路であることは,既に箱根土地
開発株式会社の開発構想において決定されていたものであり,②の直線道路の沿道の
並木についても,それは昭和9年ころから国立町会等によって行われた街路樹の植栽
等の住民活動による成果であり,特に大学通りの沿道の地権者らが自らの権利を犠牲
にして努力した結果形成されたものであるとまでは認められない。
    ③の直線道路の両側少なくとも20メートルの範囲に存在する建築物が20メート
ル高さの並木を超えないとする点については,街路樹が昭和9年ころに植栽された当時
からそのような高さであったとは考えられず,並木との調和を図るために20メートルの
高さを超えない建築物とすることの合理的,客観的理由も明らかではない。また,建築
物の高さが20メートルの高さを超えないとする点については,大正8年制定の市街地建
築物法は,住居地域内の建築物の絶対高さを,住居地域内で65尺(約19.7メート
ル),住居地域外では100尺(約30.3メートル)以下に制限していたが(同法施行令5
条),この制限は,昭和25年制定の建築基準法施行後もそれぞれ20メートル及び31メ
ートル以下の絶対高さ制限として受け継がれ(乙188),昭和45年の建築基準法改正
まで維持されてきたものであり,本件土地を含む一橋大学以南の大学通り沿いの一帯
の土地は,昭和22年以前から住居地域であったのであるから(乙201の1ないし3の各
3),高さの制限は法律に基づくものであって,地権者らの自己犠牲及び努力を論じる余
地のないものであった。また,高さの高い建築物を建てることについての社会的要求
は,時代を遡れば遡るほど強いものではなかったと考えられる。
    昭和45年の建築基準法改正に伴う用途地域の全面改正後は,住居地域のまま
であれば,容積率や斜線制限等による間接的な高さ制限を受けるだけで,絶対高さ制
限はなくなることになったが,一橋大学以南の距離750メートルの国立高校に至る大学
通りの沿道の住宅地については,1種住専運動の結果,本件土地を除く部分は第1種
住居専用地域に指定され,建築物の高さが10メートル以下に制限されることになった。
したがって,昭和45年の建築基準法改正以後も,1種住専運動における住民の努力は
あったものの,上記の区域については法律上の制限として高さ10メートルを超える建築
物は建てられなかったのであるから,建築物の高さが抑えられていることをもって,周辺
土地の地権者らの任意の自己犠牲による努力の結果であるとし,その所有権の付加価
値とする根拠はないものというべきである。
  (5) 大学通りの景観と本件建物
    大学通りの景観については,優れたものとして紹介されていることは上述したとお
りである。当裁判所も,国立駅から真っ直ぐ南に向かって敷設された広い道路と,それ
に沿って延びる並木の佇まいは美しく,四季を通じて潤いのある豊かな情景を形成して
いるという印象を受ける。
    1審原告らは,本件建物がこうした大学通りの良好な景観を破壊していると主張
する。
    しかしながら,先ず大学通りの位置,形状等そのものは,本件建物の建築の前後
で基本的に変わりがあるわけではない。1審原告らが問題にしているのは大学通りの景
観と本件建物の外観との調和にある。しかし,本件建物の外観が大学通りの景観と重
なって視野に入る地域,視点は,上述したとおり,大学通り全体の中では一部である。
    もっとも,大学通りの一橋大学以南においては低層の住宅が続いていることか
ら,歩道の内側にある並木ではなくその外側の住宅に目をやりながら徒歩で通行した場
合,大学通りの南端付近に至ると,本件建物は,高さにおいてもまた規模においても相
当に目立つ存在であり,それまでの風景から受けた印象にそぐわない一種の違和感を
抱く人は少なくないと思われるが,大学通りの通行の仕方として,そのような通行がどれ
だけ一般的であるかについては疑問がある。
    また,本件建物は,上述したとおり,全体として北側から南側に向かって階段状に
高くなっており,本件建物の外観を好ましく思わない人の中には,高さよりもむしろこの
外観自体に違和感を抱く人も少なくないのではないかと思われる。1審原告らが当審に
おいて提出した本件建物の高さ20メートルを超える部分をカットしたシュミレーション写
真(甲232)においても,南側の鉄塔もカットされている点はひとまず措くとしても,本件
建物の屋上が平面になることによる印象の変化は無視し得ない。
    しかし,本件建物が全体として階段状に高くなっている形状は,日影規制及び第
1種高度地区の制限によるものである。また,本件建物の真下付近の歩道から見上げ
る限り,高さが20メートルでも43メートルでも,本件建物の威圧感はそれほど顕著な差
異はないのではないかとも思われる。上記のシュミレーション写真(甲232)の撮影位置
から大学通りと本件建物とを観望することの一般性にも疑問がある。
    1審被告明和地所は,本件建物のパンフレット(甲96,128,191の1ないし4)
において,大学通りの景観をセールスポイントの一つとし,本件建物を大学通りとともに
撮影した写真を掲載しているところ,これは,本件建物が大学通りの景観と違和感なし
に調和するものであり,これを見た者が購買意欲をそそられるという判断に立っているも
のと推認される。本件建物の購入者の1人である1審被告Zも,大学通りの景観をすば
らしいと思っているが,本件建物は大学通りから10メートル以上離れており,植栽も多
く,大学通りの景観を破壊するものとは思っていないことが認められ(乙231,当審1審
被告Z本人),購入者以外でも同様な感想を抱く者は少なくないのではないかと思われ
る。
    本件土地は,大学通りの南端に位置し,最寄りの駅は南にある谷保駅である。谷
保駅側から本件建物に向かってきたとき,その間の眺望と本件建物の外観との調和に
ついて的確に判断し得る証拠はないが,必ずしも不調和なものではなく,将来の谷保駅
前の発展の状況いかんによって調和の度合いは変わってくるものと考えられる。本件建
物は,谷保駅前の商店街からみれば,顧客が増えることでその発展につながるものとも
いえる。
    大学通りの景観と本件建物の外観から受ける印象及び調和に関する当裁判所の
評価は以上のとおりである。しかし,これは,あくまでも本件に顕れた証拠から判断され
る当裁判所の印象に過ぎないものであり,これと異なる評価があり得ることを否定する
ものではない。景観は,当該地域の自然,歴史,文化,人々の生活等と密接な関係があ
り,景観の良否についての判断は,個々人によって異なる優れて主観的で多様性のあ
るものであり,これを裁判所が判断することは必ずしも適当とは思われない。
  (6) 景観利益と法的保護
    良好な景観を享受する利益は,その景観を良好なものとして観望する全ての人
々がその感興に応じて共に感得し得るものであり,これを特定の個人が享受する利益と
して理解すべきものではないというべきである。これは,海や山等の純粋な自然景観で
あっても,また人の手の加わった景観であっても変わりはない。良好な景観の近隣に土
地を所有していても,景観との関わりはそれぞれの生活状況によることであり,また,そ
の景観をどの程度価値あるものと判断するかは,個々人の関心の程度や感性によって
左右されるものであって,土地の所有権の有無やその属性とは本来的に関わりないこと
であり,これをその人個人についての固有の人格的利益として承認することもできない。
    1審原告らの主張によっても,一橋大学から江戸街道までの大学通りの両側20
メートルの奥行きの範囲内にある土地の地権者である1審原告Aら3名のほか,同M,
同N,同I,同K,同O及び同Jと,それ以外の1審原告らとで,その享受する景観利益に
どのような違いがあるのかは具体的に明らかにされていない。また,上記の地権者ら
は,一橋大学から江戸街道までの大学通りの両側20メートルの奥行きの範囲内にある
土地の地権者らのごく一部であることが明らかであり,地権者らの中には意見を異にす
る者もあると推測される。他方,1審被告明和地所はもとより,本件建物の分譲・賃貸を
受けた者,あるいはそれ以外でも,本件建物を大学通りの景観と調和するものと受け止
めている者も少なくないと考えられるところ,これら地権者らにも等しく権利・利益を認め
た場合には,本件建物が大学通りの景観を破壊するとする1審原告らの権利・利益と衝
突することになり,これら相互間の権利・利益の調整が極めて困難になることが予想さ
れる。
    良好な景観とされるものは存在するが,景観についての個々人の評価は,上述し
たとおり極めて多様であり,かつ,主観的であることを免れない性質のものである。
    一定の価値・利益の要求が,不法行為制度における法律上の保護に値するもの
として承認され,あるいは新しい権利(私権)として承認されるためには,その要求が,主
体,内容及び範囲において明確性,具体性があり,第三者にも予測,判定することが可
能なものでなければならないと解されるが,当裁判所としては,1審原告らが依拠する意
見書・学説を参酌しても,景観に関し,個々人について,このような法律上の保護に値す
る権利・利益の生成の契機を見出すことができないのである。
  (7) 1審原告らが法的根拠につき依拠する意見書・学説
   ア 富井利安教授(甲164,195,251)は,環境権が裁判上救済可能な具体的
権利たり得るかは未だ十分に解明されているとはいえない現状にあるとした上で,環境
権の客体に含められてきた景観を享受する利益の私法上の権利化は可能であるとし,
景観利益について,その公共性と環境権としての性質から,権利性が弱いとはいえない
とし,民法709条の保護法益性を有し,権利性,私権性を帯びることがあるとされる。し
かしながら,公共性と環境権としての性質から景観が多数人の利益にかかわる問題で
あるということはいえても,そのことが個人の権利性とその強弱にどのように結びつくの
かは容易に理解し難いものがある。むしろ,「都市景観は,私人の土地建物の所有権の
利用のあり方に多く依存してつくり出されているものといえるが,だからといって,それは
特定の地権者や私人・個人に「帰属」するわけではない」とする学説を引用し,また,「公
共財としての「環境」あるいは「景観」は本来誰のものでもなく,その帰属を問題とするこ
とはできない」(甲249)としていること等からすると,景観の問題は,本来的には公法的
な分野に属する問題であるとすることになるのではないかと解される。
     同教授は,原判決については,景観利益の権利性,私権性を実質的に初めて
認めたものとして高く評価しながら,景観利益については今後種々の議論を深めること
によって,その法的性質・法的根拠等につき一層明確にする必要があるとし,自身とし
ては,人格的利益に含まれるというほうが自然であり,景観利益の内実は人格的利益
