弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主 文 
被告人を禁錮1年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理 由 
(罪となるべき事実)
被告人は,平成13年1月21日午前5時35分ころ,業務として普通乗用自動
車を運転し,横浜市T区R先首都高速横浜羽田空港線上り〇〇.〇キロポスト付近
道路第二通行帯を新山下方面から東京都方面へ向かい進行するに当たり,当時同所
付近の路面は前夜の降雪等のため凍結していて,車輪が滑走しやすい状態であった
上,同所付近道路は右に湾曲する下り坂(勾配100分の4)で進路前方の見通し
がきかなかったから,あらかじめ十分に減速し,進路の安全を確認しながら進行す
べき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,自車が滑走することはなく,進路
前方に停止車両等もないものと軽信し,進路の安全確認不十分のまま,漫然時速約
50キロメ-トルで進行した過失により,事故のため停止中の車両を左前方約6
2.3メ-トルの地点に認めて急制動の措置を講じたが間に合わず,自車を左斜め
前方へ滑走させ,折から,同車付近路上に佇立していて道路左端へ避難したV(当
時35年)に自車前部左側を衝突させて同人を約17.8メ-トル下の道路に転落
させ,よって,同人に脳挫滅及び内臓破裂等の傷害を負わせ,そのころ,同所にお
いて,同人を前記傷害により死亡させたものである。
(証拠の標目)省略
(被告人及び弁護人の主張について)
1被告人及び弁護人は,本件事故の被告人の過失を争い,被告人に過失は存しな
い旨主張する。
しかし,本件においては証拠を総合すると,被告人には過失が認められるから,
弁護人らの主張は理由がない。
(1)証人F及び同Gの各供述によると,以下の事実が認められる。
証人Fは,本件事故現場に赴いた警察官であるが,車両でみなとみらいインタ-
から入ると,「道路はぬれている部分と,ところどころ圧雪か氷かわからないが白
く光っていた。完全な凍結ではなかった。ブレ-キを軽く踏んでも氷が横に滑るよ
うな感じがした。横浜駅東口出口付近は,道路両端に残雪があった。」と述べる。
同証人は,凍結が予測されたので事故現場まで約30~40キロくらいの速度で走
った。本件事故現場の道路状況は,路面が完全に凍結していた(実況見分調書(甲
14,不同意部分を除く)添付の各写真から明らかに本件現場の路面が凍結してい
ることが認められる。なお,それらの写真は事故後約1時間の写真である)。
証人Gは,本件事故に先立つ物損事故において,被害者同乗の乗用車に衝突され
た軽貨物自動車を運転していた者であるが,「トンネルをぬけるともう凍結の状態
になっていた。走行中,車が滑っているのでかなり凍っているんだなと認識した。
路面は白く,ところどころ凍っている部分を確認した。本件現場は歩いても滑るよ
うな状態だった。凍結に気づいてからは,速度を50キロから20キロくらいに抑
えた。20キロくらいに落としたのは,自分が運転していて危ないと感じたからで
ある。」と供述している。
(2)これに対し,被告人は,「事件当日朝,自宅付近には既に雪が無かったの
で,昨日つけたチェ-ンを外した。本件事故現場まで路面が凍結しているとは感じ
なかった。だから走行に支障がないと思った。」と述べる。
(3)しかし,上記各証言から,本件事故当時,少なくともみなとみらいインタ-
から東京寄りの路面はかなり凍結していて,通常の状況で走行するのは困難で危険
な状態であったものと推測される。したがって,被告人がノ-マルタイヤのまま5
0キロ程度の速度による通常の走行をしたことは,当時の路面状況を無視した安全
運転に反する運転行為といえる。弁護人らは,路面凍結についての予測が不可能で
あった旨主張するが,前日に雪が深夜まで降っていたこと,事故当時はまだ日が昇
らず,雪が解ける状態ではない気象状況だったこと(甲23),被告人の家付近に
は雪が無いとしても,少なくともみなとみらいインタ-あたりから,「要注意」の
路面状況に変化していたこと,被告人が事故現場に至るまでの道筋に,2か所の道
路表示情報板に「路面凍結箇所あり,走行注意」の表示がなされていたこと(甲2
4)が認められる。これらによれば,いずれ被告人が路面の凍結箇所に遭遇するこ
とは十分予測でき,且つ,そうした予測をすべきであったものというべきである。
前夜来の気象状況と運転した時刻を前提にし,自車がノ-マルタイヤであったこと
を考慮すると,首都高速道路の走行に当たっては,もっと注意深く,慎重に運転す
べきであり,こうした路面凍結状況を予測して,それに対処すべく,しかるべく安
全運転すべきであった。その確実で効果的な対応としては,被告人車両がノ-マル
タイヤなので速度を極力抑えるという運転行為をとるべきであるといえる。
(4)弁護人らは,高速道路に車両が停止していること,人が降り立っていること
は予測できないという。もちろん,高速道路に停止したり,車両から降り立つこと
は禁止されているが,実際は,故障とか事故とかで停止している車両があることは
それほどまれなことではなく,通常の予測の範囲である。ただ,高速道路を人
が歩いていることは,まれなことであり,通常は予測できないといえるが,停止し
た車両がある以上,予測不可能ではなく,ありえないことではない(また,弁護人
はこの道路が高架でそのフェンスが90センチしかないことから高速道路上で衝突
した人間が下の道路まで転落することまで予測できないという。しかし,その点
は,因果の流れというべきであるから,首都高速上で衝突した人間が高架下の道路
まで転落することを予測する必要はないというべきである。)。
2以上により,被告人には,本件事故につき業務上の注意義務違反が存在して
いることは明らかであり,その弁解は理由がないというべきである。
こうした天候とその他の条件を考慮すると,被告人はもっと用心して注意深く,
慎重に道路状況に応じて運転すべきであった。これは運転者に過重な要求をするも
のではなく,通常に行える注意義務の範囲であるというべきである。
(法令の適用)
1罰条について    刑法211条前段
1刑種選択    禁錮刑を選択
1執行猶予につき    刑法25条1項
1訴訟費用の負担について刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の事情)
本件事故は,被告人が,雪の降った翌日に残雪の存在とそれによるタイヤがスリ
ップする可能性につき留意せず,そのため不意な運転をして,自車をスリップさ
せ,被害者が偶々,道路に降り立っていたところ,被告人車両の走行に気付き路肩
に避難したが,操縦の自由を失った被告人車両が被害者に衝突し,その結果,同女
を約17メ-トル下の一般道に転落させて脳挫滅等により即死させたという悲惨な
事故である。本件事故は,全面的に被告人の過失によるもので,その責任は誠に重
大なものがある。さらに,被告人は自己の過失の有無を争い,現在までのところ被
害者に何らの慰謝の措置もしていない状況であるから,被告人の情状は甚だ芳しく
ない。よって,被告人に対し,主文の刑を科すのが相当であると思料する。ただ,
被告人の刑事責任について,この事故が極めて特異な状況で発生したということ
と,被害者の過失ではないにしても被害者が高速道路上に佇立していたということ
を斟酌すると,その刑の執行については今回は猶予するのが妥当と判断される。
(求刑禁錮1年)
平成13年11月2日
横浜地方裁判所第4刑事部4係
裁判官 須  山  幸  夫

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