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平成24年2月21日判決言渡
平成23年(行ケ)第10203号商標登録取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年1月24日
判決
原告フォスオブノルウェーエーエスエー
(VOSSOFNORWAYASA)
訴訟代理人弁理士葦原エミ
被告特許庁長官
指定代理人酒井福造
同田村正明
主文
1特許庁が異議2008-900259号事件について平成23年
2月10日にした決定を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,株式会社伊藤園及びフォスオブノルウェーエーエスエー(原
告)が商標権者である下記商標登録(本件商標)につき,サントリー株式会社
が登録異議の申立てをしたところ,特許庁が上記商標登録を取り消す決定をし
たことから,商標権者の1人である原告が同決定の取消しを求めた事案である。

(商標)・(指定商品)
第32類
「清涼飲料,果実飲料,
飲料用野菜ジュース」
・出願平成19年11月7日
・査定平成20年3月11日
・登録平成20年3月28日
・登録番号第5122638号
2争点は,本件商標が下記引用商標1ないし3と商標及び指定商品が類似する
か(商標法4条1項11号),である。

(1)引用商標1
・(商標)・(指定商品)<詳細は別添決定書のとおり>
第30類
「コーヒー,コーヒー飲料,<以下略>」
第32類
「コーヒー味の清涼飲料,<以下略>」
・出願平成17年6月1日
・登録平成18年5月19日
・登録番号第4953081号
(2)引用商標2
・(商標)・(指定商品)<詳細は別添決定書のとおり>
第30類
「コーヒー,コーヒー飲料,<以下略>」
第32類
「コーヒー味の清涼飲料,<以下略>」
・出願平成17年6月1日
・登録平成18年5月19日
・登録番号第4953082号
(3)引用商標3
・(商標)・(指定商品)<詳細は別添決定書のとおり>
第30類
「コーヒー,コーヒー豆,<以下略>」
第32類
「コーヒーを使用してなる清涼飲料,<以
下略>」
・出願平成18年9月21日
・登録平成19年7月13日
・登録番号第5062478号
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告及び株式会社伊藤園は,平成18年12月19日になされた原々出願
(商願2006-117171号)及びその後になされた原出願(商願20
07-98284号)からの分割出願として,平成19年11月7日本件商
標につき商標登録出願し,平成20年3月11日付けで登録査定を受け,平
成20年3月28日に本件商標が登録第5122638号として設定登録
を受けた。
サントリー株式会社は,平成20年6月30日,本件商標登録は前記引用
商標1ないし3と類似するから商標法4条1項11号・15号に違反すると
して,商標登録異議の申立てをした。
特許庁は,上記申立てを異議2008-900259号事件として審理し
た上,平成23年2月10日,「登録第5122638号商標の商標登録を
取り消す。」との決定をし,その謄本は同年2月28日原告及び株式会社伊
藤園に送達された。
(2)決定の内容
本件決定の内容は,別添異議の決定写しのとおりである。その要点は,本
件商標と引用商標1~3とは,外観においては相紛れるものではなく,観念
においても比較し得ないが,その称呼は極めて紛らわしいから,商品の出所
の混同を来すおそれがある類似の商標であると認められ,指定商品も類似す
るから,本件商標の登録は商標法4条1項11号に違反してなされた,とい
うものである。
(3)決定の取消事由
しかしながら,本件決定には,以下のとおりの誤りがあるから,違法とし
て取り消されるべきである。
ア称呼認定の誤り
(ア)本件商標は下段に仮名で「フォス」と併記され,欧文字と一体となっ
ているものであり,「フォス」の称呼のみを有するものである。「VO
SS」の欧文字は,既成の親しまれた観念を有する成語ではないため,
読み慣れた仮名文字に目がいくのが自然である。
また,欧文字「VOSS」の部分だけを考察しても,我が国において
親しまれている英語等の成語を表示するものではないことから,これを
直ちに英語風の読みをもって無理なく称呼することは難しいと解され
る。語頭に「VO」の文字を有する語句についてみても,例えば世界的
に著名な自動車の製造販売会社である「VOLKSWAGEN」が「フ
ォルクスワーゲン」,我が国において周知な飲食チェーン店「VOLK
S」が「フォルクス」,とそれぞれ発音されていることからも理解され
るように,「VOSS」の欧文字も「フォス」と無理なく称呼され得る
ものである。
加えて,特許庁の商標検索データベースIPDL上では,「VO」の
欧文字が「フォ」と「ボ」の両方の称呼をつけられている商標が見受け
られるが,上記の「VOLKSWAGEN」は登録第2710365号
商標「VOLKSWAGENVENTO\フォルクスワ-ゲンヴェ
ント」と仮名併記がある商標には「ボルクス」という称呼がつけられて
いない。さらに,当該商標権者の商標は,仮名併記を有していない欧文
字のみの商標でも「フォルクスワーゲン」のみの称呼がつけられている
ものが多数存在する。前記の飲食チェーン店「VOLKS」の欧文字の
みからなる商標,登録第3337689号商標「VOLKS」も「フォ
ルクス」の称呼のみがつけられている。
以上から,本件商標からは「フォス」という称呼のみが生じることは
明らかであり,本件決定中の「ヴォス」という称呼認定は誤りである。
(イ)なお,被告は,本件商標が,2行に分けた各文字が密接不可分に結合
された態様の商標であることを示すものとはなっておらず,下段の「フ
ォス」が上段の「VOSS」の読み方を特定したものであると理解され
るものではないと主張する。
しかし,我が国では,実際には二段で使用しないにもかかわらず,欧
文字の称呼を限定する趣旨で欧文字と片仮名を二段に併記して商標登
録を受けることが頻繁に行われており,このような二段商標の場合は,
