弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年(行ケ)第2号 審決取消請求事件(平成16年9月27日口頭弁論終
結)
          判           決
       原      告   ヒューレット・パッカード・カンパニー
       訴訟代理人弁理士   古谷 聡
同          溝部孝彦
同         西山清春
   被      告   特許庁長官 小川洋
       指定代理人  番場得造
       同          砂川克
同          立川功
同          大野克人
同          伊藤三男
          主           文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
          事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2001-16931号事件について平成14年8月20日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成4年4月30日,発明の名称を「非印字パルスを用いて感熱式
インク・ジェット及び感熱式印字ヘッドの温度を制御する装置」とする特許出願
(特願平4-111284号,優先権主張1991年〔平成3年〕5月1日〔以下
「本件優先日」という。〕・アメリカ合衆国)をしたが,平成13年6月14日に
拒絶の査定を受けたので,同年9月21日,これに対する不服の審判の請求をし
た。
 特許庁は,同請求を不服2001-16931号事件として審理した結果,
平成14年8月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,そ
の謄本は,同年9月3日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成11年4月27日付け,平成1
3年3月1日付け及び同年9月21日付け各手続補正書による補正後のもの。以下
「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項8】記載の発明(以下「本
願発明」という。)の要旨
 放出されるインク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基づいた,感熱式
インクジェット印字ヘッドの温度のリアルタイム開ループ制御を行うための装置で
あって,この装置が,印字サイクル中,印字命令が存在するかどうかを判定するた
めに複数の印字データを解釈するデータインタプリタと,前記印字命令に応答し
て,放出成分と加熱成分からなる発射エネルギーで発射抵抗を駆動する印字パルス
を生成するための手段と,前記発射抵抗が前記印字パルスで駆動される際に,前記
発射エネルギーの前記放出成分を有するインク滴を放出すると共に,前記発射エネ
ルギーの前記加熱成分で前記印字ヘッドを加熱するための手段と,前記印字サイク
ル中に印字命令の存在しないことに応答して,前記発射エネルギーの前記加熱成分
で前記印字ヘッドを加熱する1つ以上の開ループ非印字パルスを生成するための手
段とからなる装置。
3 審決の理由
審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開平3-1555
6号公報(甲6,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」
という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特
許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決は,本願発明と引用発明との相違点の認定判断を誤った(取消理由)結
果,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきであ
る。
2 取消事由(相違点の認定判断の誤り)
(1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点として,「印字ヘッドの温度のリ
アルタイム開ループ制御を行うための装置が,前者では,放出されるインク滴に伝
達されるエネルギーの伝達特性に基づいたものであって,印字ヘッドを加熱する1
つ以上の非印字パルスのエネルギーを,発射エネルギーのうちの加熱成分,すなわ
ち,放出されるインク滴が有するエネルギー(放出成分)を引いた残りのエネルギ
ーであるとしているのに対して,後者では,その点が明確でない点」(審決謄本7
頁第2段落,以下「相違点」という。)を認定したが,誤りである。
 引用例(甲6)には,「電気熱変換体に対してインク吐出がなされない程
度の駆動信号を供給することにより加熱を行わせる」(6頁左下欄最終段落),
「パルス幅設定信号ENBのパルス幅は,予備加熱時はインク液吐出に至らない時
間内であり(例えば約0.5~5μs),吐出駆動時(記録時)のパルス幅(例え
ば約3~10μs)より短い」(9頁左上欄第2段落)と記載されているが,これ
は,要するに,予備加熱時には,インク吐出に至らない一定の範囲内のエネルギー
を供給することを開示しているにすぎない。
 一方,本願発明においては「発射エネルギーの加熱成分」のように,その
エネルギーの大きさが,発射エネルギーと放出成分とが決まれば一義的に定まるも
のとして特に限定した表現を採用している。これは,本件明細書(甲2)の段落
【0026】において,非印字パルスの加熱成分(印字ヘッドにより吸収されるエ
ネルギー)の測定を含む印字ヘッドのエネルギー伝達特性の測定が具体的に記載さ
