弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
       事実及び争点
第一 申立
一 原判決中、主文第二項を取り消す。
二 被控訴人厚生大臣が平成四年八月七日付け厚障年却下第〇〇〇六八七号をもっ
てなした亡P1に対する戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)
に基づく障害年金請求却下処分(以下「本件却下処分」という。)を取り消す。
三 被控訴人国は控訴人P2に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成三年四月
一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被控訴人国は控訴人P3に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成三年四月
一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
五 右三、四につき仮執行宣言
第二 事案の概要
 日本国海軍の軍属として勤務中戦傷を負った在日韓国人である亡P1が、援護法
が憲法一四条及び国際人権規約に違反するなどと主張して、被控訴人国に対して、
援護法に基づく軍人軍属として同法の援護を受ける地位にあることの確認と援護法
の立法行為の違法等を理由に国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を求め、被控訴
人厚生大臣に対して、本件却下処分の取消を求めたところ、原判決は、右地位確認
にかかる訴えを不適法であるとして却下し、その余の請求を棄却した。本件は右事
件の控訴事件である。亡P1は、控訴提起後の平成八年二月二九日に死亡し、相続
人である控訴人らが本件訴訟を承継したが、その後控訴人らは右地位確認にかかる
訴えを取り下げた。
 以後、本判決において原判決を引用する場合、原判決に「原告」とあるのを「亡
P1」と読み替える。
一 前提事実
 次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第二事案の
概要」中の一のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決五頁一一、一二行目の()内をすべて削る。
2 原判決六頁一、二行目の「旧左面」を「旧左邑」に、三、四行目の「○○」を
「○○」に、それぞれ改める。
3 原判決六頁四行目末尾に「(亡P1が大正一〇年一一月一〇日に出生したこと
は争いがなく、その余の事実については弁論の全趣旨)」を加える。
4 原判決七頁二行目の末尾に「(亡P1がその郷里の済州島で成育したこと、同
人が勤務中負傷した場所がウォッゼ島であることについては甲一七及び亡P1本
人、その余の事実は争いがない)」を加える。
5 原判決
七頁四行目の「病院船で」を「病院船に入院して」と改める。
6 原判決八頁一行目の末尾に「(亡P1が昭和一八年一二月一七日に病院船に入
院し、昭和一九年一月一一日に横須賀に帰港したこと、三重県の山田赤十字病院及
び東京の海軍軍医学校付属病院に入院したことは争いがなく、その余の事実につい
ては甲三、一二の1、2、一七、亡P1本人)」を加える。
7 原判決九頁一行目の末尾に「(争いがない)」を加え、さらに改行のうえ、次
のとおり加える。
「5 亡P1は、平成八年二月二九日に死亡し、韓国民法の規定に従い、妻である
控訴人P2が五分の三、子である控訴人P3が五分の二の割合で相続した。(弁論
の全趣旨)」
二 争点及びこれについての当事者の主張
次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第二事案の概
要」中の二のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決九頁三行目から一四頁二行目までを、すべて削る。
2 原判決二〇頁九行目の「従って」から一一行日の「以外にない。」までを次の
とおり改める。
 「すなわち、援護法案では、施行日が昭和二七年四月一日とされていたが、この
段階における旧植民地出身者の国籍の帰趨については、講和条約発効後に定まるも
のであって、そのときにおいては日本国籍を失う予定であるとの認識が立法者にあ
り、援護法の国籍条項のみでは旧植民地出身者の元軍人・軍属が障害年金の受給権
を有することになるため、附則に戸籍条項を設けることにより援護法の適用を排除
したものである。右法案の段階では、講和条約発効時に国籍を失うことが予定され
ているという認識であったが、在日韓国人の国籍については、日韓の協議により最
終的に確定されるものとの認識があった。従って、「当分の間」とは、日韓協議に
より朝鮮半島出身者の国籍問題が確定され、韓国人に対しても援護法におけるのと
同様の賠償がなされ、問題の解決が図られるまでとの解釈にならざるを得ない。」
