弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 鎌倉市に対し、被告Aは二四六五万二〇〇五円、その余の被告は各六一六万三
〇〇一円及びこれらに対する昭和五四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合
による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第一項につき、仮執行の宣言。
二 被告ら
主文同旨
第二 原告らの請求の原因
一 当事者
1 原告らは、いずれも鎌倉市(以下、単に「市」ということがある。)の住民で
ある。
2 亡Bは、昭和五三年九月三日、鎌倉市長(以下、単に「市長」ということがあ
る。)に就任した。被告AはBの妻であり、その余の被告はその子である。
二 Bの退職手当支給
Bは、鎌倉市長としてその事務を管理・執行する職務権限を有する者であるが、昭
和五三年一〇月一八日、当時同市の一般職職員であつたCを同市助役に選任すると
ともに、同人に対し、一般職の退職手当として、同年同月二五日に四六七五万三三
九八円、同五四年一月一九日に一四三万一四〇八円、計四八一八万四八〇六円を支
給し、更に、同五三年一二月二五日、同じく当時同市の一般職職員であつたDを助
役に選任するとともに、同人に対し、一般職の退職手当として、同年同月二六日に
四一六一万二九二三円、同五四年一月一九日に一三三万五七六二円、計四二九四万
八六八五円を支給した(以下、右各退職手当の支給を併せて「本件支給」とい
う。)。
三 本件支給の違法
1 給与条例主義
地方自治法(以下「法」という。)二〇四条三項、二〇四条の二、地方公務貝法二
四条六項、二五条一項は、地方公共団体の職員に対する給与その他の給付の額及び
支給方法は条例で定めなければならず、条例に基づかずしていかなる給与その他の
給付も支給してはならないと規定している。
2 市の条例等
市では、右の法律の規定に従い、職員の退職手当につき、次のとおり条例等が制定
されている。
すなわち、一般職職員につき、「鎌倉市職員の退職手当に関する条例」(以下「本
件条例」という。)及び同条例の施行規則として「鎌倉市職員の退職手当優遇に関
する規則」(以下、昭和五三年一〇月一七日規則第一四号による改正前のものを
「旧規則」といい、同改正後のものを「本件現則」という。)がそれぞれ制定され
ており、また、市長・助役等の特別職職員につき、「鎌倉市常勤特別職職員の給与
に関する条例」(以下、昭和五三年一〇月一七日条例第九号による改正前のものを
「旧特別職条例」といい、同改正後のものを「特別職条例」という。)が制定され
ている。
3 本件条例五条の二の立法趣旨
(一) 本件条例五条の二は、「規則で定める年齢に達したことによりその日に退
職した者」及びその「年齢に五年以内で達することとなる者が同項に定める年齢に
達する日の前日までの間に退職した場合」については、特に退職手当の額を増額す
るといういわゆる優遇措置を採ることとしている。この規定の趣旨は、法律上の身
分保障があり、定年制のない市職員についてその若返りを図り、あわせて市財政の
軽減を意図するものであつて、いわゆる退職勧奨にこたえて勇退する高年齢職員に
対する代償措置を講じたものである。
(二) したがつて、右の趣旨によれば、本件条例五条の二が、「規則で定める年
齢」として規則に委任しているところは、文字どおり「年齢の決定」に限られるの
である。
同条の規則への委任が、「年齢の決定」に限られることは、次の理由から明らかで
ある。すなわち、
(1) 明文上、「規則で定める年齢」とあり、その趣旨が極めて単純明解である
こと
(2) 同条には優遇措置を受け得る他の事由として、「公務上の傷病若しくは死
亡により退職した者」が規定されているが、これも「規則で定める年齢」と同じく
一義的に決定される事由であること
(3) 前記の給与条例主義の決意に照らして、条例の文言は厳格に解釈適用すべ
きであつて、拡張解釈は許されないこと
(4) 給与の支給要件に関する規則への委任は、受任者である規則制定権者が、
同時に人事管理上の任命権者ないし監督権者であり、かつ財務上の支出命令権者で
もあるところから、委任の趣旨が明確に示され、かつその内容が具体的、限定的で
なければならないこと
(5) 同条の優遇措置の趣旨・目的からいつて、その要件は客観的、明確かつ妥
当なものでなければならないこと以上の理由によれば、同条の規則への委任は「年
齢の決定」以外にあり得ない。
(三) 本件条例五条の二の前記趣旨に従い、本件規則二条は、本件条例五条の二
第一項の規定による規則で定める年齢は、満六〇歳とすると規定する。
4 本件規則付則六項制定の違法性
(一) 市では、従来一般職職員が助役等の特別職に選任された場合、その者が退
職する際の退職手当の額は、当該特別職の給料月額を基礎として、一般職職員から
の在職期間を通算して退職手当の額を算出した上、更に前記特別職の給与に関する
条例により市議会の議決を得て定められる加給金を付加して支給するという制度で
あつた(旧特別職条例五条、六条)ため、その額が莫大なものとなり、かねて市民
の批判を受けていた。
このような経緯から昭和五三年一〇月七日市議会において、旧特別職条例等の一部
改正が行われ、一般職職員が助役等の特別職に選任されたときは、その時点におい
て一般職職員として退職手当条例に従つて退職手当を支給し、特別職在任の退職手
当はその任期ごとにその都度所定の退職手当を支給することとなつた(特別職条例
五条)。
(二) Bは、前記特別職条例等の一部改正と同時に、旧規則の付則を改正し、新
たに本件規則付則六項を制定した。
同項の内容は、一般職職員が二〇年以上勤務し、特別職に選任されたことにより一
般職を退職したときは、その退職の日をもつて本件規則二条の年齢(六〇歳)に達
したものとみなす、すなわち優遇措置を適用するというものであるが、これは次の
理由により違法無効である。
(1) 本件規則付則六項は、「第二条に定める年齢とみなす」とあたかも年齢に
関係するかのような規定の仕方をしているが、その趣旨は、優遇措置制度によつて
計算した割増退職手当を支払うというものであつて、規則をもつてかかる割増退職
手当の支給を規定することは違法であり、当然無効である。
(2) 本件条例五条の二は、「年齢の決定」のみを規則に委任しているが、本件
規則付則六項の規定は「年齢の決定」の範疇に入らず、委任の範囲を逸脱したもの
である。
(3) 本件規則付則六項に規定するところは、本件条例が規定する優遇措置制度
の趣旨・目的に反する。すなわち、優遇措置は、前記のとおり定年制に代わるもの
として、老齢化による能率の低下を防ぎ、人件費の増大を抑えるという行政目的に