れていることを背景としたものである。本願発明は,上記のような加熱成分により
印字ヘッドを加熱することによって,ある発射抵抗に印加される加熱エネルギー
を,印字パルス(発射エネルギーを有する。)が印加されたか,非印字パルス(発
射エネルギーのうちの加熱成分のエネルギーを有する。)が印加されたかに関係な
く,さらに,印字データの内容,すなわち記録データにも関係なく(本件明細書の
段落【0024】参照),同じとすることが可能である。
 これに対し,引用例は,発射エネルギーと放出成分のエネルギーから一義
的に決定されるエネルギーを印加すること,並びに,そうしたエネルギーの印加に
より印字パルスの印加時と非印字パルスの印加時とで印字ヘッドに印加されるエネ
ルギーを同一とすることについては,何ら開示も示唆もしていない。
 したがって,引用発明において,相違点に係る本願発明の構成が「明確で
ない」とする審決の認定は誤りであり,実質的に開示も示唆もされていないという
べきである。
(2) 審決は,相違点について,引用例(甲6)の「記録データと予備加熱デー
タとを交互に入力し,液吐出と予備加熱とを交互に行うことにより,吐出駆動がな
されなかったため吐出不良が生じうる吐出口に対応した電気熱変換素子にも予備加
熱データにより通電を行うことができる。従って,全液路の温度が均一となり,良
好な記録状態を得ることができるようになった」(9頁右下欄最終段落~10頁左
上欄第1段落)との記載から,「記録中の予備加熱において,そのパルスのエネル
ギーを発射エネルギーのうちの吐出されるインク滴が伝達されて有するエネルギー
を引いた残りのエネルギーすなわち加熱成分とすることは,当業者が容易に想起で
きること」(審決謄本7頁下から第3段落)であり,「そうすれば当然に,記録中
の予備加熱(印字ヘッドの温度のリアルタイム開ループ制御)は,吐出(放出)さ
れるインク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基づいたものとなる」(同下か
ら第2段落)と判断したが,誤りである。
ア 本願発明における「加熱成分」とは,本件明細書(甲2,3,5)の特
許請求の範囲の【請求項8】の「放出されるインク滴に伝達されるエネルギーの伝
達特性に基づいた」との記載並びに発明の詳細な説明の段落【0009】,【00
24】及び【0026】の記載から明らかなとおり,インク滴に伝達されるエネル
ギーの伝達特性から決定される成分であって,発射エネルギーから放出成分を除い
た成分に等しい。すなわち,本願発明のリアルタイム開ループ制御を行うために
は,上記段落【0024】に記載されているとおり,放出されるインク滴に伝達さ
れる印字パルスのエネルギーの比率(Ⅹ)等の当該エネルギーの伝達特性を知って
おく必要があるが,引用例(甲6)には,「放出されるインク滴に伝達されるエネ
ルギーの伝達特性」を用いることについてはもとより,伝達特性自体についても何
ら記載されていない。また,伝達特性を知るためには,上記段落【0026】に記
載されているとおり,印字パルス及び非印字パルスにより伝送されるエネルギーに
よる印字ヘッドの熱平衡状態における温度の測定等が必要であるが,引用例にはそ
のような測定手段は全く開示されていない。
 これに対し,審決は,要するに,印字パルスのエネルギー(発射エネル
ギー)を放出成分と加熱成分に分けた場合に,全液路の温度を均一にするために,
その加熱成分で電気熱変換素子を予備加熱することは当業者が容易に想到可能であ
り,このような予備加熱は,結果として,インク滴に伝達されるエネルギーの伝達
特性に基づいたものとなるとするものであると解される。
 しかしながら,印字ヘッドの温度は,本件明細書の段落【0003】及
び【0023】に記載されているとおり,プリンタ出力(印字パルス数)の変動だ
けではなく,周囲温度の変化やプリンタ始動時の熱遷移によっても変動する。した
がって,引用発明において,被告が指摘する「記録データに対して予備加熱データ
を変えながら,全液路の温度が均一になるようにする」手段によって,全液路の温
度を均一にするための予備加熱データを当業者が見いだすことが仮に可能であった
としても,そのような予備加熱データは,プリンタ出力そのもの以外の要因,例え
ば周囲温度等による影響をも必然的に含んだものとして決定されるものである。こ
れに対し,本願発明の発射エネルギーとは,発射される印字パルスに供給されるエ
ネルギーである(本件明細書の段落【0009】)から,その供給エネルギーが一
定であれば,それから,放出されるインク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に
基づいて決まる放出成分を引いたものである加熱成分も一定である。そうすると,
発射エネルギーの加熱成分は,発射エネルギー,すなわち,プリンタの印字出力の
ためにヘッドに印加されるエネルギーのみによって変動を受けるものであり,これ
は,「開ループシステムは,周囲温度の変化及び始動中に発生する熱遷移等の別の
要因に起因する印字ヘッドの温度変動について補償を行うことはできない」(本件
明細書の段落【0025】)との記載からも明らかである。この意味で,本願発明
における「発射エネルギーの加熱成分」とは,特別に限定された要件として解釈さ
れるべきである。
 なお,この点について,確かに,引用例(甲6)には,「予め定められ
た一定のパルス幅を設定する」(8頁左下欄最終段落)ことが記載されているが,
引用発明に限らず,印字ヘッドの温度を均一に制御する装置一般において,あえて
周囲温度の変化の影響を考慮せずに制御を行うことは,むしろ不自然であって,当
業者が通常想定する範囲のことではないこと等からすると,引用発明における「予