3 原判決三九頁五行目の「しかし、」の次に「昭和二七年四月二八日に発効した
日本国との平和条約四条aは、日本国及び日本国民と旧植民地の施政当局及び住民
(国民ではない)との間の財産及び請求権関係の処理について特別取極の主題とし
ているのであって、日本に居住する旧植民地出身者の財産及び請求権はその対象外
となっているのであり、援護法成立当時は、日本と韓国間において右のような外交
交渉が
進展する可能性はなかったもので、特に、援護法に基づく援護の代償となりうるよ
うな措置が日本と韓国間で協定されることを期待できるような状況では全くなかっ
たものであるうえ、」を加える。
4 原判決四二頁二行目の末尾の次に、改行のうえ、次のとおり加える。
 「⑤本件で、立法裁量論を適用することはできない。そもそも亡P1ら在日韓国
人には立法に参画する機会が与えられておらず、これらの者に対して立法裁量論を
用いることはできない。しかも、本件のような重大な差別が現存する事案におい
て、民主制の過程から排除されている在日韓国人に対しては、立法裁量論をとるこ
とは許されない。
 また、控訴人らは、立法不作為を問題にしているのではなく、現に成立した援護
法の国籍条項及び戸籍条項の違憲性を問題にしているのであるから、その判断に立
法裁量論を持ち出すのは誤りである。」
5 原判決五一頁一一行目の末尾の次に、改行のうえ、「右のとおり、日韓請求
権・経済協力協定で請求権に関する問題は完全かつ最終的に解決されたのであるか
ら、戸籍条項及び国籍条項は現時点においても合理的であるということができ
る。」を加える。
       理由
一 援護法の制定経過等
1 第二次大戦前には、軍人・軍属が公務上負傷し又は疾病にかかり、これによっ
て障害の状態となり又は死亡したときは、恩給法や雇員扶助令等により恩給、扶助
料等が支給されることとされていたが、終戦後、連合国の占領下において、連合国
最高司令部の指示に基づき、昭和二一年勅令第六八号により、重度の戦傷病者を除
いて、軍人・軍属やその遺族に対する恩給、扶助料等の支給が停止され、同年の恩
給法の一部を改正する法律(同年法律第三一号)により軍人・軍属やその遺族は恩
給権者から除かれた。その後、昭和二七年四月二五日に、軍人・軍属であつた戦死
病者及びその遺族の救済を図るべく援護法が国会で可決されて成立し、同月三〇日
に公布施行されたが、その適用については、同月一日に遡及することとされた。
 援護法においては、本則(一一条二号、一四条一項二号、二四条、二九条一項二
号、三一条一項二号、三五条一項、三八条二号等)で日本国籍を有することが援護
を受けるための要件であり、日本国籍を有しないか又はこれを失ったことが失格事
由ないし失権事由とされ(国籍条項)、附則二項で、戸籍法の適用を受けない者に
ついては、当分の間、この法律を
適用しない(戸籍条項)ものとされた。
2 この間、日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)が昭和二六年九月
八日に署名され、昭和二七年四月二八日に発効したが、その二条は、日本国は朝
鮮、台湾を初めとするいわゆる旧植民地の独立を承認して、これらの地域に対する
すべての権利、権原及び請求権を放棄することを規定し、四条aは、日本国及びそ
の国民の財産で二条に掲げる地域にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権で
現にこれらの地域の施政を行っている当局及びそこの住民に対するものの処理並び
に日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対する
これらの当局及び住民の請求権の処理は、日本国とこれら当局との間の特別取極の
主題とすることを規定していた。
3 また、朝鮮人、台湾人ら旧植民地出身者の国籍問題に関しては、同月一九日、
法務府民事局長通達が発せられ、旧植民地出身者は日本国との平和条約の発効によ
り日本国籍を喪失するという見解が示された。(乙五、弁論の全趣旨)
4 援護法の法案説明資料の中には、以下のような記載がある。(乙六)
(一) 法の提案理由として、「これらの戦傷病者、戦没者遺族等は、過去におけ
る戦争において、国に殉じたものでありまして、これらの者を国が手厚く処遇する
のは、元来、国としての当然の責務であります。敗戦によるやむを得ざる事情に基
づき、国が当然なすべき責務を果たし得なかったのは、誠に遺憾の極みと申さねば
なりません。しかしながら、既に平和条約は締結せられ、その効力発生の時期は、
せまっているのであります。この講和独立の機会に際しまして、これらの戦傷病
者、戦没者遺族等に対し、国ができるだけの処遇をいたし、これらの者を援護する
ことは、平和国家建設の途にあるわが国といたしまして、最も重要事である。」と
の記載がある。
(二) 法一条は、法案では、「この法律は、軍人軍属の公務上の負傷若しくは死
亡に関し、年金又は一時金を支給すること等により、軍人軍属であつた者又はこれ
