弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し,8675万2750円及びうち7975万2
750円に対する平成21年11月28日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,被告が行った下水道工事が原因で所有土地が地盤沈下し,
同土地上の所有建物に損傷が生じたとして,原告が,被告に対し,
国家賠償法1条1項に基づき,同建物の建替費用相当額の損害等合
計8675万2750円(内訳:地盤改良工事及び建物建替費用相
当額7975万2750円,弁護士費用700万円)及びうち79
75万2750円に対する訴状送達の日の翌日である平成21年
11月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求めた事案である。
2前提事実(当事者間に争いがないか又は弁論の全趣旨及び後掲の
証拠により容易に認定できる事実)
当事者等
ア原告は,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)
及び建物(以下「本件建物」といい,本件土地と併せて「本件
土地建物」という。)を所有している。
イAは原告の父であり,本件土地建物を以前所有していた者で
ある。なお,Aは,かつて建築業を営んでいたことがある(証
人A)。
本件土地建物の現況(甲3)
本件土地は,地盤の不同沈下が生じ(以下「本件地盤沈下」と
いう。),そのため本件建物には,その壁や梁に亀裂が生じるなど
の損傷が生じている。
事実経過の概略
アAは,昭和55年8月,株式会社B工務店に施工を請け負わ
せて,北方から南方に向かう斜面地の途中にある本件土地の前
面道路側を一部掘削して掘込車庫を築造し,あわせてその西隣
にコンクリート擁壁を設置して土を埋め戻すことにより本件
土地を宅地として造成して本件建物を建築し,同所で居住する
ようになった。
イ被告は,平成11年2月から平成12年5月にかけて,本件
土地の南側の道路に,マンホール設置工事を伴う下水道工事
(以下「本件下水道工事」という。)を施工し,その際,深さ
約3メートルの掘削工事を行った。
ウAは,本件建物での居住開始後,被告に対し,平成3年に
は,本件建物の裏庭から湧水が出ること,堀込車庫の床にク
ラックが発生したことについて,平成13年には,堀込車庫
とコンクリート擁壁とのつなぎ目にクラックが生じ,庭部分
が沈下したことなどについて,被告が本件土地の周辺で施工
した工事や本件下水道工事が関係すると考えて,苦情を申し
出た(なお,平成3年6月21日,Aが代表者を務める会社
が本件建物の所有権を取得したが,その後もAは本件建物に
居住し続けた。)。
平成16年9月23日,本件土地建物の所有権を子である
原告が取得した(甲2の1)が,その後も,Aは,平成17
年,平成18年には,本件地盤沈下に伴う本件建物及びその
附属施設の不具合,支障について,被告に苦情を申し出るこ
とを繰り返した。
そして,平成21年10月21日,原告が,本件地盤沈下
の原因は,上記イの本件下水道工事にあると主張して,被告
に対し損害賠償を求める本件訴訟を提起した。
3争点及びこれに関する当事者の主張
本件下水道工事が原因となって,本件地盤沈下が発生したか。
【原告の主張】
ア本件地盤沈下発生の機序
本件下水道工事が本件地盤沈下をもたらした機序は次のとお
りである。
本件土地を含む周辺土地は,土石流扇状地の土石流堆に位
置し,地盤表層部は土石流の本体部分を主としているため,
その地質は巨礫を多く含む砂礫質堆積物で構成されている。
そうしたところ,被告が,昭和63年5月,土石流災害の
防止措置として,本件土地の北側に水路(以下「本件水路」
という。)及びブロック塀を設置した(別紙1の「本件水路・
ブロック塀」と記載された箇所)が,その施工内容が,もと
もと存在していたL字型側溝の上に約50センチメートル
程度コンクリートを盛って当該L字型側溝を埋めた上で水
路を作り,その上にブロック塀を築造するというものであっ