であるとも述べられているが,大学通りの景観については,地域の地権者らが相互に自
己の所有権を制限し合って形成されたものとする原判決の認定を前提に,所有権に根
拠を求めることもできるといえようとし,これは景観利益が人格的利益であることと矛盾
するものではないと述べられている(甲249,251)。
     しかしながら,大学通りの景観は,地域の地権者らが相互に自己の所有権を任
意に制限し合って形成されたものとはいえないことは上述したとおりである。また,同教
授は,意見書(甲195)の結びにおいては,景観利益の権利性を認める裁判例の積み
重ねの上には,やがて判例法の法準則が形成され,それがまた,その権利性をより強
固なものにする実定法上の根拠とされるであろうと述べるにとどまっているのであって,
本件訴訟の1審原告らそれぞれが,大学通りの景観を良好な景観として享受する個別
具体的な権利・利益を有しており,本件建物によりこのような権利・利益を侵害されたと
いえることについて論証したものとは認められない。
   イ 淡路剛久教授は,景観は,その保護のために,あるいはその保護を含めて,そ
の対象と主体において一定範囲に画されることがあり,そのような形で限定され具体化
された景観を享受する利益は,具体的な権利としての条件を満たすことがあり得るとさ
れる。しかし,具体的にどのような場合がこれに当たるかは自らは例示されておらず,そ
のように判断した裁判例として原判決を紹介するだけである(甲182,甲201)。対象と
主体において一定範囲に画される景観とは,当裁判所の理解からすれば,特定の場所
からの特定の景観に対する眺望にほかならず,本件において1審原告らが主張する景
観利益がそのようなものであるとは解されないことは上述したとおりである。同教授は,
「よい景観」を享受する権利としての景観権には,眺望権が広域的に集積した面がある
とされるが,日照被害については,それがいかに広域的に多数人にわたるものとして集
積したとしても,個人の権利侵害としては個々の日照被害の問題として構成されるもの
であり,これは眺望権についても変わりがないものと考えられる。
     なお,同教授も,都市景観の保護(場合によってはその創造)は,第1次的には
都市計画行政の中で十分図られるべきものであるとされている(甲201)。
   ウ 1審原告らの依拠する意見書・学説は,その他のものも含め,いずれも一般的
な景観保護の重要性を述べ,景観権を認める可能性を示唆し,今後の形成を期待する
にとどまっているものであり,1審原告らの主張する景観権なるものは,法律上の保護
に値する権利・利益としては未だ成熟していないものであるといわざるを得ず,本件訴
訟の1審原告らが,大学通りの景観を良好な景観として享受する個別具体的な権利・利
益を有し,本件建物によりこれを侵害されたことを明らかに論証したものとは考えられな
い。
  (8) 景観形成の在り方
    景観法は,都市,農山漁村等における良好な景観の形成を図るため,良好な景
観の形成に関する基本理念及び国等の責務を定めるとともに,景観計画の策定,景観
計画区域,美観地区に替わるものとして創設された景観地区等における良好な景観の
形成のための規制,景観整備機構による支援等所要の措置を講ずるものであり,景観
計画区域内における建築物等の形態意匠については,一定の場合に変更命令等も認
めている。
    景観計画の策定は,景観行政団体(都道府県,指定都市等又は都道府県知事と
協議して景観行政をつかさどる市町村)が行うものとされ,住民等は景観計画の策定及
び変更の提案をすることができることとされている。また,景観計画区域内における良好
な景観の形成を図るための協議を行うため,景観行政団体等は景観協議会を組織する
ことができることとし,景観協議会で協議が整った事項については尊重しなければならな
いこととされている。そして,景観行政団体の長は,景観に関する住民の取組を支援す
るものとして,まちづくりを行う公益法人やNPO法人を景観整備機構として指定すること
ができることとされている。
    良好な景観の形成は,上記の景観法の定めにもあるとおり,行政が主体となり,
地域の自然,歴史,文化等と人々の生活,経済活動等との調和を図りながら,組織的に
整備されるべきものであり,住民は,その手続過程において積極的な参画が期待されて
いるものである。また,都市計画には市街地の良好な景観を形成し,都市の風致を維持
するために景観地区や風致地区を定めることができるし(景観法の施行に伴う関係法律
の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による改正後の都市計画法8条1項6
号,7号,9条20項),一定の区域内における地権者の意向が一致する場合には,景観
法81条以下の景観協定や,建築基準法69条以下の建築協定の制度を活用することも
可能であり,建築協定については,既に,横浜市においては170か所以上の区域で活
用されていることが認められる(弁論の全趣旨)。良好な景観の形成及び保全等は,我
が国の国土及び地域の自然,歴史,文化,生活環境及び経済活動等と密接な関連があ
るから,行政が住民参加のもとに,専門的,総合的な見地に立脚して調和のとれた施策
を推進することによって行われるべきものである。上記の諸制度を有効に活用すること
なく,特定の景観の評価について意見を同じくする一部の住民に対し,景観に対する個
人としての権利性,利益性を承認することは,かえって社会的に調和のとれた良好な景
観の形成及び保全を図る上での妨げになることが危惧されるのである。
 5 1審被告明和地所の本件土地の取得と本件建物の建築の相当性について
  (1) 判断の位置づけ
    上述したとおり,本件建物の建築により,1審原告らにつき,社会生活上受忍す
べき限度を超える権利・利益の被害が生じているとは認められない。しかしながら,1審
原告ら主張の景観権ないし景観利益については,その具体的な法的根拠はともかく,こ
れを基本的に支持しようとする見解が少なくない。また,建築物の建築によってもたらさ
れる生活被害が,社会生活上受忍すべき限度の範囲内であると判断される場合であっ
ても,それが周辺住民等に対する加害目的でされたり,建築物の形状等が権利行使と
して著しく合理性を欠くと認められるなど社会的に相当性を欠くと判断されるときには,
不法行為を構成する場合があり得ると解される。そこで,以下,1審原告らの主張する1
審被告明和地所の本件土地の取得経緯及び本件建物の建築に至る経緯について検討
する。
  (2) 1審被告明和地所の本件土地の取得
   ア 1審原告らは,1審被告明和地所が,高さ20メートルを超える建築物は建てら
れないことは十分認識し,また,本件建物のような高層建築物が大学通りの景観を著し
く破壊することも十分認識して本件土地を取得したと主張する。
     しかしながら,本件土地は絶対高さ制限のない第2種中高層住居専用地域にあ
り,1審被告明和地所が本件土地を取得した当時は,本件建築条例は存在しなかったこ
とは,上述したとおりである。景観条例も,法的拘束力を有するものではない上,国立市
都市景観形成条例施行規則11条及び大規模行為景観形成基準には,高さ10メートル
を超える建物の新築工事をしようとする建築主は,高さについて,まちなみとしての連続
性,共通性を持たせ,周囲の建築物等との調和を図ることを配慮すべきことが定められ
ているだけであり,本件土地上に建築される建築物の高さについて具体的な数値をもっ
て規制したものでもない。したがって,本件土地には高さ20メートルを超える建築物は
建てられないという法令上の制限は存しなかったのであるから,国立市の職員としても,
具体的な数値を示して建築を指導することはできず,1審被告明和地所がこれを認識し
た上で本件土地を取得するということはあり得ないことである。1審原告らは,大学通り
の周辺土地には,高さ20メートルを超える建築物は建てられないという内在的制約が
形成されるに至っていたと主張するが,この内在的制約の法的な意義はひとまず措くと
しても,大学通りの景観の形成経過及び景観条例等の内容等は上述したとおりであっ
て,大学通りの周辺土地に高さ20メートルを超える建築物を建築することができないと
いう法的な制約が存在したとは認められない。
     1審原告らは,1審被告明和地所が,本件建物のような高層建築物が大学通り
の景観を著しく破壊することも十分認識していたと主張する。しかしながら,1審被告明
和地所が,本件建物のパンフレットにおいて,大学通りの景観をセールスポイントの一
つとし,本件建物を大学通りとともに撮影した写真を掲載し,本件建物の外観が大学通
りの景観と調和しないとは考えていないことは上述したとおりである。仮に本件建物が大
学通りの景観を破壊すると認識していたのであれば,自ら本件建物のセールスポイント
を失い,企業の社会的イメージを損なうことになるのであり,企業としてそのような矛盾し
た行動をすることはあり得ず,1審被告明和地所としては,本件建物は,大学通りの景
観と調和するものであって,景観を破壊するものではないという認識であったことは明ら
かであり,1審原告らの上記の主張は理由がない。
   イ 1審原告らは,国立は景観に関する意識が極めて高く,不動産業界でも有名な
ことであり,大手の不動産会社は,近隣住民と景観に関する紛争になることを予想して,
本件土地の入札に参加しなかったとし,1審被告明和地所は,国立市の担当職員から
も,住民との紛争の可能性を指摘されていたと主張する。
     しかしながら,本件土地付近については,かつて国立歩道橋事件が訴訟係属し
たものの,それは昭和44年のことであり,係争は美観保護だけでなくクルマ社会優先に
反対するという意味合いもあったものである。また,平成8年には景観訴訟が提起され
たものの,対象は国立駅付近であったことは上述したとおりである。本件土地について
は,昭和27年の文教地区の指定の対象からも外され,更に昭和47年の1種住専運動
の対象からも外された結果,絶対高さ制限のない第2種住居専用地域に指定され,そ
の後の平成8年に第2種中高層住居専用地域に指定されたことも上述したとおりであ
り,用途地域の指定については,住民運動が展開されなかった地域であった。X国立市
長も,1審被告明和地所が本件土地を取得する意向であることを国立市の職員から聞
き,市民から他のマンション問題で紛争になっている場所に呼ばれた際,本件建物の建
築計画を告げて,「はっきり申し上げて行政は止められません。」と述べ,「周辺に住民
がほとんどいませんから反対運動が起こらなければおそらくすぐに建ってしまうでしょう。
『皆さんが市民運動を広げて戦ってくれなければ勝てません』というふうに言ったもので
すから,『それは大変だ。』というんで,住民がパーッと動き始めた。」と自らの著書で述