らの者の遺族を援護することを目的とする。」とされており、補償の文字はなかっ
たが、その説明の中には、「公務員が公務上の負傷により疾病となった場合等に、
国が補償を行うべきことは当然のことであるが、旧陸軍又は海軍に属していた者は
均しく公務のために殉じた者であるにもかかわらず、その本人及び遺族は、終戦後
においては、その特
殊の国際感覚のため、殆んどその補償を受ける途がとざされていた。本法は、講和
条約の発効の日に近い今日を期して国家財政の許す限度において、終戦以来その処
置において欠けるところがあつたこれらの人々を援護することによって、国の責務
を果たそうとするものである。」との記載がある。
(三) 法一一条に関して、次のような説明がある。
(1) 各号に定める事由は、増加恩給受給権との均衡を図るため、恩給法の例を
参酌して定めたものである。
(2) 日本の国籍を有しない者を除外しているのは、恩給法あるいは旧陸軍属戦
災救恤規程に合わせたものであり、思想としては、外国人に対しては、賠償問題と
して考慮するべきすじであろう。
(四) 附則二条に関して、次のような説明がある。
(1) 「戸籍法の適用を受けない者」とは朝鮮人及び台湾人をいう。これらの者
は、現在においても日本の国籍を有しているが、その国籍の帰趨は講和条約発効後
に定まるものであって、そのときにおいては国籍を失うことが予定されている。従
って本法による援護を日本の国籍を有する者に限ることに鑑み、これらの者につい
ては、当分の間本法を適用せず、その援護を与えないことを規定するものである。
(2) なお、在日朝鮮人の国籍については、目下韓国政府と交渉中であり、台湾
人については、一九四六年六月二二日、国民政府は、行政院令たる「在外台僑国籍
処理弁法」により、中国の国籍を有するものと解しているが、国際法上なお疑問の
存するところである。
5 昭和二七年四月二日に開催された衆議院厚生委員会において、政府委員は、援
護法上の援護対象者は日本国籍を有する者に限定されること、当時においては、朝
鮮半島及び台湾出身者の国籍の帰属が不分明であつたので、これらの人々に援護法
の適用がないことを明らかにする趣旨で附則二条が設けられた旨答弁した。(甲七
二)
二 本件の障害年金請求にかかる援護法の適用について
1 被控訴人厚生大臣は、本件却下処分が附則二条(以下、単に「附則」とい
う。)の規定に基づくものである旨主張しているので、まず、亡P1の本件の障害
年金請求についての附則の適用の可否について判断する。
2 附則が設けられた趣旨については、前記一で認定の援護法の制定経過によれ
ば、同法の適用開始当時、朝鮮半島及び台湾の旧植民地出身者の国籍の帰趨が不分
明であったので、これらの者については援護法による援護の
対象としないという政策的判断を明らかにするため、従来の法令用語による「戸籍
法の適用を受けない者」との表現でこれらの者を適用から除外することを明確にし
たものと解される。従って、国籍条項の解釈にかかわりなく、本件の障害年金請求
について附則を適用することはできるものというほかない。控訴人らは、国籍条項
の解釈について、自己の意思によらず日本国籍を喪失した亡P1ら在日韓国人につ
いては、援護の対象から除外されていないと解釈するべきである旨主張していると
ころ、法の文言からはそのように解釈することは無理である。
3 控訴人らは、法律の附則とは、あくまで本則に付随する必要事項を定めるもの
であるから、法律の本則において権利を有するとされている者の権利を附則におい
て奪うことはできない旨主張しているが、本則と附則との間に右のような優劣があ
るとすべき根拠はなく、右主張は採用できない。
 なお、戸籍条項(附則)が失効した旨の控訴人らの主張については、後に検討す
る。
三 戸籍条項(附則)と憲法一四条
1 憲法一四条は、法の下の平等を定めており、これは直接的には日本国民に対す
る法の下の平等を保障したものと解されるが、保障の対象とする権利等の性質に鑑
み、特段の事情がない限り、日本に在住する外国人に対してもその保障が及ぶもの
と解される。しかし、右規定は、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであ
るから、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由として
その法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、右規定に
違反することにはならないと解するのが相当である。
2 ところで、一般に、戦争は国の存亡にかかわる非常事態であり、そうした状況
の下では、国民の生命、身体及び財産に関する戦争犠牲又は戦争損害は国民の均し
く受忍しなければならなかったところであり、こうした犠牲又は損害に対する国の
補償には莫大な国家予算をあてる必要性が予想されるものであるから、国がいかな
る範囲の者にいかなる範囲の補償を行うかは国民感情や社会・経済・財政事情及び
