弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における未決勾留日数中九〇日を本刑に算入する。
         理    由
 被告人本人および弁護人高木輝雄連名の上告趣意第一の(B)について。
 原審が、原審公判調書の正確性についての異議申立につき何らの措置もとつてい
ない旨の主張を前提として違憲をいう点は、記録上、原審が適法に異議申立調書を
作成していることが明らかであるから、前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
 次に、第一審裁判所の公判調書の記載に対する異議申立期間内に被告人から公判
調書閲覧願が提出されたのに、第一審裁判所が公判調書を被告人に閲覧させる措置
をとらなかつたため、被告人の、公判調書の正確性についての異議申立権の行使が
妨げられた旨の主張を前提として憲法三一条違反をいう点について判断する。
 第一審裁判所の公判調書の記載の正確性に対する異議申立期間内に、当時、弁護
人がなく、かつ、勾留中であつた被告人から公判調書閲覧願が第一審裁判所に提出
されたのに、同裁判所が公判調書を被告人に閲覧させる措置をとらなかつたため、
第一審公判調書の記載の正確性につき異議の申立をする機会が被告人に与えられな
かつたことは、記録上明らかである。
 右の異議申立をする機会が被告人に与えられていない状況のもとにおいては、第
一審公判調書の記載の正確性についての異議申立の対象事項およびその趣旨内容は
知るによしないわけであるが、もし異議申立権行使の機会が与えられていたならば、
異議申立事項の如何によつては、第一審公判調書の全部または一部の記載が刑訴法
五二条の排他的証明力を失い、かつ、異議申立書および異議申立調書が、訴訟記録
の一部をなし、ために、被告人および原審弁護人は、異議申立の趣旨内容にしたが
い、原審で提出した控訴趣意と異なつた控訴趣意を原審に提出することができたか
もしれない。
 したがつて、原審は、第一審裁判所の過誤により第一審公判調書の閲覧が許され
ず、ために、被告人側に公判調書の記載の正確性についての異議申立権行使の機会
が与えられていないことを、第一審の訴訟記録を受理したのちに知つた場合には、
被告人側に第一審公判調書を閲覧させて異議申立権行使の機会を与え、異議申立が
あれば、異議申立書ならびに異議申立調書を第一審裁判所から追送させ、記録に編
てつしたうえ、控訴趣意書差出期間を定め、手続を進行させるべきものであつたの
である。
 ところで、本件では、被告人が第一審裁判所に提出した公判調書閲覧願が、第一
審裁判所および原審の過誤により、記録に編てつされていなかつたので、原審とし
ては、第一審裁判所が被告人に公判調書の記載の正確性に対する異議申立権行使の
機会を与えていなかつたことを、控訴趣意書差出最終日の通知を発した際には知り
得なかつたものである。しかし、昭和四六年四月一四日提出の被告人本人の控訴趣
意書中に、公判調書閲覧申立をしたが、第一審裁判所が閲覧させなかつたため、刑
訴法五一条の申立ができなくなつた旨の記載があつたのであるから、この段階にお
いて、原審としては、第一審公判調書の記載の正確性についての異議申立権行使が
妨げられているのであれば、異議申立の対象事項、趣旨、内容の如何によつては、
本来適法になしえたかもしれない控訴趣意の主張が、適法になしえない事態になつ
ているかもしれないおそれがありうることにおもいをいたし、異議申立権の行使が
妨げられた事実の有無につき、職権で記録外の調査をもし、必要があれば、異議申
立権を行使する機会を与えたうえ、控訴趣意書を再提出させるなどの措置をとり、
審理をすすめるべきものであつたのである。したがつて、記録外の調査を尽くさず、
異議申立権の行使を妨げたまま、審理をすすめて判決した原審の手続には、訴訟手
続上の違法があり、右違法は、判決に影響を及ぼす可能性があるものであることは
否みがたい。
 ところで、判決に影響を及ぼすことが明らかでない訴訟手続の違法があつたから
といつて、その判決が憲法三一条にいう法律の定める手続によらなかつたものであ
るということができないこと、および、訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼす
ことが明らかかどうかは、当該事件について具体的に諸般の状況を検討して判断す
べき問題であり、訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼす可能性があるというだ
けでは足りないものであることは、昭和二六年(あ)第一六八八号、同三〇年六月