べている(乙136)。別紙1審原告目録記載第3の1審原告ら10名が所属する「2Hの
会」は,本件建物の建築に反対する者の有志によって組織されたものであり,同目録記
載第4の1審原告ら22名が所属する「東京海上跡地から大学通りの環境を考える会」
も,1審被告明和地所が本件土地を取得した後である平成11年8月8日に結成された
ものである(甲125,原審1審原告D本人)。
     V不動産の開発事業本部の業務推進課長は,不動産業者らのパネルディスカッ
ション(甲40)において,「国立市は近隣等の折衝は難しいということは業界ではかなり
有名な話です。東京海上の施設の売却,入札についても,われわれにもいろいろなとこ
ろから情報は入っておりましたが,われわれは入札しませんでした。それはあのような事
態になることが予想されていたからです。」と述べ,また,W不動産株式会社の役員は,
平成15年度春季の日本不動産学会のシンポジウムにおいて,「熱心に環境維持につと
めてきた国立の住民たちを相手にした調整にどれだけのエネルギーを要するかというこ
とを,経験的につかんでいるわけです。」と述べ,1審被告明和地所は,「景観保全に対
する住民の意識の高さを過小評価したのではないか。」と述べている(甲280)。しかし,
これらは,本件紛争発生後,あるいは,原判決がされた後のシンポジウムにおける競争
関係にある同業者の発言である上,いずれにしても経営判断の当否の問題であり,これ
によって本件土地の取得行為が社会的な相当性を欠くことになるものではない。
   ウ 1審原告らは,1審被告明和地所は,東京海上からも,本件土地購入前に,本
件土地に大学通りの並木の高さである20メートルを超えるような高層建築物は建てら
れないことを聞いていたと主張するが,この主張に沿う証拠は全くない。かえって,考え
る会が東京海上株式会社に対して行った照会に対する回答(甲36の1,2)において,
「20mの高さ制限ということについては弊社としては認識しておりませんでしたので,告
知しておりません。」と明言されている。
   エ 1審原告らは,1審被告明和地所の東京海上からの購入金額は,他社の3割
増という非常識に高額なものであったと主張する。
     しかしながら,これは,上述のW不動産株式会社の役員が,平成15年度春季
の日本不動産学会のシンポジウムにおいて,「当社の入札した価格は70億をちょっと超
えたぐらいで他社さんも似たり寄ったりだったと推測しています。」と述べていること(甲2
80)に基づくものであるが,同役員は,「当時の資料がいっさい廃棄されていて,記憶に
頼るしかない。」という前提で述べたものであり,他方で「東京海上の希望価格は「90
億」で,某研究所が出した鑑定評価額が根拠となっていたようです。」と述べており,競
争関係にある同業者の原判決後の発言であることも考慮すると,この発言から,1審被
告明和地所の本件土地の購入価額が非常識に高額なものであったと認めることはでき
ない。かえって,1審被告明和地所の本件土地の購入価額90億2000万円は,東京海
上が相手先の絞り込みのために提案した90億円の参考価格に基づいて入札したもの
であり,1審被告明和地所としては,マンション事業大手5社がこれに応じて入札に参加
し,入札に最後まで残った会社の入札価格は87億円と聞いていることが認められる(乙
170)。
    以上のとおり,1審原告らが1審被告明和地所の本件土地の取得の経緯として問
題とする点は,いずれも企業の取引行為としてその社会的相当性及び合理性に疑いを
抱かせるようなものではない。
    なお,1審原告らは,1審被告明和地所が,大学通りの景観に関し,住民らに対す
る害意をもって本件土地を取得したかのように主張するが,1審被告明和地所は,一部
上場の私企業であり,経営判断の当否の問題はあるとしても,そのような害意をもって
行動することには何の利益もあるはずがなく,およそそのような意図は考えられないこと
というべきである。
  (3) 本件建物の建築
   ア 1審被告明和地所の本件土地取得後から本件建物建築に至るまでの経緯に
ついて,次の事実が認められる。
    (ア) 1審被告明和地所は,平成11年8月18日,国立市都市計画課へ国立市指
導要領(当時)に基づく事業計画事前協議書を提出し,受理された。翌19日,国立市長
は,1審被告明和地所に対し,「9月1日改正予定の新指導要綱に基づく事前協議を行
う」との文書を発し,①1審被告明和地所は新指導要綱に基づいて事前協議書を出し直
すこと,②その提出時期は標識設置の2週間後とすること,③標識は都紛争予防条例
の標識文言の併記をせず,国立市の単独標識にすることを要請した。しかし,1審被告
明和地所は,8月24日,この文書を国立市長に返還した(乙27)。
    (イ) 同日及び翌25日,1審被告明和地所は,説明のため近隣住民134戸を戸
別訪問した。戸別訪問の際,1審被告明和地所の担当者らは,「建築:近隣説明書」(乙
47)を持参し,「説明会は開催しないのでこの説明書を読んでもらいたい。」,「質問があ
れば名刺の所に直接電話するか,現地事務所まで来てもらいたい。」などと述べ,ある
いは,説明書をポストに投函し,後に訪問して,「もう,お読みいただけましたか。」と述べ
たりした。また,近隣住民らの中には,更に「近隣説明書-2」(乙48)を配布された者も
あり,これらの説明書には,別紙「1審原告らの当審における主張の要旨」4の(3)アない
しスの記載がある(甲11,76,159の2及び3,乙47,48)。
    (ウ) 8月27日,1審被告明和地所は,国立市長に宛てて,景観条例26条1項に
基づく大規模行為届出書を提出した。この中では,本件建物の高さは55メートル,地上
18階(地下1階)建てとされていた(乙27,29,124)。
    (エ) 8月31日,1審被告明和地所の担当者は,国立市の担当者に対し,住民に
対する全体説明は考えていないと発言した。これに対し,国立市の担当者は,新指導要
綱にあることを実行するよう要請した(乙27)。
    (オ) 9月1日,「国立市開発行為等指導要綱・国立市開発行為等指導要綱施行
基準」が施行され,10メートル以上の中高層建築物等の事業主は,敷地の境界からそ
の高さの2倍の水平距離の範囲内の権利者等に対して,設計図等により事業計画の概
要を説明し紛争が生じないよう努めなければならないこと,事業主は,説明会を開催し
たときは,その内容を書面により市長に報告しなければならないこととされた(甲57)。
    (カ) 同日以降も,1審被告明和地所は,説明のため近隣住民の戸別訪問を続
け,9月3日には,本件土地に説明のための現地連絡事務所を開設し,また,考える会
の代表である1審原告Dからの説明会開催の申入れに対し,「個別に説明を行ってお
り,説明会は現在予定していない。」と回答した。その後,1審被告明和地所は,各課協
議及び個別説明による近隣説明を完了したことにより事前協議が終わったとして,国立
市に事前審査願を提出したが,10月1日,国立市は,近隣住民から要請されている説
明会が開催されていないこと等を理由に,事前協議が終わっていないとして事前審査願
の受理を拒否した(乙27,119)。
    (キ) 10月7日,景観条例に基づく大規模行為届出に関し,国立市と1審被告明
和地所との間で初めての打合せが行われ,国立市は,1審被告明和地所に対し,「(大
学通り周辺の土地に関し)建物の高さはおおよそ20メートルの程度の高さで並ぶ大学
通りの並木と調和するように」とした平成9年12月19日付けの景観審議会答申文を示
した(乙27,235)。
    (ク) 10月8日,国立市長は,1審被告明和地所に対し,景観条例28条1項に基
づき,書面により,周辺の建築物や20メートルの高さで並ぶイチョウの並木と調和する
よう計画建物の高さを低くすること,ゆとりある歩行空間を確保し,既存の植裁帯を保全
するため,敷地東側(大学通り側)について更に壁面後退することを指導した(乙187)。
    (ケ) 10月12日,1審被告明和地所は,国立市から,①2H(本件土地の敷地境
界線から本件建物の高さの2倍の水平距離)の範囲外の陳情者に対しても説明してほ
しい,②説明会はブロックに分けず2Hの範囲内で一斉にやってほしいとの要請を受け,
同月13日,国立市に対し,「基本的に指導要綱に定める範囲の人々に限り20日,21
日及び22日に説明会を開催する」と回答し,2Hの範囲内の近隣へ計画説明会案内状
を配布した(乙27,弁論の全趣旨)。
    (コ) 10月19日,1審被告明和地所は,国立市に対し,「国立市が指導する計画
建築物の高さを具体的に明示してほしい。」と要請したところ,国立市都市計画課長は,
「高さについては何階建てなら良いというのは条例にもないし,景観の基本計画にもな
い。建物の規模に関し何メートルにするか指導することは今のルールにはない。」と発言
した。
      翌20日,1審被告明和地所は,指導内容が不明確であるとして指導書を返還
した上で,建築物の高さと壁面後退する具体的距離を明示するよう国立市長に対し文
書で要請した。また,1審被告三井住友建設は,東京都多摩西部建築指導事務所に標
識設置届を提出したが,同事務所は,国立市から「本件計画について十分近隣への説
明がなされていないので受理しないでほしい」との要請があったため,同設置届を受理
しなかった。
      同日から3日間,1審被告明和地所は,現地事務所で説明会を開催した。しか
し,近隣住民の来場者は1名のみであった。
     (甲53,乙27,30の1,119,124)
    (サ) 10月22日,国立市長は,指導内容が不明確であるとの1審被告明和地所
の指摘に対し,景観条例は建物の規模を大学通りの景観と調和するものとすることを事
業者の責務と定めているので1審被告明和地所において検討すべきであること及び既
存の植栽帯の保全を検討することを求める旨の回答をし,同月29日には,本件土地が
景観条例に基づく景観形成重点地区の候補地内にあり,また,周辺が中低層住宅地で
あることにかんがみ,大学通りの景観に調和するよう計画を見直すよう指導したもので
あること,大規模行為景観形成基準は具体の数値で規制するものではなく,事業者が
景観条例に基づき,周辺の建築物等との調和を図り,都市景観の形成に寄与すること
を明らかにするための目安であることを回答した。
      これに対し,1審被告明和地所は,11月1日,国立市長に対し,建物の規模
は景観条例に適合していると考えるので8月27日付けの届出のとおり計画したい,建
物の位置については大学通り側の壁面後退はできないが,極力現状の保全維持を考え
て東側全体としての植栽面積を確保するよう努力する旨の回答書を送付した。
(乙27,31ないし33)
    (シ) 1審被告明和地所は,近隣権利者と参加を希望する国立市民に対し近隣説