外交政策、国際情勢等をも考慮した政策的判断を要する立法政策に属する問題であ
るというべきである。
 援護法は、その一条を法案審議の段階で修正し、「国家補償の精神に基き」とい
う文言を挿入したことからも、国家補償法的性格を有することが明らかであるが、
一方で、援護法は、軍
人・軍属であった者又はその遺族に対する生活支援をするという社会保障法的性格
をも合わせ有することも否定できない。そして、このような保障は、当該保障対象
者が属する国家の責任においてなされることが、現在の国際社会において容認され
ている実情にあると解される。
3 以上に述べた見地に立って、戸籍条項の憲法一四条適合性を検討すると、前記
一の認定によれば、援護法は戦傷病者、戦没者遺族等に対し、国家補償的見地か
ら、国家財政の許容する限度において、できる限りの援護をすることを目的に、恩
給法に準拠して制定されたものであること、同法は社会保障法の性格も合わせ有す
ること、外国人に対しては賠償問題として考慮するとの政策的判断を前提としたこ
と、同法の制定当時既に署名され、同法成立の三日後である昭和二七年四月二八日
に発効した日本国との平和条約四条aは、朝鮮、台湾を初めとする旧植民地(いわ
ゆる分離独立地域)に関して、日本国及びその国民に対するこれらの地域の施政当
局及び住民の請求権の処理は、日本国とこれら地域の施政当局との間の特別取極の
主題とすることを規定していたもので、援護法の立法に際しては、朝鮮半島及び台
湾出身者の軍人・軍属及びその遺族に対する補償問題が、右各地域施政当局との間
で、特別取極の主題とし、外交交渉により解決すべきことが予定されていたこと、
右条約においても、在日朝鮮人の国籍については明らかにされておらず、日本政府
としては同条約の発効により日本国籍を喪失するという解釈をしていたこと、韓国
政府も在日朝鮮人が韓国の国籍を有することを当然の前提とし、それらの者の日本
国における法的地位について諸要求をしていたが、他の諸問題との関連上最終的合
意には至っていなかったこと(甲八一)が認められる。控訴人らは、右条約四条a
は、「住民」と規定し、「国民」と規定していないから、在日韓国人らの請求権に
ついてはその対象外とされていたと主張しているが、「国民」の用語が「日本国」
に対応しているのに対し、右「住民」の用語は「地域」や「施政当局」に対応して
用いられているものと解されるのであり、在日韓国人等の請求権を除外したもので
あるとは解されない。
 そして、援護法に基づく援護の前記のような性格に鑑みると、朝鮮半島及び台湾
出身者らに対する戦争被害に基づく補償については、二国間協議による解決に委ね
ることとし、これらの地域出身者
については、戸籍条項を設けて援護法の援護の対象外としたことには合理性があっ
たものというべきである。控訴人らは、援護法制定当時、日本と韓国の間で、右の
ような二国間協議が進展する可能性はなかったから、これを理由に合理性があると
することはできないと主張しているが、外交交渉は相手国との極めて政治的な交渉
であり、その性質上流動的にならざるを得ず、予想どおり進展することもあれば、
予想外の経過をたどることもありうるものであるから、援護法制定当時に具体的に
交渉進展の見通しがあったのでなければ、戸籍を有しない者については外交交渉に
委ねることとし援護法の適用外としたことに合理性がないということはできない。
当時、日本国としては、日本国との平和条約により、韓国等との請求権等に関する
交渉の必要性に迫られていたことには変わりがなく、その見通しが立たなかったと
しても、交渉に向けて努力し、協議の成立を図るべき状況であったことは否定でき
ないものというべきである。
4 控訴人らは、在日韓国人らの元軍人・軍属らが、日本の植民地支配の下で、日
本国籍を強制され、強制的に徴用されて戦地に連行されたこと、戦後自己の意思に
関係なく一方的に国籍を剥奪されたこと、在日韓国人らが日本に永住する権利を有
し、日本に生活の基盤を持ち、日本人と同等の納税の義務をも果たしていること等
を考慮すれば、援護法の適用に関して、戸籍法の適用がないことを理由に補償を拒
むことは許されないと主張しているが、右の各事実は、これら在日韓国人らの元軍
人・軍属らに対する補償について、国の立法政策を実現するにあたり十分考慮され
るべき事柄であり、その主張自体は人道的見地からも大いに首肯できるところでは
あるが、いずれにしろ、立法裁量の適否の問題であるから、右主張も採用できな
い。
 また、控訴人らは、在日韓国人には立法に参画する機会が与えられていないか
ら、これらの者に対して立法裁量論を用いることはできないとか、現に成立した援
護法の条項の違憲性を問題にしている場合には立法裁量論を持ち出すべきではない
等と主張しているが、立法に参画する機会のない者に関する事項については立法者
の裁量が制限されるとすべき根拠は全くないし、成立した法律の憲法適合性を判断
する際に、一定の範囲で立法者の裁量権を考慮することができるのもいうまでもな
い。
