弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4及び被告Y5は,原告に
対し,連帯して,1億0750万円及びこれに対する平成19年12
月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告Y1と被告Y6が別紙物件目録記載の土地建物についてした平成
19年6月26日付け贈与契約を取り消す。
3被告Y6は,別紙物件目録記載の土地について,D地方法務局a出張
所【以下省略】の持分全部移転登記及び同目録記載の建物について,同
法務局同出張所【以下省略】の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
4原告の被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4及び被告Y5に対
するその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,原告と被告Y6を除く被告らとの間では,原告に生じ
た費用の10分の9を同被告らの負担とし,その余を各自の負担とし,
原告と被告Y6との間では,原告に生じた費用の20分の1を同被告
の負担とし,その余を各自の負担とする。
6この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
()被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4及び被告Y5(以下,上記被1
告らを総称して「元取締役被告ら」という。)は,原告に対し,連帯して,
1億1407万円及びこれに対する平成19年12月8日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
()主文第2項及び第3項と同旨2
()訴訟費用は被告らの負担とする。3
()上記()につき仮執行宣言41
2請求の趣旨に対する答弁
()原告の請求をいずれも棄却する。1
()訴訟費用は原告の負担とする。2
第2事案の概要
1本件は,原告が,株式会社Aの発行済み全株式を無償で取得してA社を完全
子会社化した上,A社に対し1億円の増資をしたことについて,同増資は原告
の大株主であったBが代表取締役を務める株式会社C1のA社に対する債権を
期限前に回収することを目的としてされたものであり,原告の取締役会におい
てこれらの事項に係る議案に賛成した元取締役被告らは,取締役としての善管
注意義務に違反したものであると主張して,元取締役被告らに対し,会社法4
23条に基づく損害賠償(増資金相当額及び費用合計1億1407万円)と訴
状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めるとともに,被告Y1が代表
取締役を退任する直前に,上記損害賠償を免れる目的で,妻である被告Y6に
別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を贈与したこ
とは詐害行為にあたると主張して,被告Y6に対し,同贈与契約の取消と同契
約に基づきされた登記の抹消登記手続を求めた事案である。
2争いのない事実等(証拠により認定した事実については,その末尾の括弧内
に証拠を掲げる。)
()当事者等1
ア原告
原告は,時計,時計バンド等の製造,販売及び輸出入等を目的とし,株
式をジャスダック証券取引所に上場する株式会社である。(甲1,甲1
9)
イ被告ら
元取締役被告らは,平成18年6月29日から平成19年6月28日ま
での間,原告の取締役であった。被告Y1は,平成19年2月26日から
取締役退任までの間,原告の代表取締役であった。(甲1)
被告Y6は,被告Y1の妻である。
なお,元取締役被告らのほか,X1及びX2も,平成19年5月1日当
時,原告の取締役を務めていた。(甲1)
ウA社
A社は,金物,荒物,雑貨及び化粧品の販売等を目的とする株式会社で
ある(平成19年8月10日破産手続開始)。(甲2)
なお,被告Y2は,同年4月27日,A社創業家一族のE1と共にA社
の代表取締役に,被告Y4は取締役に,それぞれ就任している。(甲2,
乙5)
エC1社及びB
C1社は,日用品雑貨等の製造,販売及び輸出入等を目的とし,Bが平
成15年5月以前から代表取締役を務める株式会社である(平成19年7
月6日再生手続開始)。C1社は,A社の重要な仕入れ先として,A社に
対し多額の債権を有していた。(甲4,甲18,乙42)
Bは,後記()のとおり,平成18年3月ころから平成19年3月まで9
原告の筆頭株主であり,その後も,原告の大株主であった。(甲3,乙3
9,乙42)
なお,被告Y2は,平成13年11月から,C1社のグループ会社であ
る株式会社C2の代表取締役を務め,平成16年5月には,Bが筆頭株主
であった株式会社C3の取締役に就任し,平成18年6月29日,Bの推
薦により原告の取締役に就任している。(甲6,甲32,甲33,被告Y
2本人)
()A社子会社化の端緒2
平成18年夏ころ,原告において,A社を子会社化して同社の増資をする
こと(以下,A社の子会社化と同社に対する増資を総称して「本件買収」と
いう。)が検討されるようになった。本件買収案件は,元取締役被告らの中
でも被告Y2が主導した。(甲10)
()デューデリジェンスの実施3
被告Y2は,平成19年1月17日の取締役会の了承の下,F1会計事務
所の公認会計士F2に対し,A社の財務内容及びA社株式の評価に関する調
査を依頼し,元取締役被告らを含めた当時の原告の取締役は,同年4月13
日ころ,上記F2から,調査報告書(甲7。以下「F2報告書」という。)
を受領した。
F2報告書においては,A社の財務内容について,帳簿上,既に2億22
00万円の債務超過があり,さらに死蔵在庫等不良資産を考慮すればその額
は2億5000万円ないし3億円に達するものと予想され,自力での早期再
生はほぼ確実に無理な状態であること,商品の入出庫記録がなく,在庫の正
確な受払い記録がないため,半期,期末の実地棚卸の結果に基づいて売上原
価を求めるという丼勘定が行われ,商品コードの設定も確定しておらず,パ
ソコン入力すらできない状態にあること等が指摘され,A社株式の評価につ
いて,時価純資産方式,類似業種比準方式,配当還元法,収益還元法,その
他いずれの方法で評価しても0円である旨の報告がされた。(甲7)
()本件買収案件に関する原告社内での議論4
被告Y2は,平成19年4月16日,原告の経営会議において,A社に1
億円の増資をしたいと提案したところ,F2報告書を受領していた経理担当
取締役のX2からは,1億円程度の増資ではA社の財務状況は改善されない
こと,他方,原告の資金繰りに照らせば1億円の支出により資金ショートと
なる危険性があること等を理由に,本件買収案件に反対であるとの意見が出
された。これに対し,被告Y2らは,従前のOEM体制からの脱却のために
は,販売会社であるA社の子会社化により販路を得る必要があること等を理
由にA社の買収を推進した。(甲42,証人X2,被告Y2本人)
()監査役会からの意見5
常勤監査役X3を議長とする原告の監査役会は,平成19年4月27日,
取締役会に対し,本件買収案件が債務超過会社の子会社化であることに鑑み,
コンプライアンスの視点から,同案件がA社の救済を目的とするものではな
いこと,原告にとってA社の子会社化に伴う実益が具体的に見込まれること,
A社の子会社化が原告の財務状況及び今後の増資等の資金調達計画に悪影響
を与えるものでないことについて確認を求め,経営判断の視点から,A社の
買収に当たって十分なデューデリジェンスが行われていないことを理由に,
資料が十分でなく,買収の必要性,相当性について取締役の責任を問われる
リスクがあることに危惧を示す意見書(甲8)を提出した。
()平成19年5月1日の取締役会6
平成19年5月1日,元取締役被告ら,X2及びX3ら監査役3名が出席
して開催されたA社の子会社化を議題とする取締役会(以下「A社買収臨時
取締役会」という。)においては,各取締役らにA社の平成19年度計画書
及び同3か年事業計画等を含む被告Y2,同Y4及びA社のE1作成の資料
(甲9中の議事録に添付のもの。以下「本件取締役会資料」という。)が配
布された。本件取締役会資料には,A社が「C1社の支援で再建に取り組ん
でおり,膿をすべて出し切って再建スピードが上がる」段階にあるとの記載
がされていた。(甲10)
A社買収臨時取締役会では,本件買収案件について,被告Y2から,A社
を子会社化することにより,平成18年6月に原告がG株式会社(変更前の
商号は「G’株式会社」。を子会社化して獲得したグラフト重合法の特許を
用いたグラフトン製品(商品名H)や,その他原告社内の開発グループの開
発製品の販路を確保すると共に,その営業力を利用し,OEM体制からの脱
却を目指すことができること,また,A社は債務超過状態にあることから,
A社の株主から株式の無償譲渡を受けることについて合意を取り付けている
ことといった点について説明が行われた。これに対し,監査役会から,改め
て,債務超過の状態にあるA社を子会社化するにはリスクがあり,取締役会
において,十分な検討の上での経営判断ができるのかとの疑問が呈され,取
締役会としてA社買収の必要性,相当性を市場に合理的に説明できるかどう
かが肝要であるとの意見が出された。また,取締役会を欠席したX1からは,
1年後に再度分析し検討するのがよいといった意見が出され,X2も本件買
収に反対したが,出席した取締役のうちX2を除く元取締役被告ら全員が,
A社株主から株式の無償譲渡を受けること及び譲渡後A社に対し第三者割当
による1億円の増資を実行することに賛成したため,この点に関する議案が
可決された。(甲9)
()原告によるA社の完全子会社化7
上記()の取締役会決議を受け,原告は,平成19年5月1日,A社の創6
業者一族であるE2,E1及びE3から,A社の発行済み全株式を無償で取
得してA社を完全子会社化し,同日付けでA社に対し1億円の増資を行った。
(甲2,甲5)
()A社によるC1社に対する期限前弁済8
A社は,上記()の増資を受けた同日,同金員等を源資とし,C1社宛の7
支払期日が平成19年6月5日,同年7月2日,同年8月2日及び同年9月
2日の約束手形計24通につき,総額1億3021万4501円の期限前弁
済を行った。(甲11ないし13)
()原告における支配権争いと元取締役被告らの退任9
ところで,原告の支配権を巡っては,平成19年3月27日,原告の筆頭
株主がBからI’株式会社(大韓民国内に本店を置き,同国法に準拠して設
立された株式会社。後に株式会社Iに名称変更。)に移り,同年6月の定時
