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平成14年(行ケ)第167号 審決取消請求事件(平成15年6月11日口頭弁
論終結)
          判        決
       原      告   鉱研工業株式会社
       訴訟代理人弁護士   増 田 利 昭
       同    弁理士   瀬 谷   徹
       同          斎 藤 栄 一
       被      告   三菱マテリアル株式会社
       訴訟代理人弁護士   近 藤 惠 嗣
       同          梅 澤   健
          主        文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が平成11年審判第35335号事件について平成14年3月4日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は,名称を「掘削工具」とする特許第2599846号発明(平成3年
7月26日特許出願,平成9年1月9日設定登録,以下「本件発明」といい,この
特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
 原告は,平成11年7月5日,本件特許の請求項1ないし8に係る特許を無
効にすることについて審判の請求をし,平成11年審判第35335号事件として
特許庁に係属した。
 特許庁は,上記特許無効審判事件について審理した上,平成14年3月4日
に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月14
日,原告に送達された。
 2 本件特許の願書に添付した明細書(以下,この明細書及び図面を併せて「本
件明細書等」という。)の特許請求の範囲の記載(以下【請求項1】~【請求項
8】に係る発明を「本件発明1」~「本件発明8」という。)
【請求項1】ハンマの衝撃力およびハンマシリンダの回転力を受けるデバイス
の底面に,少なくとも3個以上の軸穴を,該デバイスの中心からずらしてかつ周方
向に等角度置きに設け,それら軸穴にブロック軸を回転自在に嵌入し,該ブロック
軸の先端部に,略扇状をなしかつ先端面にビットが植設されたブロックを,それぞ
れ左右の側端面を対向させてしかもそれらブロックの円弧部が全体で略円を形成す
るように設け,上記デバイスが掘削方向に回転した際に,掘削孔底部との掘削抵抗
によりブロックが自転して該ブロックの一方の側端面と円弧部の交差部分が上記デ
バイスの外周面より所定の掘削量分だけ突出し,かつその際に各ブロックの両側端
面が隣合うブロックの側端面に当接するとともに,各ブロックの側端面の延長線の
交点が掘削回転中心と一致するように,上記ブロックに対するブロック軸の相対位
置を設定していることを特徴とする掘削工具。
【請求項2】デバイスとその外側の掘削パイプとの間に,掘削屑排出溝とデバ
イスの外周に一体的に設けられた芯出し用の突起とを,周方向に交互に配置したこ
とを特徴とする請求項1記載の掘削工具。
【請求項3】デバイスの中心に,軸方向に延びる排気孔を形成するとともに,
上記ブロック軸に軸方向に延びて上記ブロックの先端面に開口する貫通孔を形成
し,上記軸穴の深さをブロック軸の長さより深く設定し,上記デバイスに上記排気
孔と軸穴とを連通する連通孔を形成したことを特徴とする請求項1記載の掘削工
具。
【請求項4】ブロックの先端面に,貫通孔の開口縁から掘削屑排出溝側に向け
て延びる凹溝を形成したことを特徴とする請求項3記載の掘削工具。
【請求項5】デバイスの中心に軸方向に延びる排気孔を形成するとともに,こ
の排気孔をデバイスの底面に達し開口する空気孔に横孔を介して連通させ,さらに
上記デバイスの外周面に掘削屑排出溝を形成し,かつ上記デバイスの底面に,掘削
屑排出溝と空気孔とに連通する切欠部を設けたことを特徴とする請求項1記載の掘
削工具。
【請求項6】ブロックの一方の側端面と先端面との交差部分にこれらの面のそ
れぞれに対して傾斜した傾斜面を設け,該傾斜面に,この面に対してほぼ垂直にビ
ットの一部を植設したことを特徴とする請求項1記載の掘削工具。
【請求項7】ブロックの外周を異なる半径の円弧で形成するとともに,デバイ
