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裁判例


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主文
1被告らは,原告に対し,連帯して4195万6527円及びこれに対する平
成22年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,10分の1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告らは,原告に対し,連帯して4659万5884円及びこれに対する平
成22年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,原告が,札幌市豊平区所在の全天候型多目的施設である「札幌ドー
ム」(以下「本件ドーム」という。)の1塁側内野席において,平成22年8
月21日行われたプロ野球の試合(以下「本件試合」という。)を観戦中,打
者の打ったファウルボールが原告の顔面に直撃して右眼球破裂等の傷害を負っ
た事故(以下「本件事故」という。)について,被告らがファウルボールから
観客を保護する安全設備の設置等を怠ったことが原因であるなどと主張し,①
本件試合を主催し,本件ドームを占有していた被告株式会社北海道日本ハムフ
ァイターズ(以下「被告ファイターズ」という。)に対し,a工作物責任(民
法717条1項),b不法行為(民法709条),c債務不履行(野球観
戦契約上の安全配慮義務違反)に基づき,②指定管理者として本件ドームを占
有していた被告株式会社札幌ドーム(以下「被告ドーム」という。)に対し,
a工作物責任(民法717条1項),b不法行為(民法709条)に基づ
き,③本件ドームを所有していた被告札幌市(以下「被告市」という。)に対
し,a営造物責任(国家賠償法2条1項),b不法行為(民法709条)
に基づき,連帯して,本件事故による4659万5884円の損害の賠償及び
これに対する平成22年8月21日(本件事故の日)から支払済みまで民法所
定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に
認められる事実。なお,書証番号につき,特に注記しない限り,全ての枝番を
含む。)
(1)当事者等
ア原告は,昭和*年*月*日生まれ(本件事故当時31歳)の女性であり,
夫であるA並びにAとの間に長男(当時10歳),長女(当時7歳)及び
二男(当時4歳)の3人の子がいる。
イ被告ファイターズは,スポーツ及び各種イベントの興行,スポーツ施設
の経営・管理・賃貸業務等を目的とする株式会社であり,プロ野球パシフ
ィックリーグに所属する球団「北海道日本ハムファイターズ」(以下「本
件球団」という。)を運営し,本件ドームを本拠地として,プロ野球の試
合を主催して興行している。
ウ被告ドームは,全天候型多目的施設(ドーム式建築物)及び敷地の管理
運営等を目的とする株式会社であり,被告市が指定した指定管理者(地方
自治法244条の2第3項)として,本件ドームの管理,運営を行ってい
る。
エ被告市は,本件ドームの所有者であり,札幌ドーム条例(平成11年条
例第36号。以下「本件条例」という。)1条に基づき,内外の優れたス
ポーツ,展示会その他の催物の開催の場を提供すること等により,スポー
ツの普及振興及び市民文化の向上並びに地域経済の活性化に寄与するため,
本件ドームを設置し,地方自治法244条の2第3項及び本件条例3条1
項に基づき,被告ドームを指定管理者に指定して,本件ドームの管理,運
営をさせている(乙イ54,乙ハ8,9)。
オ被告市と被告ドームとは,札幌市公の施設に係る指定管理者の指定手続
に関する条例(平成15年条例第33号)8条に基づき,本件ドームの管
理運営業務に関し,「札幌ドーム管理運営業務協定書」による協定を締結
しており,同協定では,被告ドームは,「札幌ドーム管理運営業務仕様書」
(乙ハ12)に基づき,管理運営業務を行わなければならない(4条)な
どとされている(乙ハ10)。
カ前記オの業務仕様書では,本件ドームの管理運営に関し,以下のように
定めるなどしている(乙ハ12)。
(ア)本件ドームは,コンサドーレ札幌や本件球団をはじめとしたプロスポ
ーツや大規模スポーツイベントを観戦することができる施設であり,市民
道民が気軽にスポーツにふれ,関心を持つことで,スポーツをするきっか
けとなり,スポーツ実施率が向上することを期待されている施設である。
(イ)被告市及び被告ドームで構成する「札幌ドーム運営協議会」を設置し,
同協議会においては,管理運営業務の状況の報告,サービス水準の維持・
向上に向けた協議を行う。
(ウ)被告ドームは,事故が発生した時の報告書(軽微なものを除く)等を
提出する。
(エ)来場者を含めた施設利用者の快適性・安全性を確保するため,施設・
設備等を良好かつ安全に維持管理する。
(オ)各業務の実施にあたっては,利用者等の安全確保を第一に優先すると
ともに,サービス水準の維持・向上について十分に配慮する。
(カ)事故の発生に備え,施設管理者として必要な保険に加入する。
キ被告ファイターズは,本件ドームの利用について,本件条例及び本件条
例施行規則を守るとともに,被告ドームの指示に従うものとして,被告ドー
ムから本件ドームの利用の承認を受けていた(乙イ58)。
(2)本件事故前後の状況
ア原告は,平成22年8月21日,被告ファイターズが主催する本件試合
(本件球団対埼玉西武ライオンズ)を観戦するため,A,長男,長女及二
男とともに,本件ドームを訪れていた。
原告は,本件試合の観戦チケットを購入し,1塁側内野席18通路10
列30番の座席(以下「本件座席」という。)で観戦していた。
イ同日午後3時53分頃,本件試合の3回裏の本件球団の攻撃中,打者の
打ったファウルボール(以下「本件打球」という。)が1塁側内野席に飛
来し,本件座席に着席していた原告の顔面に衝突した(本件事故)。
原告は,担架で本件ドーム内の医務室に運ばれた後,救急車でB病院に
搬送された。
ウ原告は,本件事故により,右顔面骨骨折及び右眼球破裂の傷害を負った
(甲5,6)。
3主たる争点
(1)本件事故の態様(本件打球の軌道及び原告の挙動)(争点1)
(2)本件ドームについて「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)ないし
「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があるか(争点2)
(3)被告らに本件ドームの管理,運営において注意義務を怠った過失があるか
(争点3)
(4)被告ファイターズに野球観戦契約上の安全配慮義務違反があるか(争点4)
(5)損害の発生及びその額(争点5)
(6)被告ファイターズにつき,免責条項の適用があるか(争点6)
第3争点に関する当事者の主張等
1争点1(本件事故の態様(本件打球の軌道及び原告の挙動))について
(1)原告
ア本件打球は,いわゆるライナー性の打球であり,スライス軌道を描きな
がら原告の顔面に直撃した。本件打球の解析結果(甲13)によれば,打
者が放ってから本件座席に到達するまでの時間は1.724秒,到達時の
速度は時速130.36キロメートル,本件ドームの1塁側フェンスの上
を通過した際の本件打球の高さは5.75メートルであり,実際にはこれ
らの前後の数値であった。なお,Aが作成した資料(甲34)では,本件
打球がフェンスの上を通過したときの高さは5.40メートルとなってい
るが,上記解析結果と僅かな差にとどまり,上記解析結果の信用性を裏付
けるものである。
イ原告は,打者が本件打球を打った場面を見ていたと記憶しており,隣の
子供に目をやろうとした次の瞬間,本件打球が顔のすぐ近くに来ていたも
のである。
(2)被告ら
ア原告は,本件打球を見ていなかった。
原告も,本人尋問でこれを認めているし,本件訴訟の提起前,被告ファ
イターズ代理人に対し,打者が本件打球を打った瞬間や本件打球自体を見
ていなかったことを認めていたし,尐なくとも見ていたか否か極めて曖昧
であった。
イ原告が主張の前提とする解析結果(甲13)については,算出方法の正
確性に疑問がある。
(3)被告ファイターズ
本件打球の飛行時間は2.0666秒ないし2.1333秒であり,原告
が主張する時間より長く,打球の速さも実際とは異なっている。また,本件
打球は,進行協議期日でピッチングマシーンやトスバッティングにより再現
を試みたボールとは軌道や飛行時間が異なり,ある程度放物線を描いており,
スライスはそれほどかかっていなかった。
2争点2(本件ドームについて「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)
ないし「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があるか)について
(1)原告
本件ドームは,土地の工作物で,公の営造物であり,本件事故当時,観客
に対する安全設備を欠いており,通常有すべき安全性を備えていなかったか
ら,土地の工作物の「設置又は保存の瑕疵」ないし公の営造物の「設置又は
管理の瑕疵」があった。
ア土地の工作物が備えているべき安全性は,当該工作物について通常予想
される危険の発生を防止するに足りるものでなければならないところ,プ
ロ野球の試合においては,方向や軌道を予測し難い高速の打球がスタンド
に飛来し得るのであり,ボールの材質は硬く,観客に激突すると生命・身
体に重大な危険を及ぼす事故となり得ることは容易に予測できる。本件ド
ームでは,本件事故以前から,年間約100件の飛球による事故が発生し
ており,重大な事故も多数発生していたから,被告らは上記の危険を認識
していた。したがって,プロ野球の試合を開催する球場においては,スタ
ンドの観客に打球が衝突することによる事故の発生を防止するに足りる程
度の安全設備が備えられていなければならない。
被告らは,プロ野球の試合を観戦する観客は,打球の衝突を回避するた
めに相応の注意を払う必要があると主張するが,本件ドームを訪れる観客
には,老若男女を含む様々な属性の観客がおり,観戦の目的や観戦時に置
かれている状況も個々の観客に応じて異なり得るし,原告のように野球に
ついての知識がほとんどない観客,子供の世話をしながら観戦する観客,
高齢者,年尐者(幼児)など,打球を注視した上で危険性を察知し,適切
な回避行動をとることを期待し難い観客も多数含まれている。