株主総会(以下「本件株主総会」という。)の直前,原告においては,B及
びB側に立つ元取締役被告らと,Jが理事会長を務めるI社との間に熾烈な
支配権争いが生じていた。I社は,元取締役被告らによる本件買収を問題視
して,同月21日,東京地方検察庁に対し,B及び元取締役被告らを特別背
任罪で刑事告訴した。(甲30,乙38,乙39)
そのような中,同年6月12日,元取締役被告らは,基準日後の取得とな
る新株全てについて本件株主総会における議決権行使を認める第三者割当増
資の方式による大規模な新株発行を実施しようとしたが,これに反対するI
社の申立てに基づき,当庁は,同月22日,同新株発行が,元取締役被告ら
経営陣の支配権維持を主要な目的としてされたもので著しく不公正な方法に
よるものとして,これを仮に差し止める旨の決定をした。(甲14)
さらに,同日,I社と共同歩調を取るKが元取締役被告ら及びX2を債務
者として申し立てた株主総会議長職務執行禁止仮処分申立事件において,本
件株主総会の議事進行にあたり元取締役被告らが法令及び定款の遵守を確約
する旨の和解が成立し,続いて,同月27日,被告Y1とI社のJは,L株
式会社のMの仲介により,被告Y3及び被告Y2も立ち会って,翌28日に
開催予定の本件株主総会における取締役の選任に関し,原告とI社双方が集
めた委任状については,I社の修正提案を可決する旨の議決権行使を行い,
B及びC1社から各徴求した議決権行使委任状については,I社の常任代理
人弁護士をして議決権行使をすることを認める旨の合意(乙2。以下「Y1
・J合意」という。)をした。また,Jらは,Mに宛て,和解が成立する限
り,原告旧経営陣(元取締役被告ら)の責任を必要以上に追及することはし
ない旨の念書(乙4。以下「本件念書」という。)を提出し,さらに,同日,
Mは,当時の原告代理人に対し,原告並びにI社及びKら原告の一切の株主
において,元取締役被告らが取締役在任中にした経営判断に関し,民事,刑
事その他一切の責任を追及しない,原告の株主から元取締役被告ら在任中の
経営判断に関し,責任の追及があった場合には,原告,I社及びKは,共同
して元取締役被告らのために行動する,元取締役被告らが損害賠償その他何
らかの責任を負担するに至った場合には,M自らが一切の責任を肩代わりす
る旨の誓約書(乙3。以下「M誓約書」という。)を差し入れた。(甲28,
甲29,乙2ないし4)
そして,同月28日の本件株主総会において,元取締役被告らを原告の取
締役に再任する旨の議案が否決され,元取締役被告らは,同日をもって,原
告の取締役を退任し,代表取締役に就任したX1ら2名のほか,新たに,K
やJら5名が原告の新取締役に選任された。(甲1,甲17)
()被告Y1の贈与10
被告Y1は,本件株主総会直前の平成19年6月26日,別紙物件目録記
載の自宅の土地の持分及び建物を被告Y6に贈与し,請求の趣旨掲記の所有
権(持分)移転の登記手続をした。(甲15,16。以下「本件贈与」とい
う。)
()C1社の再生手続開始11
上記()エのとおり,C1社は,本件株主総会日の翌日である平成19年1
6月29日,東京地方裁判所に再生手続開始の申立てを行い,同年7月6日,
再生手続開始決定を受けた。(甲18)
()A社株式の手形不渡りと株式の無償譲渡12
A社は,平成19年7月5日に手形不渡処分を受けたことから,原告の新
取締役らは,原告の連結会計に与える重大な悪影響を回避するため,同年7
月17日,同年5月1日に無償で取得したA社の発行済み全株式をE1及び
E2に無償で譲渡した。(甲19ないし21)
()A社の破産手続開始13
A社は,上記()ウのとおり,平成19年8月10日,横浜地方裁判所に1
おいて,破産手続開始決定を受けた。(甲2)
3争点
(1)本件買収に関する元取締役被告らの善管注意義務違反の有無
(2)原告の損害及び元取締役被告らの善管注意義務違反と損害との間の因果
関係の有無
()本件贈与の詐害行為該当性3
4当事者の主張
(1)争点(1)(A社の買収に関する元取締役被告らの善管注意義務違反の有
無)について
ア原告の主張
(ア)善管注意義務違反
取締役は,会社に対して善管注意義務を負い,法令等に違反する行為
を行った場合や取締役としての裁量を逸脱する経営判断を行った場合に
は,同義務違反となり,これによって会社が被った損害を賠償する責任
を免れないところ,平成19年5月1日のA社買収臨時取締役会決議に
基づく本件買収には以下のとおり法令違反及び裁量逸脱があり,元取締
役被告らには善管注意義務違反がある。
a法令違反(特別背任)
原告がA社に出資した1億円は,即日,C1社を受取人とするA社
振出の約束手形の期限前弁済に充当されているところ,本件買収にお
いて主導的な役割を担った被告Y2は,C1社の代表取締役であるB
の推薦によって,本件買収の直前に原告の取締役に就任し,そのC1
社は本件買収のわずか2か月後の平成19年7月6日に再生手続の開
始決定を受けている。加えて,元取締役被告らがF2報告書作成前の
時点ですでにA社の子会社化を対外的に表明していたことや,被告Y
2を中心とする元取締役被告らが,本件以前の平成18年8月にも,
A社からC1社に入金があるまでのつなぎ資金として,実質無担保で,
C1社に対し,約9000万円を融資していることなどに鑑みれば,
元取締役被告ら,特にBと密接な関係にあった被告Y2は,A社の財
務状況等にかかわらず,経営危機にあったC1社が多額の融資をして
いるA社を上場会社の子会社にし,当該上場会社の資金によってA社
のC1社に対する債務を弁済し,C1社に資金を環流させることを画
策して,A社を原告の子会社にし,原告からA社に,C1社の要請に
基づく金額として1億円を出資したものといえる。元取締役被告らが,
平成19年4月を「タイムリミット」として本件買収を進めていたの
は,まさに,逼迫していたC1社の資金繰りに関し,同月が「タイム
リミット」であったからであり,繁忙期との関係で,本来は同年3月
までにA社を子会社化する予定であったことから,同年4月を「タイ
ムリミット」としていたとの主張は,F2報告書が同月13日に作成
されていることと矛盾する。なお,被告Y2が原告よりC1社の利益
を優先させていたことは,本件買収後,C1社において再生手続開始
の申立てをすることを知った後の同年6月27日にも,A社をしてC
1社に対する支払をさせていることからも明らかである。
よって,元取締役被告らの行為は,特別背任に該当する。
なお,OEM体制からの脱却や販路の拡大といったA社子会社化の
理由は,元取締役被告らの中でもBに近い被告Y2らが検討した一応
の理屈に過ぎず,また,A社の業務改善についても,平成18年5月
に行われたA社に対する最初のデューデリジェンスの結果を受け,A
社の問題点を取り繕うため,主として本件買収後に行われたものに過
ぎない。そもそも,デューデリジェンスにおいて,対象会社の問題点
が指摘され,子会社とするに耐えないものであることが明らかとなっ
た場合に,買い手側がその業務改善に当たるということは通常考えら
れず,この点からしても,元取締役被告らが,C1社救済のため,他
でもなくA社を子会社化することに拘っていたことが窺える。
b裁量逸脱
取締役の経営判断が,その裁量を逸脱するか否かについては,取締
役が経営上の措置を取った時点で,①その判断の前提となった事実の
認識に重要で不注意な誤りがないこと,及び,②通常の企業経営者を
基準として,意思決定の内容が特に不合理・不適切なものでないこと
を基準として判断されるべきところ(経営判断の原則),元取締役被
告らの行為は,以下のとおり明らかに裁量を逸脱している。
①判断の前提となった事実認識に重要で不注意な誤りがあること
本件買収の対象となったA社は,前記第2の2()のとおり,F3
2報告書において,約3億円の債務超過状態にあり,在庫管理すら
できず,「自力での早期再生はほぼ確実に無理」な状態にあると指
摘されていたのであるから,本件買収の投資リスクが著しく高いこ
とは明らかであったといえ,元取締役被告らは,一般的な投資の場
合と比して極めて慎重な情報収集及び分析を行うことが要求されて
いた。したがって,元取締役被告らとしては,本件買収案件におけ
るリスクの有無及び程度,リスクの軽減及び回避の方策並びにリタ
ーンの有無及び程度,すなわち,1億円の増資によりA社の財務状
況が改善しその経営が安定するのか,A社の買収ではなく子会社の
新設や財務状況の良い他の会社の買収では販路の獲得という目的を
達することができないのか,あるいはまた,A社を買収することで
原告がどの程度具体的なリターンを得られるのかといった点につい
て,情報収集及び分析を行うことが必要であった。
しかしながら,元取締役被告らは,本件買収案件を主導推進して
いた被告Y2作成のA社の事業計画を鵜呑みにし,その正当性,真
実性及び実現可能性についての検証を行わず,資金繰表については,
本件買収当時,合理的なものが存在したとはいえず,結局,A社は,
本件買収からわずか2か月後の平成19年7月5日に手形の不渡り
を出すこととなったのであり,元取締役被告らは,投資判断の前提
となる情報の収集ないし分析を行わず,その他上記の各事項に関し
ても全く検討を行わなかった。
また,元取締役被告らは,A社の経営がC1社に依存しているこ
とを十分に認識しており,C1社が破綻すればA社も破綻すること
になることを認識していたにもかかわらず,C1社の財務状況やC
1社によるA社支援の継続可能性等について何らの検証もしなかっ
た。
よって,本件買収の判断に当たり,元取締役被告らにおいて,同
判断の前提となった事実認識に重要で不注意な誤りがあったことは
明らかである。
②意思決定の内容が特に不合理・不適切なこと
本件買収の当時,原告は4億円から6億円の資金調達が必要であ
り,平成19年6月には資金ショートを起こすことが想定されるな
ど,資金繰りが逼迫しており,1億円の出資が持つリスクは原告に
とって極めて大きいものであった(このように資金ショートの可能
性が生じたのは,株式会社N1に対する投資によるものであり,そ
の意味で,元取締役被告らが,同会社に対する投資額をもって,A
社に対する1億円の出資を相当と主張するのは失当である。)。に
もかかわらず,元取締役被告らは,OEM体制から脱却するために
は販路と営業マンを得ることが必要であるとの理由のみで,本件買
収を行っており,通常の企業経営者であれば当然するであろう上記
①の各事項について何ら検討していない。
元取締役被告らは,業績改善が見込まれるA社の子会社化により,
その売上金を原告の運転資金として活用することもできたなどと主
張するが,A社は,本件買収当時,極めて厳しい財務状況にあり,
