弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人・附帯被控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人・附帯
控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)の右取消しに係る請求を
棄却する。
3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。
2 控訴人が被控訴人に対してした次の各決定部分を取り消す。
(一) 原判決別紙一の公文書目録記載1の各文書について、平成九年九月二六日
付け財用確第一二一号の通知をもってした公文書一部公開決定のうち、「所在地」
欄の記載を非公開とした部分
(二) 原判決別紙一の公文書目録記載2の各文書について、平成九年一〇月一五
日付け財用確第一三五号の通知をもってした公文書一部公開決定のうち、「資産
名」欄の地番部分及び「所在地」欄の記載を非公開とした部分
3 控訴人の本件控訴を棄却する。
4 控訴費用及び附帯控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
 事案の概要は、次のとおり付け加えるほかは原判決「事実及び理由」中の「第二
 事案の内容」記載のとおりである(ただし、原判決書一〇頁一○行目から一一行
目にかけての「別紙一の」次に「公文書」を加える。)から、これを引用する。
一 訴えの利益の有無
1 控訴人の主張
 市民の有する公開請求権は公開条例によって創設された権利である。公開条例二
一条一項、二項は他法令により公開等の手続が定められている公文書や市の施設で
公表されている公文書については公開条例による公開をしないものとしているが、
これは何らかの形で市民に情報が公開されれば目的を達成するとの基本的思想が公
開条例自体にあることを示しており、被控訴人の公開請求権の内容も右思想に従っ
て把握されるべきである。
 控訴人は、公開請求に係る情報の一部を非公開とした本件各決定を違法とは考え
ていないが、その後の当該文書を非公開とする必要性の消滅(甲一五、一六)とい
う事情の変更により、当該時点で可能な限り被控訴人の公開請求に応じるため従前
の処分を改めて一部分(代替地一覧表の「所在地」並びに資産明細表の「資産
名」のうちの地番及び「所在地」の部分)を開示することとし、右部分が記載され
た代替地一覧表及び資産明細表の写しを書証(乙六の一ないし四、乙七)として提
出した。被控訴人が本件各公文書の公開を求める具体的・個別的権利の実現・回復
の程度は、本件各決定が判決によって取り消された場合と右のように訴訟手続内で
開示された場合とで差異はないから、右部分について本件各決定の取消しを求める
訴えの利益はない。
 被控訴人の主張は救済の手続と実体権とを混同し、権利の回復以上のものを取消
訴訟に持ち込むもので失当であるし、右開示が控訴人の安易な非公開処分を誘発す
るものでないことは明らかである。
2 被控訴人の主張
 公開条例は請求者が当該情報を既に知っているか否かを問わず同条例の定める手
続によって公文書の公開を求める権利を具体的に保障しており、違法な非公開処分
がされた場合、その取消しによって右権利侵害状態が回復されない限り訴えの利益
は消滅しない。このように解さなければいかなる非公開処分もその取消訴訟の推移
を見ながら時機に後れて事実上の公開をすることによって違法との判断を免れるこ
とになり、安易な非公開処分を誘発し、適時における情報公開を請求する公開条例
に基づく権利は絵に描いた餅となるおそれがある。
二 公開条例九条一項一号該当性の有無
1 控訴人の主張
 原判決は係争情報を「個人情報の端緒となる情報」とした上で、係る情報は、①
プライバシーとしての要保護性が弱く、②公開条例九条一項一号かっこ書に定める
のに準じる公的機会に作成されたものである場合には同号本文にいう非公開情報に
該当しないとし、結局、係争情報は同号の「個人に関する情報」には該当しないと
しているが、右認定判断は失当である。
 すなわち、右①につき、第一に個人の土地譲渡は一生に一度あるかないかのしか
も高額な取引で、その譲渡価格に関する情報は保有資産全部に匹敵する情報である
場合がほとんどであって単なる一取引に関する情報とはいえないし、「土地から現
金に資産の保有態様が変わったにすぎず驚くほどのことではない。」とすると個人