明会の案内状を配布した上,11月6日,くにたち福祉会館大ホールにおいて,説明会を
開催した。同説明会には約200名が参加したが,入場を巡って桐朋学園PTAの参加を
拒否する1審被告明和地所側と同PTAとの間に混乱が生じ,開始が約20分遅れた。説
明会では,説明書の配布範囲や内容等に関して住民らから批判が相次ぎ,事業計画の
説明はほとんど実施されなかった。同月9日,1審被告明和地所は,2Hの会の代表者
宛てに,次回の説明会の開催を申し入れた(甲41,158の1,乙27,119)。
    (ス) 11月11日,1審被告明和地所は,国立市に対し,本件建物を14階建てに
低くし,セットバックも大きくしたと報告し,翌12日には図面を持参して説明した。さらに,
同月22日,大規模行為変更届出書を提出し,構造を地上14階地下1階建てとし,高さ
を最高で43.65メートルとする旨届け出た(乙34,63)。
    (セ) 11月20日,国立市商業協同組合商協ビル2階大会議室において,約170
名参加のもとに,再び説明会が開催された。その際,1審被告明和地所は,計画変更図
(計画建物概要,配置図,平面図,断面図,立面図,日影図)を配布した。1審被告明和
地所が18階建ての案から14階建ての案へ計画を変更した旨説明したところ,住民らか
ら,18階建てはダミーであったなどの疑念の声があがった(甲18,41,64,乙27,11
9,124)。
    (ソ) 11月22日,景観審議会会長は,1審被告明和地所に対し,「周辺の建築物
との調和」に関する事業者の意見を聴取したいとして,12月16日に開催予定の景観審
議会への出席を求めた。
      12月13日,1審被告明和地所は,景観審議会会長に対し,同日付けで国立
市長宛てに本件建物の計画について景観審議会で調査審議される根拠等について質
問状を出したので,その回答を見てから景観審議会への出欠を返答したいこと,したが
って,出席要請のあった12月16日の景観審議会には出席できないことを書面で連絡
し,さらに,景観審議会会長から同月27日の景観審議会への出席を要請された際も,
同月22日に国立市長から回答を受けたものの,市長の行政指導の具体的内容とその
根拠の明示がないこと,景観審議会は既に20メートル以下という内容の答申をする方
針を決定しているので,1審被告明和地所の意見を求める必要性が理解できないこと等
を理由として,出席する意思がない旨を表明した。
      12月28日,景観審議会会長は,1審被告明和地所に対し,平成12年1月1
1日に開催される景観審議会への出席を要請し,1審被告明和地所は,この景観審議
会に出席して意見を述べた。
(乙27,33,35の1及び2,36,37,63,78,124,158,165)
    (タ) 国立市は,平成11年11月24日,都市計画法16条2項に基づき,本件土
地を含む地域について建築物の高さを20メートル以下に制限する本件地区計画案の
公告・縦覧を行い,12月4日に説明会を開催した。1審被告明和地所は,同月15日,こ
れに対する意見書を提出した(甲92,乙27,68,69)。
    (チ) 11月27日,国立市商業協同組合商協ビル2階大会議室で約160名参加
のもとに,更に説明会が開催され,桐朋学園のPTAなどから,日照被害や1審被告明
和地所の応対に関して批判が相次いだ(甲41,乙27,119)。
    (ツ) 12月3日,1審被告明和地所は,東京都多摩西部建築指導事務所に建築
確認を申請したところ,同日受理されたので,国立市にその旨報告した。翌4日,国立市
は,本件地区計画の説明会を開催した(甲47,乙27)。
    (テ) 12月18日,1審被告明和地所は,案内状を計292戸に配布した上で,ニュ
ーシティホール国立において,説明会を開催した。参加者は143名であった。説明会に
先立って,同月3日に1審被告明和地所が建築確認申請をしたことに対する抗議が殺
到したが,これに対して1審被告明和地所の担当者は,国立市からいきなり20メートル
の地区計画が発表されたので,被害回避をする唯一の方策として建築確認申請に踏み
切ったこと等を説明した(甲41,乙27,119)。
    (ト) 平成12年1月5日,本件建物について建築確認がされたので,1審被告明
和地所は,同日直ちに工事に着工し,着工届を東京都多摩西部建築指導事務所に提
出した(乙119)。
    (ナ) 1月11日に開催された景観審議会において,1審被告明和地所の担当者
は,本件地区計画が発表されたため,緊急避難的に建築確認申請及び着工に踏み切
ったこと,国立市のいうような高さでは私企業として本件土地で事業活動はできないが,
14階建てをベースにしてなら国立市との協議に応じられること,並木との調和について
は,大学通りの南の端にあるケヤキを残し,植栽等を含め全体として国立市の文化,気
風に合わせたものを作らなければいけないと考えており,建築物の高さについては,全
体からみた調和というとらえ方をしたこと等を述べた(乙158)。
    (ニ) 4月5日,景観審議会は,1審被告明和地所の主張及び意見陳述を踏まえ
た上でもなお,「高さ約44mの建築計画については,内容を精査,再考し,大学通り重
点地区候補地であるC地区(学園・住宅地区)及びその周辺の建築物や20mの高さで
並ぶイチョウ並木と調和するよう高さをさらに低くすることを勧告する」のが相当である旨
決定して,国立市長に答申した。これを受けて国立市長は,5月2日,1審被告明和地所
に対し,景観条例に基づき,同旨の勧告を行った。
      1審被告明和地所は,同月16日,国立市長に対し,指導内容が明確ではない
ので納得できない上,地区計画に係る建築条例所定の高さ20メートル以下にすること
は,事業性等に照らし困難であるし,同計画変更の適法性には疑義があり,行政訴訟を
提起していること等から,勧告に対応するのは極めて困難である旨の回答書を提出し
た。
      7月18日,景観審議会は,国立市長に対し,景観条例29条1項に基づき,本
件建物が勧告に従わないものである旨の公表を行うべきことを答申し,国立市長は,同
月27日,国立市告示によりこれを実施した。(甲54,55,56の1・2,乙38ないし40)
   イ 1審原告らは,1審被告明和地所が,住民との対話を拒否し,国立市の指導を
無視し,さらに,景観審議会への出頭も拒否して,被害の回避を図ろうとしなかったとし,
また,近隣住民に配布された近隣説明書は不誠実な内容であって,公法上の規制がな
い以上建築を強行できるとの姿勢を如実に示すものであり,1審被告明和地所において
少なくとも本件建物の高さ20メートルを超える部分を撤去しない限り,具体的被害の回
避に努力したとは到底いえないとも主張する。
     しかしながら,上記アで認定した事実によれば,1審被告明和地所は,当初は
近隣住民に対して近隣説明書を戸別に配布することにより建築計画の説明を試み,後
には説明会を開催し,景観審議会にも出席して意見を述べたことが認められる。当初の
段階では説明会の開催要求に応じなかったけれども,これは近隣住民らの反対運動を
必要以上に警戒したことによるものであると考えられる。また,配布された近隣説明書
の記載内容には,1審被告明和地所も後に反省しているように,大企業としての見識を
欠き,住民に対する敵対的な意識を露骨に顕したものがあり,これは,いたずらに近隣
住民の反感を煽るものであって,その後の本件紛争に与えた影響は軽視することがで
きないものである。しかし,本件は,この近隣説明書の配布や記載内容を理由として損
害賠償が求められている事案ではない。
     1審原告らが,1審被告明和地所は国立市の指導に従わず,景観審議会への
出頭を拒否したと主張する点については,1審被告明和地所の採った対応は,国立市
の指導内容等及び景観審議会の審議内容等と密接に関連することであり,これら国立
市の指導等が正当なものであったとは直ちには認めることができない。本来行政指導
は,強制ではなく,あくまでも相手方の任意の協力を前提として行われるものであり,国
立市の一連の行政指導に対する1審被告明和地所の非協力的な態度が,社会通念上
正義の観念に反するものといえるような特段の事情は認められない。したがって,本件
の判断において,国立市の行政指導に従わなかったことをもって,1審被告明和地所に
不利益な事由とすることはできない。
     本件土地の用途地域は,今日に至っても,建築物について絶対高さの制限のな
い第2種中高層住居専用地域のままであり,その見直しが検討されていることは証拠上
全くうかがわれない。1審被告明和地所が本件土地の取得前に国立市に赴いて,建築
計画の説明をした際,国立市の担当者は,建築物の高さについて具体的な高さの数値
を示した指導はしておらず,その根拠も説明しなかった。また,1審被告明和地所が,本
件土地が第2種中高層住居専用地域にあることを前提として取得した後において,国立
市が1審被告明和地所の意向を一切顧慮することなく,極めて短期間内に本件地区計
画を決定し,本件建築条例を制定したことは,都市計画決定及び条例の制定としては異
例なことであると考えられ,これらに関して極めて重大な利害関係を有する1審被告明
和地所の立場を配慮した慎重な対処がされて然るべきであったといわざるを得ない。
     1審被告明和地所と国立市及び本件建物の建築に反対する住民らとの対立
は,上記認定のとおり,当初から激しいものであった。国立市及び住民側は,あくまで大
学通りの景観を守る立場から,本件建物の高さを20メートル以下に抑制することに腐心
する余り一切妥協せず,本件土地が第2種中高層住居専用地域にあることを前提として
買い受けた1審被告明和地所の立場を配慮する柔軟な姿勢を全く示さなかったもので
ある。こうした状況のもとで,1審被告明和地所が採った対応は,高額で取得した本件土
地を企業として最大限有効活用し経済的利益を得ようとしたものであって,企業の経済
活動としてはやむを得ない側面があったといわざるを得ない。
     1審原告らは,少なくとも建築物の高さ20メートルを超える部分を撤去しない限
り,具体的被害の回避に努力したとは到底いえないと主張するが,高さ20メートルを超
えないものとすべき法的根拠がないことは,上述したとおりである。また,1審原告らは,
高さ20メートル以下でも本件建物と同様の戸数のマンションの建築が可能であるとし
て,その計画案を証拠提出しているが(甲178,179),それが物理的には可能であっ
ても,商品性としては価値がないことが明らかであり(乙208,209),営利企業である1
審被告明和地所がこのような検討をしなかったからといって,被害の回避努力を怠った
ものとはいえない。なお,本件建物が,本件土地上に不動産業者が分譲・賃貸目的で建
築する建築物として,高さ20メートルを超えること以外の点において,その形状,態様