め定められた一定のパルス幅」とは,周囲温度に応答させてその都度パルス幅が変
更されるものではないものの,引用発明の課題を解決可能な程度に,周囲温度の変
化をあらかじめ見込んで設定された一定のパルス幅であると解すべきである。
 そうすると,被告が指摘する上記手段によって見いだされるような予備
加熱データは,印字ヘッドに供給されるエネルギー自体の変動のみを受ける本願発
明の「加熱成分」とは明確に異なるものであり,エネルギーの値として偶然一致す
ることはあったとしても,本願発明の加熱成分の概念に含まれる関係にあるのでは
ない。引用例には,「インク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基づいて,非
印字パルスが,発射エネルギーのうちの加熱成分を有する」ようにする手段につい
ては,開示も示唆もされていないというべきであるから,審決の上記判断は誤りで
ある。
イ 引用発明が解決しようとする課題は,引用例(甲6)の「発明が解決し
ようとする課題」(5頁左上欄最終段落~6頁左上欄下から第2段落)に記載され
ているとおり,要するに,良好な記録のために効果的な予備加熱を行うことである
と解され,この点においては,本願発明が解決しようとする課題と同様であると認
められる。
 しかしながら,引用発明の着想の契機は,従来技術のインクジェット記
録法におけるインクの粘度の変化による印刷品位の劣化(例えば,引用例の5頁右
上欄第2段落)を防止することにあったと解されるのに対し,本願発明の着想の契
機は,本件明細書(甲2,3)の段落【0003】~【0006】に記載されてい
るとおり,インク滴のサイズの変化による印字品質の劣化という従来技術の問題を
解消することにあった。ここで,インクの粘度の変化は,インク滴のサイズの変化
をもたらす一つの要因にすぎず,インク滴のサイズの変化と同一ではない(本件明
細書の段落【0003】参照)から,両者の契機となった問題点は明確に異なると
いうことができる。
 引用発明においては,予備加熱時の印加エネルギーをインク吐出がされ
ない程度のものとしており,一方,本願発明においては,発射エネルギーのうちの
加熱成分と限定しているが,この相違は,上記のように発明の着想の契機をそもそ
も異にすることによるものである。すなわち,引用発明の着想において,従来技術
の問題点を解決する際には,予備加熱時のエネルギーを本願発明のように加熱エネ
ルギーそのものとすることがそもそも想起され得なかったものであり,このよう
に,本願発明と引用発明とではそれぞれの発明の契機となった従来技術の問題点が
異なり,また,その結果として,それぞれの問題点を解決するための作用効果が異
なるのである。
 さらに,効果に関していえば,本願発明は,上記問題を解決するため
に,印字命令が存在しない場合には,加熱成分のエネルギーで印字ヘッドを加熱す
るようにしたのであるから,印字命令が存在した場合と存在しなかった場合とで印
字ヘッドの加熱効果を同一にすることが可能になるという,引用発明に比べて顕著
な効果を有する。
 以上によれば,審決の上記判断は,本願発明が,エネルギー伝達特性と
非印字パルスのエネルギーとを直接関連付けることにより,その対象とした従来技
術の問題点を解決するために,独自の顕著な効果を実現したものであることを何ら
考慮することなく,引用例に記載された効果的な記載,すなわち結果のみを知得し
た見地から安易にされたものであって,誤りというべきである。
第4 被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 取消事由(相違点の認定判断の誤り)について
(1) 原告は,引用例(甲6)は,発射エネルギーと放出成分のエネルギーから
一義的に決定されるエネルギーを印加すること,並びに,そうしたエネルギーの印
加により印字パルスの印加時と非印字パルスの印加時とで印字ヘッドに印加される
エネルギーを同一とすることについては,何ら開示も示唆もしていないとして,引
用発明において,相違点に係る本願発明の構成が「明確でない」とする審決の認定
は誤りであり,実質的に開示も示唆もされていないというべきである旨主張する。
しかしながら,後記(2)のとおり,引用例には,上記構成を実施する手段が示唆され
ているということができるから,原告の上記主張は失当である。
(2) 原告は,①引用例(甲6)には,「インク滴に伝達されるエネルギーの伝
達特性に基づいて,非印字パルスが,発射エネルギーのうちの加熱成分を有する」
ようにする手段については開示も示唆もされていない,②本願発明と引用発明とで
はそれぞれの発明の契機となった従来技術の問題点が異なり,その結果として,そ
れぞれの問題点を解決するための作用効果が異なる上,本願発明は引用発明に比べ
て顕著な効果を有するなどとして,審決の相違点に関する判断は誤りである旨主張
するが,いずれも失当である。
ア 本願発明の「発射エネルギーの加熱成分」とは,本件明細書(甲2,
3)の「印字ヘッドは更に,Xが,放出されるインク滴に伝達される印字パルスの
エネルギーの比率であり,(100-X)が,印字ヘッドによって吸収される印字
パルスのエネルギーの比率であるような公知のエネルギー伝達特性を有している。
開ループ・パルス生成器は,エネルギーEp(X/100)を帯びたインク滴を放
出し,且つ残りのエネルギーEp〔(100-X)/100〕で印字ヘッドを加熱
するために発射抵抗に供給されるエネルギーEpを有する印字パルスか,又は印字
ヘッドを加熱するだけの総エネルギーEp〔(100-X)/100〕を有する1
つ又は2つ以上の開ループ非印字パルスを生成する」(段落【0009】)という
記載からみて,発射エネルギーから,放出されるインク滴に伝達されるエネルギー
(放出成分)を引いた残りの印字ヘッドの加熱に関与するエネルギーであると解さ