基づき、当該職員が職を退くことに対する代償ないし将来の生活保障として退職手
当を増額し、もつて自由意思による退職を促すところにその趣旨があり、その限り
でその合理性が認められるが、本件規則付則六項の定めるところは、これらとはま
つたく無縁であるのみか、むしろその趣旨・目的に反するものである。
(4) 前述のとおり優遇措置を受け得る地位は職員の側からすれば一つの権利で
あるが、特別職に選任されたからといつて、これらの者のみが年齢にかかわりなく
優遇措置を受けるとすることは、退職手当本来の性格(賃金の後払い)からいつて
著しく公平の観念及び平等取扱の原則(地方公務員法一三条)に反し、許されない
ところである。
5 本件規則付則六項の適用
Bは、前記二のとおり、C及びDをそれぞれ助役に選任し、本件規則付則六項を適
用して、選任当時、Cが満五三歳、Dが満五〇歳であつたにもかかわらず、満六〇
歳とみなして優遇措置を講じた。
6 結論
以上のとおり、BがC及びDの本件支給につき本件条例に基づく優遇措置を適用し
たことは、結局条例に基づかないで退職手当を支給したものであつて違法であり、
同人らの退職手当は、同条例を正しく適用して、Cにつき二三〇一万〇五八七円、
Dにつき一八八一万八八九四円が、それぞれ支給されるべきである。
したがつて、Bの本件支給は、それぞれ右額を超える限度において違法な公金の支
給に当たるというべきである。
四 Bの故意又は過失
Bは、故意又は過失により、本件条例五条の二の規定に反して、本件支給をした。
五 市が受けた損害
Bの違法な本件支給により、市は、Cに対し、支給した四八一八万四八〇六円と本
件条例により支給すべき二三〇一万〇五八七円との差額二五一七万四二一九円及び
Dに支給した四二九四万八六八五円と同条例により支給すべき一八八一万八八九四
円との差額二四一二万九七九一円との合計四九三〇万四〇一〇円の損害を受けたも
のである。
六 住民監査請求
原告らは、昭和五四年三月二四日、鎌倉市監査委員に対し、Bの本件支給により同
市が受けた損害を補填することを求める旨の監査請求をしたところ、同委員は、同
年五月二二日、その必要が認められないとする結論を出し、そのころ原告らに右結
果の通知をした。
七 相続による債務の承継
Bは、昭和五六年九月一〇日死亡し、同人の妻である被告Aが二分の一、同人の子
であるその余の被告ら四名が各八分の一の割合で本件訴訟の目的たる債務を相続に
より承継した。
八 よつて、原告らは、法二四二条の二第一項匹号に基づき、市に代位して、被告
Aに対し二四六五万二〇〇五円、その余の被告に対し各六一六万三〇〇一円及びこ
れらに対する弁済期の後である昭和五四年六月二九日から支払済みまで民法所定の
年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
第三 請求の原因に対する被告らの認否
一 請求の原因一、二についてすべて認める。
二 同三について
1 1、2は認める。
2 3(一)のうち、本件条例五条の二の規定の趣旨がいわゆる退職勧奨にこたえ
て勇退する高年齢職員に対する代償措置を講じたものであるとする点は争い、その
余は認め、また、3(二)は争い、3(三)のうち、本件規則二条の規定の内容は
認めるが、その余は争う。
3 4(一)のうち、旧特別職条例による一般職職員が助役等の特別職に選任され
た場合の退職手当の額が莫大なものとなり、かねて市民の批判を受けていたことは
争い、その余は認める。
4 (二)のうち、Bが、特別職条例等の一部改正と同時に、旧規則の付則を改正
し、新たに本件規則六項を制定したこと及び同項の規定の内容は認めるが、その余
は争う。
4 5は認めるが、6は争う。
三 同四、五について
すべて争う
四 同六について
認める
五 同七について
Bが昭和五六年九月一〇日死亡したことは認めるが、、その余は争う。
第四 被告の主張
一 本件条例五条の二の立法趣旨
本件条例五条の二第一項は、一般職職員が退職手当の優遇措置を受けるための要件
の一として、「規則で定める年齢」に達したことを規定している。すなわち、優遇
措置を受ける退職時の年齢の決定は、市長が制定する規則の定めるところに委任し
ているのであるが、右委任規定の立法趣旨は次のとおりである。
一般職の地方公務員は、その意に反して一方的に退職させられることはないとする
法律による身分保障があり、いわば終身雇傭制度が採られている(地方公務員法二
七条)。そこで、人事の新陳代謝を図るために、一定年齢に達した職員に対して割
増退職手当を支給するという優遇措置を講じて退職勧奨を行う制度が行われてい
る。この制度を有効かつ円滑に実施するためには、職員の年齢構成、退職状況、職
員定数の増減、財政事情等諸般の条件を総合的に勘案して退職勧奨年齢を決定する
ことが必要であるが、そのためには条例で一律に年齢を規定するよりは、平素職員
を監督し、庁内の事情に通暁している市長の判断(裁量)に委任することが適当で
ある。そのため、同条例五条の二第一項は優遇措置を受ける年齢を規則に委任して
いるのであり、市長としては合目的的な判断に基づいて規則を制定すべきものであ
る。同条例五条の二第一項が規則による年齢の決定を市長の裁量に委ねているもの
であることは、同条例五条の二第一項が委任について何らの条件若しくは制限を設
けていないことによつて明らかである。
したがつて、右委任に基づいて制定された本件規則付則六項は、右委任の範囲内に
あるということができる。
二 本件支給の違法性の欠如
支出の原因となる先行行為が存在し、これに基づいて支出命令がなされた場合に、
先行行為が法令に違反するものであつたとしても、そのことから直ちに支出命令が
違法となるものではない。
このことは、次の理由から結論付けられる。
一 つには、行政行為の公定力に由来するものである。すなわち、東京高裁昭和五
五年三月三一日判決(判例時報九六二号四四頁)は、分限免職された職員に対する
退職手当の支払を違法であるとして、市長を被告とした損害賠償請求にかかる住民
訴訟の判決であるが、右判決は、その理由として、「分限免職処分は行政処分であ
るから、仮りにその処分に違法な点があつたとしても、それが取り消されることな
く、外形上有効なものとして存在する限り、何人も(右処分庁自身をも含めて)こ
れを有効なものとして取り扱わざるを得す(いわゆる行政処分の公定力)、従つて
分限免職処分に違法な点があるからといつて、その結果これを前提とする退職手当
の支出が当然に違法となるものではない。右退職手当の支出が違法であるというた
めには、分限免職処分に、処分の不存在、処分権限の欠缺、あるいはその他処分に
無効を来たすような重大かつ明白な瑕疵がある場合でなければならないと解するの
が相当である」と判示している。右に判示された法理は、「分限免職処分」を「本
件規則付則六項」、「行政処分」を「規則制定行為」、「行政処分の公定力」を
