弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年(行ケ)第475号 審決取消請求事件
平成16年9月16日 口頭弁論終結
            判       決
   原       告  ロデールホールディングス
インコーポレイテッド
     訴訟代理人弁理士   津 國   肇
  同 束 田 幸四郎
  同 伊 藤 佐保子
  訴訟復代理人弁護士  市 毛 由美子
     被      告   特許庁長官 小川 洋
     指定代理人      宮 崎 侑 久
  同 岡 野 卓 也
  同 高 木   進
  同 涌 井 幸 一
  同 宮 下 正 之
          主       文
   1 特許庁が不服2002-2660号事件について平成15年6月19日
にした審決を取り消す。
   2 訴訟費用は被告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,発明の名称を「研磨パッド」とする発明につき,平成8年8月20
日(パリ条約による優先権主張1995年8月21日(以下「本件優先日」とい
う。),米国)に特許出願し(以下「本件出願」という。請求項の数は8であ
る。),平成13年11月20日拒絶査定を受け,平成14年2月18日,これに
対する不服の審判を請求した。
 特許庁は,この請求を不服2002-2660号事件として審理した。原告
は,その審理の過程で,平成14年3月19日付けの手続補正書により,本件出願
の願書に添付した明細書を補正した(以下,「本件補正」という。本件補正後の明
細書を「本願補正明細書」といい,また,本件補正前のものを「本願明細書」とい
う。)。特許庁は,審理の結果,平成15年6月19日,本件補正を却下した上
で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年7月1日にその謄
本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲【請求項1】(本件補正前のもの)
「【請求項1】集積回路搭載ウエーハの研磨に有用なパッドであって,少なく
ともその一部分はスラリー粒子の吸収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均
一樹脂シートからなり,この樹脂シートは190-3500ナノメー夕ーの範囲の
波長の光線が透過するものであることを特徴とするパッド。」(拒絶査定の対象と
なったのは請求項1で特定された発明である。以下,この請求項1の記載によって
特定される発明を審決と同様に「本件発明」という。)
3 本件補正後の特許請求の範囲【請求項1】
「【請求項1】光学的方法を用いるインシチュ終点検出に有用であり,かつ集
積回路搭載ウェーハの研磨に有用なパッドであって,前記パッドが第一の部分と第
二の部分を含み,前記第一の部分はスラリー粒子の吸収,輸送という本質的な能力
を持たない硬質均一樹脂シートを含み,この樹脂シートは190~3500nmの範
囲の波長の光線が透過するものであり,前記第二の部分はスラリー粒子の吸収,輸
送という本質的な能力を有し,前記パッドは,研磨パッド全体にわたってほぼ均一
な研磨活動を提供することを特徴とするパッド。」(以下,本件補正後の請求項1
の記載によって特定される発明を審決と同様に「補正発明」という。)
4 審決の理由
 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,(ア)補正発明は,①本件優先日
前に頒布された特開平7-52032号公報(以下,審決と同様に「引用例」とい
う。)に記載された発明(以下,審決と同様に「引用例記載の発明1」という。別
紙図面参照)及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,特許法29条2項の規定に該当し,また,②本件出願の日前の
他の特許出願であって,本件出願の発明者が他の特許出願に係る発明の発明者と同
一の者ではなく,また,本件出願の時にその出願人と他の特許出願の出願人とが同
一の者でもなく,本件出願後に出願公開がされた特願平8-74976号(特開平
9-7985号公報)の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下,審決と同
様に「先願明細書等」という。)と本件優先日前の1995年3月28日の特許出
願であって,他の特許出願の優先権の主張の基礎としている08/413982号
の明細書等に記載された発明(以下,審決と同様に「先願発明」という。)と同一
であると認められるから,特許法29条の2の規定に該当し,いずれの理由によっ
ても,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない
として,本件補正を却下し,(イ)本件発明は,引用例に記載された発明(以下,審決
と同様に「引用例記載の発明2」という。)及び周知の技術事項に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当
し,特許を受けることができない,とするものである。
 審決が上記結論を導くに当たり,補正発明と引用例記載の発明1との一致
点・相違点,及び,本件発明と引用例記載の発明2との一致点・相違点として認定
したところは,次のとおりである。
(1)補正発明と引用例記載の発明1について
一致点
「光学的方法を用いるインシチュ終点検出に有用であり,かつウェーハの研
磨に有用なパッドであって,前記パッドが第一の部分と第二の部分を含み,前記第
一の部分はスラリー粒子の吸収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均一材料
を含み,この材料は光線が透過するものであり,前記第二の部分はスラリー粒子の
吸収,輸送という本質的な能力を有し,前記パッドは,研磨パッド全体にわたって
ほぼ均一な研磨活動を提供するパッド。」
相違点
「ウェーハが,補正発明では,集積回路搭載ウェーハであるのに対し,引用
例記載の発明1では,SOIウエハであって,そのようなものではない点」(以
下,審決と同様に「相違点1」という。)
「硬質均一材料が,補正発明では,硬質均一樹脂シートであり,190~3
500nmの範囲の波長の光線が透過するものであるのに対し,引用例記載の発明1
では,硬質均一ガラスであり,680~800nmの光線が透過するものである点」
(以下,審決と同様に「相違点2」という。)
(2)本件発明と引用例記載の発明2について
一致点
「ウェーハの研磨に有用なパッドであって,少なくともその一部分はスラリ
ー粒子の吸収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均一材料からなり,この材
料は光線が透過するものであるパッド」
相違点
上記相違点1及び2と同じ。