原告の出資により経営状況が改善するというよりは,むしろ,1億
円の増資がなければ立ち行かなくなる状況にあったといえ,合理的
な再建計画もなく,原告に対し,運転資金を供与するような余裕は
なかった。すなわち,原告がA社を通じて販売することを検討して
いたHは,N2株式会社の製品であって,原告はその原料であるグ
ラフトンについて特許を有するに過ぎず,N2社と原告及びA社と
の間には何らの関係もなく,そのN2社も,C1社の支援を受けて
いたものの平成19年11月に再生手続が開始されるなど脆弱な財
務状況にあったことが窺われ,Hの販売により,A社の業績改善が
見込まれる状況にはなかった。また,A社の経営は,C1社に大き
く依存しており,加えて,C1社と当時の原告との人的関係に鑑み
れば,C1社を仕入れから外してA社の利益率を上げるといったこ
とも不可能であった。本件買収による連結決算の黒字化も,多額の
債務超過にあるA社を子会社化することにより,かえって原告から
A社への資金流出が懸念されるのであるから,これをもって金融機
関との関係が正常化されることにはならない。平成19年4月及び
同年5月のA社の収支が黒字化していたといっても,約3億円の債
務超過を解消するにはおよそ足りず,この点も,本件買収に係る経
営判断の合理性を基礎付ける事情たり得ない。
資金繰りが逼迫しているのであれば,より慎重な判断が求められ
るというべきである。資金繰りが逼迫しているからといって,善管
注意義務の程度が軽減され,十分な検討を行わずに,リスクの高い
投資を行うことが許されるというものではない。
よって,元取締役被告らの意思決定は,通常の企業経営者を基準
として特に不合理・不適切なものであるといえる。
なお,A社の倒産後,その元従業員が移籍したN3株式会社第3
事業部の業績が順調であり,株式会社N4との取引も再開している
ということは,むしろ,A社ののれんには何の価値も無く,本件買
収の必要性が低かったことの証左である。
③小括
よって,本件買収にかかる元取締役被告らの判断は,経営判断の
原則に照らし,明らかに裁量を逸脱している。
c任務懈怠の推定
被告Y2は平成19年4月27日にA社の代表取締役に就任してい
るから,本件買収における1億円の出資は利益相反取引に該当する。
したがって,本件買収にかかる取締役会決議に賛成した元取締役被告
らには任務懈怠が推定される。
(イ)Y1・J合意及びM誓約書
元取締役被告らは,Y1・J合意や,Mが元取締役被告らの責任を免
除する旨誓約したM誓約書をもって,本件訴訟の提起が不当であるかの
ような主張をするが,取締役の会社に対する責任を免除するためには総
株主の同意が必要であるから,Y1・J合意及びM誓約書は元取締役被
告らの原告に対する責任との関係において何らの意味も持たない。
むしろ,元取締役被告らは,自ら協議を申し入れ,Y1・J合意に当
たり,本件買収に関する刑事告発を取り下げること及び元取締役被告ら
の法的責任を一切追及しないことを求めていたのであって,このことは,
本件買収に関し,元取締役被告らが善管注意義務違反に基づく責任を追
及されることを恐れていたことの証左である。なお,M誓約書について
は,原告はその作成に何ら関与しておらず,Mに対し何らかの権限を付
与したこともない。
イ被告らの主張
(ア)善管注意義務違反
a法令違反(特別背任)
元取締役被告らは,自己若しくは第三者の利益を図り又は原告に損
害を加える目的を有したことはなく,また,任務違背行為を行ってお
らず,原告に財産上の損害も加えていない。
なお,原告が出資した1億円は,下記b③のとおり,期限前弁済で
はなく,本来の支払期限を猶予するため複数回にわたって差し替えら
れた手形について,C1社に対する弁済に充てられたのであり,本来
の支払期限を相当期間徒過した後の正当な弁済であった。また,C1
社が再生手続開始の申立てをすることとなったのは,原告及びA社と
は全く関係のない取引で得た手形が不渡りとなったためであって,本
件買収に係る取締役会決議を行った平成19年5月1日当時,そのよ
うな突発的な経済事故は予想できるものではなかった。なお,同年6
月27日付けの3401万1348円の送金は,C1社その他数社に
対する買掛金の支払として送金したものであり,これにより,A社は,
仕入れを行った約1000万円分の輸入商品の引渡しを受けたのであ
って,同送金は適正な取引に基づく代金決済である。被告Y2が,上
記の送金時に,C1社の再生手続開始の申立てを知っていたというこ
とはない。
よって,元取締役被告らによる本件買収は特別背任行為に該当しな
い。
b裁量逸脱
以下のとおり,元取締役被告らによる本件買収という経営判断に当
たっては,十分な情報の収集,分析及び検討が行われ,事実認識に不
注意な誤りはなく,また,当該事実認識に基づく意思決定の推論過程
及び内容には合理性があり,元取締役被告らに裁量逸脱はない。
①本件買収の必要性及び合理性
原告の資金繰りは平成17年9月ころから逼迫し,金融機関から
新規融資を打ち切られるなどし,市場からの資金調達も困難となっ
ていたところ,元取締役被告らは,原告の経営不振の原因が,部品
供給先の好不況に左右され,中国等との価格競争から収益を上げる
ことが困難となった原告のOEM体制と原告の完全子会社であるN
5社に対する約30億円にまで積み重なった投資と貸付にあると把
握し,現状打開のためには,OEM体制からの脱却と販路の拡大に
よる業績の向上,すなわち,原告が子会社化したG社のグラフト重
合法の特許を利用したグラフトン製品や原告社内の開発グループの
開発製品の早期の販路拡大が必要であると考えた。
そこで,被告Y2は,原告の業績回復のために不可欠な販路拡大
の方策として,グラフトン製品の納入先として有力なN4社等を主
力取引先とし,若く,仕事に対する熱意を持ち,取引先からの信頼
が厚い営業マンを擁するA社の子会社化を推進することとした。A
社については,すでに平成18年5月に販路拡大の検討に当たって
デューデリジェンスが行われており,その後1年間,在庫管理等の
システムを稼働させるなどして業務の改善が図られ,上場会社の子
会社となるに当たって不適当な部分の修正や不良在庫の処分を行っ
たため,F2報告書に記載のとおり債務超過を増大させてはいたが,
単年度収支については,子会社後初年度から黒字化が見込まれてい
た(なお,F2報告書に,A社において,在庫管理ができていない
と指摘されているのは,本件買収に当たり,A社の企業価値評価を
できる限り低く抑えるべく,原告から,その改善について触れない
よう依頼したからに過ぎない。)。元取締役被告らは,A社の子会
社化について,取締役会及び経営会議で多数回協議を重ね,手堅く
作成されたA社の半期資金繰表等を検討し,A社の主力取引先であ
るN4社については,株式会社N6に対する売掛債権譲渡による資
金回収の前倒しが可能であり,加えて,原告がA社を子会社化する
ことによる与信供給により,A社振出の手形で商品調達が可能にな
れば,その運転資金として,原告が出資する1億円以外には新規調
達をしなくても資金ショートを生じることはなく,むしろ,出資金
1億円をもって輸入品をC1社経由で調達し,手形の支払期限まで
の間,N6社を利用して早期の資金回収を図ることにより,A社の
売上げを原告の運転資金として活用することもできると判断し,ま
た,原告の子会社となることにより,信用力を得て輸入コードを取
得するなどし,海外メーカーからの直接輸入を行い,それまでC1
社等に支払っていた輸入代行手数料を支払う必要がなくなって,利
益率を向上させるなど,更なる黒字化,業績の改善も見込まれ,こ
のように,黒字化が見込まれるA社の子会社化により連結決算を黒
字化することができ,金融機関からの借入を再開することができる
見込みがあるなどの利点があると考えた。
なお,A社の倒産後,A社元従業員が移籍したN3社第3事業部
がN4社との取引も再開し,その経営が順調であることは,元取締
役被告らの判断が相当であったこと,また,下記③のとおり,A社
はC1社の支援を受けてはいたが,C1社が破綻すればA社も破綻
するという関係にはなかったことを裏付ける。
②A社に対する1億円の出資の相当性
本件買収に当たってのA社への1億円という出資額は,A社の活
用によるOEM体制からの脱却という本件買収の目的,原告の財務
状況及び原告が再建スポンサーとなったN1社に対する投資額に鑑
みれば,過大とはいえず,相当であったといえ,I社により差し止
められた平成19年6月の新株発行により資金調達が行われていれ
ば,同出資をもってしても,金融返済にも十分対応できた。
③C1社に対する弁済の必要性と本件買収との関連性
A社が,C1社に対し,平成19年5月1日,期限前弁済を行っ
た支払期限未到来の手形は,A社の信用不足により手形仕入れがで
きない分をC1社の仕入れとし,A社がC1社を受取人として振り
出した手形の支払期限を延長するなどしてA社の資金繰りに協力し
ていたC1社が本来の支払期限を延長猶予し,複数回にわたって差
し替えられたものであった。A社は,秋から年末に向けての繁忙期
を控え,問屋から大量仕入れの必要が生じ,これに先立ち,C1社
から継続的な支援を受けるため,C1社に対し,債務の相当額をい
ったん弁済して,C1社に対する仕入れ枠,実質的にはC1社のA
社に対する貸付枠を拡大する必要が生じたことから,上記のとおり
本来の支払期限を相当期間徒過した後に,原告から出資を受けた1
億円をC1社に対する弁済に充てたのであり,原告の出資金は,実
質的にはA社の商品仕入れ資金となった。上記①のとおり,原告が
A社を子会社化する利点の一つとして,A社の業績を更に改善し,
連結決算を黒字化することができるという点があったところ,元取
締役被告らが,平成19年4月を1億円出資の「タイムリミット」
としていたのも,本来同年3月までに子会社化する予定のところ増
資に失敗したのであるが,A社を販売会社として有効活用するため
には,上記繁忙期に向け,C1社の輸入品調達力に頼るべくC1社
に対する債務を縮減し,A社に対して早期の,かつ,十分な商品発
注を可能ならしめ,その業績向上に資する必要があったからであり,
そのため出資と同日にC1社に対する弁済が行われたに過ぎず,本
件買収とC1社に対する弁済との間に関連性があるわけではない。
なお,F2報告書については,子会社化が遅れる見込みとなり,直
近報告が望ましいとして完成延期を依頼したため,同年3月ではな
く,同年4月に作成されたに過ぎない。
④小括
以上のように,元取締役被告らは,十分な情報収集及び分析の上
での事実認識に基づき,本件買収という経営判断を行ったもので,
同判断の内容には合理性,相当性があり,裁量逸脱はない。
c任務懈怠の推定