スが掘削方向に回転した際に,このデバイスの外周面より突出する側のブロックの
外周の半径を,突出しない側のブロックの外周の半径より大きく設定したことを特
徴とする請求項1記載の掘削工具。
【請求項8】ブロックの先端面が,ブロック軸側に位置して当該ブロック軸に
直交する平面と,これら平面の円弧状の稜線からデバイスの外周側に向けて下り勾
配に傾斜する第1の傾斜面と,これら第1の傾斜面の外側の円弧状の稜線からデバ
イスの外周側に向けて下り勾配に傾斜する第2の傾斜面とを具備し,しかも,上記
第1傾斜面と第2傾斜面との間には段差が設けられていることを特徴とする請求項
1記載の掘削工具。
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(注,原告)の主張する無
効理由,すなわち,①本件発明は,特許出願前に公然実施をされた発明であり,特
許法29条1項2号の規定に該当する,②本件発明1~8は,いずれも特開昭59
-76391号公報(本訴甲3,審判甲2),特開昭63-11789号公報(本
訴甲4,審判甲3),特開昭63-219792号公報(本訴甲5,審判甲4)記
載の各発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
特許法29条2項の規定に該当する,③本件発明1~8は,いずれも特許出願の日
前に出願され,特許公報(特開平4-41891号公報〔本訴甲7,審判甲5〕)
が発行されたものの願書に最初に添付した明細書又は図面(以下,この明細書及び
図面を併せて「先願明細書等」という。)に記載された発明(以下「先願発明」と
いう。)と同一であって,発明者及び出願人は同一ではないから,特許法29条の
2の規定に該当するとの請求人(注,原告)の主張に対し,①本件発明は,特許出
願前に公然実施をされたとは認められず,特許法29条1項2号の規定に該当する
とすることはできず,②本件発明1~8は,いずれも審判甲2~4(本訴甲3~
5)記載の各発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとすること
はできず,特許法29条2項の規定に該当するものではなく,③本件発明1~8
は,いずれも先願発明と同一の発明とすることはできないので,特許法29条の2
の規定に該当するものではないから,請求人の主張及び証拠方法によっては本件発
明1~8についての特許を無効とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,本件発明1と先願発明とを同一の発明とすることはできないと誤っ
て認定し(取消事由1),この誤った認定を引用して本件発明2~8と先願発明と
を同一の発明とすることはできないと誤って認定した(取消事由2)ものであるか
ら,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明1と先願発明との同一性の認定の誤り)
(1)審決の先願発明の認定,すなわち,先願明細書等に,「ハンマの衝撃力お
よびハンマシリンダの回転力を受けるリクラクトビット1の底面に、3個の円孔4
を、該リクラクトビット1の中心からずらしてかつ周方向に等角度置きに設け、そ
れら円孔4に枢軸3を回転自在に嵌入し、該枢軸3の先端部に、略扇状をなしかつ
先端面にチップ7が植設された分割体2を設け、上記リクラクトビット1が縮径時
において、分割体2のそれぞれ左右の側端面を対向させてしかもそれら分割体2の
円弧部が全体で略円を形成し、かつその際に、各分割体2の両側端面が隣合うブロ
ックの側端面に当接するとともに、各分割体2の側端面の延長線の交点が掘削回転
中心と一致し、上記リクラクトビット1が掘削方向に回転した際に、掘削孔底部と
の掘削抵抗により分割体2が自転して該分割体2の一方の側端面と円弧部の交差部
分が上記リクラクトビット1の外周面より所定の掘削量分だけ突出するように、上
記分割体2に対する枢軸3の相対位置を設定していることを特徴とする掘削工具」
(審決謄本12頁第2段落)の発明が記載されていることは認める。
  審決は,「本件発明1と先願発明とを対比すると,本件発明1の『デバイ
ス』『ブロック』『ブロック軸』『軸穴』は,先願発明の『リクラクトビット1』
『分割体2』『枢軸3』『円孔4』に対応することから,両者は次の点で相違す