たため,本件水路は,本件土地の地盤から約50センチメー
トルの高さに設置されることになった(甲3)。
そのため大雨のたびに山から流れてきた表流水(雨水)は,
本件水路によりせき止められるようにして溜まるようになり,
深いときは水深50センチメートルにも達する池(以下「本
件人工池」という。)ができるようになった(別紙2の「人工
池」と記載された箇所,甲3)。
そして本件人工池に溜まった水は一旦地下に浸透し,本件
建物の北側の庭に,地下水となって大量に湧出するようにな
った(別紙2の「人工池からの浸透」「湧水」と記載された
箇所)。
なお,上記の点について苦情を受けた被告は,昭和63年
7月頃,本件建物北側の庭の湧水の水抜きのために直径15
センチメートルの透水管を本件建物北側の庭の地下に埋設さ
せた(別紙2の「透水管」と記載された箇所)が,透水管は
地下約30ないし45センチメートルのところに埋設された
にすぎないため,透水管より下を透過する地下水は全く集水
できず,そのため,別紙3の「①下水工事前の地下水位」の
とおり,本件人工池に貯留した水は地下水となって透水管の
下を透過して本件建物の北側から地下に流入し続けた。
本件土地に以上のような地下水の問題が生じている状況
のなか,平成11年5月から本件下水道工事が行われたが,
被告は,本件下水道工事に伴う地盤の掘削の際に,掘削孔に
地下水が溜まるのを防ぐために,仮排水管等を用いて地下水
を排水した。その結果,本件土地南側の掘削孔付近の地下水
位は,それまでの地下3メートル程度(別紙3の「①下水工
事前の地下水位」)から,地下6メートル程度(別紙3の「②
下水工事後の地下水位」)より下まで一気に低下することと
なった。
そのため,本件人工池の水面から本件土地南側の掘削孔の
底面付近にかけての地下水位の勾配角度が大きくなり,地下
水流の速さも急に増加して,土壌成分が急激に流出し,その
結果,地盤内にパイプ状の水みちができた(パイピング現象
の発生)。そして,このように地盤の一部でパイピング現象が
発生すると,それと接する土中の動水勾配が増えて浸透力が
増大し,更にパイピング現象が進行し,本件地盤沈下が発生
した。
イ被告は,本件下水道工事に伴いパイピング現象が生じたとの
事実を否認し,本件地盤沈下が生じたのは,自然な地下水の流
れによるものではないかと主張する。
しかし,本件地盤沈下被害の訴えは,ある時点に集中し,時
間的にランダム発生の様相を示していないから,徐々に地盤沈
下が進行した可能性はなく,本件地盤沈下が生じたのは,自然
な地下水の流れによるものとは認められない。
ウまた被告は,本件地盤沈下が芸予地震や鳥取県西部地震など
の影響によるものと主張するが,本件土地の南側のコンクリー
ト擁壁にクラックが発生したのは,鳥取県西部地震の前の平成
12年4月であるし,また芸予地震については,詳細な被害調
査報告(乙11)がされたが,本件地盤沈下は地震被害として
報告されておらず,被告の主張は失当である。
【被告の主張】
ア本件下水道工事によりパイピング現象が発生し,本件地盤沈
下が生じたとの原告の主張は失当である。
原告は,本件水路が地盤から約50センチメートルの高さ
に設置された旨主張するが,そのような事実はないし,また
被告において,原告が主張するような本件人工池を確認した
ことはない。
仮にそのような本件人工池が存在するとしても,本件土地の
周辺の地形からして,それが本件水路を原因として形成される
とは考えにくい。
また,本件下水道工事における掘削孔の側面から地下水は
湧出しておらず,底面から染み出た地下水の量も僅かであり,
これにより掘削孔周辺地盤の地下水流の変化が引き起こされ
たとは考えられないから,本件下水道工事により急激な地下
水位の低下が発生するなどして,本件地盤沈下を引き起こし
た旨の原告の主張は失当である。
イ本件土地は,背後の山から続く谷筋の末端に位置し,その
谷筋の上流にはCが設置されていることから,過去において,
土砂や粒径の大きな岩石が谷筋を流れてきて,それらが堆積
した地層上にあるのではないかと推測される。そうすると,
