弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人Aを懲役一年に処する。
     被告人Bを懲役八月に処する。
     被告人C、同D、同E、同F、同Gをそれぞれ懲役六月に処する。 被
告人七名に対し、本裁判確定の日より三年間右各刑の執行を猶予する。
     訴訟費用は被告人七名の連帯負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官山本清二郎の控訴趣意書記載のとおりであり、これに
対する答弁は弁護人佐伯静治、同芦田浩志、同藤本正、同坂東克彦、同雪入益見、
同鹿野琢見、同福田力之助連署の答弁書(第一、第二分冊)、弁護人佐伯静治、同
芦田浩志、同尾山宏、同藤本正、同雪入益見、同鹿野琢見、同福田力之助の弁護要
旨各記載のとおりであるから、これを引用する。
 これに対し当裁判所は次の四項目に別かつて判断する。
 一、 本件同盟罷業は、組合員多数の意思に基き実行されたもので、被告人ら組
合幹部による煽動の余地はないか、また、本件指令第三号等は、組合大会等の決定
をそのまま執行したもので、煽動を問題にする余地はないか。(四頁以下)
 二、 本件指令第三号発出の事実、および被告人らが訴因指摘の如き言動をした
事実があるか、どうか。(十一頁以下)
 三、 「煽動」の法解釈と、その適用。(二十七頁以下)
 四、 地方公務員法第三七条第六一条第四号は憲法に違反するかどうか。(三十
八頁以下)
 (第一) 本件同盟罷業は、組合員多数の意思に基き実行されたもので、被告人
ら組合幹部による煽動の余地はないか。
 また、本件指令第三号等は、組合大会等の決定をそのまま執行したもので、煽動
を問題にする余地はないか、について。
 原判決は、「Hの勤務評定反対闘争の経過によると、Hにおいては、第三三回臨
時大会において、勤務評定反対のため、休暇戦術を行使するとの基本方針を決定
し、さらに、同年四月三日の第一回定例委員会において、都教委が勤務評定規則を
審議可決する日に、休暇戦術を行使することを決定したのであつて、H支部、分会
各役員および同各組合員の多数の者は、勤務評定規則の決定される日に、Hが休暇
闘争、すなわち、同盟罷業を行う決意を有していたことが明らかである。したがつ
て、本件同盟罷業は、H組合員の多数の意思に基き実行されたものであつて、単
に、被告人らH幹部の煽動等の結果実行されたものと認めることはできない。ま
た、指令第三号も右臨時大会および定例委員会の決定を執行するため、都教委にお
いて、勤務評定規則の決定される四月二十三日に本件同盟罷業を行うよう指令した
にすぎない」と判示している。
 Hにおける大会が、各組合員より直接選出される代議員をもつて構成する組合の
最高議決機関であり、また、各委員会も、組合員より直接選出される委員をもつて
構成する大会に次ぐ議決機関であつてみれば、その大会および委員会において、組
合規約に従つて議決したものは、一応Hという集団の意思とみることはできる。た
だ、組合員が選出する代議員は、各組合員の意思を代理、代表する権限を有するけ
れども、それは組合の正常、適正な運営に関する事項等に関するものであつて、法
律が違法行為として禁止する争議行為を決定することまで、単に組合員から選出さ
れた代議員であるというだけで、当然にこれを代理代表する権限があるかどうか疑
問である。多数の代議員が多数組合員の真の意思を代表し、これを忠実に反映して
大会および委員会の議決がなされて、始めて、大会および委員会の決定は組合員多
数の意思と言い得るのである。
 本件休暇闘争が、勤務評定反対阻止のために取り上げられた最初は、昭和三十三
年一月十七日の第十六回定例委員会で採択された、いわゆる春闘方針であるが、こ
れが地区選出の委員から出た修正動議によつたものであることは肯認し得る。この
ように、H本部の柔軟な、いわゆる「抵抗理論」に基く闘争方針に対し、一部地区
委員の中には、これをなまぬるいとして、「先制攻撃」を主張する強硬な意思を抱
く者がいたことは、これを推認するに難くない。また、「重要段階は大会がこれを
決定する」としたのも、休暇戦術の如き重要事項は、組合員多数の支持によつてこ
れを決定し、組合幹部だけの独走とならないよう配慮したことも肯けるのである。
第三十三回臨時大会も、被告人ら組合幹部がその意図するところによつて多数決の
形をとつて、一方的にその議決を押し切つたとまで断定することはできない。ただ
この全組合員の総意を問うべき組合大会において、全組合員一人一人の意思がどれ
だけ忠実に反映されたか、をもつと冷静に反省しなければならない。先制攻撃論は
単に支部委員のみに限らず、組合員の中にも強硬戦術に対し極めて積極的なものが
いたことは明らかである。勤務評定反対阻止のための休暇闘争を訴える組合大会で
あれば、これら強硬論者によつて指導権を奪われることは当然である。また、議決
に加わる代議員が、自分だけ「原案賛成」あるいは「原案賛成の立場」であつて、
それが下部組合員の意思を忠実に代表したものでなければ、その議決をもつて直ち
に組合員の総意とか、圧倒的多数の意思と断定することもできない。I1支部代議
員は、「自分のところは弱い分会で、一斉休暇にもつて行くことは困難だと思つた
が、参加しなければならないと考え、大会では原案に賛成の挙手をした」という趣
旨の証言をしているのであつて、この代議員の賛成挙手は下部組合員一人一人の賛
成挙手を意味するものでないことは明瞭である。
 四月三日の第一回定例委員会において、指令発動の時期と方法に関する事項が定
められ、その中に、「休暇戦術の規模内容の基本」は、第二回定例委員会に提案
し、下部討議に付した上、それより四日後の戦術委員会で、行動規制を含めて決定
すべきこととされたのである。この決定に基いて、同月十一日の定例委員会に、一
斉休暇の際、各支部、分会幹部および各組合員のとるべき具体的行動を規定した
「行動規制」が提案され、これが、四月十六日の戦術委員会で決定されているので
ある。「指令発動の時期と方法に関する事項」そのものは、改めて下部討議に付す
る必要のないものであるから、これを定例委員会で決定したことは差支えない。し
かし、その決定の中の「休暇戦術の規模、内容の基本」は第二回定例委員会に提案
し、下部討議に付し、それより四日後の戦術委員会で、行動規制を含めて決定すべ
きことになつているから、十一日の定例委員会には「行動規制」だけでなく、「休
暇戦術の規模、内容の基本」も併せて提案し、この両者を下部討議に付した上、十
六日の戦術委員会において決定しなければならない筈である。弁護人は臨時大会に
おいて、休暇闘争の実施が議決されている以上、行動規制などの闘争時における技
術的事項は、必ずしも下部討議に付する実質的必要性はない、と主張するけれど
も、「休暇戦術の規模、内容の基本」というような休暇闘争についての重要な基本
事項は、予め組合員一人一人に討議させ各自のとるべき態度についてもつと冷静に
検討する機会を与えなければならない筈である。弁護人は、また、四月三日から四
月十一日までの間に各支部、分会においてなされた討議の情況を縷述し、また、I
1支部において四月四日の支部委員会、六日の支部執行委員会、八日、九日両日の
支部委員会で、討議検討された中央委員会の決定は、明らかに「指令発動の時期と
方法に関する」定例委員会の決定である、と主張するのであるが、下部討議に付す
べき「休暇戦術の規模、内容の基本」と「行動規制」は、四月十一日の第二回定例
委員会に提案されたものであるから、その後四月十六日までの間に下部討議に付さ
れなければならないのであつて、四月三日から同月十一日までの間に討議されたも
のや、四月四日から九日までの間に検討されたものは、右下部討議に付すべき議案
でないことは明らかである。
 組合員の総意を問うべき組合大会や各委員会が先制攻撃の強硬論者によつて指導
権を奪われたものであり、下部討議に付すべき議案も、ただ形だけの筋書に過ぎな
いために、本件指令第三号の発出されるようになつても、なおこの指令に従うべき
か否か、去就に迷い、その土壇場に追いつめられて、態度決定を迫られた、なお相
当数の組合員、分会が存在したのである。
 右の如く、本件指令第三号が発出されるに至つてもなおその態度が決定せず逡巡
する分会、組合員が少くないとして、検察官は、中央区立J1小学校以下三十数校
の実情を指摘し、これに対し、弁護人は、これらの分会は当該支部の中でも、最も
低調な、組合員意識の薄いところであつて、H全体からみれば極めて少数にすぎな
いと反論するのである。
 勿論、原審が取り調べた証拠によれば、組合役員はもとより、各組合員中にも、
相当多数のものが、勤務評定制度に強く反対し、これを阻止するためには休暇闘争
以外に方法がないとして、本件同盟罷業に同調していた事実は否定し得ない。
 しかしながら、その同盟罷業に同調した組合員が圧倒的多数であつて、指令第三
号発出当時その態度が未定であつたり、これに消極的なものが、極めて一部少数に
すぎなかつたか、その同調者と反対者ないし未定なものとの比率が、全組合員に対
して、それぞれどのようなものであつたか、その的確な数字を把握することは困難
である。ただ、仮に組合大会の議決や、H内部における勤評反対の全般的動向から