また,本件ドームでの観戦状況からすれば,観客の誰もが常時試合に集
中し続けるということは想定し難く,聴覚や視覚によって打球による危険
を認識するには限界があり,打球の軌道予測を的確に行うことも困難であ
る。なお,反応の可否と回避行動の可否とは全く別個の問題であり,迫り
くる打球に対して反射的に何らかの反応を示すことができたとしても,そ
の打球を回避できたことを示すわけではない。
さらに,本件ドームの内野席前方は前の席の客が視線の障害となること
や,打球が照明と重なることなどにより,観客の回避行動には限界があり,
最低限期待される程度の注意を尽くしたとしても,回避し得ない打球がス
タンドに飛来することはあり得るのであって,本件ドームにおいては,十
分な回避能力を有しない者や打球を注視し得ない状況にある者も存在し,
どんなに注意を尽くしても回避し得ない打球が存在することを前提として,
そのような打球による衝突事故を回避し得るだけの安全設備を設けること
が求められているというべきである。
他方,被告らは,観戦における臨場感を確保する要請を強調するが,臨
場感の内容は曖昧かつ抽象的であって,そのような要請があるとしても,
一部の観客の間での限定的なものでしかなく,子供の付添い等で観戦に訪
れる観客にとって,臨場感の確保は必ずしも安全性の確保に優越する本質
的要素とはならず,被告らは,安全性の確保を優先する観客がどの程度存
在するのか調査・確認しないまま短絡的に防球ネットを一切設置しないと
の判断に踏み切ったものである。また,防球ネットによる視線障害は軽微
で,臨場感に対する影響はほとんどなく,グラウンド上の座席での観戦を
希望する観客が,より選手に近い場所・環境での観戦を求めているとして
も,全く環境が異なる内野スタンド席の観客が,同様の希望を持っている
とは限らない。
イ前記1(1)アのとおり飛来した本件打球は,観客に期待し得る反応速
度よりも早く本件座席に到達したものであるから,観客の注意をもって回
避することはおよそ不可能なものであった。
したがって,本件ドームにおいては,尐なくとも本件打球を回避し得る
だけの,観客を危険な打球から物理的に遮断するような安全設備が設置さ
れるべきであった。
被告らは,原告が本件打球を見てさえいれば衝突を回避できたと主張す
るが,原告が本件打球の打撃のシーン等を見ていたかどうかという主観的
な要素は,瑕疵があったか否かを判断する際には考慮されない。
ウ被告ファイターズが実施していた,ファウルボールが観客に衝突するこ
とを回避するための安全対策(①試合観戦約款による警告,②観戦チケッ
ト裏面の記載による警告,③大型ビジョンの映像による注意喚起,④場内
アナウンスによる注意喚起,⑤警笛による警告)について,①ないし④の
措置は一般的・抽象的にファウルボールの危険性を告知するだけのもので
ある。③及び④の措置は,観客の注意を引き立てない形式的なものにとど
まっていたもので,④の措置は,ファウルボールがスタンドに飛来するた
びに必ず流されていたわけではない。また,⑤の措置も,警笛音を聞いた
後で,打球の行方を捜し発見してから回避行動をとる過程をたどるため,
高速で飛来するライナー性の打球に対する有効な安全対策とはいい難く,
鳴り物入りの応援がされていることから,ファウルボール直後のアナウン
スや警笛を聞き逃すこともあり得る。したがって,これらの注意喚起行為
は,観客に対して十分に野球観戦の危険性を絶えず心掛けさせる効果のあ
るものではなかった。
エ被告らは,「屋外体育施設の建設指針」を引用したり,5.75メート
ル以上の高さとなる防球ネット等の安全設備を設置している野球場は存在
しないなどと主張するが,瑕疵の有無はそれぞれの球場ごとに個別具体的
に判断すべきであって,「屋外体育施設の建設指針」は,個別具体的事情
を無視し,アマチュア野球を開催する球場や単なるレクリエーションを目
的とする施設をも想定して一応の参考程度の指針を示したものにすぎず,
プロ野球の試合を開催する球場にまで当然に当てはまるものではない。
したがって,他のドーム球場には設置されている防球ネットを本件ドー
ムに一切設置しないという判断は合理性を欠く。そして,本件ドームと他
のドーム球場との構造の違いを考察すると,本件ドームにおいて他の球場
と同程度の安全性を確保するためには,尐なくとも本件打球を防げる高さ
となる防球ネットを設置する必要があったもので,過去に本件ドームに設
置されていた,フェンスと合わせて高さ5メートルとなる防球ネットを設
置するだけでは足りないものである。
(2)被告ら
原告の主張は争う。
ア本件ドームは,プロ野球の試合がそのシーズンを通じて恒常的に行われ
ることが予定された球場施設であり,そのような施設の一般的性質に照ら
して瑕疵があるか否かを判断すべきであって,そのような場所として観客
がどの程度の安全設備を備えることを求めているか,どのようなプロ野球
の球場が社会的に受容されているかということも当然考慮に入れて判断さ
れるべきである。
プロ野球の球場における観戦には,本質的に一定の危険性が内在してい
るところ,プロ野球は広く普及しており,ファウルボールが観客席に入る
危険性があることは通常の判断能力のある者であれば容易に認識し得るこ
とであるから,観客はこれを受容し,その上であえて球場内での観戦を希
望して来場しているといえる。したがって,観客側にもこのような危険性
を回避するために相応の注意をすることが求められているというべきであ
る。野球は,試合中に打球を1個しか使用しないから,観客は,ピッチャ
ーが投球動作に入り,バッターが打った打球の行方を見てさえいれば,観
客席に打球が飛来したとしても回避できるのが通常であって,試合中に打
球の行方を見ていることは野球観戦上の基本的事項というべきもので,観
客が払うべき相応の注意の中心となるものであり,野球を観戦する者の一
般的な常識であるとともに責務である。
また,球場にまで足を運んで野球を観戦するのは,テレビ等のメディア
を通じてでは味わえない臨場感や迫力を求めてである部分が大きく,視線
を遮られることなく臨場感を味わいたいという希望で訪れる観客は多い。
しかも,近時はグラウンド上に観客席が設置された球場が複数あり,好評
を博しているし,内野席フェンス上の防球ネットによる視線障害につき苦
情等否定的な反応が相当程度あり,各球場とも視認性あるいは臨場感を重
視した措置をとっており,打球事故はある程度自己責任という意見が多い。
プロ野球の観客の中には,ファウルボールが観客席に飛来する危険性があ
ることを踏まえた上で,フェンスやネット等による視線障害を受けるより
臨場感のある観戦を望む観客が多く存在しているといえ,このことは,野
球観戦において視認性あるいは臨場感を確保する要請が本質的な要素であ
ることを示しており,これが社会的にも受け入れられているといえる。必
要以上に過剰な安全施設を設けることは,プロ野球の観戦の魅力を減殺さ
せ,ひいてはプロ野球の発展を阻害する要因ともなりかねない。
そうすると,プロ野球の球場の瑕疵について判断するには,プロ野球の
観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請のみならず,観客側にも
求められる注意の程度,プロ野球の観戦にとって本質的要素である臨場感
を確保するという諸要素も考慮に入れられるべきであって,本件ドームに
設置された安全設備について,その構造,内容や安全対策を含めた設備の
用法等に相応の合理性が認められる場合には,その通常の用法の範囲内で
観客に対して危険な結果が生じたとしても,それは不可抗力又は不可抗力
に準じるものというべきであり,プロ野球の球場としての通常備えている
べき安全性を欠くことによるものというべきではない。
イプロ野球の球場の内野席防護柵の高さについて法令等に具体的な定めが
ないことは,その安全性を形式的に高さだけでは評価できないことを示し
ているといえる。また,本件ドームの最も低い内野席前のラバーフェンス
の高さ(2.9メートル)は,他の球場と比較して特に低いわけではない
し,「屋外体育施設の建設指針」が定める基準(野球場の防球柵の高さを
3メートル程度とすること)をほぼ満たしており,野球場の安全設備とし
て合理性がある。
原告は,グラウンド面からの高さがフェンスと合わせて5.75メート
ル以上となる防球ネットが1塁側内野席全部に必要であったと主張するが,
これは,打撃を見ずファウルボールが飛来した際に防御体勢をとることも
ないような来場者を基準に,ファウルボールが飛来する可能性のある場所
である内野席全体にすべからく打球を物理的に遮断する設備を設置しなけ
ればならないとするものであり,相当ではないし,他のプロ野球の球場や
全国の硬式野球場で,このような規格を満たす球場は一つもなく,原告が
主張する高さは,安全設備として合理的なものとはいえない。
また,本件ドームの1塁側内野席前のラバーフェンスの長さ,ホームベ
ースから1塁側ファウルボールポールまでの距離,内野席前方のファウル
ゾーンの広さについてみても,他のプロ野球の球場と比較して長いか広く,
観客に対する安全上優位といえ,この点でも安全設備として合理性がある。
さらに,本件座席付近の座席間の前後の間隔は,プロ野球の球場におい
て利用される通常の規格の範囲内のものであり,特別に狭いということは
なく,ファウルボールが飛来した際に回避したり防御姿勢をとったりする
のに十分なスペースを有するものであり,本件座席は右側が通路であった
から回避行動をとるのに支障はなく,照明装置や座席の構造が視線障害と
なっていたということもない。
ウ本件事故当時,本件ドームにおいては,以上の安全設備を補完する安全
諸施策が実施されていた。
①試合観戦契約約款により,あらかじめ観客に対してファウルボールが
飛来する危険性と損害が発生する可能性について警告がしてあり,来場
者はいつでも同約款を見ることができる状態にあった。
②試合観戦チケットの裏面には,ファウルボールが飛来することの警告
が記載されていた。
③本件事故当日には,本件ドーム内の大型ビジョンにおいて,ファウル
ボールへの注意喚起を促す静止画が複数回示され,ファウルボールが観
客席に入りそうなときには可能な限り動画も表示されていた。
④午後1時15分頃や1回表終了後の攻守交代時には,ライナー性の鋭
い打球が飛んでくることがあるので打球の行方には十分注意するよう,
また,ファウルボールが観客席に入るか入りそうなときにも打球の行方
