弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決のうち、第一審判決の判示第一および第二の各事実に関する部分
を破棄する。
     本件のうち、右破棄部分を広島高等裁判所に差し戻す。
     その余の本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人山枡博の上告趣意第一は、違憲(三一条違反)をいうが、所論は、原審で
主張、判断を経ていない事項に関する主張であり、同第二は、単なる法令違反の主
張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
 しかし、所論にかんがみ、職権で調査すると、原判決が是認した第一審判決は、
判示第二の道路交通法違反(いわゆる酒酔い運転)の点については、被告人が、右
判示の日時、場所において、自動車を発進進行させたものとは、証拠上認めること
ができないとしながらも、被告人が、右日時、場所において、呼気一リツトルにつ
き一・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転
ができないおそれのある状態で、帰宅するため、路上に駐車してあつた軽四輪貨物
自動車に乗車し、エンジンの始動を開始し、エンジンを暖めるためアクセルを踏む
など発進のための準備として自動車の装置を操作したとの事実を認定したうえ、右
所為は、道路交通法(昭和四五年法律第八六号による改正前のもの。以下、単に「
改正前の道路交通法」という。)一一七条の二第一号に該当するとして、有罪の判
断をし、また、原判決は、第一審判決の認定した被告人の右所為は「運転」にあた
らないからこれに対し同条を適用した第一審判決には法令の解釈適用の誤りがある
旨の弁護人の控訴趣意に対し、「道路において走行する目的で自動車のエンジンを
作動させている場合には、発進前または停止中であつても、道路交通法二条一七号
にいう自動車を『その本来の用い方に従つて用いる』場合にあたると解するのが相
当であるところ、証拠によれば、被告人は、第一審判決判示第二の日時、場所にお
いて、自宅に帰るため、道路上に駐車させてあつた軽四輪貨物自動車に乗車し、エ
ンジンを始動させ、発進しようとしていたことが認められるので、被告人の右所為
は自動車の運転にあたる」旨の理由で、これを排斥し、第一審判決を維持している
のである。
 しかしながら、道路交通法二条一七号によると、改正前の道路交通法一一七条の
二第一号にいう「運転した」とは、「道路において車両等をその本来の用い方に従
つて用いた」との意味であるところ、自動車の本来的機能および道路交通法の立法
趣旨に徴すると、駐車中の自動車を新たに発進させようとする場合において、右に
いう自動車を「本来の用い方に従つて用いた」とは、単にエンジンを始動させただ
けでは足りず、いわゆる発進操作を完了することを要し、かつ、それをもつて足り
るものと解するのが相当である。本件において、第一審判決および原判決の認定し
た被告人の前記所為は、自動車の発進操作を完了するまでには至つていないものと
認められるから、被告人の右所為は、自動車を運転したことにはならないものとい
うべきである。そうとすると、右所為が自動車を運転したことにあたるとして、こ
れに改正前の道路交通法一一七条の二第一号を適用して有罪とした第一審判決を是
認した原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり、これを
破棄しなければ著るしく正義に反するものといわなければならない。
 ところで、第一審判決の主文は、被告人に対し、禁錮四月、罰金三、〇〇〇円(
五〇〇円を労役場留置一日に換算)および一、〇〇〇円紙幣一枚没収の各刑を科し
たものであるが、その法令の適用に徴すると、判示第一(一)の各業務上過失傷害
ならびに同(二)および判示第二の各道路交通法違反の各罪については禁錮刑を、
判示第三の贈賄申込罪については罰金刑および没収刑を科していることが明らかで
ある。したがつて、第一審判決中、判示第一および第二の各事実に関する部分と、
判示第三の事実に関する部分とは、可分であり、また、右第一審判決の全部に対す
る控訴を棄却した原判決も、右同様可分である。しかし、原判決中、第一審判決判
示第一の各事実に関する部分と同第二の事実に関する部分とは、第一審判決が右各
事実につき一個の禁錮刑を科しているのであるから、不可分の関係にある。しかも、