推して、組合員中相当多数のものが、本件同盟罷業に同調していたと前提して、果
して被告人ら幹部のものによる煽動の余地がない、と言えるか。
 煽動は違法行為実行の決意を生ぜしめ、または、すでに生じている決意を助長す
るような勢いのある刺戟を与える所為と解されているのであつて、実行の決意を新
たに生ぜしめる場合に限らず、すでに生じている決意を助長するためにも行われる
のである。また、その決意を生ぜしめ、または助長する勢いある刺戟を与えること
によつて煽動行為は成り立つのであつて、果してその決意を生ぜしめ、または助長
する結果を生じたか否か、またこれによつて被煽動者がその違法行為を実行したか
どうかを問わないのである。本件指令第三号および被告人らの訴因指摘の言動が、
組合員をして本件同盟罷業に参加する決意を新たに生ぜしめ、また、既にこれに参
加することを決意したものに対してさらにその決意を助長せしめるよらな勢いある
刺戟に該当するか否かが問題なのである。果して右決意を生ぜしめたかどうか、ま
た、右決意を助長せしめたかどうか、その結果各組合員が本件同盟罷業に参加実行
したものであるかどうかは、煽動罪の成否には関係がないのである。
 原判決は本件同盟罷業は組合員多数の意思により実行されたもので、被告人らの
煽動行為の結果実行されたものでないから、煽動罪は成立しないとしているのは、
被告人らの煽動行為によつて組合員が本件同盟罷業参加実行を決意しまたはこれを
助長され、その結果右実行がなされたものでなければ、煽動行為は成立しないとい
うものであつて、煽動行為の法解釈を誤つたものと言わなければならない。
 また、原判決が、本件同盟罷業は、組合員多数の意思により実行されたもので、
被告人らの煽動行為の結果実行されたものでないから、煽動罪は成立しない、とし
ているのは、本件指令第三号の発出当時、組合員多数の者が既に本件同盟罷業の実
行を決意していたのであるから、被告人らの煽動行為をまたず、本件同盟罷業は実
行されたもので、そこに煽動の余地はないという趣旨にも解し得るのであるが、仮
に組合員多数の者が、本件指令第三号発出の当時既に本件同盟罷業の実行を決意し
ていたとしても、本件指令第三号および被告人らの言動が、組合員らのこの決意を
さらに助長するような勢いある刺戟に該当するならば、煽動行為は成り立つのであ
つて、その煽動行為により右決意が助長されて、本件同盟罷業が実行されたかどう
かは、煽動罪の成否には関係がないのであるから、組合員多数の者が同盟罷業の実
行を決意している場合には最早煽動の余地がないとする考え方も誤りである。 以
上の如く、本件指令第三号発出当時、組合員多数の者が既に同盟罷業の実行を決意
していたかどうかは、直接被告人らの煽動罪の成否には関係がないのであるから、
検察官および弁護人双方論争の焦点である本件指令第三号発出当時、H組合員のう
ち、どれだけ多数の者が本件同盟罷業の遂行に同調し、自らこれに参加することを
決意していたか、またどれだけの組合員がこの一斉休暇闘争に批判的反対であつた
か、賛否いずれともその態度を決定し得ず、逡巡、去就に迷う組合員がなお相当多
数存在したのか、極めて少数に過ぎなかつたかは本件被告人らの犯罪行為の成否を
決定する上に必ずしも不可欠な事項ではないのである。
 以上によつて明らかなごとく煽動行為は、違法行為実行の決意を新たに生ぜし
め、または、既に生じている決意を助長するような、勢いある刺戟を与えることに
よつて成立するのであつて、これによつて現実に被煽動者がその違法行為の実行を
決意しなくても、また助長する結果を生じなくても煽動罪の成否には消長がないの
である。
 弁護人は、J1小学校、J2小学校、J3小学校、J4小学校、J5小学校、J
6中学校等につき、これらの各分会においては、本件指令第三号の発出をまたず、
既に各組合員は同盟罷業に参加しないことを決意しており、または、参加するとい
うものと、参加しないという者と賛否両論に分れ、結局各自の自由意思によつて決
定することにしており、指令第三号は、組合員をして、その態度を決定させるにつ
いて、積極にも消極にも作用していない、と主張するけれども、仮に指令第三号が
ある組合員に対しては本件同盟罷業実行の決意を生ぜしめ得なかつたとしても、そ
れだけでは煽動罪の成立を妨げるものではない。
 次に、原判決は、指令第三号は、第三三回臨時大会および定例委員会の決定を執
行するため、都教委において勤務評定規則の決定される四月二十三日に、本件同盟
罷業を行うよう指令したに過ぎず、特に刺戟的な内容を含むものとは認められな
い、として、これも被告人らを無罪とする理由としているのである。
 第三三回臨時大会において、「最悪段階には休暇戦術を行使する。指令権は、戦
術委員会に一任する」等の議決がなされ、四月三日第一回定例委員会において、
「指令発動の時期と方法に関する事項」が可決され、その中で、「最悪段階」とは
「勤務評定規則を都教委が決定する日」とし、指令発動はその二日前あるいは、そ
の規則制定を強行するという情報を確認した日、にすべきことを定め、指令発動は
戦術会議を開催して行うことにしているから、四月二十三日都教委が規則案を上程
することが確認されたので、二日前の四月二十一日戦術委員会を開いて、被各人A
名義の本件指令第三号をもつて、各支部長、組会員に対し、本件同盟罷業の実行を
指令したことは、第三三回臨時大会および第一回定例委員会における決定の執行と
してなしたものであることは明らかである。
 検察官は、臨時大会の決定の内容は、「最悪段階に休暇戦術を行使する。指令権
は戦術委員会に一任する」というものに過ぎず、「最悪段階に突入したかどうかの
判断や、休暇戦術の内容など、その決定は被告人らの裁量に委ねられ、そこに被告
人らの創意が多分に働いており、単なる決定事項の伝達、実施に過ぎないものとは
いえず、被告人らの積極的な煽動行為を問題にする余地が存していると論述し、弁
護人は、指令第三号は大会および委員会などの正当な機関の議決によるものであ
り、それに反し、あるいは委ねられた権限を逸脱するものでない限り、決定の執行
に外ならず、組合員の感情に訴えるものでもなく、中正な判断を失わしめることに
もならないと反駁するもので、原判決の考え方とほぼ軌を一つにするものである。
 第一回の定例委員会の決定の中で最悪段階とは勤務評定規則を都教委が決定する
日と定めたから、右規則案上程の確認された四月二十三日を、本件同盟罷業決行の
日とすることは右委員会の決定によつて定まり、また休暇戦術の規模内容の基本
も、第二回定例委員会に提案されて戦術委員会で決定されているから、本件同盟罷
業の内容も委員会によつて決定されたことになり、この点について被告人らの裁量
や創意が働く余地はないとも言える。すなわち、大会、委員会の決定に基き、その
与えられた権限の範囲内において指令第三号を発動したもので、右決定の執行とし
てなしたものであることは否定し得ない。しかしながら、これを更に本質的にみれ
ば、第十六回定例委員会において休假闘争を含む実力行使を決定した春季闘争方針
を起点として、第三三回臨時大会およびこれに次ぐ数次の中央委員会の決定は、す
べて、本件指令第三号発動の予備的準備手続に過ぎないのである。この指令発動を
最も時宜に適した、最も権威あるものとし、指令を発動したからには、一人の落伍
者もなく、同盟罷業を実効あるものとして遂行するために、第三三回臨時大会にお
いて組合員のいわゆる「総意」を獲得し綿密周到な各委員会決定を重ねてきたもの
である。殊に大会の議決により組合員多数の同盟罷業への熱意を証明することは、
指令を最も権威あるものとし、組合員に対する至上命令とするに極めて有意義であ
つたことは否めない。「正当な機関の議決による」ものということは、既に本件同
盟罷業に参加を決意した者に対しては、更に一層の勇気を与え、その意気を高揚
し、これに反対するもの、あるいは、去就に迷う組合員に対しては、その決断を促
すに極めて有効なものであつて、煽動行為の成立する余地は十分に存在するのであ
る。原判決が、本件指令第三号は、大会および委員会の決定をそのまま執行したも
のに過ぎず、煽動罪を論ずる余地がないとして、これを無罪の理由としたことは、
本件事案に対する本質的判断を誤り、法令の解釈適用に過誤を犯したものと言わな
ければならない。
 以上原判決が、本件同盟罷業は、組合員多数の意思に基き実行されたもので、被
告人ら組合幹部による煽動の余地はないとし、また、本件指令第三号等は組合大会
等の決定をそのまま執行したものであつて、煽動に当らないとしたことは、事実誤
認ないし法令の解釈適用を誤つたものと言わなければならない。
 (第二) 本件指令第三号発出の事実、および被告人らが訴因摘示の如き言動を
した事実があるかどうか、について、
 (一) 指令第三号の発出と、その趣旨の伝達、
 四月二十一日夜H本部において、戦術委員会が開催され、そこで指令第三号が決
定され、被告人A、同Bの両名が他の組合幹部と共謀して、組合支部、分会役員に
対し指令第三号を配布し、分会役員を介して約三万名の組合員に、右指令の趣旨を
伝達した事実は原判決の認定したとおり、記録上もこれを肯認することができる。
 (二) その他の被告人の訴因摘示の各言動について、