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決は,本件補正の却下決定において,補正発明と引用例記載の発明1との
一致点・相違点の認定を誤って相違点を看過した上で(取消事由1-A),引用例
記載の発明1と周知の技術事項に基づいて当業者が補正発明を容易に想到し得ると
判断し,また,補正発明が先願発明と同一であるとの判断については,特許法15
9条2項において準用する同法50条違反等の手続上の瑕疵があり(取消事由1-
B),さらに,引用例記載の発明2に基づいて当業者が本件発明を容易に想到し得
ると判断したことについては,取消事由1-Aと同様の取消事由があり(取消事由
2),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り
消されるべきである。
1 取消事由1-A(補正発明に関する相違点の看過)
(1)補正発明と引用例記載の発明1との一致点の認定の誤り
 審決は,補正発明と引用例記載の発明1との一致点を導くに先立ち,引用
例記載の発明1の「研磨具」は,「定盤1,研磨布5等からなる」(審決書5頁末
行)ものであると認定した上で,引用例記載の発明1の「研磨具」が,補正発明の
「パッド」に相当すると認定している(審決書8頁下から3行~末行)。しかし,
これは補正発明の技術分野における技術常識を無視した,誤った認定である。
 定盤及び研磨布を用いる研磨システムは,研磨布を貼り付けた定盤を回転
させ,研磨布上にスラリーを供給しながら,ウェハを回転させつつ,ウェハを研磨
布に押し付けることによって,ウェハ表面の平坦化を図るシステムである。
 定盤は,プラテン,回転定盤,あるいは研磨定盤ともよばれ,回転運動を
提供するための機械であり,設備である。安定した回転運動を提供し,良好な加工
性能を確保する点から,定盤に対しては,次のような要求がある。
i)熱による形状変化が少ない材料(ステンレスや熱変形の小さいアルミナセ
ラミクス,低熱膨張鋳鉄)を採用すること。研磨の進行に伴い研磨パッド表面の温
度が上昇し,この影響を受けて定盤が変形して,加工性能が悪化することを回避す
るためである。
ii)回転軸の軸受として,空気軸受や大きな軸受を採用すること。回転時の
振動や,上部から押し付けられるウェハに起因する偏荷重によって研磨パッドが変
形して,加工性能が悪化することを回避するためである。
 一方,研磨布は,研磨パッド,あるいはパッドともよばれ,スラリーとと
もにウェハ表面に直接作用して,その平坦化を図るための消耗資材である。研磨布
としては,数mm程度の厚みを有する特殊な布状若しくは板状研磨材料が用いられ
る。平坦化をウェハの全面にわたって実現する点から,研磨布に対しては,次のよ
うな要求がある。
i)研磨パッドの厚さが均一であること。
ii)表面の溝パターン,構造などの表面状態が均一であること。
iii)研磨パッドとウェハ表面との間へのスラリー供給が均一であること。
iv)研磨パッドからウェハへの加圧分布がマクロ的に均一であること。
 このように,研磨の分野では,定盤と研磨布は,全く異なる技術要素が要
求される,別個の意味内容を有するものとして,厳然と使い分けられているのであ
る。また,引用例においても,このような意味内容を有するものとして「定盤」,
「研磨布」の用語が使用されており,別の意味内容を有するものとしてこれらの用
語が使用されていると解釈すべき特段の事情はみられない。
 以上によれば,補正発明の「パッド」に相当するのは,引用例記載の発明
1の「研磨布」であり,審決における,引用例記載の発明1の「研磨具」が,補正
発明の「パッド」に相当するとの認定は誤りであり,このような誤った認定に基づ
く,補正発明と引用例記載の発明1との一敦点の認定も誤りである。
(2)補正発明と引用例記載の発明1との相違点の認定の誤り
 補正発明と引用例記載の発明1との一致点の認定の誤りの裏返しとして,
引用例記載の発明1と補正発明との間には,審決で認定された相違点以外にも大き
な相違点がある。
(ア)光学的インシチュ終点検出に関する相違点
 審決において看過された第1の相違点は,引用例記載の発明1の「研磨
布」には,表面から裏面までを貫く開口である,切り欠き空隙部が設けられている
のに対し,補正発明の「パッド」には,第一の部分(硬質均一樹脂シート)が含ま
れる点である(以下「相違点A」という。)。
 引用例では,「定盤及び研磨布の回転中心と周縁との間に設けた窓から
ウエハの研磨面の光の反射状態を見て研磨状態を判定」(甲4号証【請求項1】)
すると記載され,引用例記載の発明1では,光学的インシチュ終点検出を可能とす
るために,「研磨布」に,表面から裏面までを貫く開口である,切り欠き空隙部で
ある窓が設けられている(同【請求項4】,【0013】参照)。
 これに対し,本願補正明細書では,「第一の部分はスラリー粒子の吸
収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均一樹脂シートを含み,この樹脂シー
トは190~3500nmの範囲の波長の光線が透過するものであり」(甲3号証の5【請求
項1】)と記載され,補正発明では,インシチュ終点検出を可能とするために,
「パッド」が第一の部分(硬質均一樹脂シート)を含むものである。補正発明にお
いては,光学的インシチュ終点検出を可能とするため,「パッド」に表面から裏面
までを貫く開口である,切り欠き空隙部を設けることは不要であり,本願補正明細
書中にも,切り欠き空隙部を設けるとの記載はない。そればかりか,本願補正明細
書には,補正発明の「パッド」の製造方法が記載されており,そこでは「不透過樹
脂がまだ液体である間に,透過プラグと不透過の樹脂の間が完全に接触しているの
を確かめながら,この成形物をモールド中の不透過樹脂に挿入する。不透過樹脂が
硬化したのちモールドから取り出して,透過窓を有するパッド用シートをその成形
物からスライスする。」(甲3号証の5【0007】)と記載されている。補正発
明では,この方法によって形成される「パッド」に切り欠き空隙部が設けられる余
地はない。
(イ)硬質均一材料の設置についての相違点
 審決において看過された第2の相違点は,引用例記載の発明1は,硬質
均一材料が「定盤」に含まれるのに対し,補正発明では,硬質均一材料が「パッ
ド」に含まれる点である(以下「相違点B」という)。
 引用例では,「定盤の前記溝内に設けた貫通孔と,該貫通孔を閉じる透
明窓材」(甲4号証【請求項4】【0009】)と記載され,引用例記載の発明1
では,硬質均一材料である透明窓材は「定盤」に含まれる。なお,引用例記載の発
明1では,硬質均一材料である透明窓材が「定盤」よりもわずかに突出していて
も,透明窓材は,ウェハには直接接触せず,また切り欠き空隙部及び溝には研磨液
が十分に保持されるのであるから,切り欠き空隙部が設けられた研磨パッドを通常
の定盤との組合せで用いるのと変わりがない。
 これに対し,補正発明では,上記のとおり,硬質均一材料である硬質樹
脂シートを含む第一の部分は「パッド」に含まれる。
