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平成24年2月22日判決言渡
平成23年(行ケ)第10162号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年2月8日
判決
原告ヒューレット・パッカード・カンパニー
訴訟代理人弁理士古谷聡
溝部孝彦
西山清春
大西昭広
被告特許庁長官
指定代理人萩原義則
石井研一
樋口信宏
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2008-26199号事件について平成22年12月27日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存否である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年(2001年)10月31日(米国)の優先権を主張して,
平成14年10月29日,名称を「コンピュータネットワークへの無線トラステッ
ドアクセスポイント」とする発明について国際特許出願(PCT/US2002/
034719,日本国における出願番号は特願2003-541209号)をし,
平成16年6月30日に特許庁に翻訳文を提出し(国内公表公報は特表2005-
531941号),平成20年4月2日付けで補正(甲8)をしたが,平成20年
7月4日付けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,平成20年10月10日,拒
絶査定に対する不服審判請求(不服2008-26199号)をするとともに,同
日付けの本件補正(甲7)をしたが,特許庁は,平成22年12月27日,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成23年1月11日,
原告に送達された。
2本願発明の要旨
本件補正は,特許請求の範囲の請求項1の記載を補正することなどを内容とする
ものであるが,本件補正前後の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件
補正前の請求項1に記載された発明を「補正前発明」といい,本件補正後の請求項
1に記載された発明を「補正発明」という。)。
(1)本件補正前の(平成20年4月2日付けの補正による)請求項1
通信システムであって,
複数の相互接続されたメンバコンピュータ装置を含むコンピュータネットワーク
を備え,
前記複数のメンバコンピュータ装置のうちの少なくとも1つが,モバイル無線装
置と通信することができるネットワークメンバ装置であり,
前記モバイル無線装置が,アクセスを行うための,前記コンピュータネットワー
クに対するアカウントを有することなく,前記ネットワークメンバ装置を介して前
記コンピュータネットワークと直接通信することができ,
前記モバイル無線装置と前記コンピュータネットワークとの間の1つか又は複数
の相互対話を確立し及び追跡するよう前記ネットワークメンバ装置が構成されてお
り,
前記ネットワークメンバ装置が,パーソナルコンピュータと,ネットワークワー
クステーションと,ダム端末と,プリンタと,コピー機と,スキャナと,ファクシ
ミリ装置と,ディスク又はテープドライブと,ディスクドライブサーバとのうちの
任意の1つであることからなる,通信システム。
(2)本件補正による請求項1(下線部分が補正箇所)
通信システムであって,
複数の相互接続されたメンバコンピュータ装置を含むコンピュータネットワーク
を備え,
前記複数のメンバコンピュータ装置のうちの少なくとも1つが,モバイル無線装
置と通信することができるネットワークメンバ装置であり,
前記モバイル無線装置が,アクセスを行うための,前記コンピュータネットワー
クに対するアカウントを有することなく,前記ネットワークメンバ装置を介して前
記コンピュータネットワークと直接通信することができ,
前記モバイル無線装置と前記コンピュータネットワークとの間の1つか又は複数
の相互対話を確立し及び追跡するよう前記ネットワークメンバ装置が構成されてお
り,
前記ネットワークメンバ装置が,アクセスポイントとして機能し,
前記ネットワークメンバ装置が,ダム端末と,プリンタと,コピー機と,スキャ
ナと,ファクシミリ装置と,ディスク又はテープドライブと,ディスクドライブサ
ーバとのうちの任意の1つであることからなる,通信システム。
3審決の理由の要点
(1)概要