 (1) まず、被告人C、同D、同E、同F、同Gの言動がなされた時期、場所
およびその経緯をみるのに、四月二十一日夜、被告人Cは、練馬区立J7小学校に
おいて開催されたI2支部の拡大闘争委員会に、被告人Eは、文京区J8学園にお
いて開催されたI3支部の分闘長会議に、被告人Fは、K会館において開催された
I4支部緊急委員会に、被告人Gは、品川区立J9小学校において開催されたI5
支部の緊急分闘長会議に、それぞれ指令第三号を携えて出席し、そこに参集した当
該支部所属の支部、分会役員に右指令を配布し、その頃各分会役員を介して、組合
員である小中学校教職員に右指令の趣旨を伝達し、被告人Dは、被告人Cよりやや
遅れて、右I2支部の拡大闘争委員会に出席し、翌二十二日被告人Cは練馬区立J
10中学校に、被告人Gは、品川区内L公園においてそれぞれ開催された勤務評
定、修身復活反対要求貫徹大会に各出席したのであるが、右四月二十一日開催され
た各支部の緊急分闘長会議、あるいは、拡大闘争委員会等の支部委員会は、四月十
六日H本部の戦術委員会において決定された前記行動規制の中で定められたもので
ある。すなわち、右行動規制には「一斉休暇の前前日には、各支部は緊急執行委員
会、分闘長会議を開催し、〃指令の確認〃各分会の態勢の確認を行らこと」と定め
られているので、これを実行するために開催されたものである。また、翌二十二日
の勤務評定、修身科復活反対要求貫徹大会は四月十六日、M指令第九号に基き発せ
られた指令第一号の趣旨を実行するために開かれたものである。すなわち、前者は
本件同盟罷業決行の前前日すなわち四月二十一日、各支部毎に、支部、分会の役員
をもつて構成する緊急委員会、分闘長会議等を開催して、その席上指令第三号を確
認させると同時に、各分会がどのような態勢にあるか、その情勢を確認し、各分会
役員を通して指令第三号の趣旨貫徹を計つたものであり、翌二十二日は、午後三時
より全組合員参加の支部集会として「要求貫徹大会」を開催し、直接各組合員に対
し、翌二十三日の一斉休暇闘争には全員参加するよう呼びかけることを意図したも
のであることは明瞭である。
 そこで、右各会合に際し、以上被告人らのなした言動について検討するのに、
 一、 まず、四月二十一日の支部委員会について、
 (1) 被告人Cが「措置要求大会に、全員参加することができるよう、みなも
協力していただきたい」といい、
 (2) 被告人Dが他の支部の情勢についての質問に答え、「I6支部ほか一部
は全員足並みを揃えて参加することに決定している。H本部の決定に従つて全員が
まとまつて闘争に入るべきだ」といい、
 (3) 被告人Gが、Hから指令が出たら、来る二十三日には一斉休暇をとつて
大会に参加されたいといい、
 二、 四月二十二日の支部集会において、
 被告人Cが「みな結束して、明日の措置要求大会に参加しよう」といつたこと
は、記録上明瞭であり、原判決もその事実認定において肯認するところである。し
かし、原判決は、 一、 四月二十一日の支部委員会において、
 (1) 被告人Cが「一斉休暇に対して、地方公務員法違反により、弾圧や首切
りがあつた場合、その責任はH本部が負うことになつているから、組合を信頼して
指令に従つて一緒に行動してもらいたい」と述べ、
 (2) 被告人Eが「これは地方公務員法第四十六条に基く行政措置であつて合
法的なものであるから、各分会ともこの指令に従つて足並みを揃えてもらいたい」
と述べ、
 (3) 被告人Fが「団体交渉は決裂して指令が発出された。これは地方公務員
法第四十六条に基く合法的なものであるから、各分会員にこの指令を伝え、全員闘
争に参加されたい」と述べ、
 二、 四月二十二日の支部集会において
 (1) 被告人Cが指令第三号を朗読したこと
 (2) 被告人Gが「全組合員一致結束して右闘争に突入されたい」と言つたこ

 は、いずれもこれを認むるに足る証拠がないと認定しているので、この点につい
て記録を検討して判断する。
 まず、右被告人Cの言動についてはN1、被告人Eについては、N2、被告人F
については、N3、およびN4、被告人Gについては、N5、N6およびN7が、
それぞれ検察官の取調べに当つて参考人として各被告人の右言動を裏づける供述を
しているのである。しかるに同人らは原審公判廷において証人としてこの点につい
て明確な証言をなさず、あるいはその検察官に対する供述の趣旨を否定したため、
原判決は、その公判廷における証言を採用し、検察官に対する供述調書の記載を事
実認定の資料とすることを斥けたのである。よつてこの点について順次検討する。
 (イ) まず、N1について、原判決は同人は検察官に対しては、「I2支部拡
大闘争委員会の席上被告人Cが最初に立つて指令第三号を読みあげ、帰りに入口の
ところで封筒に入つた指令書を受けとつた」と供述しているが、原審が取り調べた
他の証拠によれば、右指令を朗読したのは同被告人でなくO副支部長であり、指令
第三号は同委員会の席上、分会委員らに配布されたことが認められ、このように事
実に相違するN1の検察官に対する供述は、被告人Cの右委員会における発言に関
する部分も、措信し得ないとしているのである。なるほどN1の検察官に対する供
述調書を仔細に検討すると、右委員会は同日午後四時三十分頃より開かれ、長時間
各分会の情勢報告がされた後、午後八時頃被告人Cが指令第三号をもつてこれに出
席したのに、N1の供述には「この会合ではC委員長が最初に立つて、勤務評定反
対の措置要求で四月二十三日午前八時から集会を開くから、それに全組合員は参加
するようにというHの指令を読み上げた」、といい、右委員会の壁頭被告人Cが本
件指令第三号を読み上げた如く、事実不正確な供述をなし、また、右指令第三号は
席上各分会役員らに配布されたのであるが、N1の右供述には「委員会が終つて帰
りがけにいつものように入口のところで封筒に入つた指令書を分闘長のP先生がJ
11小分会宛のものを受けとりその場で自分にも見せてくれた」旨、明らかに事実
に相違するところがある。しかしながら、N1は原審において証人としてこの検察
官より取調べをうけた時の状況について、生れて初めての経験なのであがつていて
事実と違う供述をしたのではないかと思うが、検事より誘導とか威圧的な押しつけ
がましい調べ方をされたことはなく、当時の記憶どおり述べた旨証言しているので
ある。したがつて右委員会における会議の進行状況、その時間的関係や指令配布の
時期、場所等の具体的事実について、他の会合の場合のそれと混同したり、前後顛
倒した不正確な供述をしたであろうことは容易にこれを推察し得るのである。
 しかしながら、右供述中の「C委員長は、一斉休暇であるが、あくまでも措置要
求大会に出席するという立前になつており、これは、憲法で保障された権利である
が、これに対しては地公法違反ということで、弾圧や首切りが考えられるが、それ
は、組合の結束を乱すというような弾圧や首切りとなるから、その責任はH本部で
負うことになつているから、皆さんは、組合を信頼して結束を乱さずに、組合の指
令に従つて一緒に行動していただきたい、という発言がありました、」という部分
は、若しそれが検察官の誘導や押しつけがましい取調べによつて、心にもない事実
無根のことを述べたというのなら、それは問題があろう。検察官の作文であるとい
うならまた格別である。当時の記憶どおり述べたことであり、その内容は他の分会
の場合における別の人の発言と混淆する虞れのないものである。時間の前後を顛倒
したり、物の位置や場所を錯覚し、その記憶に混迷をきたすことがあつても、右の
ような具体的詳細な発言の内容については、そのような記憶の顛倒や混迷はあり得
ないのである。前記一部不正確な事実に相違する供述がある、として、右被告人C
の発言に関する部分までも、すべて措信し得ないとして、その検察官面前調書を排
斥した原審は、明らかに証拠の取捨判断を誤つたものといわなければならない。
 (ロ) 次に、N2の検察官に対する供述調書につき、原判決は、N2の原審公
判廷における証言によれば、N2の検察官に対する供述の趣旨は、指令第三号を朗
読し、これについての説明をしたのが、被告人Eであつたか、あるいはその他の者
であつたか不明であるというもの、であることが明らかであり、右供述調書の記載
自体も指令第三号を朗読し、右説明をしたのが同被告人であつたと断定していない
のであるから、同供述調書のみによつて、被告人Eの公訴事実指摘のような発言の
事実を認めることはできない、としているのである。
 なるほど、N2は原審において証人として、四月二十一日の分闘長会議当時はも
とより、検察官の取調べを受けた当時も、被告人Eの名前も顔も知らず、(同被告
人を知つたのは四月六日から一ケ月位たつてからとも言い、名前は四月二十三日以
後地方公務員法違反ということで新聞で知り、顔はその後に知つたとも言う)被告
人Eの名前と顔を知つた後、四月二十一日の分闘長会議の時のことを思い起してみ
ても、この被告人Eがこの会議にいたかどうか、この会議でなにをしたか全然記憶
になく、思い出せない、と証言している。ただ、検察官の取調べを受け、その供述
調書を作成されたときの状況については次のように証言する。すなわち、検事から
I3支部長のEを知らない筈がないと相当強く言われた感じで、記憶していないこ