資産の売却価格はすべて保護の対象となり得ないという極めて不合理な結果とな
る。第二に、公共用地の取得価格算定に当たって要請される公示価格との規準(公
有地拡大法七条、地価公示法九条)とは、買収価格を定めるに際し対象地とその近
隣地域又は類似地域内の公
示標準地について諸要因の比較(時点修正、地域要因の比較、個別的要因の比較)
を行った上でその結果に基づいて買収価格と公示価格との間のバランスをとらせる
ことを意味するものである(地価公示法一一条参照)。係争情報に係る土地の状
況・特性は千差万別であって、右手法による算定価格は公示価格と相当乖離するの
が通常で公示価格から譲渡価格の見当がつくのは極めて限定された場合であるし、
更に実際には当事者間の用地取得交渉によって最終的に譲渡価格が決定されるので
あるからこれを予測することは困難である。したがって、市や公社による公有地の
取得価格は公示価格を規準に一律に決められる性格が強いとかある程度見当がつく
ものであるということはできないし、仮に近似値が求められるとしても、そのこと
と譲渡価格そのものを公開され当該個人の財産状況の一部が白日の下に曝されてし
まうこととは全く意味が異なる。この点に関する被控訴人の公示価格規準主義なる
語を用いた主張は、そこでいう主観的な条件や客観的な条件とは何を指すかも判然
としないものであって失当である。第三に、租税特別措置法三四条の二第二項四号
による譲渡所得特別控除の優遇措置は公共事業に伴い譲渡人に負わされた財産上の
損失に配慮した措置であって、プライバシー保護とは全く次元が異なり、当該個人
が右優遇措置の適用を期待して土地譲渡に応じたとしてもそれによって当然に自己
のプライバシーまでも放棄したとはいえない。
 また、右②につき、そもそも「公開条例九条一項一号かっこ書に定めるのに準じ
る公的機会」なる概念が曖昧であるし、右かっこ書は同号本文や公開条例三条が個
人のプライバシー保護に最大限の配慮をしようとしていることに鑑み、市民の生
命、身体、財産等を危害から保護し公共の安全を確保する観点から公益上公開すべ
き積極的理由が強いものに限定して公開する趣旨であって、公有地拡大法四条、五
条による先買制度が地方公共団体等に土地買取りの第一次的な交渉権を与えること
等を目的とするものであるのとは明らかに趣旨を異にするものである。
 本件における係争情報の対象土地は公有地拡大法四条、五条の先買制度によって
取得されたものだけではなく、寄付など他の理由によって取得されたものも含まれ
ている(市が取得した代替地一二五〇件のうち先買制度による取得は五一件のみ
で、他は購入、交換、寄付等によるものであり(乙六の
一ないし四、乙一一)、公社が取得した先行取得用地一五三件のうち先買制度によ
る取得は六七件で、他は同法一七条一項一号により道路、公園等の事業用地として
取得した土地等である(乙七、一二))。右寄付などによって取得した土地が同号
かっこ書に該当しないことは文言上明白であり、同法所定の面積(横浜市の場合は
平成元年四月より前は三〇〇平方メートル、同月以降は二〇〇平方メートル、平成
五年五月以降は一〇〇平方メートル)未満の土地については同法四条、五条の適用
はなく届出や申出は不要であるからこの場合にも同号かっこ書に該当せず、他に同
号かっこ書に準じるものとする何らの合理的根拠もない。
 本件各文書につき、所在地と登記簿の記載を照合すれば譲渡人が容易に判明する
ところ、これに加えて係争情報までが公開されれば個人のプライバシーである財産
状況が白日の下に曝されることになり、公開された譲渡人から控訴人に対するプラ
イバシー権侵害を理由とする損害賠償等の訴えがされることも十分に予想される。
このような個人に関する情報を開示する社会的コンセンサスが十分に得られている
とはいえない状況下において係争情報を公開することは時期尚早かつ不相当であ
り、係争情報は公開条例九条一項一号の「個人に関する情報」に該当すると解すべ
きである。
 また、地方公共団体による財産の取得は本来議会の議決事項であるとの被控訴人
の主張は地方自治法九六条一項八号の規定を誤解するものである。すなわち、地方
公共団体の長は同法一四九条六号により財産の取得を原則として単独ですることが
でき、条例に定められた特に高額かつ重要な財産の取得についてのみ例外的に議会
の議決が必要とされるのであって、右主張は公益性を基礎づける根拠とはならな
い。
 更に被控訴人主張の土地政策審議会提言は一部有識者の集合体の意見にすぎず、