れる。
 一方,引用例(甲6)には,「記録データと予備加熱データとを交互に
入力し,液吐出と予備加熱とを交互に行うことにより,吐出駆動がなされなかった
ため吐出不良が生じうる吐出口に対応した電気熱変換素子にも予備加熱データによ
り通電を行うことができる。従って,全液路の温度が均一となり,良好な記録状態
を得ることができるようになった」(9頁右下欄最終段落~10頁左上欄第1段
落)との記載があり,この記載は,各電気熱変換素子(発射抵抗)がある部分の印
字ヘッドの温度を,液吐出と予備加熱の違いによらず,全液路の温度を均一にすれ
ば良好な記録状態を得ることができることを教示しているから,当業者が,引用例
に記載された,記録データに対して予備加熱データを任意に変えることが可能なイ
ンクジェット記録装置を用いて,記録データに対して予備加熱データを変えなが
ら,全液路の温度が均一になるようにすることは,その比率を直接測定しているか
否かは別として,何ら困難なことではない。
 そして,引用発明も,印字ヘッドに備えられた複数の電気熱変換素子
(発射抵抗)を,印字命令に応答して,記録データ(発射エネルギー)で選択的に
駆動させることによりインク滴を放出させるものであるから,引用発明において
も,電気熱変換素子(発射抵抗)が記録データ(発射エネルギー)で駆動される際
に,前記記録データ(発射エネルギー)は,まず,電気熱変換素子(発射抵抗)に
よって熱エネルギーに変換され,該熱エネルギーがインクの温度を上昇させ,イン
クを気化させることにより,熱エネルギーと運動エネルギーを持つインク滴を放出
させると共に,当該熱変換素子(発射抵抗)の周りのインク及び印字ヘッド自体を
加熱することになることは明らかなことであるから,全液路の温度を均一にするた
めには,インク滴を放出させない液路に与えられる予備加熱データは,インク滴を
放出させる液路に与えられる記録データ(発射エネルギー)のうちの,当該熱変換
素子の周りのインク及び印字ヘッドの加熱に関与する成分,すなわち,記録データ
(発射エネルギー)から,放出するインク滴が有する(伝達される)成分を引いた
残りのものに等しくしなければならないこと,逆に,そうでなければ,全液路の温
度が均一にならないことは,当業者でなくとも自明なことである。
 そうすると,引用例には,予備加熱データを,記録データのうちの放出
するインク滴に伝達される成分(放出成分)を引いた残りの印字ヘッドの加熱に関
与する成分とすることが示唆されており,結局,その直接的表現こそないが,本願
発明の「放出されるインク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基づいた,感熱
式インクジェット印字ヘッドの温度のリアルタイム開ループ制御を行うための装
置」,「放出成分と加熱成分からなる発射エネルギーで発射抵抗を駆動する印字パ
ルス」及び「加熱成分で印字ヘッドを加熱する非印字パルス」との構成は,いずれ
も実質的に示唆されているということができる。
 なお,原告は,本願発明の「加熱成分」が,インク滴に伝達されるエネ
ルギーの伝達特性をあらかじめ測定し,この測定された伝達特性から決定されるも
のであると主張しているものとも解されるが,そうとすれば,当該主張は特許請求
の範囲の記載に基づかない主張であって,失当である。すなわち,本願発明を規定
する本件明細書(甲5)の特許請求の範囲の【請求項8】は,「発射エネルギーの
加熱成分」について,放出されるインク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基
づいた印字ヘッドの温度制御を行う装置であること,放出成分と加熱成分とからな
る発射エネルギーであること,発射エネルギーの加熱成分で印字ヘッドを加熱する
ことを規定するにとどまり,本願発明の「加熱成分」が,インク滴に伝達されるエ
ネルギーの伝達特性をあらかじめ測定し,この測定された伝達特性から決定される
ものであると規定しているものということはできない。
イ 原告は,引用発明の着想の契機は,インクの吐出の不良を改善すること
にあるのに対して,本願発明の着想の契機はインク滴のサイズの変化による印字品
質の劣化という問題の解消であるので,両者の契機となった問題点が相違している
旨主張するが,本件優先日当時,感熱式インクジェット記録装置において,インク
滴のサイズ変化による印字品質の劣化という問題は,例えば,特開昭63-134
252号公報(乙1,以下「乙1公報」という。)に見られるように,よく知られ
ていたことであるから,引用例(甲6)の,「特に,多数の吐出口がライン状に配
列された記録ヘッドによる液体噴射記録装置では,記録データの統計的性質によっ
てはほとんど記録に使用されない吐出口があり,このため吐出インターバルが非常
に長くなるというように,吐出駆動にバラツキがある。したがって,吐出回数が少
ない,ないしは吐出間隔が長い場合の液路内のインクは,湿度や温度などの雰囲気
の条件によって乾燥による粘度上昇が生じ,吐出口からのインク吐出が不安定にな
ったり,また吐出不能になったりする虞れがあった。そこで,低温時等におけるイ
ンク粘度の増加に対しても良好な吐出状態を得るためにインクの温度を所定の範囲
内に維持できるようにするべく,吐出信号を印加しない時にも電気熱変換体にイン
クが吐出されないレベルで通電を行い,インクを加熱しておく方法(予備加熱と称
す)が種々考えられている」(5頁右上欄第2段落~左下欄第1段落)等の記載か
ら見て,引用発明がインク滴のサイズ変化による印字品質の劣化という問題を認識
していたことは明らかであって,両者の契機となった問題点が相違しているという
ことはできない。
 また,原告は,両発明は,それぞれの問題点を解決するための作用効果
