弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人等の負担とする。
         理    由
 上告代理人原矢八の上告理由第一点について。
 論旨は、被上吉人が本件農地を取上げたのは「自己の食生活の不足を得る手段と
して選定した自作に過ぎず」と主張するけれども、現行制度が保有米を農家に認め
ている趣旨を考え合わせてみれば、仮りに被上告人が所論のような目的をも以て本
件契約の解除をしたものであるとしても、その一事だけではこの契約解除を無効と
する理由にならない。また被上告人が賃借人Dに対して、「地主が一年だけ耕作す
れば翌年から再び小作さすから」と申向け同人をしてその旨誤信せしめて欺瞞し取
上げを完了しながら翌年より再び賃貸することなく自作を継続し来つたものである
という所論の事実は、原審の認定していないところである。更にDは被上告人に本
件農地を返還することを理由として、Eに賃貸していた農地の返還を請求したもの
であること、Eの証言によつて認め得られるところである。それ故にEの農地返還
を本件契約の解除に関連あるものと判示した原判決には所論のような違法はなく、
この点に関する所論は原判決の事実認定を非難するに過ぎない。要するに論旨いず
れの点も理由がない。
 同第二点について。
 原判決が、本件農地を被上告人に返還しても賃貸人Dの生活の維持に困難を来た
すものとは認められないと言い、また被上告人は本件土地を失うことによつて生活
状態が悪くなることが推認できと判示したのは、本件契約の解除が農地調整法附則
三条二項二号にいわゆる適法且つ正当であると認められる場合にあたることを説明
するためであつて、所論のようにこれを以て同法附則三条二項五号に該当するとい
う趣旨ではないから、原判決には所論のように法規の解釈適用を誤つた違法はない。
 また原判決は被上告人及び賃借人Dの双方につきその家族員数の農業経営能力、
施設、耕作面積、増産見込、生活状態等を考量して本件の契約解除が適法且つ正当
であることとを認めたものであつて、その判断は正当である。それ故本件契約の解
除につき被上告人は何等農地調整法上の正当な事由を有したものでないとの所論は
理由がない。
 なお論旨は、原判決には「個人の生活と謂ふ観念について甚だしき矛盾を示した
事実認認」があると主張しているが、原判決の事実認定につきそのような矛盾又は
経験則に反する点は認められないから、論旨は採用できない。
 同第三点について。
 本件解約の当時(昭和二一年九月)には昭和二一年一〇月二一日法律四二号はま
だ施行されておらず、同法によつて農地調整法九条に加えられた「承認ヲ受ヶズシ
テ為シタル行為ハ其ノ効力ヲ生ゼズ」という規定は行われていなかつたのであるか
ら、解約に市町村農地委員会の承認を受けなかつたからとて、その私法上の効力に
は影響がない。のみならず本件解約は農地委員会の承認がないから無効であるとい
うことは、原審において上告人の主張していないところであるから、原判決がこの
点に関する判断を示さなかつたのは当然である。論旨は理由がない。
 同第四点について。
 原判決は、所論のように、賃借人Dが一旦合意返還した農地返還につき賃貸借契
約締結の承認及び賃借権設定を申請したことだけを指してこれを信義に反するもの
と判示したのではなく、同人が本件農地を返還したことを理由としてEから自己所
有の農地七畝一二歩の返還を受けながら、更に一旦合意返還した農地について賃借
権設定を申請したことを以て信義に反するものと判示したのであつてその判断は相
当と認められる。仮りにそうでないとしても、原判決は既に本件解約を農地調整法
附則三条二項二号にいわゆる適法且つ正当なものと認めているのであるから、Fの
行為が信義に反するか否かは結果においては何等の影響もない。それ故論旨は採用
できない。
 同第五点について。
 被上告人の本件解約に飯米確保という目的が含まれていたとしても、その一事だ
けによつて、これを公序良俗に反し、無効なものであるとする理由にならないこと
は、さきに第一点について述べたように、農家の保有米制度が認められている趣旨
を考え合わせてみれば明かである。論旨は理由がない。
 同第六点について。
 原判決のいわゆる「合意解除」が被上告人の主張する「合意解約」を指すもので
あることは、判文自体により明白であるから、原判決には所論のような違法はなく、
論旨は理由がない。
 以上の理由により民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介

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