とで、何か押しつけられたという形で調書ができたところが一ケ所ある。それは、
被告人Eが指令第三号を読みあげたというふうに書いたので、それは具合が悪い、
自分にはそういうことは分らない、書き直すように言つたところ、調書に「E委員
長と思います」と二行線を引いて訂正したが、自分はそのように言つたことはな
い。右訂正はE委員長だと断定していないにしても何かEに比重がかかつている感
じで、自分としては非常に不満であつた、という趣旨である。
 指令第三号を朗読した者がE委員長であつたかどうか分らないという趣旨で調書
記載の申立をしたのに、単に断定的な表現を避けて「E委員長と思います」という
言い廻しに表示したとすれば、それは、供述者の真意に添わなかつたといい得るで
あろう。しかしながら、N2の検察官面前調書には、右指令第三号の朗読に続いて
「被告人E委員長が、これは地方公務員法第四六条に基く行政措置要求であつて、
合法的なものであるから、各分会共、この指令に基いて、全員が四月二十三日一斉
休暇闘争に参加するよう足並みを揃えて貰い度い、という意味の話をした」といら
趣旨の供述記載がある。この指令第三号が合法的であることの説明と、これに基い
て四月二十三日の一斉休暇闘争に全員参加するよう要請をした者が、被告人E委員
長であつたか、外の誰かであつたか不明である、という趣旨で調書記載の訂正を申
立てたのに、それを「E委員長と思います」と表示したものであれば、同調書の正
確性を疑わざるを得ない。
 しかし、この点についてN2は原審公判廷において証人として右被告人Eの発言
の点については、「私が言つたのではなく、向うがいつて、うんうんというので書
いちやつたのだというふうな記憶がある。検事に調べられるというと、なにか罪人
的な感じがある。知らないことはないだろうと言われればそういう雰囲気で、うん
うんということが出てしまう」と証言し、右被告人Eの発言内容として検察官に供
述していること自体(すなわち、その発言を被告人Eがしたか、他の誰かがしたか
という問題ではなく、)右発言内容についての供述自体が、検察官の誘導による、
被疑者的な圧迫感のもとで、架空虚偽の事実を述べたものか、あるいは全く検察官
の作文にすぎないものかのような弁解をしているのである。N2証人は原審公判廷
において被告人Eの名前も顔も知らなかつたことを強調する。そのために指令第三
号を朗読し、その説明をした者が被告人Eであつたか、他の誰であつたか判然しな
いというならば格別被告人Eの発言内容として検察官に供述していることが、検察
官の誘導による事実無根のことであり、検察官自身の作文にすぎないというような
弁解はEの名前も顔も知らなかつたという弁解と一貫せず首肯し得ないのである。
 N2がI3支部委員会に出席したのは前後二回にすぎず、その第二回目の四月二
十一日の分闘長会議の際隣にいた組合員よりきいて被告人EがI3支部長であるこ
とを知つたのは、その検察官に対する供述によつて極めて明瞭である。それは「J
12中学校の先生で眼鏡をかけた人であります」とまで、具体的に説明しているの
である。同人は、検察官Qに対し、被告人Eが指令第三号を朗読し、続いて、指令
第三号の合法であることの説明とこれに基いて休暇闘争に全員が参加するよう発言
した事実を具体的に供述し、その旨の調書が作成された後、指令を朗読した者は、
果して被告人Eであつたかどうか断言はできない、と補足したが、それは、被告人
Eか外の者か全く不明だというものではなく、被告人Eだと思うが、確言はできな
いという趣旨なので、調書に「E委員長と思いますが」と一部訂正をしたが、その
他の点については格別訂正の申立もなくその調書に署名拇印をしたものであること
が認められる。被告人Eの発言としての供述部分が、検察官の作為誘導によるもの
であるというようなことは、証人Qの原審における証言により全くこれを肯認し得
ない。
 以上の如く原審証人N2の前記摘出の証言は到底これを措信することができな
い。原判決がたやすく右証言をとつて、N2の前記検察官に対する供述調書によつ
ては、被告人Eの訴因摘示の発言事実を認定し得ないとしたのは、採証を誤り事実
を誤認したものと言わなければならない。
 (ハ) 次に被告人Fについて、N3は、検察官に対して、「F支部長が外から
帰つてきて、この委員会にでたのであります。そして、支部長ばHの方から帰つて
きたが、都教育庁との団体交渉は決裂してしまつた。そこで、愈々四月二十三日反
対闘争として、行政措置要求大会を実施する指令が出たから、この指令に従つて大
会に参加して貰いたい。これは、地方公務員法第四六条に基く措置要求手続を行使
する権利であるから、合法的なものである″という趣旨の話をした」旨供述し、ま
た、N4は検察官に対し、指令が配布されたことを述べた後「この指令は、支部の
委員長であつたか、書記長であつたかが、先ず朗読して、それから、゛この様に指
令がでたから委員達は各分会に帰つて組合員達は指令を伝えて分会の態度をまとめ
て、二十三日は指令に基いて休暇闘争を実行して貰いたい″という意味の説明があ
りました。私の記憶では、この指令を読み上げて説明したのが、委員長であつた
か、書記長であつたか、はつきりしないのですが、書記長ではなかつたか、と思わ
れるのであります」という趣旨の供述をしているのである。しかるにN3は原審公
判廷においては、その際の話は「教育長との交渉の経過報告」と、「措置要求大会
で集るのだというような話」で、経過報告をした人と措置要求大会の話をした人
が、同じ人か別の人かも記憶なく、それも、役員の誰かだと思うが、誰だか判らな
い。当時F被告人の顔も知らなかつたと証言し、N4も原審公判廷において証人と
して、「参加してくれということは、支部の幹部の方だろうと思うのですけれども
言われた記憶はあるが、初めから委員長、書記長の顔を知らなかつたから判然しな
い」趣旨の証言をしているのである。
 原判決は、N4の検察官面前調書によつても、指令を朗読し、指令に基いて休暇
闘争をして貰いたい、という説明をしたのが、委員長であつたか、書記長であつた
かが判然とした記憶がなく、寧ろ書記長だつたと思うというものであり、N3は公
判廷において「北区に勤務するようになつてから一年位しか、たつておらず、組合
運動に関心がなかつたので、同委員会に出席した当時F被告人の顔も名前も知らな
かつた」と証言しており、この証言を信用することができないもの、として排斥す
る合理的根拠がないから、N3の検察官に対する供述調書によつても、被告人Fの
公訴訴因摘示のような発言の事実を認めることができないと判示しているのであ
る。
 しかし、N3を取り調べた検察官Qは、原審において、証人として、N3の供述
調書は同人が述べたことをそのまま事務官に書き取らせ、読み聞けの際「一斉休暇
闘争」のように書かれていた点を「措置要求大会」と訂正の申立があつて一部訂正
したがその他すべて同人の供述したとおりを記載したものである旨証言し、N3が
その取調べに当つて検察官の誘導や押しつけがましい取調べ方法によつてその意に
反し真実に符合しない供述をしたり、またその供述を録取するに当つて、供述の真
意を歪曲するような作為が行なわれたと疑われる節は全く存在しないのである。N
3が公判廷で証言するように、「交渉経過の報告」をした人と、「措置要求大会の
話」をした人が、同一人であつたかどうか判然せず、その発言をしたのが「役員の
中誰であつたか記憶がなく」「被告人Fの名前も顔も知らなかつた」者が、どうし
て、検察官の取調べの際「I4支部のF支部長が外から帰つてきて」以下先に摘出
したような極めて具体的にして明確な供述をなし得たか。この点についてN3は原
審証人として自分はF支部長の名前も顔も知らなかつたのであるから検察官に対し
Fの名前を言つたことはない。それが自分の調書に出ているのは不思議に思うのだ
がそれは検察官の推測で書いたと思う。調書読み聞けの時もFの名前が書かれてい
たが重要なのは一斉休暇闘争か行政措置要求かという点なので、その点だけ訂正し
て貰い、自分の言わないFの名前の書いてある点は面倒くさいので訂正の申立てを
しなかつたという趣旨の証言をしているのである。相被告人Gは、この証言に対
し、「これはF支部長にとつて極めて重大なことで、義憤を感ずる」と述べている
が、正に「面倒くさい」だけで、検察官の作為的な不実の記載と知りながら、その
訂正削除を要求しなかつたとするならば、その無責任を看過するこはできないであ
ろう。原判決は、証人N3の「F被告の名前も顔も知らなかつた」という公判廷の
証言を信用することができないとして、排斥する合理的根拠がない、というのであ
るが、検察官の作為に基く調書の不実記載を「面倒くさいから」看過した、という
その証言をどうして信用し得るであろうか。
 N4の検察官に対する供述は指令を朗読し、指令に基いて休暇闘争を実行して貰
い度い趣旨の説明をしたのが委員長であつたか、書記長であつたか明確な記憶がな
く、むしろ、それは書記長であつたように思う、というものであつて、その記憶が
正確か不正確かは別として、その記憶に基いて忠実な供述をしていることは容易に
看取し得るのである。その取調べに当つた検察官は、N3の取調べに当つた検察官
Qである。この委員会において指令第三号の趣旨を説明し、これに従つて一斉休暇
