弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における未決勾留日数中一〇〇日を本刑に算入する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人森田博之の上告趣意第一は、憲法三一条違反をいうが、記録によれば、本
件罪となるべき事実は、第一審判決掲記の証拠のうち被告人の所論各供述調書を除
くその余の各証拠によつて優にその認定を妨げないのであつて、所論勾留の適否及
び被告人の各供述調書の証拠能力の有無のいかんを問わず、原判決が証拠によらず
して犯罪事実を認定したものといえないことは明らかであるから、所論は前提を欠
き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、被告人本
人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理
由にあたらない。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文、刑法二一条に
より主文のとおり決定する。
 この決定は、弁護人の上告趣意第一に関する裁判官団藤重光の補足意見があるほ
か、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。
 記録に徴すれば、本件緊急逮捕は刑訴法二一〇条に規定する「死刑又は無期若し
くは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分
な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」
の要件を充たしていたと認めることができないわけではない。しかし、憲法三三条
のもとにおいては、緊急逮捕は、とくに厳格な要件のもとにはじめて合憲性を認め
られるものというべきであり(当裁判所昭和二六年(あ)第三九五三号同三〇年一
二月一四日大法廷判決・刑集九巻一三号二七六〇頁、なお、団藤・新刑事訴訟法綱
要七訂版三四〇頁以下、団藤・「刑事裁判と人権」公法研究三五号一〇〇頁以下参
照)、私見によれば、犯罪の重大性、嫌疑の充分性および事態の緊急性の要件のほ
かに、逮捕状が現実の逮捕行為に接着した時期に発せられることにより逮捕手続が
全体として逮捕状にもとづくものといわれうるものであることが必要である。そう
して、もし逮捕状の発付がかような限度をこえて遅延するときは、被疑者はただち
に釈放されるべきであり、引き続いて勾留手続に移ることは許されないものと解し
なければならない。原判決の認定によれば、被告人が「実質上逮捕されたと認める
余地のある」のは当日の「正午頃か遅くとも同日午後一時三〇分頃」であつたのに
かかわらず、午後一〇時ころになつてはじめて逮捕状の請求があり、同日中に逮捕
状の発付をえたというのであつて、当日が休日であつたこと、最寄りの簡易裁判所
までが片道二時間を要する距離であつたことを考慮に入れても、とうてい本件緊急
逮捕の適法性をみとめることはできない。原判決は、実質上の逮捕日時から四八時
間以内に検察官送致が行われたことを挙げ、勾留請求の時期等についても違法は認
められないと判示するが、緊急逮捕として許される時間を経過した以上、四八時間
以内であつても即刻、被疑者を釈放しなければならないことは前述のとおりであり、
したがつて、この違法は勾留をも違法ならしめるものというべきである。かように
して、この勾留中に作成された被告人の供述調書は証拠能力を欠き、これを有罪判
決の基礎とした第一審判決およびこれを支持した原判決には、この点において法令
違反があるものといわなければならない(原判決では逮捕中に作成された被告人の
供述調書だけを除外している)。
 ただ、原判決によつて支持された第一審判決の挙示する証拠をみると、逮捕・勾
留中における被告人の供述調書を除いても、その余の証拠によつて優に原認定を肯
認することができ、結局において、右法令違反は判決に影響を及ぼさないから、い
まだ刑訴法四一一条を適用すべきものとはみとめられない。
  昭和五〇年六月一二日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    下   田   武   三
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    団   藤   重   光

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