(ウ)相違点の認定判断
 審決は,上記の相違点A及びBについての認定判断をしないままに,補正
発明の進歩性について判断し,独立特許要件がないとして,本件補正を却下したも
のである。しかし,相違点A及びB並びに審決で認定された相違点を克服し,引用例
記載の発明1から補正発明に想到するのは,当業者にとって容易ではない。審決の
本件補正却下の判断は誤りである。
2 取消事由1-B(補正却下についての手続上の瑕疵)
(1)本件出願に関する審査・審判の経過
 本件出願については,平成12年11月21日,引用例等を引用文献とし
た拒絶理由通知がなされ,平成13年11月20日,特許法29条2項のみを理由
として拒絶の査定がされた。他方,先願明細書等に基づく同法29条の2による拒
絶理由については,そもそも国内公表後に同条を根拠とする情報提供があったもの
の,審査段階では一度も拒絶理由として通知されず,また拒絶査定においても拒絶
理由として掲げられてはいない(甲3号証の2及び3)。
 原告は,拒絶査定不服審判を請求した後,拒絶査定で指摘された引用文献
に対する進歩性を確保すべく,平成14年3月19日付けで,特許請求の範囲の減
縮を目的とする本件補正を行った。
 しかし,審決が本件補正を却下した理由として示したのは,同法29条2
項のみならず,同法29条の2であった。そして,本件補正が却下されたことによ
り,補正前の請求項に戻って審理がなされ,原査定の理由(同法29条2項)によ
り不成立の審決が下されている。
 なお,本件出願に対する二度の刊行物等提出書及び前置報告書では,当時
の審査・審理対象の本件出願の特許請求の範囲が,先願明細書等に基づく同法29
条の2により特許を受けることができないものであることが述べられているもの
の,これらはいずれも特許庁の審査官,審判官から出願人である原告への通知では
なく,出願人の弁明及び補正の機会を確保しうるものではない。
 このように,本件出願においては,出願から審決に至る手続の流れの全体
を通じて,同法29条の2による拒絶理由については,原告には一度も弁明及び補
正の機会が与えられていなかったのである。
(2)拒絶査定不服審判請求時の補正と補正却下
 特許法では,拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内に,特許請求の
範囲等を補正することを認めている(同法第17条の2第1項ただし書4号。以下
「審判請求時の補正」という。)。実務上は,拒絶査定時の拒絶理由を解消するた
めに,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正(同法17条の2第4項2号)が行
われることが多い。特許請求の範囲の減縮を目的とする補正は,新規事項追加では
ないこと(同法17条の2第3項),独立特許要件を満たすこと(同法17条の2
第5項)が必要であり,これらを満たさない場合は,補正を却下しなければならな
いとされている(同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項,同法1
59条2項で読み替えて準用する同法50条ただし書)。
 しかし,本件のように独立特許要件を満たさないことの理由(同法29条
の2)が,そもそも補正前の請求項に潜在していたにもかかわらず,これについて
拒絶理由通知を発することもなく,拒絶査定の理由として示されることもないまま
に,拒絶査定不服審判請求後,審判請求時の補正が却下されるべきものか否かの判
断の段に至って初めてこれを指摘し,独立特許要件を満たさないからとして同法1
59条1項で読み替えて準用する同法53条1項を発動して何ら弁明の機会もなく
補正を却下することは,出願人にとってまさに不意打ちにほかならない。
 特に,本件国内公表後の平成12年9月8日,刊行物等提出書により,同
法29条の2により特許を受けることができないとの情報提供がされていたにもか
かわらず,当該引用文献に基づく拒絶理由通知も拒絶査定もなされなければ,出願
人は,審査官が当該引用文献による拒絶理由はないものと判断したと理解するのが
自然である。このような情況で,審判請求時の補正として,この間題を克服する補
正を行うことなど,到底,期待できるものではない。
 このような一連の運用は,以下に述べるとおり,特許法159条2項で準
用する同法50条の法意に反するものであり,同法159条1項で読み替えて準用
する同法53条1項の趣旨を逸脱するものである。
(3)適正な手続保障について
(ア)憲法31条は,公権力が国民に不利益を課すときには,あらかじめその
内容を告知し,当事者に弁解ないし防禦の機会を与えなければならないことを要請
するものであって,このような適正手続の保障は,行政手続についても及ぶと解す
べきであり(最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁参照),準司法的性
格をも有する特許庁における審判手続には,当然に及ぶと解すべきである。
(イ)特許法は,特許出願の審査・審理における出願人の弁明及び補正の機会
について,審査段階については同法50条本文で,「審査官は,拒絶をすべき旨の
査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間
を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない。」と規定している。
更に審判の審理段階については,同法159条2項で,「第50条の規定は,拒絶
査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用す
る。」と規定している。
 そして,補正の機会に関して,同法17条の2は,同法50条及び同条
を準用する同法159条2項の規定により,意見書を提出することが可能な期間に
おいて,一定の範囲において特許請求の範囲等の補正を行うことができることを規
定している。
 同法50条及び同条を準用する159条2項並びに同法17条の2の規
定は,特許出願人に対し拒絶理由を通知し,出願人に意見を述べる機会を与える一
方で,補正により拒絶理由を解消する機会を与えており,まさに適正手続保障の一
環にほかならない。
  特許庁編「特許・実用新案審査基準」(甲14号証)では,
「(3)特許出願について 第49条各号に掲げるすべての拒絶理由につい
て,原則として第1回目の拒絶理由通知時に審査を行うこととする。
(4)拒絶理由は,2回を限度として通知することを原則とし,第1回目の
拒絶理由通知に対する応答時になされた補正によって通知することが必要になった
拒絶理由のみを第2回目の拒絶理由通知として通知できるようにすべく,第1回目
の拒絶理由通知を行うこととする。」とし,審査段階での初期サーチが極めて重要
であることが示されている(第ⅠⅩ部 審査の進め方,2.(3),(4))。
 このことからすれば,そもそも特許法159条1項で読み替えて準用す
る同法53条1項の適用対象は,審判請求時の補正で,特許請求の範囲の減縮をし