このような土地に家を建てる場合,粒径の大きな岩石などは
取り除き,地盤の締固めを行うなどして宅地造成を行う必要
があるが,本件土地についてはそのような地盤改良はなされ
ていない。
そのため,その後の自然な地下水の流れにより,粒径の大
きな岩石の間の土砂が流出し,その結果,本件土地の地盤沈
下が生じたのではないかと考えられる。
また,平成13年頃から平成18年までの間に,鳥取県西
部地震や芸予地震などの大規模な地震や激しい降雨(1時間
に30ミリメートル以上)が発生しており(乙9ないし乙1
1),そのため,長年にわたる土砂の流出の
影響を受けていた不安定な地盤に対して衝撃が加わったこ
とが契機となって,空隙内に上部の土が落ち込み,粒径の大
きな岩石を中心とした骨格構造が圧縮変形することなどに
より地盤沈下が起こったとも十分考えられる。
被告の過失
【原告の主張】
ア昭和61年4月1日建設省経整発第22号「公共事業に係る
工事の施行に起因する地盤変動により生じた建物等の損害等
に係る事務処理要領の制定について」(甲24)の第2条(事
前の調査等)には,「公共事業に係る施設の規模,構造及び工
法並びに工事箇所の地盤の状況等から判断して,工事の施行に
よる地盤変動により建物等に損害等が生ずるおそれがあると
認められるときは,当該損害等に対する措置を迅速かつ的確に
行うため,工事の着手に先立ち,又は工事の施行中に起業地及
びその周辺地域において,次の各号に掲げる事項のうち必要と
認められるものについて調査を行うものとする。」として,「一
地形及び地質の状況」,「二地下水の状況」,「三過去の地盤
変動の発生の状況及びその原因」,「四地盤変動の原因となる
おそれのある他の工事等の有無及びその内容」,「五建物等の
配置及び現況」,「六その他必要な事項」の6項目が挙げられ
ている。
しかし,被告は,本件土地の地質条件等に加え,平成3年に
本件土地の石積みから湧水が出る等の苦情をAから受けて本
件水路の設置に関連して本件土地に地下水の問題が発生して
いることを認識していたから,本件下水道工事によって地下水
位低下による地盤沈下が発生する可能性があることは十分に
予見可能であったはずである。
そうであるのに,被告は,本件下水道工事に当たり,ガス管,
水道管等の地下埋設物の存否及びその位置を調査したにすぎ
ず,地形,地質の状況及び地下水の状況については一切調査し
ていない(乙20)。
イしかも,被告は,本件下水道工事の施工に当たっては,地下
水低下を招かないよう,グラウト工法,すなわち予め掘削予定
地の周辺にボーリング孔を何本か掘り,そこから薬液を注入し
て周辺の地盤を強化するとともに,地下水も浸透しにくくする
工法を採用して工事すべきであったが,これを採用せずに本件
下水道工事を施工している。
ウしたがって,被告は本件下水道工事の施工に当たり過失があ
ったというべきである。
【被告の主張】
アそもそも,原告が引用する国の通知は,本件下水道工事を含
む被告の公共事業に係る工事には適用されない。
イまた,下水道工事を施工するに当たり地盤に影響が及ばない
ように地盤改良を行うのは,試験掘りをして地下水位が高いこ
とや土質が悪いこと等を確認して必要性が認められた場合や,
土留め壁のたわみ及び引抜きによる影響範囲を算出する方法
(乙3)を用いて影響範囲を算定し,その範囲内に構造物等が
あることを確認した場合など,合理的な理由により必要性が認
められる場合に限られるが,本件下水道工事においては,試験
掘りをしても,そのような地盤改良などの特別な対策を採るべ
き理由は見当たらなかった。
したがって,被告は,本件下水道工事において,通常行われ
ている適切な工程を踏み,掘削孔の周辺に影響が生じないこと
を確認しているから,地盤沈下が起こることの予見可能性はな
く,結果回避義務違反もない。
ウまた,本件土地のような粒径の大きな岩石を多く含む地盤の
土地に,地盤改良を行うことなく建物等が建築されていること
は通常考えられないことであり,その点からも被告には本件土
地に地盤沈下が起こることについて予見可能性等はない。
以上より,本件下水道工事の施工において,被告に過失は認