これによって広く国民全体のコンセンサスが得られているとはいえない。右提言自
体、土地の売買価格に関する情報を広く一般に開示することを前提とせず、むしろ
プライバシーに関する懸念が社会一般に存在していることを承認しているし、公共
用地の売買であっても私人間の土地売買と異ならず、それが私事であってプライバ
シーであることは明らかである。更に、情報公開条例の制度趣旨や規定の文言は地
方公共団体の個別的・具体的事情により異なるのであるから、支障の有無はあくま
で当該地方公共
団体内における支障の有無を検討すべきものである。なお、川崎市は所在地につき
従前は地番を含めて公開していたが、最近になって地番は非公開とするに至ってお
り(乙一〇)、このことは所在地及び価格に関する情報の全面的公開により何らか
の支障が生じたことを示すものである。
2 被控訴人の主張
 公開条例九条一項一号かっこ書は保護されるべきものを市民の生命、身体、財産
等に限定しておらず、そのことは同項二号ただし書との規定の仕方の相違から明ら
かであり、控訴人の主張は前提から誤っている。
 係争情報は市の取得した財産の対価及び今後取得する財産の予定対価であり(公
社が取得した場合でもそれは市の先行取得依頼に基づくもので、市は公社の取得価
格に利息等を加算した価格でこれを買い取ることが義務づけられているし、金融機
関に対し公社の取得資金債務を連帯保証している。)、市の予算の執行に関する情
報であるから、これを公開することが公益に合致している。本来、地方公共団体に
よる財産の取得は議会の議決事項であり(地方自治法九六条一項八号)、当該財産
の取得の必要性や対価の適正性は公開の議場において議論されるべきであり、横浜
市の場合、条例により面積二万平方メートル未満又は価格一億円未満の土地の取得
については議決事項から除かれ市長の権限において処置できるものとされている
が、係争情報は市長の権限が適正に行使されているかをチェックするために必要不
可欠な資料であり、その価格が議会の議決事項にならない範囲であるからといって
これを秘匿しなければならない合理的な理由はない。また、地方公共団体の長は財
政状況の公表義務があり(同法二四三条の三)、地方公共団体を一方の当事者とす
る土地売買は住民の監査請求の対象である(同法二四二条)が、係争情報に住民が
アクセスすることができなければ住民の監査請求権は絵に描いた餅となってしま
う。
 更に係争情報の対象土地が寄付などにより取得されたものも含むとしても、本件
非公開処分の当否に影響はない。公有地拡大法七条が採用する公示価格規準主義
は、公有地拡大法固有の原則ではなく都市計画区域内における公共事業を行うため
のすべての用地取得に適用される地価公示法九条に規定され、市や公社が土地を取
得する場合にはそれが同法所定の先買制度によるか否かにかかわらず実際上すべて
公示価格規準主義が適用される(なお、贈与等の無償取得の
場合でも公示価格を規準として簿価が設定される。)。公示価格規準主義に即して
決定される公有地の取得価格の公表は、第一に右価格が売主の主観的事情を反映し
ないこと、第二に公示価格を規準としてこれに時点修正、地域要因、個別的要因に
基づく修正を踏まえて標準地以外の特定の土地の客観的価格(公示価格規準価格)
を把握することは近似的な価格を把握する限度では極めて容易であることからし
て、係争情報は近似的には既知である情報の公表というべきであって、売主のプラ
イバシーを侵害しないか侵害性は希薄であるというべきである。原判決は控訴人主
張のように価格の一律性を肯定するものではなく、対象土地と標準地との価格の差
は主観的な条件ではなく客観的な条件の相違を反映するものであるという公示価格
規準主義を指摘したものにすぎない。
 土地の売買価格に関する情報の公開が売買当事者のプライバシー侵害にはならな
いという考え方はいまや社会的コンセンサスを得ている。このことは土地政策審議
会の平成一一年一月一三日付けの提言における「土地の実売価格及び成約賃料は個
人の基本的人権にかかわる情報とはいえず、その開示がプライバシーの侵害に当た
るとは考えられない。」との判断等(甲二四)にも端的に示されている。また、公
共用地の売買は私事としてのプライバシーでないことは明白であるし、情報公開に
よって侵害され得る個人の利益が情報公開の意義を上回るほどでなければ公開条例
九条一項一号の非開示事由を充足するとはいえないところ、仮に係争情報が個人情