 以上のとおりであり、戸籍条項が、制定時におい
て憲法一四条に違反するものと解することはできない。
5 日韓請求権・経済協力協定の締結
(一) 日本国との平和条約四条aにいう特別取極の一つとして、日本と韓国との
間に、昭和四〇年六月二二日、日韓請求権・経済協力協定が締結され、同年一二月
一八日に発効した。
 同協定二条1は、「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並
びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、・・・日本国との平和条
約四条aに規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたことになること
を確認する。」と規定し、二条3は、「2の規定に従うことを条件として、一方の
締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締
約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の
締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づ
くものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」と規定して
いる。そして、同協定二条2は、「この条の規定は、次のもの・・・に影響を及ぼ
すものではない。」とし、それを受けてaとして、「一方の締約国の国民で一九四
七年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことが
あるものの財産、権利及び利益」を掲げている。
 そして、同協定についての両国間の合意議事録2aには、同協定二条2aにいう
「財産、権利及び利益」とは、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるす
べての種類の実体的権利をいうことが了解された。」と記載されている。(乙一)
(二) 右協定二条の実施に伴い、日本においては、昭和四〇年一二月一七日、財
産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間
の協定二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律が制定さ
れ、韓国又はその国民の財産権であって、同協定二条3の財産、権利及び利益に該
当するものは、原則として同協定署名の日において消滅したものとされた。
 また、韓国は、請求権資金の運用及び管理に関する法律、対日民間請求権申告に
関する法律、対日民間請求権補償に関する法律等を制定して、日韓請求権・経済協
力協定の経済協力により導入された資金等に基づき、韓国国民の日本国政府に対す
る各種債権や日本国により軍人・軍属等として召集又は徴用され、終戦前に死亡し
たことにより
日本国に対して有していた請求権等の民間請求権の補償をしたが、在日韓国人はこ
れらの補償対象者から除外した。(乙二ないし四)
(三) 日本政府としては、日韓請求権・経済協力協定二条2aにより、在日韓国
人の財産等についてはその対象外とされているが、右にいう財産等とは合意議事録
2aにいう実体的権利に限られているので、同協定二条1及び3の請求権とは財産
等にあたらないものであり、右合意議事録2aの反対解釈から、実体的権利でない
クレイムを提起する地位をいい、これは、相手国に対しいかなる主張もできないも
のとして、完全かつ最終的に解決されたところ、在日韓国人の援護法に基づく給付
請求権については、実定法上の根拠がないから右の実体的権利には該当せず、これ
に関しては韓国政府の外交保護権は放棄され、解決を見ているとの解釈をとってい
る。(甲三九、乙一二、弁論の全趣旨)
 これに対し、韓国政府外務部は、右協定二条2aの「財産、権利及び利益」の条
文化の過程で、韓国側が「他方の締約国に居住したことがある者の財産、権利及び
利益と両国及び国民間の請求権」という案を提示したのに対して、日本側が、請求
権とは個人の債権等でないクレイムを提起できる地位と理解し、従って、同協定適
用の例外である実体的権利を規定しようとする条項である二条2aに請求権という
用語を挿入する必要はないという意見を提示したため、日本側の提案を受諾する代
りに合意議事録の記載を適し、財産、権利及び利益とは、法律上の根拠に基づき財
産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうものと了解したものであ
り、二条2aは、1により「完全かつ最終的に解決されたこととなる財産、権利及
び利益並びに請求権」に対する例外事項として、在日韓国人の権利、財産関係が同
協定により影響を受けないようにするための規定であるので、在日韓国人戦傷者の
補償請求権は同協定の解決対象外であるとの解釈をしている。(甲六七、六八の各