被告Y2がA社の代表取締役の地位にあったとしても,原告がA社
に1億円の増資をして同額の資金を拠出した行為自体は,原告と被告
Y2との間において利害の衝突を惹起すべき行為ではなく,利益相反
取引に該当しない。
なお,A社買収臨時取締役会は,実際には,被告Y2がA社の代表
取締役に就任するための役員登記手続の申請及びA社株式の譲渡契約
の締結を行った翌日の平成19年4月27日午後に行われた。もっと
も,その直後が休日であり,同年5月1日に増資払込等の手続が行わ
れ,さらに,ジャスダック証券取引所との開示打合せが遅れ,取締役
会決議の開示が同月2日となってしまったため,同議事録の作成日付
を同月1日に修正した。
(イ)Y1・J合意及びM誓約書
平成19年6月27日,Jらからの申入れにより,Mの仲介でY1・
J合意が成立し,さらに,同日,Mは,当時の原告代理人に対し,原告
並びにI社及びKら原告の一切の株主において,元取締役被告らが取締
役在任中にした経営判断に関し,民事,刑事その他一切の責任を追及し
ない旨を誓約したM誓約書を差し入れ,これらをもって,元取締役被告
らとI社との間の支配権争いは終結した。
にもかかわらず,原告は,証券市場及びジャスダック証券取引所に対
し体裁を繕うために本件訴訟を提起したのであって,不当である。
なお,M誓約書について,原告は,Mに何らの権限も付与したことは
なく知らないと主張するが,同日,MのほかJらも署名した,元取締役
被告らの責任を必要以上に追及しないとの本件念書も作成されており,
原告の主張は事実に反する。
()争点()(原告の損害及び元取締役被告らの善管注意義務違反と損害との22
間の因果関係の有無)について
ア原告の主張
(ア)A社に対する増資1億円
原告が出資した1億円は,A社の再建にとって意味のあるものではな
く,C1社に環流されるにとどまった。したがって,原告が1億円を出
資した時点で,原告には1億円の損害が発生し,この損害と上記(1)ア
(ア)の元取締役被告らの善管注意義務違反との間には因果関係がある。
その後,C1社の経営破綻(再生手続開始申立て)によって被告Y2
が作成したA社の事業計画が達成されないことが明白になり,平成19
年7月17日,原告がA社の全株式をE1及びE2に無償で譲渡したこ
とにより,会計的にも1億円の損失発生が確定した。
なお,元取締役被告らは,原告が運転資金を取り上げたことがA社倒
産の原因であると主張するが,A社は原告が1億円を出資した同年5月
1日の段階で3億円の債務超過会社だったのであり,上記のとおり,そ
のような会社に1億円の出資をした時点で,原告にはすでに1億円の損
害が生じたといえる。さらに言えば,原告がA社の運転資金を取り上げ
たということはない。すなわち,同年6月27日,Y1・J合意に当た
って協議が行われた際,翌々日の同月29日にC1社が再生手続開始の
申立てをすることについて話題に上っていたにもかかわらず,同協議に
立ち会った被告Y2は,同月27日,前払いの名目でA社の口座から3
410万1348円(元取締役被告らの主張によっても,うち約240
0万円)をC1社に送金し,原告としては,被告Y2がBと共謀して資
産隠しなどのために横領した可能性も否定できないと考え,連結対象で
あるA社の資産保全のため,被告Y2にA社の預金通帳と印鑑を提出さ
せたのである。その後,預金残高に相当するA社の取引先への支払は原
告がA社に代わって行っており,このことがA社倒産の原因となったわ
けではない。
(イ)外部調査委員会の報酬300万円
原告は,平成19年7月17日,外部調査委員会を設置し,A社に対
する増資の引受に関する元取締役被告らの責任の有無について諮問し,
同年8月24日,同調査委員会は調査報告書を提出した(甲22,2
3)。同調査委員会の報酬は300万円であり,同報酬についても,上
記アの元取締役被告らの善管注意義務違反と因果関係のある損害と
いえる。
(ウ)弁護士費用1107万円
本訴にかかる弁護士費用は1107万円を下らない。
(エ)合計1億1407万円
イ被告の主張
いずれも否認ないし争う。
(ア)A社に対する出資
原告がA社に出資した1億円は,上記(1)イ(ア)b①のとおり,元取
締役被告らにおいて,その必要性,合理性があると考えて出資したもの
であり,上記(1)イ(ア)b③のとおり,子会社であるA社のC1社に対
する正当な弁済に充てられたのであるから,原告に損害は発生していな
い。
なお,A社は増資後に倒産したが,その原因は債務超過ではなく,元
取締役被告らの本件買収に係る経営判断とA社の倒産との間に因果関係
はない。A社が1回目の手形不渡処分を受けたのは,I社が平成19年
6月の第三者割当増資の方式による新株発行を差し止め,資金繰りに窮
した原告が,残高約4000万円のA社名義の預金通帳と印鑑を取り上
げて,A社の運転資金を原告の資金手当に流用した上,これを手形の支
払期限である同年7月2日までにA社の銀行口座に返還しなかったため
であり,同年8月2日に2回目の不渡処分を受けたのは,原告が,上記
の通帳と印鑑をA社に返還することなく,さらにA社の小切手,手形帳
をも取り上げて,その営業活動に支障が生じたためである。原告は,A
社の取引先への支払は原告が代わって行ったなどと主張するが,結局は,
手形での弁済を行っている。
(イ)その他
外部調査委員会は原告の顧問弁護士である原告訴訟代理人らによって
構成されているところ,同委員会の活動は顧問業務の範囲内の活動であ
り,これについて別途報酬が発生したという主張は不当である。
(3)争点()(本件贈与の詐害行為該当性)について3
ア原告の主張
被告Y1は,元取締役被告らが原告における支配権争いに敗れ,取締役
を退任することになることが極めて濃厚になった平成19年6月26日に
本件贈与をしているところ,本件贈与当時も現在も,本件土地建物を除い
て他にみるべき資産がなく,にもかかわらず,債権者を害することを知り
ながら,取締役としての責任を追及された場合に備え,財産隠匿目的で被
告Y6に本件土地建物を贈与した。
よって,本件贈与は詐害行為に当たる。
イ被告Y6の主張
本件贈与は,婚姻後20年を経過し,長年の妻の貢献に対し,夫婦間の
贈与特例,すなわち,婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与
については贈与税がかからないという特例を利用して行われたものであり,
債権者を害することを知りながら行われたものではない。贈与そのものを
決めたのは登記がされた平成19年6月26日の約1年前であり,被告Y
6が自ら登記手続を行ったため,時間を要したに過ぎない。なお,同日の
時点では,支配権争いの行方は明らかではなく,M誓約書によれば,被告
Y1は,取締役退任後直ちに原告の相談役に就任し,6か月以内に取締役
に復帰するとされていたのであるから,被告Y1が原告における支配権争
いに敗れ,原告から放逐されることになったことから本件贈与に及んだと
の原告の主張は失当である。
よって,本件贈与は詐害行為に当たらない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(A社の買収に関する元取締役被告らの善管注意義務違反の有無)
について
()認定事実1
前記第2の2の争いのない事実等に加え,末尾括弧内の証拠及び弁論の全
趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア本件買収当時の原告の財務,経営状況
(ア)原告の財務状況
原告は,平成10年以降,長期にわたって売上げの低減が続き,平成
18年3月期に債務超過に陥り,金融機関からの融資を打ち切られ,約
20億円の債務を抱えることとなった。同年6月の第三者割当増資で一
時的に乗り切ったが,その後も金融機関からの本格的な融資の再開には
至らず,市場からの資金調達もできず,平成19年3月期には営業利益
を確保したものの,連結子会社であるN5社の減損会計が適用されて利
益を計上できず,同年6月には,本件買収を実行しない場合でも資金シ
ョートを起こすことが想定され,4億円から6億円の資金調達が必要な
状態であった。(甲9,甲10,乙42,乙43,被告Y1本人,被告
Y2本人)
なお,平成19年3月13日には,投資事業組合に対する第三者割当
による増資を取締役会において決議したが,これも,結局,中止となっ
た。(乙34,乙35)
(イ)原告の経営状況
原告は,平成18年6月,G社を子会社化して,グラフトン製品(商
品名H)に用いられるグラフト重合法の特許を獲得し,また,原告社内
の開発グループにおいては,ワイヤレス式監視カメラやグラフトンを使
用したファン式脱臭器などの開発を進め,平成19年当時,価格帯や仕
様などを特定して商品設計に取りかかることができる状態にあった。
(乙42,被告Y2本人)
イ本件買収当時のA社の財務,経営状況
(ア)F2報告書における評価
F2報告書においては,前記第2の2()の指摘に加え,原告がA社3
を完全子会社とする場合には,連結対象となる以上,早急に在庫の厳正
な棚卸しを行うと同時に,入出庫の継続記帳制度を導入し,正しい記録
が行われるまでは,毎月末棚卸しを行うなどの施策が必要であり,また,
貸借対照表における主要勘定の残高数値が決算日以降も定まらないなど,
A社は自らの財務内容を把握しておらず,会計管理も一から構築する必
要があるといった指摘がされた。(甲7)
他方,A社を買収する魅力については,N4社等に口座を有して,木
工製品,軽家電,ハンガー及び収納ボックス等を納入しており,今後,
原告が取り扱う商品の販路を確保することができるという点が挙げられ
ている。しかし,これらの口座についても,原告が利用することでより
有効な資産となりうるのであって,口座を有していること自体に営業権
的な価値が認められるということではないとされている。(甲7)
(イ)平成19年4月から同年5月にかけての収支
A社は,平成19年4月1日から同年5月31日までの2か月間で,
129万5450円の純利益を出した。(乙8)
(ウ)平成19年4月から同年9月までの資金繰表
平成19年4月から同年9月までの資金繰表は2種類存在する。平成
19年5月21日の日付が入った資金繰表(甲40。以下「資金繰表
Ⅰ」という。)においては,同年4月の収支が319万2000円,同
年5月の収支が629万円,同年6月の収支が−96万9000円,同
年7月の収支が1117万8000円,同年8月の収支が−483万7
000円,同年9月の収支が578万8000円とされ,同月時点での
次月繰越が2868万7000円とされている。他方,平成19年12
月14日の日付が入った資金繰表(乙9。以下「資金繰表Ⅱ」とい