が異なるとも主張するが,仮に,原告が主張するように本願発明の着想の契機が引
用発明のものと相違するとしても,着想が相違するからといって作用効果が異なる
ものでもない。
 さらに,原告は,効果に関して,本願発明は,印字命令が存在した場合
と存在しなかった場合とで印字ヘッドの加熱効果を同一にすることが可能になると
いう,引用発明に比べて顕著な効果を有する旨主張するが,引用発明においても,
全液路の温度を均一にすること,すなわち,記録データにより加熱される場合と予
備加熱データにより加熱される場合とで印字ヘッドの加熱効果を同一にすることが
記載されており,両者間で作用効果が異なるものではない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(相違点の認定判断の誤り)について
(1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点として,「印字ヘッドの温度のリ
アルタイム開ループ制御を行うための装置が,前者では,放出されるインク滴に伝
達されるエネルギーの伝達特性に基づいたものであって,印字ヘッドを加熱する1
つ以上の非印字パルスのエネルギーを,発射エネルギーのうちの加熱成分,すなわ
ち,放出されるインク滴が有するエネルギー(放出成分)を引いた残りのエネルギ
ーであるとしているのに対して,後者では,その点が明確でない点」(審決謄本7
頁第2段落)を認定した上,相違点について,引用例(甲6)の「記録データと予
備加熱データとを交互に入力し,液吐出と予備加熱とを交互に行うことにより,吐
出駆動がなされなかったため吐出不良が生じうる吐出口に対応した電気熱変換素子
にも予備加熱データにより通電を行うことができる。従って,全液路の温度が均一
となり,良好な記録状態を得ることができるようになった」(9頁右下欄最終段落
~10頁左上欄第1段落)との記載から,「記録中の予備加熱において,そのパル
スのエネルギーを発射エネルギーのうちの吐出されるインク滴が伝達されて有する
エネルギーを引いた残りのエネルギーすなわち加熱成分とすることは,当業者が容
易に想起できること」(審決謄本7頁下から第3段落)であり,「そうすれば当然
に,記録中の予備加熱(印字ヘッドの温度のリアルタイム開ループ制御)は,吐出
(放出)されるインク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基づいたものとな
る」(同下から第2段落)と判断した。
 これに対し,原告は,引用発明において,相違点に係る本願発明の構成が
「明確でない」とする審決の認定は誤りであり,実質的に開示も示唆もされていな
いというべきである旨主張するとともに,相違点に関する審決の上記判断は誤りで
ある旨主張する。
 原告の取消事由の主張のうち,相違点の認定の誤りをいう主張(上記第3
の2(1))については,審決の相違点に関する判断に誤りがなければ,結局,失当に
帰することが,主張の内容自体から明らかであるので,以下では,まず,相違点の
判断の誤りの有無について検討する。
(2) 本件明細書(甲2,3)には,本願発明の「発射エネルギーの加熱成分」
に関し,以下のような記載がある。
ア 「印字ヘッドは更に,Xが,放出されるインク滴に伝達される印字パル
スのエネルギーの比率であり,(100-X)が,印字ヘッドによって吸収される
印字パルスのエネルギーの比率であるような公知のエネルギー伝達特性を有してい
る。開ループ・パルス生成器は,エネルギーEp(X/100)を帯びたインク滴
を放出し,且つ残りのエネルギーEp〔(100-X)/100〕で印字ヘッドを
加熱するために発射抵抗に供給されるエネルギーEpを有する印字パルスか,又は
印字ヘッドを加熱するだけの総エネルギーEp〔(100-x)/100〕を有す
る1つ又は2つ以上の開ループ非印字パルスを生成する。データ・インタプリタ
は,印字データを解読して,パルス生成器に対し,印字データが印字命令を含んで
いる場合は印字パルスを伝送するように命令し,又データが印字命令を含んでいな
い場合には,印字パルスの代わりに1つ又は2つ以上の開ループ非印字パルスを伝
送するように命令して,それによって印字データの内容に係わらず印字ヘッドが同
一量のパワーを散逸するようにする」(段落【0009】)
イ 「放出されるインク滴に伝達される印字パルスのエネルギーの比率
(X),及び印字ヘッドによって吸収される印字パルスのエネルギーの比率(10
0-X)等のエネルギー伝達特性が判っている場合,図3に示す開ループ・システ
ム60を利用して,印字データ62の内容に係わらず印字ヘッドへの一定の熱流を
保持することができる。図4は,開ループ・システム60が発射抵抗68の両端に
印加するパルスのタイミングチャート80を示すものである。各間隔中で,開ルー
プ・パルス生成器66は,印字パルス82,あるいは1つ又は2つ以上の開ループ
非印字パルス84を,発射抵抗68の両端に印加する。データ・インタプリタ64
は印字データ62を読み出す。その印字データが印字間隔86中に印字命令を含ん
でいる場合,データ・インタプリタ64は開ループ・パルス生成器66に対して印字
パルス82を生成するように命令する。その印字データが印字間隔86中に印字命
令を含んでいない場合には,データ・インタプリタ64は開ループ・パルス生成器
66に対して1つ又は2つ以上の開ループ非印字パルス84を生成するように命令
する」(段落【0024】)
ウ「図3に示したのと同様の装置は,放出されるインク滴に伝達されるエ
ネルギー量及びインク滴を放出する際に印字ヘッドにより吸収されるエネルギー量
等の印字ヘッドのエネルギー伝達特性を測定することができる。この測定は以下の
ステップを有する。第1に,この測定に関与する各発射抵抗(2以上の任意数の発