たにもかかわらず,依然として,審査段階で示された引用文献により,拒絶査定で
指摘された拒絶理由が解消していないようなケースを想定しているはずである。こ
のようなケースであれば,再度の拒絶理由の通知は,単に同じ手続の繰り返しとな
るため,補正却下をすることが権利の迅速な付与等の要請に合致する。その一方
で,直ちに補正却下をしても,既に出願人には,弁明及び補正の機会は与えられて
いるため,特許法の手続保障の法意に反することもなく,また出願人にとって酷で
もない。
 他方,審査・審理段階の過程で一度も拒絶理由として示されていない引
用文献により,また,拒絶査定で指摘されたのとは異なる理由で,補正却下するこ
とは,前提条件たる,十分な初期サーチと十分な弁明及び補正の機会の付与がなさ
れていたわけではないため,特許法159条1項で読み替えて準用する同法53条
1項が本来想定しているケースではない。
 特許法17条の2第3ないし5項で,審判請求時の補正の範囲が制限さ
れ,159条1項で読み替えて準用する同法53条1項でこの制限に反する補正を
却下すべきものと規定しているのも,審査・審理の迅速性確保という目的からすれ
ば妥当なものである。しかし,この同法159条1項で読み替えて準用する同法5
3条1項の発動に当たっては,このような目的と適正手続保障の要請との調和の中
で運用されるべきである。
 特許・実用新案審査基準に記載されているように「すべての拒絶理由通
知についての審査」が行われていれば,本来,審査の段階で,先願明細書等に基づ
く特許法29条の2の拒絶理由が通知されていたはずであり,そのような拒絶理由
が通知されていれば,出願人である原告は,弁明及び補正の機会があったはずなの
に,審査官の看過によりこれが行われず,審判になってから,補正の要件(同法1
7条の2第3ないし5項)として同法29条の2が判断され,出願人に何の弁明及
び補正の機会もないまま,審判請求時の補正が却下され,直ちに拒絶審決という事
態とする運用は,一方的に出願人である原告が不利益を被る結果となり極めて不当
である。
(ウ)上記のとおり,審査・審理段階で一度も示されていない引用文献によ
り,拒絶査定で指摘されたのとは異なる理由で,審判請求時の補正を却下すること
は,特許法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項が本来想定している
ケースではない。
  特許庁は,このような本来想定していないイレギュラーなケースが生じ
た場合には,運用で対応し,不意打ち的な補正却下,すなわち拒絶審決という事態
からの救済を図ろうとしている。すなわち,「審判便覧」(甲13号証)では,審
判請求時の補正を却下する理由について,
「(3)しかしながら,特許性を欠くとする理由が,出願人にとって意見を
述べる機会のなかった事実・証拠(周知・慣用技術を除く)から構成されている場
合であって,しかも,その事実・証拠の内容または有効性について,請求人の意見
を聴取することが的確な審理に資すると認められるときは,十全な審理を行うとい
う観点から,意見聴取を行うことが好ましい。
(4)したがって,このような場合は,審尋(特134④)により例外的
に,出願人に意見を述べる機会を与えることとする」としている(61-
0.5.6,・(3),(4))。
 しかし,審決は,「審尋を行って,請求人に意見を述べる機会を与えな
くとも十全な審理を行えるものである」との判断をし(審決書12頁14~15
行),本件出願についてこの運用を適用しなかった。
 しかし,憲法31条,特許法50条等の法意に照らしても,出願時の特
許請求の範囲において潜在していた拒絶理由について,審判請求時の補正が却下さ
れるべきものか否かの判断の段階ではじめて気がついた場合については,審判合議
体の審理,又はそれに先立つ前置審査において,積極的に拒絶理由通知を発し,出
願人に更なる補正の機会を与えるべきである。
(4)手続上の瑕疵のまとめ
 以上によれば,審決の本件補正の却下決定の手続には,憲法31条,特許
法159条2項で準用する同法50条違反をはじめとする手続上の瑕疵がある。1度
も弁明の機会が与えられていない以上,特許法29条の2を理由として,先願明細
書等に基づき,特許法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項により補
正却下すべきではなく,同法159条2項で準用する同法50条本文に基づいて,
拒絶理由が通知されるべきである。
3 取消事由2(本件発明に関する相違点の看過)
 審決は,本件発明と引用例記載の発明2について,前記のとおり一致点及び
相違点1,2を認定し,その上で,「この相違点1及び2については,上記第2の
3の(1)で既に検討したとおりである。」と判断しており,取消事由1-Aで述べ
たのと同様に,相違点を看過するとの誤りを犯している。すなわち,引用例記載の
発明2の研磨布には,表面から裏面までを貫く開口である切り欠き空隙部が設けら
れているのに対し,本件発明の「パッド」には,スラリー粒子の吸収,輸送という
本質的な能力を持たず,かつ,光線透過性を有する硬質均一樹脂シートが含まれる
点,及び,引用例記載の発明2は,硬質均一材料に相当する透明窓材が定盤に含ま
れるのに対し,本件発明では,硬質均一樹脂シートが「パッド」に含まれる点であ
る。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1-A(補正発明に関する相違点の看過)について
(1)補正発明における「パッドが第一の部分と第二の部分を含み」(請求項
1)との構成は,パッドが第一の部分と第二の部分との二つの部分のみからなるも
のではなく,パッドが上記二つの部分とそれ以外の部分である第三の部分とを有す
るものであることを積極的に意図しているものである。
 本件補正後の請求項1において,「第二の部分」については,「スラリー
粒子の吸収,輸送という本質的な能力を有し」と限定されていることから,研磨布
を意味するものであり,「第一の部分」については,「スラリー粒子の吸収,輸送
という本質的な能力を持たない」と限定されていることから,スラリー粒子の吸
収,輸送という研磨布としての本質的な能力を持たないというだけであり,研磨布
と同様に使用されるものである(研磨布と同様に使用されるものでないのであれ
ば,このような本質的な能力について言及する必要がない。)。
 これらの「第一の部分と第二の部分」とは異なり,第三の部分について
は,研磨布の本質的な能力に関しては,何ら限定がなされていないので,研磨布を
意味するものと解さなければならないものではなく,むしろ,研磨布の本質的な能
力に関して何ら限定がなされていないことから,研磨布以外の研磨布に関係する部
分を意味するものと解すべきものであり,本願補正明細書の発明の詳細な説明を参
照しても,第三の部分が研磨布を意味するものと解さなければならない理由はな
い。
 このように,補正発明の「パッド」とは,「第一の部分と第二の部分」と
