弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年6月に処する。
未決勾留日数中270日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は学校法人A理事長としてその業務全般を統括し同Aの資産を適切に保管
管理するなどの業務に従事していたものであるが,不動産の管理等を行う株式会社
B及び株式会社Cの各代表取締役を務めていたD,不動産の仲介業等を行う株式会
社Eの代表取締役を務めていたF,前記E顧問の肩書きで活動していたG,不動産
の売買等を行う株式会社Hの代表取締役を務めていたI,不動産の売買等を行う株
式会社Jの代表取締役を務めていたK及び経営コンサルタント事業等を行う株式会
社Lの代表取締役を務めていたMらと共謀の上,平成29年7月6日頃,同A所有
の大阪市(住所省略)の一部ほか7筆等の土地(計7287.21㎡)につき,同
Aを売主,前記Cを買主,売買代金を31億9635万1000円とする売買契約
を締結し,同月6日,前記Cから株式会社N銀行O支店に開設された同A名義の普
通預金口座に,前記契約の手付金として21億円の振込入金を受け,これを被告人
が同Aのために業務上預かり保管中,その頃,大阪府泉南郡(住所省略)同支店ほ
か1か所において,被告人らの用途に充てる目的で,前記21億円を,同口座から
株式会社P銀行Q支店に開設された前記E名義の普通預金口座に,同口座から同銀
行R支店に開設された前記L名義の普通預金口座に,同口座から同銀行S支店に開
設された前記B名義の普通預金口座に,順次,振込送金し,もって横領した。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
1本件は,T大学及びU高等学校から成る学校法人A(以下「被害法人」という。)
の経営権取得を企てた被告人が,共犯者らと共謀の上,被害法人の理事長に就任
後,被害法人の高校の約半分の敷地(以下「本件土地」という。)を売却して得た
巨額の手付金相当額を自身の借入金の弁済等に充てて横領した事案である。
2本件の被害金額は21億円に上っており,業務上横領の事案において最も高額
な部類に属する。のみならず,本件土地は高校の敷地であり,立地面からしても
学校経営にとって重要な財産といえるところ,その土地が売り払われた上,売却
代金の約3分の2に相当する額が横領された点で,経営難にあった被害法人の経
営を一層困難な状態に陥らせかねないものであった。このように,本件の結果は
非常に重大といえる。
3犯行の経緯や態様,被告人の役割についてをみると,被害法人の経営権を取得
したいがその資金のない被告人と,莫大な利益が見込めるマンション建設用地と
して本件土地を取得したい共犯者K,Iら,これらを実現させて多額の仲介手数
料などの利益を取得したい共犯者G,D,Fらの利害が一致した結果,被告人ら
が,被告人に被害法人の経営権を取得させることによって被害法人に本件土地を
売却させ,その土地をKの会社に取得させる一方で,それらの費用を被害法人の
資産から回収しようとしたものである。すなわち,かねてより学校法人の経営権
を取得したいと考えていた被告人は,被害法人の買収資金18億円の金主を数か
月間探したが,無担保で応じてくれる者はいなかった。そこで,被害法人の学校
の敷地の資産価値に着目し,「金主から借り入れた買収資金で被害法人の経営権を
取得した後,その土地を売却し,被害法人が得る手付金で,金主からの借入金を
返済する。」という本件犯行の中核となる枠組みを考え出した。そして,被告人は,
平成27年12月以降,G,I,Dらに前記枠組みを説明して金主探しを依頼し
た結果,Kが金主となってDの会社を介して被告人個人に18億円を貸し付ける
ことになった。被告人は,その借入金を用いて,平成28年4月,被告人自身や
その関係者らが理事等に就任するなどして,実質的に被害法人の経営権を取得し,
平成29年6月には被告人が被害法人の理事長に就任した。一方,被告人らは,
前記枠組みを具体化し,最終的に,被害法人が,Dの別の会社を介する形で,K
の会社に本件土地を売却し,その手付金21億円から手数料等を差し引いた約1
8億円につき,同じ日のうちに複数の会社を経由させてKに返済することを決め,