射抵抗が使用可能である)毎に,プリンタコントローラが,印字間隔86につき1
つの印字命令を含む印字データ62をデータ・インタプリタ64に伝送する。デー
タ・インタプリタ64は,開ループ・パルス生成器に信号を送ることによって応答
して,エネルギーEpを有する1つの印字パルスを印字間隔毎に発射抵抗へと伝送
する。印字ヘッドが『熱平衡』(すなわち印字ヘッド温度の安定化)に達すると,
発射抵抗と同じ基板に位置する温度センサが印字ヘッドの熱平衡温度を測定する。
第2に,プリンタのコントローラは,いずれの印字間隔にも印字命令を有していな
い印字データ62をデータ・インタプリタ64に伝送する。データ・インタプリタ
64は,開ループ・パルス生成器66に対して非印字パルスを発射抵抗に伝送する
ように命令する。1つの印字間隔で非印字パルスにより搬送されるエネルギーは,
第1段階で測定された同一の熱平衡温度で印字ヘッドの温度が安定化するまで調整
される。第3に,印字ヘッドを熱平衡温度で安定化させた非印字パルスにより1つ
の印字間隔で伝達されたエネルギー量が測定される。第4に,このエネルギーを1
つの印字パルスのエネルギーから減算して,一滴の放出インク滴により伝達された
エネルギー量を得る。非印字パルスにより伝達されるエネルギーは,インク滴を放
出する際に印字ヘッドにより吸収されるエネルギーと等しい」(段落【002
6】)
 上記各記載によれば,本願発明について,①本願発明の「感熱式インクジ
ェット印字ヘッドの温度のリアルタイム開ループ制御を行うための装置」において
は,「印字パルス」と「非印字パルス」が生成されること,②上記「印字パルス」
は,インク滴を放出するとともに,残りのエネルギーで印字ヘッドを加熱するだけ
のエネルギー量を有したパルスであり,上記「非印字パルス」は,印字ヘッドを加
熱するだけのエネルギー量を有したパルスであること,③パルス生成器は,印字デ
ータが印字命令を含んでいるときには「印字パルス」を発生し,印字命令を含んで
いないときには「非印字パルス」を発生し,これにより,印字ヘッドが一定温度に
保たれること,④印字パルスと非印字パルスのエネルギー量は,まず,印字パルス
を連続して供給して,印字ヘッドが熱平衡状態になった時の温度を測定し,次に,
非印字パルスを連続して供給し,ヘッドが印字パルスの場合と同じ温度で熱平衡状
態となるように調整し,この結果,ヘッドを熱平衡状態にするだけの非印字パルス
のエネルギー量が決定されるという手順で,実験(測定)によって定められること
が理解される。
 そうすると,本願発明においては,非印字パルスは,インク滴を放出する
だけのエネルギーは持たないが,印字ヘッドを適切な熱平衡状態に維持するのに必
要なエネルギー量として設定された値であると認められる。
(3) 他方,引用例(甲6)には,以下のような記載がある。
ア 「インク吐出に利用される熱エネルギを発生する電気熱変換体を複数有
する記録ヘッドと,該記録ヘッドの前記複数の電気熱変換体を記録データに応じた
駆動信号を供給して駆動することにより前記インク吐出を行わせる吐出駆動手段
と,該吐出駆動手段による所定単位量の駆動後に前記電気熱変換体に対してインク
吐出がなされない程度の駆動信号を供給することにより加熱を行わせる加熱駆動手
段とを具えたことを特徴とするインクジェット記録装置」(特許請求の範囲17
項)
イ 「本発明によれば,記録手段(インクジェット記録ヘッド)にインク吐
出用データを供給して所定量の記録を行った後に,予備加熱のためにインクを吐出
可能な値未満の電力量を規定するデータを入力させることにより,吐出を行わない
液路に対しても予備加熱を適切なタイミングで行うことができる」(7頁右上欄第
2段落)
ウ 「パルス幅設定信号ENBのパルス幅は,予備加熱時はインク液吐出に
至らない時間内であり(例えば約0.5~5μs),吐出駆動時(記録時)のパル
ス幅(例えば約3~10μs)より短い」(9頁左上欄第2段落)
エ 「以上説明したように,本実施例によれば,記録データと予備加熱デー
タとを交互に入力し,液吐出と予備加熱とを交互に行うことにより,吐出駆動がな
されなかったため吐出不良が生じうる吐出口に対応した電気熱変換素子にも予備加
熱データにより通電を行うことができる。従って,全液路の温度が均一となり,良
好な記録状態を得ることができるようになった」(9頁右下欄最終段落~10頁左
上欄第1段落)
 上記各記載によれば,引用発明について,①記録ヘッドには,「インク吐
出用データ」と「予備加熱のためのデータ」が供給されること,②「インク吐出用
データ」はインクを吐出するのに必要なエネルギーを有するデータであり,「予備
加熱のためのデータ」はインク吐出がされない程度の駆動信号によってヘッドの加
熱を行わせるデータであること,③記録データと予備加熱データとを交互に入力
し,液吐出と予備加熱とを交互に行うことによりヘッドの全液路の温度を均一に保
つこと,④「インク吐出用データ」と「予備加熱のためのデータ」の決定方法につ
いては明細書に具体的な記述はないことが理解される。
(4) 原告は,本願発明のリアルタイム開ループ制御を行うためには,放出され
るインク滴に伝達される印字パルスのエネルギーの比率(Ⅹ)等の当該エネルギー
の伝達特性を知っておく必要があるが,引用例(甲6)には,「放出されるインク
滴に伝達されるエネルギーの伝達特性」を用いることについてはもちろん,伝達特
性自体についても何ら記載されていないし,また,伝達特性を知るためには,印字
パルス及び非印字パルスにより伝送されるエネルギーによる印字ヘッドの熱平衡状
態における温度の測定等が必要であるが,引用例にはそのような測定手段は全く開
示されていない旨主張する。
 しかしながら,上記(2)及び(3)で検討したところから明らかなとおり,本
