弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人浅野亨の上告理由について。
 民法三〇〇条は「留置権ノ行使ハ債権ノ消滅時効ノ進行ヲ妨ケス」と規定する。
その趣旨は、留置権によつて目的物を留置するだけでは、留置権の行使に止り、被
担保債権の行使ではないから、被担保債権の消滅時効の中断、停止の効力を生ずる
ものでないことを規定したものと解するのを相当とする。従つて、単に留置物を占
有するに止らず、留置権に基づいて被担保債権の債務者に対して目的物の引渡を拒
絶するに当り、被担保債権の存在を主張し、これが権利の主張をなす意思が明らか
である場合には、留置権行使と別個なものとしての被担保債権行使ありとして民法
一四七条一号の時効中断の事由があるものと認めても、前記三〇〇条に反するもの
とはなし得ない。
 そして、訴訟において留置権の抗弁を提出する場合には、留置権の発生、存続の
要件として被担保債権の存在を主張することが必要であり、裁判所は被担保債権の
存否につき審理判断をなし、これを肯定するときは、被担保債権の履行と引換に目
的物の引渡をなすべき旨を命ずるのであるから、かかる抗弁中には被担保債権の履
行さるべきものであることの権利主張の意思が表示されているものということがで
きる。従つて、被担保債権の債務者を相手方とする訴訟における留置権の抗弁は被
担保債権につき消滅時効の中断の効力があるものと解するのが相当である。固より
訴訟上の留置権の主張は反訴の提起ではなく、単なる抗弁に過ぎないのであり、訴
訟物である目的物の引渡請求権と留置権の原因である被担保債権とは全く別個な権
利なのであるから、目的物の引渡を求むる訴訟において、留置権の抗弁を提出し、
その理由として被担保債権の存在を主張したからといつて、積極的に被担保債権に
ついて訴の提起に準ずる効力があるものということはできない。従つて、原判決が
本件の留置権の主張に訴の提起に準ずる時効中断の事由があると判断したことは、
法令の解釈を誤つたものといわなければならない。
 しかし、訴訟上の留置権の抗弁は、これを撤回しない限り、当該訴訟の係属中継
続して目的物の引渡を拒否する効力を有するものであり、従つて、該訴訟が被担保
債権の債務者を相手方とするものである場合においては、右抗弁における被担保債
権についての権利主張も継続してなされているものといい得べく、時効中断の効力
も訴訟係属中存続するものと解すべきである。そして、当該訴訟の終結後六ケ月内
に他の強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解する。然
らば、本件留置権の主張は裁判上の請求としての時効中断の効力は有しないが、訴
訟係属中継続して時効中断の効力を有するものであるから、本件につき被担保債権
の時効は完成しないとして、留置権の存続を肯定した原判決の判断は、結局これを
正当として是認し得るものというべきである。
 上告人の上伸書と題する書面記載の上告理由について。
 所論は、原審の専権に属する事実認定、証拠の取捨判断に対する非難ないしは原
審の認定しない事実を前提として、原判決を攻撃するものであつて、採用できない。
 よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官山田作之助の
意見あるほか、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。
 裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。
 一、被上告人は、本件において、上告人の係争株券返還の請求に対する抗弁とし
て、該株券について上告人に対して金七万五千円也の立替金債権があることを原因
として、留置権を主張し、所謂留置権の抗弁を提出したのである。原審は、この留
置権の抗弁につき審理の結果、被上告人主張の金七万五千円也の立替金債権の存在
する事を確定し、その結果、主文において「被告(被上告人)は原告(上告人)よ
り金七万五千円の支払を受けるのと引換に原告に対し訴外D名義の訴外株式会社E
銀行旧株式七百九十四株及び同新株式七百九十四株を引渡せ」とした第一審判決主
文をそのまま維持しているのである。
 二、被上告人の本件留置権の主張は、訴訟物としての権利の主張でないことは勿
論ではあるが、少くとも、訴訟手続において、自己に請求権あることを主張し、右
について裁判所の審理判断を求めているものであることはいうまでもない(裁判所
は、この抗弁が提出されたるときは、その基本の権利の存否につき審理判断すべき
責を負担するのである)。しかも、訴訟における審理判断の過程は、訴訟物となり
たるの権利関係についての審理判断をなすと少しも異なるところがないのであるか
ら、かかる抗弁の提出は、訴の提起ありたるに準じて取扱われてしかるべきものと
考える。多数意見が、この点につき、単に催告の効力のみを認めていることには、
にわかに賛同することは出来ない。
 三、被上告人が、本訴において抗弁中主張した、上告人に対する金七万五千円也
の立替金債権については、裁判所が審理判断した結果、その存在を認め、判決主文
において、その金額を示しているのであるから、その債権関係を確定しているもの
といわなくてはならない。
 四、このように、裁判所の審理判断を経、判決主文でその債権関係が確定明示さ
れた債権についての、所謂時効中断の関係を考えてみると、それが訴訟物として争
われたる権利関係たると、抗弁として提出された権利関係であるとを問わず、裁判
所の審理判断を受け、判決主文において明示されているという点については変るこ
とがないのであるから、いずれも、民法一七四条ノ二に所謂「判決ニ依リテ確定シ
タル権利」に準ずるものとして取扱うのが相当であると考える。そうして、その権
利は同条の規定による判決確定後十年の時効により消滅するものと解すべきである。
多数意見が「判決確定後六ケ月以内に更に有効なる時効中断の手続をとるを要する」
としているのは、前示民法一七四ノ二の立法理由から考えてみても、また訴訟経済
の点からするも、たやすく賛同することが出来ない。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    斎   藤   朔   郎
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
 裁判官五鬼上堅磐は海外出張のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎

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