闘争に参加するよう要請したものが、被告人Fであつたか、その他の者であつたか
は、取調べ検察官としては捜査上明確にすべき重要なことであつたのである。それ
が被告人FであつたとするN3の供述と、「委員長か書記長(R)か判然としな
い、むしろ書記長だと思う、」とするN4の、必ずしも符合しない供述をそのまま
の形で捜査記録に表わしているところをみても、同検察官が取調べに当つて、供述
者の真意に基くありのままの供述をそのまま忠実に証拠記録に表示することに心が
け配慮していた事実を窺うことができるのである。このようにして作成されたN3
の供述調書中の「F委員長が外から帰つてきて」以下前記摘録の具体的明確な供述
部分こそ、これを否定すべき合理的根拠なくしてその証拠価値を否定することので
きないものである。
 先にも指摘したとおり、四月二十一日各支部毎に開催された緊急委員会は、「行
動規制」の中で定められた「指令の確認」と同時に、この指令に対して各分会がど
のような態勢にあるか、その情勢を確認して、各分会役員を通して、指令第三号の
趣旨貫徹を計るために開かれたものである。被告人C、同E、同F、同Gはそれぞ
れ所属支部の最高責任者として、本件指令第三号を決定した本部戦術委員会終了
後、その足で、指令第三号を自ら携えて、それぞれの前記委員会、あるいは分闘長
会議に出席したものである。仮にその指令の朗読の如きことは、これを他の役員に
代行させることは、不自然でないにしても、自ら指令第三号を携えて、その確認お
よび趣旨の徹底のために開催された、而も自らその長たる地位にある支部の役員会
に出席して、支部長たる被告人ら自らが、指令発出の経緯その趣旨の説明、指令の
実行、貫徹を要請することは当然であろう。原判決は被告人C、同Gの両名につい
て、右発言についての事実を認めながら被告人E、同Fの両名については、ただ指
令第三号を配布して、その趣旨の伝達をしたのみで、各委員会において指令の趣旨
説明等をした事実は認められないとしている。被告人Eについては、N2の検察官
に対する供述調書中にも「E執行委員長と思います」とあつて、被告人Eだとは断
定していない。その他の者であつたか不明である、と言うのである。若し被告人E
支部長でなかつたのなら、外の誰だというのか。I3支部分闘長会議において被告
人Eに代つて指令第三号の説明や、これに基いて全員が闘争に参加するよう要請す
る前記摘録の発言をした者が外に誰かいたというのか。この点も究明せず、明らか
にその真実を保障し得る前記N2、N3らの検察官に対する供述調書を排斥して公
判廷における極めて不合理無責任な真実の供述を回避しようとする意図の窺える証
人の証言をとつて、事実不明である、証明がないとする原判決は、実体真実の発見
に欠けるものと言わなければならない。
 (ニ) 次に、被告人Gの二十二日開催された勤務評定、修身科復活反対要求貫
徹大会における言動については、N5、N6、およびN7の各検察官に対する供述
調書の記載によれば、同被告人が「全組合員が一致して翌二十三日予定の一斉休暇
闘争に参加されたい」趣旨の呼びかけをした事実を認めることができるのである。
 しかるに原判決は、原審証人Sの証言等を根拠にして、「同大会における被告人
Gの挨拶は、都教育庁との団体交渉の経過、勤務評定反対闘争の経過に若干触れ、
同大会に参加した他の労働組合員への感謝を述べたもので、翌日の措置要求大会に
全組合員が一致して参加され度い」趣旨の発言をした事実は認められないとし、
「前記N5、N6、N7らが検察官に対し、被告人Gが前記闘争参加を組合員によ
びかけた趣旨の供述をしたのは、同大会が勤務評定反対闘争の一環として開催され
たもので、参加者が千名以上にものぼつていたため、被告人Gが来賓や他の労働組
合員に対し謝意を述べる趣旨で発言したことを、これを聞く方の組合員として、本
件休暇闘争に参加するようにとの激励の趣旨と誤解し、その旨検察官に供述したも
のと解することも、あながち不自然ではない、として、右三名の検察官に対する供
述調書を排斥しているのである。
 そこで右三名の原審公判延における証人としての供述を検討するのに、まず、証
人N5は、その検察官調書によれば、二十二日のL公園における被告人Gの発言に
ついて「今回の勤評闘争は教育を守る上での重要な闘争である。みんなであすの一
斉休暇に突入しよう」と言つたと供述し、その時の被告人Gの話の態度等について
「気負つたような言い方で、左右に始終顔を動かしながら、組合員全員を見おろし
ながら自信ありげに言われました」と供述しているのであるが、この点について証
人として重ねて質問され、これに答えて、「首を左右に振られたということは申し
上げた。胸をどの程度張つて姿勢をどうしたとか、それが気負つたというような言
葉に自然になつたのか、自信あり気に」と証言し、発言の内容はどうかと重ねて質
問され、「いろいろな言葉のうち、何か一要素だけを盛り上げて自分が供述したよ
うになつているけれども、それが全部ではなく、それを非常に極言したわけではな
い。調書はエキスだけ取り上げているように思う」趣旨の証言をしているのであ
る。
 すなわち、自分としては二十三日の闘争参加激励の点だけを特に強調したわけで
ないというのであつて、来賓に対する感謝の挨拶を、闘争参加への激励と勘違いし
て述べたと窺われる節は全く存在しないのである。
 また証人N6は、息子が競技会に出るというので、その方へ早くゆきたいと思
い、調書読み聞けのときも、陸上の方に気持ちがいつていて碌に聞きもせず署名し
た、といい、L公園における被告Gの発言として証人が検事に述べていることは、
「自分としてはわからないといつたのを、検事の方で分闘長としてわからない筈が
ないだろう、ああだつたろう、こうじやなかつたかと言われ、そうだつたでしよ
う、そうかも知れないと答えた」ものだと証言しているのである。すなわち証人N
6の場合は検察官に対する供述はその誘導により、検事の言うとおりこれを鵜呑み
に肯定しただけで、言わば検事の作文にすぎないというものであつて、これも来賓
に対する感謝の挨拶を、翌二十三日の闘争参加への激励の発言と勘違いして、検察
官に供述したというものではない。検察官瓜島喜一郎は原審証人としてN6を取り
調べたときの状況を詳細に証言し、誘導とか押しつけがましい取調べは微塵も存在
しなかつたことを明らかにしている。
 次に、証人N7は検察官の取調べをうけた当時の状況について、検察官の質問に
対しては「当時は自分の記憶に基いて検事に話し、検事は自分の言うことを調書に
書いて読み聞けたので、それを聞いて、自分の供述したところと相違ないことを納
得したので、署名押印した。記憶としては、その当時の方が正確だつたと思う」と
証言しながら、弁護人の「検察官は事実Gが言つていないことを適当に作文して、
あなたに供述させようとしている、という感じを受けた記憶は残つていないか」と
いう質問をされ、「これは後から読まれたのですけれども、そのつどつどにおいて
は、そういうことは記憶しております」と余り意味の明確でない証言をし、また被
告人G本人から「そうしたら、こういうふうに受けとつていいですか。検察官の方
からGはこう言つただろう、こうは言わなかつたか、と言われ、あなたは、そうだ
とか、そうであつたかも知れないと答えたが、それは、イエス、ノーとはつきりし
たものではなく、そうかも知れない、という漠然としたものか」と質問され、「漠
然とした返事であつた」と証言しているのである。このように証人N7は弁護人お
よび被告人本人より、検察官から誘導的な質問を受けてそのとおり答えたのではな
いかと問われ、これを肯定するかの如き証言をしているのであるが、畢竟その検察
官に対する供述が検察官の強制誘導はもとより、特に作為を弄した取調べにより、
その意に反し、事実無根の、あるいは事実を誇張したり歪曲した供述をしたもので
はないことは明らかである。勿論被告人Gの来賓に対する感謝の挨拶を、翌二十三
日の闘争参加への激励の発言と勘違いをして検察官にその旨の供述をしたというよ
うな節は、全く窺い知ることができない。
 以上、N5、N6、N7の各検察官に対する供述調書の真実性を否定することは
できない。
 これを排斥して、被告人Gの訴因摘示の発言の事実を証明し得ないとした原判決
は明らかに、証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものと言わなければならな
い。
 以上四月二十一日の支部委員会において、被告人C、同E、同Fが、それぞれ当
該支部最高責任者として傘下分会役員等に対し、一斉休暇闘争に対して、地方公務
員法違反により弾圧のあつた場合は、その責任はH本部が負うことになつているか
ら、組合を信頼して、指令に従つて一緒に行動してもらい度い趣旨や、本件、一斉
休暇闘争は地方公務員法第四六条に基く行政措置要求であつて、合法的なものであ
ること、各分会ともこの指令に従つて闘争に参加されたい趣旨の発言をし、また翌
二十二日の支部集会において被告人Gが、参集の組合員に対し、全組合員が一致し
て闘争に参加され度い趣旨を呼びかけた事実は明瞭であつて、右言動を認め得ない
とした原判決は事実誤認の非を犯したものと言わなければならない。
 (2) 次に被告人BがJ1小学校、J13小学校等数校を訪問したのは、次の