願発明における「印字パルス」及び引用例における「インク吐出用データ」は,共
に,インク滴を吐出するのに十分なエネルギーを持った信号であり,本願発明にお
ける「非印字パルス」及び引用例における「予備加熱のためのデータ」はインクの
吐出はされないが,ヘッドを予備加熱することができる程度のエネルギーを持った
データであり,さらに,ヘッドを予備加熱することの目的は,いずれもヘッドの液
路温度を一定に維持して,安定した印字ないし記録を可能とすることである。すな
わち,両発明は,インクジェット記録ヘッドの温度を一定に維持するという共通の
目的を有し,これを達成する構成も,インクを実際に吐出させるエネルギー量の印
字データで印字を行うと共に,印字に関与しない流路には,所定のタイミングで予
備加熱のみを目的とするエネルギー量を与えるという点で共通する。
 確かに,原告が主張するとおり,引用例には,インク滴に伝達されるエネ
ルギー等の伝達特性や,予備加熱のエネルギー量の決定方法についての具体的な記
載はない。しかし,引用発明における予備加熱データは,インク滴を放出させず,
かつ,インクヘッドを熱平衡状態に維持するだけのエネルギー量でなければならな
いものであって,そのようなエネルギー量はヘッドの形状,体積,外気温等によっ
て変わるものであることは当然であるから,あるヘッドに適した予備加熱データ
は,例えば,本件明細書(甲2,3)の段落【0026】(上記(2)ウ)に記載され
るような実験によって特定されるべきことも,当業者にとって自明のことというべ
きである。
 他方,上記のとおり,本願発明と引用発明とは,インクジェット記録ヘッ
ドの温度を一定に維持するという共通の目的を達成するため,インクを実際に吐出
させるエネルギー量の印字データで印字を行うと共に,印字に関与しない流路に
は,所定のタイミングで予備加熱のみを目的とするエネルギー量を与えるものであ
るという点で共通すると認められるところ,上記実験によって最適な予備加熱のた
めのデータ(非印字パルス)のエネルギー量を定めれば,そのようにして定められ
たエネルギー量は,結果として,「放出されるインク滴に伝達されるエネルギーの
伝達特性」に基づいたものとなることも当然というべきである。
 そうすると,引用例に具体的な記載がなくとも,引用発明における予備加
熱データは,インク滴に伝達されるエネルギーの伝達特性に基づいたものであるこ
とは当業者にとって自明であり,また,そのような伝達特性を知るための測定手段
も当業者にとって自明のことというべきであるから,原告の上記主張は採用するこ
とができない。
(5) また,原告は,印字ヘッドの温度は,プリンタ出力(印字パルス数)の変
動だけではなく,周囲温度の変化やプリンタ始動時の熱遷移によっても変動するか
ら,引用発明において,全液路の温度を均一にするための予備加熱データを当業者
が見いだすことが仮に可能であったとしても,そのような予備加熱データは,プリ
ンタ出力そのもの以外の要因による影響をも必然的に含んだものとして決定される
ものであるのに対し,本願発明における「発射エネルギーの加熱成分」は,発射エ
ネルギー,すなわち,プリンタの印字出力のためにヘッドに印加されるエネルギー
のみによって変動を受けるものであって,この意味で,本願発明における「発射エ
ネルギーの加熱成分」とは,特別に限定された要件として解釈されるべきである旨
主張する。原告の上記主張は,本願発明においては,いったん「発射エネルギーの
加熱成分」の値を決定すれば,印字中のヘッドの温度制御は,周囲温度等の変化に
よる実際のヘッドの温度の変化とは無関係に,すなわち,温度検出のフィードバッ
ク制御によらない,完全な開ループで行われていることが特徴的であり,この点
は,引用発明から容易に想到できるものではない旨主張するものであると解され
る。
 そこで検討すると,引用例(甲6)には以下の記載がある。
ア 「またTHはヘッド基板に設けられた環境温度検出素子であり,ヘッド
温度,外部温度等のすべてあるいはいずれかの温度情報をタイミング生成回路9へ
入力する。そこで本実施例では,起動時の予備加熱を環境温度に応じて行うことが
できる」(8頁右上欄第1段落)
イ 「まず記録装置の電源がONされると,前述した通りゲート回路10を
介して予備加熱データ生成回路11から予備加熱データをシフトレジスタ4に転送
する(ステップS1)。一方,環境温度検出素子THからの温度情報がタイミング
生成回路9へ入力されて,それに応じたパルス幅設定用信号ENBが記録ヘッド1
の駆動用IC3に供給される(ステップS2)。したがって,環境温度に応じた全
液路の予備加熱が起動時に行われる(ステップS3)。」(8頁右上欄第3段落)
ウ 「一方,記録データS1の転送がNライン行われ(N≧1),そのNラ
イン分の記録が終了すると,ゲート回路10を介して予備加熱データ生成回路11
から予備加熱データをシフトレジスタ4に転送する(ステップS7,S8)。そし
て,タイミング生成回路9から所定のパルス幅設定用信号ENBが記録ヘッド1の
駆動用IC3に供給されて,記録中の予備加熱が行われる(ステップS9,S1
0)。なおここで,記録中の予備加熱は,予め定められた一定のパルス幅を設定す
るのに限定されずに,起動時(電源ON時)の予備加熱と同様に環境温度に応じた
パルス幅を設定してもよい。しかしいずれにしても,起動時の予備加熱のパルス幅
よりも短いパルス幅である。また,記録中の予備加熱は,記録データの反転データ
を用いて行ってもよい」(8頁左下欄第2段落~右下欄第1段落)
 以上の記載及び引用例の第2図(B)によれば,引用発明は,起動時(電
源ON時)の予備加熱と印字中の予備加熱の方法を区別するものとし,起動時の予
備加熱においては環境温度を検出したフィードバック制御を行うことを想定する