の合理性等に問題があることについては,具体的な主張,立証がない。
     私企業が合法的に営利を追求するのは企業論理として当然のことであり,大学
通りそのものも,遡れば,その基本的な骨格はつとに箱根土地株式会社の営利事業と
して構想されていたものであった。1審原告らも,もとよりこのような企業活動を全面的に
否定するものではないと解される。本件建物の建築の過程において,本件地区計画の
決定及び本件建築条例の制定がされず,国立市及び本件建物の建築に反対する住民
らが,高さ20メートル制限のみに拘泥しないで,1審被告明和地所と粘り強い協議,交
渉を重ねていれば,高さの問題に限らず,本件建物全体の仕様について,住民側の要
望を踏まえた1審被告明和地所の対応が期待できたのではないかとも考えられる。
     本件建物の仕様について,1審被告明和地所の対応に不十分な点があったとし
ても,その責任は専ら1審被告明和地所のみにあるとして,本件建物の建築が社会的
相当性を欠く違法なものであるということはできない。
  (4) 以上のとおり,1審被告明和地所の本件土地の取得及び本件建物の建築が,
社会的相当性を欠く違法なものであるとは認められない。
 6 以上によれば,1審原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなくいず
れも理由がないというべきであり,原判決中,上記請求を一部認容した部分は不当であ
るから,1審被告明和地所らの控訴に基づいてこれを取り消し,1審原告らの請求をい
ずれも棄却し,1審原告らの控訴は理由がないからいずれも棄却することとして,主文
のとおり判決する。
  東京高等裁判所第11民事部
         裁判長裁判官    大   藤       敏
              裁判官    高   野   芳   久
              裁判官    佐   藤   道   明
(別紙)
       1審原告らの当審における主張の要旨
1 建築基準法3条2項について
 (1) 「現に建築…工事中の建築物」の解釈について
   建築基準法3条2項は,新規定適用除外の要件として,「現に建築…工事中の建
築物」であることを要件としており,「建築物」とされている以上,少なくとも建築物の基礎
工事が開始されていることを要すると解すべきである。根切り工事は基礎工事とはいえ
ず,根切り工事の開始で足りるとすると,判断基準が不明確となる。基礎工事開始時説
によることで実際上も不都合はない。本件では,根切り工事しか開始されていなかった
のであり,建築基準法3条2項の適用はなく,本件建物は本件建築条例による高さ制限
に違反する建築基準法違反の建築物である。
 (2) 権利濫用
   仮に,建築基準法3条2項の新規定適用除外の要件として,建築物の一部が構築
される程度に達していることは不可欠の要件ではないと解するとしても,1審被告らは,
権利の濫用により建築基準法3条2項の適用除外を主張できない。
   都市景観の形成と維持は,地権者らの互換的利害関係に依拠している点に極めて
重要な特質がある。既に都市景観が形成された地域内にマンション建設業者が参入す
る場合,当該業者は販売が完了するとともに当該地域とは無関係の存在になり,他の
地権者や住民とともに良好な景観を維持,発展させていく関係にはない。しかも,マンシ
ョン建設業者は,美しい景観を最大限の売り物として利益を得ながら,一瞬のうちに景
観を破壊してその地域を去ることになるのであり,マンションの建設は,マンション建設
業者が一方的に当該地域の地権者や住民に被害を及ぼすという関係にある。
   建築基準法3条2項の趣旨は,新法令を全ての建築物に適用することを大原則とし
た上で,建築には費用と時間がかかることも考慮して,例外的に建築主を保護すること
としたものであるから,適用除外を主張する建築主の期待や経済的な利益は,新法令
の適用を排除するに相応しい正当なものでなければならない。本件では,1審被告明和
地所に保護されるべき合理的な期待や経済的利益はないから,1審被告明和地所が建
築基準法3条2項に基づき本件建築条例の適用除外を主張するのは権利の濫用であ
る。
 (3) 1審被告明和地所は,公権力に対し,本件建物の高さ20メートルを超える部分に
ついて,権利の濫用により本件建築条例の適用除外を主張することができない。これ
は,本件建物が公法上違法建築物として取り扱われることを意味する。当該建物が公
法上違法建築物であることは,私法上も,不法行為の違法性の判断や受忍限度の判断
等において,極めて重要な判断要素である。1審原告らも裁判所も,東京都の姿勢や態
度に拘束されるものではない。
2 景観権ないし景観利益
 (1) 1審原告らの主張の要旨
   大学通りの景観は,大学通りの沿道の地権者らが,相互の十分な理解と結束及び
自己犠牲を伴う75年以上にわたる長期間の継続的な努力によって形成・維持・保全し
てきたものであり,①広幅かつ直線の道路と,②直線道路の沿道の並木,③直線道路
の両側少なくとも20メートルの範囲に存在する建築物が20メートルの高さの並木を超
えないという3つを要素とする客観的に明白なものであり,社会通念上も良好な景観とし
て承認され,その所有する土地に付加価値を生み出したものと認められ,当該地権者ら
は,土地所有権(あるいは借地権,以下同じ。)から派生するものとして,大学通りの景
観を維持する義務を負うとともにその維持を相互に求める利益を有する。
   1審原告らは,1審被告明和地所らに対し,地権者については土地所有権から派
生する上記の利益を侵害されていることに基づき,また,地権者か否かにかかわらず,
人格権に基づき,妨害排除請求として,大学通りの景観を破壊し続けているものとして,
本件建物のうち高さ20メートルを超える部分の撤去を求めるものである。
 (2) 大学通りの景観の形成と周辺地域における建築物の高さの内在的制約
  ア 1種住専運動
    大学通りの景観を維持する住民の活動の中では,昭和47年の1種住専運動が
重要である。この運動の結果,現在,幅員44メートルという広大な道路であるにもかか
わらず,一橋大学以南の大学通りの沿道の奥行き20メートルの地域は第1種低層住居
専用地域になっている。現在の大学通りの景観,すなわち周辺地域がおおむね10メー
トル以下の低層住宅群から構成され,大学通りと並木と低層住宅の調和のとれた閑静
な住宅地となっているという外観は,国立市民が自らの財産権を犠牲にして維持し確保
しているものである。
  イ 内在的制約の第一段階(暗黙の合意)
    国立市の住民は,当初から大学通りを国立のシンボルとし,大学通りの景観をま
ちづくりの基本に据えて強い意図のもとでまちづくりを開始し,以後現在まで,1種住専
運動等を通じて約75年にわたり大学通りの美しい景観の維持,良好な住環境の実現を
目的として不断の努力を重ねてきた。その結果,国立市の住民をはじめ日本中から客
観的に高い評価を受ける景観と良好な住環境を作り上げてきた。
    このような歴史性,地域性のもとで,大学通りの美しい景観や良好な住環境は保
持しなければならない,という法的確信ともいうべき意識が,本件土地の近隣住民をは
じめとする国立市民の間で確固たるものとして存在するに至り,美しい景観の必要不可
欠の要素である沿道建築物の高さも,大学通りの20メートルのイチョウ並木の高さや周
辺の10メートルから12メートル程度の低層住宅の高さと調和しなければならず,高くて
も高さ20メートルを超える建築物は建てられないという法的確信ともいうべき意識(暗黙
の合意)が住民の間で歴史的に形成され,周辺土地にはそれに対応して上記を超える
高さの建築物は建てられないという内在的制約が形成されるに至った。
    住民の上記の自己犠牲を伴う権利制限,景観保持の各運動,清掃活動等は,全
て大学通り一帯,特にその象徴である一橋大学以南の土地には高い建築物は建てられ
ないという内在的制約が存することについての法的確信から生じたものである。このこと
は,大学通りを中心とする国立地区の典型的な特徴を有し,低層住宅,文教施設と福祉
施設の中央に位置するという地域性を有する本件土地においても顕著なものであった。
  ウ 内在的制約の第二段階(景観条例)
    国立市は,以上のような住民の法的確信ともいうべき意識を法的制度に高めるこ
ととし,景観条例を制定して,一連の景観施策を実施した。
  エ 内在的制約の顕在化(本件地区計画,本件建築条例)
    本件地区計画及び本件建築条例は,以上のとおり,景観条例,大規模行為景観
形成基準,景観形成重点地区候補地の指定によって条例のレベルにまで高められてい
た本件土地に対する内在的制約を,外部から見て予測可能な範囲において顕在化させ
たに過ぎない。
 (3) 不法行為における被侵害利益
  ア 1審原告らは,この点に関する原判決の判断は極めて妥当であると考える。
    すなわち,ある特定の地域において,地権者らが自己の土地利用に関して一定
の自己規制を長期間にわたり継続してきた結果として,当該地域に独特のまちなみ(都
市景観)が形成され,かつ,その特定の都市景観が,当該地域内で生活する者らの間
のみならず,広く一般社会においても良好な景観であると認められることにより,地権者
らの土地に付加価値を生み出している場合がある。
    このような都市景観による付加価値は,自然的景観の享受等とは異なり,特定の
地域内の地権者らが,地権者ら相互の十分な理解と結束及び自己犠牲を伴う長期間の
継続的な努力によって自ら作り出し,自らこれを享受するところにその特殊性がある。こ
のような都市景観による付加価値を維持するためには,当該地域内の地権者ら全員が
そのための基準を遵守する必要があり,仮に,地権者らのうち1人でもその基準を逸脱
した建築物を建築して自己の利益のみを追求する土地利用に走ったならば,それまで
統一的に構成されてきた当該景観は直ちに破壊され,他の全ての地権者らの前記の付
加価値が奪われかねないという関係にあるから,当該地域内の地権者らは,自らの財
産権の自由な行使を自制すべき負担を負う反面,他の地権者らに対して,同様の負担
を求めることができなくてはならない。
    よって,特定の地域内において,当該地域内の地権者らによる土地利用の自己
規制の継続により,相当の期間,ある特定の人工的な景観が保持され,社会通念上も
その特定の景観が良好なものと認められ,地権者らの土地に付加価値を生み出してい
る場合には,地権者らは,その土地所有権等から派生するものとして,形成された良好
な景観を自ら維持すべき義務を負うとともに,その維持を相互に求める利益を有するに
至ったものというべきであり,この利益は法的保護に値し,これを侵害する行為は,一定
の場合に不法行為を構成するものと解するべきである。
  イ 大学通りの景観形成の努力については,上記(2)に大学通りの周辺地域の内在