る。つまり,本件発明1が,少なくとも3個以上のブロックは,『デバイスが掘削
方向に回転した際に・・・各ブロックの両側端面が隣合うブロックの側端面に当接
するとともに,各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する』よ
うになっているのに対し,先願発明では,本件発明1のブロックに相当する分割体
2は,3個設けられ,公報(注,甲7)の第2図に示すように,『リクラクトビッ
ト(本件発明1のデバイスに相当)が縮径状態において各分割体の両側端面が隣合
う分割体の側端面に当接するとともに,各分割体の側端面の延長線の交点が掘削回
転中心と一致する』ようになっているものの,リクラクトビット(本件発明1のデ
バイスに相当)が掘削方向に回転した際には,公報の第1図に示すように,各分割
体の側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致するようにはなっていない点。そ
して,上記相違点(注,以下「本件相違点」という。)は,掘削工具の技術分野に
おいて単なる構成上の微差にすぎないとすることもできないから,本件発明1と先
願発明とを同一の発明とすることはできない」(審決謄本12頁(3-1))と認
定したが,本件相違点は,掘削工具の技術分野において単なる構成上の微差にすぎ
ないものであり,本件発明1は先願発明と実質的に同一の発明であるから,審決の
上記認定は誤りである。
(2)先願明細書等(甲7)の発明の詳細な説明の欄には,「以上の実施例は本
発明のビットをパーカッションドリルに適用したものであるが,ダウンザホールド
リルに適用することも勿論可能である」(2頁右下欄)と記載されているから,先
願発明は,パーカッションドリルだけでなく,ダウンザホールドリルも包含する技
術範囲となっている。パーカッションドリル及びダウンザホールドリルは,いずれ
も打撃力と回転力とをデバイス(リトラクトビット)に加えながら掘削を行うもの
であるが,これらのドリルにおける掘削時の回転方向は,掘削の際に継ぎ足される
ドリルロッドのねじ切り方向によって決定されるものであり,パーカッションドリ
ルにおいては,慣習的に掘削時に時計方向(先願明細書等の第1図の矢印A方向)
の回転を行い,ダウンザホールドリルにおいては,掘削時に反時計方向(同第2図
の矢印B方向)の回転を行うものであって,このことは掘削工具の技術分野では従
前より常識的な事項となっている。本件発明1は,「ハンマの衝撃力およびハンマ
シリンダの回転力を受けるデバイス」と記載されていることから,先願発明と同様
に打撃力と回転力とによって掘削を行うドリル(すなわち,パーカッションドリル
又はダウンザホールドリル)となっている。そして,本件明細書等(甲6)におい
て,掘削時を示す図3には,反時計方向(矢印X方向)に回転するようになってお
り,先願発明とは反対の回転方向が示されている。このように,本件発明1と先願
発明とは,単に掘削時の回転方向が逆となっているだけであり,パーカッションド
リルであるのかダウンザホールドリルであるのかの相違にすぎず,同一の範ちゅう
のドリルに属するものであり,本件発明1は,掘削時に先願発明を反時計方向(矢
印B方向)に回転させ,側端面の長さを回転方向に合わせて選定しブロックを拡径
させたものにすぎない。そして,このような変更は,先願明細書等の第1図及び第
2図の分割体2の外形をそのままの状態で裏返し,第1図及び第2図が示している
枢軸(ブロック軸)3の位置に対して裏返した分割体2を取り付けるだけで可能と
なり,CADを用いて行う設計図面作成においては,通常行っている程度の設計事
項の範ちゅうにすぎない。以上のことから明白なように,本件発明1と先願発明と
では,掘削時の回転方向が逆となっているだけであって,その回転方向でデバイス
を拡径状態とする場合に,側端面の長さを回転方向に合わせて選定するだけのもの
であるから,先願発明と本件発明1との相違は単なる構成上の微差にすぎず,本件
発明1は,先願発明に明らかに内在的に存在している実質的に同一の発明である。
(3)本件明細書等(甲6)には,本件発明1の効果として,「【0055】
【発明の効果】・・・①掘削時においてブロックの一部がデバイスの外周面より外
方へ突出してなる外周刃が3個以上存し,しかもそれら外周刃が周方向に適宜間隔