やファウルボールに十分注意するようアナウンスされており,本件事故
前には注意喚起を促す場内アナウンスが流されていた。
⑤観客席に入りそうなファウルボールが打たれると即時に警笛を鳴らす
係員が1塁側内野席に22名配置されており,その都度警笛が鳴らされ
ており,配置されている人数は他の球場と比べて多い方であった。
⑥原告が本件試合を訪れる契機となった案内状には事故のないよう配慮
すべき旨の注意が記載されていた(なお,原告は,内野自由席のうちか
ら座席を自由に選択でき,ファウルボールが飛来する危険性がほとんど
ない座席に座ることもできたが,前方にある本件座席を選んで観戦し
た。)。
本件ドームでは,このような施策が実施されていたから,原告を含む観
客は,試合前及び試合中を通じて,視覚及び聴覚により観客席に飛来する
打球の危険性を認識することができたもので,本件ドームの内野席ラバー
フェンスの構造や内容には,これらの施策と相まって,観客の安全性を確
保するために相応の合理性があり,不備があったとは認められず,瑕疵は
なかったというべきである。
エ本件事故は,原告が野球観戦上の基本的事項を遵守せず試合を見ていな
かったため,本件打球を回避できず,かがんだり頭を手で覆ったりするな
どの何らかの防御活動を全くしなかったことが原因で生じたものであり,
原告に責任がある。
原告は,本件打球を回避することはおよそ不可能であったと主張するが,
自動車事故工学上の知覚・反応時間に関するデータのほか,フェンス際で
本件打球を捕球しようとしている観客がいることや原告の周囲の観客がさ
ざめくように本件打球に反応していること,進行協議期日において,本件
打球の再現を試みてピッチングマシーンで射出したボールに対し,本件座
席に着席していた女性裁判官が反応して回避する行動をとっていることか
らすれば,原告が,本件打球の打撃の瞬間やその行方を見ていれば,本件
打球の衝突を回避する時間的余裕があったことは明らかである。
また,原告は,ファウルボールが客席に飛んでくる危険について具体的
な認識を全く持っていなかったと述べるが,本件試合では,本件事故まで
の間に内野席にスタンドインするファウルボールが複数回あるなど,観客
が観客席にファウルボールが飛んでくるおそれがあることを認識し得たこ
とは明らかである。しかも,原告は,本件事故の前に,ファウルボールが
自分の上方を通過して1塁側内野席後方へ飛んでいき壁又は床に当たると
ころを見たと供述しているから,原告が観客席にファウルボールが飛来す
る危険性を認識しなかったことはあり得ない。
オ原告は,本件ドームで多数の打球事故が発生しており安全とは到底認め
られないと主張するが,事故件数には軽度な打球衝突事故を多く含むし,
そのほとんど全てはファウルボールの取り損ねや打球をよく見ていない観
客の不注意によるものであって,本件訴訟以外に打球事故を巡り争いにな
った事例はなく,単純に医務室記録による事故件数から本件ドームが安全
設備の有効性を欠いていたということはできない。
カ従前設置されていた防球ネットは,グラウンド面からの高さが約5メー
トルまでのものであり,これが設置されていても本件事故を防ぐことはで
きなかったから,平成18年に防球ネットが撤去されたことは,被告らの
責任を基礎付ける事実には当たらない。また,座席の配置についても,原
告は,本件座席の前の座席に着席する観客によって本件打球の認識を妨げ
られたり,座席の前後の間隔が狭いため本件打球の衝突を回避する行動を
阻害されたりしたものではなく,本件事故による原告の受傷との間に因果
関係はなく,被告らの責任原因を構成しない。
(3)被告ファイターズ及び被告ドーム
前記(2)のとおり,被告ファイターズ及び被告ドームは,損害発生の防
止のため必要な注意をしたから,工作物責任を免れる(民法717条1項た
だし書)。
(4)被告ファイターズ
ア原告は,瑕疵の有無を判断するに当たり,当該工作物について通常予想
される危険の発生を防止するに足りるものでなければならないと主張する
が,これは,被告らは,試合を見ていない観客の存在も予見できるのであ
るから一般的に打球を見ていない観客に打球がぶつからないようにすべき
であるという主張のために注意義務の範囲を拡張する基準であり,相当で
ない。
イグラウンド面から5.75メートルの高さの防球ネットでは本件事故を
防止することができなかった可能性があり,原告も,仮に本件打球が解析
結果(甲13)より高い地点を通過していたとすれば,その通過地点まで
の高さを有する防球ネットが必要であったと主張するが,それでは客観的
に表すべき瑕疵の内容が不明であり,その存在を主張立証したことにはな
らず,被告らの責任の範囲が極めて曖昧不明であり,被告らの地位を極め
て不安定にし不合理である。
(5)被告市
公の営造物について,指定管理者が置かれている場合,管理自体は当該指
定管理者に委任され,地方公共団体の長の監督は間接的なものにとどまるか
ら,地方公共団体が当該施設の運営を事実上管理していると評価される場合
でなければ,地方公共団体は,国家賠償法2条1項の公の営造物の管理の瑕
疵による責任を負わない。
被告市は,従前設置されていた防球ネットの撤去に関与しておらず,また,
ファウルボールによる事故に関する認識はなかったものであり,本件ドーム
の管理は指定管理者である被告ドームに委任されており,ファウルボールに
よる事故は興行主である被告ファイターズが被告ドームの協力を得て防止す
べきものであって,被告市はその運営面について事実上管理するものとはい
えない。
仮に被告市が事実上管理するものと評価し得るとしても,前記(2)のと
おり,本件ドームの運営における安全管理は適切にされていたから,被告市
に公の営造物の管理の瑕疵に基づく損害賠償義務はない。
3争点3(被告らに本件ドームの管理,運営において注意義務を怠った過失が
あるか)について
(1)原告
前記2(1)のとおり,プロ野球の試合において,軌道を予測し得ない高
速のファウルボールが観客席に飛来し観客に衝突し得ることは,長年にわた
ってプロ野球の試合を主催し続けてきた被告ファイターズにとっては周知の
事実であり,毎年多数のプロ野球の試合を開催するために本件ドームを提供
している被告ドーム及び被告市にとっても,ファウルボールの危険は周知の
事実であって,被告らは,ファウルボールが観客に衝突することによる負傷
事故が発生し得ることは当然に予見可能であった。そして,被告らは,互い
に共同してファウルボールの衝突による事故発生を回避すべく,必要な安全
対策を行うべき注意義務を負っていた(被告市は,指定管理者である被告ド
ームによる施設管理の状況を監督し,安全対策が不十分である場合には,そ
れを是正するべく必要な指示を行うことができたものである。)。本件打球
は,前記2(1)イのとおり,観客が注意を尽くしても回避し得ないか回避
が極めて困難なものであって,その衝突による事故を回避するため,被告ら
には尐なくとも高さ5.75メートル以上の防球ネットを設置するなどの十
分な安全設備を設置するべき注意義務があったが,これを怠ったものであり,
本件事故当時とられていた安全対策は十分なものではなく,被告らが注意義
務を果たしていたとはいえない。
(2)被告ら
前記2(2)のとおり,プロ野球の球場における観客に対する回避義務は,
プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えた安全設備の設置と
そのような設備を前提とした安全対策としての諸施策とによって観客の安全
に相応の注意を払うことを内容とする義務というべきである。
本件ドームに設置された安全設備と被告ファイターズが行っていた安全対
策としての諸施策等からすれば,本件ドームでは観客の安全確保が適切に行
われていたから,被告ファイターズ及び被告ドームに観客の安全確保に関す
る不法行為上の注意義務違反はなく,また,被告市に安全対策を十分なもの
に是正させるべき措置を怠った監督義務違反はない。
(3)被告市
本件ドームの管理は指定管理者である被告ドームが行っており,施設管理
運営上必要があるときにその利用について条件を付する必要があるか否かは
被告ドームが判断すべき事項であって,被告市には,被告ドームに対し,被
告ファイターズが本件ドームを使用するに際して十分な安全設備を備えると
の条件を付するようにさせるべき義務はない。
4争点4(被告ファイターズに野球観戦契約上の安全配慮義務違反があるか)
について
(1)原告
本件試合の主催者である被告ファイターズは,個々の観客との間で野球観
戦に係る契約を締結しているところ,前記2(1)のとおり,プロ野球の試
合においては,軌道を予測し難い高速のファウルボールが観客席に飛来し観
客に衝突することで重大な死傷事故が発生するおそれがあるから,上記契約
上の付随的義務として,上記のような事故の発生を回避するための安全設備
を設けるべき安全配慮義務を負っており,その内容として,観客が期待され
る限りの注意を尽くしても回避し得ない打球が発生し得ることを予見し,そ
れを回避し得るだけの安全設備を設置する義務を負っていたというべきであ
る。そして,前記2(1)及び3(1)のとおり,被告ファイターズが安全
配慮義務を果たしていたとはいえない。
(2)被告ファイターズ
前記2(2)及び3(2)のとおり,被告ファイターズに観戦契約上の安
全配慮義務違反はない。
5争点5(損害の発生及びその額)について
(1)原告
原告は,本件事故により,右顔面骨骨折及び右眼球破裂の傷害を負って,
平成22年8月21日から同年9月11日まで入院加療し(入院日数22日
間),同月14日から平成23年7月19日まで通院加療した(通院期間3
09日,実通院日数17日)。この間,平成22年8月21日に下眼瞼挫創
に対し縫合術,右眼球に対し角膜強膜縫合術が,同月31日には上顎骨折観
血的手術がされ,平成23年8月21日に症状が固定し,右目の視力及び手
動弁が矯正不能となった。これは,後遺障害別等級8級1号に該当する。
原告に生じた損害は次のとおりである。
ア治療関係費32万0544円
①治療費23万2774円
②薬代1万2850円
③入院雑費3万3000円
(1500円×22日間)
④交通費1万3600円
(地下鉄・バス料金400円×2×17日間)
⑤文書料2万8320円
イ休業損害214万7030円
(賃金センサス(平成22年,女子,学歴計,30~34歳)による年
収354万6000円÷365日×休業期間221日間)
ウ後遺障害による逸失利益2612万8310円