う。)においては,同年4月の収支が3184万4000円,同年5月
の収支が−3548万6000円,同年6月の収支が1172万600
0円,同年7月の収支が−26万1000円,同年8月の収支が205
2万8000円,同年9月の収支が2916万3000円とされ,同月
時点での次月繰越が9686万9000円とされている。いずれの資金
繰表も,被告Y2とE1が共同で作成した。(甲40,乙9,証人E1,
被告Y2本人)
(エ)A社の経営状況
平成19年5月当時,A社の代表取締役であったE1は,同年度のA
社の売上げを約11億円と予想していた。しかし,A社は,自らの信用
不足により手形仕入れができない部分をC1社の仕入れとし,手形の支
払期限までの間,N4社に対する売掛債権をN6社に売り渡して資金繰
りに当てるなどし,主要仕入れ先であるC1社の支援を受けてその経営
を成り立たせており,同年5月の原告による増資がなければ,C1社に
対する年末以降の商品手配ができない状態にあった。また,A社の経営
を抜本的に改善するためには,結局本件買収にかかる1億円の増資では
足りず,上記E1は更に社屋の売却等も検討していた。(乙17,乙4
0,乙41,乙43,証人E1)
(オ)平成19年6月27日の送金
A社は,平成19年6月27日,C1社等に対し,3410万134
8円を送金した。(甲27,甲43,乙6の2)
ウ本件買収当時のC1社の財務状況
(ア)平成18年8月貸付
原告は,平成18年8月ころ,取締役会の持ち回り決議で,C1社に
対し,A社を振出人,C1社を裏書人とする手形を担保として,約90
00万円を貸し付けた。同貸付については,会計監査人の指摘により,
監査役会等による調査委員会が設置され,貸付の目的等について,被告
Y2に対する事情聴取が行われ,被告Y2は,これをC1社の取引先で
あるA社からC1社に入金があるまでのつなぎ資金の融資であると説明
した。C1社による貸金の弁済は,弁済期限前に行われた。(甲41,
甲42,証人X3,被告Y2本人)
(イ)再生手続開始申立てと平成19年3月期の純損失
前記第2の2()のとおり,C1社は,本件買収の約2か月後の平成11
19年6月29日,再生手続開始の申立てをし,同年7月6日,同開始
決定を受けたが,C1社作成に係る同年10月29日付け再生計画案に
よれば,同年3月期には,10億1801万円の純損失を計上していた。
(甲38)
エ被告Y2及び同Y5とBとの関係
被告Y2は,本件買収の20年以上前からBと付き合いがあり,前記第
2の2()エのとおり,平成13年11月から,Bが大多数の株式を保有1
するC1社のグループ会社である株式会社C2社の代表取締役を務めてい
る。その後,平成16年5月には,Bの推薦により,Bが筆頭株主であっ
たC3社の取締役となり,Bが原告の筆頭株主となった直後の平成18年
4月に,やはりBの推薦により,原告の顧問,同年6月に原告の取締役に
就任した。(甲6,甲32,甲33,乙42,乙43,被告Y2本人)
被告Y2は,東京都荒川区の自宅をC1社の東京支店として使用させ,
同宅に【省略】の頭文字を社名としたN3社の本店を置き,自ら同社の取
締役を務めている。(甲31,甲36,甲44,甲45,被告Y2本人)
被告Y4は,本件買収の前後を通じてC1社の従業員であり,A社の倒
産後は,上記のC1社東京支店に在籍し,併せて,N3社の取締役も務め
ている。(甲44,被告Y2本人)
オ本件買収に至る経緯
(ア)被告Y2がA社の経営に関与するに至った経緯
被告Y2は,平成17年夏ころ,上記エのとおりC1社の従業員であ
り,販売面からC1社の取引先であるA社に助言をしていた被告Y4か
ら,A社の業績が悪く,相談に乗って欲しい旨持ちかけられ,平成18
年5月ころから,E1に助言するなどして,在庫管理システムの導入な
どA社の経営改善に関与した。(乙43,証人E1,被告Y2本人)
(イ)平成18年5月のデューデリジェンス
被告Y2は,上記エのとおり,平成18年4月,原告の顧問に就任し
たが,前記第2の2()のデューデリジェンス以前にも,同年5月2日3
にC3社の取締役としてF1会計事務所にA社のデューデリジェンスを
依頼し,同月19日,C3社宛てとしてすでに案文が完成していた調査
報告書(甲35)を,同月26日,原告宛てに変更させ(乙13),デ
ューデリジェンスの費用は原告が負担するようX2に指示した。(甲3
4,甲35,甲42,乙13,乙42,証人X2,被告Y2本人)
新たに原告宛てとされた調査報告書においては,A社では,平成17
年度まで,在庫表及び棚卸し明細等の在庫金額に係る資料が一切作成さ
れていなかったことなどが指摘されており,同報告書によれば,A社は,
同年3月期には,約1億8400万円の当期損失,約2億4100万円
の繰越損失を計上している。(乙13)
なお,当初の調査報告書の宛先であったC3社は,被告Y2がデュー
デリジェンスを依頼する直前の同年4月27日,中国現地法人のN7有
限公司及びN8有限公司を子会社化している。(甲37)
(ウ)原告社内での検討状況
被告Y3作成の備忘ノート(乙25)によれば,被告Y3は,原告に
おいてA社の子会社化が検討され始めたころの平成18年7月27日,
C1社との間で,「A社の件」に関し,原告を含む再建計画を協議した。
その計画とは,原告が,A社がC1社から仕入れたクリスマス商品等を
買い取り,百貨店等に販売するというものであった。(乙25の2,証
人X2)
被告Y3は,平成19年3月16日,元取締役被告ら,X2及びX3
らに対し,以後経営会議を開催する旨通知し,同月19日,第1回会議
が開催され,その後も,取締役会とは別に,週1回程度の頻度で経営会
議が開催された。(乙18,乙19,乙27の3,被告Y1本人)
同年4月9日の経営会議及び同月16日の取締役会では,本件買収案
件について,平成18年6月から課題とし,販路拡大施策の一つとして
検討を重ねてきたが,平成19年4月中の判断が「タイムリミット」で
あるとして提案がされた。その理由としては,①従来から,N4社に対
し,原告がA社の親会社となる旨を説明してきているが,I社関係の記
事が掲載されたことで,原告の説明に対する不信感が生じていること,
②従来のデューデリジェンスにおいてA社の問題点として指摘された管
理水準の向上の目途が4月中には立つこと,③N2社のコマーシャル開
始に合わせ,N4社等にG社の商品供給を開始したいこと,④原告の上
期予算が前年度との対比で増額できず,N5社での減損を踏まえ,上期
四半期開示前に連結数字の底上げが必要であること,⑤2回目のデュー
デリジェンスに関するF2報告書が1週間以内に提出される予定である
ことなどが挙げられた。そして,その具体的な計画として,従来は与信
及び輸入運転資金によるA社の収益改善の観点から2億円程度の出資を
予定していたが,原告自身の資金状況に鑑み,1億円の出資とすること
とされ,同月25日を増資の期日とする具体的な日程案等が検討され,
同月から同年6月にかけ,被告Y2がA社に詰め,管理体制を構築する
こととされた。なお,同年5月18日及び同月24日には,在庫管理シ
ステムの導入に関し,被告Y2とE1が電子メールでやり取りをしてい
る。(乙14,乙15,乙20ないし23,乙27の3)
同年4月27日の臨時取締役会においても,本件買収案件が検討され,
本件取締役会資料と同じ資料が配付された。(乙24,乙27の3)
そして,前記第2の2()のとおり,同年5月1日のA社買収臨時取6
締役会において,本件買収の議案が承認可決されたが,その開示は,1
日遅延し,同月2日に行われた。(乙33)
カ外部調査委員会による被告Y1に対する事情聴取
原告は,平成19年7月17日,本件買収に関する元取締役被告らに対
する責任追及のため,外部調査委員会を設置した。同委員会は,同月30
日,被告Y1に対し,本件買収当時の状況を聴取するため,その出頭を求
めると共に,取締役としての善管注意義務違反に基づき,原告に対する損
害賠償責任が認められる可能性が高いと考えているとした上で,被告Y1
において,原告が被った損害の全部又は一部を自主的に返納する意思があ
るか否かについての回答を準備するよう求めた。(甲22,甲23,甲4
6)
被告Y1は,上記出頭要請を受け,同年8月9日,上記調査委員会委員
のO1及びO2から聴取を受け,本件買収に関し,買収対象としては,A
社以外の他社を検討したことはなかったこと,出資額が1億円に決まった
経緯については関知していないこと,C1社のA社に対する支援の継続可
能性については検討しなかったこと,被告Y2が作成した本件取締役会資
料,特に,被告Y2及びE1が作成したA社の事業計画については,その
実現可能性を検討しなかったこと等を述べた。(甲10)
()被告Y2及び同Y4の善管注意義務違反の有無2
ア善管注意義務違反
取締役は,会社の経営に関し善良な管理者の注意をもって忠実にその任
務を果たすべきものであり(会社法330条,民法644条),その任務
を怠った場合には善管注意義務違反として,これにより会社に生じた損害
を賠償する責任を負うところ(会社法423条1項),その任務には,法
令を遵守して職務を行うことも含まれる(会社法355条)。
もっとも,取締役の経営判断に基づく施策が結果的に会社に損害をもた
らした場合であっても,そのことから直ちに取締役が必要な注意を怠った
と断定することは相当でなく,実際に行われた取締役の経営判断そのもの
を対象として,その前提となった事実の認識について不注意な誤りがあっ
たかどうか,また,その事実に基づく意思決定の過程,内容が会社経営者
として著しく不合理なものであったかどうかという観点から審査を行うべ
きである。そして,前提となった事実認識に不注意な誤りがあり,又は,
意思決定の過程,内容が著しく不合理であったと認められる場合には,そ
の取締役の経営判断は,許容される範囲を逸脱したものとして,善管注意
義務に違反するものというべきである。
イ任務懈怠の推定
原告は,前記第2の4()ア(ア)cのとおり,被告Y2が平成19年41
月27日にA社の代表取締役に就任していることから,本件買収が,会社
法356条1項2号の利益相反取引に該当し,本件買収にかかる取締役会
決議に賛成した被告Y2以外の元取締役被告らには,任務懈怠が推定され
る(会社法423条3項3号)旨主張する。
会社法365条1項が同法356条1項の規定する会社と取締役との間
の取引,会社が取締役の債務を保証するなどの利益相反取引について取締
役会の承認を要する旨定めているのは,そのような取引が会社の利益を害
する可能性が高いことに照らして,その取引の手続を厳格にすることを定
めたものと解されるところ,被告Y2が,前記第2の2()イ及び同ウの1
とおり,本件買収当時,原告及びA社双方の取締役の地位にあったことに