報であるとしてもそのプライバシー性は極めて希薄で、これを公開することは同号
かっこ書の公益上特に必要と認められる場合に該当するから、非開示事由があると
はいえない。
三 公開条例九条一項二号該当性の有無
1 控訴人の主張
 当該法人等に「明らかに不利益を与える」おそれが経験則上容易に予測される場
合は公開条例九条一項二号に該当するのであって、不利益を生ずる具体的状況が客
観的に存在することは必要ではない。
 公共事業の対象となる法人は比較的小規模のものが多く、右二の個人の場合と同
様に土地の譲渡は保有資産全部の情報にほとんど匹敵するものである。また、公示
価格との規準の問題等も右個人の場合と同様であり、結局係争情報の公開は公示価
格から乖離した実際の取得価格の公開につながり、当該法人の財産の運用状況や経
営状況等の特殊性が十
分推測されるものであって、このような状態を惹起することは当該法人の営業上の
地位等に明らかに不利益を与えることが経験則上容易に予測される。したがって、
係争情報は公開条例九条一項二号に該当する。
2 被控訴人の主張
 前記のように個人が売主の場合にその処分価格の公表は売主に格別の不利益を与
えるものではなく、法人が売主の場合にも同様のことがいえる。法人が営業の基盤
である土地を手放したという事実が当該法人の信用評価にかかわるケースもあり得
るが、それは係争情報の公表を待つまでもなく登記簿等によって明らかな事実であ
る。
四 公開条例九条一項六号該当性の有無
1 控訴人の主張
 公開条例九条一項六号は非公開事由につき「損なわれると認められるもの」等と
規定し、支障が客観的に認められることを要件とするものではなく、単に支障を及
ぼすおそれないし可能性を要件としており、また、右支障を及ぼすおそれは現実的
かつ具体的なものであることを要しないと解すべきである。なぜなら、情報は本質
的にその流通先、使用先、利用方法等のすべてを把握することが不可能で、事前に
支障が生じるおそれを現実的かつ具体的に主張立証することも不可能であり、しか
も情報が流通して現実的かつ具体的な支障が生じてからそれを回復することも困難
である上、いわゆるインキャメラのような制度がない以上当該文書を証拠として提
出することもできないが、この主張立証がないために非公開決定の取消しが認めら
れるとすれば本来公開すべきではない文書を公開させることにもなってその影響は
重大であるところ、このような事態は情報開示によって得られる利益とプライバシ
ーや円滑な行政の必要等の開示によって影響を受ける側の利益とを考慮しそのバラ
ンスの上に開示請求権を認めようとした公開条例の趣旨に反するもので、同号がこ
のような事態を容認しているとは考えられないからである。また、現実の行政事務
において作成、取得される文書には様々なものがあり、その文書の公開によって生
じる支障については当該行政機関の判断が尊重されるべきである。
 その他、前記のように係争情報については知られたくないというのが市民感情で
あり、その公開は関係当事者との信頼関係を損なうし、土地の取得価格は個別的要
因のほか地域要因や地価の変動等も複合的に作用して形成されるもので、相手方が
近隣の先例価格に固執することも数多く存在するので
あって、このような用地買収交渉の実務を「考え難い」「実効性のある行動ではな
い」として無視することはできない。また、前記のように本件における係争情報の
対象土地には事業用地も含まれており、係争情報を公開することは、買収交渉中は
もちろんその後であっても隣接地域における今後の用地買収交歩を著しく困難とし
ひいては用地買収を前提とする公共事業そのものの執行に著しい支障を来すおそれ
がある。
2 被控訴人の主張
 支障の有無を判断する論理的前提として情報がどのように利用されるかが想定さ
れるべきものではあるが、それは請求者が主観的に考えている利用法に限らず広く
一般に当該情報が公開された場合、実際には当該情報が行政にとって最も困る相手
に困る状況の下で利用される場合を想定すれば十分であり、本件の場合は今後の買
収予定地の所有者が従前の買収価格を知ることを想定すれば足りる。また、それが
行政事務に支障を与えるか否かの判断は当該情報の内容把握と密接な関係にある
が、係争情報は地方公共団体の事務にかかわるもので地方自治法等に基づき全国の
地方公共団体が普遍的に取り扱っているものであるから、裁判所は客観的に支障の
有無について判断することができるといえる。
