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平成17年(行ケ)第10492号特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年5月10日
判決
原告宇部興産株式会社
訴訟代理人弁理士柳川泰男
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人徳永英男
同吉水純子
同柳和子
同唐木以知良
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が異議2003ー73585号事件について平成17年4月5日にし
た決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が有する後記特許に対する異議の申立てに基づき,特許庁が,
上記特許を取り消す旨の決定をしたことから,原告が,その取消しを求めた事
案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年5月25日,名称を「非水電解液およびそれを用い
たリチウム二次電池」とする発明について特許出願をし,平成15年9月2
6日,特許庁から特許第3475911号として設定登録を受けた(甲
1。請求項1ないし2。以下「本件特許」という。)。
ところが,平成15年12月26日にAから本件特許の請求項1,2
について特許異議の申立てがなされ,特許庁はこれを異議2003ー7
3585号事件として審理することになった。そしてその審理手続の中
において原告は,請求項1ないし2等に関する訂正請求を行った(甲
5)が,特許庁は,平成17年4月5日,上記訂正を認めた上,請求項
1,2に係る上記特許を取り消す旨の決定(以下「本件決定」という。)
をし,その決定謄本は平成17年4月25日原告に送達された。
(2)発明の内容
上記訂正後の発明の内容は,下記のとおりである(以下,請求項1に
係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」とい
う。下線部は訂正部分。)

「【請求項1】正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非
水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウ
ム二次電池において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネ
ートとを含み,さらに該非水電解液中に,ビフェニル,4-メトキシ
ビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,および4-メタンスルホニ
ルオキシビフェニルからなる群より選ばれるビフェニル誘導体が0.
05~0.5重量%含有されていることを特徴とするリチウム二次電
池。
【請求項2】正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非
水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウ
ム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水溶媒が環状カ
ーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,
ビフェニル,4-メトキシビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,
および4-メタンスルホニルオキシビフェニルからなる群より選ばれ
るビフェニル誘導体が0.05~0.5重量%含有されていることを
特徴とするリチウム二次電池用非水電解液。」
(3)本件決定の内容
本件決定の内容は,別紙決定写しのとおりである。
その理由の要点は,本件特許出願の日前の特許出願であって本件特許
出願後に出願公開された特開2001-210364号公報の明細書及
び図面(甲2。以下「先願明細書」という。)には,「正極,負極および
非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.15Vより大き
く4.34V未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるため
の非水電解液において,該非水溶媒がエチレンカーボネート,プロピレンカ
ーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,4-メ
トキシビフェニルが0.01~0.8mmol/g含有されているリチウム
二次電池用非水電解液」の発明が記載されており,そうすると,本件発明
2と先願明細書に記載された発明は「正極,負極および非水溶媒に電解質が
溶解されている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用
するリチウム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水溶媒が環