前記のとおり、破棄理由にあたる原判決の法令違反は、第一審判決判示第二の事実
に関してのものであるから、右法令違反を理由に破棄すべき原判決の範囲は、第一
審判決判示第一および第二の各事実に関する部分であることを要し、かつ、それを
もつて足りる。
 よつて、原判決中第一審判決判示第一および第二の各事実に関する部分について
は、刑訴法四一一条一号により、これを破棄し、同法四一三条本文により、本件の
うち、右破棄部分を原裁判所である広島高等裁判所に差し戻し、原判決中第一審判
決判示第三の事実に関する部分についての被告人の上告は、上告趣意としてなんら
の主張がなく、したがつて、その理由がないことに帰するので、同法四一四条、三
九六条により、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
 この判決は、破棄・差戻の部分につき、裁判官天野武一の反対意見があるほか、
裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官天野武一の反対意見は次のとおりである。
 私は、原判決が、第一審判決判示第二の道路交通法違反の点を是認し、被告人の
所為をもつて自動車を運転したものであると認定してこれに改正前の道路交通法一
一七条の二第一号を適用して有罪としたことに誤りはない、と考える。したがつて、
原判決のうち第一審判決判示第一および第二の各事実に関する部分について破棄し
たうえ、その破棄部分を原審裁判所に差し戻すべきものとする多数意見には賛成で
きない。その理由を次に述べる。
 (一) まず、多数意見は、同条同号にいう「運転した」とは「道路において車
両等をその本来の用い方に従つて用いた」との意味であるところ、駐車中の自動車
を新たに発進させようとする場合において、右にいう自動車を「本来の用い方に従
つて用いた」とは、「単にエンジンを始動させただけでは足りず、いわゆる発進操
作を完了することを要し、かつ、それをもつて足りるもの」と解すべきであるとす
るのである。したがつて自動車が発進進行すること自体を「運転した」ことの要件
としない点において原審と見解を同じくするが、発進操作の完了を要求する点にお
いて彼此の見解を異にするということになる。しかし、ここにいう発進操作の完了
とは何か(発進操作の完了を示すものとして具体的に認識さるべき行為ないし動作
は何であるかについて、多数意見による明示はない。)につき通常の場合をもつて
察するに、一般に発進操作の完了は直ちに発進の開始を意味することになるとみて
よいであろうから、不測の故障その他偶然の事由により発進しなかつたようなとき
(鎌倉簡裁昭和三五年八月一八日判決・下級裁判所刑事裁判例集二巻七・八号一一
二二頁参照。このときには、自動車の発進進行がなければ運転とはいえないとする
見解をとつても、運転と同一に評価することになろう。)でない限り、結局は外見
的な発進の有無によつて運転の有無を判断することになるものと思われる。それだ
けに、多数意見の意味するところは慎重である。しかし、そのゆえにまた、発進進
行をもつて運転の要件とする見解との間に事実のうえの相違を見出しがたく、多数
意見による結論は、必ずしもそのいうごとくに自動車の本来的機能および道路交通
法の立法趣旨に合致するとは限らないのである。
 (二) 本件の具体例においては、昭和四三年一二月五日の夜九時二五分頃被告
人が酒に酔い正常な運転ができないおそれのある状態にあつたことは争いのない事
実であるところ、その状態で帰宅しようとした被告人が、第一審判決の判示によれ
ば「路上に駐車してあつた自動車に乗車し、エンジンの始動を開始し、エンジンを
暖めるためアクセルを踏むなどの発進のための準備として自動車の装置を操作した
ものであること」が認められ、また、原審判決の判示によれば「道路上に駐車させ
てあつた軽四輪貨物自動車に乗車し、エンジンを始動させ、発進しようとしていた
こと」が認められるのであるが、いずれの判決においても、当時道路端より道路中
央の辺まで被告人が自動車を進行させたかどうかにつき、附近警らの際これを眼前
に現認して停止を命じた旨を証言する警察官の供述に対し、被告人の否認を容れて、
発進の事実を認定せず、また、被告人の発進操作の内容がエンジンの始動程度以上
に及んでいるかどうかについて具体的な判示を欠くところから、多数意見は、被告
人の所為を目して改正前の道路交通法一一七条の二第一号にいう「運転した」域に
達しないものと解し、この点に関し原判決に法令適用の誤りがあるとするに至つた