その上下の文字の大きさや上下の間隔のいかんにかかわらず,商標の称
呼が片仮名に特定された商標であると解すべきである。
原告も,称呼を「フォス」に限定する趣旨で,「VOSS」と「フォ
ス」の欧文字と片仮名を一体化した二段併記で出願したものであり,こ
の二段の態様から称呼は特定されると解する方が自然である。
また,被告の主張どおり,「一般に,欧文字と片仮名が二段に併記さ
れた構成の商標において,その片仮名部分が欧文字部分の称呼を特定す
べき役割を果たすものと無理なく認識できる場合には,片仮名部分から
生ずる称呼をもってその商標から生ずる自然な称呼」と解されている。
そして,二段に書されたうちの片仮名部分が欧文字部分から全く想像で
きないような場合は格別,欧文字からその片仮名が想像し得る場合は
「自然な称呼」ととらえるべきであるし,特許庁も多数の審決において
そのような判断を下していると解される。
(ウ)被告も認めるように,本件商標は既成の親しまれた観念を有する成語
ではないから,「VOSS」から直ちに特定の称呼を生じるわけではな
く,直ちに「ヴォス」の称呼を生じるわけでもない。確かに,取引者,
需要者は,自らの知識,経験を頼りにその読みを案出するから,英語の
「voice」や「boss」から「ヴォス」を想像する者もいるであ
ろうが,同様に,ドイツ語等から「フォス」を想像する者もいるはずで
あり,「フォス」の称呼が不自然な称呼とまではいえない。ドイツ語で
あれば,ほぼすべての「VO」で始まる既成語の発音は「フォ」であっ
て「ヴォ」ではない(甲18)。また,ドイツ語等の知識がなくても,
「VOLKSWAGEN」や「VOLKS」が「フォルクスワーゲン」,
「フォルクス」と称呼することを知っている者は多いから,「VO」を
「フォ」と呼ぶことが自然と考える者も当然いるはずである。
また,被告は,「VOSS」が英語でなくても,英語風に称呼するこ
とは難しいことではなく,「ヴォス」こそが自然な称呼であると主張す
る。しかし,英語ではないと認めているにもかかわらず,英語風の読み
をもって称呼した「ヴォス」こそが自然な称呼であると認定するのは性
急である。
このほか,被告は,原告が「VO」を「フォ」と発音する例として挙
げる「VOLKS」は,ドイツ語の既成語で,造語である本件商標と同
列には論じられないと主張する。
しかし,そもそもドイツ語が「我が国においてさほどなじみのある外
国語とはいえない」のであれば,既成語であるか造語であるかは,我が
国では問題にはならない。その上,被告は「VOSS」を「ヴォス」と
称呼する根拠として,「voice」,「vocal」,「volun
teer」等,多くの英語の「既成語」を挙げているところ,英語とド
イツ語において,既成語が称呼認定の根拠となるかどうかを区別するこ
とには根拠がない。
(エ)また,被告は,「VOLKSWAGEN」及び「VOLKS」は周知
・著名であるから,各々「フォルクスワーゲン」,「フォルクス」と認
識されているのであり,特殊な事例であるから本件商標の称呼の特定の
参考にすることは適切ではないと主張する。しかし,むしろ,「VOL
KSWAGEN」が「フォルクスワーゲン」,「VOLKS」が「フォ
ルクス」であることが我が国でも広く知られているということは,我が
国においても「VO」を「フォ」と発音する可能性があることが広く知
られているということであり,「VOSS」を「フォス」と称呼するこ
とも自然であることになる。
なお,「VOLKSWAGEN」及び「VOLKS」が著名であるが
故に本件商標の称呼特定の参考には不適切なのであれば,同様に著名で
ある「VOLVO」,「Volvic」の称呼も参考として不適切であ
る。
(オ)上記のとおり,本件商標は,称呼を「フォス」に限定する趣旨で,二
段で出願された商標であるから,その商標態様から,片仮名部分が欧文
字部分の称呼を特定すべき役割を果たしていると無理なく認識され,か
つ,「VO」を「フォ」と称呼する可能性が多々ある以上,「フォス」
の称呼は「VOSS」から自然に生じる称呼であると理解でき,本件商
標の称呼は「フォス」と特定される。
イ引用各商標の称呼及び観念認定の誤り
(ア)引用商標1及び2は,①パイプをくわえた男性のイラスト部分,②「三
得利」の文字部分,③イラストの周りを取り囲む「BOSSCOFF
EECOFFEEBOSSCOFFEE」,④二段書きの「BO
SS」及び「伯斯」(引用商標2については「博斯」)の文字部分の構
成要素を結合した結合商標であり,その称呼は「サントリーボスコーヒ
ーハクシ」である。
また,引用商標3は,①経線と緯線のみが描かれている地球儀を背景
にした,パイプをくわえた男性のイラスト部分,②イラストの周りを取
り囲む「SUNTORYCOFFEEBOSS」の文字部分からな
る結合商標であり,その称呼は「サントリーコーヒーボス」である。
上記引用各商標は,いずれも一見して,文字の部分よりも「パイプを
くわえた男性」のイラスト部分の印象がとても強いので,「パイプをく
わえた男性」の印象が残存し,観念として需要者に記憶されるものと解
され,特に,引用商標3については文字部分にほとんど目がいかないも
のと解される。また,仮に「BOSS」が外観上強く認識されることが
あれば,上記イラストの印象との相乗効果で,「親分,社長,主人,監
督,上司」等の連想が想起され,これが需要者の印象として記憶される
こととなる。
(イ)取消理由通知及び本件決定中の当審の判断において,被告は,引用各
商標の称呼及び観念に関し,「BOSSの欧文字部分もまた独立して取
引に資されるものとみるのが相当である」として,引用各商標からは,
「BOSS」の欧文字部分に相応して,「ボス」の称呼及び「ボス,親
分」の観念をも生ずる旨判断し,その際に,「最高裁昭和37年(オ)
第953号同38年12月5日第一小法廷判決」(甲12,以下「引用
判例」という。)をも参考としている。
しかし,引用判例は,そもそも「みだりに,商標構成部分の一部を抽
出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断