平成29年7月に本件犯行を実行した。このように,本件犯行は,被告人らがそ
れぞれの思惑を実現すべく,自身らで負担すべき費用を専ら被害法人に負担させ
るために仕組まれたものであって,計画的で悪質といえる。加えて,本件土地の
売却や手付金の交付先について,新校舎の建築費用の確保などともっともらしい
理由をつけた上,預り証等の実態を伴わない書類も作成するなどして体裁を整え,
Kに至るまでに複数の会社等を経由させて犯行の発覚を防ごうとするなど,犯行
態様も巧妙である。
このような犯行において,被告人自身は,本件犯行の1年半以上も前から,自
身の個人としての債務を被害法人の資産で弁済することを前提とする前記枠組み
への関与を共犯者らに熱心に働き掛けただけでなく,被害法人の旧経営陣に対し,
虚偽の残高証明書を提示して買収資金があるように装うなど,手段を選ばぬやり
方で経営権の取得を実現させた。その後も,被告人は,理事会において,Dと共
に,本件土地を売却する理由等について虚偽の説明をして,売却に関する決議を
取り付けるなどした上,最終的には理事長として本件犯行を遂行した。このよう
に,本件犯行において被告人が果たした役割は非常に重大といえる。
4また,被告人は,被害法人の経営権を獲得するという自己の欲求を満たすため
に負った18億円の借入金を本件犯行によって帳消しにすることにより,共犯者
等に渡った金や被害法人への寄付金相当額を除いても,少なくとも10億円は実
質的に取得したと認められ,他の共犯者と比較しても,得た利益は大きいといえ
る。
5さらに,犯行動機についてみると,被告人は,かねてより学校法人の運営に関
与すべく活動していたが,相手方にいいように利用されるばかりで,短期間で解
任されるなど失敗を繰り返していた。そうした中で,自己のノウハウを生かして
学校法人を立て直して自分の力を認められたい,それにより娘をはじめ親類との
関係を修復したい,学校法人の買収を試みる過程で連れてきていた留学生の入学
先等を確保したいなどの思いから,どこでもよいから学校法人の経営権を取得し,
理想の経営をしたいとの意を強くした。そして,経営権を買収可能であった被害
法人に目をつけ,上記のように主に個人的な欲求を充たすことを動機として犯行
に及んだものであり,犯行動機に酌量の余地はない。
6以上によれば,被告人は,前記の犯行の枠組みを立案し,強固な犯意に基づい
て積極的に犯行を推進し,多額の利益を得たといえるから,本件犯行の主犯とい
うべきであり,他の共犯者らと比べても厳しい非難を免れない。
この点,弁護人は,本件犯行が倒産に向かっていた被害法人を正常な運営に取
り戻すための方法であったという点を酌むべきである旨主張し,被告人自身も被
害法人の救世主のつもりだったなどと述べる。しかし,被告人が経営権を取得し
たのは,被害法人側からの依頼に基づくものでも,法的な根拠に基づくものでも
なく,前記のとおり,学校法人を経営し自分の力を認められたいという個人的な
欲求を満たすためだったといわざるを得ないから,そのために被害法人の財産を
使うことが許されないのは当然であって,弁護人の主張は採用できない。
そうすると,被告人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。
7もっとも,一方で,被告人が本件犯行後に被害法人の経営・教育改革に尽力し,
被害法人の学生数を増加させ,他大学との提携を進めるなどして一定の成果を上
げたことは,被告人のために相応に評価すべきである。その他にも,被告人が本
件犯行を認め,事件を解明するための捜査に協力し,反省の弁を述べていること,
被告人がKから借り入れた前記18億円のうち5億円は,寄付金として被害法人
のために使われていること,被告人に前科がないこと,Kが被害法人に21億円
を支払い,被害法人がこれを原資として前記売買契約を合意解除したことで,本
件犯行による財産的被害が事後的に回復されていること等,被告人にとって酌む
べき事情も認められる。
そこで,これらの事情も併せ考慮し,主文の刑に処するのが相当であると判断
した。
(求刑-懲役7年)
令和3年1月25日
大阪地方裁判所第14刑事部
裁判長裁判官坂口裕俊
裁判官湯川亮
裁判官重田裕之

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