弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、業務上過失致死罪に関する部分および銃砲刀剣類所持等取締
法違反の点に関する部分を破棄する。
     被告人を原判示業務上過失致死罪および当審認定の銃砲刀剣類所持等取
締法違反の罪につき懲役八月に処する。
     押収にかかるライフル銃一挺(当庁昭和四二年押第六七号の一の一)を
没収する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
     原判決中、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律違反の点に関する本件控訴を棄
却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、仙台地方検察庁大河原支部検察官事務取扱検事山室章名義の
控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人菅原弘毅名義
の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。
 控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について
 原判決は、被告人の原判示業務上過失致死罪の所為を認定するにあたり、被告人
が原判示ライフル銃を発射した動機ないし射撃目標に関し、被告人が原判示ライフ
ル銃を発射したのはその着弾距離を試みるためであり、原判示A川堤防上の発射地
点より約二〇六メートル離れた対岸の二本の樹木のほぼ中間で地上からの目測三、
四メートル附近を目標(右附近の枝には数羽のからすがとまつていた)として発射
したものである旨認定判示し、かつ、本件公訴事実中、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法
律違反の点および銃砲刀剣類所持等取締法違反の点については、前者につきからす
をねらつてライフル銃を使用して捕獲したとの点、後者につきライフル銃を鳥類捕
獲に使用したとの点につきこれを認めるに足りる証拠が十分でない旨説示して、い
ずれも無罪の言渡しをしているのであるが、原判決の挙示する各証拠および記録中
の司法警察員作成にかかるライフル銃発射地点の確認についてと題する書面ならび
に当審における証人Bの供述を総合すると、被告人は、かねて乙種狩猟免許と原判
示ライフル銃の所持許可とを受けていたものであるところ、原判示日時頃原判示A
川堤防上において、その頃被告人が新たに買い入れた装薬銃たる原判示ライフル銃
の殺傷能力等の威力を確認すべく、狩猟の目的をもつて、A川下流約一一五メート
ルの川岸附近にいたからすをねらつて原判示ライフル銃を発射し、さらに、約二〇
六メートル離れた対岸の二本の樹木のほぼ中間で地上からの目測三、四メートル附
近の枝にとまつていた数羽のからすをねらつて同銃を発射したものであることが明
らかであり(なお、後者の弾丸をして、発射地点より約四六二メートル離れた麦畑
で農作業中の被害者Cに命中させるに至つたものであることは、原判示のとおりで
ある。)被告人の原審公判廷における供述中、右認定に副わない部分は、関係各証
拠と対比してにわかに措信することができないから原判決は、右の限度において、
事実の認定を誤つたものといわなければならない。
 ところで、論旨は、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律違反の公訴事実につき、同法に
規定する鳥獣の「捕獲」とは、鳥獣を自己の実力支配内に入れようとする一切の行
為を指し、実際に鳥獣を自己の実力支配内に入れえたか否かを問わないものと解す
べきであるから、被告人が、右のように、二回にわたり、からすをねらつて装薬銃
たるライフル銃を発射した行為は、同法律第一条ノ四第三項、同法律施行規則第三
条第二項に違反し、同法律第二二条第二号に該当するものである旨主張する。鳥獣
保護及狩猟ニ関スル法律第一条ノ四第三項は、「農林大臣又ハ都道府県知事ハ狩猟
鳥獣ノ保護蕃殖ノ為必要ト認ムルトキハ狩猟鳥獣ノ種類、区域、期間又ハ猟法ヲ定
メ其ノ捕獲ヲ禁止又ハ制限スルコトヲ得」と規定し、これを受けて、同法律施行規
則第三条第二項は、「狩猟鳥類は、わな又は装薬銃たるライフル銃を使用する方法
を用いて捕獲してはならない。」旨規定し、さらに、右の違反行為に対する罰則が
同法律第二二条第二号に定められていることは所論の指摘するとおりであ<要旨>
る。しかしながら、右法条の立法目的が、その規定上からも明らかなように狩猟鳥
獣の保護繁殖をはかる点にあることから考えて、また、捕獲なる文言の一般
通常の用法にも徴すると、右法条にいわゆる捕獲とは、狩猟鳥獣を現実に自己の実
力支配内に入れうる状態を生じさせたことを意味するものと解するのが相当であつ
て、すでにこれに対し銃砲を発射するなどして狩猟行為に及んだとしても、右の状
態を生じさせるに至らない場合には、右行為は捕獲のいわば未遂行為であるにすぎ
ないものとして、いまだ右罰則の適用を受けないものと解すべきである。所論引用
の判例は、同法律第一一条違反の行為にかかるもので同条が、所掲各場所の平穏静
謐をもつてその保護法益としているものと解せられるところより、同条にいわゆる