するがごときことが許されない」ことを原則とした上で,取引上不自然
と思われるほど不可分的に結合していない,著名性のない図案と文字の
結合商標の事案について,分離観察も可能であると判断したものであ
る。
取消理由通知及び本件決定中の当審の判断にもあるように,引用各商
標は「パイプをくわえた男性のイラスト」等とともに需要者の間に広く
認識されている商標であり,その事実があるにもかかわらず,称呼及び
観念について「BOSS」のみを分離して観察することは不適切である。
(ウ)被告は,引用商標1及び2の構成中,「BOSS」の欧文字部分は,
「パイプをくわえた男性」の図形部分と称呼や観念においても直接的に
は関連性がないと主張する。しかし,被告も認めるように,「パイプを
くわえた男性」の図形部分は「サントリーの缶コーヒーボス」の図形と
して著名であるところ,需要者はいずれの引用商標をみても,「BOS
S」の欧文字部分と「パイプをくわえた男性」を一体として,「サント
リーの缶コーヒーボス」という観念の,著名性ある商品ラベルとして認
識するはずであり,「BOSS」の欧文字部分をもって独立して自他商
品の識別標識としての機能を果たしているわけではない。
また,引用商標3においては,そもそも,図形のまわりに同書同大同
間隔で一連に「SUNTORYCOFFEEBOSS」と記載され
ており,たとえ,「SUNTORY」が著名な社名で,「COFFEE」
に自他商品識別機能がないとしても,「BOSS」の文字だけを独立さ
せて自他商品の識別標識としての機能を果たし得るとする主張には無
理がある。また,需要者は,引用商標3も,「BOSS」の欧文字部分
と「パイプをくわえた男性」を一体として,「サントリーの缶コーヒー
ボス」という観念の著名性ある商品ラベルとして認識するはずである。
(エ)さらに,被告は,飲料を取り扱う業界においては,本件商標の登録出
願前から「BOSS」の表示のみでもサントリー関連会社にかかる商品
であることを認識できるほど需要者の間に広く知られていたと主張す
るが,乙12(Wikipedia)に,「BOSS」につき「パッケージにパ
イプをくわえた男性のイラストが特徴である。」との記載があり,サン
トリー関連会社の現在の商品一覧をみても,1つとして,「パイプをく
わえた男性のイラスト」の使用なく商品に「BOSS」のみをラベル化
している例はない(甲25)。また,本件は,引用各商標を根拠として,
本件商標の登録が取り消されるべきかの問題であるところ,引用各商標
は「BOSS」の欧文字のみの商標ではなく,いずれも全体としてみる
からこそ意味を持つラベル商標であるから,全体として,その称呼・観
念・外観を判断すべきである。
ウ本件商標と引用各商標の類否判断の誤り
被告は,本件決定において,引用各商標の称呼を「ボス」としており,
欧文字「BOSS」以外の構成要素を全く無視した類否考察をしているが,
当該分離観察の手法及びそれに基づく類否判断は誤りである。
被告は,前記の引用判例につき分離観察の手法を採用する根拠としてい
るが,引用判例で争われた商標は,需要者の間に広く知れわたっていない
特殊な図形と文字からなる商標であるところ(甲12),本件において,
引用各商標中の図形は,需要者の間に広く認識されている。加えて,引用
各商標は「三得利」「COFFEE」「SUNTORYCOFFEE」
等の需要者の間に広く知れわたっている文字を有することから,引用判例
とは事案を異にするものである。つまり,引用各商標は,その構成中「B
OSS」の欧文字部分も独立して取引に資されるものとみることは妥当で
はなく,全体としてみた場合,本件商標に類似するか否かを判断すべきで
ある。
まず,外観については,本件決定中にあるように相紛れるものではない。
次に,本件商標の称呼が「フォス」であるところ,引用商標1及び2は
「サントリーボスコーヒーハクシ」,引用商標3は「サントリーコーヒー
ボス」であるので,称呼において非類似である。
最後に,観念については,本件決定中にあるように,本件商標を構成す
る「VOSS」及び「フォス」は,特定の意味をもって親しまれている語
ではないから,本件商標は,全体としても特定の観念を生じさせないもの
であるのに対し,引用各商標からは「サントリーの缶コーヒーボス」の観
念が生じ,明らかに異なる。
以上より,本件商標と引用各商標は非類似であると判断するのが相当で
ある。
エ混同のおそれはない
(ア)本件決定において,本件商標と引用各商標に係る商品の取引の実情に
ついて十分な考察がされておらず,「混同のおそれがある」旨の判断は
誤りである。
すなわち,引用各商標は,いずれも缶コーヒーに使用されているもの
であり,その販売場所は,低価格の小売店,コンビニエンスストアー,
駅の売店,自動販売機等が挙げられる。サントリー株式会社の商品であ
る缶コーヒーの価格は,およそ110円から120円と安いものであ
り,その価格設定及び販売場所から考察するに,一般大衆向けの商品で
あるといえる(甲13)。
他方,本件商標に係る商品は,世界的な著名ブランド「カルバン・ク
ライン」のクリエイティブ・ディレクターであるAが手掛けた優れたデ
ザイン性を有する瓶(又はそれを模したペットボトル)の容器に入れて
販売・提供されている(甲14の1及び2)。販売・提供場所は高級ホ
テル,レストラン等で,日本ではTHERITZ-CARLTON,CONRAD,MANDARIN
ORIENTAL,Hiltonといった高級ホテルや高級グルメストアDEAN&DELUCA,
六本木の高級和食レストラン「龍吟」である(甲15)。加えて,宣伝
広告活動も,主に世界の著名人や富裕層を対象に力を入れており,その
結果,2009年(平成21年)9月20日ロサンゼルスで開催された
エミー賞授賞式,同年12月11日オスロで開かれたノーベル平和賞授
賞式,2010年(平成22年)12月10日ロサンゼルスで開催され
たSAGアワード(スクリーンアクターズギルドアワード)等で
提供されることとなった(甲16の1及び甲16の2)。以上のとおり,
本件商標に係る商品は,一部の富裕層向け高級ミネラルウォーターとし