(第2図(B)のS2で環境温度が実線で入力されている。)一方,印字中の予備
加熱においては,上記ウの「記録中の予備加熱は,予め定められた一定のパルス幅
を設定するのに限定されずに,起動時(電源ON時)の予備加熱と同様に環境温度
に応じたパルス幅を設定してもよい」との記載及び第2図(B)においてパルス幅
を設定するS9に関して環境温度が点線で入力されているように,環境温度を加味
しない一定のパルス幅を使用すること,すなわち,開ループ制御を行うことを前提
とし,ヘッドの温度をフィードバックする閉ループ制御は必要に応じて行うことが
想定されているものと認めるのが相当である。
 そうすると,引用例においても,印字中の予備加熱データを,周囲温度等
の変化と直接関係のないものとして開ループ制御により決定することが開示されて
いると認められ,開ループであれば,周囲温度の変化に伴う影響を補償することは
できないから,その意味において,本願発明と何ら異なるところはない。そして,
引用例では,起動時(電源ON時)には環境温度を考慮した閉ループの温度制御を
行っているが,このような閉ループ制御を行わないこととして,すべてを開ループ
制御とすることも,温度管理のばらつきにある程度目をつぶれば当然に可能であ
り,そのようにすることに進歩性があるとは到底いうことができない。
 この点について,原告は,引用発明における「予め定められた一定のパル
ス幅」とは,周囲温度に応答させてその都度パルス幅が変更されるものではないも
のの,引用発明の課題を解決可能な程度に,周囲温度の変化をあらかじめ見込んで
設定された一定のパルス幅であると解すべきであると主張する。しかしながら,本
願発明においても,引用発明においても,あらかじめ実験等によって最適な予備加
熱のためのデータ(非印字パルス)のエネルギー量を定めれば,そのようにして定
められたエネルギー量は,結果として,「放出されるインク滴に伝達されるエネル
ギーの伝達特性」に基づいたものとなることは,上記(4)のとおりであって,これ
は,上記「予め定められた一定のパルス幅」についても同様というべきである。
 以上によれば,原告の上記主張は採用の限りではない。
(6) さらに,原告は,引用発明の着想の契機は,インクの粘度の変化による印
刷品位の劣化を防止することにあったと解されるのに対し,本願発明の着想の契機
は,インク滴のサイズの変化による印字品質の劣化を解消することにあり,両者の
契機となった問題点は明確に異なるとした上,両者はそれぞれの問題点を解決する
ための作用効果が異なり,本願発明は,印字命令が存在した場合と存在しなかった
場合とで印字ヘッドの加熱効果を同一にすることが可能になるという,引用発明に
比べて顕著な効果を有する旨主張する。
 しかしながら,ヘッドが低温であれば,インクの粘度が低下し,所定の加
熱エネルギーを加えても十分なインク吐出量が得られず,その結果として,液滴が
小さくなることは当然であるから,そもそも,両者の違いは,同一の事象の原因と
結果にすぎないという面があり,発想の契機となった問題点として,明確に異なる
というほどの差異は認められない。このことは,乙1公報に,「本発明は,インク
ジェットプリンタに関するものである」(1頁右下欄第1段落),「従来この種の
装置は,低温時の動作において,インクの粘性等の原因により,ドット径の縮小や
吐出方向のずれ等で記録品質が常温時と比較し劣化するため,ヘッド周囲の温度を
検出して安定なインクの吐出が可能になる温度まで記録動作を禁止している。そし
て,その禁止期間に,記録ヘッドを有するヘッドユニットに具備された抵抗器や,
トランジスタ等の発熱手段を用いてヘッド周囲の温度を上昇せしめている」(同第
2段落)と記載されていることを考え併せれば,一層明らかである。
 また,仮に,両発明の発想の契機に多少の差異があったとしても,両者
は,いずれも感熱式インクジェット印字ヘッドに関し,良好な印字ないし記録のた
めに効果的な予備加熱を行うことを目的とするという点で一致することは,原告も
自認するところである上,両発明の構成において,当業者が容易に想到することが
できないような差異が認められないことは,上記(4)及び(5)で判示したとおりであ
るから,その奏する作用効果において,原告主張のような顕著な差異が認められな
いことも当然である。なお,原告が主張する作用効果上の差異の具体的な内容は,
上記(4)及び(5)で検討した構成上の差異の裏返しにすぎないものであると認められ
るから,その点でも原告の上記主張は失当というべきである。
 したがって,原告の上記主張は採用の限りではない。
(7) 以上によれば,審決の相違点の判断に誤りはなく,そうとすれば,審決
が,本願発明と引用発明との相違点として「印字ヘッドの温度のリアルタイム開ル
ープ制御を行うための装置が,前者では,放出されるインク滴に伝達されるエネル
ギーの伝達特性に基づいたものであって,印字ヘッドを加熱する1つ以上の非印字
パルスのエネルギーを,発射エネルギーのうちの加熱成分,すなわち,放出される
インク滴が有するエネルギー(放出成分)を引いた残りのエネルギーであるとして
いるのに対して,後者では,その点が明確でない点」を認定したことにも,原告主
張の誤りはないことに帰するから,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき
瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
         裁判長裁判官    篠  原  勝  美
      裁判官    古  城  春  実
      裁判官    早  田  尚  貴

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