状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,4
-メトキシビフェニルが0.184~0.5重量%含有されているリチウム
二次電池用非水電解液」である点で一致するから,本件発明2ひいては本件
発明1も先願明細書に記載された発明と同一であり,本件特許は,特許法
29条の2の規定に違反してなされた,というものである。
(4)本件決定の取消事由
アしかしながら,本件発明1,2は先願明細書に記載された発明と同
一であるとの本件決定は,次に述べるとおり,先願明細書に「4.2
Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるため
の非水電解液」に関する発明が記載されていると判断したことに誤り
がある。
(ア)リチウム二次電池は,あらかじめ各電池ごとに決められた充電
電圧(最大作動電圧)を超えない電圧で充電できるようになった専
用の充電器と共に販売されていることからすると,本件発明1及び
2における「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」との要
件は,「4.2Vを超える充電電圧が設定された充電器によって充
電されるべく定められている」ことを意味する。本件発明は,この
ような用途発明であると理解すべきである。
(イ)本件決定は,「実施例1~3の電解液は,4.34~4.41
Vまで過充電した後に「電流がカットされた」のであるから,この
「二次電池」の使用できる最大作動電圧は,4.15Vより大きく
4.41V未満の範囲を含むものであるといえる。」(7頁下7行
目~下4行目)と判断しているが,この過充電試験は,試験対象の
二次電池の電圧が4.1Vを超えるような過充電状態における安全
度を評価するために行われた試験であり,試験対象の二次電池の使
用可能電圧範囲を調べているのではないから,この判断は誤りであ
る。
(ウ)本件決定は,上記(イ)の判断に基づき,前記のとおり,先願明
細書には「4.15Vより大きく4.34V未満の最大作動電圧で
使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」の発明が記
載されていると判断するが,これは,上記(イ)の誤った判断から導
かれたものであり,根拠がない。
(エ)仮に,上記(イ)の判断が正しいとしても,先願明細書には,
「4.15Vより大きく4.41V未満の範囲を含む最大作動電圧
で使用できる」ことが記載されているのみである。「最大作動電圧
で使用できる」ことは,使用可能性があるという意味であるが,
「最大作動電圧で使用する」ことは,日常的に使用するという意味
であるから,意味するところが異なる。したがって,上記(イ)の判
断からでさえ,先願明細書には「4.15Vより大きく4.34V
未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非
水電解液」の発明が記載されているとの判断は導き出せない。
(オ)また,先願明細書に記載された実施例1~3において使用され
るビフェニル誘導体は,「メチルビフェニル」であるから,実施例
1~3に基づいて,「4-メトキシビフェニル」を使用したリチウ
ム二次電池用非水電解液について,「4.15Vより大きく4.3
4V未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるため
の非水電解液」ということはできない。
イなお,特許取消決定取消請求事件では,異議の決定において判断さ
れた先願明細書に記載された発明に基づく拒絶理由の是非が争われる
べきであって,先願明細書中に記載されていたとしても異議の決定に
おいて判断されていなかった先願明細書中の別の発明に基づく取消理
由を新たに提出して,異議における特許取消しの理由に代えることは
できない(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号
79頁参照)。
本件決定において判断の対象とされた先願明細書(甲2)の実施例1~
3記載の発明は,正極がリチウムコバルト酸化物であるものであって,正
極がリチウムマンガン酸化物である電池は,上記実施例1~3記載の発明
とは異なるから,本訴において,それを判断の対象とすることはできな
い。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用
する」との要件が「4.2Vを超える充電電圧が設定された充電器によ
って充電されるべく定められている」ことを意味するというようなこと
は,本件特許の明細書(甲5,乙3)に記載されていない。
(2)先願明細書の実施例1~3の電解液を使用した電池は,最大作動電圧
に対応する充電上限が4.1Vに設計されているが,これを超えて4.
34~4.41Vまで過充電されても,電解液の酸化により生じる高抵
抗で反応不活性な重合膜は存在しないといえるから,その間の充放電は
4.1Vまでと同様に差し支えなく行われるものである。しかも,この
電池は,負極容量が正極容量より大きいので,過充電により正極からの