のみからなる研磨布であると限定して解さなければならないものではなく,「第一
の部分と第二の部分」と研磨布以外の研磨布に関係する部分である第三の部分とを
有する研磨布であると解することができるのであり,また,研磨布は,定盤に取り
付けて使用されるものであるので,第三の部分とは,定盤を意味すると解すること
ができる。
 そうすると,補正発明の「パッド」とは,「第一の部分と第二の部分」と
定盤とを有する研磨布からなる発明を含むものであり,そして,定盤を有する研磨
布,換言すると,定盤に研磨布が取り付けられているものは,研磨具と称すること
ができるので,審決が,補正発明と引用例記載の発明1との対比において,引用例
記載の発明1の定盤1,研磨布5等からなる「研磨具」が補正発明の「パッド」に
相当するとした一致点の認定に誤りはない。
(2)研磨技術の分野において,「パッド」という用語は,例えば,特開昭59
-187456号公報(以下「乙1文献」という。)に,「本発明は半導体基板を
その表面に沿って研摩する方法に係り,特に銅めっきポリシュ技術による半導体基
板の研摩方法に関する。」(乙1号証1頁左下欄19行~右下欄1行)として,
「プラスチック研摩布6等が張られた回転するポリシング・パッド7上に,」(2
頁左上欄2,3行)及び「該ポリシング・パッド23の研摩布25面に」(3頁左
上欄16,17行)と記載され,特公昭53-33794号公報(以下「乙2文
献」という。)に,「図面を参照すると,本発明の改良されたパツドは,円板部材
11と背面支持部材13から成ることがわかるであろう。」(乙2号証2欄19~
21行),実公平3-21896号公報(以下「乙3文献」という。)に,「この
実施例の研磨パツドには,本考案によって,パツド基台1の平坦面に,研磨布紙を
着脱自在に取り付ける手段として粘着性ゴムシート(ウレタン系ゴム等)5が適当
な接着剤にて強固に固着されている。」(乙第3号証3欄29~34行)と記載さ
れているように,研磨布が取り付けられる定盤(「ポリシング・パッド7」,「ポ
リッシング・パッド23」,「円板部材11」及び「パッド基台1」)を意味する
ものとして使用されているものである。
(3)原告は,引用例記載の発明1の「研磨布」には,表面から裏面までを貫く
開口である,切り欠き空隙部が設けられているのに対し,補正発明の「パッド」に
は,第一の部分が含まれる点の相違点Aを,審決は看過している,と主張する。
しかし,補正発明における「第一の部分と第二の部分」以外の部分は,上
記第三の部分のみならず,切り欠き空隙部をも意味するものと解することもできる
ものであり,上記「第一の部分と第二の部分」以外の部分が切り欠き空隙部の存在
を排除するものと解さなければならない理由はない。
 原告は,本願補正明細書に記載された補正発明の「パッド」の製造方法に
よって,「パッド」に切り欠き空隙部が設けられる余地はない,と主張する。しか
し,上記製造方法は,「パッド」の製造方法の一例にすぎず,補正発明の「パッ
ド」が上記製造方法によって製造されるもののみを意味すると解されなければなら
ないものではない。 
 以上のとおりであるので,引用例記載の発明1の「研磨布」に切り欠き空
隙部が設けられているとしても,補正発明の「パッド」はこの切り欠き空隙部の存
在を排除するものではないので,審決が相違点を看過しているとの原告の主張は失
当である。
2 取消事由1-B(補正却下についての手続上の瑕疵)について
(1)特許法は,121条1項の拒絶査定不服審判において,補正がされた補正
発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないときは,そ
の補正を却下しなければならない旨を,同法159条1項で読み替えて準用する同
法53条1項で規定し,また,その補正の却下の決定をするときは,審判請求人に
対し,意見書を提出する機会を与える必要はない旨を,同法159条2項で読み替
えて準用する同法50条ただし書で規定している。
 そして,審決は,特許請求の範囲の請求項1に係る発明である補正発明
が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないので,特許法の
上記各規定にのっとって,審判請求人に対し,意見書を提出する機会を与えること
なく,その補正を却下したものであり,手続上の瑕疵はない。
(2)原告は,審決の補正却下が,「特許・実用新案審査基準」及び「審判便
覧」に記載されている事項とは異なる手続である,と主張している。
 しかし,「特許・実用新案審査基準」には,特許法17条の2第5項及び
53条の適用について,補正発明が,特許法29条,29条の2又は39条の規定
により特許を受けることができないときとして,その「第IX部 審査の進め方の
8.(7)③(ロ)(b)(ⅱ)」に,「最後の拒絶理由で引用しなかった先行技術のみを引
用して特許を受けることができない理由を示して補正を却下することも可能である
が,・・・。」(甲14号証16頁8~9行)と記載されており,審判において
は,拒絶査定で引用しなかった先行技術のみを引用して特許を受けることができな
い理由を示して補正を却下することができることが記載されている。
 また,「審判便覧」には,61-05.6に「平成5年改正法(平6.
1.1施行)が適用される特許出願の拒絶査定に対する審判において,審判請求時
の補正を却下する理由についての審尋の取扱い」(甲13号証)において,事実・
証拠の内容又は有効性について,請求人の意見を聴取することが的確な審理に資す
ると認められるときは,特許法134条4項の審尋により,例外的に請求人に意見
を述べる機会を与えることとする旨が記載されていることは,原告主張のとおりで
ある。
 しかし,審判体は,本件の審理においては,先願明細書等の内容又は有効
性について,請求人の意見を聴取する必要はないと判断したので,請求人に意見を
述べる機会を与えなかったものである。
 以上のとおりであるので,審決の補正却下は,「特許・実用新案審査基
準」及び「審判便覧」に記載されている事項とは異なる手続である,との原告の主
張は,失当である。
(3)原告は,先願明細書等を引用して特許法29条の2に基づいて拒絶の理由
が通知されていれば,これに対し対応することができた,と主張している。
 しかし,すべての拒絶の理由を通知しなかったとしても,手続に瑕疵があ
るということになるものではない。審決におけるような補正却下も法の予定すると
ころである。
 先願明細書等については,平成12年9月8日付け刊行物提出書による情
報の提供がなされ,このことは,平成12年10月18日付け通知書(乙4号証)
で本件特許出願人代理人に通知しているので,原告がこの刊行物提出書により示さ
れている上記先願明細書等を知見することは容易であり,そして,独立特許要件を
満たさない審判請求時の補正発明については,補正が却下されるものであり,仮
に,審尋により反論の機会が与えられたとしても補正の機会まで与えられるもので