ような事情によるものである。すなわち、Hの中でも、I1支部は、全般的に言つ
て、本件一斉休暇闘争には消極的で、各分会の態度は足並みが揃わなかつたのであ
る。支部長Tはじめ支部役員は自分達だけでは自信が持てなくなり、前記行動規制
に基く二十一日夜開催の支部の拡大闘争委員会には、本部副委員長の地位にある被
告人Bを煩わしてその委員会に出席を要請し、各分会役員に対し被告人Bより、他
の支部における情勢を報告説明して貰い、I1支部の立遅れを何とか取り戻そうと
図つたのである。ところが折角被告人Bに出席して貰つた右拡大闘争委員会にさ
え、不参加の分会が数えられたのである。この重要な委員会に分会委員の不参加と
いうことは、休暇戦術に対する逡巡、反対を意味するものに外ならない。そこで、
翌二十二日には午前中に、支部役員だけでなく、副委員長被告人Bを再び煩わし、
翌二十三日の闘争に脱落が憂慮されるJ1小学校、J13小学校等数校を訪問し、
直接被告人Bより、いわば最後の説得を試みたのである。すなわち同日夜予定され
ているI1支部集会には組合員全員が参加するように、そして、翌二十三日の一斉
休暇闘争には組合員全員が参加するよう説得するためであつたことは明瞭である。
 そして被告人Bが右J1小学校において「都教育庁との団体交渉は決裂し、組合
としては二十三日に措置要求大会のため一斉休暇闘争を実行することになつた。組
合としての足並みは必ずしも揃つていないが、全組合員が足並みを揃えて闘争に参
加してもらいたい、」という趣旨の発言をした事実は原判決も肯認するとおり対応
証拠によりこれを認定することができる。ただ同被告人がJ13小学校において
「一斉休暇闘争には全組合員の結束を乱さず一致して参加してもらいたい旨申向け
た、という公訴訴因に指摘の同被告人の言動について、原判決はこれを認める証拠
がない、とした。
 なるほど、原審が取調べた証拠の中に、右公訴訴因に摘示する被告人Bの発言を
そのまま裏付ける直接の証拠は存在しない。しかし原審で取調べた証人U、同V、
同W等の証言を綜合すれば、被告人が勤務評定反対の理由を説明し、教育を守つて
ゆくためには、一斉休暇をやらなければならない趣旨を説き、同被告人が「このよ
うに学校を訪問しているだけで、公務員法違反の嫌疑をかけられるかも知れない」
趣旨などを述べた事実は肯認し得るのである。
 一、 「煽動」の法解訳とその適用について。
 被告人らの各所為が、地方公務員法第六一条第四号の「あおり」に該当するか否
かについて考察する。「あおり」すなわち「煽動」は、特定の行為を実行させる目
的をもつて、文書、図画または言動によつて、他人に対しその行為を実行する決意
を生ぜしめるような、または、すでに生じている決意を助長させるような、勢いの
ある刺戟を与えることを言うのである。被告人らの所為、言動が、H組合員をして
四月二十三日午前八時を期して一斉に休暇闘争を実行させること、すなわち、本件
同盟罷業を実行させる目的をもつてなされたものであることは明らかである。した
がつて、被告人らの所為言動が組合員をして右同盟罷業を実行する決意を生ぜしめ
るような、または、すでに生じているその決意を助長させるような勢いのある刺戟
を与える行為に該当するか否かを判断しなければならない。
 原判決および弁護人の所論、また、弁護人がその主張を裏づける資料として指摘
する下級裁判所の裁判例は、この「勢いのある刺戟」という字句を切り離して「そ
れは感情に訴える方法により、その興奮、高揚を惹起させることであるとし、」そ
れがために「文書または言動は激越なものでなければならない」としている。
 そして本件指令第三号その他被告人らのいづれの言動も、H組合員の感情に訴
え、これを興奮、高揚させる程、それ程激越なものでないから、煽動行為に該らな
い、とするものである。しかし煽動は、違法行為<要旨第一>実行の決意を生ぜしめ
るような、またはすでに生じているその決意を助長させるような勢いのある刺戟、
言すれば違法行為を実行する決意を生ぜしめ、あるいは、すでに生じ
ている決意をさらに助長する可能性、危険性のある勢いある刺戟である。被煽動者
の違法行為実行の決意に影響力ある刺戟を与えることである。
 〃刺戟〃であるから、勿論感情に作用することは言うまでもないけれども、ただ
感情を高ぶらせ、かき立てることではない。意思決定に必要な刺戟であるから、同
時に、意思作用を動かす刺戟である。違法行為実行の決意に影響力ある刺戟である
から、むしろ、その意思作用を動かす面の強い刺戟である。
 被煽動者をして違法行為の実行を決意させる影響力ある刺戟となり得るか、どう
かは、煽動者と被煽動者との関係、被煽動者がその違法行為実行についてどのよう
な意向をもち態度をとつているかによつて一律ではないのである。若し、被煽動者
が煽動者とは縁もゆかりもない者であり、その違法行為実行について極めて冷静、
批判的、むしろ、そのような違法行為の実行を不当として反撥する態度にあると
き、この被煽動者にその違法行為の実行を決意させるには、その感情を興奮、高揚
させるような激越、過激な言動がなければ、「違法行為の実行を決意させる影響力
ある刺戟」を与える行為とならないかも知れないのである。冷静にして平穏なる農
民に供米拒否を煽動したり、善良な市民に納税拒否を煽動する場合には、多くこの
感情に訴える方法によりこれを興奮、高揚させるような激越な言動が用いられる。
しかしながら、すでに供米拒否のムードが盛り上つた農民に対し、あるいは、すで
に税金滞納の気運が醸成されている市民に対し、その実行を決意させるためには、
最早激越な言動をもつてその感情を興奮、高揚させる必要はないのである。殊に、
その多衆を直接自己の指揮下に動員し得る強力な組織の中で、強力な影響力を有す
る者は、特に激越な文言を含まない指令一本によつて、容易に大衆をその犯罪行為
実行に動員し得るのである。この場合指導者の指揮、指令は、大衆に対し、その犯
罪行為を決意するについて、絶大な刺戟となるのである。指導者自らが大衆の感情
をかき立て、これを興奮、高揚させるために激越な言動、文書を用いることなく煽
動行為は成り立つのである。
 地方公務員法第六一条第四号は、同盟罷業等、法律をもつて禁止された違法行為
を遂行することの共謀と「そそのかし」および「あおり」または、それらの行為を
企てることを処罰の対象としているのである。それは、これらの行為がすべて、違
法行為の実行の直接原動力となり、また、これを誘発する影響力、危険性のある行
為であるからに外ならない。今その犯罪類型の近似する「そそのかし」行為と「あ
おり」煽動行為とを比較してみるのに、前者の「そそのかし」行為は、最高裁判所
の判例によれば「違法行為を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行す
る決意を新たに生ぜさせるに足りる從慂行為」であるとされ、後者の煽動行為は
「違法行為を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行する決意を生ぜし
めるような、または、すでに生じている決意を助長させるような、勢いのある刺戟
を与えること」とされているのである。その後者が「勢いのある刺戟を与えるこ
と」を構成要素としているけれども、それは「違法行為実行の決意に影響力ある強
い刺戟」ということであつて、この犯罪構成の重点は、言うまでもなく、「違法行
為実行に対する影響力」であつて、「被煽動者に刺戟を与えること自体」ではない
のである。被煽動者に強い刺戟を与えることを処罰する趣旨は、それが違法行為実
行の原動力となる刺戟だからである。それは前段の「そそのかし」行為が、違法行
為実行の決意を新たに生じさせるにいたる從慂行為自体で処罰され、そそのかされ
るものの意思作用、心理作用に触れる必要がないことを考え併せれば、いずれも
「違法行為実行に対する影響力、危険性に可罰の重点をおいていることが諒解し得
るのである。原判決や、弁護人の所論は、「違法行為実行に対する危険の排除、と
いうことに思いをいたさず、「違法行為実行の決意に影響力のある勢いある刺戟」
という字句の中から、ただ「勢いのある刺戟」という字句を切り離して、被煽動者
に強力な感情的刺戟を加えること自体が、いかにも煽動罪のすべてでもあるかのよ
うに誤解するものである。
 原判決および弁護人の所論、これに採用の下級裁判所の考え方は、組合の最高議
決機関によつてすでに同盟罷業の基本方針が決定され、組合員多数の支持を得て、
正当な組合委員会の手続きを終つて発出される同盟罷業を組合員に命令する指令
は、組合員がこれに服従するのが当然であつて、それは「組織の基礎となつている
団体の規律そのもの」だという。すなわち指令第三号が組合員に対し拘束力を有す
るのはこの「団体の規律」によるものであつて、その内容が組合員の感情に訴えて
これを興奮、高揚させるような激越なもの、すなわち、煽動に該当する文書による
ものではない。「もし組合員の自主性のない幹部独裁の組合であつて、その指令も
組合員多数の支持を得ておらず、少数をもつて多数を引き廻すというものであれ
ば、その指令の内容や告知方法にも刺戟的要素を多分に必要とし、これによつては
じめて拘束力を獲得するであろうが本件においては全くその必要がなかつたもので
ある」という。