 なお、不開示情報に関し、情報公開法五条六号は「事務又は事業の適正な遂行に
支障を及ぼすおそれがあるもの」と規定しているが、右規定の行政解釈(行政改革
委員会の平成八年一二月一六日付け「情報公開法要綱案の考え方」)は「行政機関
に広範な裁量権を与える趣旨ではない。」「『支障』の程度は名目的なものでは足
りず実質的なものが要求され、『おそれ』の程度も単なる確率的な可能性ではなく
法的保護に値する蓋然性が当然に要求されることとなる。」としており、これより
厳格に「著しい支障があると認められる」場合に不開示情報とする旨を規定してい
る公開条例九条一項六号の規定を控訴人主張のように解すべき余地はない。
 土地の価格情報を知られたくないという市民感情があるとしても、そのような主
観的感情は客観的に保護されるべきものではない。また、買収済みの特定の土地の
売買価格公表は買収機関による提示価格の合理性を根拠づける具体的資料ともな
り、このような合理的な説得には耳を傾けるというのが通常の市民像であり、これ
に理解を示さない売主が存在するとしても情報公開の可否を検討する上で「いかな
る合理的な説得も受
け付けない無知蒙昧な住民」を基準とすることは不適切である。売主が買収交渉に
応じないとか過大な対価に固執することは一般の取引においてもしばしば存在する
事態であり、それが「著しい支障」であるとはいえない。公共事業用地の買収に関
しては土地収用法という鞭と租税特別措置法という飴が制度的に用意されているの
であるから、売主の不合理な反対などは手続の流れを左右する客観的な支障とはな
り得ない。そして現に公開している地方公共団体が支障がないと回答していること
(甲二三の一、三、五)に照らせば、控訴人の主張は事実の根拠を欠くものという
べきである。
第三 証拠関係
 証拠関係は、本件訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引
用する。
第四 当裁判所の判断
 当裁判所も被控訴人の請求は原判決認容の限度で理由があり、その附帯控訴に係
る請求につき訴えを却下した原判決は相当であると判断する。その理由は次のとお
り付け加えるほかは原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載
のとおりであるから、これを引用する。
一 訴えの利益の有無
1 被控訴人は違法な非公開処分がされた場合、その取消しによって公開条例の定
める手続による公開を求める権利の侵害状態が回復されない限り訴えの利益は消滅
しないと主張する。
2 公開条例は請求者の知・不知を公開請求の要件としていないから、取消訴訟提
起の前後を問わず、被控訴人が何らかの機会に何らかの方法によって当該文書の内
容を知り又は写しを入手したというだけでは非公開処分取消しの利益は失われない
のが原則であるといえる。
 しかし、公文書の公開請求は、その請求自体あるいは当該文書の公開によって行
政の公開性を高め、住民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進
に資するものであるが、その第一次的な目的は請求者において当該文書の内容を了
知することにあると考えられる(なお、公開請求は住民監査請求の前提ないし手段
として用いられることがあるが、公開された文書の検討やそれに基づく住民監査請
求等を公開請求の第一次的な目的とすることができないことは明らかである。)。
 そして、本件においては公開を求められている当の相手方が訴訟手続という厳正
な手続の中で当該文書を証拠(書証)として提出しているものであり、このような
場合には、当該文書の原本自体が提出されるときはもとより、原本に代えて写し
が証拠として提出されるときであっても正確な写しであることが十分に担保されて
いるから、いずれにしても、その副本(写し)が請求当事者に交付されることによ
り、文書公開手続において請求者の求めに応じて写しが交付され、請求者が公開条
例による第一次的な目的を達したのと全く同じ結果が実現されることになる。
 なお、公開条例は、公開の方法として閲覧と写しの交付という二種の態様を定め
ており、両者間に公開方法としての軽重の差を設けていないが、原本の正確な写し
が交付される場合、請求者は文書原本の記載内容を了知できることに加え、その写
し自体を入手、保存することによりいつでもその内容を確認できることからすれ
ば、特段の事情がない限り、写しの交付によって公開請求の第一次的な目的は達成