はないことを考慮すると,審判請求時に補正をするに際し,上記先願明細書等の記
載の発明と同一にならないように対処することは,普通に採り得たことであり,審
決の補正却下が一方的に原告に酷であるということにはならない。
3 取消事由2(本件発明に関する相違点の看過)について
 取消事由1-Aの主張を援用する。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1-B(補正却下についての手続上の瑕疵)について
(1)本件出願に関する審査・審判の経過
 本件出願については,平成12年11月21日,引用例等を引用文献とし
た拒絶理由通知がなされ,平成13年11月20日,特許法29条2項のみを理由
として拒絶の査定がされた。他方,先願明細書等に基づく同法29条の2による拒
絶理由については,審査段階では一度も拒絶理由として通知されず,また拒絶の査
定においても拒絶理由として掲げられてはいない(甲3号証の2及び3)。
 原告は,拒絶査定不服審判において,拒絶査定で指摘された引用例等に対
する進歩性を確保すべく,平成14年3月19日付けで,特許請求の範囲の減縮を
目的とする本件補正を行った。
 審決において,本件補正の却下の理由(独立特許要件を欠く理由)として
示されたのは,引用例記載の発明1等を理由とする特許法29条2項に該当すると
の判断,及び,先願発明を理由とする同法29条の2に該当するとの判断であり,
また,本件補正が却下されたことにより,本件補正前の請求項1(本件発明)につ
いて拒絶査定の判断が維持され,不成立審決の理由とされたのは,拒絶査定の理由
すなわち引用例記載の発明2等を理由とする29条2項に該当するとの判断であ
る。
(2)特許法は,121条1項の拒絶査定不服審判において,補正がされた補正
発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないときは,そ
の補正を却下しなければならない旨を,同法159条1項で読み替えて準用する同
法53条1項で規定し,また,その補正の却下の決定をするときは,審判請求人に
対し,意見書を提出する機会を与える必要はない旨を,同法159条2項で読み替
えて準用する同法50条ただし書で規定している。
 審決は,本件出願について,特許請求の範囲の請求項1に係る発明である
補正発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないと判断
したため,特許法の上記各規定にのっとって,審判請求人に対し,意見書を提出す
る機会を与えることなく,本件補正を却下したものであり,同却下決定について手
続上の瑕疵はない。
 なお,「審判便覧」には,「平成5年改正法(平6.1.1施行)が適用
される特許出願の拒絶査定に対する審判において,審判請求時の補正を却下する理
由についての審尋の取扱い」において,事実・証拠の内容又は有効性について,請
求人の意見を聴取することが的確な審理に資すると認められるときは,特許法13
4条4項が規定する審尋により例外的に,請求人に意見を述べる機会を与えること
とする旨が記載されている(甲13号証61-05.6)。
 しかし,この審判便覧によっても,請求人に意見を述べる機会を与えるの
は,請求人の意見を聴取することが的確な審理に資すると認められるときであっ
て,この点の判断は,各審判体の裁量的な判断にゆだねられているのである。そし
て,本件補正については,先願発明について,請求人に意見を述べさせることが的
確な審理に資することを窺わせる事情は認められない。審決は,この点について,
「本件審判においては,審尋を行って,請求人に意見を述べる機会を与えなくとも
十全な審理を行えるものである。したがって,審理を再開することはしない。な
お,審尋は,請求人に意見を述べる機会を与えるものであって,補正の機会を与え
るものでないことは,いうまでもないことである。」(審決書12頁3段~5段)
と判断したものであり,この点に特に不合理な点は窺われないから,本件の審判の
手続において先願発明について意見を述べさせなかったことについては,特段の手
続的な瑕疵はない。
(3)原告は,①本件のように独立特許要件を満たさないことの理由(同法29
条の2)が,そもそも補正前の請求項に潜在していたにもかかわらず,これについ
て拒絶理由通知を発することもなく,拒絶査定の理由として示されることもないま
まに,拒絶査定不服審判請求後,審判請求時の補正が却下されるべきものか否かの
判断の段に至って初めてこれを指摘し,独立特許要件を満たさないからとして同法
159条1項で読み替えて準用する同法53条1項を発動して何ら弁明の機会もな
く補正を却下することは,出願人にとってまさに不意打ちにほかならない,②審決
の本件補正の却下決定の手続には,憲法31条,特許法159条2項で準用する同
法50条違反をはじめとする手続上の瑕疵がある,すなわち,先願発明について
は,1度も弁明の機会が与えられていない以上,特許法29条の2を理由として,先
願明細書等に基づき,特許法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項に
より補正却下すべきではなく,同法159条第2項で準用する同法50条本文に基
づいて,拒絶理由が通知されるべきである,と主張する。
 しかし,本件補正の却下について,特許法上,手続違背があるとは認めら
れないことは上記のとおりである。また,本件出願については,先願発明に基づく
特許法29条の2の拒絶理由が通知されていないことから,審決は,本件発明の特
許性の判断については,引用例記載の発明2等に基づいて同法29条2項の判断の
みをしており,先願発明に基づく同法29条の2の判断をしてはいないのである。
すなわち,先願発明に基づく特許法29条の2の拒絶理由が通知されていないこと
により,審決は,先願発明を本件補正の却下の理由として用いることが可能である
としても,先願発明を本件発明の特許性の判断において用いることはできないので
ある。そして,審決は,本件補正を却下するとの判断のみならず,当業者が引用例
記載の発明2と周知技術に基づき本件発明に容易に想到し得るものであるとした判
断の,いずれにも誤りがないときにおいてのみ維持されるものである(換言すれ
ば,仮に審決の後者の判断が誤りであるとすれば,審決を維持することはできない
のである。)。したがって,本件出願については,先願発明に基づく特許法29条
の2の拒絶理由が通知されている場合と,通知されていない場合とでは,審決の判
断の基礎となるものが異なる結果となるのであり,審決は,本件補正却下について
は,引用例記載の発明1による同法29条2項の判断と,先願発明による同法29
条の2の判断の両方を根拠としているものの,本件発明の特許性の判断について
は,引用例記載の発明2による同法29条2項の判断のみをその根拠とせざるを得
ないのである。
 このように,本件補正を却下するに当たって,先願発明に基づく特許法2
9条の2の拒絶理由が通知されていない場合は,本件出願の拒絶理由として,その