のである。しかし、右に触れたごとく、この多数意見の立場は、その内包する若干
の消極性のゆえに、道路交通取締法規の現実の要請に対する適応性に乏しく、私の
よく賛成しうるところではない。
 思うに、本件のような事情のもとで路上の自動車を発進させる場合に、最も基本
をなす本体的な積極操作は、いうまでもなく動力を作動させることであつて、発進
の意図は一般にエンジン始動の段階をもつてすでに明らかに実現し、道路交通法上
「運転」と評価するに足る客観性を具有するものと解するのが相当である。これに
伴いクラツチ・ペダルを踏みギヤーを入れるなどの操作は、瞬時に発進に直結する
必然の過程としてほとんど一挙に採りうる手順であり、その余の装置の操作ないし
動作は、発進抑制措置からの速やかな解放かまたは一種の情報伝達の連けい処理で
あつて、多数意見のいう自動車の本来的機能および道路交通法の立法趣旨に徴し合
目的的に運転の意義を解釈するならば、本件における被告人の所為に発進意図の明
確な実現をみて「運転した」ものと評価した第一、二審の判決の法令解釈は相当で
あり、右の一一七条の二が、とくに第一号をかかげて違反者自身にも及びうる危難
を含む道路交通上の危険を防止するため、これを規制の対象とした趣旨によく合致
するものといわなければならないのである。
 (三)念のために付言するが、論者あるいは改正前の道路交通法六七条二項(現
行道路交通法六七条三項)を引用し、本件のような酒気帯び等の違反運転が行なわ
れるおそれがあるときは、警察官は、当該違反者に対し正常な運転ができる状態に
なるまで運転をしてはならない旨を指示するなど道路における交通の危険を防止す
るために必要な応急の措置をとることができるのであるから、本件の場合も右の一
一七条の二第一号の対象とするまでもなく、順序として右六七条によつて事を処す
べきであつたとの説をなすこともあろう。しかし同条の規定は、まず第一項(現行
道路交通法においても同じ。)において、警察官が酒気帯び等の違反運転を現認し
たときに当該自動車を停止させる権限と免許証の提示を求めうる権限があることを
定め、ついで第二項において、右の場合に当該運転者がさらにひきつづき酒気帯び
等の違反運転をするおそれがあるときは、上述のような指示をするなど危険防止の
ために必要な応急措置をとりうる権限を定めたものであつて、酒気帯び等の違反運
転をするおそれがある時点ですでに、酒気帯び等の違反「運転をしている」ことを
警察官に現認され「停止」させられるという事態があつてはじめて右の応急措置を
とりうるとする規定であることは、その文言上明らかなところである。したがつて、
これを発進前の自動車内における本件被告人の所為に即していえば、その程度をも
つてしてはいまだ「運転した」とは評価できないとする多数意見の見解にしたがう
限り、警察官はこれに同条を適用して発進を停止することはもとよりこれにつづく
危険防止のための所要の措置を講ずることもできず、ためにあるいは、いわゆる「
自動車の発進操作の完了」するのを待つか、または発進の開始を見届けるかした後
でなければその権限を行使できないという非実効的な姿勢をとらざるをえない結論
となるのである。しかるに、本件記録によれば、被告人は自己の軽四輪貨物自動車
を路上に置き、附近の飲食店街に赴いてすくなからず飲酒した後再び運転者席に立
ちもどり、エンジンを始動させアクセルを踏んで発進させようとしたというのであ
つて、右六七条の適用上まさに「運転している」ものとして同条による適宜の措置
を是認できる場合であると解すべく、また他面、同様の解釈により本件の被告人に
対し前記一一七条の二第一号を適用処断した原審の判断に、法令適用の誤りがある
とすることはできないのである(酒気帯び運転取締のため改正前の規制にさらに一
歩を加えた現行道路交通法六七条二項参照)。
 よつて、私は、本件は、原審裁判所に破棄差戻すべきものではなくして、上告を
棄却すべき事案であると考える。本件上告趣意のうち、第一の違憲(三一条違反)
をいう所論は原審で主張・判断を経ていない事項に関し、同第二は単なる法令違反
の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらないからである。
 検察官別所汪太郎 公判出席
  昭和四八年四月一〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    江 里 口   清   雄

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