補正発明は,引用例(特開2001-160829号公報,平成13年6月12
日公開,甲1)に記載された引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により,特許出願の際
独立して特許を受けることができず,したがって,本件補正は,平成18年法律第
55号による改正前の特許法17条の2第5項において準用する特許法126条5
項の規定に違反するから,前記改正前の特許法159条1項において準用する同法
53条1項の規定により却下すべきものである。
また,補正前発明は,補正発明から本件補正に係る限定を省いたものであるから,
補正発明と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものであり,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2)審決がした引用発明の認定,引用発明と補正発明との一致点及び相違点の
認定
【引用発明】
ネットワークシステムであって,
ネットワーク接続機器を含むWAN(広域ネットワーク)を備え,
前記ネットワーク接続機器が,クライアント(子機)と通信することができるネ
ットワークメンバ装置であり,
前記クライアント(子機)が,前記ネットワークメンバ装置を介して前記WAN
(広域ネットワーク)と直接通信することができ,
前記ネットワークメンバ装置が,アクセスポイントとして機能している,ネット
ワークシステム。
【一致点】
通信システムであって,
メンバ装置を含むコンピュータネットワークを備え,
前記メンバ装置が,モバイル無線装置と通信することができるネットワークメン
バ装置であり,
前記モバイル無線装置が,前記ネットワークメンバ装置を介して前記コンピュー
タネットワークと直接通信することができ,
前記ネットワークメンバ装置が,アクセスポイントとして機能している,通信シ
ステム。
【相違点1】
「メンバ装置」に関し,補正発明は,「複数の相互接続されたメンバコンピュー
タ装置」であるのに対し,引用発明は,「ネットワーク接続機器」である点。
【相違点2】
「ネットワークメンバ装置」に関し,補正発明は,「前記複数のメンバコンピュ
ータ装置のうちの少なくとも1つ」が,モバイル無線装置と通信することができる
ものであるのに対し,引用発明は,クライアント(子機)(モバイル無線装置)と
通信することができるものの,「前記複数のメンバコンピュータ装置のうちの少な
くとも1つ」でない点。
【相違点3】
「モバイル無線装置」に関し,補正発明は,「アクセスを行うための,前記コン
ピュータネットワークに対するアカウントを有することなく」,前記ネットワーク
メンバ装置を介して前記コンピュータネットワークと直接通信することができるも
のであるのに対し,引用発明は,ネットワークメンバ装置を介してWAN(広域ネ
ットワーク)(コンピュータネットワーク)と直接通信することができるものの,
「アクセスを行うための,前記コンピュータネットワークに対するアカウントを有
することがない」のか否か不明な点。
【相違点4】
「ネットワークメンバ装置」に関し,補正発明は,「前記モバイル無線装置と前
記コンピュータネットワークとの間の1つか又は複数の相互対話を確立し及び追跡
するよう前記ネットワークメンバ装置が構成されている」ものであるのに対し,引
用発明は,「前記モバイル無線装置と前記コンピュータネットワークとの間の1つ
か又は複数の相互対話を確立し及び追跡するよう前記ネットワークメンバ装置が構
成されてい」ない点。
【相違点5】
「ネットワークメンバ装置」に関し,補正発明は,「前記ネットワークメンバ装
置が,ダム端末と,プリンタと,コピー機と,スキャナと,ファクシミリ装置と,
ディスク又はテープドライブと,ディスクドライブサーバとのうちの任意の1つで
あることからなる」ものであるのに対し,引用発明は,「前記ネットワークメンバ
装置が,ダム端末と,プリンタと,コピー機と,スキャナと,ファクシミリ装置と,
ディスク又はテープドライブと,ディスクドライブサーバとのうちの任意の1つで」
ない点。
(3)相違点等に関する審決の判断
ア相違点1及び2について
通信システムのコンピュータネットワークにおいて,複数の相互接続されたメン
バコンピュータ装置を含むことは,コンピュータネットワークの形態として周知で
あり,引用例の「…例えば接続コネクタ部38,39をPCMCIAの規格に準拠
させることにより,モジュール化した無線LANユニット43はPCカードスロッ