をあけて存するので,バランスのよい掘削が行え,たとえ不均質層を掘削する場合
でも孔曲がりが生じにくくかつ掘削効率が上がる。②掘削時において,個々のブロ
ックは左右の側端面とブロック軸の3点で強固に支持されることとなり,この結果
ブロックの掘削中のがたつきをなくすることができる。【0056】③また,上記
のように外周刃が多数存すること,および個々のブロックを強固に支持できること
から,工具寿命が延びる。④ブロックに側端面に平行な掘削反力が加わる場合で
も,該掘削反力は当該ブロックを支持するブロック軸と,他のブロックとに分散さ
れることとなり,その分ブロック軸に加わる荷重を軽減することができる。【00
57】⑤ブロックに加わる掘削反力は最終的にこれらブロックを支持するブロック
軸に作用することとなるが,ブロック軸はデバイスの底面に複数個周方向にバラン
スよく配置されるので,ブロック全体の支持強度が増す。⑥ブロックを3個以上備
えているので,ブロックを2個しか備えていないものに比べて,ブロックが非掘削
状態から掘削状態へあるいはその逆に移行する際のブロックの自転角度が小さくな
り,その分移行がスムーズになる。またブロックの数に応じて,デバイスの底面に
形成する掘削屑排出孔も数多く設けることができ,掘削屑の排出効率も向上する。
⑦掘削時,ブロックの掘削回転中心部に空隙が生じることがないため,特に掘削回
転中心部における掘削能力が向上するとともに,この隙間に土砂等が詰まったりせ
ず,掘削終了後におけるブロックの縮径が容易となる」(段落【0055】~【0
057】)と記載されている。そして,先願発明においても,3個のブロックを備
え,掘削方向に回転した際に,各ブロックの両側端面が隣合うブロックの側端面に
当接するから,本件発明1の上記①~⑥と同様の効果があることは明白である。本
件発明1の上記⑦の効果は,本件明細書等の段落【0046】,【0050】に記
載されているように,掘削時において各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回
転中心と一致するため,掘削時,ブロックの掘削回転中心部に空隙が生ずることが
ない構成から得られるものである。これに対し,先願発明の流体噴出孔は,掘削時
に掘削回転中心部から水,空気等の流体を噴出してドリルロッド11と外管13と
の間からスライム(掘削屑)を排出するものであり(甲7,2頁左下欄),この流
体の噴出により,「掘削回転中心部に土砂が詰まったりせず,掘削終了後における
ブロックの縮径が容易となる」という本件発明1と全く同様な効果を有している。
一方,この種のドリルでは,掘削回転中心部分の土砂が掘削回転中心部の周囲のビ
ットの掘削に随伴するとともに,回転に加えて打撃を併用して掘削するため,掘削
回転中心部の土砂を十分に破壊,掘削することが可能となっている。先願発明で
は,掘削回転中心部に流体噴出孔が形成されている関係上,ビットが掘削回転中心
部に配置されていないが,この場合においても,随伴による土砂の掘削及び回転と
打撃とを併用した掘削の作用によって掘削回転中心部の土砂を掘削することが可能
となるものである。この際,先願発明は,流体噴出孔から水等を噴射して土砂を排
除するため,掘削が更に容易となり,「掘削回転中心部における掘削能力が向上す
る」という本件発明1と全く同様な効果を有するものである。以上のように,本件
発明1の「各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」との構
成から,「掘削時,ブロックの掘削回転中心部に空隙が生じることがない」ことと
なり,これから得られる上記⑦の効果は,先願発明の構成及び先願発明を本件発明
1と同様な掘削回転方向(反時計方向)とした構成から得られる効果と全く同一で
あり,本件発明1は,先願発明に比べて新たな効果を何ら奏するものではない。
(4)本件発明1は,ブロックが拡径状態から縮径状態に移行する際に,ブロッ
クの側端面の角部が掘削回転中心から離れていくため,角部の離隔距離が大きくな
り,掘削回転中心における空隙が大きくなるから,その結果として,掘削回転中心
に土砂が詰まっていても,これがブロックの縮径方向への回転の支障となることが
ない。したがって,本件発明1の上記⑦の効果を得るためには,本件相違点の「各
ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」との構成は全く必要
ないものである。回転力に加えて打撃力を併用したドリルにおいては,掘削回転中
心部に空隙が生じない構造,すなわち掘削回転中心部が封鎖された構造であって
も,空隙が生じている構造,例えば,掘削回転中心部をくぼませた構造や掘削回転
中心部に流体噴出孔を設けた構造であっても,これらの構造に関係なく掘削が進行
する。つまり,この種のドリルにおいては,掘削回転中心部分の土砂が周囲のビッ
トの掘削に随伴して崩れるため,掘削回転中心部分にビットがある,ないにかかわ
らず(掘削回転中心が封鎖されているか否かにかかわらず,すなわち,各ブロック
の側端面の交点が掘削回転中心と一致するか否かにかかわらず)掘削を行うことが
可能である。したがって,回転及び打撃によって掘削を行うこの種のドリルでは,
「各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」ことと「掘削回
転中心部における掘削能力が向上する」ことの間に何らの結びつきもなく,「各ブ
ロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」ことは必要がない。以
上のように,本件発明1の「掘削回転中心部における掘削能力が向上する」効果は
無意味であり,この効果を得るための本件発明1にの「各ブロックの側端面の延長
線の交点が掘削回転中心と一致する」との構成自体は必要がないものである。
2 取消事由2(本件発明2~8と先願発明との同一性の認定の誤り)
 本件発明2,3及び5ないし8は本件発明1を引用し,本件発明4は本件発
明3を更に引用し,いずれも構成を技術的に限定したにすぎないものであるから,
本件発明1と同様に先願発明と同一の発明である。
第4 被告の反論
  審決の認定は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本件発明1と先願発明との同一性の認定の誤り)について
(1)原告は,本件発明1と先願発明とは,単に掘削時の回転方向が逆となって
いるだけであり,先願発明から本件発明1への変更は,先願明細書等(甲7)の第
1図及び第2図の分割体2の外形をそのままの状態で裏返し,第1図及び第2図が
示している枢軸(ブロック軸)3の位置に対して裏返した分割体2を取り付けるだ
けで可能となると主張するが,先願発明の第1図のリトラクトビットを,分割体2
の外形をそのままの状態で裏返して,掘削時の回転方向が逆になるように変更した
としても,「リトラクトビットが掘削方向に回転した際には,各分割体の側端面の
延長線の交点が掘削回転中心と一致するようになっていない」という状況には何ら
変化はない。したがって,「裏返す」ことによって「同一」にすることができるの
は先願発明と本件発明1の回転方向だけであって,「裏返す」ことによっても本件
相違点が残存するから,本件発明1と先願発明とは,単に掘削時の回転方向が逆と
なっているだけとはいえず,本件発明1は先願発明と実質的に同一の発明であると
はいえない。
(2)原告は,本件発明1の上記⑦の効果,すなわち,「掘削時,ブロックの掘
削回転中心部に空隙が生じることがないため,特に掘削回転中心部における掘削能
力が向上するとともに,この隙間に土砂等が詰まったりせず,掘削終了後における
ブロックの縮径が容易となる」ことは,先願発明においても得られるから,本件発
明1は先願発明に比べて新たな効果を何ら奏するものではないと主張する。しかし
ながら,仮に,本件発明1と先願発明との間で効果が異ならないとしても,そのこ
とは,本件発明1は先願発明と実質的に同一の発明であるとの根拠にはならない。
(3)先願発明は,拡径状態において掘削回転中心部分に空隙があり,かつ,拡
径状態から縮径状態へ移行する際に掘削回転中心部分の空隙が小さくなって,縮径
状態で「各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」構成であ
る(甲7の第1図及び第2図参照)。したがって,先願発明とは異なる架空の構成
と本件発明1とを比較して,拡径状態で「『各ブロックの側端面の延長線の交点が
掘削回転中心と一致する』構成自体は必要がない」との主張は,本件発明1と先願
発明とが実質的に同一の発明であることの理由とはならない。拡径状態で「各ブロ
ックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」構成を採用することによ
って,原告主張に係る流体噴出孔を設けることによって得られる「掘削回転中心部
に土砂等が詰まったりせず,掘削終了後におけるブロックの縮径が容易となる」効
果と同一の効果を得ることができるのであるから,拡径状態で「各ブロックの側端
面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」構成は必要ないということになるは
ずがない。掘削回転中心部をくぼませた構造のビットにおいては,ビットを縮径す
ることは想定されていない。これに対し,拡径状態で「各ブロックの側端面の延長
線の交点が掘削回転中心と一致する」構成は,ビットを縮径する際に生ずる問題点
をも解決するための手段であるから,「掘削回転中心部をくぼませた構造や掘削回
転中心部に流体噴出孔を設けた構造であっても,これらの構造に関係なく掘削が進
行する」との原告の主張は,拡径状態で「各ブロックの側端面の延長線の交点が掘
削回転中心と一致する」構成は必要ないということの理由とはならない
 2 取消事由2(本件発明2~8と先願発明との同一性の認定の誤り)について
 「本件発明2、3及び5ないし8は本件発明1を引用し、本件発明4は、本
件発明1を引用した本件発明3をさらに引用して、構成を技術的に限定したもので
あるから、本件発明1について、先願発明と同一の発明とすることができない以
上、本件発明2ないし8についても、先願発明と同一の発明とすることはできな
い」(審決謄本12頁最終段落~13頁第1段落)とした審決の認定に誤りはな
い。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1と先願発明との同一性の認定の誤り)について
(1)原告は,本件発明1と先願発明とは,単に掘削時の回転方向が逆となって
いるだけであり,先願発明から本件発明1への変更は,先願明細書等(甲7)の第
1図及び第2図の分割体2の外形をそのままの状態で裏返し,第1図及び第2図が
示している枢軸(ブロック軸)3の位置に対して裏返した分割体2を取り付けるだ
けで可能となると主張するので検討する。
  先願明細書等(甲7)には,分割体2に関し,「ドリルロッドの先端に着
脱可能に装着されるビットであって,該ビットは,ケースとビット本体とを具備
し,前記ケースは,ドリルロッドに着脱可能に取り付けられ,軸対称に穿設された
複数の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に分割され,前面にチップが植設さ
れた複数の分割体と,該分割体の背面の偏心位置に突出し,前記円孔に回動自在に
嵌入する枢軸より成ることを特徴とするリトラクトビット」(1頁,特許請求の範
囲),「ビット1は軸対称に3個の分割体2に分割されており,各分割体2の基端
側(背面)の偏心位置には断面円形の枢軸3が一体に形成されている。その各枢軸
3はケース12に設けた3個の円孔4に回転自在に嵌合している」(2頁右上
欄),「前記各分割体2はそれぞれ略扇形の同一形状に形成されており,ビット1
が第2図のようにB方向(反時計方向)に回転する場合には全体として略円形に縮
小した形状を保持するが,第1図のように反対のA方向(時計方向)に回転する場
合は,掘削地盤とチップ7との摩擦抵抗により各分割体2は枢軸3を中心として反
時計方向に回動し,ビット1全体としてその最大径を拡大した形状を保持するよう
になっている」(2頁右上欄~左下欄)との記載がある。以上の記載によれば,略
扇形の同一形状である各分割体2は,その背面の偏心位置に形成され,掘削回転中
心に対して軸対称に配置された枢軸3を中心として自転するものである。また,先
願発明が,「分割体2の円弧部が全体として略円形を形成し」た状態,すなわち,
「第2図のように・・・全体として略円形に縮小した形状」(甲7,2頁右上欄)
の状態において,「各分割体2の両側端面が隣合う分割体2(注,「ブロック」は
誤記と認める。)の側端面に当接するとともに,各分割体2の側端面の延長線の交
点が掘削回転中心と一致」(審決謄本12頁第2段落)していることは,原告の自
認するところである。そして,全体として略円形に縮小した分割体2の側端面の延