(354万6000円×労働能力喪失率45%×67歳までの35年間
に対応するライプニッツ係数16.3742)
エ慰謝料1300万円
①入通院慰謝料300万円
②後遺症慰謝料1000万円
オ弁護士費用500万円
カ合計4659万5884円
(2)被告ら
原告の主張は,不知ないし否認し,争う。
6争点6(被告ファイターズにつき,免責条項の適用があるか)について
(1)被告ファイターズ
原告と被告ファイターズとの間には,試合観戦契約約款(乙イ2。以下
「本件契約約款」という。)により,主催者及び球場管理者は,観客が被っ
たファウルボールに起因する損害の賠償について責任を負わない旨の合意
(13条1項)等が成立していたから,被告ファイターズは,本件事故につ
いて責任を負わない。
(2)原告
被告ファイターズの主張は争う。
第4当裁判所の判断
1争点1(本件事故の態様(本件打球の軌道及び原告の挙動))について
(1)原告が本件試合の観戦に訪れた経緯や本件事故の状況について,掲記の証
拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア被告ファイターズは,本件ドームで行われる本件球団のプロ野球の試合
に小学生を招待する企画を実施しており,原告の長男及び長女が通う小学
校においても,その保護者に対し,同企画を案内する文書(甲1)が配布
された。原告は,長男及び長女が観戦を希望したため,Aとともに3人の
子を連れて内野自由席で観戦することにした。上記文書には,保護者の責
任で事故のないよう十分配慮するようお願いする旨記載されており,原告
もこの記載を読んだ上で観戦を申し込んだ。(甲1,37,原告本人)
イ平成22年8月21日(本件事故当日),Aは,原告に先立ち,長男及
び長女とともに,本件ドームを訪れ,招待された長男及び長女の観戦チケ
ットを交換するとともに,原告,A及び二男の観戦チケットを購入した上,
本件ドームに入場し,1塁側内野席の中の18通路10列26番から30
番までの座席を確保した。
原告は,同日午後3時頃,二男とともに本件ドームを訪れ,Aから入
場ゲート越しに観戦チケットを受け取り,本件ドームに入場した。
原告は,Aが確保していた座席へ行った。原告,長女及び次男は,通
路側の3つの座席をグラウンドが見えにくいという理由で何回か入れ替わ
ったが,本件事故の時点では,原告が通路に面した1塁側内野席18通路
10列30番の座席(本件座席)に座り,その左隣に二男が座り,さらに
その左隣に長女が座っており,A及び長男は離席していた。(甲2,3,
原告本人)
ウ本件事故当日の午後3時53分頃,本件球団が攻撃側となる本件試合の
3回裏,投手が投じた初球に対して打者がバットで打ったところ,1塁側
内野席方向にファウルボール(本件打球)が飛んだ。
本件打球は,若干の弧を描きつつも低い弾道で,かつボールの回転によ
る横方向への動きも僅かに含みながら飛来した。打者が本件打球を放って
から本件打球が本件座席に到達して原告の顔面に衝突するまでの時間は,
約2秒であり,本件打球がグラウンドと1塁側内野席との境に設置されて
いたラバーフェンス上を通過するときのグラウンド面からの高さは,5.
5ないし6メートル程度であった。(甲13,36,乙イ15,16,2
1,36,40)
エ原告は,打者が本件打球を打った後,本件打球の行方を見ておらず,隣
の席の二男の様子をうかがおうと僅かに下に顔を向け,視線を上げたとき
には打球がすぐ目の前にきており,本件打球が原告の右顔面に衝突した(本
件事故)。(甲37,原告本人[調書10,11,25,26,37,3
8頁])
(2)なお,本件打球が飛来した状況(前記(1)ウ)について,被告らは,原
告が提出した解析結果(甲13)等の信用性に疑問がある旨主張する。
そして,本件打球の画像に防球ネットを設置していた頃の画像を重ねた写
真(乙イ21)によると,本件打球は,グラウンド面からの高さが約5メー
トルの防球ネットの上をある程度超えていたものと考えられる。しかし,ど
の程度超えていたのかは明らかでない。
原告が提出した解析結果である「ファールボール激突事故における打球軌
道シミュレーション」(甲13)をみると,その作成者であるCは,機械工
学を専門とする大学院教授であり,その有する専門技術的な知見に基づき,
本件試合の映像,本件ドームの設計図書,本件座席と打席との位置関係を示
した図面(甲12)を基礎資料として,計算及びシミュレーションを行い,
本件打球が1塁側内野席前のフェンスの真上を通過した際の高さを5.75
メートル,打撃から原告に衝突したときまでの時間を1.724秒,そのと
きの水平速度を時速130.36キロメートルと算出しており,その計算過
程等に明らかな誤りは認められず,基本的に信用できるものである。
もっとも,上記解析は,本件打球へのスピンによる影響を考慮することは
容易ではないとした上でスピンによる横方向への力の作用(加速度)を仮定
して計算していること(甲13[2,5頁]),本件打球の打ち上げ角度を
14.3度と設定している点(同4頁)はAが作成した甲12号証に基づく
ものと考えられるが,これ自体必ずしも厳密なものとは認められないこと,
C自身も触れるとおり考慮していない諸条件の影響を受け得ることなどから
すると,上記解析結果は,誤差を含んだものである。なお,Aが作成した甲
36号証については,静止画像をつなぎ合わせたパノラマ画像をよりどころ
に本件打球がフェンスの真上を通過したときの高さを5.40メートルと算
出しているところ,静止画像自体にぶれがある点や映像を平面に投影して計
算していることが認められ,誤差が生じている可能性が相当程度あるものと
考えられ,その正確性には疑問があるが,上記解析結果と矛盾しないもので
ある。
そうすると,本件打球がグラウンドと1塁側内野席との境に設置されてい
たラバーフェンス上を通過するときのグラウンド面からの高さは,前記認定
のとおり,5.5ないし6メートル程度と認められる。
(3)また,本件打球の飛行時間(前記(1)ウ)について,原告は,解析結果
(甲13)である1.724秒前後であると主張し,他方,被告ファイター
ズは,本件打球が撮影されている動画にタイムカウンターを付したもの(乙
イ36)を提出した上,2.0666秒ないし2.1333秒で,原告の主
張する時間より長いと主張する。
前記(2)のとおり,上記解析結果(甲13)は,基本的には信用できる
ものであるが,飛行時間についてもある程度の誤差を含んでいるものと認め
られ,他方,本件打球が撮影されている動画にタイムカウンターを付したも
の(乙イ36)の正確性についても必ずしも明らかではなく,本件打球の飛
行時間は,前記認定のとおり,約2秒と認められる。
2争点2(本件ドームについて「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)
ないし「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があったか)について
(1)民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の瑕疵,国家賠償法
2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,それぞれ,当該工作物又
は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,これについては,
当該工作物又は営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情
を総合考慮して,具体的かつ個別的に判断すべきである。
(2)本件ドームとプロ野球の試合
ア本件は,土地の工作物であり公の営造物である本件ドームの設置又は保
存若しくは管理に瑕疵があるか否かが問題となっているところ,本件ドー
ムは,プロ野球に限らず,サッカー等各種の興行が実施されている多目的
施設ではあるが,本件球団の本拠地としてプロ野球の試合が頻繁に行われ
ることが予定されている球場施設であって,これが主要な用途の一つであ
るから,本件ドームの瑕疵については,プロ野球の試合が頻繁に実施され
る球場施設(以下単に「プロ野球の球場」ということがある。)としての
一般的性質に照らして検討されなければならない。
イプロスポーツ競技として行う野球には,硬式球が使用され,野球のルー
ル上,投手は,打者に向けて,打者の意図する打撃をさせないようにボー
ルを投じ,打者は,投手が投じたボールをバットで守備側の選手に捕球さ
れないようなエリアに打ち返すなどして進塁し,得点に至ることが目的で
ある。プロ野球の試合を観戦するための観客席は,選手がプレーするグラ
ウンドを取り囲む形で設けられているから,打者の打ったボールが観客席
に飛来することは頻繁にあり(ルール上,外野席に飛来してホームランと
なる場合と内野席に飛来してファウルとなる場合とがある。),一切の安
全設備がなければ,全ての観客席に打球が飛来する可能性があるもので,
観客に硬式球であるボールが衝突すれば,死亡や重大な傷害を負う危険もあ
る(特に,ボールが幼児に衝突した場合は,極めて危険である。)。(弁
論の全趣旨,顕著な事実)
したがって,プロ野球の球場の管理者ないし所有者は,ファウルボール
等の飛来により観客に生じ得る危険を防止するため,その危険の程度に応
じて,グラウンドと観客席との間にフェンスや防球ネット等の安全設備を
設けるなどする必要がある。
ウ次に,設けるべき安全設備の種類や程度について検討するに当たっては,
球場施設の利用状況を考慮する必要があり,これには,プロ野球の球場に
おいて観客が観戦する場合の実態を踏まえた通常一般の観客に求められる
べき注意義務の内容が含まれるというべきである。
プロ野球は,我が国において長年親しまれ広く普及しているプロスポー
ツであり,その観戦は,テレビ等のメディアを通じたものを含めて国民的
な娯楽ということができるが,プロ野球の試合を観戦するために球場施設
を訪れる観客が,常に野球に関する知識が豊富であったり野球のルール等
を熟知していたりするということはできない。すなわち,プロ野球の試合
は数万人に及ぶ観客を収容して興行することが想定されており,観客がプ
ロ野球の球場を訪れて観戦するに至る経緯や動機は多種多様であって,性
別を問わないし年齢層も幅広く,野球自体には特段の関心や知識もないが,
子供や高齢者の付添いとして訪れる者や,初めて球場を訪れる者も相当数