トを有する機器例えばノート型のコンピュータで利用可能となり,汎用性が増すと
いった効果もある。」(段落【0035】)との記載を考慮すれば,引用発明の「ネ
ットワーク接続機器」を,補正発明のように「複数の相互接続されたメンバコンピ
ュータ装置」とすることは当業者が容易になし得ることである。また,その際,引
用発明の「ネットワークメンバ装置」を,補正発明のように「前記複数のメンバコ
ンピュータ装置のうちの少なくとも1つ」とすることは当業者が必要に応じ適宜な
し得ることである。
イ相違点3について
通信システムのコンピュータネットワークにおいて,モバイル無線装置が,アク
セスを行うための,コンピュータネットワークに対するアカウントを有することな
く,ネットワークメンバ装置を介してコンピュータネットワークと直接通信するこ
とは,例えば,藤田健「無線技術の新たな利用シーン検証進むホットスポットサ
ービス」(テレコミュニケーション18巻9号,2001年8月25日,甲2)に
開示されているように周知であるから,引用発明の「クライアント(子機)」(モ
バイル無線装置)を,補正発明のように「アクセスを行うための,前記コンピュー
タネットワークに対するアカウントを有することなく」,前記ネットワークメンバ
装置を介して前記コンピュータネットワークと直接通信することができるものとす
ることは当業者が容易になし得ることである。
ウ相違点4について
通信システムのコンピュータネットワークにおいて,モバイル無線装置とコンピ
ュータネットワークとの間の相互対話を確立し及び追跡することは,例えば,国際
公開01/37497号(平成13年5月25日国際公開,甲3)に開示されてい
るように周知であるから,引用発明の「ネットワークメンバ装置」を,補正発明の
ように「前記モバイル無線装置と前記コンピュータネットワークとの間の1つか又
は複数の相互対話を確立し及び追跡するよう前記ネットワークメンバ装置が構成さ
れている」ものとすることは当業者が容易になし得ることである。
エ相違点5について
通信システムのコンピュータネットワークにおいて,ネットワークメンバ装置を,
プリンタと,スキャナと,ファクシミリ装置と,テープドライブとのうちの任意の
1つとすることは,例えば,特開2001-144782号公報(平成13年5月
25日公開,甲5)の段落【0064】~【0067】)に開示されているように
周知であるから,引用発明の「ネットワークメンバ装置」を,補正発明のように「前
記ネットワークメンバ装置が,ダム端末と,プリンタと,コピー機と,スキャナと,
ファクシミリ装置と,ディスク又はテープドライブと,ディスクドライブサーバと
のうちの任意の1つであることからなる」ものとすることは当業者が容易になし得
ることである。
補正発明の作用効果も引用発明及び周知技術から当業者が容易に予測できる範囲
のものである。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(相違点4に関する判断の誤り)
(1)引用例の段落【0002】,【0006】,【0007】等の記載によれ
ば,引用発明の「ネットワーク接続機器」は,家庭内や小規模オフィスなどに存在
する複数のパーソナルコンピュータやファクシミリ等の情報機器を外部ネットワー
クに簡易に接続できるようにすることを目的として構成されたものである。また,
引用例には,ネットワーク接続機器を介して接続されるクライアント(子機)とW
ANとの間の相互対話を追跡するようにネットワーク接続機器を構成する動機付け
となるものは,何ら開示も示唆もされていない。したがって,引用発明のネットワ
ーク接続機器を使用する場合に,クライアントへの課金等のために必要となり得る
相互対話の追跡は,従来どおり,当該ネットワーク接続機器のWAN側のイーサー
ネットインターフェース部(【図2】の35)を介して接続されるインターネット
サービスプロバイダ(ISP)において実施されることが予定されていることは明
らかである。
これに対し,審決が国際公開01/37497号(甲3)を例示して周知である
とした「通信システムのコンピュータネットワークにおいて,モバイル無線装置と
コンピュータネットワークとの間の相互対話を確立し及び追跡すること」という構
成において,「相互対話を確立し及び追跡」するという機能は,通常,甲3文献に
記載されているようなゲートウェイなどの専用の装置によって実施されるものであ
る。
このような専用の装置によって実施される相互対話の追跡機能を引用発明のネッ
トワーク接続機器で実施しようとすれば,ネットワーク接続機器の操作及び構成が
