弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人渡辺喜八作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれ
を引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
 控訴趣意第一点について。
 所論は、本件事案の対象であるA一台は専業農家である被告人にとり欠くことの
できない農具で差押禁止物件に該るので、これに対してなされた国府川左岸土地改
良区(以下改良区という。)の差押は絶対的無効であるから、被告人が判示のよう
に無断でこれを持ち帰つたとしても、窃盗罪を構成せず無罪であるに拘らず、原判
決が有罪の認定をしたのは法令の適用を誤つたものであると主張する。
 よつて按ずるに、本件記録、原判決挙示の各証拠及び当審における事実取調の結
果に徴すれば、原判示のような経緯によつて改良区組合員である被告人に対する賦
課金の滞納処分として所定の手続を経て被告人所有の本件A(これは被告人が代金
二五万円で買い入れたものであるから、その所有名義を長男BのものとしてC町長
に届け出てあつたとしても、その実質的所有権は依然として被告人に帰属していた
ものであるという原判決の認定は一概にこれを不合理なものと断じ去るわけにはい
かない。)を差押え、これを原判示の改良区事務所内製図室に保管していたことが
認められる。
 ところで、国税徴収法(以下税法という。)第七五条第一項によれば同項第三号
所掲の「主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具
は差押えることができない」と規定されており、国税徴収法基本通達抜萃抄本、昭
和三八年九月一一日付新潟地方検察庁相川支部検事宛国税庁徴収部徴収課長作成の
回答書の各記載と原審証人D、同E、同FことFの証言により認められる国税庁の
基本通達に基づく右条項の解釈としては、「主として自己の労力により農業を営む
者」とは生計を一にする親族以外の他人の労力または物的設備に殆んど依存するこ
となく農業により生計を維持しているいわゆる専業農家を指し、「農業に欠くこと
ができない器具」とは滞納者及びその者と生計を一にする親族が農業を行らため必
要最低限の器具(例えば鋤、鍬の類)の趣旨であるとされており、従つて税務当局
としては、耕耘機のよらな機械類は右条項にいわゆる一般の差押禁止財産に該当し
ないとの見解の下に事を処理していることが窺われる。もとより法令の解釈及び適
用は裁判所の責任においてなすべきことであり、徒らに行政機関の取扱実例にとら
われるべきでないことはいうまでもない。そして右弁護人主張の如き解釈を支持す
るものとして、原審証人Gの証言、特に当審証人Hの証言及びI鑑定人作成の鑑定
書の記載はまことに傾聴すべき点を多く含んでいるものと思われる。しかしなが
ら、仮に右見解を採るにしても、本件差押は違法かつ無効なものであるというに止
まり、差押行為そのものが存在しなかつたと同様であると解することはできない。
他方また、本件耕耘機が税法第七五条第一項第三号の器具のうちに含まれないとす
る見解をとるにしても、それが同法第七八条第一項第一号所掲の条件附差押禁止財
産に該当することは明らかであるから、本件の如く滞納者たる被告人所有の原判示
畑一反五歩(時価約二〇万円乃至三〇万円相当)という本件滞納賦課金等合計四
九、一二〇円の全額を徴収するに足る適当な財産がすでに差押物件として提供され
ているにもかかわらず、滞納者たる被告人の意思に反してなされた右耕耘機に対す
る差押処分はやはり違法かつ無効のものとして取消さるべきものと解するほかはな
い(もつとも右畑に対する差押えについては、本件耕耘機差押手続終了後、同日付
をもつて差押登記の抹消登記手続のなされていることが認められるが、それだから
といつて右耕耘機差押えの違法が治癒されるものということはてきない。)すなわ
ち、叙上いずれの見解をとるにしても本件Aに対する差押処分を違法かつ無効のも
のと解すべき点においては彼此その結論を異にするものではない。(ちなみに、相