存在するものである。特に,招待された子供の付添いで訪れる者の中には,
原告のように,自分自身は野球に特段の興味はなく,野球のルール等を知ら
ない者が含まれていることは明らかである。また,スポーツ観戦という面で
は,野球のほかにもサッカーなどのプロスポーツが人気を得ているが,プロ
野球の観戦が,他のプロスポーツの観戦と比べ,格段に危険性の高いもので
あるとの一般的認識があるわけではない。(原告本人,弁論の全趣旨,顕著
な事実)
プロ野球の球団を運営し,様々な広報活動(前記1(1)アの被告ファ
イターズが実施している企画も含まれる。)を行っているプロ野球の試合
の主催者やプロ野球の球場の管理者ないし所有者は,上記のような実態を
容易に把握することができるから,これを認識していたはずであるという
ことができ,野球に強い興味関心を抱いているわけではなく,付添いとし
て初めてプロ野球の試合を観戦する者など,野球のルール等を知らない観客
の存在にも留意して,ファウルボール等が観客席に飛来することにより生
じる観客の生命・身体に対する危険を防止するための安全設備を設けると
ともに,上記の危険への注意を喚起し,打球が飛来した際にとるべき回避
行動の内容を周知するなどの安全対策を行うことが必要というべきである。
他方で,ファウルボール等が観客席に飛来する危険は,プロ野球を観戦
する上で排除することができないものであるから,観客にも相応の注意義
務を果たすことが求められるというべきである。そして,野球の試合で使
用されるボールは1個のみであるから,観客がプロ野球の球場で試合を観
戦する際に打球の行方を注視することは,観客に求められる注意義務の中
心をなす基本的な義務というべきであるが,観客がプロ野球の試合が行わ
れている間,全ての機会に打球の所在を目で追っていなければならないと
することは現実的ではない。プロ野球のピッチャーが投球するタイミングは,
サインのやりとりや,牽制球を投げたりする関係で,定間隔ではなく,投球
がブザー等によって観客に知らされるわけでもないから,尐なくとも,原告
のように子供を連れていて,その様子にも注意を払わなければならない者と
しては,必ずバッターが打つ瞬間を見ていることができるわけではない。ま
た,観客席に飛来する打球は,打者が打撃により放つものであり,その瞬
間まで打球の行方を予測することは不可能であり,打撃の直後にも打球の
行方を判断することは困難であるから,打球の飛来により生じる危険を避
けるためには,投手が投球動作に入ってから打者が打撃を行い,その行方
が判断できるまでの間,必ずボールの所在を注意深く見ていなければなら
ないことになるが,プロ野球の試合を観戦する観客の態度として,このよ
うな実態があるとは認められず,現状から余りにも乖離するものである。
その上,プロ野球の試合では200球を超える投球がされることが多く,
声を上げたり,鳴り物等を使うなどして応援し,試合中も主催者側が観客
席で飲食物を販売したりしているのであるから,その全ての機会において,
グラウンド内にある数十メートル先のボールから僅かな時間も目を離すこ
とが許されないとすることは,著しく高い要求水準であり,不可能を強い
るものである。乙イ61号証の映像をみても,バッターが打つ瞬間の観客の
視線は,全員が同一方向を向いているわけではなく,横を向いている者,下
を向いている者,子供の方を見ている者などもおり,さらには,バッターが
打つ瞬間にも,通路や階段を移動中の者も見受けられるのである。また,例
えば,子供を連れていた場合,自分と子供の両方の安全を確保することは極
めて困難であり,大人が1人で,2人以上の子供を連れていた場合は,1人
置いて離れた位置にいる子供の安全を確保することは,よほどの能力がない
限り不可能である。また,観客は,グローブを持参し,かつ必ず捕球できる
だけの能力を備えているわけではない(プロ野球の選手でも,ライナー性の
打球を100パーセントキャッチできるものではない。)から,子供がボー
ルに当たるのを避けるためには,自分自身があえてボールにぶつからなけれ
ばならない場合も考えられる。元プロ野球選手であっても,グラウンド内の
シートでは,ライナーを避けることができない可能性があるとしている(甲
15)のであり,これが,内野席にどの程度入ったところで,一般の観客が
避けることが可能になるのかは,明らかでない。
プロ野球の球場では,観客にファウルボール等の打球が当たる事故が多
数発生しており,本件ドームでも,毎年,観客に打球が当たる事故が多数
発生し,救急搬送される者もおり,骨折等の重大な傷害を負う者もいる(甲
7,39,乙イ9)。
しかし,プロ野球の試合の観戦が,重大な傷害等を負う可能性があり,
被告らが主張するような高度の注意義務を果たすべきであるものとして,
広く国民一般に知られ社会的に受け入れられているとはいえないし,プロ
野球の球場を訪れる観客においても,周知され受け入れられているとはい
えないのである。(弁論の全趣旨,顕著な事実)
エそうすると,プロ野球の試合の観客に求められる注意義務の内容は,試
合の状況に意識を向けつつ,グラウンド内のボールの所在や打球の行方を
なるべく目で追っておくべきであるが,投手が投球し,打者が打撃により
ボールを放つ瞬間を見逃すことも往々にしてあり得るから,打者による打
撃の瞬間を見ていなかったり,打球の行方を見失ったりした場合には,自
らの周囲の観客の動静や球場内で実施されている注意喚起措置等の安全対
策を手掛かりに,飛来する打球を目で捕捉するなどした上で,当該打球と
の衝突を回避する行動をとる必要があるという限度で認められるのであっ
て,かつそれで足りるというべきである(例えば,高く打ち上がり飛行時
間も長いいわゆるフライ性の打球について,観客がその所在を見失ったり
した場合に,注意喚起の措置や周囲の状況等から当該打球を目で捕捉して,
これとの衝突を回避する義務があるとすることは相当であり,漫然と回避
行動をとらなかった者は,プロ野球の試合を観戦する際に求められる基本
的な注意義務を怠ったものと解されよう。)。
したがって,上記の限度で求められる観客の注意義務を前提に,プロ野
球の試合が実施されるプロ野球の球場が通常有すべき安全性を備えるもの
であるかどうか検討する必要があるというべきである。被告らは,観客が
バッターのボールを打つ瞬間を全く見ていないことを前提として安全設備
を設ける必要はないなどと主張するが,上記のとおり,観客全員が,バッタ
ーがボールを打つところを100パーセント見ているとはいえないのであ
るから,プロ野球の観客は,確率は小さくても,たまたま見ていないときに
打球が自分に向かってきた場合は,ボールを避けることができないのであっ
て,観客がバッターがボールを打つところを見ていない可能性が全くないこ
とを前提とした安全設備の設置管理には,むしろ瑕疵があるというべきであ
る。
オ被告らは,視認性ないし臨場感を確保すべきことは野球観戦における本
質的な要素で,必要以上に安全設備を設けることは,プロ野球観戦の魅力を
減殺させ,ひいてはプロ野球の発展を阻害する要因ともなりかねないなどと
主張する。
プロ野球の試合は,なるべく多数の観客を獲得しようとする興行として
行われるものであり,プロ野球の球場を訪れる観客は,一般的に試合の臨
場感を体感することを目的としているから,プロ野球の試合の主催者やプ
ロ野球の球場の管理者ないし所有者にとっても,観客席からの視認性や試
合観戦に伴う臨場感を確保することが重要であることは否定されない。し
かし,プロ野球の観戦に球場を訪れる者は,前述のとおり多様であり,臨場
感を最優先にしている者ばかりとは限らないのであるし,観客が果たすべき
注意義務の程度が飽くまで前記エの限度で認められることを前提として,
安全設備が設けられ,これを補完するものとして各種の安全対策がとられ
るべきであって,視認性や臨場感を優先する者の要請に偏してこれらの設
備や対策により確保されるべき安全性を後退させることは,プロ野球の球
場の管理として適正なものということはできない。バックネット裏の席には,
目の前にバックネットがあるように,観客席へのネットの設置は,球場の施
設として本質的に矛盾するものではなく,札幌ドームにおいても,フィール
ドシートには,ネットが設けられ,開業当初は,内野席にもネットが設けら
れていたのである。
また,被告らは,臨場感を確保する要請を裏付ける事情として,近時,
各地のプロ野球の球場でグラウンドにせり出して設置された座席が人気を
博している旨主張する。しかし,このような座席は誰の目にも明らかに打
球や送球が飛来する危険性が高いことが察知できる上,観客用のヘルメッ
トを備え置き,これを着用するよう求める警告がある(MAZDAzoo
m-zoomスタジアム広島[乙イ27])など,内野スタンド上の観客
席では実施されていない安全対策がされている例や,座席に着席した場合
に目線の高さ程度に達するクッションや金網製のフェンスなどにより飛来
するボールを遮断する安全設備が設置されている例(MAZDAzoom
-zoomスタジアム広島[乙イ27],横浜スタジアム[乙イ29],
QVCマリンフィールド[乙イ31],宮城球場[乙イ32])が見受け
られるのであり,これらの安全設備が十分なものであるかどうかの判断は
さておくとして,グラウンド上の観客席と内野スタンド上の観客席とを同
列に論じることができないことは明らかというべきである。
さらに,被告らは,防球ネットによる視線障害に対する苦情等が存在し,
防球ネットを取り外したり低めたりしたプロ野球の球場が複数あると主張
するが,仮にこのような苦情があったとしても,内野スタンド上の座席で
観戦する観客にとって,安全設備や安全対策の内容を後退させてでも臨場
感を得ることを優先することが一般的に受け入れられていることを示すも
のとはいえないし,他のプロ野球の球場において視認性の向上を図る目的
で上記のような措置が行われたこと(甲10,乙イ29,30)について
も同様である。そして,特別な席として,フィールドシートを設けるように,
内野席の中に,ファウルボールにより,死亡や重大な傷害を負う危険はあっ
ても,フェンスやネット等による視線障害のない,危険に対し自ら対処する
ことを前提に,臨場感を楽しめる席と,フェンスやネット等による視線障害
はあっても,ファウルボールにより,死亡や重大な傷害を負う危険のない,
乳幼児を連れるなどしても安全に楽しめる席とを設け,入場者に選択させる
ことも,内野席は広く席数も多いのであるから,十分可能であるし,また,