められない。
原告の損害
【原告の主張】
本件地盤沈下に伴い,本件建物は傾き損傷が生じ,今後も傾き,
倒壊のおそれが十分に予想される。
そのため,原告には,本件建物を解体し,本件土地の地盤を強
固にした上で,同様な建物を築造するための費用7975万27
50万円の損害が生じている。また,本件訴訟の遂行を訴訟代理
人弁護士に委任したところ,本件訴訟の内容に鑑み,請求額の少
なくとも1割に相当する700万円が弁護士費用として認めら
れるべきである。
よって,原告には合計8675万2750円の損害が発生して
いる。
【被告の主張】
原告の損害額の主張は争う。
第3当裁判所の判断

たか)について
本件土地に不同沈下が発生し,そのため本件建物に損傷が生じ
告が施工した本件下水道工事が急激な地下水位の低下をもたらし
て本件人工池の水面と本件土地南側の本件下水道工事時の掘削孔
の底面付近にかけての地下水位の勾配角度が大きくなり,そのこ
とが地下水の流速を速めてパイピング現象を発生させ,ひいては
地盤沈下をもたらした旨主張する。
そこで,検討に当たり,本件下水道工事の概要,本件土地の状
況等,パイピング現象の知見について順に検討すると次のとおり
である。
本件下水道工事の概要について
証拠(乙17ないし乙20)によれば,本件下水道工事の概要
について以下の事実が認められる。
ア本件下水道工事は,本件土地の南角付近から南東方向に伸び
る市道(広島市道D区E号線)及び本件土地の南角付近から南
西方向に伸びる市道(広島市道D区E号線)に下水道管を敷設
するためにされた工事であり,施工順序は,本件土地の南角付
近から南東方向に伸びる市道の区域内の土地を,本件土地の南
角付近(北西方向)に向けて順次施工され,本件土地の南側の
丁字路の交差地点で南西方向に折れ,本件土地の南角付近から
南西方向に伸びる市道の区域内の土地を,本件土地の南角付近
から南西方向に向けて順次施工された。
施工期間
本件下水道工事のうち,本件土地の南東方向の施工区間であ
る「S-30」から「S-37」までの区間は平成11年10
月12日から平成12年5月11日までの期間で,本件土地の
南西方向の施工区間である「S-37」から「R-28」まで
の区間は平成12年5月12日から同月20日までの期間で
施工された。
施工場所及び施工延長
本件下水道工事の施工区間のうち,本件土地の南東方向の
施工区間である「S-30」から「S-37」までの区間の
場所は別紙4のとおりであり,その区間の延長は約280メ
ートルであり,本件土地の南西方向の施工区間である「S-
37」から「R-28」までの区間の延長は約38メートル
である。
工法
本件下水道工事の施工区間の土地に埋設する管きょの土被
り(地下に埋設する管きょの天端から地表面までの距離)は,
本件土地の南東方向の区間で最大2.41メートル,本件土
地の南西方向の区間で最大2.23メートルであり,工法と
して,開削工法が用いられた。
なお,開削工法とは,地表面より土留めと支保工を施しな
がら溝を掘削し,その中に下水道管(管きょ)を埋設する工
法であり,管きょの土被りが1.2メートル以上4メートル
未満という比較的浅い位置に管きょを埋設(敷設)する工事
において一般的に用いられている工法である。
作業内容
a作業サイクル及び作業手順
本件下水道工事においては,約10メートルの区間を1
サイクルとし,そのサイクルを繰り返して,全施工区間の
下水道管きょを敷設した。開削工法における1サイクルの
主な作業手順は次のとおりである。
【作業手順】
①山留め掘削面から土砂の崩壊を防ぐために機械に
より矢板(鋼製の板)を地中に打ち込む。
②掘削機械により矢板の内側の地盤を掘削する。掘削
により排出した土砂は一旦搬出する。
③山留め,掘削の完了山留めと掘削により,下水管を
敷設する場所と作業スペースを確保する。
④基礎作り下水管の安定と不等沈下防止のため,下水
管を敷設する場所に砂や砕石等を敷き詰め,基礎を作る。
⑤管敷設基礎の上に下水管を据え付け,下水管の高さ
や線形を調整する。
⑥埋戻し地盤の強さを確保するため,土の締固めを行