複雑化して,引用発明の上記目的と背反し得ることは明らかである。
したがって,甲3文献に開示されるような構成が周知であるとしても,引用発明
のネットワーク接続機器について,相違点4に係る補正発明の構成とすることが容
易であるとはいえない。
(2)補正発明について,モバイル無線装置が「前記コンピュータネットワーク
に対するアカウントを有すること」はないにもかかわらず,ネットワークメンバ装
置が「前記モバイル無線装置と前記コンピュータネットワークとの間の1つか又は
複数の相互対話を確立し及び追跡する」という構成が採用されていることと,本願
明細書において,ネットワークメンバ装置311(【図3】)が,「…各無線装置
304毎に(及び随意選択的に各ユーザ毎に)アカウント及びパスワードを提供…」
する(段落【0019】)などと記載されていることを併せると,補正発明は,各
モバイル無線装置がネットワークメンバ装置に対するアカウントを有することを前
提とするものである。
すなわち,補正発明においては,ネットワークメンバ装置がモバイル無線装置の
プロキシ(代理)として機能してコンピュータネットワークと通信することにより,
コンピュータネットワークに対する個々のモバイル無線装置のアカウントが不要と
されている。また,モバイル無線装置がコンピュータネットワークに対するアカウ
ントを有していなくとも,ネットワークメンバ装置が,モバイル無線装置とコンピ
ュータネットワークとの間の「相互対話」を(識別して)「追跡する」のは,ネッ
トワークメンバ装置が,ネットワークメンバ装置に対するモバイル無線装置のアカ
ウントを提供するすなわち保持していることによって可能となるものである。
さらに,本願明細書の「…アクセスの使用についてユーザに課金する目的でクレ
ジットカードアカウント情報を入力するよう要求することが可能である。…」(段
落【0039】)との記載や,「…例えば,ネットワークメンバ装置311は,ビ
ジタに対して従量制(pay-for-use)接続を提供することが可能であり,セッション
毎又はトランザクション毎に課金することができる。…」(段落【0048】)等
の記載からすると,補正発明の「相互対話」を「追跡する」ことには,その一態様
として,個々のモバイル無線装置に対する課金情報を決定することが含まれる。
そして,甲3文献には,モバイル無線装置がゲートウェイに対するアカウントを
有することも,ゲートウェイがモバイル無線装置のプロキシとして機能することも
開示されていないから,引用発明に甲3文献に開示されるような周知技術を適用し
て相違点4に係る補正発明の構成とすることは当業者が容易になし得ることではな
い。
2取消事由2(相違点5に関する判断の誤り)
引用例には,引用発明のネットワーク接続機器について,相違点5に係る補正発
明の構成とすることにつき動機付けがない。
また,引用例の記載によれば,引用発明においては,家庭内やオフィスなどに存
在するファクシミリ等の複数の情報機器から所望の情報機器を選択して外部ネット
ワークに接続できるようにすることも目的とされている。にもかかわらず,特定の
情報機器に引用発明のネットワーク接続機器の機能を組み込むことは,上記の目的
に反する。
したがって,引用発明のネットワーク接続機器について,「前記ネットワークメ
ンバ装置が,ダム端末と,プリンタと,コピー機と,スキャナと,ファクシミリ装
置と,ディスク又はテープドライブと,ディスクドライブサーバとのうちの任意の
1つであることからなる」ものとし,相違点5に係る補正発明の構成とすることは,
引用発明及び周知技術に基づいて容易になし得ることではない。
3取消事由3(作用効果に関する判断の誤り)
補正発明は,引用発明に比して,①モバイル無線装置がコンピュータネットワー
クに対するアカウントを有する必要がないというユーザ(クライアント)の利便性
を確保しつつ,②ゲートウェイ等の専用の装置を設けることなく,かつ,インター
ネットサービスプロバイダ等の第三者の設備に依存することなく,プリンタ等の既
存の装置を用いて,モバイル無線装置とコンピュータネットワークとの間の相互対
話を確立し及び追跡することを可能とするネットワークメンバ装置を提供するとい
う,有利かつ顕著な効果を奏する。
したがって,補正発明の作用効果に関する審決の判断は誤りである。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
(1)取消事由1(1)につき
引用発明のネットワークメンバ装置(ネットワーク接続機器)のような通信に関