本件ドームにネットを設けることが過大な費用を要したりするものでもな
い(乙ロ2)。
そして,被告らが,防球ネットを設置しないことにより,視認性や臨場
感を高め,観客を増加させているのであれば,これによって多くの利益を得
ているのであるから,他方において,防球ネットを設置しないことにより,
ファウルボールが衝突して傷害を負った者の損害を賠償しないことは,到底
公平なものということはできないのである。
(3)以上の見地から,本件の事案に即して,本件事故当時,本件座席付近で観
戦する観客に対するものとして設けられていた本件ドームの安全設備につき,
瑕疵があるかどうか判断する。
アまず,本件ドームの1塁側内野席前に設けられているグラウンドと観客
席との間にあるラバーフェンスについてみると,証拠(乙イ20の1,6
3の1)及び弁論の全趣旨によれば,本件座席付近の前に設置されている
部分のグラウンド面からの高さは約2.9メートルであり,その上部に防
球ネット等の更なる安全設備は設置されていなかったことが認められる。
なお,かつて上記フェンスの上部に設置されていた,本件座席付近の前で
グラウンド面からの高さが約5メートルとなる防球ネット(乙イ20,6
3,64)は,平成18年,被告ファイターズが要望して被告ドームが撤
去したものであるが,上記防球ネットが設置されていたとしても,本件打
球の本件座席への飛来を遮断することができなかったことは,当事者間に
争いがない。
イ次に,本件ドームにおいてとられていた他の安全対策についてみると,
掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告ファイターズは,本件試合の
興行主として,ファウルボール等への注意を喚起するべく,以下に掲げる
措置を行っていたことが認められる。
①観客との間で適用される試合観戦契約約款には,観客はファウルボー
ル等の行方を常に注視し,自らが損害を被ることのないよう十分注意を
払わなければならない旨規定されており,同約款は被告ファイターズの
ホームページ上で公開され,誰でも閲覧できる状態であったほか,本件
ドームにおいても入場ゲート内側受付カウンターの横に同約款が定めら
れている旨掲示されており,希望があれば警備担当者等により同約款が
交付されるようになっていた(乙イ2,45)。
②試合観戦チケットの裏面には,「注意事項(必ずお読みください)」
として,観客がファウルボール等により負傷した場合,応急処置はする
がその後の責任は負わないので,ボールの行方に十分注意するように求
める旨記載されていた(甲2)。
③本件事故の当日には,本件ドーム内の大型ビジョンにおいて,午後3
時の本件試合開始前,打球の行方に注意することを求める内容の静止画
が表示されていた時間があり,本件試合1回表終了後の攻守交代時,フ
ァウルボールに注意するよう求める動画が表示された(乙イ3,4の2)。
④本件事故の当日,場内アナウンスによって,午後1時15分頃,1塁
側・3塁側内野最前列の防球ネットを外しており,ライナー性の鋭い打
球が飛んでくることがあるので,ボールから目を離さず打球の行方には
十分注意するように求める旨,また,本件試合1回表終了後の攻守交代
時,ライナー性の鋭い打球が飛んでくることがあるので,打球の行方に
は十分注意し,子供連れの観客は特に注意するように求める旨放送され
た(乙イ4の2・3)。
確かに,上記①ないし④の措置は,いずれも観客席にファウルボールが
飛来する危険性を観客に周知する措置であるといえる。しかし,ファウル
ボールが約2秒程度のごく僅かな時間で観客席に飛来することを遮断する
安全設備が存在していなかったことを踏まえ,前記(2)エのとおり観客
に求められる注意義務の内容に鑑みれば,ファウルボールが飛来する危険
が一般的にあり得ることを知らせるこれらの措置では,観客の安全性を確
保するのに十分であるとはいえず,投手の投球動作から打者の打撃に至る
までの間に一旦目を離してしまうと,ごく僅かな時間のうちに高速度の打
球が観客席に飛来してくる危険性があり,死亡や重大な傷害を負う可能性
があることとともに,打球の行方を見失った場合にその衝突を回避するた
めにとる必要がある具体的な行動の内容(即座に上半身を伏せる(ただし,
これでは,自分自身の安全はある程度確保できても,子供等を同伴してい
る場合,子供等の安全を守ることはできない。)など)を十分に周知して
意識付けさせる必要があったというべきであって,上記①ないし④の措置
ではこのような周知が果たされていたとはいえないのである。
また,被告ファイターズは,安全対策として,本件事故当日,観客席に
入りそうなファウルボールが放たれた際,即時に警笛を鳴らすための係員
を本件ドームの1塁側内野席に22名配置しており,本件事故前に内野席
にファウルボールが飛来して警笛が鳴らされたことが6回あったことが認
められる(乙イ5,6,36)。しかし,ファウルボールが観客席に飛来
する具体的な危険を知らせる警笛が鳴っても,これを聞いて直ちに打球の
所在を把握することは相当困難であって,あらかじめ近くの係員が警笛を
鳴らした場合には即座に上半身を伏せる必要があるなどと周知していれば
格別,警笛が鳴ることにより自らの周囲の観客席に打球が飛来する具体的
な危険が生じているという限度では認識できても,飛来する打球が打撃か
ら2秒程度の僅かな時間のうちに自らを含む周囲の観客に衝突する可能性
があり回避行動をとる必要があることまで,瞬時に認識させる措置とはい
えない(また,警笛が鳴るのは,打撃と同時ではないから,警笛が鳴って
からの時間は,より短くなる。)。
さらに,被告らは,原告が1塁側内野自由席の中から自ら本件座席を選
択したものである旨主張する。原告及びAが内野自由席という席種を選ん
だ上,本件座席を選択して観戦していたことに関し,本件座席周辺に着席
する観客が,前記(2)エの注意義務より高度なものが課されているとい
えるかどうか検討すると,原告及びAが内野自由席で観戦することにした
時点やAが本件ドームに入場して本件座席を選択した時点に先立ち,被告
ファイターズが,本件座席付近の観客席について,投手の投球動作から打
者の打撃に至るまでの間に一旦目を離してしまうと,ごく僅かな時間のう
ちに高速度の打球が観客席に飛来してくる可能性がある旨を具体的に告知
していたなどの事情は認められないから,本件座席周辺にいる観客につい
て,他の観客席にいる観客と比較してより高度の注意義務が課されていた
とはいえない。
そして,以上の判断は,原告は本件事故前にファウルボールが飛来する
危険性を認識していたはずである,原告は本件打球を見ていなかったなど
の被告らが主張する原告に関する個別具体的な事情に左右されるものでは
ない(なお,後記4(過失相殺について)において,原告の責任に関し検
討する。)。
ウ以上のとおり,本件ドームでは,本件座席付近の観客席の前のフェンス
の高さは,本件打球に類するファウルボールの飛来を遮断できるものでは
なく,これを補完する安全対策においても,打撃から約2秒のごく僅かな
時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり,投手
による投球動作から打者による打撃の後,ボールの行方が判断できるまで
の間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものでは
ない。
したがって,本件事故当時,本件ドームに設置されていた安全設備は,
ファウルボールへの注意を喚起する安全対策を踏まえても,本件座席付近
にいた観客の生命・身体に生じ得る危険を防止するに足りるものではなか
ったというべきである。
そうすると,本件事故当時,本件ドームに設けられていた安全設備等の
内容は,本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有す
べき安全性を欠いていたものであって,工作物責任ないし営造物責任上の
瑕疵があったものと認められる。
なお,被告らは,プロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき
要請と,観客側に求められる注意の程度,プロ野球観戦にとって本質的要素
である臨場感を確保するという要請等の諸要素の調和の見地から検討する
ことが必要であるとした上,その構造,内容や安全対策を含めた設備の用法
等に相応の合理性が認められる場合には,その通常の用法の範囲内で観客に
対して危険な結果が生じたとしても,球場の設置・管理者にとっては,不可
抗力ないし不可抗力に準ずるもので,プロ野球の球場として通常備えている
べき安全性に欠くことに起因するものではないなどと主張する。
しかし,被告ファイターズ及び被告ドームによる本件ドームの管理は,
当初設けられていた内野席のネットを全面的に取り外してしまうなど,臨
場感の確保に偏したものであり,観客の安全を確保すべき要請への配慮を
後退させたもので,そもそも諸要素の調和がとれているとはいえないもの
である。また,そもそも,死亡や重大な傷害を防止するという生命・身体
に対する安全対策の要請と,臨場感の確保という娯楽の程度を高める要請
とを同列に論じ,全く補償すら要しないとする主張自体,事の軽重を捉え
違えた調和に欠けるものというべきである(被告市が定めた「札幌ドーム
管理運営業務仕様書」(乙ハ12)では,各業務の実施にあたっては,利
用者等の安全確保を第一に優先するとされている。)。そして,プロ野球
が,国民的なスポーツとして引き続き発展していくためにも,初めて観戦
に訪れる者や幼児や高齢者であっても安全に楽しむことができるだけの安
全対策が施されるべきものである(なお,これについては,前述のとおり,
必ずしも観客席全部について行われる必要があるものではない。)。
エなお,被告ファイターズ及び被告ドームは,本件ドームの占有者として
損害の発生を防止するのに必要な注意をしたものであり,工作物責任を免
れる(民法717条1項ただし書)などと主張するが,これまで検討して
きたとおり,安全設備を補完する安全対策の内容も不十分であって,上記
主張は理由がなく,被告ファイターズ及び被告ドームは,工作物の占有者
が負うべき責任を免れることはできないのである。また,被告ファイター
ズは,原告の主張は瑕疵の内容が不明であるなどとも主張するが,以上の
とおり,被告ファイターズの主張は当たらないものである。
(4)そのほか,被告らは,本件ドームの1塁側内野席前のフェンスの高さが他