されるものと考えられる。本件公開請求において被控訴人は本件各文書につきいず
れも写しの交付を求め、更に代替地一覧表については閲覧も求めているが、写しの
交付を得るほかに当該文書を閲覧することに特に重要な意義があるとすべき事情が
あることは窺われない。
3 公開請求に対する非公開処分取消訴訟の認容判決(取消判決)は、行政庁等を
して改めて公開請求に対する処分をしなければならない状態に復させるだけで、右
判決によって当然に当該文書が公開されることになるわけではないが、行政庁等は
取消判決の拘束力により、再び同じ理由により非公開処分をすることはできないこ
とになる。そして本件の場合、取消判決がされると、控訴人が他の理由で再度非公
開処分をすることのない限り当該文書が公開されることになる。被控訴人が本件取
消訴訟を提起した終局の目的は、右のようにして当該文書の公開を図ることにある
と考えられる。本件においては、前記のようにこの目的は実質的に達成されている
とみることができる。
4 処分取消訴訟の係属中に行政庁等が処分の一部を撤回、変更等をすることによ
り訴えの対象に変動を生じることは他に例がないわけではなく、そのような場合を
含め処分の名宛人が処分取消しによらずに利益を回復し目的を達した場合には訴え
の利益は消滅すると解される(最高裁判所昭和五七年九月九日判決・民集三六巻九
号一六七九頁参照)。
5 被控訴人は、公開条例による文書公開は同条例の定める手続によって公文書の
公開を求める権利を具体的に保障するものである旨主張する。
 公開条例による文書公開制度の趣旨目的
を、文書の公開を求める権利が究極的には憲法に由来していることや、公開条例の
制定に至る社会的歴史的背景等に照らして考えると、公開条例は請求者にその規定
に基づく公開決定を得てその手続の中で閲覧ないし写しの交付を求めるという公正
な手続によることの利益を保障していると解するのは理由のあることである。しか
し、本件のように現に当該文書の写しを前記の方法で入手している当事者について
は例外的に処分取消しの利益が消滅したとすることが公開条例の趣旨目的に反する
とまではいえない。
6 以上のことからすると、控訴人が本件非公開処分において非公開としていた文
書の一部分(代替地一覧表の「所在地」並びに資産明細表の「資産名」のうちの地
番及び「所在地」の部分)を書証(乙六の一ないし四、乙七)として提出し開示す
るに至った本件においては、更に右非公開処分を取り消す利益はもはやなく、訴え
の利益は消滅したというべきである。
二 公開条例九条一項一号該当性の有無
1 原判決書三四頁八行目の「該当する」の次に「との」を加え、同三五頁三行目
の「継続中」を「係属中」に、同三六頁七行目の「からの」を「による」に、同三
七頁二行目の「整う」を「調う」に、同頁一〇行目の「資産」から同一一行目から
一二行目にかけての「証拠はない。」までを「資産等の一覧表である(なお、証拠
(乙六の一ないし四、七、一一、一二)及び弁論の全趣旨によると、係争情報の対
象土地は公有地拡大法四条、五条の先買制度によって取得されたものだけではなく
寄付など他の理由によって取得されたものも含まれている(市が取得した代替地一
二五〇件のうち先買制度による取得は五一件で他は購入、交換、寄付等によるもの
であり、公社が取得した先行取得用地一五三件のうち先買制度による取得は六七件
で他は公有地拡大法一七条一項一号により道路、公園等の事業用地として取得した
土地等であることが認められる。しかし、右のうち有償で取得されたものは先買制
度で取得されたものと別異に扱うべき理由はないし、寄付等無償で取得されたもの
については有償で取得されたものに比してプライバシーとしての要保護性が弱いと
いうべきであるから、実質的に見て公開条例九条一項一号の個人に関する情報に該
当するとすることはできない。したがって、以下においては公有地拡大法の先買制
度を含め有償で取得された土地について更に検討を加えることとする
。)。」に、同四〇頁一一行目の「係争情報は、公有地拡大法に基づく」を「係争
情報は、それが公有地拡大法の先買制度に基づいて取得された土地に関しては同法
による」に、同四一頁一行目の「整った」を「調った」に、同三行目の「高いとい
うものである。」を「高いもので、他の有償で取得された土地に関する係争情報も
同様である。」にそれぞれ改める。
2 控訴人は、公開条例九条一項一号を原判決のように解すると個人資産の売却価