いながら,掘削時に搬出した土で地盤を埋め戻して,
元の状態に復旧する。
⑦山留め撤去埋戻し終了後,機械により矢板を引き抜
く。
b作業時間及び作業手順の詳細
本件下水道工事における1日の作業時間は,午前9時から
午後5時までであり,この間に前記aの作業手順のうち,施
工可能なところまでを行った。
そして,本件下水道工事は,施工場所が市道区域内である
ことから,夜間の交通解放や安全確保のため,掘削箇所は毎
日埋め戻し,翌日に,前日に埋め戻した場所を再度掘削し,
前日からの作業の続きを行った。
ただし,1日の作業開始時には再掘削など実作業のための
準備があり,また,1日の作業終了時には埋戻しなどの片付
けがあった。よって,その作業にそれぞれ1時間程度の時間
を必要としたことから,午前9時から午後5時までのうち実
質的な作業時間は6時間程度であった。
c日進量(1日当たりの施工延長)
本件下水道工事の日進量は,本件土地の南東方向の直近区
間である「S-34」から「S-37」までの区間の延長約
71メートルにおける日進量の実績は,約2.1メートルで
あった。また,本件土地の南西方向の「S-37」から「R
-28」までの区間の延長約38メートルにおける日進量の
実績は,約4.8メートルであった。
すなわち,各区間において,平均して1日に約2.1メー
トル又は約4.8メートルずつ,掘削と埋戻しを繰り返しな
がら作業が行われた。
イ試験掘り
本件下水道工事の施工に当たっては,事前に施工場所の地下
埋設物の埋設位置,地盤の土質,地下水の状況等を確認するた
めに,全施工区間において,次のとおりの試験掘りが行われた。
実施期間
平成11年5月7日から同月15日まで
実施場所
別紙5及び別紙6の試掘No.36からNo.47までの
12か所
実施方法
施工場所における既設の地下埋設物を台帳等で事前に確認
した上で,その地下埋設物が確認できる深さまで,道路区域
内を掘削し,地下埋設物の正確な位置や深さを目視で確認し
た。
なお,試験掘りの深さは最大で約1.0メートルであった。
実施結果
試験掘りを実施した12か所全てにおいて,地盤に地下水
が多くある,地盤の土質が緩いなど何らかの対策を検討する
必要がある旨の報告はなかった(乙18)。
ウ本件土地の南に位置する「S-37」地点では,深いところ
で作業員の脛あたりまで水が溜まっており(乙2),「S-30」
から「S-37」までの区間では,深いところで,作業員の膝
のあたりまで水が溜まっている(甲9の1ないし5,乙5,乙
17)。
本件土地の状況等について
前提事実,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件土地
の状況等について以下の事実が認められる。
ア本件土地付近の状況
本件土地が所在する地域は,北西部にあるF山を中心とする
北東から南西方向に延びる峯線と,同じく北東から南西方向に
流下するG川とに挟まれている(甲11)。
本件土地付近の土地は,土石流扇状地の土石流堆(山地から
土石流(大小の岩石,土粒子と水が混然一体となったもの)が
流れ下って,それが堆積して扇状地の小型のような地形をつく
っているものであり,透水性が高い。)に位置し,地盤表層部は
土石流の本体部分を主としているため,巨礫を多く含む砂礫質
堆積物で構成されている(証人H,乙6)。
本件建物が建築される以前の本件土地は,現在の堀込車庫が
建築されている南側の道路に面している部分に高さ1メートル
50センチほどの石積みによる土留めがしてあり,その上は斜
面地に連なる地山であった。
イ本件建物建築及び建築後の事実経過(証人A,甲30)
Aは,株式会社B工務店に請け負わせて本件土地の宅地造
成をして昭和55年8月に本件建物を建築したが(甲2の1
及び2,甲26),まず宅地造成については,本件土地の南
側の道路沿いの部分を掘削してその道路に面する幅で7割
程度の部分を掘込車庫として築造し,その西側の残り3割の
部分に掘込車庫とは別構造でコンクリート擁壁を築き,現在
の本件土地の地盤高まで埋め戻して平坦な地盤面の宅地と
した(なお,同車庫の床面直下には地下水を流出する水路が