リチウムイオン放出量が負極のリチウムイオンドープ能力を超えてしま
い,正極から放出されたリチウムイオンが負極にドープされずに負極上
にリチウム金属として析出し,析出したリチウム金属が正・負極間の短
絡をひき起こすということもなく,過充電による安全性が担保されてい
る。この電池は,実際に4.9Vカットの過充電試験に耐え得るもので
ある。したがって,この電池は,4.34Vまでの過充電によっても,
使用できるものである。
(3)正極がリチウムコバルト酸化物である場合の最大作動電圧は通常4.1
~4.2Vであるが,0.1V程度の過充電は,往々にして生じるから,
「4.2Vを多少超える程度の最大作動電圧で使用する」ことは,想定
された範囲内での使用にすぎない。また,正極がリチウムマンガン酸化物
である場合は,先願明細書に,最大作動電圧を4.3Vとして使用する態
様が開示されている。
(4)「4-メトキシビフェニル」は,先願明細書の実施例1~3に用いら
れている「メチルビフェニル」とは,その置換基が「電子供与基」であ
る点で一致し,置換数は,先願明細書において好ましいとされる1個又
は2個以下である点において一致し,分子量も共に先願明細書において
好ましい範囲であるとされている210以下であり,置換基の位置も,
「4」又は「4,4’」で,立体障害に与える影響が同等の位置にある
から,「4-メトキシビフェニル」と実施例1~3に用いられている
「メチルビフェニル」が同等の酸化開始電位を有すると解することは合
理的であり,過充電時の電池性能に同等に寄与するものといえる。
(5)したがって,先願明細書に記載された発明には,「4.2Vより大き
い最大作動電圧で使用する」ものが含まれる。
なお,原告は,「最大作動電圧で使用できる」ことと「最大作動電圧
で使用する」ことは異なるというが,エネルギ密度をより大きくして,小
型,軽量化を図るために電池を高電圧化するという周知の課題に照らせば,
当業者は,より大きい電池電圧で電池を「使用できる」という技術を,より
高い電池電圧で電池を「使用する」技術と認識するものであるから,「最大
作動電圧で使用できる」ことと「最大作動電圧で使用する」こととは異
ならない。
第4当裁判所の判断
1請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)
(本件決定の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由(先願明細書に「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する
リチウム二次電池に用いるための非水電解液」に関する発明が記載されて
いると判断したことの誤り)について
(1)本件発明1,2の「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」と
の要件の意義につき
ア全文訂正明細書(甲5,乙3)によれば,本件特許の明細書(訂正
後のもの)には,次の記載がある。
(ア)発明の属する技術分野
本発明は,電池のサイクル特性や電気容量,保存特性などの電池
特性にも優れた4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウ
ム二次電池を提供することができる非水電解液,およびそれを用い
たリチウム二次電池に関する。(段落【0001】)
(イ)従来の技術
近年,リチウム二次電池は小型電子機器などの駆動用電源として
広く使用されている。リチウム二次電池は,主に正極,非水電解液
及び負極から構成されており,特に,LiCoOなどのリチウム複2
合酸化物を正極とし,炭素材料又はリチウム金属を負極としたリチ
ウム二次電池が好適に使用されている。そして,そのリチウム二次
電池用の非水電解液としては,エチレンカーボネート(EC),プ
ロピレンカーボネート(PC)などのカーボネート類が好適に使用
されている。(段落【0002】)
しかしながら,電池のサイクル特性および電気容量などの電池特
性について,さらに優れた特性を有する二次電池が求められてい
る。正極として,例えばLiCoO,LiMnO,LiNiOな2242
どを用いたリチウム二次電池は,通常は4.1Vを越える最大作動
電圧まで充放電が繰り返される。ところが,この電池は長期に渡っ
て充放電を繰り返すと,徐々に容量の低下が見られる重大な問題が
あった。この現象は,非水電解液中の溶媒が4.1Vを越える最大
作動電圧まで充電した際に局部的に一部酸化分解し,該分解物が電
池の望ましい電気化学的反応を阻害するために電池性能の低下を生
じる。これは正極材料と非水電解液との界面における溶媒の電気化
学的酸化に起因するものと思われる。このため,4.1Vを越える
最大作動電圧まで充放電を繰り返す電池のサイクル特性および電気
容量などの電池特性は必ずしも満足なものではないのが現状であ
る。(段落【0003】)
特開平9-106835号公報には,ビフェニル,チオフェン,
フランなどを約1~4容量%添加することにより,過充電が起きた
時の異常に高い電圧で電気化学的に重合させて,電解液の抵抗を高