 なるほど、組合員多数がすでに同盟罷業を決意している場合は、それが少数であ
つてなお多くの組合員をして、その反対を押し切つて同盟罷業に同調させる場合に
比較して、これを命ずる指令、その告知方法において、高度の刺戟的要素を必要と
しないことは言うまでもない。それは恰も、すでに供米拒否のムードが盛り上つた
農民に対し、すでに税金滞納の気運の醸成されている市民に対し、その実行を煽動
する場合にも類似して、最早激越な言動をもつてその感情をかき立てる必要がない
だけである。
 本件同盟罷業が組合大会という最高の議決機関によつて決定され、その決定の基
本方針に基いて本件指令第三号が組合組織の中において正規の手続きを踏んで発動
されたこと、各被告人が本部執行委員として、また支部最高責任者として、「指令
の確認、」その趣旨の徹底等指令に従つて全組合員を本件同盟罷業に動員させるた
めにとつた各行動等すべて、組合組織の中における「正規の行動」であることは否
定しない。所論は、組合員が指令に従い、被告人ら組合幹部の指示に服従するの
は、「団体の規律」によるものであつて、指令や被告人らの煽動に基くものではな
い、と主張する。しかし、「組織の中における正規、正当性」や「団体の規律、統
制」を、法律をもつて禁止された違法行為の実行に利用することは、極めて重大な
ことである。この場合指令や被告人ら幹部の指示は、全組合員に対し一種の至上命
令とさえなり得るのである。組織の規律、統制が堅固であればある程、強力、絶大
な力となるものである。さればこそ、本件においても指令第三号の内容および各被
告人らの言動のうちに特に各組合員の感情を興奮、高揚させるような激越な文言も
言辞も必要とせず、それは、組合員をして本件同盟罷業の実行を決意させ、または
さらにその決意を助長さす強力な刺戟となつているのである。本件H組合員のすべ
てが、学校の教職員という教育者であつて、一般の筋肉労働者に比較して、その言
動使いも紳士的であつて、繊細、敏感な感受性をもつ教養人であればなおさらであ
る。
 また、指令第三号の内容殊にその前文の文言について、「突如無暴にも一方的に
交渉を打ち切つた」とか、それは「未だ前例のない不誠意な態度というべきだ、」
というような字句が含まれている点について、検察官は、これは「相手方を厳しく
ひ謗し、組合員大衆に、相手方に対する敵意と怒りとをかき立てるような激烈な文
言」である、と指摘し、弁護人は、本件勤務評定反対のための組合側と都教委間の
交渉経過を縷述して、事実X教育長のやり方は無暴であり、都教委の態度は未だ前
例のない不誠意なものであることを指摘し、右指令第三号の前文は、この事実を事
実として掲げ、相手方の不当な態度に当然の抗議をするため、その事実を説明し評
価を加えたもので、その記載は指令として当然の表現である、と主張し、原判決も
また、本件指令第三号の内容には特に刺戟的なものは含まれない、としてこれを無
罪の理由としている。
 なるほど指令第三号の文言を仔細に吟味しても、それが特に組合員の感情を興
奮、高揚させるような激越な言辞を用いたものとは認められない。しかしながら、
それは事実を事実として記載し、組合として当然なすべき正当な抗議とその抗議を
理由づける正当な評価を掲げたものであるにしても、その「組合意識の下における
正当な抗議、」「正当な評価」こそ、ますます組合員の抗議意識を高揚し、その違
法行為実行の決意を助長せしめるものである。違法行為実行に対する自信を強め、
その意気を高揚させるものである。未だ同盟罷業の遂行に逡巡する者あるいはこれ
に批判的な組合員に対しても、その決断、再考を促す大なる刺戟力となるものであ
る。全組合員に対しその意思作用を動かす強力な刺戟を与えるものであることは明
らかである。
 右抗議の正当性、評価の正当性が、組合員の認識と合致するものであるというこ
とは、少しもその煽動性を阻却するものではない。指令第三号にM指令第十二号を
添付したことについても、ほぼ同一のことが言えるのである。勤評闘争が、Mの全
国統一行動として闘われてきたものであれば、M委員長の指令によつて本件指令第
三号が発出された形をとること、「組織関係の正しい」方式であろう。物にこれを
「不当に権威づけた、」と非難することも当らないかも知れない。その意図すると
ころは、組合組織として正規であり、当然の手続きに従うものであつても、これに
よつて、指令第三号の権威の高められることは否定し得ない。それによつて組合員
の意気を高め、感動を呼び、これを発奮せしめることは明瞭である。本件同盟罷業
という違法行為の実行についての意思決定に大きな刺戟を与えること云うを俟たな
いのである。
 弁護人は、集団犯罪における指導者の煽動的役割を指摘し労働組合における団体
行動は、このような集団犯とは類型的に全く無縁なものである、と主張し、全農林
事件の判決を引用するのである。すなわち、「争議行為は労働者の組織的団体によ
る統一的行動であるから、その団体の少数幹部のみの独断的意思によつて誘発され
たりするものでなく、団体の各職場における討議、決定を経る等、団体構成員の意
思を把握するに必要な手続きを践むのが通例であるし、また、幹部の構成員に対す
る説得、慫慂という行為も、畢竟構成員をして争議行為の目的と必要性を理解、納
得せしめ、その遂行について協力を求めるために行われるものである。そして、時
にはかえつて団体構成員ないし下部組織からの強い要求に基いて争議行為の指令を
発する事例も稀ではない。」これが労働組合の民主的運営といわれるものであつ
て、それは単なる理念ではなく、わが実定法上の制度としても定着されているもの
である、と主張するのである。
 勿論Hにおける組合運営が民主的になされていないと断定する資料も存在しな
い。また、本件同盟罷業が被告人ら少数幹部の独断的意思のみによつて誘発された
とするものでもない。一応組合員の意思を把握するに必要な手続を践んだことも、
また一部組合員ないし下部組織から、休暇戦術について強い要求があり、本件指令
第三号の発出を熱望していた組合員の存在したことも否定するものではない。した
がつて暴徒を結集して破壊行動を煽動した、いわゆる群衆犯における指導者と、本
件被告人らH幹部とを同一視することはできない。しかし、法律をもつて禁止され
た違法行為の遂行を「労働組合の民主的運営」に乗せることが、「実定法上の制度
として定着されているもの」と考えることはできない。この違法行為の実行を組合
の最高議決機関を中心とする組合組織の中で民主的に決定することによつて、本来
違法な行為が、適法な行為となるものではない。この違法行為の企画、立案、討
議、決定はそれ自体違法行為の共謀行為として処罰の対象となるものである。とこ
ろがそれが組織の中において組織の意思決定という形をとつて民主的になされるた
めに、法律が最も処罰の対象として重視する、これらの共謀行為を犯罪事実として
把握することが困難な場合さえありうるのである。そのことから直ちに、その組織
の中で決定された違法行為がその違法性を喪失するものではない。法律は違法行為
の共謀の外慫慂、煽動およびこれらの諸行為を企てる行為等違法行為を誘発、助長
する虞れのある一切の行為を処罰することによつて、これを禁遏せんとしているの
である。被告人らH幹部が本件同盟罷業実行について、その中核となつて行動した
所為のうち、本件指令第三号発出と、この指令に基いて三万の組合員を一斉休暇闘
争に動員するためにとつた行動は、各組合員に対し、す闘争に参加の決意をなさし
め、これを助長する上に強力な刺戟を与えたものとして、煽動罪をもつて問擬右べ
きことは当然である。指令第三号発出までの諸々の決定が、組合の「民主的運営」
によつてなされたということは、右犯罪の成否に消長をおよぼすものではない。
 被告人A、同Bの指令の配布、その趣旨の伝達の所為、被告人C、同E、同F、
同Gの支部最高責任者として、支部委員会、拡大闘争委員会、分闘長会議あるいは
支部集会等においてなした指令の伝達あるいはこれに伴う発言、被告人B、同Dの
本部役員として支部委員会あるいは特定小学校においてなした発言は、すべて指令
第三号をもつて、H傘下約三万名の組合員を、四月二一三日午前八時を期して、一
斉休暇闘争に動員するためにとつた行動である。このうち被告人BのJ1小学校お
よびJ13小学校における行動について、本件公訴訴因は、他の被告人およびH役
員との共謀の犯行として摘示していないけれども、法律構成としてこれを単独犯行
とみるか、共同犯行とみるかは別として、叙上各被告人らのすべての行動は、「指
令第三号による同盟罷業への動員」という一連不可分の所為であることを忘れては
ならない。原判決および弁護人らは、兎角本件各被告人の個々の場所における個々
の言動の一部分だけを切り離して、それが煽動行為に該当するかどうかを判断しよ
うとする傾きがあるのである。殊に被告人BのJ13小学校における発言を、それ
だけ引き離して、判断することは正鵠を失するのである。I1支部ではその立遅れ
を何とか取り戻して、少しでもその面目を保とうと考えて、態々本部から被告人B
の出馬を煩わしたが、その四月二十一日夜の拡大闘争委員会にさえ、不参加の分会
があつたので、このような脱落の色濃厚な分会に最後の説得を試みて、その脱落を
喰い止めるために、再び本部副委員長という地位にある被告人Bを煩わし、I1支