的制約として述べたとおりである。その結果,大学通りの景観は,国立市民からだけで
はなく,一般にも高く評価されている。1審被告明和地所も,本件建物のパンフレットに
おいて,大学通りの景観を絶賛している。
    その結果,一橋大学から江戸街道までの大学通りの両側20メートルの奥行きの
範囲の土地の地権者らは,大学通りの景観を維持するため,自ら20メートルを超える
建築物を建築しないという土地利用上の犠牲を払いながら,特定の人工的な景観であ
る大学通りの景観を75年以上もの長期にわたって保持し,社会通念上も景観が良好な
ものとされ,地権者らの土地に付加価値を生み出しており,地権者らは景観の維持を相
互に求める利益を有するに至ったといえる。
    以上の見地から,本件において被侵害利益を有すると認められるのは,1審原告
Aら3名のほか,同J,同K,同O,同I,同N及び同Mである。
  ウ 本件地区計画は,長年にわたる景観保全の住民意識を追認し,顕在化させたも
のであり,本件地区内の地権者である1審原告桐朋学園及び同Gも,相互に自らの土
地所有権を景観保全のために制限し合って景観を享受するという互換的利害関係を有
しており,景観の維持を相互に求める利益を有する。
 (4) 所有権的構成
   地権者らの利益は,所有権の付加価値,あるいは互換的利害関係を内包した土地
所有権と考えることも可能である。
   地権者らの自己規制により地価が下落するはずであるという批判は当たらない。自
己規制による状態(1種住専)を前提に,そこから長年にわたる住民の努力により付加
価値が生ずれば,それは法的保護に値するものとすべきである。さらに,地権者らは、
土地の経済的交換価値の増加を目指して土地利用の自己規制を長年にわたって継続
してきたのではなく,ひたすら良好な景観の形成を目的としてきたのである。そこにおい
て生じる付加価値は,土地の売買を前提とする交換価値ではなく,美しい景観の創出に
より土地所有権の使用価値が増したこと,あるいは景観形成・保全・享受の利益と考え
られる。
   物権的請求権を生活妨害に用いることについては,被害の実質に適合しないとの
批判もみられるが,所有権は生活妨害により十分利用できないのなら意味がない。物権
を有している者は,そうでない者に比べ,その地域と密接な関係を有しているから,その
者が何らかの身体的・精神的被害を被っている以上,より強い保護を受けるべきであ
る。
 (5) 人格権的構成
   景観権ないし景観利益は,人格権に基づいても認められる。人格権は,生命・健康
等に対して有する権利であるのみならず,景観を形成・保全・享受する権利を含むもの
である。人格は,人の生活の全ての面で法律上の保護を受けるべきである。
3 撤去請求の根拠
 (1) 不法行為の効果としての妨害排除請求
   不法行為の効果は,金銭賠償に限られるものではなく,妨害排除請求権を肯定す
る学説があり,特別法がなくとも原状回復を認めるべき場合はあり得るとする見解もあ
る。差止請求の根拠については,複合説(二元説)の立場もある。
 (2) 所有権に基づく妨害排除請求
   景観権ないし景観利益の侵害は所有権侵害と構成することもできるから,土地所
有権に基づく妨害排除請求としての撤去請求も可能である。
 (3) 人格権に基づく撤去(差止)請求
   大学通りの景観に対する1審原告らの人格的利益は,①景観形成重点地区の地
権者,②本件地区内の地権者,③本件地区内の地権者である1審原告桐朋学園の児
童・生徒と教職員,④景観形成・保全に明確に寄与した者,⑤それ以外の者に類型化で
きる。
 (4) 本件における侵害態様の悪質性
   本件では,1審被告明和地所には大学通りの景観破壊について害意があり,仮に
害意が認められなくても,1審原告らの被害の重大性からすれば,1審原告らのいずれ
にも本件建物の20メートルを超える部分の撤去請求が認められるべきである。
4 受忍限度
 (1) 被害の重大性
   本件建物は,大学通りの並木に近接した位置に建築された,並木の高さ20メート
ルを遙かに超える地上43.65メートルの大規模高層マンションである。特に大学通りに
面した東側の棟は,大学通りから20メートル以内という至近距離にあり,大学通りの並
木から突出し,大学通りの景観の重要な要素である並木の周辺の建築物がいずれも高
さ20メートルを超えないものであることと明らかに抵触し,大学通りの景観を侵害してお
り,この侵害は,本件建物が存続する限り半永久的に続くことになる。本件建物の南棟
によっても大学通りの景観が侵害されていることは明らかである。
   本件建物により近隣住民や1審原告桐朋学園の児童・生徒が受けている圧迫感も
重大である。
 (2) 1審被告明和地所の本件土地取得行為の悪質性
  ア 1審被告明和地所は,本件土地が大学通りに面しており,周囲には高さ20メート
ルを超える建物はないという地域性を調べ,国立市の担当者から景観条例等の説明を
受け,高さ20メートルを超える建築物は建てられないことは十分認識し,また,本件建
物のような高層建築物が大学通りの景観を著しく破壊することも十分認識していた。
  イ また,国立は景観に関する意識が極めて高く,不動産業界でも有名なことであ
り,大手の不動産会社は,近隣住民と景観に関する紛争になることを予想して,本件土
地の入札に参加しなかった。1審被告明和地所は,国立市の担当者からも,住民との紛
争の可能性を指摘されていた。
  ウ 1審被告明和地所は,東京海上からも,本件土地購入前に,本件土地に大学通
りの並木の高さである20メートルを超えるような高層建築物は建てられないことを聞い
ていた。
  エ 1審被告明和地所の東京海上からの購入金額は,他社の3割増という非常識に
高額なものであった。
 (3) 1審被告明和地所の本件土地取得後の行為の悪質性
   1審被告明和地所は,住民との対話を拒否し,国立市の指導を無視し,更に景観
審議会への出頭も拒否し,被害の回避を図ろうとしなかった。また,1審被告明和地所
が平成11年8月24日ころから近隣住民に対して配布を始めた近隣説明書には,近隣
住民らを「原告」と呼称して敵視し,以下のとおり高圧的・威圧的・脅迫的・侮辱的言辞を
用い,悪意に満ちた極めて不誠実な内容が記載されており,これは「本件土地に公法上
の規制がない以上建築を強行できる」との姿勢を如実に示すものである。
  ア 「計画建物が関係法規に抵触しない限りにおいては,日照阻害を理由根拠として
“計画建物の高さを低くせよ”等の請求を建築主に提出することは,厳密には,筋違いの
話であります。」「文句を述べる先は,建築主ではなく,法律・条例に対して述べるべきで
あります。」
  イ 「法治国家である以上,法は人間が定めたものでありますから時代の要請にそぐ
わない(時代が移り変わりそうなった。)部分があっても,人類は社会全体の秩序を守る
ために法に従うことを認めたのでありますから,建築主と近隣住民の互いは,その時々
の法令・規準等が個人的には気に入らぬ内容であっても,それらが改定されるまでの期
間は,「悪法も又法律である」との諺に習って,公になっている法令・規準等を守っていく
のが公平・公正であります。」
  ウ 「説明会を開催した場合には,その場には“建築主からの説明をジックリと聞い
て・シッカリと聞き分ける”との姿勢よりも,自己PRのためであろうか,①必要以上に反
対する者・②声高い反対者・③何らかの請求を建築主に容認させなければ気が済まぬ
者,等々が出現する可能性が高くなります。」
  エ 「書面説明書(と)は,“それを提出しただけでその目的(説明義務)を果たした”と
解するのが相当であります。それを読む読まないは,それを受理した者の勝手でありま
す。」
  オ 「①社会秩序を維持するために互いに守るべき規準を定めたのが法律でありま
す。*すなわち,「計画建物を建ててよい・否」「その工事をしてよい・否」の判断基準は,
法律がこれを決めることになります。②従い,計画建物及びその工事において関係法規
に抵触しない限りにおいては,阻害を及ぼす(蒙る)からとて,当該阻害は,関係法規が
容認した阻害であるということになり,被害者において受忍すべき義務があります(中
略)。*従い,この場合には,民法709条の成立はありません。」
  カ 「要するに,社会秩序を維持するためには,建築主は建築主なりに,近隣住民は
近隣住民なりに,互いに我慢しなければならないことがある,ということであります。」
  キ 「当該原告は,“救済すべき哀れな被害者ではなく,法律を順守しない身勝手者
である”と解するのが相当であります。」
  ク 「本件金員は,補償金ではなく(計画建物が関係法規に抵触しない為=建築主に
不法行為がない為。),『気安め料(精神的苦痛に対して安らぎとなるものを与える。)』
が適正表現になります。」
  ケ 「①背の高い人やお相撲取りのように太った人が(に)近寄ると,圧迫感を感じる
のは確かでありますが,だからといって,背の高い人の首をチョン切ったり・太った人の
身体を削り取ったりしたのでは,その人達は死んでしまいます。②これと同様に,高さの
高い建築物の高さを低く(カット)すれば,これに因って蒙る建築主の経済的損失は,倒
産しないまでも(倒産する場合もある。),甚大であります。」
  コ 「要するに,売り言葉(間違った解釈に因る請求)には,買い言葉しか帰ってきま
せん。」
  サ 「原告(近隣住民)においても,建築主に対して合理的理由に欠ける要求(過大
要求)を突きつけて建築主がこれに応じている期間は花でありますが,しかるに,建築
主がこれに反発を示しているにも係らずなおも必要以上に当該要求を続けることは,当
該原告の言動は,脅迫・恐喝(刑事事件)の域に入るために,これを差し控えるべきであ
ります。」
  シ 「*ゴネ得を目論む者とは,合理的理由に欠ける請求を①多数提出したり・②い
つまでも続けたりする者の総称で,誰の目にも容易に判別できます。」
  ス 「*僅かな金額で恐縮でありますが,建築主から提示された工事迷惑料は,素直
な気持ちで(特段の詮索することなく)受け取って頂きたく存じます。」
 (4) 代替案の不検討
   1審被告明和地所は,本件建物のプランとして初めから高層建築物を建築するつ
もりであり,建物の高さを20メートル以下に抑えたらどうなるかなどの代替プランを真摯
に検討しておらず,被害回避努力を誠実にしたとはいえない。本件建物は,大学通りの
景観を著しく破壊しているのであるから,少なくとも建物の高さ20メートルを超える部分
を撤去しない限り,具体的被害の回避に努力したとは到底いえない。
   本件建物を14階建てとすることは当初からの計画であり,18階建てから14階建
てに変更したものではない。
 (5) 救済手段としての撤去の不可欠性と可能性
   景観は代替性がないことが特質であるから,原状回復が可能である限り,その侵