長線の交点が掘削回転中心と一致している状態から,略扇形の同一形状の各分割体
2をその偏心位置を中心として同じ方向に自転させた場合,各分割体2の側端面の
延長線は分割体2の自転に伴い掘削回転中心より離れて行き,その結果として掘削
回転中心に空隙が生ずる。すなわち,縮径時に各分割体2の側端面の延長線の交点
が掘削回転中心と一致するように分割体2に対する枢軸3の相対位置を設定すれ
ば,各分割体2を自転させた拡径時には,各分割体2の側端面の延長線は掘削回転
中心から離れて一致しなくなり,掘削回転中心に空隙が生じ,逆に,拡径時に各分
割体2の側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致するように分割体2に対する
枢軸3の相対位置を設定すれば,各分割体2を自転させた縮径時には,各分割体2
の側端面の延長線は掘削回転中心と一致せず,掘削回転中心に空隙が生ずることが
明らかである。そうすると,原告が主張するように,略扇形の分割体2をそのまま
の状態で裏返し,枢軸3の位置に対して裏返しに取り付けた状態を想定すると,確
かに,分割体2の回転方向は逆になるが,縮径時に各分割体2の側端面の延長線の
交点が掘削回転中心と一致するように分割体2に対する枢軸3の相対位置が設定さ
れていることに変わりはなく,拡径時には,各分割体2の側端面の延長線の交点は
掘削回転中心から離れて一致しなくなり,掘削回転中心に空隙が生ずることが明ら
かである。
  したがって,原告主張のように,先願明細書等(甲7)の第1図及び第2
図の分割体2の外形をそのままの状態で裏返し,第1図及び第2図が示している枢
軸(ブロック軸)3の位置に対して裏返した分割体2を取り付けたとしても,拡径
時に各分割体2の側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致するようにはなら
ず,縮径時に各分割体2の側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致するように
分割体2に対する枢軸3の相対位置が設定されている以上,拡径状態とする場合
に,分割体2の側端面の長さを回転方向に合わせて調節しても,各分割体2の側端
面の延長線の交点が掘削回転中心と一致するようにならないことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は誤りであり,失当というほかない。
(2)原告は,先願発明の流体噴出孔は,掘削時に掘削回転中心部から水,空気
等の流体を噴出してドリルロッド11と外管13との間からスライム(掘削屑)を
排出するものであり(甲7,2頁左下欄),この流体の噴出により,「掘削回転中
心部に土砂が詰まったりせず,掘削終了後におけるブロックの縮径が容易となる」
という本件発明1と全く同様な効果を有すると主張するが,本件発明1では,ブロ
ックの自転による縮径に伴って掘削回転中心部の空隙が大きくなり,そもそもブロ
ックの縮径時に掘削回転中心部に土砂が詰まってブロックの縮径の障害となる事態
が生じないのに対し,先願発明では,掘削回転中心部から流体を噴出して掘削屑を
排出するものの,掘削される土砂の性質や状態によっては必ずしも掘削回転中心部
から土砂を排除することができるとはいえず,また,分割体2の自転による縮径に
伴って掘削回転中心部の空隙は小さくなるので,排除されなかった土砂が分割体2
の縮径の障害となる事態が生ずる可能性があるから,先願発明が掘削回転中心部か
ら流体を噴出し,ドリルロッド11と外管13との間からスライム(掘削屑)を排
出していても,必ずしも本件発明1と同様の効果を奏することができるとはいえな
い。加えて,仮に,先願発明が,掘削回転中心部から流体を噴出することにより本
件発明1と類似の効果が得られたとしても,同効果は,掘削回転中心部から流体を
噴出するという本件発明1にない構成を前提としたものであるから,原告の上記主
張は,本件発明の構成に基づかない主張であり,失当である。
  さらに,原告は,先願発明では,ビットが掘削回転中心部に配置されてい
ないが,この場合においても,随伴による土砂の掘削及び回転と打撃とを併用した
掘削の作用によって掘削回転中心部の土砂を掘削することが可能となる上,流体噴
出孔から水等を噴射して土砂を排除するため,掘削が更に容易となるから,「掘削