照らせば,A社に1億円の出資をして行う本件買収は,原告に不利益な結
果を生じさせる危惧を抱かせるものであるといえる。
しかし,会社組織のあり方は多様となっており,子会社や関連会社との
間での取引等を想定すると,取締役を兼任する会社同士の取引も決してま
れな事態ではない。子会社化を前提とした組織体制を前倒しして親会社と
なる会社の取締役が子会社となる会社の取締役に就任し,その後になって,
両会社間で親子会社に関する取引が行われたからといって,それが会社法
の制限する利益相反取引に当たるものとはいえない。
これを本件についてみるに,原告においては,前記第2の2()のとお2
り,被告Y2が本件買収案件を主導していたが,被告Y2は原告の代表取
締役の地位にあった者ではない。そして,証拠(甲2,乙21,証人E
1)によれば,A社においても,主として原告との交渉に当たったのは,
本件買収直前の平成19年4月27日までA社の代表取締役であったE1
の父,E2であり,同日以前には,被告Y2はA社の取締役ですらなかっ
たのであって,こうしたことからみると,本件買収が具体化したことを受
け,同被告は,同日,原告の完全子会社となる予定のA社の代表取締役に
前もって就任したものと考えられる。以上によれば,被告Y2が原告ある
いはA社において自ら取引行為を担当したとはいえず,本件買収は,原告
と被告Y2との間の利害の衝突を惹起すべき取引には当たらないというべ
きである。
よって,本件出資が同項の利益相反取引に当たるとの原告の主張は採用
できず,この点に関する被告Y2のその余の主張について判断するまでも
なく,元取締役被告らに任務懈怠が推定されるというものではない。
ウ法令違反
原告は,前記第2の4()ア(ア)aのとおり,本件買収は,Bが代表取1
締役を務めるC1社の経営危機を救うべく,被告Y2が中心となり,元取
締役被告らが,C1社が多額の融資をしているA社を原告の子会社とし,
原告の資金によってA社のC1社に対する債務を弁済し,同資金をC1社
に環流させることを目的として行ったもので,1億円の出資は,元取締役
被告らが第三者の利益を図る目的をもってした任務違背行為に基づくもの
であり,会社法960条1項の特別背任行為に当たると主張する。
確かに,原告による増資の後,A社は即座にこれをC1社に対する債務
の弁済に充てており,また,C1社は,上記()ウ(イ)のとおり,平成11
9年3月期に10億円余の純損失を計上していたもので,本件買収当時,
厳しい財務状況にあったと認められるところ,C1社の従業員である被告
Y4及びC1社代表取締役Bと緊密な関係にある被告Y2においては,こ
うしたC1社の財務状況を相当程度把握していたものと推認される。加え
て,上記()オ(ウ)のとおり,元取締役被告らは,A社の子会社化以外に1
も,A社が仕入れた商品を原告が買い取って販売することなどを検討して
おり,A社の救済を通じて,その主要仕入れ先であるC1社を救済する方
策を検討していたことも窺われる。
しかしながら,そもそも,A社に対する出資金の1億円については,本
件買収を検討していた時点から,C1社に対する買掛債務の弁済に充てる
ことが予定されていたことについて争いはないところ,証拠(乙7,乙4
1,乙43,証人E1,被告Y2本人)によれば,同弁済は,手形上の支
払期限前の弁済ではあるが,年末の繁忙期に向け,A社のC1社に対する
仕入れ枠,実質的にはC1社のA社に対する貸付枠を拡大する必要性があ
ったために行われたと認められ,このように出資金の1億円が即座にC1
社に対する弁済に充てられたことについては,その後のA社の仕入れを可
能にし,その経営の継続に必要なものとして,一定の合理性があったと認
められる。また,上記()オ(ウ)のとおり,A社に対する出資金は当初21
億円程度と予定されたものの,原告自身の資金状況に鑑み1億円に変更さ
れたのであるが,その金額の決定にA社が関与したものとも,また,財務
状況が悪化していたC1社の都合により同金額が決定されたとも認めるべ
き証拠はない。さらに,同年4月が本件買収の「タイムリミット」とされ
たことについては,F2報告書が同年4月に作成されているとはいえ,A
社にとっては,繁忙期に向けた仕入れ枠拡大のため,同年4月ないし5月
までにはC1社に対し一定額を弁済する必要があったと認められることに
加え,上記()オ(ウ)のとおり,N2社のコマーシャル開始と時期を同じ1
くし,グラフトン製品の供給を開始するのに適した時期であったこととい
った理由が認められることに照らせば,「タイムリミット」がもっぱらC
1社の資金繰りとの関係で設定されたとまで認めることはできない。
以上に加え,下記エのとおり,OEM体制からの脱却や販路の拡大,そ
して金融機関等からの融資再開の期待といったA社子会社化の理由そのも
のに一定の合理性が認められることからすれば,上記(1)エのとおりの被
告Y2及び同Y4とBとの関係や,上記()オ(イ)のとおり,被告Y2が,1
本件買収に先立つ平成18年5月に,C3社の取締役としてA社のデュー
デリジェンスを依頼しながら,これを原告宛に変更させたこと,A社が本
件買収後の平成19年6月27日にもC1社等に約3410万円を送金し
ていることなどを併せ考慮しても,C1社に1億円を環流させ,その利益
を図ることが本件買収の主たる動機であったとまでは認め難く,1億円の
出資がC1社の利益を図る目的をもって行われたとまで認めることはでき
ない。
よって,被告Y2及び同Y4について,A社に対する1億円の増資がも
ぱらC1社に資金を環流させる目的をもってした特別背任行為にあたると
認めることはできず,この点に関する原告の主張を採用することはできな
い。
エ裁量逸脱
(ア)上記アのとおり,取締役の経営判断の当否が問題となった場合につ
いては,実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として,その
前提となった事実の認識について不注意な誤りがあったかどうか,また,
その事実に基づく意思決定の過程,内容が会社経営者として著しく不合
理なものであったかどうかという観点から検討すべきものである。
(イ)A社の財務状況の認識に関する不注意の有無
本件買収の対象であるA社の財務状況については,上記()オ(ア)の1
とおり,その主要仕入れ先であるC1社の従業員であり,A社に販売面
から助言をしていた被告Y4及び,被告Y4がA社に紹介し,その後,
主としてシステム面からA社の経営改善に関与していた被告Y2は,E
1と共にA社の平成19年度計画書及び同3か年事業計画等を含む本件
取締役会資料を作成し,また,2回にわたってデューデリジェンスを行
うなどして,十分に把握していたと認められる(なお,資金繰表Ⅱにつ
いては,下記のとおり,極めて実現性の低い利益率の向上等を前提とし
ている点で信用性に乏しく,証人X3及び同X2の各供述によれば,少
なくとも,これがA社買収臨時取締役会において示されたことはなく,
後に,X3らの要請を受け,資金繰表Ⅰが作成,提示されたと認められ
るが,この点は,上記認定を覆すものではない。)。
(ウ)A社の財務状況の認識に基づく判断の当否
A社の財務,経営状況としては,F2報告書において指摘されている
とおり,約3億円に達する債務超過にあり,在庫管理等のシステム化が
不十分な状態にあったと認められるが,他方,上記()イ(ア)及び同1
(イ)のとおり,N4社等に販路を有し,平成19年4月にはその収支が
黒字に転じていたと認められる。また,前記第2の2()のとおり,F3
2報告書において,在庫管理の不備が指摘されている点については,そ
の改善を被告Y2らにおいて意図的に秘匿させたと認め得る証拠はなく,
平成18年5月のデューデリジェンスの後,速やかに改善されていたと
はいえないが,その後,上記()オ(ア)のとおり,被告Y2がその改善1
について助言し,経営会議において,平成19年4月から同年6月にか
け,被告Y2がA社に詰めて管理体制を構築する旨予定されているとお
り,本件買収後,被告Y2とE1との間で電子メールのやりとりをする
などして本格的に取り組んだものと認められる。このようなA社を,社
内の開発グループにおける開発商品については,例えば,監視カメラに
ついて,証拠(乙21)によれば,本件買収直前の時期においても,
「積極的に検討を続ける」程度の開発状況にとどまっており,上記()1
ア(イ)のとおり,即座に流通に乗せることができる状態にあったとは認
められないが,すでにG社を子会社化していた原告が,N2社の商品で
はあるが,自らが特許を有するグラフトン製品について独自の販路を確
保することによりOEM体制から脱却し,さらに,連結での損益計算を
改善して銀行融資の再開を目指すなどといった観点から,自らも厳しい
財務状況の中,1億円を出資して子会社化することについては,そのリ
スクは否定できず,堅実性に欠けるとはいえるものの,その後のN3社
第3事業部の業績に鑑みても,これを経営判断として著しく不合理であ
るとまで断ずることはできない。
なお,上記()オ(イ)のとおり,被告Y2は,C3社の取締役として,1
平成18年5月にA社のデューデリジェンスを依頼し,調査報告書の宛
名を原告に変更させてから,上記()ウ(ア)の貸付に関しても,A社を1
原告の販売政策上必要となる会社であると説明するなどし(甲41),
その後,自らA社の在庫管理システム等の改善について助言し,上記
()オ(ウ)のとおり,早い段階から,A社の従業員をして対外的に原告1
の子会社となる予定である旨表明させるなど,子会社化の対象として専
らA社にのみ焦点を当てて販路の拡大等を目指していたと認められる。
また,確かに,C3社という別会社の取締役として依頼したデューデリ
ジェンスを原告宛に変更させたことについては,上記()オ(イ)のとお1
り,C3社が同デューデリジェンスの直前に中国の現地法人2社を子会
社化していることに鑑みれば,C3社として現実的にA社の子会社化を
検討していたというよりは,被告Y2において,親会社が原告であれC
3社であれ,A社をその子会社とすることを目論んでいたことを窺わせ
る。そうすると,経営手法としては,このように子会社の対象をA社に
絞るよりは,複数の候補を挙げ,債務超過になく,また,経営改善等の
必要のない販売会社を子会社化することを選択する方が好ましかったと
はいえるが,他方で,上記()オ(ア)のとおり,被告Y2は平成17年1
夏ころから,被告Y4はそれ以前からA社の財務,経営状況をよく知り,
その業務改善に当たり,その上で,A社を原告の子会社化の対象とする
という判断をしたともいえるのである。そうしてみると,上記のとおり
の経緯や子会社化の対象をA社に絞ったことのみをもって,本件買収と