捕獲が、その所掲各場所において捕獲のための方法を行なつたこと自体を意味する
ものであり、現実に鳥獣を捕獲したか否かを問わないものと解すべきであるとして
いるのであるから、本件とは事案を異にするもので、本件に適切であるとはいえな
い。そうすると、被告人が、からす(それが狩猟鳥類とされているからすの種類に
属するものであることは、当審における事実取調の結果により明らかである。)を
ねらつて、二回にわたり装薬銃たる原判示ライフル銃を発射したものであることは
前記のとおりであるけれども、弾丸をからすに命中させるなどして現実にこれを自
己の実力支配内に入れうる状態を生じさせるに至つたものとは証拠上認められない
本件においては、被告人の右所為は、未だ同法律第二二条第二号の罰則に触れるも
のとはいうことができない。なおまた、右の意味における捕獲の未遂行為を処罰す
る旨の規定は同法律中に存しない。したがつて、原判決が、同法律違反の公訴事実
につき被告人を無罪としたのは結局正当であつて、この点に関する論旨は結局理由
がない。
 つぎに、論旨は、銃砲刀剣類所持等取締法違反の公訴事実につき被告人が狩猟鳥
類たるからすをねらつて二回にわたりライフル銃を発射した行為は、同法第一〇条
第二項に違反し、同法第三一条の四に該当するものである旨主張するところ、鳥獣
保護及狩猟ニ関スル法律第一条ノ四第三項、同法施行規則第三条第二項の各法意に
照らし、銃砲の不適法な発射行為自体を禁止する銃砲刀剣類所持等取締法第一〇条
第二項の趣旨との関連において実質的に考察すれば、狩猟鳥類を捕獲する手段とし
て装薬銃たるライフル銃を発射することは、たまたまその銃弾が標的をはずれ未遂
の段階に止まつたため、その罰則の適用を免れるとしても、鳥獣保護及狩猟ニ関ス
ル法律の許容する行為の範囲内にあるものとは認めがたいというべきであるから、
被告人が、前記のように、狩猟鳥類たるからすをねらつて二回にわたり装薬銃たる
原判示ライフル銃を発射した行為は、銃砲刀剣類所持等取締法第一〇条第二項第一
号所定の発射許容事由たる「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律の規定により銃猟をする
場合」に該当するものということはできず、また、同条項第二号ないし第三号の各
事由に該当するものとも認められないから、結局、同条項に違反し銃砲刀剣類所持
等取締法第三一条の四の罰則に触れるものといわなければならない。そうすると、
原判決が、同法違反の公訴事実につき、ライフル銃を鳥類捕獲に使用したとの点の
証拠が不十分であるとして被告人を無罪としたのは、事実を誤認したものというべ
くこの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中同法違反に関
する部分は、この点において破棄を免れない。
 (なお、被告人のライフル銃発射行為が、仮りに原判示のように着弾距離を試み
るためだけのものであつたとしても、それは、論旨が控訴趣意第二点において主張
しているとおり、銃砲刀剣類所持等取締法第一〇条第二項第一号ないし第三号所定
の発射許容事由のいずれにも該当しない場合であることが明らかであるから、結
局、同条項に違反し同法第三一条の四の罰則の適用を受けるものといわなければな
らない。)
 そして、右銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪と原判示業務上過失致死罪とは刑法
第四五条前段の併合罪の関係にあり、一個の刑をもつて処断すべきものであるか
ら、原判決中、業務上過失致死罪に関する部分を併せて破棄すべきものである。
 そこで、原判決中、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律違反の点に関する部分に対する
本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却し、業務上過
失致死罪に関する部分および銃砲刀剣類所持等取締法違反の点に関する部分は、同
法第三九七条第一項第三八二条によりこれを破棄し、控訴趣意第三点(量刑不当の
主張)に対する判断を省略し、同法第四〇〇条但書に則り、さらにつぎのとおり判
決する。
 (当裁判所が認定する犯罪事実)
 被告人は、ライフル銃(口径五・五ミリメートル、銃身の長さ五二一ミリメート
ル、単発式)の所持許可を受けているものであるが昭和四一年一二月九日午前九時
三〇分ころ、宮城県柴田郡a町b字c川原地内A川改修工事現場D組資材倉庫附近
のA川堤防において、狩猟の目的をもつて、A川下流約一一五メートルの川岸附近
と、約二〇六メートル離れた対岸の樹木にとまつていた各狩猟鳥類に属するからす
をねらつて、装薬銃たる右ライフル銃を各一発ずつ発射し、もつて鳥獣保護及狩猟
ニ関スル法律の規定により銃猟する場合その他法定の除外事由にあたる場合でない
のに銃砲を発射したものである。
 (証拠の標目)
 一、 被告人の検察官および司法警察員(三通)に対する各供述調書
 二、 証人Bの当審公判廷における供述
 三、 Bの検察官および司法警察員(二通)に対する各供述調書
 四、 司法警察員作成のライフル銃発射地点の確認についてと題する書面
 五、 Eのカラスについての照会に対する回答と題する電話用箋
 六、 押収にかかるライフル銃一挺(当庁昭和四二年押第六七号の一の一)