回転中心部における掘削能力が向上する」という本件発明1と全く同様な効果を有
すると主張する。しかし,随伴による土砂の掘削及び回転と打撃とを併用した掘削
の作用は,掘削される土砂の性質,状況等に左右される上,掘削回転中心部から流
体を噴出するという本件発明1にはない構成を前提とした効果の主張が失当である
ことは上記のとおりである。したがって,原告の上記主張も採用することができな
い。
(3)原告は,本件発明1は,ブロックが拡径状態から縮径状態に移行する際
に,ブロックの側端面の角部が掘削回転中心から離れていくため,角部の離隔距離
が大きくなり,掘削回転中心における空隙が大きくなるから,その結果として,掘
削回転中心に土砂が詰まっていても,これがブロックの縮径方向への回転の支障と
なることはなく,したがって,本件発明1の上記⑦の効果を得るためには,本件相
違点の「各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」との構成
は全く必要ないと主張する。しかし,本件発明1は,「デバイスが掘削方向に回転
した際に・・・各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致するよう
に,上記ブロックに対するブロック軸の相対位置を設定していること」により,ブ
ロックが拡径状態から縮径状態に移行するのに伴い,当初掘削回転中心で交わって
いた各ブロックの側端面の延長線が徐々に掘削回転中心から離れていくものであ
る。すなわち,原告が本件発明1の上記構成が不要である根拠として挙げる「ブロ
ックが拡径状態から縮径状態に移行する際には,ブロックの側端面の角部が掘削回
転中心から離れていくため,角部の離隔距離が大きくなり,掘削回転中心における
空隙が大きくなること」は,本件発明1の上記構成により直接的にもたらされるブ
ロック側端面の角部の動作を表現したものにほかならないから,上記構成が不要で
あるとの原告の上記主張は,誤りというほかなく,採用できない。
  また,原告は,回転力に加えて打撃力を併用したドリルにおいては,掘削
回転中心部分にビットがある,ないにかかわらず(掘削回転中心が封鎖されている
か否かにかかわらず,すなわち,各ブロックの側端面の交点が掘削回転中心と一致
するか否かにかかわらず)掘削を行うことが可能であるので,「各ブロックの側端
面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」ことは不必要であると主張する。し
かし,原告の上記主張は,回転と打撃とを併用して掘削する場合と,ビットで掘削
する場合の掘削能力を同列に論ずる点において適切でなく,しかも,ブロックの拡
径状態で「各ブロックの側端面の延長線の交点が掘削回転中心と一致する」こと
は,ブロックを縮径する際に「掘削回転中心部に空隙が生じないため,この隙間に
土砂等が詰まるようなことがなく,その結果,掘削終了後におけるブロックの縮径
が容易となるという効果」を奏するものであるから,本件発明1において不必要な
構成であるとはいえず,原告の上記主張も採用することはできない。
(4)以上検討したところによれば,本件発明1と先願発明とを同一の発明とす
ることはできないとした審決の認定を誤りということはできず,原告の取消事由1
の主張は理由がない。
 2 取消事由2(本件発明2~8と先願発明との同一性の認定の誤り)について
 上記第2の2の本件明細書等の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明
2,3,5~8は本件発明1を引用し,本件発明4は本件発明1を引用した本件発
明3を更に引用して,構成を技術的に限定したものであるから,本件発明1につい
て,先願発明と同一の発明とすることができない以上,本件発明2~8について
も,先願発明と同一の発明とすることはできないことは明らかである。したがっ
て,原告主張の取消事由2も理由がない
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
            裁判官 岡  本     岳
            裁判官 早  田  尚  貴

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