「法規の拘束力」と読み替えるならば、そのまま本件に妥当するものである。
他は、職員の賠償責任を規定する法二四三条の二第一項の「故意又は重大な過失に
より」という要件から導き出される。同項の故意又は重過失及び法令違反という二
つの要件を併せ考えるならば、先行行為の違法が一見明白である場合に職員がその
ことを認識し、又は重大な過失によつて認識しないまま、支出命令をしたときに
は、その違法性を承継して支出命令そのものが違法となるが、先行行為の違法が司
法審査の判断として示されたときとか、適法違法をめぐつて見解が対立していると
き等には違法性は承継されないと解すべきである。
三 本件支給についての重過失の欠如
仮に、Bの本件支給行為が法二四二条の二第一項所定の違法な公金の支出に当たる
としても、Bは市長として収入役に対して支出命令をする権限を有し、右支出命令
に基づいて収入役がC、Dに対して退職手当を支出したものであるから、市のBに
対する損害賠償請求権は、法二四三条の二第一項後段に基づき、Bが故意又は重大
な過失により、法令の規定に違反して右支出命令をしたことによつて市に損害を与
えたときに限つて発生するものであるところ、Bには本件支給の支出命令が違法で
あることについて、軽過失はともかく、故意又は重大な過失はない。
四 損害の不存在
1 違法な行為によつて地方公共団体が利益を得、又は損失を被ることがない場合
には、住民訴訟の要件を欠き、住民の請求は却下又は棄却されなければならない。
退職手当の性格については、報償説、後払給与説、両者の折衷説などいろいろな学
説があるが、いずれにせよ職員は在職期間に対応する退職手当請求権を有している
ものであり、退職によつて右請求権が具体的な公法上の金銭債権となるのである。
これを本件についてみると市がC及びDに支払う退職手当の総額は、両名が助役を
退任して再任されなかつた時点において確定するものである。原告らは、この点を
看過して、一般職職員の退職の時点の退職手当のみをとらえて、本件規則付則六項
の改正を非難しているのであるが、市は右両名に対して、助役在任中の期間に対応
する条件付若しくは不確定期限付の退職手当支払債務を負つているのであるから、
財産上の損害の有無は両者を合わせて比較検討されなければならない。
2 助役に選任された当時、Cは社会福祉部長、Dは下水道部長の職にあつた。市
における職員の勧奨退職年齢は六〇歳であるから、仮に助役に選任されなかつたな
らば、右両名は右年齢まで一般職の職員として勤務することができた筋合である。
(一) 本件条例により両名が六〇歳で退職した場合の退職手当を計算するなら
ば、別表一記載のとおりCについては六三二六万七六二〇円、Dについては六四一
二万三六七〇円となる。
(二) 本件条例及び特別職条例の各改正前においては、本件条例付則六項(改正
前)の規定により一般職と助役との在職年数が通算され、退職時における助役の給
与を基礎として退職時の年齢にはかかわりなく優遇措置の適用を受け、更に加給金
制度により退職手当が支給された。すなわち、改正前の制度の下にあつては、仮に
助役一期四年間在職したとすれば、別表二記載のとおりCは八三一七万五三五六
円、Dは七六一八万六四九二円の退職手当を受けることができたこととなる。
(三) 昭和五三年一〇月一七日、旧特別職条例等の一部改正が行われた結果、一
般職職員が助役等の特別職に選任されたときは、その時点において一般職職員とし
て本件条例に従つて退職手当を支給し、特別職在任に係る退職手当はその任期毎に
その都度所定の退職手当を支給することとなつた。
右改正後の制度の下で、仮に本件規則付則六項のとおりの改正がなされず、右両名
が助役として一期四年間在職した場合の退職手当の金額は、別表三記載のとおりC
にあつては一般職職員としての二三〇一万〇五八七円と助役としての八四三万二〇
〇〇円との合計額三一四四万二五八七円となり、Dにあつては一般職職員としての
一八八一万八八九四円と助役としての八四三万二〇〇〇円との合計額二七二五万〇
八九四円となる。
右金額は、前述した改正前の制度の下におけるものの二分の一以下であり、更に助
役就任を拒絶して一般職として六〇歳まで在職した場合の退職手当の二分の一を多
少上回る程度の金額である。
(四) 本件規則付則六項を適用し、右両名が助役として一期四年間在職した場合
の退職手当の金額は、別表四記載のとおりCにあつては一般職職員としての四八一
八万四八〇六円と助役としての八四三万二〇〇〇円との合計額五六六一万六八〇六
円となり、Dにあつては一般職職員としての四二九四万八六八五円と助役としての
八四三万二〇〇〇円との合計額五一三八万〇六八五円となる。
右金額は、法律上の身分保障の下で一般職職員として六〇歳まで継続して勤務した
ときの退職手当金額(別表一)よりも約七〇〇万円ないし一〇〇〇万円低く、改正
前の制度の下における退職手当金額(別表二)の七〇パーセント程度に相当する。
3 以上によれば、本件規則付則六項を適用してC及びDに支給された退職手当の
総額は、改正前の制度によるものに比して大きく減額されていることが明らかであ
り、したがつて、原告らの本訴請求は市の損害の発生という住民訴訟の本質的な要
件を欠いているものである。
第五 原告らの反論
一 本件条例五条の二第一項の委任の範囲
一般職職員の退職手当につき優遇措置を規定した本件条例五条の二第一項は、「公
務上の傷害若しくは死亡により退職した者又は規則で定める年齢に達したことによ
りその日に退職した者」と規定し、いずれも一義的に決定し得る要件により優遇措
置を受けることを定めている。その趣旨は、右以外の要件により職員に対し優遇措
置を講ずることを同条例は何ら予想しておらず、またそれを許さないということで
ある。
右条項に「規則で定める年齢」とある以上、その年齢の決定を規則に委任している
ことは明らかであり、その趣旨が退職勧奨を行う年齢の決定を行政の衝に当たる市
長の合目的的な判断ないし裁量に委ねたところにあることは被告ら主張のとおりで
あろうが、その委任の限度は「年齢の決定」そのものに限られ、それ以外の要件の
決定に及ばないこともまた明らかである。
二 本件規則付則六項の違法性の承継
被告らは、先行行為としての規則制定行為が違法であつてもこれはいわゆる「行政
行為の公定力」によつて遮断されるので後行の支出命令が違法となるものではな
く、また法二四三条の二の要件である故意又は重過失及び法令違反という二つの要
件を併せ考えるならば、先行行為の違法が一見明白である場合に職員がそのことを
認識し、又は重過失によつて認識しないまま、支出命令をしたときは、その違法性
を承継して支出命令そのものが違法となると主張する。
しかしながら、右主張は、次に述べるとおり失当であるというほかない。