て売られており,需要者及び販売場所が全く異なる引用各商標の缶コー
ヒーと混同を生ずるおそれがないことは明白である。
(イ)被告は,本件商標の登録の可否について,一部の使用商品及びその商
品の特殊な取引の実情のみにより判断することは適切ではないと主張
する。しかし,被告は,引用各商標の称呼及び観念の認定に当たり,分
離観察が必要であるとする根拠の1つとして,サントリー関連会社の
「缶入りコーヒー」販売によって「BOSS」の表示のみでも商品が認
識できたと主張し,特殊的・限定的取引の実情をあげており,その主張
は矛盾する。
被告は,甲14~16の商標は,本件商標と同一と認められる商標と
はいえないと主張するが,二段商標のうちの片仮名「フォス」が自然な
称呼である本件商標については,「VOSS」の欧文字の使用は登録商
標の使用となるから,甲14~16の商標と本件商標は同一である。
また,インターネット上で「VOSS」の表示を付した商品と同様の
商品に「ヴォス」の片仮名が記されているケースが1件あったとしても,
そのホームページ作成者がたまたま「ヴォス」と読ませるべく仮名を振
ったものと考えられる。「VOSS」の我が国における自然な称呼が「ヴ
ォス」であるなら,わざわざ仮名を振る必要もなかったと解され,この
1件をもって,我が国における「VOSS」の自然な称呼が「ヴォス」
であることが裏付けられるとはいえない。
さらに,仮に被告が,「VOSS」と「フォス」が同じ商品であって
も分離して使用される場合に,「VOSS」が引用各商標と混同を生ず
ると主張しているのであれば,それは「VOSS」の自然な称呼が「ヴ
ォス」であるとの被告の主張を前提とするものにすぎず,前記のとおり,
本件商標の称呼は「フォス」であるから,上記主張は失当である。
被告は,本件商標及び引用各商標において抵触する指定商品は,価格
も比較的廉価な日常消費物資であると主張するが,価格の設定は販売す
る者が行うものであり,必ずしもすべてが廉価といい切れるわけではな
く,一般消費者が常に称呼を一番重視するとはいえない。特に,本件商
標及び引用各商標において抵触する指定商品は,実際にその場でみて購
入する場合が多く,称呼のみならず商標の外観が非常に重要な要素とな
る。そうすると,本件商標と引用各商標との類否を判断するに当たって
は,外観も極めて重要な判断要素である。外観が著しく異なり,称呼も
「フォス」と「サントリーボスコーヒーハクシ」及び「サントリーコー
ヒーボス」と著しく異なる本件商標と引用各商標は,商品の出所の混同
を来すおそれがない非類似の商標であるといえる。
オ小括
以上から,本件商標は商標法4条1項11号に違反して登録されたもの
ではなく,同法43条の3第2項の規定に基づきその登録を取り消すべき
と判断した本件決定は違法である。
2請求原因に対する認否
請求の原因(1)及び(2)の各事実は認めるが,(3)は争う。
3被告の反論
本件決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
(1)称呼認定の誤りに対し
ア本件商標は,「VOSS」の欧文字を横書きし,その下部に「フォス」
の片仮名を横書きしてなるものであり,第32類「清涼飲料,果実飲料,
飲料用野菜ジュース」を指定商品とするものである。
原告は,本件商標の「VOSS」の欧文字と下段に併記された「フォ
ス」の片仮名との一体性を主張するが,本件商標は,さほど特徴のある
書体とはいえない態様により,上段に大きく「VOSS」の欧文字を
やや太めの線を用いて横書きし,その下に一文字程度の行間隔を空け
て,「VOSS」の文字よりも細い線ではあるものの,しっかりと目
立つ態様で「フォス」の片仮名が横書きされた構成からなるものであ
るから,これら2行に分けた各文字が密接不可分に結合された態様の
商標であることを示すものとはなっておらず,その構成態様から直ち
に下段の「フォス」が上段の「VOSS」の読み方を特定したもので
あると理解されるものではない。
一般に,欧文字と片仮名が二段に併記された構成の商標において,その
片仮名部分が欧文字部分の称呼を特定すべき役割を果たすものと無理な
く認識できる場合には,片仮名部分から生ずる称呼をもってその商標から
生ずる自然な称呼とみることができるが,そうでない場合には,欧文字部
分から生ずる自然な称呼をもって取引されることも少なくないというの
が取引の経験則に照らし明らかである。
これを本件商標についてみると,本件商標は,その構成中の「VOSS」
の欧文字が英和辞典などのなじみのある外国語辞典には掲載されていな
い(乙1~4)ことから,既成の親しまれた観念を有する成語を表したも
のとはいえず,直ちに特定の称呼が生ずるものとはいえない。そして,こ
のような場合,これに接する取引者,需要者は,欧文字に対する自らの知
識,経験を頼りにその読みを案出するものであり,また,本件商標に係る
指定商品が日常的に消費される飲料等であって英語以外の外国語が頻繁
に使用される分野ともいえないものであり,さらに,外国語として最も親
しまれている英語において,例えば,「VO」の文字が「ヴォ」と発音さ
れ(例voice,vocal,volunteer,voluntar
y,vocabulary,volt,vote),「OSS」の文字を含
む「boss」の語が「ボス」,「cross」の語が「クロス」,「l
oss」の語が「ロス」と発音されることなどからすると,「VOSS」
の文字も英語風の読みをもって「ヴォス」と称呼されるとみるのが自然で
ある(乙5)。
そうすると,本件商標中の「フォス」の片仮名部分は,欧文字と片仮名
が二段に併記された構成の商標において,その片仮名部分が欧文字部分の
称呼を特定すべき役割を果たすものと無理なく認識し得るものとはいえ
ないから,本件商標は,その構成中の片仮名部分に相応して「フォス」の
称呼が生ずるほか,「VOSS」の欧文字部分から生ずる「ヴォス」との
自然な称呼をもって取引されることも少なくないというべきである。
また,原告は,「VOSS」の欧文字が既成の親しまれた観念を有する
成語ではないため,読み慣れた仮名文字に目がいくのが自然であるとも主
