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平成26年(あ)第747号業務上過失致死傷被告事件
平成28年7月12日第三小法廷決定
主文
本件上告を棄却する。
理由
第1上告趣意に対する判断
検察官の職務を行う指定弁護士安原浩,同中川勘太,同長谷部信一の上告趣意の
うち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に
適切でなく,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405
条の上告理由に当たらない。
第2職権判断
1本件は,平成13年7月21日兵庫県明石市の大蔵海岸公園と最寄り駅とを
結ぶ通称朝霧歩道橋(以下「本件歩道橋」という。)上で発生した雑踏事故(以下
「本件事故」という。)に関するものである。被告人は,当時兵庫県明石警察署副
署長であった者であり,平成22年4月20日に起訴されたが,本件事故について
は,最終の死傷結果が生じた平成13年7月28日から公訴時効が進行し,公訴時
効停止事由がない限り,同日から5年の経過によって公訴時効が完成していること
になる。
もっとも,本件事故については,当時明石警察署地域官であったB(以下「B地
域官」という。)が平成14年12月26日に業務上過失致死傷罪で起訴され,平
成22年6月18日に同人に対する有罪判決が確定している。
このため,検察官の職務を行う指定弁護士は,被告人とB地域官は刑訴法254
条2項にいう「共犯」に該当し,被告人に対する関係でも公訴時効が停止している
と主張した。
以上のような経緯に鑑み,被告人に対して刑訴法254条2項に基づき公訴時効
の停止が認められるか否かにつき,職権で判断する。
2第1審判決及び原判決の認定によれば,本件の事実関係は,次のとおりであ
る。
(1)平成13年7月21日午後7時45分頃から午後8時30分頃までの間,
大蔵海岸公園において,第32回明石市民夏まつり(以下「本件夏まつり」とい
う。)の行事である花火大会等が実施されたが,その際,最寄りの西日本旅客鉄道
株式会社朝霧駅と同公園とを結ぶ本件歩道橋に多数の参集者が集中して過密な滞留
状態となった上,花火大会終了後朝霧駅から同公園へ向かう参集者と同公園から朝
霧駅へ向かう参集者が押し合ったことなどにより,強度の群衆圧力が生じ,同日午
後8時48分ないし49分頃,同歩道橋上において,多数の参集者が折り重なって
転倒し,その結果,11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡
し,183名が傷害を負うという本件事故が発生した。
(2)当時明石警察署署長であったC(以下「C署長」という。)は,同警察署
管轄区域内における警察の事務を処理し,所属の警察職員を指揮監督するものとさ
れており,同警察署管内で行われる本件夏まつりにおける同警察署の警備計画(以
下「本件警備計画」という。)の策定に関しても最終的な決定権限を有していた。
B地域官は,地域官として,明石警察署の雑踏警備を分掌事務とする係の責任者
を務めていたところ,平成13年4月下旬頃,C署長に本件警備計画の策定の責任
者となるよう指示され,これを受けて,明石市側との1回目及び2回目の検討会に
出席し,配下警察官を指揮して本件警備計画を作成させるなどした。B地域官は,
C署長の直接の指揮監督下にあり,本件警備計画についても具体的な指示を受けて
いた。
被告人は,明石警察署副署長として,同警察署内の警察事務全般にわたって,C
署長を補佐するとともに,その命を受けて同警察署内を調整するため配下警察官を
指揮監督する権限を有していた。被告人は,本件警備計画の策定に当たって,いず
れもC署長の指示に基づき,B地域官の指揮下で本件警備計画を作成していた警察
官に助言し,明石市側との3回目の検討会に出席するなどした。また,被告人が同
警察署の幹部連絡会において,本件警備計画の問題点を指摘し,C署長がこれに賛
成したこともあった。
(3)本件事故当日,C署長は,明石警察署内に設置された署警備本部の警備本
部長として,雑踏対策に加え,暴走族対策,事件対策を含めた本件夏まつりの警備
全般が適切に実施されるよう,現場に配置された各部隊を指揮監督し,警備実施を
統括する権限及び義務を有していた。C署長は,本件事故当日のほとんどの場面に
おいて,自ら現場の警察官からの無線報告を聞き,指示命令を出していた。
被告人は,本件事故当日,署警備本部の警備副本部長として,本件夏まつりの警
備実施全般についてC署長を補佐する立場にあり,情報を収集してC署長に提供す
るなどした上,不測の事態が発生した場合やこれが発生するおそれがあると判断し
た場合には,積極的にC署長に進言するなどして,C署長の指揮権を適正に行使さ
せる義務を負っており,実際に,署警備本部内において,現場の警察官との電話等
により情報を収集し,C署長に報告,進言するなどしていた。
なお,署警備本部にいたC署長や被告人が本件歩道橋付近に関する情報を収集す
るには,現場の警察官からの無線等による連絡や,テレビモニター(本件歩道橋か
ら約200m離れたホテルの屋上に設置された監視カメラからの映像を映すもの
で,リモコン操作により本件歩道橋内の人の動き等をある程度認識することはでき
るもの)によるしかなかった。
一方,B地域官は,本件事故当日,大蔵海岸公園の現場に設けられた現地警備本
部の指揮官として,雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮し,参集者の安全を確保
すべき業務に従事しており,現場の警察官に会って直接報告を受け,また,明石市
が契約した警備会社の警備員の統括責任者らと連携して情報収集することができ,
現場付近に配置された機動隊の出動についても,自己の判断で,C署長を介する方
法又は緊急を要する場合は自ら直接要請する方法により実現できる立場にあった。
3当裁判所の判断
本件において,被告人とB地域官が刑訴法254条2項にいう「共犯」に該当す
るというためには,被告人とB地域官に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する
必要がある。
そして,業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには,共同の業務上の注
意義務に共同して違反したことが必要であると解されるところ,以上のような明石
警察署の職制及び職務執行状況等に照らせば,B地域官が本件警備計画の策定の第
一次的責任者ないし現地警備本部の指揮官という立場にあったのに対し,被告人
は,副署長ないし署警備本部の警備副本部長として,C署長が同警察署の組織全体
を指揮監督するのを補佐する立場にあったもので,B地域官及び被告人がそれぞれ
分担する役割は基本的に異なっていた。本件事故発生の防止のために要求され得る
行為も,B地域官については,本件事故当日午後8時頃の時点では,配下警察官を
指揮するとともに,C署長を介し又は自ら直接機動隊の出動を要請して,本件歩道
橋内への流入規制等を実施すること,本件警備計画の策定段階では,自ら又は配下
警察官を指揮して本件警備計画を適切に策定することであったのに対し,被告人に
ついては,各時点を通じて,基本的にはC署長に進言することなどにより,B地域
官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったといえ,本件事
故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったというこ
とはできない。被告人につき,B地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立
する余地はないというべきである。
そうすると,B地域官に対する公訴提起によって刑訴法254条2項に基づき被
告人に対する公訴時効が停止するものではなく,原判決が被告人を免訴とした第1
審判決を維持したことは正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,
主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官大谷剛彦裁判官岡部喜代子裁判官大橋正春裁判官
木内道祥裁判官山崎敏充)

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