(一) 第一に、右主張の前提となつている本件規則制定行為とこれに基づく支出
行為とを峻別することがまず誤りである。
すなわち、Bは、本件規則付則六項を制定した上直ちにこれをC及びDに適用し
て、本件支給をした。
右の本件規則付則六項の制定とこれに基づく公金の支出(具体的には支出命令と支
出)とは、形式的には、もとより別個の行為である。
しかし、実質的にこれをみれば、右両行為は一義的に直接的不可分に関係する二段
階の行為であり、密接不可分の行為である。
すなわち、規則制定行為は、いうまでもなく、一般的抽象的な規範の定位であり、
これに基づく支出命令はその具体的特定な場合の適用であり、形式上別個の行為で
はあるが、本件の場合、前者の規範の定位により特定の職員につき実体法上支給を
受ける権利が当然発生するわけであり、後者の支給行為は単純にこれを確認する形
式的行為であり、その判断過程に裁量権が働く余地はない。
したがつて、支出命令は規則そのものの瑕疵を直接的に承継するものであり、本件
規則付則六項が強行法規違反として違法無効である以上、本件支出命令も当然違法
無効というべきである。
右の理は、規則制定権者が同時に支出命令権者である(更に規則により支給を受け
る権利を取得する者の決定権者でもある。)ということ及び規則制定と支給行為と
の日時が極めて近接しており、経過的にはC及びDに対する支給を目的として本件
規則が制定されているという本件の特徴からして一層肯定的に理解される。
(二) 第二に、行政行為の公定力については、場合を分けて論じなければなら
ず、行政行為の公定力を絶対的効力として理解するのではなくて、その局面局面、
法律関係の具体的な局面においてその効力の及ぶ範囲等を検討すべきであり、いつ
たん行政行為があれば、その公定力はどういう法律(関係)にも及ぶという考え方
は、今日もはや克服されているのである。
元来、公定力とは、ある行政処分又は行政行為が取消訴訟の排他的管轄に服してい
るという点からきている反射的な効果であり、損害賠償請求の場合にはまた別個に
考えるべきであつて、公定力はその意味では損害賠償請求訴訟には関係ないのであ
る。
本件において、仮に規則制定と支出命令とを実質的にも別個独立の行政行為とみて
も、右の意味において、右支出行為の違法を理由とする損害賠償請求に公定力が及
ばないことは多言を要しないところである。
(三) 第三に、仮に公定力が一応問題になり得るとしても規則の制定は法規定立
行為であり、それそのものを抗告訴訟によつて取り消す方法がないのであるから、
その適用による具体的法律関係において右法規の効力を争うことができ、この場合
には、正義衡平の観点から、公定力の有無を論じないで直ちに当該具体的行為に基
づく損害賠償請求を認めることができる。
(四) 第四に被告らは本件規則付則六項の制定とこれに基づく本件支出命令とを
峻別し、支払命令自体には違法性がなく、また重大な過失もないと主張している
が、かかる主張は実体上も法理上も認め難い詭弁である。
法二三二条の四第二項は、「出納長又は収入役は、前項の命令を受けた場合におい
ても、当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと・・・・・・・・を
確認したうえでなければ、支出することができない。」と規定し、長の支出命令が
あつた場合にもなお収入役等の法適合性の確認義務を課している。
いわんや、財務会計の最高責任者たる長が支出命令を発するに際しては、その支出
の原因ないし根拠が法令に違反するか否かを厳密に調査検討すべきことは当然であ
り、支出命令の違法とは、その原因ないし根拠である契約や規則が違法である場合
及びその法適合性の確認を怠つた場合のそれぞれを含むものである。
本件においてBは、強行法規違反であること明白な本件規則付則六項を制定した
上、これが法令に違反するか否かの検討を何ら加えることなく本件支出命令を発し
たものであり、二重の意味において違法である。
三 住民訴訟による損害賠償請求についての責任要件
住民訴訟は地方公共団体の財務会計の管理・運営を自治の主体である住民の直接的
コントロールの下におき、かつ、その方法を裁判所の法適合性の判断を通じて行う
ことによつて行政の民主的統制を行うことを主眼とした公法上の特殊な訴訟制度で
あり、他の法域の考え方を住民訴訟に及ぼすことは根本的に誤りであり、また、住
民訴訟に法二四三条の二第一項所定の特殊な責任要件を適用することはできない。
仮に、法二四三条の二第一項の適用があるとしても、地方公共団体の長は、事務統
括の最高責任者であり、かつ、極めて広範な権限を有し、自己の固有の判断と責任
において事務を処理すべきものであつて、その職員の重大性からしても、同項後段
の「職員」には含まれない。したがつて、住民訴訟により、地方公共団体の長に対
し損害賠償を請求する場合には、通常の責任要件である故意又は過失をもつて足り
ると解すべきである。
四 損害
被告らは、職員は在職期間に対応する退職手当請求権を有しているとの前提の下
に、C及びDの退職手当の総額は両名が助役を退任したときに終局的に確定するか
ら、一般職から助役に選任された時点の退職手当のみをとらえて損害の有無を論じ
ることはできず、むしろ特別職条例の改正及びこれと一体としての本件規則付則六
項の改正によつて、退職手当の総額は減少しているので、市は利益を得ているが、
損害を被つてはいない旨主張する。
被告らの論旨は必ずしも明らかではないが、第一に、地方公共団体における職員の
退職手当請求権の有無及びその内容は、退職時における条例の規定によつて定まる
のであつて、一般的抽象的に在職期間に対応する退職手当請求権を有しているなど
とはいえない。
第二に、改正された特別職条例の趣旨は、C及びDのように一般職から特別職に選
任された者の退職手当は、一般職退職時に一般職としての所定の退職手当を、特別
職退職時に特別職としての所定の退職手当をそれぞれ支給するというものであり、
本件退職手当もこの改正後、本件条例に従い一般職の退職手当として支給されたこ
とが明らかである。つまり、一般職の退職手当は一般職退職時に支給さるべきこと
が条例で定められており、市長の裁量によつて、いつ、いくら支給してもよいもの
ではなく、かつ現実にも助役選任時=一般職退職時に支給されている。その支給の
額が条例に基づかずして違法に増額されており、その増額の限度において同市に損
害を与えたというのが原告らの主張であつて、将来における助役退任の際の特別職
としての退職手当制度がどのように定められていようとも本件とはまつたく関係が
なく、右損害の発生にいささかの消長を及ぼすものではない。本件支給が完結した
支出行為として行われている以上、これは至極当然のことであつて、助役退任の際
に至つて初めて損害の有無が確定するとの被告らの主張は何らの合理的理由もな