張するが,仮に,「フォス」の片仮名に取引者,需要者の目がいくとして
も,本件商標は,「VOSS」及び「フォス」の各文字からなる商標であ
って,上段にあり,どちらかといえば太い線により書されている「VOS
S」の欧文字部分の方が強い印象を与えるものであり,前記のとおり,「V
OSS」の自然な称呼が「ヴォス」であることをも考慮すれば,仮名文字
が「VOSS」の欧文字の下部に書されているからといって,本件商標が
「フォス」の称呼のみを有する理由にはならないというべきである。
イ原告は,「VOSS」の部分は,英語等の成語を表示するものではな
く,これを直ちに英語風の読みをもって無理なく称呼することは難しい
旨主張するが,たとえ,「VOSS」の欧文字が英単語ではないとしても,
前記アのとおり,一般に慣れ親しまれているといえる英単語において語頭
の「vo」が「ヴォ」と発音されていることからすれば,「VOSS」の
文字を英語風の読みをもって「ヴォス」と称呼することは何ら難しいこと
ではなく,この「ヴォス」こそが「VOSS」の自然な称呼であるといっ
て差し支えないものである。
一方,原告が「VO」を「フォ」と発音する例として挙げる「VOLK
SWAGEN」及び「VOLKS」における「VOLKS」の欧文字に
ついては,「民族,国民」の意味を有するドイツ語「Volk」の単数形
2格を表す「Volks」(乙6)に通じるものであり,同文字は我が国
において英語と比較してさほどなじみのある外国語とはいえないドイツ
語ではあるものの,既成語である点において,造語といえる本件商標と同
列に論じることは適切とはいえない。
また,原告も主張するように,「VOLKSWAGEN」が世界的に著
名な自動車の製造販売会社であり,「VOLKS」が我が国において周知
な飲食チェーン店であるところ,これらのことは,「VOLKSWAG
EN」が「フォルクスワーゲン」,また,「VOLKS」が「フォルクス」
の片仮名としてもそれぞれ相当程度認識されていることを意味するもの
であり(乙7~10),このことが「VOLKSWAGEN」,「VOL
KS」の称呼の特定にも影響することは必定であり,このような特殊な事
例を,本件商標の称呼の特定の参考にすることは適切ではない。
さらに,原告は,特許庁の商標検索データベースIPDLにおける「V
OLKSWAGEN」及び「VOLKS」に係る称呼データを基に主張す
るが,IPDL(特許電子図書館)に公開されている「商標出願・登録情
報」の「称呼」は,特許庁での商標審査に当たって,比較する商標の称呼
における類否判断の基礎とするものであるところ,原告が引用する上記の
登録商標事例は,登録に至る審査において上記の著名性も加味された結果
としての称呼データであることが推測できるものであって,このことによ
り本件商標の称呼認定の判断が左右されるべきではない。
なお,スウェーデンのよく知られた自動車又は自動車メーカーである
「VOLVO」は,その読みとして「ボルボ」と表記されており(乙7~
9),フランス産のミネラルウォーターとしてよく知られている「vol
vic」もその読みとして「ボルヴィック」又は「ボルビック」と表記さ
れている(乙11)。
(2)引用各商標の称呼及び観念認定の誤り並びに類否判断の誤りに対し
ア引用商標1ないし3は,前記第2.2のとおりの構成からなるものであ
る。
そして,本件決定においては,引用各商標の構成中の「BOSS」の欧
文字部分もまた独立して取引に資されるものであり,引用各商標からは,
「BOSS」の欧文字部分に相応して,「ボス」の称呼及び「ボス,親分」
の観念をも生ずると認定判断したものであって,その判断の参考として引
用判例(甲12)を引用したものである。
これに対し原告は,同引用判例で争われた商標は,需要者の間に広く知
れわたっていない特殊な図形と文字からなるものであるところ,本件での
引用各商標は,その構成中の図形等が需要者の間に広く知れわたっている
ことから,引用判例とは事案を異にする旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,商標の類否判断において,原則とする全体
観察に重きを置くあまり,分離観察を必要以上に軽視するものである。
商標の分離観察が,全体観察に対する修正として,特に結合商標(二以
上の文字,図形又は記号の組合せからなる商標及び二以上の語を組み合わ
せてなる商標)の類否判断の場合において必要とされることは,判例等が
認めるところである。引用判例によれば,要するに,全体観察のほかに,
各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然と思われるほ
ど不可分的に結合していない商標については,分離観察をしてその構成部
分が有する外観,称呼又は観念により類否判断が認められるのである。
イ確かに,引用各商標は,原告も認めるように,需要者の間に広く認識さ
れている商標である。
そして,引用判例によれば,リラと称する抱琴の図形と「宝塚」なる文
字との結合からなり,これに「リラタカラズカ」,「LYRATAKAR
AZUKA」の文字が添記されている商標において,リラ宝塚印なる称呼,
観念の生ずることは明らかであり,その一連の称呼,観念のみしか生じな
いか否かの判断に,図形部分が古代ギリシャの抱琴でリラという名称を有
するものであることの著名性の否定が一部影響したという事案である。
他方で,本件は,引用各商標の各構成要素を一連にした明らかな称呼,
観念を生じるといった商標でないものにおける著名性の有無が称呼,観念
の特定の判断にどう影響するかという事案であり,分離観察の手法につい
て,著名性の有無の差によって引用判例とは事案を異にするといえるもの
でもなく,本件での引用各商標において,引用判例にいう分離観察の手法
を採用することが否定される理由はない。
そして,引用商標1及び2は,それぞれ,最下段の文字部分を「伯斯」
と「博斯」とを異にする以外,他の構成要素をすべて共通にするものであ
るところ,両商標は,①「三得利」の漢字部分,②「パイプをくわえた男
性」の図形部分,③図形部分の周りに書された「BOSSCOFFEE」,