ことを審決の判断の基礎とすることができず,本件出願を拒絶できるか否かは,専
ら既に通知されている引用例記載の発明2に基づく同法29条2項該当の有無によ
って決せられることになるのであるから,本件補正が認められるかどうかについて
逐一弁明の機会が与えられないからといって,本件補正却下の手続が不意打ちであ
るとか,適正な手続に反するなどということになるとはいえず,原告の前記主張は
採用することができない。
(4)したがって,取消事由1-Bは理由がないから,取消事由1-Aについて
検討するまでもなく,本件補正を却下した決定に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明に関する相違点の看過)について
(1)本件発明における「パッド」と定盤について
 審決は,「引用例には,次の発明(以下「引用例記載の発明2」とい
う。)も記載されていると認める。 SOIウエハ7の研磨に有用な定盤1,研磨
布5等からなる研磨具であって,少なくともその一部分は研磨液中の微粒子の吸
収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均一ガラスからなり,このガラスは6
80~800nmの光線が透過するものである研磨具。」(審決書6頁2~3段)と
認定し,引用例記載の発明2について「定盤1,研磨布5等からなる研磨具」とい
う概念を導入した上で,「本件発明と上記引用例記載の発明2とを対比すると,引
用例記載の発明2の「研磨具」は,本件発明の「パッド」に相当しており」(審決
書11頁2段)と認定し,「両者は,ウェーハの研磨に有用なパッドであって,少
なくともその一部分はスラリー粒子の吸収,輸送という本質的な能力を持たない硬
質均一材料からなり,この材料は光線が透過するものであるパッド,で一致し,上
記相違点1及び2で相違していることになる。」(審決書11頁5段)と認定し
た。
 しかし,引用例記載の発明2の「定盤1,研磨布5等からなる研磨具」を
本件発明の「パッド」に相当するとした認定は,誤りである。
(ア)(a)精密工学会「プラナリゼーション加工/CMP応用技術専門委員会」
編「CMP用語辞典」(平成12年5月29日初版。甲5号証)には,
「研磨布(polishingpad)[研磨パッド,パッド,ポリシャ,クロス,
ポリシングパッド]
 半導体デバイスなどの製造プロセスにおいて,超精密平面研磨に使用
される数mm程度の厚みを有する特殊な布状もしくは板状研磨材料の総称をいう。研
磨機の定盤に粘着テープで固定し,研磨材(スラリー)や薬液と組み合わせて使用
する。・・・一般にポリエステル繊維とポリウレタン樹脂からなる不織布タイプと
よばれる複合体や,ポリウレタン樹脂発泡体などが使用される。」(49~50
頁)
「プラテン(platen) [研磨定盤,回転定盤]
 研磨布を貼付する定盤のこと。材料には,ステンレスや熱変形の小さ
いアルミナセラミクス,低熱膨張鋳鉄などが用いられる。プラテンの振動や熱変
形,偏荷重による変形などは,加工性能を悪化させる場合がある。この振動や偏荷
重による変形を抑えるためには,空気軸受や大きな軸受を採用するのが効果的であ
る。」(この説明と共に,プラテンの上に研磨布が載置された図が記載されてい
る。)(151頁)との記載がある。
(b)土肥俊郎編著「詳説半導体CMP技術」(2000年発行。甲6号証)に
は,定盤(プラテン)上にポリシングパッドが載置された状態を示す下記の図3.
7の記載と共に,「図3.7は,プラテン・ロータリ型CMPシステムを例にし
て,ポリシング機構部の基本構成を示す模式図である。上側にウェハを保持しなが
ら回転と加圧を与える①ポリシングヘッド部とその駆動機構,それに対向する形式
で②ポリシングパッドが貼付された定盤(プラテン)とその駆動機構がある。」
(51頁),
「パッドを貼付した定盤は,図3.7に示した単一回転タイプのものは,
通常数十回転/分させヘッドの回転数もほぼそれに合わせる。定盤の平面精度は,
ベアシリコンウェハのポリシングと同様に重要である。この平面精度については,
加工中にパッド表面の温度が上昇することに留意しなければならない。」(53
頁)との記載がある。
         
                  
(c)「CMPのサイエンス」(1997年8月20日第1版第1刷,株式
会社サイエンスフォーラム発行。甲9号証)には,「定盤」上に「研磨パッド」を
貼付した状態を示す図-6(a)(89頁)が記載されている。
(d)引用例には以下の記載がある(甲4号証)。
【0002】【従来の技術】半導体ウエハ研磨では,上面に研磨布が張
り付けられた定盤を回転させ,研磨布上に研磨液を滴下しながら,研磨布にウエハ
支持板に固定したウエハを,ウエハ支持板により回転させつつ押しつけて,ウエハ
と研磨布との摩擦により研磨を進行させる方法が広く用いられている。
【0023】
 定盤1の溝2を有する面には,定盤1と同形の厚さ0.7mmのローデ
ルニッタ社製,商品名suba-500ウレタン含浸ポリエステル不織布からなる研磨布5
が張り付けられ,・・・
(イ)これらの記載からすれば,本件優先日当時,CMP(ケミカル-メカニ
カル ポリシング)の技術分野では,研磨パッドは回転する定盤(プラテン)上に
載置される研磨布を意味する用語として慣用的に使用されている技術用語であると
認められる(上記(a)ないし(c)の文献は,いずれも本件優先日より後に刊行された
ものであるが,その内容及び(d)の記載に照らし,本件優先日当時においても当ては
まるものと認められる。)
(ウ)本願明細書には以下の記載がある(甲2号証)。
(a)「従来の技術
 多層集積回路の製造中に,半導体ウエーハの形態において,集積回路
構造の平坦化をすることが望ましい。平坦化は非常に精密でなければならず,所定
の面からミクロンの何分の一をも違わないウエーハ面を作らなければならない。平
坦化は,通常,CMP,即ちケミカル-メカニカル ポリシングにより,大半は研磨パ
ッドを装着した通常円形の回転板と,研磨パッドの上にウエーハをぺったりと押し
つけるウエーハキャリアと,スラリーの形態で研磨パッドに化学薬品と研磨剤を供
給する手段からなる装置において行われる。」(4頁2段)
(b)「現在,シリコンウェーハの研磨に使用されている硬質均一樹脂シート
からなる研磨パッドがある。」(5頁4段)
「本発明に有用な樹脂シートの表面には,硬質均一シートを良質の研磨
パッドに変えるマクロ溝とミクロ溝の両方を設けることができる。・・・良質のパ
ッドは,ポリウレタン,アクリル,ポリカーボネート,ナイロン,ポリエステル等
の硬質均一樹脂のいずれからも作ることができる。これらは全部,190-350
0ナノメーターの範囲の波長の光線が透過する樹脂からできうるため,干渉測定法
等の光学的手法を使ってインシチュ終点検出が可能なパッドが作成しうる。」(6
頁1段)
「透過窓だけを透過ではない不透過パッドに取り付けたいのならば,取
り得る製造方法は,透過樹脂の棒やプラグから形成することである。つまり,不透