くして電池を保護する技術が公開されている。しかし,特開平11
-162512号公報では,これらの化合物を約1~4容量%添加
した場合において,4.1Vを越える電圧上限までサイクルが繰り
返されたり,40℃以上の長期間高温状態に暴露されるような,高
電圧及び/又は高温状態の充放電では,サイクル特性などの電池特
性を悪化させる傾向があり,添加量の増大に伴って,その傾向は顕
著になるいう問題点があることが記載されている。そこで,2,2
-ジフェニルプロパンなどを添加する電解液が提案されているが,
4.3Vのような高電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電
において,未だ十分満足するサイクル特性が得られていないのが現
状である。(段落【0004】)
(ウ)発明が解決しようとする課題
本発明は,4.2Vより高い電圧及び/又は40℃以上の高温状
態の充放電においてサイクル特性の低下をもたらすリチウム二次電
池用非水電解液に関する課題を解決し,上限電圧が4.2Vより高
電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において,電池のサ
イクル特性に優れ,さらに電気容量や充電状態での保存特性などの
電池特性にも優れたリチウム二次電池を構成することができるリチ
ウム二次電池用の非水電解液,およびそれを用いたリチウム二次電
池を提供することを目的とする。(段落【0005】)
(エ)課題を解決するための手段
本発明は,正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている
非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリ
チウム二次電池において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カ
ーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,ビフェニル,4-
メトキシビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,および4-メタ
ンスルホニルオキシビフェニルからなる群より選ばれるビフェニル
誘導体が0.05~0.5重量%含有されていることを特徴とする
リチウム二次電池にある。(段落【0006】)
また,本発明は,正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解され
ている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用
するリチウム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水
溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非
水電解液中に,ビフェニル,4-メトキシビフェニル,4-ヒドロ
キシビフェニル,および4-メタンスルホニルオキシビフェニルか
らなる群より選ばれるビフェニル誘導体が0.05~0.5重量%
含有されていることを特徴とするリチウム二次電池用非水電解液に
もある。(段落【0007】)
(オ)発明の実施の形態
本発明の非水電解液は,リチウム二次電池の構成部材として使用
される。二次電池を構成する非水電解液以外の構成部材については
特に限定されず,従来使用されている種々の構成部材を使用でき
る。(段落【0008】)
非水電解液中に含有される前記のビフェニル誘導体の含有量は,
過度に多いと4.2Vより高い電圧及び/又は40℃以上の高温状
態の充放電において十分な電池性能が得られない。また,過度に少
なくても期待した十分な電池性能が得られない。したがって,その
含有量は非水電解液の重量に対して0.05~0.5重量%の範囲
がサイクル特性が向上するのでよい。(段落【0009】)
本発明のビフェニル誘導体を0.05~0.5重量%含有した電
解液は,ビフェニル誘導体を全く添加しない電解液や1.0重量%
以上ビフェニルを添加した電解液に比べて,上限電圧が4.2Vよ
り高い電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において,サ
イクル特性が飛躍的に向上する特異的かつ予期し得ぬ効果を示すこ
とが分かった。この作用機構は,推測の域を脱しないが,充電時に
添加剤が正極上で酸化分解し,電池の可逆性を良好にする薄い被膜
を形成するためであると考えられる。つまり,0.5重量%を越え
る量を添加すると,充電時に正極上で酸化分解する添加剤量が増大
し,電池の可逆性を損なうような厚い被膜を形成してしまうため,
ビフェニル誘導体を全く添加しない電解液よりもサイクル特性など
の電池特性が悪化するものと考えられる。このように,本発明の添
加剤は,0.05~0.5重量%添加することにより,サイクル特
性が著しく向上する効果を有していることを見い出し,本発明に至
った。(段落【0010】)
本発明におけるリチウム二次電池の充放電サイクルの電圧範囲