「COFFEE」及び「BOSSCOFFEE」の欧文字部分,④「B
OSS」の欧文字部分,⑤「ラベル風図形」及びそこに書された「伯斯」
又は「博斯」の漢字からなる部分,の構成要素からなる結合商標であり,
これらは視覚上明確に分離されて看取されるものである。そして,両商標
の構成中の「④『BOSS』の欧文字部分」は,商標中において,顕著に
表されているものであるところ,同部分は,「ボス」と発音し,「ボス,
親分」の意味を有する英単語として一般に広く知られ,商品の品質等を表
すような言葉ではなく,「②『パイプをくわえた男性』の図形部分」と称
呼や観念においても直接的には関連性のないものであって,これらの結合
によって特定の事柄を認識するようなものではないことから,「BOS
S」の欧文字部分をもって独立して自他商品の識別標識としての機能を果
たし得るものである。
また,引用商標3は,①「パイプをくわえた男性」の図形を含む図形部
分,②図形部分の周りに上下に配された「SUNTORYCOFFEE
BOSS」の文字部分,の構成要素からなる結合商標であり,これらは視
覚上明確に分離されて看取されるものである。そして,引用商標3の構成
中の「SUNTORYCOFFEEBOSS」の文字部分は,「SU
NTORY」の文字部分がサントリー株式会社の著名なハウスマークを表
示するものであること,「COFFEE」の文字部分が「コーヒー」を意
味し自他商品の識別標識としての機能がないか弱い表示であること,「B
OSS」の文字部分が「ボス」と発音し,「ボス,親分」の意味を有する
英単語として一般に広く知られ,商品の品質等を表すような言葉ではない
ことからすれば,「BOSS」の文字部分は,自他商品の識別標識として
の機能を果たし得るものであり,また,「SUNTORYCOFFEE
BOSS」の文字部分又は「BOSS」の文字部分が「①『パイプをくわ
えた男性』の図形を含む図形部分」と称呼や観念においても直接的には関
連性のないものであって,これらの結合によって特定の事柄を認識するよ
うなものではないことから,「BOSS」の文字部分をもって独立して自
他商品の識別標識としての機能を果たし得るものである。
さらに,引用各商標は,サントリー関連会社により商品「缶入りコーヒ
ー」に使用され,需要者の間に広く知られているものであるところ,19
92年(平成4年)8月に新ブランドとしての「BOSS」を付した商品
を発売して以来,長年にわたり新商品やリニューアルの商品に「BOSS」
ブランドとして使用し続けた結果(乙12,13),飲料を取り扱う業界
においては,本件商標の登録出願前から「BOSS」の表示のみでもその
商品がサントリー関連会社に係る商品であることを認識できるほど需要
者の間に広く知られていたものであり,その状態は本件登録査定時(平成
20年3月11日)においても継続していたというべきであるから,原告
の「引用各商標は,『パイプをくわえた男性のイラスト』等とともに需要
者の間に広く認識されている商標であり,その事実があるにもかかわら
ず,称呼及び観念について『BOSS』のみを分離して観察することは不
適切である。」との主張は失当である。
ウ以上によれば,引用各商標は,その構成中の「BOSS」の文字部分を
分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合して
いるものではないから,本件決定において,引用各商標の構成中の「BO
SS」の欧文字部分もまた独立して取引に資されるものであり,引用各商
標からは,「BOSS」の欧文字部分に相応して,「ボス」の称呼及び「ボ
ス,親分」の観念をも生ずる旨認定判断したことに誤りはない。
(3)「混同のおそれはない」に対し
ア原告は,本件商標及び引用各商標に係る現在までの使用商品及びその使
用の実情について主張するが,本件商標の登録の可否について,一部の使
用商品及びその商品の特殊な取引の実情のみにより判断することは適切
でない。
(ア)本件商標の指定商品中「清涼飲料,果実飲料」は,引用商標3の指定
商品中,第32類「コーヒーを使用してなる清涼飲料・果実飲料,コー
ヒー風味の清涼飲料・果実飲料」と類似するものと認められ,また,本
件商標の指定商品中「飲料用野菜ジュース」は,引用商標1及び2の指
定商品中,第30類「コーヒーの風味を有するアーモンドペースト」及
び第32類「コーヒー入りの飲料用野菜ジュース」並びに引用商標3の
指定商品中,第32類「コーヒーを使用してなる飲料用野菜ジュース,
コーヒー風味の飲料用野菜ジュース」と類似するものと認められる。
そして,商標の類否判断に当たって考慮することのできる取引の実情
とは,その指定商品全般についての一般的・恒常的なそれを指すもので
あって,単に同商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的・
限定的なそれを指すものでないと解される(最高裁昭和47年(行ツ)
第33号同49年4月25日第一小法廷判決参照)。
原告が主張する本件商標及び引用各商標に係る使用商品及びその販
売等の取引の実情は,両商標の指定商品の一部の商品又は包含されない
商品に関してのことであり,一部の商品(富裕層向け高級ミネラルウォ
ーター)の特殊的・限定的な実情を,本件商標の登録の可否の判断にお
いてその指定商品全般に適用することは適切でない。
(イ)本件商標は,「VOSS」及び「フォス」の文字からなるところ,甲
14~16によれば,原告の主張するミネラルウォーターに付された商
標は,ややデザイン化された「VOSS」の文字のみのものであり,本
件商標と同一と認められる商標といえるものではない。
また,甲14~16に表示されている「VOSS」の表示を付した商
品と同様と解される商品の広告などがインターネットのウェブサイト
において見受けられ,その中には「VOSS」の表示とともに「ヴォス」
の片仮名が記されているものが存在する(乙14)。このことは,原告
の意思いかんにかかわらず,我が国において,本件商標中の「VOSS」
の文字部分の自然な称呼が「ヴォス」であることを裏付けている。