与する装置が,通信の開始や終了,通信回線の状態の変動などといった通信環境の
変化に対応して通信(相互対話)を確立,維持するよう動作するのは当然であり,
この点は,国際公開01/37497号(甲3)に照らして明らかである。
すなわち,甲3文献に記載されたゲートウエイ14は,引用発明のネットワーク
メンバ装置に対応する機能を有するところ,甲3文献には,通信の確立,追跡に該
当する機能として,ゲートウエイ14が通信を動的に調節すること,コール接続を
確立・セットアップすることなどが開示されている。また,これらの制御は,通信
の開始や終了,通信回線の状態の変動といった通信環境の変化に対応することを目
的としたものであるから,引用発明においても採用することが望ましいものである。
したがって,引用発明の「ネットワークメンバ装置」(ネットワーク接続機器)
に周知技術を適用し「前記モバイル無線装置と前記コンピュータネットワークとの
間の1つか又は複数の相互対話を確立し及び追跡するよう前記ネットワークメンバ
装置が構成されている」ものとすることは当業者が容易になし得ることとした審決
の判断には誤りはない。
(2)取消事由1(2)につき
原告の主張は,補正発明が「各モバイル無線装置がネットワークメンバ装置に対
するアカウントを有する」という構成及び「ネットワークメンバ装置がモバイル無
線装置のプロキシ(代理)として機能してコンピュータネットワークと通信する」
という構成を備えていることを前提としている。
しかしながら,上記構成は,補正発明の特許請求の範囲に記載されたものではな
く,特許請求の範囲の他の構成を考慮しても,補正発明が上記構成を必然的に備え
ることにはならない。
例えば,甲3文献に開示された周知技術,すなわち,ゲートウエイ14が通信を
動的に調節すること,コール接続を確立・セットアップすることなどは,「各モバ
イル無線装置がネットワークメンバ装置に対するアカウントを有する」か否かにか
かわらず,通信回線の状態の変動といった通信環境の変化に対応するために採用し
得る構成である。また,「相互対話を確立し及び追跡する」という機能と,プロキ
シ(代理)としての機能は,機能からして相違するものであり,「相互対話を確立
し及び追跡する」という機能を単に備えるだけでは必然的にプロキシ(代理)とし
ての機能をも備えることにはならない。
したがって,原告の主張には理由がない。
2取消事由2に対し
様々な機器が通信機能を備えネットワーク化されることは,本件出願前から既に
広く知られたことであり,例えば,特開2001-144782号公報(甲5)の
段落【0067】には,プリンタ,スキャナ,ファクシミリ装置,テープドライブ
等のデータ処置装置(特定の情報機器)に通信装置を組み込むことや,データ処理
装置が基地局(ネットワークメンバ装置)を構成することが示唆されているから,
動機付けは示されている。
また,「家庭内やオフィスなどに存在するファクシミリ等の複数の情報機器から
所望の情報機器を選択して外部ネットワークに接続できるようにすること」と「家
庭内やオフィスなどに存在するファクシミリ等の複数の情報機器のうち一つにネッ
トワーク接続機器の機能を組み込むこと」は何ら相反する事項ではない。例えば,
情報機器のうち1つ(例:ファクシミリ)にネットワーク接続機器の機能を組み込
み,他の所望の情報機器(例:テレビ)を選択して外部ネットワークに接続できる
ようにすることは,電話会社がWANを提供する場合には自然に考えられることで
あり,「家庭内やオフィスなどに存在するファクシミリ等の複数の情報機器から所
望の情報機器を選択して外部ネットワークに接続できるようにする」という目的に
も反しない。
3取消事由3に対し
上記1,2で主張したとおり,相違点4,5に関する審決の判断に誤りはないか
ら,原告が主張するような補正発明の作用効果については,引用発明及び周知技術
から当然に奏される作用効果であって,当業者が容易に予測できる範囲のものであ
るとした審決の判断に誤りはない。
また,そもそも本願明細書には原告が主張するような作用効果の記載は存在せず,
原告の主張は,本願明細書の記載に基づくものではないから,前提において失当で
ある。
なお,本願明細書の段落【0011】には,【発明が解決しようとする課題】と
して,「したがって,従来技術による手法は,コンピュータネットワークと通信す
るネットワークインタフェイス装置に連結される無線通信装置を提供することによ
り,ネットワークアクセスを提供している。このため,ネットワークアクセス操作