過樹脂がまだ液体である間に,透過プラグと不透過の樹脂の間が完全に接触してい
るのを確かめながら,この成形物をモールド中の不透過樹脂に挿入する。不透過樹
脂が硬化したのちモールドから取り出して,透過窓を有するパッド用シートをその
成形物からスライスする。」(6頁3段)
 本願明細書の上記(a)の記載によれば,本件発明がCMPの技術に関するも
のであり,また,本願明細書の請求項1の,「集積回路搭載ウェーハの研磨に有用
なパッドであって」との記載によれば,本件発明は,CMP技術において使用される研
磨用のパッドに限定されているものと認められる。
 したがって,本件発明(請求項1)に用いられている用語もCMP技術の分
野において慣用的に用いられている意味に解釈することを原則とすべきであり,CMP
の技術分野において,研磨パッドは回転する定盤(プラテン)上に載置される研磨
布として慣用的に使用されている技術用語であることは上記認定のとおりであるか
ら,本件発明の「パッド」も,そのようなものとして解釈すべきである。また,本
願明細書の上記(a)の「研磨パッドを装着した通常円形の回転板」との記載及び上
記(b)の記載も,本件発明の「パッド」が,定盤(プラテン)上に載置される研磨布
であることを前提とした記載として理解し得るものである。
 以上からすれば,審決が,本件発明の「パッド」は,研磨布と定盤とを
一体にしたものであると誤って解釈した上で,引用例記載の発明2の「研磨具」す
なわち「定盤1,研磨布5等からなる研磨具」が,本件発明の「パッド」に相当す
ると認定したのは明らかに誤りである。
(エ)被告は,乙1文献ないし乙3文献の記載を根拠として,研磨技術の分野
において,「パッド」という用語は,研磨布が取付けられる定盤を意味するものと
して使用されている,と主張する。しかし,「パッド」という語の本来の意味は,
「当て物。詰め物」(広辞苑第5版)であることからすれば,研磨布が載置される
定盤を含めてパッドと呼ぶことはそもそも不自然であり,また,乙1文献ないし乙
3文献は,いずれも半導体ウエハの平坦化に関するCMP技術とは無関係の技術分野に
おける文献であって,本件発明にそのまま適用できるものと解することはできな
い。
 被告は,本件発明(請求項1)は,「・・・パッドであって,少なくと
もその一部分はスラリー粒子の吸収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均一
樹脂シートからな・・・ることを特徴とするパッド。」と規定していることから,
本件発明における「パッド」は,硬質均一樹脂シート以外のものも含むものであ
り,定盤もこれに含まれる,と主張する。しかし,本件発明における「パッド」
が,硬質均一樹脂シート以外のものを含むとしても,パッドを載置する定盤までも
含めて「パッド」と呼ぶことには用語の解釈として無理があり,CMPの技術分野
における研磨用の「パッド」の用語の概念と相容れないものであるのみならず,本
願明細書の記載とも合致しないものであることは前記のとおりであり,被告の上記
主張も採用し得ない。
(オ)以上のとおり,審決が,引用例記載の発明2における定盤1と研磨布5
等を一体として研磨具とし,当該研磨具が本件発明のパッドに相当するとしたこと
は誤りであり,審決は,本来,引用例記載の発明2の研磨布5を,本件発明の「パ
ッド」に相当すると認定した上で,両者の一致点及び相違点を認定すべきであった
ものである。
(2)本件発明における「パッド」の少なくとも一部には「硬質均一樹脂シー
ト」が含まれることは,上記のとおりである。これに対し,引用例記載の発明2に
おいては,透明窓材が定盤の溝内に設けられた貫通孔を閉じるように,定盤に設置
されるものである(甲4号証【請求項4】【0022】【0023】)。したがっ
て,原告が主張するように,審決は,「引用例記載の発明2は,「硬質均一樹脂シ
ート」に相当する「透明窓材」が「定盤」に設置されるのに対し,本件発明では,
「硬質均一樹脂シート」が「パッド」に含まれる点」を相違点として認定すべきで
あった。審決は,本件発明の「パッド」には,定盤も含まれると考えたため,この
点を相違点として認定しなかったものである。
  また,本件発明の「パッド」の「少なくともその一部分は」,「スラリー
粒子の吸収,輸送という本質的な能力を持たない硬質均一樹脂シートからなり,こ
の樹脂シートは190-3500ナノメー夕ーの範囲の波長の光線が透過するもの
である」との構成は,光の透過部分であり,これを通してインシチュ光学測定をす
るものであるから,本願明細書の前記(b)の記載をも考慮すれば,本件発明の「パッ
ド」には,この「硬質均一樹脂シート」のほかに,インシチュ光学測定用の穴を設
ける必要は全くないのである。これに対し,引用例記載の発明2では,定盤1に貫
通穴3を設け,当該貫通穴3に透明窓材4を配設し,研磨布5の一部を切り取った
研磨布窓6を介して光を投射し,研磨面からの反射光を解析して研磨状態を判定す
る(光学的インシチュ検出)ものであるから,引用例記載の発明2の研磨布窓6は
光学的インシチュ検出用の窓として機能を果たすものである。本件発明の「パッ
ド」における「硬質均一樹脂シート」に相当するものは,引用例記載の発明2にお
いては,「研磨布窓」であるから,両者はこの点でも実質的に相違するものであ
る。
 被告は,本件発明の「パッド」は,その一部が「硬質均一樹脂シート」か
らなることが【請求項1】において記載されているだけであり,それ以外の部分に
切り欠き空隙部が存在することを排除していない,と主張する。しかし,本件発明
の「硬質均一樹脂シート」は光学的インシチュ検出用の窓として作用するものと認
められるから,このような切り欠き空隙部が集積回路搭載ウェーハの研磨に悪影響
を与えるものであることが明らかなものであることからすると,このような切り欠
き空隙部をその必要もないのに同じパッド上に設けることは技術的に考えられず,
被告の主張は技術的妥当性を欠くというべきである。
 以上に検討したところによれば,審決は,本件発明と引用例記載の発明2
との一致点の認定を誤り,その結果,上記の相違点を看過したものである。審決
は,これらの相違点について何ら判断をせずに,本件発明が引用例記載の発明2か
ら容易に想到し得ると判断したものであるから,取消を免れない。
3 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由2には理由があ
り,原告の本訴請求は理由がある。
 よって,原告の本訴請求を認容することとし,訴訟費用の負担について,行
政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第3部
         裁判長裁判官   佐  藤  久  夫
          裁判官   設  樂  隆  一
    裁判官   若  林  辰  繁
(別紙)
別紙図面

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