弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、東京司法事務局所属公証人
Aが昭和二十三年九月十七日作成した第十二万八千九百八十一号金銭消費貸借証書
に基く被控訴人に対する控訴人の債務は存在しないことを確認する、訴訟費用は第
一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却
するとの判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張は原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引
用する。
 証拠として、控訴代理人は、甲第一乃至第四号証第五号証の一、二、三第六号証
を提出し、原審証人B、同Cの各証言、原審並に当審における控訴本人訊問の結果
を援用し、乙号各証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は乙第一乃至第六号証を
提出し、原審証人Dの証言を援用し、甲第六号証の成立は不知、その余の甲号各証
の成立を認めると述べた。
         理    由
 被控訴人が昭和二十三年四月八日控訴人に対し金二十万円を利息年一割、返済期
日同年七月三十日と定めて貸与し、次いで同年九月十七日右貸金につき控訴人との
間に元金二十万円返済期日同月三十日返済期日までの利息年一割、返済期限後の損
害金金百円につき一日金五十銭と定める趣旨の前掲公正証書が作成されたことは当
事者間に争がたい。控訴人は右元金に対する返済期限後の損害金の約定は被控訴人
から抑圧を受け控訴人の真意に基かないでなした旨を主張するけれども控訴人の提
出援用に係る証拠によつてはこの事実を認めることができないから右主張は採用す
ることはできない。次に控訴人は右返済期日後の損害金に関する約定は利息制限法
第四条に違背し無効である旨を主張するけれども、同条は定限利息以外の利息の請
求を制限することを目的とする規定であつて返済期日の損害金にはその適用を見な
いものと認められるから右主張は理由がない。更に控訴人は右弁済期日後の損害金
については利息制限法第五条の規定によりこれを減少すべき旨を主張するを以て案
ずるに、被控訴人は右損害金に関する約定については商法施行法第百十七条により
利息制限法第五条の規定は適用されない旨を主張するけれども、前示の如く右消費
貸借契約は被控訴人と控訴人との間に成立したものであるところ被控訴人及び控訴
人のいずれをも商人と認めるに足る証拠なく、他に右消費貸借契約を商事と認むべ
き資料もないから上記損害金に関する約定については商法施行法第百十七条により
利息制限法第五条の規定の適用が除外される場合には当らないと解するのが相当で
ある。しかしながら控訴人がその債務不履行により被控訴人に支払うことを要する
右損害金の金額は現在の経済情勢に徴すれば必ずしも多額に過ぎるものとは認めら
れないから控訴人の右主張もまた採用することはできない。よつて控訴人の弁済の
主張につき案ずるに(一)控訴人が昭和二十三年八月二十五日被控訴人に宛て金額
十万円の約束手形を振出したことは当事者間に争がないけれども、控訴人が右手形
を前示消費貸借契約に基く債務の弁済に代えて振出したことについては何等の証拠
もない。
 仍て進んで判断するに、既存債務につき債務者が債権者に対し約束手形を振出交
付したる如く、手形上の唯一の義務者が同時に実体関係上の債務者である場合にお
いては、その手形の授受は担保の為めに為されたるものと認むべく、即ち債権者は
手形債権又は既存債権の何れをも任意に選択して行使し得るものである。而して本
件の場合控訴人は既存債務につき債権者たる被控訴人に対し約束手形を振出交付し
たもりであり、正に担保<要旨>のため手形の授受ありし場合である。しかしかくの
如き場合と雖も債権者が債務者より振出交付を受けた約束手形を他に裏書譲
渡し第三者の手中に存する場合に為いては、債務者に対しては先づ手形によつて支
払を求めることを要し、債権者は既存債権によつて支払を求め得ない。蓋し債権者
にして既存債権を自由に行使し債務者よりその支払を求め得るものとすれば、債務
者は他面手形所持人よりも手形金額の支払の請求を受け、結局二重払の危険に曝さ
れるからである。而して本件についてみるに、当審における控訴本人の供述によれ
ば、被控訴人は控訴人より振出交付を受けた前示約束手形をその満期日前に訴外E
に対し裏書譲渡し、控訴人は同人より約束手形金支払請求の訴を提起されて敗訴
し、該判決の確定したことを認め得る。従つてこの手形上の請求に先ち被控訴人は
控訴人に対し右手形金十万円に相当する金額については、公正証書による既存債権
を行使し得す、これに基いて強制執行を為し得ざることは明かである。(されば控
訴人においてこの点を理由として右手形金に相当する公正証書上の既存債権につき
請求異議の訴を提起するときは、その請求は理由あることとなる。)しかしながら
担保のため振出交付を受けた約束手形を受取人において満期日前に他に裏書譲渡し
たとしてもこれによつて既存債権は当然に消滅するものに非ずして、該手形金額が
支払われ若くは受取人が裏書人として償還請求を受くる虞なき場合においてのみ既
存債権は消滅するものである。然るに本件において前示約束手形金が支払われ又は
受取人たる被控訴人が償還請求を受くる虞なきことは控訴人において主張並に立証
せざるところであるから、控訴人の被控訴人に対する右約束手形の振出交付によつ
て控訴人は被控訴人に対する既存債務即ち前示消費貸借上の債務を免れたものと認
め得ない。
 次に(二)控訴人が昭和二十三年十一月五日被控訴人に対し金四万円を支払つた
ことは当事者間に争がなく、控訴人はこれを以て前示借受金の元本及び利息の一部
の弁済に充てた旨を主張し、原審証人B、及び原審並に当審において控訴本人はい
ずれもこれに符合する趣旨の供述をするけれども、右供述は直に信用を措き難く、
他にこの事実を認めるに足る証拠はない。むしろ成立に争のない甲第三号証、原審
証人Dの供述によれば右金四万円は元本二十万円に対する昭和二十三年四月八日以
降同年九月三十日まで年一割の割合による利息及び同年十月一日以降同月三十一日
までの損害金の支払に充てられたものと認められるから控訴人の右元金に対する昭
利二十三年十月三十一日までの利息損害金債務はこれにより消滅したものといわな
ければならない。また(三)被控訴人が控訴人の有体動産に対し差押をなし昭和二
十三年十二月十五日これを競売に付し、その売得金十万八干四百三十八円を得たこ
とは当事者間に争がない。而して本件においてこの弁済充当について当事者間に反
対の約定がなされたと認められる証拠はないから右売得金は先ず昭和二十三年十月
一日以降同年十二月十五日までの損害金四万五千円の弁済に充てられ、その残額六
万三千四百三十八円は元金の弁済に充てられ、これにより控訴人の被控訴人に対す
る前記債務は右の限度において消滅したと認めるのを相当とする。他に控訴人にお
いて右債務が消滅したことにつき何等の主張も立証もないから控訴人の本訴請求中
前示公正証書に基く債務が右の限度において消滅したことの確認を求める部分は理
由があるもその余の部分は理由がないものというべく、従てこれと同趣旨の原判決
は相当であつて本件控訴は理由がない。
 よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文のとおり判
決をする。
 (裁判長判事 松田二郎 判事 河合清六 判事 岡崎隆)

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