のプロ野球の球場と比べて特別に低いわけではない旨主張し,掲記の証拠に
よれば,ナゴヤドームの内野席前のフェンスと防球ネットとの合計の高さは
グラウンド面から5メートルであること(甲7,19[4頁],31の3),
福岡Yahoo!JAPANドームの内野ネットの高さはアリーナ面から5
メートルであること(甲8),西武ドームの内野席エリア全域のフェンス部
分とネット部分との合計の高さは3.2メートルであること(甲9),MA
ZDAzoom-zoomスタジアム広島の1塁側内野席前のコンクリート
の立ち上がりと防球ネットとの合計の高さは2.65メートルであること(乙
イ27),阪神甲子園球場の1塁側内野席前に設置されている金網フェンス
のグラウンド面からの高さは3.6メートルであること(乙イ28),横浜
スタジアムの1塁線内野席前のフェンス及び防球ネットのグラウンド面から
の高さは1.52メートルないし2.15メートルであること(乙イ29),
明治神宮野球場の1塁側内野席前の防球ネット(ラバーフェンス部分を含む。)
の最下部から最上部までの高さは5.4メートルであること(乙イ30),
QVCマリンフィールドの1塁側内野席前のホームベース側寄りの金網フェ
ンスと防球ネットとの合計の高さは3.85メートルないし5.02メート
ルであり,外野席側寄りのグラウンドにせり出したフィールドシートの前の
防球ネットの高さは3メートルであること(乙イ31)等が認められ,また,
公益財団法人日本体育施設協会が作成した「屋外体育施設の建設指針(平成
24年改訂版)」では,バックネットの延長上に外野席に向かって高さ3メ
ートル程度の防球柵を設けるものと定められていること(乙ハ7)が認めら
れる。
確かに,本件ドームに設けられている1塁側内野席前のフェンスの高さは,
上記各プロ野球の球場の内野席前に設置されているフェンスないし防球ネッ
トの高さに照らして特段見劣りするわけではない上,上記建設指針の基準を
おおむね満たしているということができる。しかし,他のプロ野球の球場と
比較すべきは,フェンス等の高さという一要素ではなく,観客席に打球が飛
来する危険がどの程度防止されているかであり,これは,グラウンドの形状
(ファウルゾーンの面積や形状を含む。),グラウンドやフェンス等と観客
席との位置関係,観客席自体のグラウンド面からの高さ,観客席内の段差な
いし傾斜,構造,形状等により大きく左右されるものであり,これらの諸要
素を総合的に考慮することにより,設置されるべき安全設備及び実施される
べき安全対策の内容が検討される必要があるから,フェンス等の高さのみを
比較した結果を重視できるものではない。また,他のプロ野球の球場の安全
設備が,観客の注意義務としては前記(2)エの限度であることを前提に設
置されたものとはいえず,これらが観客の安全性を十分確保していると認め
られるものでもないから,他のプロ野球の球場に見劣りするものではないこ
とを理由に,本件ドームの安全設備の現状を追認すべきことにはならない。
そして,上記建設指針に球場一般に関するものとして一定の合理性があると
しても,法令等の根拠に基づくものではないし,プロ野球の球場を念頭に置
いているものでもなく,具体的にどのような根拠に基づいて導き出されたも
のであるのかも明らかではないから,これを満たしていることで直ちにプロ
野球の球場としてその安全性が認められることにはならない。なお,証拠(甲
7,19,26,28,31の3)によれば,ナゴヤドームにおいて内野席
前のフェンス及び防球ネットにより保護されている内野席前方の観客席の範
囲は,本件ドームにおいて内野席前のフェンス及び従前設置されていた防球
ネットにより保護されていた内野席前方の観客席の範囲より,相当程度広い
ものと認められ,本件ドームにおいて,本件座席の周辺の観客席に本件打球
のような軌道の打球が飛来することを物理的に遮断する安全設備を設けるこ
とが非現実的であるというわけではない(また,このようなナゴヤドームに
おいてさえ,「ホームランボール・ファールボールに当たって救護室に運ば
れるお客様が,多くいらっしゃいます。」などとされている(甲7)。)。
(5)被告市は,本件ドームは指定管理者である被告ドームが管理しており,被
告市は管理の瑕疵による責任を負わない旨主張する。
しかし,「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)の要件について,
仮に,「設置の瑕疵」と「管理の瑕疵」とを区別して判断したとしても,従
前設置されていた防球ネット(乙ハ11の1。被告札幌市が被告ドームに引
き渡したもの(弁論の全趣旨)。)は,前記(3)アのとおり,本件事故当
日に設置されていたとしても本件打球を遮断できたわけではないから,本件
事故は本件ドームが被告ドーム又は被告ファイターズにより維持・管理され
ている間に生じた瑕疵にのみ起因するものではなく,元々設置の瑕疵があっ
たものである。また,被告市は,被告ドームと,「札幌ドーム運営協議会」に
おいて,管理運営業務の状況の報告を受け,サービス水準の維持・向上に向け
た協議を行ったりなどすることができたのであり,被告ファイターズは,本件
ドームの利用について,被告ドームの指示に従うものとして,本件ドームの利
用の承認を受けていたのである(乙ハ12,乙イ58)。そして,地方自治体
が,指定管理者を置いたからといって,営造物の管理に関する責任を免れる
とすること自体,相当なものとはいえないのである。
したがって,前記(3)ウのとおり認められる本件ドームの瑕疵について,
被告市は,国家賠償法2条1項による営造物責任を免れないものである。
3争点5(損害の発生及びその額)について
(1)原告は,本件事故による傷害により,受傷日である平成22年8月21日
から同年9月11日まで,B病院に入院し,その後,症状固定日である平成
23年8月21日まで通院した(甲6,弁論の全趣旨)。
これにより,原告には,入通院による治療費23万2774円のほか,入
院期間(22日間)中,1日当たり1500円の入院雑費(合計3万300
0円)が生じたものと認められる(弁論の全趣旨)が,原告が主張するその
他の治療関係費については,具体的内容も明らかでなく,これらが生じたこ
とを認めるに足りる証拠はない。
(2)原告は,前記(1)のとおり,22日間入院し,その後も相当期間の通院
を余儀なくされたこと,本件事故により大きな精神的ショックを受け,家事
に支障を来し,仕事への復帰にも時間が掛かったこと,原告は,平成22年
10月初め頃から,元の職場の配慮により稼働を再開したが,簡単な雑用的
なことを行っていたにとどまり,家事にも相当程度の支障があったことが認
められる(甲37,原告本人[調書12,13頁])。これを踏まえ,後記
(3)のとおり,原告の症状固定日である平成23年8月21日以降の労働
能力喪失割合が45パーセントと認められることからすると,原告の休業損
害は,本件事故の翌日である平成22年8月22日から同年9月30日まで
(40日間)は100パーセント,同年10月1日から症状固定日の前日で
ある平成23年8月20日まで(324日)は50パーセントと認めるのが
相当である。そして,原告は,本件事故当時31歳の女性であり,A及び子
3名と同居し,主婦として家事労働を行い,かつD職として稼働していたも
のであるから(甲37,原告本人),その基礎収入は,原告が主張する賃金
センサス平成22年第1巻第1表中の産業計・企業規模計・学歴計・女子労
働者の30~34歳の平均賃金額である354万6000円を下らないもの
と認めるのが相当であり,これらにより休業損害を算出すると,その額は1
96万2443円となる。
(計算式)354万6000円÷365×(40日+324日×0.5)
=196万2443円(円未満切捨て)
(3)原告は,本件事故当時31歳の女性であり,A及び子3名と同居し,主
婦として家事労働を行い,かつD職として稼働していたものであるが,本件
事故で負った右眼球破裂の傷害により右目の視力を失った(甲37,原告本
人[調書13頁])。
原告が負った後遺障害による原告の逸失利益を計算すると,まず,基礎収
入は,前記(2)のとおり354万6000円と認めるのが相当である。次
に,原告の後遺障害は,後遺障害等級8級1号の1眼が失明したものに該当
するから,労働能力喪失割合は45パーセントとみるのが相当である。そし
て,原告の労働能力喪失期間の始期は,症状固定日である平成23年8月2
1日(甲6)で,その終期は67歳までとして,この間(35年間)に相当
するライプニッツ係数である16.3742を乗じて算出すべきである。そ
うすると,その額は2612万8310円となる。
(計算式)354万6000円×0.45×16.3742=2612万
8310円(円未満切捨て)
(4)本件事故が,原告,A及び3人の子の家族での行楽中に生じたものであ
ること,片目の失明という後遺障害は,その性質上精神的な負担が非常に大
きいといえること,その他本件訴訟に現れた諸事情を勘案すると,入通院に
関する慰謝料として150万円,後遺障害に関する慰謝料として830万円
を認めるのが相当である。
4過失相殺について
本件事故による受傷について,原告に過失があったことを基礎付ける事情が
あるか否か検討する。
(1)被告らは,本件事故までの本件試合の具体的状況から,原告がファウルボ
ールが観客席に飛来する危険性を認識したはずであると主張する。
本件試合の本件事故までのファウルボールについてみると,内野席に飛来
したものが6回(うち3回は1塁側内野席へのもの),バックネットへ直撃
したものが3回あり,これらの際,打球の行方に注意するよう促す場内アナ
ウンスが流されたものが3回,大型ビジョンによる警告が表示されたものが
5回,警笛が鳴らされたものが5回あったこと(乙イ6,36),このうち,
1回表,1塁側内野席の中の通路に落下したもの(乙イ36[タイム00:
12:31]),1回裏又は2回表,円状の軌道を描いて1塁側内野席に飛
来したものがあったこと,原告は,これらのうち本件座席の後方の観客のい
ない壁か床に落下したものを実際に目で追ったこと(乙イ36[タイム00:
21:26,00:28:21],原告本人[調書4,21,23,24,
36,37頁]),そのほかに比較的低い弾道で1塁側内野席前のフェンス
に直撃したものがあったこと(乙イ36[タイム00:48:11])が認
められる。
したがって,本件試合を観戦していた原告を含む観客は,ファウルボール
が観客席に飛来する危険があることを認識する機会があったということがで