二二日大法廷判決、刑集九巻八号一一八九頁の判示しているところである。
 本件のごとく、第一審の公判調書の記載の正確性についての異議申立権の行使が
妨げられている場合には、第一審公判調書の記載については、刑訴法五二条の証明
力が排除されると解せられるのである(昭和三〇年(あ)第二四三〇号、同三三年
二月二八日第二小法廷決定、刑事裁判集一二三号四六三頁)が、本件についての具
体的諸般の状況を検討するため、第一審手続の推移をみるに、第一回公判廷では、
被告人は、共犯者として訴追された二人の相被告人とともに、起訴事実をそのまま
認め、検察官申請の全書証(被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書
を含む。)が、同意書面として取り調べられ、第一審判決には、証拠として、これ
ら書証の大部分が掲記されている。そのうち、被告人の司法警察員および検察官に
対する各供述調書を除くその余のものについて、被告人および原審弁護人が、適式
な取調を経ていない旨の主張を原審でした形跡は全く認められないから、刑訴法五
二条の証明力が排除されていることを前提としても、同意書面として適式に取り調
べられたものと認めるほかはない。また、被告人の司法警察員および検察官に対す
る各供述調書については、原審における取調の結果に徴すれば、その任意性に疑い
はないから、これまた、適式に取り調べられたものと認められる。その後の被告人
関係の審理の経緯をみるに、第三回公判廷では、被告人本人および第一審相被告人
Aの各質問が行なわれ、第五回公判廷では、第一審判決が証拠の標目中にその供述
を挙示していない証人B、同C両名の取調の後、被告人質問および被告人の最終陳
述が行なわれている。第一審判決は、証拠の標目中に、被告人の公判廷における各
供述および相被告人Aの供述を掲記しているが、これらの供述についての公判調書
の記載が正確性を欠くと仮定し、これらを除外してみても、第一審判決挙示のその
余の証拠により、第一審判決の判示各事実は優に認定しうるものであり、また、被
告人に対する量刑も相当なものと認められる。
 以上検討した本件の具体的諸般の情況に鑑みれば、第一審公判調書の記載の正確
性についての異議申立権行使の機会が与えられなかつた違法は、本件原判決に影響
を及ぼすことが明らかな訴訟手続の違法とは到底認められないから、所論憲法三一
条違反の主張は、前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
 その余の上告趣意について。
 上告趣意第一の(A)は、原判決の認定と異なる事実関係を前提とする違憲の主
張であるが、原判決の認定は正当として是認しうるから、右違憲の主張は、前提を
欠き、上告適法の理由にあたらない。同第一の(C)は、累犯前科の認定が、証拠
にもとづかず、かつ、証拠を示すことなくなされたとの主張を前提とする判例違反
の主張であるが、第一審判決それ自体から右の主張が正当でないことは明らかであ
るから、右判例違反の主張も、前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。同第一
の(D)のうち、違憲をいう点は、実質は、量刑不当の主張にすぎないものであり、
判例違反をいう点は、所論判例の示す法律判断と相反する判断が、原判決に何ら示
されていない事項に関するもので、ともに上告適法の理由にあたらない。同第二の
(A)、(B)、(C)のうち、判例違反をいう点は、いずれも所論各判例が事案
を異にし本件に適切ではないから、上告適法の理由にあたらない。同第二の(A)、
(B)、(C)のその余の点は、いずれも単なる法令違反の主張であつて、刑訴法
四〇五条の上告理由にあたらない。同第三のうち、憲法三八条三項違反をいう点は、
被告人の自供調書を唯一の証拠として被告人を有罪としたものでないことが第一審
判決の判文上明らかであるから、前提を欠き、その余も、単なる法令違反の主張で
あつて、ともに刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて、同法四一四条、三九六条、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり判決する。
 検察官山室章 公判出席
  昭和四七年三月一四日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝

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