格はすべて保護の対象となり得ないという不合理な結果を招く旨主張するが、右売
却価格が公開されるのは本件のような地方公共団体や土地開発公社との取引の場合
に限られ、私人間の取引までもが公開されるものではなく、また、右地方公共団体
等との取引においてはその公開が公益上特に必要と認められることは前記(引用の
原判決記載)のとおりであるから、右主張は採用できない。
 また、控訴人は土地の状況・特性は千差万別で市や公社による公有地の取得価格
は公示価格を規準に一律に決められる性格が強いなどとはいえないとして原判決の
認定判断が相当ではない旨主張する。しかし、公有地拡大法七条、地価公示法一一
条によれば公有地の取得価格は公示価格を規準としてそれに必要な時点修正、地域
要因、個別的要因に基づく修正をして算定されるべきもので、私人間の取引に時と
して見られるような駆け引きや投機等の思惑によって価格が大きく変動するもので
あってはならないというべきであるから、原判決の右認定判断は相当である。
 その余の控訴人の当審における主張も、独自の見解であるか原判決の認定判断を
覆すに足りるものではないから、いずれも採用することができない。
三 公開条例九条一項二号該当性の有無
 控訴人は、公開条例九条一項二号に該当するといえるためには不利益を生ずる具
体的状況が客観的に存在することは必要ではない旨主張するが、採用できず、ま
た、公共事業の対象となる法人は比較的小規模のものが多いと認めるに足りる証拠
もない。法人が営業基盤となっている土地を手放した場合その事実が当該法人の信
用評価にかかわることがあるとしても、そのことは登記簿等によっても明らかにな
る事実であるし、法人等が売主である場合に前記の個人が売主の場合以上にその処
分価格の公表が売主に格別の不利益を与えるものというべき根拠もなく、控訴人の
主張は採用できない。
四 公開条例九条一項六号該
当性の有無
1 控訴人は、公開条例九条一項六号は非公開事由は単に支障を及ぼすおそれない
し可能性を要件とするもので、また右支障を及ぼすおそれは現実的かつ具体的なも
のであることを要しないなどと主張する。
 しかし、情報については本質的にその流通先、使用先、利用方法等のすべてを把
握し、生じ得る支障を現実的かつ具体的に事前に主張立証することは不可能である
といえるが、そのことから右主張のように同号を解釈することはできず、また右解
釈によれば契約に関する情報はほとんどすべてがこれに該当することになってその
不当であることは明らかである。そして右支障等は一般に想定される流通先や利用
方法等の中で最も関係当事者間の信頼関係を損なったり当該事務事業若しくは将来
の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障を及ぼす場合を想定して検討す
れば足りるところ、本件において係争情報の公開により信頼関係を損なうおそれが
あるのは当該取引における売主であり、将来の同種事業の円滑な執行に支障を及ぼ
すのは今後の買収予定地の所有者であるということができる。しかし、前記(引用
の原判決記載)のように右公開により売主を含む関係当事者との信頼関係を損なつ
たり今後の買収予定地の所有者との間で著しい支障が生じるということもできない
から、右主張は採用できない。
2 なお、控訴人は係争情報につき知られたくないという市民感情があるとする
が、そうであるとしても公有地の取得に関しては右感情は保護されるべき利益とい
うことはできない。
 また、用地買収の実務において相手方が近隣の先例価格に固執することがあると
しても、右相手方の対応は不合理であり、相手方がそれに固執し続ける場合には土
地収用法の適用などの別途の方策によって解消し得るものであるから著しい支障と
いうことはできず、情報公開をするか否かを右のような者の存否にかかるものとす
ることはできない。
第五 結論
 よって、控訴人の本件控訴及び被控訴人の附帯控訴はいずれも理由がないから棄
却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一
項本文、六一条を適用して主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第一七民事部
裁判長裁判官 新村正人
裁判官 宮岡章
裁判官 笠井勝彦

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