害は金銭賠償に親しまないと解すべきである。
   本件建物の高さ20メートルを超える部分の撤去は技術的にも極めて容易であり,
かつ,本件建物の購入者も撤去の可能性があることを十分熟知した上で本件建物を購
入しており,しかも,撤去によって購入者に損害が生じるときは1審被告明和地所の責
任と負担において対処することを1審被告明和地所が購入者に対して確約しているので
あるから,購入者にも損害は発生しない。
5 プライバシー・交通・風害等
 (1) 1審原告桐朋学園の児童・生徒のプライバシー侵害
   本件建物は,1審原告桐朋学園のほぼ全体を見渡せるような位置関係にあり,1審
原告桐朋学園の児童・生徒は,日常的にプライバシーを侵害されている。
 (2) 交通障害等
   本件建物は全部で343戸あり,これらが全部入居すると,入居者の生活関連車両
によるものも含めて,付近の交通の安全に与える影響が心配される。また,本件土地の
東南角の江戸街道と大学通りとが交差した場所には仮称「ケヤキの広場」(公開スペー
ス)が設けられているが,大学通りより高台の構造になっているため,その壁面が大学
通りの見通しを妨げ,事故の原因となっている。
 (3) 欠陥駐車場
   本件建物の駐車場(235台収容)のほとんどはピット式3段式であり,1台が出入り
するのに5分は要し,出入り口は一方通行の江戸街道への2か所しかないため,違法駐
車による交通の障害が心配されている。
 (4) ビル風の危険
   本件建物は完成前から風害が懸念されていたが,実際にも台風の際に木が倒れ
るなど本件建物による影響と考えられる被害が生じている。
6 1審被告三井住友建設の責任
  1審被告三井住友建設は,建築基準法上も民事上も違法建築物である本件建物を
現実に建築した者であり,1審被告明和地所らとともに,共同不法行為責任を免れるも
のではない。1審被告三井住友建設は,仮処分事件及び本件訴訟を通じて,1審被告
明和地所と共同して訴訟行為を遂行しつつ,本件建物の建築工事を続行したのである
から,両者に関連共同性があることは明らかである。
7 本件建物の区分所有権の取得者の責任
  本件訴訟は,1審原告らが,その所有権から派生する景観権ないし景観利益が破壊
されたことによる物権的請求権,人格権及び不法行為責任に基づく妨害排除請求権に
より,景観破壊を防止し,これを回復するための唯一絶対の差止め方法として本件建物
の一部撤去を求めるものであるから,訴訟係属中に,1審被告明和地所から本件建物
の分譲を受けた者は,本件建物を所有することにより上記妨害排除請求権に基づく撤
去義務を承継したものであり,これが認められなければ,1審被告明和地所に対して撤
去請求が認められても執行することができず,実効性がない。
  本件建物の分譲取得者らは,本件建物が大学通りの景観を著しく破壊していること
を知りながらこれを取得し,居住し,本件建物の維持管理費を支弁して本件建物の専有
部分あるいは共有部分を存続させて,本件景観破壊,日照阻害等を継続させているの
であるから,慰謝料請求との関係においても1審被告明和地所の行為との間に関連共
同性が認められ,かつ,1審原告らの損害との間の因果関係も認められる。
  なお,1審被告明和地所と本件建物の分譲取得者との間においては,本件訴訟等か
ら生ずる全ての責任は1審被告明和地所が負うことになっており,損害賠償債務につい
ても1審被告明和地所が支払えば,その限りで債務は消滅するから,分譲取得者らに
は実際上損害は生じない。
(別紙)
       1審被告明和地所らの当審における主張の要旨
1 建築基準法違反について
 (1) 本件建築確認処分の確定
   本件建物の建築確認に対する1審原告らの審査請求については,東京都建築審
査会が棄却の裁決をし(乙24),これに対して1審原告らは不服申立てをしなかった。し
たがって,本件建物が建築基準法上適法な建築物であることは確定しており,裁判所も
その公定力を受け,損害賠償請求を除く本件訴訟において,本件建物が建築基準法上
の違法建築物であることを前提とした判断をすることはできない。
 (2) 1審原告らの権利濫用の主張について
   建築基準法3条2項による新規定適用除外は,対公権力との関係で1審被告明和
地所が主張することができる利益であり,その主張の名宛人は公権力である国,都及び
市であって,当該公権力関係の枠外にある1審原告らではない。
   1審被告明和地所が建築基準法3条2項による新規定適用除外を主張するのは,
本件建物の事実状態に対する法適用の有無について客観的に言及しているものに過
ぎず,1審原告らを名宛人として具体的な権利行使をしているものではないから,権利
濫用を問題にする余地はない。
2 景観利益
 (1) 景観利益の性格
   景観利益は,特定地域全体の歴史的・文化的・自然的に優れた景観の維持保存を
目的とし,行政上の法的規制等がされる結果として,当該地域内の地権者,建物所有
者のみならず,その地域を訪れるすべての人が享受し得る反射的利益である。優れて
主観的な心理的充足感・愉悦感であり,付近住民の生活にとって日常生活上不可欠の
利益でも,快適で健康な生活に必要な生活利益でもなく,日常生活には何ら支障のない
プラスアルファの利益であり,人格の核心からは程遠いものである。日照,騒音等とは
異なり,計数化もできないので,法令をもって基準を設けて規制することは容易ではな
く,司法裁判所によって保護されるべき私法上の権利・利益とはいえない。
   なお,眺望利益は,主として自然景観を対象とし,特定の場所(建物)から観望でき
る海や山の美しい景色を享受する居住者の個人的生活利益として,景観利益とは区別
されるのであり,原則として眺望を売り物にするホテルやレストランについて保護される
が,一般住民については,相手方に信義則違反や悪意が認められる場合を除き,事実
上の利益にとどまり,法的保護の対象とはならない。大学通りは,自然景観ではなく人
工林たる並木であり,また,1審原告Aら3名の住宅は,本件建物から見て大学通りの反
対側にあり,大学通りをはさむ二列のよく茂った高さ約20メートルの並木群に遮られ
て,落葉の冬期を除き本件建物は見えない。他の1審原告らについても,本件建物の高
さ20メートルを超える部分は,その眺望利益を侵害するものでもない。
 (2) 内在的制約論の誤り
   1審原告らは,原判決の判示に依拠し,大学通りの沿道の地権者らの75年以上と
いう長期にわたる自己犠牲を伴う相互の継続的努力によって周辺地域内に建築物の高
さ20メートルを超えることができないという内在的制約が形成されるに至ったと主張す
るが,これは明らかに誤りである。
   本件土地を含む一橋大学以南の大学通り沿いの一帯の土地は,昭和22年以前
から住居地域にあったところ,大正8年制定の市街地建築物法は,住居地域内の建築
物の絶対高さを,住居地域内で65尺(約19.7メートル),住居地域外で100尺(約3
0.3メートル)以下に制限していたが(同法施行令5条),この制限は,昭和25年制定の
建築基準法施行後もそれぞれ20メートル及び31メートル以下の絶対高さ制限として受
け継がれ,容積制限制を採用した昭和45年の建築基準法改正までの間,終始一貫し
て維持されてきたのであるから,建築物の高さを20メートル以下とする制限は,70年以
上前から法律上の制限であり,地権者らの努力とは関係がない。
   また,75年以上前といえば,当時国立は広々とした畑が続く田園地帯であり,大学
通りの一橋大学以南の沿道にはほとんど建築物がなかった時代であって,建築物の高
さを20メートル以下に制限することを目指した住民の努力などあり得ない。
   大学通り周辺については,本件土地を含めて,何回も用途地域の一斉見直しが行
われ,その度ごとに事前に住民参加の手続が取られれたが,住民らが発言したのは昭
和47年の1種住専運動のときだけである。その際も,本件土地は第2種住居専用地域
に指定されており,本件土地を絶対高さ制限のある用途地域に指定せよという運動は,
一回もなかった。本件土地の用途地域の定めがどうなっているかについては,住民は関
心がなかった。本件土地の前所有者である東京海上も,本件土地に高さ20メートルを
超える建築物を建てることができないという内在的制約があるなどとは聞いたことがな
いと明言しており,少なくとも1審原告らが本件訴訟に至って盛んに主張し始めた内在的
制約なるものが,1審被告明和地所が本件土地を取得するまでは存在しなかったことは
明らかである。
   1審被告明和地所は,本件地区計画の策定以前においては,国立市から,「イチョ
ウ並木との調和」という曖昧な指導はあっても,建築物の高さを具体的に20メートル以
下にするようにとの指導をされたことはない。平成9年10月の国立市景観審議会の答
申も,1審被告明和地所がこれを知らされたのは,本件土地取得後のことである。
   仮に無形の内在的制約なるものが存在していたとしても,それを第三者がきちんと
知るべき術がなければ,安全な取引行為はできない。明確なルールのない遡及的規制
は,円滑な不動産取引と取引の安全を著しく阻害するものであり,到底容認できるもの
ではない。
 (3) 大学通りの景観の評価
   1審被告明和地所が,マンション販売ピーアール用パンフレットに大学通りの環境
の良さを謳っていることは,直ちに大学通りの景観の客観的な社会的評価の高さにつな
がるものではない。東京都の都市景観マスタープランの中で指定された81か所の景観
形成地区中に国立の大学通りは含まれておらず,それほど社会的に高く評価されてい
るとはいい難い。
   また,1審被告明和地所は,高い建築物が直ちに都市景観を害するとの考えに賛
同できない。都市景観は,京都の古い寺院のような歴史的建築物や日光太郎杉のよう
な樹齢数百年の古木・名木のように,自然景観と同様に現状を維持・保全すべきものも
あるが,むしろ原則的には社会の発展や人々の好み等に従って建築物の建築,並木道
や公園の樹木の植栽,個々の敷地内の緑化等の手段によって,新たに,いわば二次
的・人工的に形成されるものであって,建築物の高さだけでなく,その形態・デザイン・色
彩・敷地内の植栽等を総合して,その良否が判断されるべきものである。
 (4) 本件建築条例と景観利益
   本件建築条例は,本件地区内の建築物の絶対高さを20メートル以下に規制する
ものであるが,仮に,本件建築条例が定める建築物の高さ制限によって国立市民が享
受するに至った景観利益が,抽象的,一般的なものでなく,具体的,客観的な利益であ
り,本件地区内の地権者らにとって具体的な,法律上保護すべき利益に該当すると解す
るとしても,本件建物については,上記のとおり建築基準法3条2項により本件建築条
例の適用が除外されており,他に本件建物の高さを規制する行政法規は存在しない。し
たがって,本件建築条例は,本件建物の高さ20メートルを超える部分について,1審原