き,原告自身,本件座席の後方に落下したものについて,ファウルボールが
観客席に飛んでくるんだと思いちょっと危ないのかなと思った旨供述する
(原告本人[調書18,19頁])。しかし,上記の各ファウルボールには,
バックネットや3塁側席など本件座席とは遠く隔たった箇所へ飛来したもの
や高く打ち上がりほぼ上方向から落下してくるものが含まれており(乙イ3
6),原告が認識したのは,それなりの飛行時間を経た打球がグラウンドを
取り囲む観客席のどこかに飛来する可能性があるということにとどまり,打
撃から2秒程度のごく僅かな時間のうちに観客席に到達するような打球が飛
来する具体的な危険があることまで認識することができたはずであるとはい
えない。なお,原告が,本件試合の観戦を申し込むに当たり,小学生を招待
する案内文書(甲1)の注意書きを読んだことを踏まえても,この記載は「観
戦につきましては,保護者の皆様の責任で,事故のないよう十分ご配慮いた
だきますようお願いいたします。」というもので,球場内で起こり得る危険
に留意するよう,一般的,抽象的に促すものにすぎないし,保護者自身に関
するものというよりは,児童に事故が起きないよう保護者が注意することを
求めているものと読めるものであって,上記の判断を左右するものではない。
(2)被告らは,原告が本件打球を見ていれば本件事故を避けられたはずである
と主張し,併せて,本件打球を捕球しようとしている観客がいることや原告
の周囲の観客が本件打球に反応していることを指摘する。しかし,原告は,
前記2(2)エ及び4(1)のとおり,投手による投球動作から打者による
打撃までの間,ボールを注視していなければならなかったものとはいえない
のである。また,仮に原告が本件打球を見ていたとしても,直ちに本件事故
を回避することができたと認めることは困難である。すなわち,本件打球は
約2秒という僅かな時間で本件座席まで到達したものであるし,前記1(1)
ウのとおり,本件打球の軌道は直線的ではなく若干の弧を描いており,しか
も横方向への僅かな動きもあったから,打撃の瞬間に,打球が自分の方に目
掛けて飛来することを予測し,打球の来ない方向へ避けることができたとは
認められない。また,自分の周辺に飛来するかもしれないという限度では予
測できたとしても,前記2(3)イのとおり,打球の衝突を避けるためにと
るべき具体的な行動が周知されていたわけではないから,直ちに,打撃から
僅か約2秒の間に適切な回避行動をとることができたとはいえないのである。
また,これについては,本件打球の行方に注視していたこと等により本件打
球に反応することができた観客が一部にいたからといって,左右されるもの
でもない。
被告らは,自動車工学上の反応時間によれば約2秒間のうちに本件打球を
回避することはできた旨主張し,証拠(乙イ19)によれば,自動車の走行
中に危険を認めてからブレーキを踏み込むまでの反応時間の平均値が0.6
8秒ないし0.8秒であると指摘する解説書があることが認められる。しか
し,本件打球が観客に向かって飛来する状況と,自動車の運転者が,運転中
に危険を感じてブレーキを踏む状況とは局面を大きく異にするものであり,
上記のとおり,観客がとるべき具体的な回避行動が周知されていたこともな
いのであるから,上記のデータに依拠して本件打球が本件座席に到達するま
での約2秒間のうちに本件打球を回避できていたはずであるということはで
きないのである。
さらに,被告らは,本件の札幌ドームでの進行協議期日において,女性裁
判官が,打球を認識して回避行動をとっていたから,野球観戦に慣れていない
者であっても,打球を見ていれば,衝突を回避する時間的余裕があったことは
明らかである旨主張する。しかし,進行協議手続における裁判官の様子を自己
に有利に援用しようとすることの当否を別にして,女性裁判官が飛来するボー
ルに反応して動いていたとしても,回避行動としてボールを避けることができ
る適切なものであったか否かは,明らかではない(逆にボールの方へ動いてし
まう可能性もある。)し,実験的にボールを女性裁判官が座っている方向へ飛
来させているのであるから,自分の方へボールが飛来することが分かった上で,
どのようにボールが飛来するのか注視して観察しようとしている状況におい
てのことであって,どこへ向かってボールが飛来するか分からず(特に,ライ
ナー性の打球は,経験のない者にとって,どちらに飛んでいるのかを判断する
ことが容易とはいえない。),周囲も雑然とした試合中の状況とは全く異なっ
ているものであり,また,本件ドームでの進行協議の際は,訴訟関係者がヘル
メットを被り,裁判官らの前面にネットを設置して実施しているものであるが,
野球観戦に慣れていない者であっても,常にボールを避けることができるので
あれば,ヘルメットを被り,前面にネットを設置するといった安全対策は全く
必要がないはずであるから,それ自体,むしろ,自分の方へボールが飛来する
ことが分かっていたとしても,ボールを避けることができない可能性があるこ
とを前提としているものといえるのである。
そのほか,被告らは,本件事故の際,ファウルボールをキャッチしようと
する者がいたから,原告が回避行動を行う時間が十分にあった旨主張する。
しかし,本件事故の際,ファウルボールをキャッチしようとする者がいたと
しても,そのような行動をとる者は,野球観戦に慣れ,ボールをキャッチで
きるだけの能力を備えた者である可能性が高いのであるから,このような者
がいたとしても,直ちに原告にとって回避行動をとる余裕があったとはいえ
ず,適切な動きによってボールを避けることができたといえるものでもない
し,むしろ,その位置関係からすれば,キャッチできる可能性の低いボール
をキャッチしようとしていたといえるもので,このような者であっても,適
切にボールの行方を判断することは困難であるともいえるのである。
そして,原告が,二男の方に目を向けて,目を離したタイミングで,本件
事故が起きたが,原告は,ふざけていたり,不必要に立ち上がったりなど,
不相当な行動をとっていたわけではないのであり,仮に子供の様子を見るこ
とが許されないのであれば,不規則な動きをする可能性のある子供の安全を
守ることもできないのであって,ボールと子供の両方を見て,自分と子供の
両方の安全を確保することは極めて困難である。
したがって,原告が本件打球を見ていなければならなかったということは
できないし,原告が本件打球を見ていたとしても,本件打球を回避すること
ができなかった可能性も高いから,原告が本件打球を見ていなかったことは,
原告の過失を基礎付ける事実ということはできない。
(3)被告らは,原告が内野自由席の中から本件座席を選択した旨主張するが,
前記1(1)イ及び2(3)イのとおり,原告及びAは,投手による投球動
作から打者による打撃までの間に尐しでも目を離せば自らに打球が飛来し,
死亡や重大な傷害を負う危険性があることを認識した上で,本件座席を選択
したものではないから,この点についても原告の過失を基礎付ける事実とは
いえないのである。
(4)以上のとおり,本件事故について,原告の過失を基礎付ける事情があると
は認められないから,本件事故により原告に生じた損害に対し,過失相殺を
するべきではない。
5争点6(被告ファイターズにつき,免責条項の適用があるか)について
(1)被告ファイターズは,原告との間で合意が成立した本件契約約款(乙イ
2)の免責条項(13条1項)に基づき,ファウルボールに起因して観客に
生じた損害について責任を負わない旨主張する。
しかし,同項ただし書は,主催者又は球場管理者の責めに帰すべき事由に
よる場合はこの限りでないと定めており,これまで検討してきたとおり,本
件事故により原告に生じた損害は,本件ドームの設置及び管理に瑕疵が存在
したことが原因であると認められるから,被告ファイターズは,原告に対す
る損害賠償責任を免れることはできない(また,以上によれば,被告ファイ
ターズは,原告に対し,野球観戦契約上の安全配慮義務違反があったものと
認められる。)。
(2)なお,本件契約約款13条2項本文は,同条1項ただし書の場合において,
主催者又は球場管理者が負担する損害賠償の範囲は,治療費等の直接損害に
限定され,逸失利益その他の間接損害及び特別損害は含まれないものとし,
同条2項ただし書は,主催者又は球場管理者の故意行為又は重過失行為に起
因する損害についてはこの限りでないと定めている。
しかし,同条1項は,6号で,「前各号に定めるほか,試合観戦に際して,
球場及びその管理区域内で発生した損害」としているなど,ファウルボール
に限らず,一般的に主催者や球場管理者の損害賠償責任の相当部分を免除す
るというもので,信義に反するものであり,観戦者の利益を一方的に害する
ものであるから,それ自体無効というべきである。また,以上の認定判断の
とおり,本件ドームには工作物責任上の瑕疵があったものと認められ,他方,
原告には過失があったとは認められないのであって,上記瑕疵によって原告
はその身体に重大な後遺障害を負ったのであるから,被告ファイターズが,
本件契約約款13条2項を援用して原告に対する賠償の範囲を治療費等の直
接損害に限定することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。
(3)したがって,被告ファイターズも含め,被告らは,本件事故により,原告
に生じた損害(前記3)の全額について,連帯してこれを賠償する責任を負
うものである。
6弁護士費用について
以上によれば,弁護士費用について,本件事故と相当因果関係のある損害の
額としては380万円が相当と認められる。
7結論
よって,原告の請求は,被告らに対し,連帯して4195万6527円及び
これに対する平成22年8月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないから
棄却することとして,主文のとおり判決する。なお,被告市は,仮執行免脱宣
言を求めるが,本件においては相当でなく,これを付さない。
札幌地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官長谷川恭弘
裁判官安江一平
裁判官山下智史は,転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官長谷川恭弘

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