に余分な階層の複雑性が付加され,その結果としてアクセス操作に余分な時間が追
加されることになる。更に,無線装置103のユーザは,まずネットワークインタ
フェイス装置とのログイン操作を実行した後にネットワークとの別のログイン操作
を実行しなければならない可能性があり,このため,アクセス操作は依然として最
適なものとはいえない可能性がある。」との記載があるが,引用発明も,クライア
ント(子機)がネットワーク接続機器(ネットワークメンバ装置)に接続するとD
HCP方式により自動的にWAN(インターネット)へアクセスできるようになる
ものであって,本願明細書の上記記載に対応する効果を奏するものであるから,補
正発明が引用発明と比較して有利かつ顕著な作用効果を有するとはいえない。
第5当裁判所の判断
1補正発明について
本願明細書(甲6)によれば,補正発明について次のとおり認められる。
補正発明は,コンピュータネットワーク,特に無線装置とコンピュータネットワ
ークとの間の通信に関するものである(段落【0001】)。携帯電話,個人情報
端末(PDA),ラップトップコンピュータ等の無線装置とコンピュータネットワ
ークとを接続する方法として,従来技術では,有線による接続方法のほか,無線に
よる接続方法として,下記【図1】のネットワーク100のように,無線モデム1
04が,専用サーバ105,コンピュータネットワーク106,プロキシ107を
介してインターネット108に接続する方法や,下記【図2】のネットワーク20
0のように,無線装置103が,無線ネットワーク231の一構成要素である基地
局220,無線ネットワーク231,汎用サービスノード234,リモートプロキ
シ235を介してインターネット108と通信する方法があった(段落【0002】
~【0010】,【図1】,【図2】)。しかしながら,これらの従来技術では,
コンピュータネットワークと通信するネットワークインタフェイス装置に連結され
る無線通信装置を提供することにより,ネットワークアクセスを提供しているため,
ネットワークアクセス操作に余分な階層の複雑性が付加され,その結果としてアク
セス操作に余分な時間が追加されるという欠点や,無線装置103のユーザは,無
線ネットワーク231のサービスプロバイダにアカウントを有していなければなら
ず,まずネットワークインタフェイス装置とのログイン操作を実行した後にネット
ワークとの別のログイン操作を実行しなければならない可能性があり,アクセス操
作が最適なものとはいえないという欠点があり(段落【0010】,【0011】),
コンピュータネットワークに対する無線装置アクセスの改善が必要とされていた
(段落【0012】)。そこで,補正発明は,このような課題を解決するため,請
求項1に記載された構成を採用したものである。下記【図3】は,補正発明の一実
施形態である通信システム300を示すものであり,無線装置304は,コンピュ
ータネットワーク318の一部であるネットワークメンバ装置311を介して,コ
ンピュータネットワーク318の他のネットワークメンバと通信することが可能で
あり,さらに,ネットワークメンバ装置311,コンピュータネットワーク318,
プロキシ323を介して,第2のネットワーク325と通信することが可能である
(段落【0014】,【0016】,【0019】~【0022】,【図3】)。
【図1】【図2】
従来技術のネットワーク別の従来技術のネットワーク
【図3】
補正発明の一実施形態
2引用発明について
引用例(特開2001-160829号公報,甲1)によれば,引用発明につい
て次のとおり認められる。
引用発明は,家庭内や小規模のオフィスなどに存在する複数のネットワーク端末
をインターネットなどの外部ネットワークに接続するネットワーク機器に関するも
のであり(段落【0001】),家庭内に複数存在するAV機器,電話,ファクシ
ミリ等を含めた情報機器をネットワーク化するためのネットワーク接続機器を提供
することを目的とするものである(段落【0006】,【0008】)。引用発明
のネットワーク接続機器は,管理部31,制御部32,WAN側のイーサーネット
インターフェース部35,LAN側のインターフェースの1つである無線インター
フェース部41等を備え,WAN側のイーサーネットインターフェース部35を介
してWAN等の外部ネットワーク(図示せず。)と接続し,無線インターフェース
部41を介してクライアント(子機,図示せず。)と接続するものであって,制御
部32がルーティング機能を有し,プロトコル変換やアドレス変換を行い,また,