は,最大作動電圧が4.2Vより大きいことが好ましく,更に好ま
しくは4.3V以上で大きな効果が得られる。カットオフ電圧は,
2.0V以上が好ましく,更に好ましくは2.5V以上である。電
流値については特に限定されるものではないが,通常0.1~2C
の定電流放電で使用される。充放電サイクルの温度範囲は,20~
100℃が好ましく,更に好ましくは,40~80℃でで大きな効
果が得られる。(段落【0020】)
(カ)発明の効果
本発明によれば,電池のサイクル特性,電気容量,保存特性など
の電池特性に優れた4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリ
チウム二次電池を提供することができる。(段落【0042】)
イ以上の記載によれば,①リチウム二次電池は,長期間にわたって
4.1Vを越える高電圧の充放電が繰り返されたり,長期間にわたっ
て40℃以上の高温状態に暴露されると,電池特性が低下するという
問題があったこと,②本件発明1,2は,このような問題を解決する
ためにされたもので,上限電圧が4.2Vより高い電圧及び/又は4
0℃以上の高温状態の充放電において,電池のサイクル特性,電気容
量,充電状態での保存特性などの電池特性に優れたリチウム二次電池
を構成することができるリチウム二次電池用の非水電解液及びそれを
用いたリチウム二次電池を提供するものであること,③本件発明1,
2は,非水電解液以外の二次電池構成部材は,従来の種々の部材を使
用しても,所期の効果を得ることができるものであることが認められ
る。
そうすると,本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大
作動電圧で使用する」という要件は,「上限電圧として,4.2Vを
超える電圧まで充電されることが,長期間にわたり繰り返される」こ
とを意味するものと解すべきである。そして,この上限電圧の値につ
き,本件特許の明細書の記載等から,充電器の設定値を意味するもの
であると解すべき理由は見当たらないから,充電器の設定値いかんに
かかわらず,充電の結果として到達する値が4.2Vを超える電圧ま
で充電されることが長期間にわたって繰り返されるのであれば,ここ
でいう「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」に当たるとい
うべきである。
原告は,本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大作動
電圧で使用する」との要件は,「4.2Vを超える充電電圧が設定さ
れた充電器によって充電されるべく定められている」ことを意味し,
本件発明はこのような用途発明であると主張するが,この原告の主張
は,上記判示したとおり採用できない。
(2)先願明細書に記載された発明につき
ア先願明細書(特開2001ー210364号公報,甲2)には,次
のような記載がある。
(ア)特許請求の範囲「請求項1」,「請求項2」,「請求項3」,
「請求項4」及び「請求項7」
「【請求項1】非水系有機溶媒と溶質としてリチウム塩を含有し、
更に電子供与性の基を1つ以上有するビフェニル誘導体が1種以
上添加されていることを特徴とする非水系電解液。
【請求項2】リチウム金属複合酸化物を活物質として含む正極
と、リチウムを吸蔵・放出できる物質を活物質として含む負極を
有する非水系二次電池用の電解液であって、該電解液が有機溶媒
と溶質としてリチウム塩を含有し、更に電子供与性の基を1つ以
上有するビフェニル誘導体が1種以上添加されていることを特徴
とする非水系二次電池用電解液。
【請求項3】ビフェニル誘導体が添加されることにより、電池の
通常使用最大動作電圧に対応する正極の上限電位より貴な電位に
酸化開始電位を有し、かつビフェニルが単独で添加された場合の
電解液の酸化開始電位より卑な電位に酸化開始電位を有すること
を特徴とする請求項2記載の非水系二次電池用電解液。
【請求項4】ビフェニル誘導体が電解液中に0.01~0.8m
mol/g添加されていることを特徴とする請求項1~3のいず
れかに記載の電解液。
【請求項7】ビフェニル誘導体が一般式(II)で表わされること
を特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の電解液。」
(イ)一方,「発明の実施の形態」には,「本発明の電子供与性の基が
一つ以上置換されたビフェニル誘導体が一種類以上添加された電解
液は,該電解液を含む非水電解液二次電池の通常使用最大動作電圧
に対応する該正極の上限電位より貴な電位に酸化開始電位を有し,
好ましくはビフェニルが単独で添加された場合の電解液の酸化開始
電位より卑な電位に酸化開始電位を有する事が望ましいことは前述
したが,この電解液の酸化開始電位はサイクリックボルタンメトリ
ー測定(以下CV測定)により評価される。その測定は以下のよう
に行う。」(段落【0027】),「作用極を白金,対極および参
照極をリチウム金属とし,ガラスフィルターで作用極側と対極側が
区切られたH型セルを用い,測定される電解液をこのセルに入れ,
作用極の電位を酸化側に20mV/秒の走引速度で走引する。0.