予め設置されていた。)。
そして,本件土地上に本件建物が建築されたが,本件建物
は,その南側の一部が堀込車庫上に配置され,その余の大部
分はそれ以外の地盤上に配置されるという異なる地盤上に
配置されるものであった。なお,Aは,その施工の際,自ら
の建築業の知識経験に基づいて,本件建物の施工について株
式会社B工務店に技術的指導をし(甲26),例えば,布基
礎である本件建物の基礎に用いる配筋には,地盤の不同沈下
対策のためとして,通常の木造建築の布基礎に使うものより
も特別に太い鉄筋(SD-22)を使用させるなどした(甲
32)。
当初から,
その底面から水が少し染み出ている状態であり,また車庫底
面に設置された排水路には常時地下水が流れている状態であ
った。
昭和59年から同60年頃,本件土地の背後にある山の谷
筋からの土石流による災害が発生した後,山側からの雨水等
の表流水が里道を伝って山裾の方に流れ込むようになった。
そのため,原告方の周辺に居住する住民らは,被告に対して,
対策を講じるよう要望し,これを受けた被告は,この表流水を
排除するためとして,昭和63年5月,本件土地の北側に水路
(本件水路,別紙1の「本件水路・ブロック塀」と記載された
箇所)を設置した。
被告は,平成3年頃,Aから,本件土地の裏庭部分で湧水が
出ること,掘込車庫の床面にクラックが生じたとの苦情の申
出を受けた。そこで被告は,裏庭部分の湧水を排水するため
に透水管を設置した(乙2)。また,併せてその水を排水する
経路として本件建物東側の土地中にコンクリート桝も設置し
た(甲3)。
被告は,平成11年2月から平成12年5月にかけて,本件
土地の南側の道路に,上記のとおりの本件下水道工事を施
工した。
平成12年10月6日,鳥取県米子市を震源地とする鳥取県
西部地震が発生し,広島市I区J観測地においても震度4を
記録した。
その後,Aから被告に対し,本件下水道工事の結果,堀込車
庫とその横のコンクリート擁壁とのつなぎ目にクラックが生
じたとの苦情があった。上記苦情の連絡を受けた本件下水道工
事を担当したK株式会社は,掘込車庫とコンクリート擁壁をH
鋼のアングルで連結しコンクリート擁壁を補強する工事(甲1
9の1及び2,乙13)を平成13年7月頃に無償で実施した
(原告は,コンクリート擁壁の上記クラックは,平成12年4
月までに発生していたと主張するが,甲12の添付資料に矛盾
し採用できない。)。
また,平成13年3月24日,瀬戸内海を震源地とする芸予
地震が発生し,広島市I区J観測地においても震度5強を記録
した。
平成17年頃,本件建物の北面に設置している温水器が傾い
てパイプが損傷し,平成18年3月には,上記で設置したコ
ンクリート桝も破損しているのが発見された。
さらに,平成18年8月には,本件建物の北西裏面に設置さ
れている井戸の揚水用パイプが損傷した。
パイピング現象の知見について
証拠(甲3,甲12,証人H)によれば,パイピング現象(地
盤工学では,部分的パイピング又は吸い出し現象ともいわれる。)
とは,浸透水によって土粒子が流出し,地盤内にパイプ状の孔や
水みちができる現象をいい,同現象及び同現象から地盤沈下に至
る機序をより詳細に説明すると以下のとおりと認められる。
ア一般に地盤を構成する土は,様々な大きさの土の鉱物粒子か
ら成り立っているが,その中を水が流れる場合に,一般に細か
い粒ほど水によって流されやすいという性質がある。
細かい粒子であっても他の粒子によって力学的に支えられ
たり,あるいは粒子間の色々な力でほかの粒子と力学的に結び
つけられていたりして,必ずしも容易に侵食されることがない
場合もあるが,粒子間の力が比較的小さいものについては,地
下水位の高い地盤中からの強制的な揚水,切取斜面などからの
湧水による侵食,貯水構造物によって生じた水頭差による水の
浸出,侵食により地下水の浸透力が増加することによって,細
かい粒子が水流によって運ばれ侵食される,あるいは失われる
という現象が生じ得る。
イそして地下水の浸透力が増加することによって,細かい粒子
が水流によって運ばれ侵食され,あるいは失われるという現象