管理部31が,WAN側のイーサーネットインターフェース部35を介してインタ
ーネットサービスプロバイダのDHCPサーバからグローバルIPアドレスを自動
的に取得し,他方で,無線インターフェース部41を介して接続されたクライアン
トに対して,プライベートIPアドレス等のアクセスに関する情報を自動的に付与
したり,直接グローバルIPアドレスを付与したりするほか,接続されるクライア
ント数を制限することにより通信データ量を制限して,安定した通信を可能とする
などの制御を行うものである(段落【0025】,【0033】,【0037】~
【0039】,【0047】~【0050】,【図2】)。
【図2】実施の形態2におけるネットワーク接続機器のブロック図
3取消事由1(相違点4に関する判断の当否)について
(1)上記2で認定したとおり,引用発明は,無線インターフェース部41を介
して接続されたクライアント(補正発明のモバイル無線装置に相当する。)をWA
N等の外部ネットワークに接続するためのネットワーク接続機器に関するものであ
るから,このネットワーク接続機器がクライアントと外部ネットワークとの間の相
互対話を確立するものであることは明らかである。
また,国際公開01/37497号(甲3)によれば,甲3文献には,複数のア
ドホックデバイスと外部ネットワークとの間に設けられたゲートウェイが,アドホ
ックデバイスと外部ネットワークとの間の接続の経路決定をし,あるいはそれらの
間の通信を動的に調節するなどの技術が開示されており(7頁17行~8頁13行,
Figure1),モバイル無線装置と外部ネットワークとの間の通信を確立し,(通信
を動的に調節する前提として)追跡する装置は周知であったと認められる。ところ
で,甲3文献に開示されたゲートウェイに限らず,一般に,ルータやアクセスポイ
ントなどと呼ばれる,クライアントの外部ネットワークに対するアクセスを制御す
る機能を有する装置は,制御対象となるクライアントを個別に識別しなければ,ク
ライアントにアクセスを提供できないから,このような装置がクライアントを個別
に識別する機能を有することは,当業者にとって自明である。そして,このような
装置が,クライアント間の通信量の調節などといった通信の管理のため,あるいは
装置のメンテナンス等のために,個別に識別されたクライアントのアクセス開始・
終了などの利用特性を追跡し,これを記録する機能(ログ機能)を通常備えている
ことも,当業者にとって周知であるといえる。したがって,引用発明のネットワー
ク接続機器が,上記2で認定したとおり,クライアントの外部ネットワークに対す
る通信量の制御等を行う機能を備えた装置である以上,そのような装置が通常備え
る機能を有するものとするべく,上記の周知技術を適用し,モバイル無線装置とコ
ンピュータネットワークとの間の相互対話を追跡する構成とすることは,当業者に
とって適宜なし得ることである。
なお,モバイル無線装置と外部ネットワークとの間の相互対話を追跡する機能は,
原告が主張するクライアントへの課金のためにも利用することができるが,これに
限定されるものではなく,上記説示のとおり,他の用途との関係で通常備えられる
機能にすぎない。同様に,甲3文献に記載されたゲートウェイが,課金のための機
能を備えた専用の装置又は複雑な装置であると認めることもできない。
以上のとおりで,相違点4に係る補正発明の構成とすることは当業者が容易にな
し得ることであるとした審決の判断に誤りはない。
(2)原告は,補正発明について,モバイル無線装置がネットワークメンバ装置
に対するアカウントを有し,かつ,ネットワークメンバ装置がモバイル無線装置の
プロキシ(代理)としてコンピュータネットワークと通信するものであることを前
提として,甲3文献には,モバイル無線装置がゲートウェイに対するアカウントを
有することや,ゲートウェイがモバイル無線装置のプロキシとして機能することが
開示されていないから,引用発明に甲3文献で開示された周知技術を適用すること
は容易ではないと主張する。
しかしながら,補正発明の特許請求の範囲には,モバイル無線装置がネットワー
クメンバ装置を「介して」コンピュータネットワークと通信することが記載されて
いるにすぎず,モバイル無線装置がネットワークメンバ装置に対するアカウントを
有することや,ネットワークメンバ装置がモバイル無線装置のプロキシ(代理)と
してコンピュータネットワークと通信することは記載されていない。また,本願明
細書をみても,ネットワークメンバ装置がモバイル無線装置のプロキシ(代理)と