いう意思決定を行うに当たっての過程が著しく不合理であるとまでいう
ことはできない。
(エ)A社のC1社に対する依存度及びC1社の財務状況の認識に関する
不注意の有無
A社は,A社自身の財務,経営状況はもとより,上記()イ(エ)のと1
おり,N4社等を主要な取引先として早期に売掛債権の回収を図り,こ
れを主要仕入れ先であるC1社に振り出した手形の支払期限までの間,
資金繰りに当てることによって運転資金を確保していた。すなわち,証
拠(甲7,乙17,乙43,証人E1,被告Y2本人)によれば,A社
は,C1社の多大な支援をもってその経営を成り立たせており,その結
果,平成18年12月末時点でのA社の支払手形残高2億8501万円
余のうち,C1社に対する支払手形残高は2億5222万円余と総額の
88パーセントを占めるに至っていることが認められ,被告Y2及び同
Y4自身が作成した本件取締役会資料にも,前記第2の2()のとおり,6
「C1社の支援で再建に取り組んでおり,膿をすべて出し切って再建ス
ピードが上がる」段階にあると記されているとおり,C1社の安定的か
つ継続的な支援なくしてその経営は成り立たない状態にあったことは明
らかである。そうであるとすれば,C1社を仕入れから外してA社の利
益率を上げ,更なる黒字化を図るといったことはおよそ不可能であった
というべきであって,そうした角度からみると,本件買収そのものの合
理性に疑問が生じるだけではなく,そもそも本件買収という経営判断に
当たっては,A社の今後の経営安定化という観点から,その支援を行う
C1社の財務,経営状況に関する調査及び分析が不可欠であったことは
明らかである。とりわけ,Bと20年以上の付き合いがあり,C1社の
グループ会社の代表取締役を務めるなどしていた被告Y2及び,C1社
の従業員である被告Y4においては,同人らが原告の取締役に就任した
直後の平成18年8月に,上記()ウ(ア)のとおり,原告からC1社に1
対しつなぎ資金の融資を行うなど,本件買収当時のC1社が厳しい財務
状況にあることを認識し,その詳細を調査し得る立場にあったのである
から,この点に関する調査及び分析を行い,C1社による支援の継続可
能性を検証しなければ,遡って,A社の事業計画等についても,その実
現可能性を十分に検討したということはできない。
以上のとおり,被告Y2及び同Y4がA社以外の選択肢を検討しなか
ったことをもって直ちにその経営判断が著しく不合理であったとはいえ
ないけれども,上記のようなA社のC1社に対する依存度を考慮すると,
A社の買収という経営判断の合理性を検討する上では,前提としてC1
社によるA社への支援が以後どの程度確実に期待することができるのか
という点についての調査及び分析が不可欠であり,その結果,C1社に
よる継続的な支援が期待できず,あるいは,C1社の財務状況等に関す
る踏み込んだ情報収集が被告Y2らの立場をもってしても困難であると
いうのであれば,A社以外の選択肢を検討するのが当然に期待されてい
たといえる。それにもかかわらず,被告Y2は,BがC3社と原告の大
株主であったことから,C1社の経営不振を疑った経緯はなかった旨供
述しており(被告Y2本人),本件において,被告Y2及び同Y4はこ
の点についての調査及び分析を全く行っていなかったことが明らかであ
る。
(オ)以上によれば,被告Y2及び同Y4は,本件買収という経営判断の
前提として,A社のC1社に対する依存度を踏まえたC1社の財務状況
に関する事実認識の前提となるその調査及び分析を十分に行わなかった
という点において,不注意な誤りがあったというべきであり,善管注意
義務違反があったものと認められる。
()被告Y1,同Y3及び同Y5の善管注意義務違反の有無3
ア任務懈怠の推定及び法令違反
被告Y1,同Y3及び同Y5について当然には任務懈怠が推定されない
ことは上記()イのとおりであり,また,C1社との関係が被告Y2及び2
同Y4と比較して稀薄な被告Y1,同Y3及び同Y5において,特別背任
行為があるとはいえず,法令違反が認められないことは明らかである。
イ裁量逸脱
そこで,裁量逸脱による善管注意義務違反の有無について検討するに,
上記()エのとおり,被告Y2らから提供されたA社の財務,経営状況に2
関する情報のみをもって本件買収に至ることそれ自体については,経営判
断として著しく不合理であるとまではいえない。しかし,被告Y1らは,
そもそも,本件買収案件を主導する被告Y2らが提供する情報にのみ依存
して本件買収の意思決定を行っているのであって(被告Y1本人),とり
わけ,前記第2の2()の監査役会意見書(甲8)において,監査役会か5
ら,A社は,上記()ウ(ア)の平成18年8月貸付時にも問題となってお1
り,F2報告書の前提となったデューデリジェンスは,会計デューデリジ
ェンスとして,A社による回答内容の信憑性の検討,現金預金,有価証券
の実査,債権債務等の相手方への確認等が行われていないため,その内容
の正確性が担保されておらず,ビジネスデューデリジェンス及び法務デュ
ーデリジェンスは一切行われていないのであるから,A社の買収という経
営判断に当たっての資料としては不十分であるというほかなく,買収の必
要性,相当性について取締役の責任を問われるリスクがあるとの厳しい意
見を突き付けられているにもかかわらず,これらの調査及び分析,検証を
補うことなく本件買収に至ったもので,A社について,中立的,第三者的
な立場からの財務,経営状況等の把握,将来性等の検討が不十分であった
といわざるを得ない。実際,被告Y1自身,責任追及を前提とした外部調
査委員会による事情聴取及び本人尋問において繰り返し供述するとおり,
A社がC1社から多大な支援を受け,その経営がC1社に依存しているこ
とを十分知り,前記第2の2()のとおり,その旨明記された本件取締役6
会資料をもって本件買収に係る議案に賛成したにもかかわらず,C1社の
A社に対する支援の継続可能性について,裏付資料の提出を求めるなどの
調査,検討を一切行っていないのである(なお,被告Y1が外部調査委員
会の事情聴取の際には迎合的な発言をする可能性がないではないことを考
慮しても,上記認定を妨げない。)。
以上によれば,被告Y1,同Y3及び同Y5についても,本件買収とい
う経営判断に当たっての事実認識の前提となる調査及び分析を十分に行わ
なかったという点において不注意な誤りがあったというべきであり,善管
注意義務違反があったものと認めるのが相当である。
()Y1・J合意及びM誓約書4
前記第2の2()のとおり,平成19年6月27日,被告Y1とJは,M9
の仲介により,本件株主総会における取締役の選任に関し,I社の修正提案
を可決する旨の議決権行使を行う旨のY1・J合意に達し,また,Jらは,
Mに宛て,原告旧経営陣(元取締役被告ら)の責任を必要以上に追及するこ
とはしない旨の本件念書を提出したことについては当事者間に争いがない。
しかしながら,取締役の会社に対する責任を免除するためには総株主の同
意が必要である上(会社法424条),Y1・J合意の内容自体,当初の合
意書案(乙1)に含まれていた,I社において元取締役被告らの法的責任を
追及しない旨の条項が削除されていることからすれば,同合意が元取締役被
告らの任務懈怠責任を追及しない旨約したものでないことは明らかである。
また,本件念書においても,元取締役被告らの責任を「必要以上に」は追
及しない旨約されているに過ぎず,Y1・J合意又は本件念書をもって,J
らが元取締役被告らの責任を追及しない旨約したとは認められない。
なお,M誓約書の作成について,原告が,Mに対し,何らかの権限を付与
していたと認めるに足りる証拠は全くない。
よって,Y1・J合意,本件念書又はM誓約書の存在をもって本件訴訟の
提起が不当であるとする元取締役被告らの主張はいずれも理由がなく,採用
することはできない。
()小括5
以上によれば,平成19年5月1日のA社買収臨時取締役会決議に基づく
本件買収について,元取締役被告らは,いずれも善管注意義務違反に基づく
責任を免れない。
2争点(2)(原告の損害及び元取締役被告らの善管注意義務違反と損害との間
の因果関係の有無)について
(1)認定事実
前記第2の2の争いのない事実等及び上記1()の認定事実に加え,末尾1
括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定
を覆すに足りる証拠はない。
ア本件買収後のA社の財務,経営状況
(ア)平成19年6月27日の送金とA社の預金通帳及び印鑑の交付
A社は,平成19年6月27日,C1社等に対し,3410万134
8円を送金し,これを受け,新たに原告の代表取締役に就任したX1は,
同月28日,A社に対し,預金通帳と印鑑の提出を求め,A社は残高約
4000万円の預金通帳と印鑑を提出した。(甲27,甲43,乙5,
乙6,乙43,証人O2,証人E1,被告Y2本人)
その後,原告は,A社の債権者に対し,自ら振り出した手形により弁
済した。(乙5,証人X3)
(イ)手形不渡処分
A社は,平成19年7月5日,1回目の手形不渡処分を受け,その後
の同年8月2日,2回目の手形不渡処分を受けた。(甲19,乙6,証
人E1)
イ本件買収後のC1社の財務,経営状況
C1社の作成に係る平成19年10月29日付け再生計画案によれば,
C1社が同年6月29日に再生手続開始の申立てに至った直接の原因は,
同月15日,C1社の主力顧客の株式会社N8が手形不渡処分を受けて倒
産したため,2億5500万円の損失を受けたことにあるが,もともとC
1社は,N2社やA社に対する再生支援活動の失敗による未回収債権が3
億5000万円に及ぶほか,リサイクル事業での損失が3億8000万円,
中国での投資損失が3億円に及んでいるなど,その財務状況は著しく悪化
していた。このような財務状況の下で,C1社は,その資金不足を手形の
繰り回しやBの持株を担保とする融資によって賄ってきたものの,こうし
た投資の失敗や散漫経営により財務状況が慢性的に脆弱であったため,主
力顧客の倒産による打撃を克服できないまま,支払手形の決済不能,仕入
れ債務の支払い不能に陥り,再生手続を選択せざるを得ない状況に陥った
ものである。(甲38)
C1社は,同年12月18日,再生計画認可決定を受けた。(甲39)
()原告の損害2
ア上記の認定事実によれば,A社に対する1億円の増資のわずか約2か月
後の平成19年6月29日,A社を支援していたC1社が再生手続開始の
申立てを行い,C1社において以後,A社を支援することができない状況
となり,また,同年7月5日にはA社が手形不渡処分を受けて倒産に至る
ことが必至の状況となったため,前記第2の2()のとおり,同月17日13
に原告がA社の全株式をE1及びE2に譲渡することを余儀なくされ,グ