さらに,取引の経験則に照らせば,商標には,その商品又は役務だけ
のマーク及び企業全体を標章するマーク並びにこれらの中間的な役割
を果たすマークがあり,これらのマークのうち複数のものが1つの商品
にともに付されることは一般に行われているところ,本件商標中の「フ
ォス」の片仮名部分についても,「VOSS」の欧文字部分とは別の役
割を持つ商標であると看取され,「VOSS」の欧文字部分から生ずる
自然な称呼である「ヴォス」をもって取引されることで,本件商標は,
引用各商標と混同を生ずるおそれがあるというべきである。
イ原告は,本件商標及び引用各商標の指定商品が同一又は類似するもので
あることについては争っておらず,本件商標及び引用各商標に係る指定商
品中,両商標において抵触する指定商品は前記のとおりであるところ,そ
れらの商品は価格も比較的低廉な日常消費物資であって,その取引者,需
要者には,広く一般消費者も含まれるのであり,これらの者が,例えば,
陳列棚に貼付された表示札や多数の商品とともに掲載された宣伝広告チ
ラシなどの記載によって商品の同一性を識別するに際して,商品の名称,
すなわち称呼が極めて重要な要素となることは明らかである(知財高平成
20年(行ケ)第10412号同21年3月17日判決参照)。
そうすると,本件商標及び引用各商標の指定商品に係る取引の実情を考
慮すれば,本件商標と引用各商標との類否を判断するに当たっては,外観
及び観念を軽視するものではないものの,称呼をより重視すべきことが明
らかである。
したがって,本件商標と引用各商標とは,外観においては相紛れるもの
ではなく,観念においては比較し得ないことを考慮してもなお,本件商標
から生じる「ヴォス」の称呼と引用各商標から生じる「ボス」の称呼とは
極めて紛らわしく,実質的にはほぼ同一の称呼といえるものであるから,
商品の出所の混同を来すおそれのある類似の商標である。
(4)小括
以上のとおり,本件商標は,引用各商標と類似する商標であって,その指
定商品と同一又は類似する商品について使用するものであり,商標法4条1
項11号に違反して登録されたものであるから,その登録を取り消すとした
異議の決定の判断に違法な点はない。
第4当裁判所の判断
1請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(決定の内容)の各事実
は,当事者間に争いがない。
2本件商標と引用各商標との類否について
(1)本件商標は,前記第2.1のとおりの態様であり,その上段に「VOSS」
の欧文字,下段に「フォス」の片仮名が記載されている。
そして,証拠(甲14の1,乙1ないし4)によれば,「VOSS」とは
ノルウェー産のミネラルウォーターのブランドで,ノルウェー語で「滝」と
いう意味を有し,ノルウェーの山間の小さな町の名であるが,英語,フラン
ス語,ドイツ語,イタリア語では「VOSS」という語は日常レベルの語と
しては存在しないことが認められ,以上からすれば,我が国において,本件
商標から特段の観念が生じるとはいえず,また,本件商標の下段に「フォス」
と記載されていることから,原則として「フォス」との称呼が生じるものと
いえる。
この点につき,本件決定は,本件商標においては「VOSS」の欧文字部
分から,これを英語風に読んだ「ヴォス」の称呼が生じる旨認定し,被告も
その旨主張する。確かに,「VOSS」を英語読みすると「ヴォス」となる
(乙5参照)ため,本件商標からは「ヴォス」との称呼も生じ得るものと解
される。
しかし,一般に,欧文字と仮名文字とを併記した構成の商標において,そ
の仮名文字部分が欧文字部分の称呼を特定すべき役割を果たすものと無理
なく認識できるときは,仮名文字部分より生ずる称呼が,その欧文字部分よ
り生ずる自然の称呼とみるのが相当である。
そして,本件商標においては,「VOSS」の下段に「フォス」と大きく
記載されており,これが「VOSS」の読みを特定したものと無理なく認識
できるから,本件商標の称呼は基本的には「フォス」であると認めることが
できる。
(2)次に,引用商標1及び2は,①パイプをくわえた男性の斜め横顔のイラス
ト,②「三得利」の文字部分,③イラストの周りを取り囲む「BOSSC
OFFEECOFFEEBOSSCOFFEE」の文字部分,④「B
OSS」の文字部分,⑤ラベル風図形及びそこに記載された「伯斯」(引用
商標1)又は「博斯」(引用商標2)の文字部分,の各構成要素を結合した
結合商標であり,その称呼は「ボス」,「ボスコーヒー」ないし「サントリ
ーコーヒーボス」であるものと認められる。
また,引用商標3は,①経線と緯線のみが描かれている地球儀を背景にし
た,パイプをくわえた男性の斜め横顔のイラスト部分,②イラストの周りを
上下に取り囲む「SUNTORYCOFFEEBOSS」の文字部分,
からなる結合商標であり,その称呼は「ボス」ないし「サントリーコーヒー
ボス」であると認められる。
そして,我が国でのサントリー関連会社の缶コーヒー取引の実情に関する
証拠(甲13,乙12,13)からすれば,引用各商標からは「缶コーヒー
のボス」といった観念が生じるものと認められる。
もっとも,引用各商標は,いずれも,「パイプをくわえた男性の斜め横顔」
の大きなイラスト部分が存在するため,引用各商標からは「パイプをくわえ
た男性」の観念も生じ得るものと解される。
(3)以上を前提とすると,本件商標と引用各商標とでは,そもそもイラストの
有無を含め,外観において大きく異なる上,観念においても,本件商標から
は特段の観念が生じないのに対し引用各商標からは,「缶コーヒーのボス」
や「パイプをくわえた男性」といった観念が生じるものである。
そして,本件商標からは,基本的に「フォス」との称呼が生じるのに対し,
引用各商標からは,「ボス」,「ボスコーヒー」ないし「サントリーコーヒ
ーボス」との称呼が生じ,ここでも非類似というべきである。
(4)以上のとおり,本件決定が「本件商標と引用各商標とは類似する」とした
判断は誤りというべきであり,指定商品の類否について判断するまでもな
く,本件商標と引用各商標につき商標法4条1項11号を適用した本件決定
は誤りである。