い。
第三に、被告らは、特別職条例改正前と改正後を比較して、改正後は本件規則付則
六項により優遇措置を適用してもなお改正前より助役退任時までの退職手当の総額
において減額されているので、全体として損害はないとしているが、このような比
較自体が無意味である。本件では、特別職条例改正の当、不当を論じているのでは
ない。改正前のあまりにも非常識な通算方式と加給金を改めることにより一定の改
善があつたことは事実であるが、助役選任時に違法にも優遇措置を適用することに
より再びその額が高額化し市民の批判を受けているのである。被告らは、この場
合、優遇措置を適用しないとすると、一般職職員のまま退職した職員との均衡を失
し、有為な人材を得られないと主張するが、助役を受任するか否かは本人の自由意
思によるところであり、あたかも職員が市長に立候補する場合にそのことを理由に
何らの優遇措置をも受け得ないと同様、特別職たる市長の補助機関に就任する以
上、この程度の経済的不利益は甘受する自覚が必要である。
第六 証拠(省略)
○ 理由
一 当事者について
請求の原因一は、当事者間に争いがない。
二 本件支給について
請求の原因二は、当事者間に争いがない。
三 本件規則付則六項について
1 法二〇四条三項、二〇四条の二、地方公務員法二四条六項、二五条一項によれ
ば、普通地方公共団体の常勤の職員に対する給与の額及び支給方法は条例で定めな
ければならないとされている(いわゆる給与条例主義)。
したがつて、本件支給もまた右のいわゆる給与条例主義に沿うものでなければなら
ないが、これを判断するについては、本件支給の法令上の直接の根拠は本件規則
(甲第二号証参照。以下同じ)付則六項であるから、同項が本件条例(甲第一号証
参照。以下同じ)五条の二の委任の範囲内にあるか否かを検討する必要がある。
2 本件条例一条は、「この条例は、職員の退職手当に関する事項を定めるものと
する。」と規定し、同条例二条一項は、「この条例の規定による退職手当は、職員
のうち常時勤務に服することを要するもの(市長、助役、収入役及び教育長を除
く。以下「職員」という。)が退職した場合にその者(死亡による退職の場合に
は、その遺族)に支給する。」と規定して、本件条例が市の一般職職員(以下「職
員」という。)の退職手当に関する事項を定めるものであることを示している。
そして、本件条例は、三条、四条、五条、五条の二の各規定により、職員の退職の
態様に応じて、退職手当の額を区分して定めている。右の各条文により規定された
退職手当の支給の対象及び支給額の算定方法の区分は別表五記載のとおりである。
右の区分によれば、職員の退職手当の支給額は、三条、四条、五条、五条の二と条
を追うごとに、その優遇の割合が高められることが認められる。すなわち、職員の
退職手当の支給額は、本件条例五条の二において最も優遇されることが明らかであ
る。そして、このことは、本件条例六条により、退職手当の最高限度額が、三条か
ら五条までの規定による場合には職員の退職の日における給料月額に九〇を乗じて
得た額とするのに対し、五条の二の規定による場合には、九〇を上回る一三〇を乗
じて得た額とすることからも窺い得るものである。
このように退職手当の額につき最も優遇される本件条例五条の二所定の支給の対象
は、別表五の(1)欄記載の(1)ないし(3)であるが、このうち、(1)はさ
ておき、(2)及び(3)、とりわけ(2)につき優遇の趣旨を考察してみるに、
(2)が年齢に着目した規定の仕方であること及び職員については定年がないこと
(このことは、当事者間に争いがない。)に照らすと、(2)の退職手当を特に優
遇する趣旨は、職員の高齢化による事務の非能率化、人事の停滞、財政負担の増加
を回避するために、一定の年齢を設定し、その年齢で退職する職員の退職手当の額
を特に優遇して、退職後の生活に備えさせ、よつて間接的に退職を促して、職員の
人事を刷新し、組織の流動化及び財政負担の軽減を図るということにあるものと解
される(証人D及び証人Eも、これとほぼ同趣旨の証言をする。)。
してみると、本件条例五条の二第一項による年齢の決定の規則への委任の範囲は、
当然、右の趣旨を前提としたものと解されるが、規則制定権者である市長として
は、右の趣旨を踏まえる限り、右の年齢の決定を、全職員一律のものとする必要は
なく、例えば、職種、勤務条件等に応じて年齢を各別に定めることも許されるし、
また、単一の年齢ではなくして、一定の幅を持つた年齢を定めることも許されるも
のと解される。
3 本件条例五条の二第一項の委任に基づき、本件規則二条は、「条例第五条の二
第一項の規定による規則で定める年齢は、満六〇歳とする。」と規定し、また、本
件規則付則六項が、「一般職職員として勤続する期間が二〇年以上(昭和四三年四
月一日において在職するものについては一一年以上)で、第二条に定める年齢未満
の者が、その職に引き続いて地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第一六一条第
二項若しくは同法第一六八条第二項に規定する職(次項において「助役等」とい
う。)に選任され、又は地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年法
律第一六二号)第一六条第一項に規定する職(次項において「教育長」という。)
に任命されることにより当該一般職を退職した場合は、当該退職の日をもつて第二
条に定める年齢とみなす。」と規定する。
以下、右の本件規則付則六項が、本件条例五条の二第一項の委任の範囲内であるか
否かについて検討する。
本件規則付則六項が一種のみなし規定であることは、その規定の文言自体から明ら
かであるが、同項にいう「みなし」とは、いうまでもなく、同項所定の一般職職員
の退職の日を本件規則二条所定の六〇歳として取り扱うことを意味する。しかし
て、前記説示したように、本件条例五条の二第一項による年齢の決定の委任の範囲
は、年齢の一律的決定あるいは単一の年齢の決定に限定されるものではないから、
右のようにみなし規定の形式で本件規則二条所定の六〇歳のほかに、六〇歳未満の
ある程度幅のある年齢をも本件条例五条の二第一項所定の年齢として取り扱うこと
も差し支えないものと解され、したがつて、本件規則付則六項がみなし規定である
ことをもつて直ちに右の委任の範囲を超えているということは当たらない。
問題は、むしろ、本体規則付則六項所定の職員に対し、本件条例五条の二所定の退
職手当の優遇を認めることが、同条の趣旨に沿うか否かであるといわなければなら
ない。
前記説示したように、本件条例五条の二に基づく支給の対象のうち、別表五の
(1)欄記載の(2)につき退職手当を特に優遇する趣旨は、職員の高齢化による
事務の非能率化、人事の停滞、財政負担の増加を回避するために、一定の年齢を設