が生じた結果,最も細かい粒子から選択的に失われると,土中
の空隙が増えて,地下水が少し流れやすくなって流速が大きく
なり,それによって侵食限界が上がって,より大きな粒まで侵
食されるようになり,これが際限なく繰り返されると,最終的
には非常に大きな粒子まで侵食されて,地下に大きな空洞が生
じ,その結果として力学的に不安定となって地盤全体が崩壊す
るということが起き得る。
ウしかし,多くの自然状態ではそこまで至らずに,地下水の流
路の拡大の状況でとどまるが,その場合に,緩い状態の砂であ
れば,その部分が部分的に不安定になって地盤が沈下すること
がある。
以上に基づき検討するに,原告は,本件下水道工事がパイピン
グ現象の原因となる地下水位の急激な低下をもたらした点につい
て,本件下水道工事に伴う掘削孔からの排水によって,掘削孔周
辺の地下水位が3メートル程度急激に低下したと主張する。
しかし,本件土地南側の掘削孔からの排水量を正確に示す証
拠は存在しないものの,,ウによれば,試験掘りの
際に地下水は湧出しなかったこと,本件土地南側の掘削孔であ
る「S-37」地点の掘削孔には,深いところでも作業員の脛
のあたりまでしか湧出した水が溜まっていないこと,及び,同
掘削孔の側面から水が湧出していないことが認められる。また
原告は,掘削穴に仮排水管等が用いられていたように主張する
が,そのような事実を認めるに足りる証拠はない(なお,原告
提出のL作成に係る意見書(甲3)は,仮排水管が設置されて
いることを前提に検討し,また証人H作成に係る複数の意見書
類(甲10ないし甲12,甲15,甲20,甲23)もそのこ
とを前提に検討していると思われるが,その点は証拠に基づく
ものでもないし,またそもそも下水管設置工事途中の地中に,
そのような設備が仮に設置できるとも考え難い。)。
したがって,本件下水道工事に伴い,地下水位の急激な低下
をもたらすような掘削孔からの地下水の排水があったという原
告主張の前提となる事実は認められない。
イなお,原告は,本件下水道工事が本件土地から南東に延びる
道路の下方から行われてきたために,「S-37」地点に至った
ときには,同地点付近の地下水がほとんど排水されていた可能
性があり,そのため同地点の掘削孔からの地下水の湧出量が少
なかったと主張する。
しかし,「S-30」地点から「S-35」地点における掘削
孔の写真(乙2,乙5)を見ても,地下水が大量に湧出してい
るところは見当たらない。また,仮に原告が主張するとおり,
斜面の下方で排水することにより斜面の上方の地下水位が低下
するとすれば,斜面の上方の掘削孔ではほとんど地下水が湧出
しないはずであるが,「S-37」地点の直前の掘削地点である
「S-35」地点の掘削孔では,作業員の膝まで水が湧出して
おり,原告の主張とは整合しないものとなっている。
したがって,原告の主張は本件下水道工事の実施結果と整合
しないから,原告の主張は採用できない。
また,cに認められる本件下水道工事の
日進量からすると,掘削された状態が同一箇所で何日も続いたと
は認められないし,また同bによれば,住宅地の道路で行われた
本件下水道工事は,安全確保のため,毎日,矢板を外して埋戻し
をしており,一日の大半は,地下水脈に影響を及ぼすものは埋設
されていなかったと認められるから,本件下水道工事が地下水脈
に与える影響があるとしても,それが周辺に地盤沈下の影響を与
えるような大きなものであったとはおよそ考えられない。
以上によれば,地盤を地下3メートル掘削するという本件下水
道工事が,本件土地の地下水の流れに与えた一時的な影響は極め
て限定的なものであったということができ,それよりも本件土地
は,Aが居住開始時から地下水に悩まされ続けてきたことから明
らかなように,もともと地下水によって長期的に影響を受け続け
てきた土地であるから,本件下水道工事が原因となって本件土地
に地盤沈下をもたらしたと認定することには極めて疑問が残ると
いわなければならない。
なお,そもそも訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許さ