1、2)
6 控訴人らは、右の日韓請求権・経済協力協定においても、在日韓国人は同協定
の適用対象外とされ、未だ日本人と同等の補償、救済措置はとられていないので、
附則(戸籍条項)は現時点においては違憲無効であると主張している。同協定の解
釈については、日本政府のそれにもそれなりの根拠があるというべきであり、そう
とすれば、在日韓国人の援護法に基づく給付請求権に関する韓国政府
の外交保護権は放棄されたということになり、仮に韓国政府外務部の解釈に従うと
すれば、控訴人らの主張するように、未だ二国間協議によっても解決を見ていない
こととなる。
 そして、右の日韓請求権・経済協力協定の締結によっても、在日韓国人の元軍
人・軍属及びその遺族に対する補償措置は、日韓両国政府からもとられることはな
く、また、援護法の附則も撤廃されることはなかったのであり、同協定について右
両国政府のいずれの解釈に従うにしろ、右の者らに対する補償措置が宙に浮いた状
況が延々と続いてきたことは否定できない。しかし、前に判示したとおり、附則
は、朝鮮半島等の旧植民地出身者に対する補償は援護法の適用によっては行わない
という政策的判断に基づき設けられたものであり、立法当時において、附則を設け
たことには合理性があったといえるのであり、以上のような現状を考慮して、我が
国が在日韓国人の元軍人・軍属及びその遺族に対しいかなる措置を講ずべきかも立
法政策に属する問題である。これらの者らが、長年補償対象から除外され、その経
済的損失も莫大な額に達していることは由々しき事態であり、早期に改善されるべ
きであるとの見解には十分理由があり、今後の立法政策において最大限の配慮がな
されるべきであるといえるが、右協定締結によっても在日韓国人に対する補償問題
が解決されず、その後も何らの措置がとられないで推移していることから、附則が
合理性を失い、違憲となるとか、国が代替的な補償措置をとらないことが違憲であ
るとまで解することはできない。
7 控訴人らは、附則で「当分の間」として暫定的に設けられた期間は、日韓請求
権・経済協力協定の締結により終了したので、その結果附則は失効した旨主張して
いる。
 しかし、「当分の間」という法令上の用語は、一般に、別途当該法令の改廃等の
立法措置が講じられるまでという趣旨に理解すべきものであり、将来の具体的事由
の発生等を予想して、その時点までに限って効力を認めるという趣旨のものではな
いし、仮に、右のような一定の事由の発生等にかからせるのであれば、法令の表現
上そのように明記されるべきものである。また、一旦成立した法律を、その改廃を
待つことなく失効したと判断することは、特定の者との関係であるとしても、新た
な立法を行うに等しいものであるから、裁判所のなしうるところではない。附則が
日韓請求権・経済協力協定の締結に
よっても違憲とはいえないことは前判示のとおりであるから、その余の点を判断す
るまでもなく、控訴人らの右主張は理由がない。
8 以上のとおりであるから、附則が憲法一四条に違反することを理由として本件
却下処分の取消を求める控訴人らの請求は理由がない。
四 戸籍条項(附則)と国際人権規約
 控訴人らは、戸籍条項がA規約二条二項、九条、B規約二六条等に違反し無効で
ある旨主張している。右各規約は国が批准した条約であり、憲法九八条二項によ
り、国政の上で遵守されるべきものであるが、右各規約に定める平等原則も、合理
的な理由による区別を禁止しているものとは解されないから、前記三の認定、判断
によれば、控訴人らの主張するその余の点を判断するまでもなく、戸籍条項が右各
規約に反する無効なものであるということはできない。なお、甲六三によれば、国
連の規約人権委員会は、B規約に基づく日本国の報告について、平成五年一〇月に
主要な関心課題の一つとして、「朝鮮半島や台湾出身で旧日本軍に従事したが、現
在は日本国籍をもっていない者が、その恩給等において差別されている。」とする
懸念表明を含むコメントを採択したことが認められるが、右コメントは、直接附則
が同規約に違反することを指摘したものではなく、「提言と勧告事項」とはされて
いないものであり、右コメントが我が国の裁判所の法令解釈に影響すべきものとは
解されない。
五 損害賠償請求について
 以上に認定、判断したとおり、附則(戸籍条項)が違憲無効であるとはいえず、
本件却下処分が違法であるということはできないから、控訴人らの損害賠償請求
は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
六 結論
 以上によれば、本件却下処分の取消及び損害賠償請求を理由がないものとして棄
却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとする。
大阪高等裁判所第五民事部
裁判長裁判官 井関正裕
裁判官 前坂光雄
裁判官 矢田廣高

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