部役員では自信のないところを、同被告人の力で補つたものである。四月二十三日
の一斉休暇闘争を翌日に控えて、ギリギリのいわば最後の土壇場におけるこの被告
人Bの訪問は、それ自体訪問を受けた学校における組合員にとつて大きな刺戟とな
つたのである。被告人Bの人となりから考えても、同被告人が声を大にして語調を
強め組合員の感情をかき立てるようなアジ演説をしたと思われない。殊にJ13小
学校においては一斉休暇闘争を実施しなければならない理由を説明した程度で、特
に他の場合のように、明らさまに「一斉休暇闘争に参加せよ」とか、「して貰い度
い」という発言はしていないのであるが、被告人Bが同小学校を訪問した経緯から
考察して、同被告人の同校訪問その発言は、本件同盟罷業に組合員を動員するた
め、その決意を促す強い刺戟を与えたものと言える。
 被告人C、同E、同F、同Gの四月二十一日各支部緊急委員会等における指令の
伝達とこれに伴う発言は、前記「行動規制」に基く「指令確認」その趣旨励行を目
的としたものであり、被告人C、同Gの四月二十二日、各支部における全組合員よ
りなる支部集会における発言は、直接組合員に対し翌二十三日決行の一斉休暇闘争
への全員参加を呼びかけたものである。また、被告人Dの四月二十一日I2支部の
拡大闘争委員会における発言は、本部執行委員として支部長Cの発言を援護補足し
た程度のものであるが、これら各被告人らの行動はすべて本件公訴訴因において
も、H本部役員等と共謀関係にあるものとして摘示されており、指令第三号によつ
て組合員を本件同盟罷業に動員するための一連不可分の所為であることは明らかで
ある。その指令の配布、伝達以外の発言内容は、組合員全員が四月二十三日の一斉
休暇闘争に参加するよう慫慂し、本件休暇闘争が合法的であることを説明したもの
である。数十名の支部分会の役員を前にした発言と数百の組合員を前にした支部集
会における発言とは、その音声、語調、態度に自ら差異のあることは当然であろ
う。指令第三号と異つて、これら各被告人の発言は、組合員あるいは分会の中で、
兎角組合意識の低調な、本件同盟罷業の実行について批判的であり、これに逡巡、
去就に迷うもの、或はこれに反対するものも、一致団結して一人でも多く一斉休暇
闘争に参加するよう呼びかけたものであるから、勢い「足並揃えて」とか「結束を
乱さず一致して」とか、あるいは「団結して闘争を勝判にみちびく」とかいう言葉
が使われているが、それは、このような落伍者脱落者を一人でも少くするためには
当然用いられる言葉であつて、その言辞一つをとらえて激越だとか、組合員の感情
を高ぶらせたとは言えない。「行政措置要求だから合法的」だという説明も、指令
第三号を携えて、戦術委員会よりその足で、これを伝達すべき支部委員会に出席し
た、支部最高責任者として、当然なすべき説明であろう。これによつて分会役員の
感情が興奮するとも考えられない。しかし、本件一斉休暇闘争を二日後に控えた四
月二十一日夜の各支部における緊急委員会、拡大闘争委員会、分闘長会議は、はじ
めて、指令を支部分会の役員に手渡し、現実にこれを発動する重要な会合である。
また翌二十二日午後三時を期して開かれた全組合員よりなる支部集会は、一斉休暇
闘争を翌日に控え、全組合員に直接「明日への参加」を呼びかけるための大会であ
る。これらの分会、集会において、指令第三号を前にした支部最高責任者の発言、
指令に従つて闘争に参加すべきことの要請は、指令第三号と相俟つて組合員をして
迫る一斉休暇闘争への決意を助長し、あるいは未だ去就に迷う者、消極の立場にあ
る者に対して、その態度意思決定をきめる上に大なる影響力をもつ刺戟を与えるも
のと言わなければならない。
 二、 原判決は、地方公務員法第六一条第四号を憲法三一条の趣旨に違反しない
よう、その規定の合理性と適正性を考究して解訳すべきである、と前提して、右法
第六一条が争議行為を実行した者を処罰せずに、その煽動行為のみを特に独立して
処罰する合法的根拠は、争議行為の実行を煽動する所為が、争議行為の実行そのも
のより違法性が強いと認められる場合でなければならないとする。すなわち、同法
第三七条第一項前段に規定する争議行為は、一定の争議を目的として行われる集団
的行動であつて、その実質上の主体は職員の団体であり、個々の職員は、その争議
行為に参加するという地位に立つものである。したがつて職員が争議行為を企画立
案することも、争議行為について説得、激励することも、すべて職員の争議行為参
加の一態様にすぎない。争議行為の実行者を処罰しないで、その争議行為参加の一
態様にすぎない共謀、教唆、煽動を独立して処罰の対象とすることは、一般の刑罰
体系の通念にも反し、別に合理的な根拠が存在しない限り許されないことである。
この合理的根拠を見出すためには、地方公務員法第六一条第四号の゛争議行為の遂
行を煽動した者″を、(1)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員以外の第
三者であつて争議行為の遂行を煽動した者、(2)争議行為の主体となる団体の構
成員たる職員であつて、争議行為の共同意思に基かないで、争議行為の遂行を煽動
した者(3)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員であつて、争議行為に通
常随伴して行われる方法より違法性の強い方法をもつて、争議行為の遂行を煽動し
た者等、争議行為の実行者よりも一段と違法性が強い、と解される者に限つて、こ
れを処罰する趣旨と解すべきところ、本件指令第三号その他各被告人の言動は、い
ずれも、争議行為に通常随伴して行われる行為であつて、特に違法性の強い方法に
よつたものとは認められないから、前記法条の煽動行為に当らない、と判示するの
である。
 <要旨第二>しかしながら地方公務員法第六一条第四号が、争議行為の実行者を処
罰しないで、これを共謀し、そそのかし、煽動した者、またはこれらの
行為を企てた者を処罰するのは、争議行為の原動力となり、これを誘発、指導、助
成する、その共謀者、慫慂者、煽動者あるいはこれを企てた者だけを処罰すること
によつて、このような集団的組織的な違法行為を禁遏し得ると考えたからである。
違法行為が実行に移される前の段階において、その原動力となりこれを誘発、指
導、助成する行為を禁遏することによつて、未然に違法行為の実現を防遏し得る
し、争議行為が実行された場合においても、その原動力となり、これを誘発、指
導、助成した者を処罰すれば、その違法行為を実行した者、本件について言えば、
四月二十三日の一斉休暇闘争に参加した二万四千人の教職員の一人一人を処罰する
必要はないのである。
 原判決は、争議行為を企画、立案することも争議行為について指令、指示するこ
とも、争議行為について説得激励することも、職員が争議行為に参加する一態様に
過ぎないとして、指令第三号の発出や、被告人ら幹部の行動を一斉休暇闘争に参加
した二万数千人の組合員の行動と、これを同列において評価しようとしている。そ
して指令第三号も、指示激励も争議行為に通常随伴するものだ、というけれども、
これは弁護人さえ指摘するとおり、そんな従属的なものではない。争議行為の原動
力であり、その支柱である。闘争に参加した組合員一人一人を処罰しないで、その
原動力、支柱となつた被告人らを処罰する合理的根拠は十分に存在するのである。
 また、原判決は、団体の構成員以外の第三者による煽動は構成員の煽動より違法
性が強いというけれども、組織と無関係な第三者の行動は、むしろ、その影響力、
指導力に乏しいとさえ言える。団体の共同意思に基かない煽動についても同様であ
る。争議行為の主体たる団体を法律的に限定し、その構成員による煽動と構成員以
外の第三者による煽動とを区別すること、例えばH幹部による煽動とMあるいは総
評幹部による煽動とを区別することもそれ程の意味のないこと、また、弁護人も指
摘するとおりである。
 また、原判決の如く、団体の構成員による煽動は、争議行為に通常随伴する方法
より一段と違法性の強い方法によらなければ、煽動にならないと解するならば、団
体の構成員による争議行為の共謀、慫慂、あるいはこれを企てる行為も同様に解す
べき筋合となるが、争議行為の共謀、慫慂、また、これを企てる行為で、争議行為
に通常随伴する方法によるものと一段とそれより違法性の強いものと、なにを基準
にして判定すべきか、疑いなきを得ないのである。
 畢竟原判決が争議行為に参加する一般組合員と、これを指導して争議行為を誘
発、助成する原動力となる者との行動を全く同一視し、団体の構成員自らがその原
動力となる場合と、第三者が原動力となる場合とを区別し、その違法性に強弱があ
るとし、争議行為の原動力となるその煽動等の行為に、争議行為に通常随伴する方
法によるものと、一段と違法性の強いものとがあるかの如く前提して、本件被告人
らの各所為を煽動行為に該当しないとしたことはすべて誤りである。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 兼平慶之助 判事 関谷六郎 判事補 小林宣雄)

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