 (法令の適用)
 被告人の原判示業務上過失致死の所為(ただし、原判示罪となるべき事実中、
「着弾距離を試みたのであるが、」とあるのを「殺傷能力等の威力を確認すべく、
狩猟の目的をもつて、同銃を発射しようとしたのであるが、」と訂正し、「対岸の
二本の樹木のほぼ中間で地上からの目測三、四メートル附近を目標(右附近の枝に
は数羽のからすがとまつていた)として発射した過失」とあるのを「対岸の二本の
樹木のほぼ中間で地上からの目測三、四メートル附近の枝にとまつていた数羽のか
らすをねらつて発射した過失」と訂正する。)は刑法第二一一条前段、罰金等臨時
措置法第三条、第二条に、当審認定の被告人の所為は銃砲刀剣類所持等取締法第一
〇条第二項、第三一条の四、罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、所定刑
中前者につき禁錮刑を、後者につき懲役刑を各選択し、以上は刑法第四五条前段の
併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、重い後者の罪につき定め
た刑に法定の加重をし、その刑期範囲内において処断すべきものであるところ、記
録および証拠物ならびに当審における事実取調の結果によりその情状を検討する
に、被告人の本件業務上過失致死の犯行における過失は、本件ライフル銃の飛行距
離が一六〇〇メートルであるとされていて、強い殺傷力を有するものであり、した
がつて、その弾着を確認しえない方向、角度にてこれを発射するときはその弾丸に
より人畜を殺傷するに至る危険性があるので、そのような発射はなすべきものでな
いのに、原判示A川堤防上において、対岸の樹木上のからすを射撃することに気を
奪われ、漫然これを発射した点にあるのであり、その結果発射地点より近々四六二
メートル先の麦畑で農作業中の被害者Cの頭部に弾丸を命中させて同人を即死する
に至らせたものであつて、被害者が農作業をしていた附近には間近かに人家も迫
り、その一帯は野菜畑等の畑地となつていて、折から日中のこととて、他にも数名
の農夫が現に被害者の身近かでそれぞれ農作業に従事していた状況にあつたこと、
被告人が発射した地点からその発射方向を望見すると、対岸の前記樹木より先きの
方が、一段と高い切桑畑となつていて、それ以遠の具体的状況は見通しが困難とな
つているのではあるが、切桑畑の先に平坦地が続いており、かつ、附近に人家が迫
つていること等の状況は一見して明瞭なのであるから、被告人としては、その時間
的、場所的な諸状況に照らし、発射方向上の射程距離内に、右のごとく農夫等の存
在することをむしろ容易に推察すべきものであつたと認められること、なお、被告
人が発射した地点より若干後退し、被告人が通つてきたA川堤防の上段に至つて対
岸の発射方向を望見すれば、切桑畑の先は一帯に野菜畑等の畑地となつているもの
であることがかなり明瞭に看取しうる状況にあること、被告人は、本件当時すでに
一〇数年にわたる狩猟銃歴を有していたもので、ライフル銃に限つていえば、いわ
ば未経験であつたものの、狩猟者講習会における講習等を通じて、本件ライフル銃
が最大飛行距離一六〇〇メートル、有効殺傷距離五〇〇メートルの各性能を有する
ものとされていることおよび一般に発射弾丸の危険性は有効殺傷距離内はもとよ
り、最大飛行距離にまでも及びうるものであることをそれぞれ十分に承知していた
ものであること、などの事情を考慮すれば、被告人の本件過失の程度はかなり大き
いものといわなければならず、被害結果も、何ら過失の存しない純朴な農夫たる被
害者をして、被告人のいわば射的遊戯の犠牲たらしめ、その農作業中に一瞬のらち
にこれを死に至らしめたもので、もとより悲惨重大なものであるから、被告人の刑
事責任はこれを軽視することが許されないものといわなければならない。なお、被
告人は、被害者の遺族に対し、慰籍料として金五〇万円を支払つてこれとの間に示
談を成立させたのであるが、本件犯行の動機および態様、被害者の境遇および家庭
の状況、示談成立に至る経緯ならびに被告人の資産状態等に徴し、さらには示談成
立以後における右遺族の被害感情等を勘案すると、被告人が、本件被害の弁償につ
きその誠意を尽したものとは直ちに認めがたいところである。しかし、他面、被告
人には、ともかくも右のように被害者の遺族と示談を遂げて示談金を直ちに支払つ
たことのほか、その年令、経歴、家庭の状況等の点において被告人のため有利に斟
酌すべき事情も存するので、これら諸般の情状を考量すると、被告人に対し刑の執
行を猶予するのは相当とは認めがたいが、さりとて厳刑を科することも酷に失する
ものと認められるので、前記の刑期範囲内において被告人を懲役八月に処し、押収
にかかるライフル銃一挺(当庁昭和四二年押第六七号の一の一)は、被告人が本件
各犯行の用に供したもので、被告人の所有に属するものと認められるから、刑法第
一九条第一項第二号、第二項本文によりこれを没収し、当審における訴訟費用は刑
事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文の
とおり判決する。
 (裁判長判事 有路不二男 判事 西村法 判事 桜井敏雄)

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