ラフトン製品等の販路としてA社を確保し,OEM体制からの脱却を図る
という原告の計画が頓挫し,1億円の増資が無益に帰し,損害の発生が確
定的となったといえる。
イ元取締役らの善管注意義務違反と損害との間の因果関係の有無
そこで,次に,上記1()及び同(3)の元取締役被告らの善管注意義務違2
反と上記損害との間の因果関係の有無について検討する。
A社が上記のとおり平成19年7月5日に1回目の手形不渡処分を受け
たのは,これに先行するC1社の再生手続開始の申立て,あるいは,A社
の従前の債務超過に直接的に起因するものではなく,証拠(乙5,乙6,
証人E1,被告Y2本人)によれば,上記(1)ア(ア)のとおり,原告が,
A社に対し,その預金通帳と印鑑を提出させながら,A社振出の手形の決
済に充てなかったことに起因するものと認められる。
しかしながら,上記1(2)エのとおり,A社の経営は専らC1社の支援
に依存していたことに照らすと,C1社が倒産し,A社の支援を継続でき
なくなった場合には,上記1(1)ア(ア)のとおり,原告も同年6月には4
億円から6億円の資金調達が必要な状態であって,およそA社を支援する
余力があったとはいえないのであるから,手形の支払期限まで猶予されて
いた資金繰りが不可能となり,A社も倒産することが不可避になることは
明らかであったと推認される。にもかかわらず,上記1(2)及び同(3)のと
おり,本件買収の当時,元取締役被告らは,善管注意義務に違反し,被告
Y2及び同Y4以外の元取締役被告らであっても容易に閲覧可能なC1社
の計算書類等すら検討することなく,本件買収に当たり,C1社の財務,
経営状況に関する調査や分析を一切行うことも,これを試みることすらな
かったと認められる。そして,C1社が再生手続開始の申立てをするに至
った直接の原因は,上記()イのとおり,本件買収後の同年6月15日,1
C1社の主力顧客が手形不渡処分を受けたことにあるとしても,それ以前
から,C1社は,手形の繰り回しや代表取締役を務めるBが自己の持ち株
を担保に金融機関から融資を受けるなどして,多額の損失を計上しながら
資金繰りを行うという脆弱な財務状況の下での逼迫した経営状態にあった
のであって,そうであるとすれば,本件買収に先立つ時点でC1社の財務
状況を相当程度把握し得る立場にあったと推認される被告Y2及び同Y4
のみならず,その他の取締役被告らにおいても,A社に1億円の増資をす
るにあたり,その善管注意義務を果たして十分かつ慎重な調査及び分析を
行えば,C1社の財務・経営状況が慢性的に脆弱で逼迫した状態にあり,
従って,A社に対するC1社の安定的かつ継続的な支援を期待することは
およそ困難であったことを認識することができたというべきである。
以上によれば,元取締役被告らにおけるC1社の財務,経営状況に関す
る調査及び分析の不足の結果,同社の財務・経営状況の判断を誤り,その
結果,同社の支援に依存するA社の財務・経営状況の判断を誤り,原告に
よる本件買収が選択されるに至ったというべきであるから,こうした善管
注意義務違反と,上記アの原告の損害との間には相当因果関係があると認
めるべきである。
()損害の範囲3
次に,上記(1)アの損害のほかに,元取締役被告らの善管注意義務違反と
因果関係ある損害の範囲について検討する。
アまず,原告は,外部調査委員会に対する報酬300万円が相当因果関係
のある損害に当たると主張し,上記1(1)カのとおり,原告が本件買収に
関する元取締役被告らに対する責任追及のため外部調査委員会を設置した
ことが認められるが(甲22),その報酬額が300万円であったとの証
人X2の証言には裏付けがなく,他にこれを認めるに足りる証拠はないの
みならず,原告の固有の機関ではなく,外部調査委員会を新たに設置した
主たる理由は,原告の新取締役らが本件株主総会における委任状合戦の結
果,新たに就任したものであることから,公正性・透明性の確保のためと
されており(甲22),単なる原告側の内部事情によるものであることに
照らすと,その調査に要したという報酬額をもって元取締役被告らの善管
注意義務違反との間に相当因果関係のある損害と認めることは困難と言う
べきである。
イ他方,原告が元取締役被告らに対する損害賠償請求のために原告訴訟代
理人に対して本件訴訟提起を委任したことは本件記録上明らかであり,こ
れにより原告が弁護士費用相当の損害を被ったことは明らかというべきと
ころ,本件事案の性質,審理の経過及び認容額にかんがみると,原告が元
取締役被告らの善管注意義務違反による損害として賠償を求め得る弁護士
費用の額は750万円と認めるのが相当である。
(4)小括
以上によれば,元取締役被告らは,取締役としての善管注意義務違反に基
づき,1億0750万円の損害賠償義務を負う。
3争点()(本件贈与の詐害行為該当性)について3
()認定事実1
前記第2の2の争いのない事実等並びに上記1()及び同2()の認定事実11
に加え,末尾括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認めら
れ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
ア被告Y1の勤務状況
被告Y1は,大学卒業後,当時原告の親会社であった株式会社N10に
入社し,その後,平成18年6月29日に取締役に就任するまで,技術系
従業員として原告に勤務していた。(甲10,乙42)
原告における従業員の平均年間給与は平成19年当時521万3000
円である。(甲24)
イ本件土地建物に関する担保権設定状況
本件土地建物には,平成13年12月2日付け金銭消費貸借契約に基づ
き,債権者をP公庫,債務者を被告Y1として,債権額1000万円の抵
当権が設定されている。(甲15,甲16)
ウ被告Y1の資産状況
被告Y1は,資産として本件土地建物を所有していたほかには不動産を
所有しておらず,平成19年8月当時,本件買収後に就任した相談役とし
ての報酬の支払も止められていた。(甲10)
()詐害行為該当性2
ア本件贈与の詐害行為性
本件贈与は,前記第2の2()のとおり,本件株主総会直前の平成1910
年6月26日に行われたものであるところ,同日は,まさに元取締役被告
らとI社との間の支配権争いを終結させるべく,本件株主総会における取
締役の選任に関し,委任状合戦により双方が徴求した委任状について,I
社の修正提案を可決する議決権行使をする旨のY1・J合意が成立した前
日であり,同合意内容及びこれに先行する同月22日,前記第2の2(9)
のとおり,基準日後の取得株式についても議決権行使を認める大規模な第
三者割当増資が差し止められたことに鑑みれば,本件贈与の当日までには
支配権争いの形勢が被告Y1にとって不利な方向に傾いていたものと認め
られる。以上の経緯の中で,上記1(4)のとおり,被告Y1が,Y1・J
合意の合意書案(乙1)に法的責任不追及の条項を入れるよう求め,結局,
Y1・J合意に不追及の条項は盛り込まれなかったものの,元取締役被告
らの法的責任を必要以上に追及しない旨の本件念書がJらから差し入れら
れていることなどに鑑みれば,被告Y1は,支配権争いに敗れた場合,取
締役としての法的責任を追及されることを恐れ,これをできる限り免れよ
うと試みていたと推認することができる。そうすると,被告Y1は,原告
が被告Y1に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償請求権を有し,その責
任追及を受ける可能性があることを知悉していたものと認められる。
そして,上記()のとおりの収入,資産状況に鑑みれば,被告Y1には,1
本件贈与の時点において,本件土地建物以外にさしたる資産がなく,本件
贈与は被告Y1の財産を減少させるものであって,かつ,被告Y1は,本
件贈与により債権者を害することを知っていたものと認めるのが相当であ
る。
これに対し,被告Y6は,前記第2の4()イのとおり,本件贈与は,3
婚姻後20年を経過し,長年の妻の貢献に対し,夫婦間の贈与特例を利用
して行われたものであり(乙31),贈与そのものを決めたのは登記がさ
れた平成19年6月26日の約1年前であったが,被告Y6自らが登記手
続を行ったため,時間を要したに過ぎないとして,被告Y1が債権者を害
することを知りながらしたものではない旨主張し,被告Y1の陳述書(乙
42)及びその供述中にはこれに沿う部分がある。しかしながら,贈与税
の配偶者控除特例を利用したとしても,本件贈与が被告Y1の財産を減少
させる行為であることを左右するものではなく,本件贈与の詐害性を覆す
ものではないし,また,上記の認定に加え,登記原因たる贈与の日付が平
成19年6月26日となっていることからすると,登記申請書に添付され
た登記原因を証する書面(贈与契約書)の作成日付も同日付けとなってい
ると推認されることに照らせば,被告Y6の上記主張に沿う証拠を採用す
ることはできない。
よって,本件贈与は,原告に対する詐害行為にあたるというべきである
(なお,本件において,被告Y6が本件贈与により債権者を害することを
知らなかったことを認めるに足りる証拠はないから,被告Y6が本件贈与
によって債権者を害すべき事実を知らなかったと認めることはできな
い。)。
イそうすると,本件贈与は原告に対する詐害行為として取消を免れないも
のであり,被告Y6は,本件土地については持分全部移転登記の抹消登記
手続を,本件建物については所有権移転登記の抹消登記手続をする義務が
ある。
第4結論
以上によれば,原告の請求のうち,元取締役被告らに対し,取締役としての
善管注意義務違反に基づく損害賠償を求める部分については,1億0750万
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成19
年12月8日以降の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを
認容し,その余は理由がないから棄却することとし,被告Y6に対し,本件贈
与の詐害行為による取消等を求める部分については,全部理由があるから,こ
れらを認容することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本
文及び65条1項本文を,仮執行宣言につき同法259条1項を各適用して,
主文のとおり判決する。
さいたま地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官佐藤陽一
裁判官野口宣大
裁判官開發礼子
(別紙物件目録省略)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