してコンピュータネットワークと通信することを示す記載はなく,原告が主張する
モバイル無線装置に対するアカウントの付与や課金に関する記載についても,「…
各無線装置304毎に…アカウント及びパスワードを提供しチェックすることによ
りユーザの接続性を調整することを含むことが可能であり…」(段落【0019】),
「…課金することができる。…」(段落【0048】)のように,いずれも任意的
な記載にとどまる。そして,相互対話の追跡が課金と必然的に結び付くものではな
いことは,上記(1)で説示したとおりであって,ネットワークメンバ装置が相互対話
を追跡したとしてもモバイル無線装置に課金しない形態(ネットワークメンバ装置
を会社が設置し,その従業員がモバイル無線装置を使用する場合など)もあり得る
し,ネットワークメンバ装置がモバイル無線装置に対してアカウントを提供してい
ないとしても,例えばMACアドレスのようにモバイル無線機器に固有に付与され
た数字や記号等を用いることにより,相互対話を追跡することは可能であるから,
補正発明について,モバイル無線装置がネットワークメンバ装置に対するアカウン
トを有することや,ゲートウェイがモバイル無線装置のプロキシとして通信するこ
とを前提とするものであるとは認められない。
したがって,原告の上記主張は,本願明細書の記載に基づかないものであって,
その前提を欠く。
よって,取消事由1は理由がない。
4取消事由2(相違点5に関する判断の当否)について
特開2001-144782号公報(甲5)の記載によれば,甲5公報には,基
地通信局と周辺通信局との間で通信するネットワークにおいて(段落【0001】),
コンピュータ,プリンタ,ファクシミリ装置,スキャナ,ビデオテープレコーダ,
セットトップボックス,テレビ受像機,カムコーダ,スピーカ,デジタルカメラ,
デジタル写真装置などのデータ処理装置に通信装置を組み込み,そのデータ処理装
置自体が基地通信局を構成する(段落【0067】)技術が開示されていることが
認められる。
そうすると,ネットワーク家電のように,特定用途の電子機器に通信機能を設け
ることは一般的に行われることであり,その際,甲5公報にも開示されているよう
に,通信のネットワークにおける基地通信局の機能を特定用途の電子機器に組み込
むことは,当業者が必要に応じて設計的になし得ることというべきである。
したがって,引用発明のネットワーク接続機器の機能を特定用途の電子機器に組
み込み,相違点5に係る補正発明の構成とすることは,当業者が容易になし得るも
のといえるから,相違点5に関する審決の判断に誤りはない。
なお,原告は,引用発明においてはファクシミリ等の複数の情報機器から所望の
情報機器を選択して外部ネットワークに接続できるようにすることも目的とされて
いるから,特定の情報機器にネットワーク接続機器の機能を組み込むことは上記の
目的に反すると主張する。しかしながら,引用発明のネットワーク接続機器の機能
を特定の情報機器に組み込んだとしても,それ以外の複数の情報機器の中から所望
の情報機器を選択して,ネットワーク接続機器を介して外部ネットワークに接続さ
せるようにすることは可能であって,これらは矛盾するものではない。したがって,
原告の上記主張は採用することができない。
以上のとおり,取消事由2は理由がない。
5取消事由3(作用効果に関する判断の当否)について
上記2で認定したとおり,引用発明は,管理部31が,WAN側のイーサーネッ
トインターフェース部35を介してDHCPサーバからグローバルIPアドレスを
自動的に取得し,クライアントに対して,プライベートIPアドレス等のアクセス
に関する情報を自動的に付与するという構成を含むものであり,クライアントがW
AN等の外部ネットワークのアカウントを有することなく接続可能であるから,引
用発明も,原告の主張に係る作用効果のうち,ユーザ(クライアント)の利便性確
保という作用効果を奏するものといえる。また,原告が主張するプリンタ等の既存
の装置を用いて相互対話を確立し,追跡することを可能とするという作用効果につ
いても,引用発明に上記3,4で説示した周知技術や設計事項を組み合わせること
により容易に予測できる範囲にとどまるものであって,顕著な作用効果であるとは
いえない。
したがって,取消事由3も理由がない。
第6結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
古谷健二郎

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