定し、その年齢で退職する職員の退職手当の額を特に優遇して、退職後の生活に備
えさせ、よつて間接的に退職を促して、職員の人事を刷新し、組織の流動化及び財
政負担の軽減を図るということにある。
しかして、本件規則付則六項所定の支給の対象は、規定の文言から明らかなよう
に、一般職職員たる地位を退職するものの、それに引き続いて一般職職員よりも高
い給与の支給を受けることとなる市の特別職職員に任命される者である。
前記本件条例五条の二の趣旨の下に想定される退職と、右本件規則付則六項所定の
退職とを対比すると、前者は一定の年齢の到来を契機とするいわば自然的機械的な
退職であるのに対し、後者は任命権者である市長の行政政策的裁量に基づく特別職
への選任を原因とする人為的任意的な退職であることに本質的な差異があり、それ
故、当然のことながら、前者の場合には、退職に伴い市の職員としての一切の身分
を失うのに対して、後者の場合には、一般職の身分は失うものの、より高い給与で
待遇される特別職として引き続き勤務することにより市の職員たる身分は失わない
のである。
右の対比からすると、本件条例五条の二第一項所定の規則で定める年齢に達したこ
とによる退職と本件規則付則六項所定の退職とは、その範疇を異にするものという
べきであり、これを同列に取り扱うことは正当とは解されない。
したがつて、本件規則付則六項所定の退職についても、本件条例五条の二と同様の
退職手当の優遇措置を認めるために、その旨を条例をもつて定めるならばともか
く、本件条例五条の二の委任の範囲内であるとして右の退職にかかる規定を規則に
定めることは許されないというべきである。よつて、本件規則付則六項は、本件条
例五条の二の委任の範囲を逸脱したものとして、違法無効な規定であるといわなけ
ればならない。
被告らは、本件規則付則二項、四項をあげて、同付則六項も本件条例五条の二の委
任の範囲内であるとも主張するが、右二項はその規定の文言から明らかなように、
一般に付則制定に際して規定される事項を定めたいわゆる経過措置に関する規定で
あり、右四項もその規定の文言によれば、本件条例五条の二の適用を受けるため、
所定の退職の手続をとつたところ、市長から退職の承認を受け得ないまま、本件規
則二条の年齢を経過した後、退職した者に対しても本件条例五条の二の適用を認め
るいわば当然の救済規定であつて、これら二項、四項の存在をもつて右六項の規定
も許容される範囲内であると解することは到底できないものというべきである。
なお、証人D、同Fの各証言によれば、Dは、昭和四二年五月から同四六年四月ま
での間、鎌倉市人事課長の職にあつて同四三年三月の本件条例五条の二の付加改正
作業を担当し、Fは、同五〇年五月から同五三年一〇月までの間、同市職員課長の
職にあつて本件規則付則六項の付加改正作業を担当したものであるところ、前者は
本件条例五条の二第一項にいう規則で定める年齢に達したことによる退職の中に
は、一般職を退職して引き続いて特別職に就任する場合も含まれる趣旨であつたと
証言し、後者は本件規則付則四項の存在から同六項も許されると解すると証言す
る。
しかして、右両者とも、いわゆる立法担当者ということができるところ、法令の解
釈に際しては、法令の立法当時の事情を知る担当者の意見はそれなりに傾聴すべき
ものと考えられないではないが、右両者の本件条例及び本件規則付則に関する前記
見解は、本件条例五条の二第一項の委任の範囲に関する前記説示に照らして、同項
の趣旨を正解したものとは解されず、採用することはできない。ことに、証人Dの
証言によれば、Dは本件条例五条の二の付加改正に当たり、「藤沢市職員の退職手
当に関する条例」(以下「藤沢条例」という。)を参考としたことが認められ、成
立に争いのない乙第一六号証の一によれば、Dが参考とした藤沢条例五条は、同条
による退職手当の支給の対象として、「二〇年以上勤続して一般職から常勤の本市
特別職(公選による場合を除く。)として就任する理由で退職した者」と「規則で
定める年齢(以下「年齢」という。)に達したことにより退職した者」とを列挙し
て規定していることが認められるところ、本件条例五条の二第一項は右のうち後者
のみを採用したものと推認されるから、同項の解釈に際して右の前者の趣旨をも含
めて解釈することに、そもそも無理があるものといわなければならないのである。
四 本件支給の違法性について
請求原因三の5の事実は当事者間に争いがないところ、被告らは、本件規則付則六
項が違法であり、したがつて、同項の制定が違法であるとしても、それが取り消さ
れない限り、いわゆる法規の拘束力があるから、当然に同項に基づく本件支給が違
法となるものではないと主張するので、以下これを検討する。
被告らも自陳するように、本件規則付則六項の制定行為は、市の職員一般を対象と
する抽象的な法規範の定立であるに止まり、それを超えて特定の職員に対し直接具
体的な退職手当受給権を付与する公定力ある行政処分であると解することはできな
い。
してみると、法規の制定手続あるいはその内容の違法を理由として法規そのものの
取消しあるいは無効確認等を訴求することは、具体的な争訟性を欠くものであるか
ら許されないものといわざるを得ず、法規の拘束力を理由として本件規則付則六項
の違法性の本件支給への承継を否定することは、同項の制定及び本件支給のいずれ
についても訴訟上争う途を閉ざす結果を招来することとなり、かかる結果を容認す
ることは著しく衡平の観念に反するものといわなければならない。
また、実質的に考察しても、本件支給は本件規則付則六項の規定によつて、何らの
裁量の余地なくなされるものであることが明らかである。
したがつて、本件規則付則六項の違法性は本件支給に当然承継され、それ故、本件
支給もまた違法なものとなるといわなければならない。
ところで、本件支給は、これを行為として分析してみると、Bの法二三二条の四第
一項に基づく支出命令(以下「本件支出命令」という。)とこれを前提とする現実
の支給行為とに分つことができるが、後者は前者に基づく事実行為にすぎないか
ら、前者、後者を一括して、これをBの行為として評価して差し支えないものと解
する。
そうすると、本件支出命令も違法と断ずるほかない。
なお、被告らは、法二四三条の二第一項後段の規定に照らして、先行行為の違法が
一見明白である場合に職員がそのことを認識し、又は重過失によつて認識しないま
ま、支出命令をしたときに限つて、先行行為の違法性が承認されるとも主張する
が、違法性の判断は客観的になされるべきものであつて、職員の認識という主観的
な要素によつて左右されると解するのは正当ではないから、右主張は採用すること
ができない。
五 本訴請求の適用法条について
本訴請求は、法二四二条の二第一項四号に基づくものであるところ、同号によるい