3被告の主張に対する判断
(1)本件商標の称呼につき
被告は,「フォス」は「VOSS」の称呼を特定すべき役割を果たすもの
と無理なく認識し得るものとはいえない旨主張する。
しかし,証拠(甲9,10,乙7ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,
我が国において「フォルクスワーゲン」というドイツ製の自動車が広く知ら
れていること,「フォルクスワーゲン」に対応するドイツ語が「VOLKS
WAGEN」であることが認められるところ,「フォ」は「ヴォ」の濁音が
清音になっただけであることをも併せ考慮すれば,「フォス」は「VOSS」
の称呼を特定すべき役割を果たすものと無理なく認識し得るというべきで
あり,被告の上記主張は採用することができない。
また,被告は,「フォルクスワーゲン」や「フォルクス」は日本において
も著名であるから,このような特殊な事例を本件商標の称呼の特定の参考に
すべきではない旨主張するが,上記名称が著名であれば,我が国においても
「Vo」との綴りを無理なく「フォ」と読み得ることにつながり,被告の上
記主張は理由がない。
このほか,被告は,我が国においてドイツ語はなじみがなく,「Vo」と
の綴りが「フォ」と読まれることはないとも主張する。確かに,我が国にお
いて,英語と比べてドイツ語になじみがないことは事実であるが,本件商標
においては,下段に「フォス」との片仮名が記載されていることからすれば,
我が国におけるドイツ語のなじみの程度とはかかわりなく,本件商標からは
「フォス」との称呼が生じるものと解される。
(2)引用各商標における「BOSS」の独立性につき
被告は,引用各商標につき,「BOSS」の欧文字部分が独立して取引に
資されるとして,分離観察をした上で,引用各商標と本件商標との類否判断
をすべき旨主張する。
しかし,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについ
て,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して
商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商
品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認めら
れる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じな
いと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁平成
5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁等参照)。
そして,引用各商標において,「パイプをくわえた男性の斜め横顔」のイ
ラスト部分は印象的であって,ここから出所識別標識としての観念が生じな
いとはいえないため,「BOSS」の欧文字部分が,取引者,需要者に対し,
出所識別標識として一定程度の強い印象を与えるとしても,「BOSS」部
分のみを抽出して,本件商標との類否を判断することは許されないというべ
きである。
また,被告は,引用各商標において,「パイプをくわえた男性」の図形部
分と「BOSS」の欧文字部分とは,称呼や観念において,直接的には関連
性のないものであり,ひいては「BOSS」の欧文字部分が独立して自他識
別機能を有する旨主張する。
しかし,両者に直接的に関連がないとしても,引用各商標においては,い
ずれも「パイプをくわえた男性」のイラストと「BOSS」の欧文字部分が
組み合わせて用いられており,証拠(甲25,乙12)からすれば,サント
リー関連会社の缶コーヒーにおいて,両者は常に一体として用いられている
こと,「BOSSコーヒー」に関するウィキペディア(フリー百科事典)上
も,BOSSコーヒーにおいては「パッケージにパイプをくわえた男性のイ
ラストが特徴である」と記載されていることが認められ,以上からしても,
両部分は一体というべきであり,被告の上記主張は採用することができな
い。
このほか,被告は,飲料業界においては,「BOSS」との表示のみでそ
の商品がサントリー関連会社に係る商品であることが本件商標の登録出願
前から広く知られていたから,「BOSS」の欧文字部分が独立して自他識
別機能を有する旨主張するが,前記のとおり,サントリー関連会社が,缶コ
ーヒーの取引で実際に使用しているのは,「BOSS」の欧文字部分と「パ
イプをくわえた男性」のイラスト部分を組み合わせたものであり,「BOS
S」の欧文字部分だけを使用しているものではないから,被告の上記主張は
理由がない。
(3)本件商標と引用各商標の類否判断につき
被告は,本件商標の称呼が「ヴォス」である旨主張するが,前記(1)のと
おり,本件商標からは,原則として「フォス」との称呼が生じるものとみる
べきである。
もっとも,仮に本件商標から「ヴォス」との称呼が生じ,これが引用各商
標の称呼と類似すると解した場合であっても,本件商標と引用各商標とで
は,その外観において著しく相違し,観念においては比較し得ないから,全
体的に観察しても非類似というべきである。
このほか被告は,本件商標と引用各商標において抵触する指定商品は,価
格も比較的低廉な日常消費物資であって,その取引者,需要者には広く一般
消費者も含まれるところ,これらの者が商品の同一性を識別するに際して,
称呼が極めて重要な要素となることは明らかである旨主張する。
しかし,指定商品が日常消費物資であり,取引者等が一般消費者であるか
らといって,一概に,外観,観念よりも称呼を重視すべきものとまではいえ
ず,被告の上記主張は理由がない。
4結論
以上のとおり,本件商標と引用各商標とが類似するとした本件決定の判断は
誤りである。
よって,本件決定を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官東海林保
裁判官矢口俊哉

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