川検察審査会議決書謄本によれば当初相川区検察庁においては耕耘機が税法第七五
条にいわゆる一般の差押禁止財産に該当するとの見解の下に起訴猶予処分に付した
もののように解せられる。)従つて、本件Aの差押えが違法かつ無効であると主張
する限度において論旨は理由があるといわなければならない。
 <要旨>しかしながら、前述のとおり本件Aの差押えが違法かつ無効なものである
といつても、無効な差押行為は不成立な行為と異り、執行法上ある程度の存
在意義を有し、また、刑法上の保護も認められなければならない。したがつて被告
人が長男Bと共謀のうえ、原判示改良区理事長Jの事実上の占有管理内にある右耕
耘機をその意に反して運び去つた所為はやはり窃盗罪の構成要件に該当するものと
解すべきである(最高裁判所昭和三四年八月二八日言渡判決《集一三巻一〇号二九
〇六頁以下》及び同昭和三五年四月二六日言渡判決《集一四巻六号七四八頁以下》
各参照)。
 控訴趣意第二点について。
 所論は被告人の行為は違法性を阻却し罪とならないと主張する。
 よつて、本件記録、原判決挙示の各証拠、当審における事実取調の結果に徴すれ
ば、被告人はさきに新潟地方裁判所相川支部に対して申し立てた賦課金免除等請求
事件の調停手続が昭和三六年一月三〇日不調に終るや、「俺は差押された耕耘機は
生活に欠くことのできないものであるから取返すつもりだ。」と公言し、自力をも
つて本件Aを奪回することを仄かしていたこと及びその後被告人が前記Bと共謀の
うえ、原判示日時頃原判示事務所に立ち入り管理者の説得に耳を籍さず、内部から
釘付けのガラス戸を無理にはずして外側の雨戸二本をこじ開け、本件Aを県道へ運
び出して持ち去つたことをそれぞれ認めることができる。
 所論は、本件差押は本来差押禁止物件でかつ二重差押の違法無効なものであり、
更に被告人及びBにおいてもその無効を固く信じ、本件耕耘機を取り戻すことはな
んら犯罪にならぬと信じて本件所為に及んだものであるから、被告人は全く窃盗の
犯意を欠くもので、外面上は一応窃盗罪の構成要件を具備するとしても、正当な自
救行為としてその違法性を阻却するものとして無罪であると主張する。
 しかしながら、被告人の本件行為がその犯意の点をも含めて窃盗罪の構成要件に
該当することは先に説明したとおりであつて、所論前半はいわゆる法律の錯誤を主
張するに帰してその理由なく、
 なお、所論は被告人は昭和三六年一月三〇日調停不調の帰途真野巡査駐在所のK
巡査に尋ねた結果本件差押は無効であるから差押えられた耕耘機を実力で取り戻し
てもさしつかえないものと確信した旨指摘しているが、原審証人Kの証言によれば
被告人から差押えになつた耕耘機は伜の物だが持つて来てもよいかと尋ねられたの
で差押は根拠がなければならない筈だし警察として刑事事件でも起きなければ介入
すべきでないと思つたので確答しなかつたことが認められるので右論旨は採用する
ことができない。また、被告人において本件差押が違法または無効であるという理
由によつて耕耘機を取り戻すためには、須らく所轄行政庁に対する再調査の請求、
審査の請求等の方法により法律上の救済を求めるべき筋合のものであつて、このよ
うな合法的措置をとることによつて時期を失し、権利の実現が事実上不能または著
しく困難となるような特別の事情の存在も記録上窺われない本件において、被告人
が前示のような手段方法によつてほしいままにAを取り戻した行為は緊急性及び手
段の相当性という自救行為の要件を欠くものであるといわなければならない。した
がつて、被告人の本件行為が現行法上許された自救行為であつて、違法性を阻却す
るものであるという所論後半もまたその理由がない。これを要するに、被告人の所
為はまさに刑法第二四二条所定の窃盗罪に該当するものというべく(原判決には法
令の適用として刑法第二三五条第六〇条を掲げ右同法第二四二条の適用を遺脱して
いるが、右誤は判決に影響を及ぼすことの明らかなものとはいえない。)、結局原
判決に法令適用の誤ないし事実誤認の廉はないことに帰着する。
 (裁判長判事 樋口勝 判事 小川泉 判事 金末和雄)

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