わゆる代位請求訴訟は、地方公共団体が、職員等に対し、実体法上同号所定の請求
権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、住民が地
方公共団体に代位して、右請求権に基づいて提起する地方自治法が認めた特殊な訴
えであると解される。したがつて、法二四二条の二第一項四号の規定は住民に右代
位請求訴訟を提起する資格を付与するにすぎず、右訴訟の前提となる実体法上の請
求権の発生する根拠は、別途、民法、地方自治法その他実体法の規定に求めなけれ
ばならないことはいうまでもない。
そこで、原告らの求める本訴損害賠償請求権の実体法上の根拠を考究することとす
る。
原告らは、Bの本件支給が違法な公金の支出に当たると主張するものであるが、そ
れによつて本件支給がなされた前示本件規則付則六項の規定をBが市長として制定
したこと自体を違法と主張するものでないことは原告らの自陳するところであり、
また、本件支給がBの法二三二条の四第一項による支出命令とこれに基づく現実の
支給行為とに分析されることは先に説示したとおりであるところ、他にBが右支出
命令に基づく現実の支給行為にも関与したとの主張立証はないから、原告らの前記
主張は、結局Bの右支出命令の違法をいうものにほかならないと解せられる。
しかして、原告らは、本件支給につきBに故意又は過失があると主張する。右主張
に照らすと、原告らは本訴損害賠償請求権の実体法上の根拠を民法六〇九条の不法
行為に求めているものであることが明らかである。
ところが、一方、法二四三条の二第一項後段は、「次の各号に掲げる行為をする権
限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体
の規則で指定したものが故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為
をしたこと又は怠つたことにより普通地方公共団体に損害を与えたときも、また同
様とする。」と規定して、これによつて生じた損害を賠償しなければならないと
し、各号のうち、二号は、「第二百三十二条の四第一項の命令又は同条第二項の確
認」と規定する。そして、右二号所定の法二三二条の四第一項の命令をする者が、
普通地方公共団体の長であることは文理上疑問の余地がない。
してみると、法二四三条の二第一項の規定は、民法七〇九条の特別規定であると解
すべきで、同項所定の行為に関する限り一般法である民法七〇九条の規定の適用は
排除されると解するのが相当である。
もつとも、法二四三条の二第三項が、普通地方公共団体の長は、同条一項に基づく
請求権を賠償命令の形で行使するものと規定していることから、同条一項所定の職
員の中には、普通地方公共団体の長は含まれないとする見解もあり得るが、少なく
とも同条一項後段の規定の文言上、同項所定の職員の中から普通地方公共団体の長
を除外したものと解することはできないし、また、必ずしも、同条一項所定の行為
をした普通地方公共団体の長と同条三項所定の行為をする普通地方公共団体の長と
が同一人であるというわけでもないから、右の見解を採用することはできない。
したがつて、本訴請求において代位行使される実体法上の請求権の根拠は法二四三
条の二第一項後段であるというべきである。
なお、法二四三条の二第一項所定の損害賠償請求権は同条三項以下の規定に基づい
てのみ行使されるべきで、右規定に基づく手続を経ることなく、直接同条一項に基
づいて損害の賠償を訴求することはできないとの見解が考えられるが、同条三項以
下の規定による手続は、同条一項所定の損害賠償請求権を普通地方公共団体の判断
に基づいて簡易迅速に行使するための手続であると解すべきであつて、この手続が
あることから、直接同条一項に基づいて損害の賠償を訴求することが排除されたも
のと解すべきではないから、右の見解を採用することはできない。
六 Bの故意又は重過失について
1 原告らの主張する損害賠償請求権が法二四三条の二第一項後段に基づくもので
あること及びBの本件支給すなわち本件支出命令が違法であることは前記認定判示
したとおりであるところ、法二四三条の二第一項後段を適用するについては、本件
支出命令をするにつきBに故意又は重過失のあることが認められなければならな
い。
よつて、進んで以下、右故意又は重過失の存否につき検討を加えることとするが、
まず右検討に先立ち、本件支出命令の前提である本件規則付則六項の制定の経緯及
びその他同項に関連する諸般の事情につき考察してみることとする。
2 (一)いずれも成立に争いのない乙第四、第五、第八、第一一号証、いずれも
証人Fの証言により真正に成立したものと認められる乙第七、第九、第一〇、第一
二号証及び同証言によれば、次の事実が認められる。
(1) 昭和四七年五月、市職員の給与及び任用等について検討する機関として、
市の幹部職員を構成員とする鎌倉市職員給与制度研究委員会が発足し、以後随時、
同委員会は、市長の諮問を受けて、職員の給与等について答申することとなつた。
(2) 昭和五三年五月、当時のG市長は、鎌倉市職員給与制度研究委員会に対
し、特別職職員の退職手当の引下げについて、同年八月中旬ころまでに答申するよ
うに諮問した。
(3) 昭和五三年八月八日、右委員会は、右諮問に対する中問答申をした。
右中問答申は、当時の特別職の退職手当制度の問題点を指摘した上で、その対策と
して、(ア)一般職から特別職に選任された後に退職した場合に、一般職と特別職
の勤続期間を通算して退職手当を算定する当時の方式(以下「通算方式」とい
う。)をやめて、一般職退職時に退職手当を支給すること、(イ)右の場合に、六
〇歳未満の者のうち、一般職職員の在職期間が二〇年以上の者については、一般職
免職の日を旧規則二条に定める年齢とみなして、退職手当を支給すること、(ウ)
特別職職員の退職手当につき加給金は支給しないこと、(エ)特別職職員の退職手
当の算出基準を新たに定めること等の提案をした。
(4) 右中問答申に際して、当時のF市職員課長は、G市長に対し、右答申の内
容を説明し、同市長もこれをおおむね了承して、昭和五三年八月末に施行される市
長選挙後に、右答申を踏まえて条例・規則の改正を行うので、それまで答申を保管
しておくように命じた。
(5) 市長選挙の結果、G市長が落選に、Bが当選したので、右両者間で事務引
継ぎが行われ、Gは、その中で特別職の退職手当についてされた鎌倉市職員給与制
度研究委員会の中間答申に基づき、右退職手当の改定を九月の市議会に提案する予
定であることを説明し、Bもこれを了解して、F職員課長に右改定の準備をするよ
うに命じた。
(6) 市では、条例・規則の制定・改廃は、原局がその要旨を起案して決裁を得
た後、行政課に案を渡して、同課がこれを成文化して、市の幹部職員を構成員とす