告らの景観利益を侵害することの根拠となるものでない。なお,1審原告Aら3名は,い
ずれも本件地区外の地権者であり,その利益は反射的利益に過ぎない。
 (5) 景観,美観の保護のための制度
  ア 美観地区,風致地区
    都市計画法は,景観,美観の保護のため美観地区(都市計画法8条6号,9条20
項,建築基準法68条),風致地区(都市計画法8条7号,9条21項)等の制度を用意し
ている。
    美観地区は,市街地の美観を維持するために定める地区であり,美観保護のた
めの建築制限は条例で定められるが,美観地区条例が制定された例として,京都市,
倉敷市,沼津市がある。
    風致地区は,都市の風致(自然のおもむき)を維持するため定める地区であり,
風致地区内における建築物の建築,宅地の造成,木竹の伐採その他の行為について
は,政令で定める基準に従い,地方公共団体の条例で,都市の風致を維持するため必
要な規制をすることができる。日本で初の風致地区は,大正15年9月に表参道と内外
苑連絡道路の沿道に指定された明治神宮風致地区であり,その後,東京においては昭
和5年5月,洗足,善福寺,石神井,江戸川の4地区が指定され,次いで昭和8年1月,
多摩川,和田堀,野方,大泉の4地区が指定された。この昭和5年以降指定された8地
区の風致地区は明治神宮とは指定の趣旨が異なっており,武蔵野の郷土景観(ランドス
ケープ)を保全することを目的としていた。このとき指定された風致地区の多くは,武蔵
野の面影を残す湧水,河川とその周辺の樹林地を中心に指定されている。
    このように現行法上,景観,美観については,美観地区,風致地区等の制度が存
在し,その指定や運営は,おおむね地方公共団体の権限となっており,地域住民は選
挙権又は直接参政権(地方自治法第5章,都市計画法17条等)の行使により,これに
参与することができる。しかし,1審原告らは,これまで一切このような権限を行使したこ
とがなく,大学通り周辺については,これまでに美観地区又は風致地区の指定がされた
事実はない。
  イ 建築協定
    特定地域の全地権者の自己規制によりその土地に都市景観上の付加価値が形
成され,地権者相互間に,これを維持すべき法的拘束力ある建築制限を生ぜしめる制
度として,建築基準法は,第4章において,建築協定の制度を定めており,69条は,「市
町村は,その区域の一部について,住宅地としての環境(中略)を高度に維持増進する
等建築物の利用を増進し,かつ,土地の環境を改善するために必要と認める場合にお
いては,土地の所有者及び借地権を有する者(中略)が当該土地について一定の区域
を定め,その区域内における建築物の敷地,位置,構造,用途,形態,意匠又は建築設
備に関する基準についての協定(以下「建築協定」という。)を締結することができる旨
を,条例で,定めることができる。」と規定する。このように,建築基準法は,一定地域内
の地権者らに対し,建築物の高さ,形態,デザイン等に関する一定の基準を遵守させる
契約上の義務を相互に負わせる手法として,当該地方公共団体の条例の定める手続・
要件に従い,地権者全員の合意による建築協定の締結及び認可について定めており,
認可された建築協定は,公告・縦覧され(同法73条2項,3項),その効力については,
同法75条において,「(建築協定の認可等の公告)のあった建築協定は,その公告のあ
った日以後において当該建築協定区域内の土地の所有権者等となった者(中略)に対
しても,その効力があるものとする。」と定めている。このように,法は,住民の自己規制
による環境の維持等のための制度として,建築協定の制度を定め,その効力は,協定
締結者の特定承継人に対しても及ぶ旨を規定しているのである。
    国立市においても,「国立市建築協定に関する条例」(昭和59年9月25日条例
第27号)を定めており,国立市が発行している「地区計画と建築協定」というパンフレット
でも紹介されており,実際にも,本件建物とも近接した地域に,戸建て分譲に関するもの
であるが,グランソシエ国立建築協定と,グランツオーベル国立建築協定が存在する。
横浜市においては176にも及ぶ建築協定が存し,その協定内容について,ホームペー
ジ上から概要を知ることができるようになっており,千葉市等においても同様のホームペ
ージを開いている。
    市役所等における閲覧に加え,以上のような情報により,土地購入希望者は,購
入予定地にどのような建築協定が存するかを知ることができ,自己の購入目的との間で
齟齬が生じないかを確認することができるのである。また,契約に際しても,重要事項説
明事項となっていることから,その存在を知ることができる。
    以上のとおり,多くの都市で,数多くの建築協定が成立しているのは事実であり,
このように住民のまちづくりに対する意思を明確に示すことができる制度がある以上,大
学通りにおいても,仮に全地権者の自己規制によって景観利益がもたらされているとい
うのであれば,当然に,建築協定が存在してしかるべきであるといえる。逆に,建築協定
さえも存在しない区域に,このような景観利益を認め,これを基に本件建物の撤去を認
めることは,土地の購入者が,このように外見上判断できない要素によって,その購入
目的を到達することができなくなり,著しく土地取引の安全を害することともなる。
    1審原告らは,このような建築協定をしていないことはもちろん,そのような協定を
締結するように運動を進めたり,本件土地の前所有者である東京海上に対して働きか
けていたという形跡もない。原判決がいうような大学通りから20メートルの範囲内の全
地権者の自己規制が仮に実在するならば,建築協定を成立させることは,極めて容易
なはずである。さらには,他の都市の建築協定を普及させようという姿勢に比べた場
合,国立市自体建築協定を普及させようとする姿勢は決して強いものとはいえず,ひい
ては他の都市に比べてまちづくりに対する意識が強いとは決していえない。
3 撤去請求と受忍限度
 (1) 景観利益が土地所有権に由来するものであり,所有権の一部を構成するもので
あれば,所有権に基づく妨害排除請求権は,物権的請求権の本来的性格から,妨害行
為が不法行為に該当するか否かを問わずに,客観的妨害事実に対して当 然に行使で
きるはずであるから,原判決のように故意・過失・違法性・受忍限 度等を要件とする不
法行為論に持ち込むのは法的にみて論理矛盾である。
   騒音,排気ガス,日照障害等のような人の生命・健康に直接関わる生活妨害につ
いては,人格権に基づいて保護利益と妨害行為との比較考量において妨害排除の可否
が論じられるのに対し,景観利益は,これらに比して明らかに要保護性の程度において
劣る生活妨害であり,生命・健康等には全く影響がなく,単なる心理的充足感・愉悦感に
過ぎないにもかかわらず,その阻害においては,所有権に基づき相手に有無をいわさず
妨害排除ができ,法的根拠としてより強力になるというのでは,明らかに不均衡であり,
不当である。
 (2) 仮に,景観利益を眺望利益に準じて取り扱うべきであるとすれば,景観阻害が受
忍限度を超えた場合には不法行為を構成することがあると解されるが,本件では受忍
限度を超えていない。景観や眺望は,等しく生活妨害であっても,騒音,振動,排気ガ
ス,日照妨害のように,被害者の生命,身体,健康に直接関わるようなものではないか
ら,切実なものとはいえない。いかなる景観,眺望を保護すべきかについては,法令に
規定がないし,いかなる景観,眺望がその地域にふさわしいかは,判断する者の主観に
よるところが大きく,一義的には定め難いものであり,国民のコンセンサスも未だ成立し
ていない。このような状況のもとでは,景観・眺望阻害の受忍限度は,その余の生活妨
害の場合と比較してはるかに厳格に判断されなければならない。
 (3) 本件土地の購入価額90億2000万円は,東京海上が相手先の絞り込みのため
に提案した90億円の参考価格に基づいて入札したものであり,マンション事業大手5社
がこれに応じて入札に参加した。入札に最後まで残った老舗のマンションディベロッパー
の入札価格は87億円ということであり,1審被告明和地所の購入価額とほぼ変わりが
なく,1審被告明和地所が他の不動産業者より著しく高額で購入したということはない。
   高さ20メートル以下という制限のもとに本件建物と同等の商品性を有するプランを
作成することは不可能であった。本件建物の位置を大学通りから更に奥に移動するよう
に設計変更することも,建築基準法に基づく日影規制に抵触し,また西側の日照被害を
増大させるため,不可能であった。
 (4) 1審被告明和地所が近隣住民に対して配布した「近隣説明書」の記載内容は,原
判決指摘のとおり批判されてしかるべきものであり,1審被告明和地所としても深く反省
している。近隣住民に対する説明会においても,担当責任者がその旨表明した。しか
し,受忍限度を判断する要因の中で,このような応接態度を重視するのは,判断要因の
選択と評価の比重の判断を誤ったものである。
 (5) 生活妨害の法的救済手段は,原則として損害賠償であり,工事差止めについて
は,従来の裁判例は損害賠償の場合と比較してはるかに厳しい受忍限度を設定してい
る。消極的生活妨害のうちでも,被害者の生命,身体,健康に関わるような切実性のな
い眺望阻害に関しては,被害者側の被害の程度がよほど大きく,契約上の信義則違反
が認められるなど,特別の場合を除き,工事の差止めは認められていない。まして,既
存建物の撤去の認容例は原判決以外には皆無である。
   憲法上の人権としての環境権を認める学説においてすら,自然的環境のほかに歴
史的文化的な環境をも環境権概念に取り込むことには否定的であり,「学園都市」として
後者の要素が強い本件の景観利益の権利性は極めて弱いものというべきである。
   不法行為に対する救済は,金銭賠償によるのが原則であって(民法722条1項),
不法行為において金銭賠償以外の救済手段を民法が認めているのは,名誉毀損に対
するもの(同法723条)のみである。仮に景観利益が何らかの法的保護に値するもので
あり,本件建物がこれを侵害しているとしても,当該不法行為の事実のみから当然に撤
去請求権が認められるということは法論理的にはあり得ない。
 (6) 本件建物の大学通りに面した棟の高さ20メートルを超える部分を撤去するために
は,直接の工事経費のみで10億円以上を要し,また,この部分の撤去に当たっては,
本件建築条例を前提とすると,建築基準法に適合するためには,本件建物全体につい
て高さ20メートルを超える部分の撤去を法律上義務づけられることになり,その損害は
はるかに大きく,数十億円に達する。景観利益の阻害を理由に撤去を命ずることは,明
らかに比例原則に違反する。

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