5mA/cmの電流密度が流れ出す電位を酸化開始電位と規定す2
る。酸化開始電位が電池の通常使用最大動作電圧に対応する正極の
上限電位より低いと通常の電池の使用時に添加されたビフェニル誘
導体が反応し,電池特性を悪化させるばかりか,その後の過充電時
に防止機能を果たさない。また酸化開始電位がビフェニルを単独で
添加した電解液の酸化開始電位より低いと,電池の過充電が進みす
ぎて危険な状態になってしまう。」(段落【0028】),「例えば
正極にリチウムコバルト酸化物あるいはそのコバルトサイトを他金
属で置換したリチウムコバルト酸化物を用いたリチウムイオン二次
電池では,最大作動電圧に対応した正極の上限電位は対極Li/L
i+基準では通常4.1~4.2Vであるので,電解液がこれ以上
の酸化開始電位を有する事が好ましい。またビフェニルの酸化開始
電位は対極Li/Li+で約4.5V付近であるので,本発明の添
加剤を有する電解液は酸化開始電位が,対Li/Li+で4.2V
以上4.5V以下が好ましく,4.25V以上4.45V以下がよ
り好ましく,さらには4.3V以上4.4V以下がより好ましい。
なお正極にリチウムニッケル酸化物あるいはそのニッケルサイトを
他金属で置換したリチウムニッケル酸化物を用いたリチウムイオン
二次電池では,最大作動電圧が0.05V~0.1Vほど下がり,
正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイトを他金
属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いたリチウムイオン二次
電池では,最大作動電圧が0.05V~0.1Vほど上がるので,
そのような正極を用いる場合は,添加物の酸化開始電位の下限を上
記リチウムコバルト酸化物正極系電池の場合の値から0.05~
0.1Vほど上下させたものが好ましい。」(段落【0029】)
と記載されている。
イ上記ア(イ)の記載は,先願明細書の「特許請求の範囲」記載の電解液
を用いた電池が,正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガン
サイトを他金属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いたリチウム
イオン二次電池である場合には,最大作動電圧が,正極にリチウムコ
バルト酸化物あるいはそのコバルトサイトを他金属で置換したリチウ
ムコバルト酸化物を用いた場合の4.1~4.2Vよりも0.05V
~0.1Vほど上がり,4.15~4.3Vであって,酸化開始電位
も,それを上回るものでなければならない旨の記載であると解するこ
とができる。
そうすると,先願明細書の「特許請求の範囲」の記載の電解液を使用
した電池は,正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイ
トを他金属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いた場合には,最
大作動電圧が4.15~4.3Vとなり,最大作動電圧が4.2Vを
超える電圧のものを含むということができる。このような最大作動電
圧が4.2Vを超える電池が「上限電圧として,4.2Vを超える電
圧まで充電されることが,長期間にわたり繰り返される」(前記(1)イ
参照)ものであることは明らかである。
ウ前記1(3)の「本件決定の内容」によれば,本件決定は,先願明細書
(甲2)の「特許請求の範囲」の「請求項2」,「請求項4」及び「請求
項7」に記載されている非水電解液で,ビフェニル誘導体が4-メトキシ
ビフェニルであり,有機溶媒に環状カーボネートと鎖状カーボネートが
含まれており,4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次
電池に用いるものを,先願明細書に記載された発明として認定し,それを
本件発明1,2と対比しているものと解される。そして,上記のとおり,
先願明細書の「特許請求の範囲」の記載の電解液を使用した電池は,正極
にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイトを他金属で置
換したリチウムマンガン酸化物を用いた場合には,「上限電圧とし
て,4.2Vを超える電圧まで充電されることが,長期間にわたり繰
り返される」ものであることからすると,上記非水電解液が「4.2V
より大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いる」ものであ
るとの本件決定の判断に誤りはないものというべきである。
エ原告は,本件決定において判断の対象とされた先願明細書(甲2)の実
施例1~3記載の発明は,正極がリチウムコバルト酸化物であるものであ
って,正極がリチウムマンガン酸化物である電池は,上記実施例1~3記
載の発明とは異なるから,本訴において,それを判断の対象とすることは
できないと主張する。
しかし,本件決定は,上記のとおり,先願明細書の「特許請求の範囲」
の「請求項2」,「請求項4」及び「請求項7」に記載されている非水電
解液で,ビフェニル誘導体が4-メトキシビフェニルであり,有機溶媒に
環状カーボネートと鎖状カーボネートが含まれており,4.2Vより大
きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるものを先願明細書
に記載された発明として認定し,それを本件発明1,2と対比しているの
であるから,このうち,上記非水電解液が「4.2Vより大きい最大作動
電圧で使用するリチウム二次電池に用いる」ものであるとの判断につい
て,先願明細書の「発明の実施の形態」の記載から,その判断に誤りがな
いと認めることは,本件決定で判断の対象となった発明について認定判
断しているものであって,本件決定において判断の対象となった発明
以外のものについて認定判断していることにはならず,最高裁昭和5
1年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁に反することもな
い。
オ以上の次第で,本件決定が,先願明細書に「4.2Vより大きい最大
作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」に
関する発明が記載されていると判断したことに誤りはないから,原告
主張のその余の取消事由(前記第3の1(4)ア(イ)~(オ))について判断
するまでもなく,理由がない。
3よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり
判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官田中孝一

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