る鎌倉市重要文書審査会に諮り、そこで審査を受けた後、再度、行政課が起案し、
市長の決裁を経て、市議会へ送付して提案するという手続が採られている。
(7) 昭和五三年九月八日、職員課は、「常勤特別職職員に係る退職手当制度の
整備について(伺い)」と題する前記中間答申を踏まえた要旨の伺い文書をBに提
出し、その決裁を受けた。右伺い文書は、職員課から行政課へ送付され、更に、同
年同月一二日に鎌倉市重要文書審査会で審査を受けた。右審査に基づき、行政課
は、旧特別職条例(甲第四号証参照。以下同じ)の一部を改正する条例案を起案し
て、昭和五三年九月一八日に、Bの決裁を受けた。
(8) 右条例案は、議案第二八号として九月定例市議会に送付され、審議の結
果、昭和五三年一〇月七日に可決されて、特別職条例(甲第三号証参照。以下同
し)が成立した。
(9) 通算方式を改め、加給金を廃止する等して特別職の退職手当の引下げを図
る特別職条例が成立したことに伴い、行政課は、既に昭和五三年九月二一日に鎌倉
市重要文書審査会の審査を経ていた旧規則の一部改正につき、同年一〇月九日、
「鎌倉市職員の退職手当優遇に関する規則の一部を改正する規則の制定について
(伺い)」と題する文書を起案し、市長の決裁を求めた。右文書の起案理由は、特
別職条例の成立により従前の特別職の退職手当が改められることに伴い、一般職か
ら特別職に選任されて一般職を退職する職員の退職手当の優遇措置の整備を図るこ
とにあり、改正の内容は、本件規則付則六、七項(免職の三月前までに退職願を提
出することを要しない趣旨)の付加改正である。Bは、同年同月一二日、右起案の
とおり決裁し、よつて、本件規則付則六、七項を含む同規則が成立した。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、証人F
は、旧特別職条例の改正に伴い本件規則付則六項が付加改正される旨を、同人が九
月の定例市議会の総務常任委員会で説明し、委員の了承を受けたと証言するが、成
立に争いのない甲第一一号証の三及び証人Hの証言に照らして、証人Fの右証言は
採用することができない。
(二) 前記認定判示したように、旧特別職条例の下では、特別職の退職手当は、
通算方式及び加給金を付加する方式が採られていたところ、旧規則(甲第五号証参
照。以下同じ)付則六項は、「一般職職員が第二条に定める年齢に達する日以前に
おいて、その職に引き続いて地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第一六一条第
二項若しくは同法第一五八条第二項に規定する職に選任され、又は地方教育行政の
組織及び運営に関する法律(昭和三一年法律第一六二号)第一六条第一項に規定す
る職に任命され、当該職を退職した場合は、当該退職の日をもつて第二条に定める
年齢とみなす。」と規定して、右所定の場合にも退職手当の優遇を認めることとし
ていた。右規定の当否はともかく、本件規則付則六項は、右旧規則付則六項に代わ
つて付加制定されたものである。
(三) 本件規則付則六項が本件条例五条の二第一項の委任の範囲を逸脱した違法
無効なものであることは、先に説示したとおりであるが、本件規則付則六項が意図
する一般職を退職して引き続き特別職に就任する場合に、一般職の退職手当に優遇
を認めることは、そのことの当否はともかく、これを条例で定めることは何ら差し
支えないものと解される(紫入Eも同様の意見を開陳する。)。実際に、前記認定
判示したように、藤沢市は、本件規則付則六項の制定以前、既に藤沢条例五条にお
いて、「二〇年以上勤続して一般職から常勤の本市特別職(公選による場合を除
く。)として就任する理由で退職した者」につき、退職手当の優遇を認めている。
3 Bが、本件規則付則六項の制定に当たり、同項が本件条例五条の二第一項の委
任の範囲内にあるか否かにつき十分な検討をせず、委任の範囲内にあるものとし
て、同項を制定したことは責められるべきであるが、前記認定判示した同項の制定
の経緯及びその他同項に関連する諸般の事情、すなわち、同項の制定は、Bの独断
専行によるものではなく、G前市長在任時において懸案の課題であつた特別職の退
職手当の引下げ問題につきなされた鎌倉市職員給与制度研究委員会の中間答申、こ
れを諒とした同市長のBへの事務引継ぎ、これらを踏まえてされたBの改正準備の
指示に基づき、通例の条例・規則の改正と同様の手続の履践の下になされたもので
あること、したがつて、Bを初めとして同項の制定に関与した市職員の誰一人とし
て同項が本件条例五条の二第一項の委任の範囲を逸脱することを怪しむ者がいなか
つたこと、旧規則の下においても、その付則六項で一般職から引き続き特別職に選
任された後に退職した者に対する退職手当については優遇措置を認めるものと規定
されていたこと及び右の退職手当の優遇を条例により規定することは法理上なんら
差し支えないものと解されること等に照らすと、Bが本件規則付則六項を制定する
ことが本件条例五条の二第一項の委任の範囲を逸脱していて違法であることにつ
き、故意又は重過失を認めることは困難であるといわなければならない。したがつ
て、同項を前提とするBの本件支出命令についてもまた、Bの故意又は重過失を認
めるには至らないものというべきである。
七 結論
以上説示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの
本失請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政
事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決す
る。
(裁判官 小川正澄 吉戒修一 須田啓之)
別表一~五(省略)

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弁護士 求人 採用
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激動の時代に
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応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
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従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

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◎事務所の名称は自由に選択可能
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