れない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合
考慮し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しう
る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑
いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであること
を必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和50年
10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁)。
そうすると,本件下水道工事により本件地盤沈下が引き起こさ
れたと証明するためには,パイピング現象による地盤沈下の機序
についての詳細な主張立証までは不要であって,本件下水道工事
が本件地盤沈下を招く原因になったといえるかについて,本件下
水道工事が地盤沈下という結果発生を招来した関係を是認しうる
高度の蓋然性が証明され,その証明について通常人が疑いを差し
挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであれば足りるもの
といえる。
しかし,そのような観点から本件をみても,本件下水道工事中,
あるいはその終了直後に,本件下水道工事が原因となって地盤沈
下が引き起こされたことを認めさせるに足りる決定的な出来事が
あったとは認められないし(なお,証拠(甲12)によれば,原
告が本件下水道工事の影響であると指摘する掘込車庫とコンクリ
ート擁壁とのつなぎ目のクラックは,Aの当初の認識によっても,
鳥取県西部地震の後に発生したと認められるから,同クラックは
同地震の影響によるものと認定するのが自然であって,これを本
件下水道工事により急激に生じた地盤沈下の徴表とは認められな
い。),そもそも,本件下水道工事は,毎日,掘削孔の埋戻しをし
て少しずつ場所を移動しながら進められたものであったというの
であり,その間の地下水の湧出量もさほど多いものではなかった
というのであるから,本件下水道工事が,地下水の水脈や地下水
位に決定的な影響を与えたとも認められない。
むしろ,本件においては,本件土地が土石流堆に位置し,地盤
表層部は土石流の本体部分を主としており,巨礫を多く含む砂礫
質堆積物で構成されているという不安定な地盤である上に,昔か
ら地下水の湧出が多かった場所であることから,もともと地盤は
不同沈下するおそれが高かったと推認され,そのことはA自身が
本件建物の基礎に特別な太さ(強度)の鉄筋を用いるなどの対策を
講じていたことからもうかがえるところである。そして,地下水
脈の進行方向を遮断する形で設置されている堀込車庫には,築造
当初よりその底面から水がしみ出していたというのであるから,
特別な地盤改良を施していない本件土地は,早晩,地盤沈下を起
こす蓋然性が高かったと考えられる上,本件土地の地盤沈下等が
問題になる最中に広島地方では珍しい強い地震を二度も経験した
というのであるから,これらの要因が長期的に重なって本件地盤
沈下が発生したと考えるのがより合理的であって,これを反対か
らいえば,本件下水道工事が原因となって本件土地の地盤沈下を
もたらしたという関係を是認しうる高度の蓋然性が証明されたと
はおよそいえないということになる。
以上のとおり,本件下水道工事が原因となって本件地盤沈下を
生じたとは認められないから,原告の請求は,その余の点につき
判断するまでもなく理由がない。
3結論
よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき
民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官森崎英二
裁判官山口格之
裁判官土山雅史

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